ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語 作:場流丹星児
とある階層のダンジョンで、ソロプレイヤーがモンスターの群れに囲まれていた。
みすぼらしい装具に身を包み、手には武器を持たず、レスリングの様な構えでモンスターの群れと対峙するソロプレイヤー。彼の右腕は、なぜかボロボロの包帯が幾重にも巻かれていた。
低層ではない、最前線近くの高層、それも迷宮区に位置するダンジョンだ、攻略が七十層を越えた今、ソロで潜るのは限られたトッププレイヤーでも難しいだろう。疲労困憊のソロプレイヤーは、肩で大きく息をしながら、取り囲むモンスター達を注意深く窺い、摺り足で好位を得ようとジリジリと移動して行く。
ギラついた目の下には濃い隈が浮かんでいる、ソロプレイヤーは極度の疲労状態の中でモンスターに気を取られる余り、沼が有るのを気付かずに片足を踏み入れてしまう。
「!?」
毒沼である、毒状態となったソロプレイヤーは足下に気を取られ、一瞬モンスター達から目を逸らしてしまった。モンスター達は、その一瞬を見逃すはずも無く、一斉に襲いかかる。ソロプレイヤーはスウェーバックでかわしながら、左から飛びかかって来たモンスターの首根っこを引っ掴み、即席の盾にして正面と右側から加えられた攻撃を受け流す。その流れを利用して、正面のモンスターに、遠心力と体重を充分乗せた裏拳を叩き込み、もう一度モンスター盾で右側のモンスターの攻撃を受け止め、貫手を叩き込む。この階層まで来ると、もはや体術は通用しない、本命の武器攻撃に繋ぐ為のフェイントにしか使えない。実際ソロプレイヤーの攻撃が与えたダメージは微々たるものだった。二頭のモンスターは『それがどうした』という嘶きをした後、ソロプレイヤーに向かって武器を振りかざす。絶体絶命のピンチにも関わらず、ソロプレイヤーはモンスターに対し、嘲るような笑みを浮かべていた。モンスター達は武器を振り下ろす、しかしその刃はソロプレイヤーに触れる事がかなわなかった。何故ならモンスター達はさっきの体術攻撃で、状態異常を与えられていたからだ。武器を振り下ろす迄の間、状態異常に蝕まれ、モンスター達のHPバーは全て刈り尽くされてしまった。目の前で二体のモンスターが爆ぜて消えていくのを確認したソロプレイヤーは、くつくつと凶相を歪ませると、左手で首根っこを押さえたモンスターの顔面に、右手でアイアンクローを極めながら、ゲラゲラと狂った様に笑いだす。脱出しようともがき、暴れるモンスターはソロプレイヤーの手で、文字通り状態異常と化し、そのまま二体のモンスターの後を追って行った。
三体のモンスターが、このソロプレイヤーによって与えられた状態異常は、毒状態だった。そしてこのダンジョンは、毒状態トラップに特化したダンジョンで、当然ポップするモンスターも毒モンスターばかりである。そんな耐性を持つはずのモンスターを、HPバーを刈り尽くす程の強毒状態にするこのソロプレイヤーの秘密は一体何なのだろうか……
「ふーっ、流石に疲れたぜ……」
ソロプレイヤーは周りの安全を確かめると、疲労困憊の身体をドサリと地面に横たえた。
「フンッ!」
ソロプレイヤーが気合いを入れると、全身の毒が右手に集まり、毒々しい光の玉となる。ソロプレイヤーはその光の玉を握り潰すと、毒々しい光は彼の右手に吸収される様に消えていった。
「へへっ」
ソロプレイヤーは開いた右手を見つめると、満足そうに笑い、それからフリックしてスキルメニューを呼び出し、内容を確認する。書かれた内容に満足すると、ソロプレイヤーはメニューを閉じてそのまま大の字となり、目を閉じた。
生暖かく、粘っこい風が、ソロプレイヤーの身体を舐める様に吹き抜けていく。何日間もこのダンジョンにこもり、神経を磨り減らしてレベリングと、スキルを鍛え抜いたソロプレイヤーにとっては、こんな不快な風すら心地よく感じていた。そのまま彼は微睡みの世界に身を委ねてしまった。
「グァアアアアアアアアア!! 痛え! 痛え!!」
六十七層の迷宮区から救い出されたサーキーは、ラフィン・コフィンのアジトで、斬り飛ばされた右腕の付け根を押さえ、苦しみ悶えていた。ここに戻る道中、馬上で状態回復のポーションを飲んでいたが、切り落とされた右腕も、毒状態も一向に元に戻る気配すら無かった。
「畜生! 祝屋! 祝屋ァ!! 殺す! 殺す! 殺してやる!!」
この痛みを与えた憎い仇を呪詛する事で、苦痛を耐え抜いたサーキーが、状態異常から回復したのは三日後の朝だった。しかし朦朧とした意識で確認すると、とてもではないが元通りに回復したとは言えなかった。生えてきた右腕には鈍痛が残り、そして紫色に変色していたのだ。虚ろな目でメニューを開き、サーキーは自分の身に起こった事を確認する。何回かフリックを繰り返すと、新規に獲得したスキルが有ることに気がついた。
「?」
スキルクエストをした覚えは無い。心当たりは無いが、後半戦に差し掛かった今になって新しいスキルを覚えても、どれだけ物に出来るやら、だったらヤツを殺せるレアアイテムでもドロップしろよ。
そう心の中で悪態をつきながら、スキル説明を読み進めるサーキーの目に光が戻る。
「これだ! これでヤツを殺せる!!」
歓喜に打ち震えるサーキーは、メニュー画面を閉じると、新たに得たスキルを極めるべく、人知れず姿を消したのだった。サーキーが真剣に物事に打ち込んだのは、リアルを含めてこれが初めてである。それが逆恨みである事も気付かずにサーキー、いや、榊賢斗は恨み骨髄に染みる、不倶戴天の敵である祝屋猛を殺すため 、暗い情念を燃やし、不眠不休でスキルの研鑽に努めていた。途中、攻略組によるラフィン・コフィン討伐の噂を聞いても、サーキーにはどうでも良い事だった。そんな事よりも、一刻も早くこのスキルを物にして、祝屋猛に一泡ふかせ屈辱にまみれさせ、死を与える事こそが彼にとって最優先事項であった。スキルの習熟が深まるにつれ、右腕の鈍痛は激しくなっていくが、サーキーはその痛みすら悦びだった、何故ならその鈍痛こそが憎い祝屋を殺せる事の証なのだから。
今度こそ、今度こそ祝屋猛を殺してやる
その一念のみで、サーキーは無謀なレベリングをやり遂げ、驚異的な速さでスキルレベルをカンストさせるに至った。後は、このスキルがプレイヤー相手に、どれだけ使えるかを試すだけだ。
サーキーはゆっくりと身体を舐めて行く風のリズムに合わせ、奸計を巡らせていった。そこへ、二人連れのパーティーがやって来た。彼等は二十五層以降に攻略組の仲間入りを果たすも、一軍半といったポジションに名前を連ねるプレイヤーである。レギュラーメンバー入りを目指して、このダンジョンへとレベリングにやって来たのだ。彼等二人にとって最大の不幸は、サーキーの顔を知らなかった事である。二人はダンジョンの危険地帯にプレイヤーが倒れているのを確認すると、慌てて駆け寄り声をかけた。
「おい、大丈夫か!?」
「こんな所でどうしたんだ? 何が有った!?」
二人がしゃがみこみ、肩に手を置いた時、倒れているのは、オレンジプレイヤーだと気がついた。
「おい、こいつオレンジだぜ」
一人はしくじったと苦い表情で立ち上がったが、もう一人は違った。
「こんな所で倒れているんだ、オレンジだって放っとけねえよ」
なおも気をつかせようと揺さぶると、倒れている男、サーキーが突然パチリと目を開けた。
「良かった、気がついたか……!?」
サーキーは介抱してくれたプレイヤーの左手首を、右手で思い切り握りしめ、不気味な笑みを浮かべる。
「人が気持ちよく寝ていたのに……、要らんことするんじゃねえよ」
「おい、何をする!? 止めろ……、止めてくれ!!」
手首を握られたプレイヤーの視覚情報が真っ赤に染まる、毒状態のアラームが点灯したと思ったら、急速にHPバーが削られて行く、そして……
「止めろ!! 止めろ!!」
プレイヤーの哀願を無視し、サーキーはヘラヘラ嗤いながら、プレイヤーの手首を握り続けると、やがてプレイヤーはポリゴン片となって散っていった。その一部始終を目の当たりにした相方プレイヤーが、肝を潰して逃げ出すと、飛び起きたサーキーはその背中を追い、右手の爪で軽く引っ掻いた、すると彼は一瞬で毒状態に陥り、HPバーが急速に減っていく。プレイヤーは慌ててストレージから解毒結晶を取り出すと、走りながら頭上に掲げる。
「解毒! 解毒! 何で!? 何で効かねぇ!! 解毒!!」
解毒結晶の効果よりも、サーキーによって与えられた毒状態の進行が勝り、もう一人のプレイヤーもポリゴンの欠片となり、消えていった。
フフフフフ、ハハハハハ
誰も居なくなったダンジョンの一角で、サーキーの禍々しい高笑いが響いた。サーキーの得たスキルは、『毒手』というユニークスキルである。低レベルでは、触れた物を毒状態にするアシストスキルだが、カンストすると致死毒状態を与える恐ろしいスキルだった。このスキルがモンスターのみならず、対人戦闘でも有効な事を確認したサーキーは、これであの祝屋猛を殺す事が出来ると確信して、ダンジョンの奥へと消えていった。
ツウの手伝いで子供達の世話に勤しむヒョウは、自分に対する大きな脅威が今発生した事を、知る由もなかった……
次回 第二十八話 アインクラッド 二千二十四年 十一月七日 十四時五十五分