ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語   作:場流丹星児

29 / 49
第二十九話 あなた……

 十三層ボス部屋

 

 そこはヒョウとサーキー、祝屋猛と榊賢斗の対立が決定的になった場所である。

 

 ボス戦終了後、ヒョウの差し伸べた手を、リアルからの経緯で意固地になっていたサーキーが振り払い、代わりにツーハンドソードの刃を叩きつけ、SAO初のオレンジプレイヤーとなった因縁の場所だった。サーキーはこの場所こそが、憎い祝屋猛を葬り去るのに相応しい場所と定めて、待ち構えている。いつもならうざったく感じる子供のしゃくりあげる泣き声も、今この時はサーキーにとって、心を高揚させるBGMになっていた。やがてそのBGMはソロからデュオへとその演奏形態を変化させた。加わったのは足音、一定のリズムを刻む足音が、サーキーの魂を絶頂へと導いた。

 

「来たぞ、榊」

「待ちくたびれたぜぇ、祝屋ァ」

 

 水と油、陰と陽、そして善と悪、全てにおいて対極に位置する二人が、ボス部屋の中で対峙する。二人の間には、かつてヒョウがボス戦で刻み付けた溝が、二人の立場を別つ様に穿たれていた。真っ直ぐに射る様なヒョウの視線と、世の中の全てを僻む様に歪んだサーキーの視線が交錯し、見えない火花を激しく散らす。

 

「ジャスミンを返して貰うぞ、榊」

「ああ、良いぜ。但し俺に勝てたらな、祝屋」

 

 静かだが、斬りつける様な口調のヒョウの言葉に、ヘラついた、はぐらかす様な口調で答えるサーキー。

 

「ヒョウお兄ちゃん……、グズッ、怖い、助けて……、ヒッ、エグッ……」

「大丈夫、お兄ちゃんはアインクラッドで一番強いんだ、こんな奴には負けないよ。もうすぐ助けるから、待っててね」

「……ヒグッ、グスッ……、ウン……、エッ……、エッ……」

 

 恐怖にすくみ、嗚咽の声を漏らすジャスミンに優しく声をかけると、ヒョウはゆっくりと刀を抜いて構えを取る。やや前のめりの前傾姿勢、左手の握りを左腰部に寄せ、刀身をやや寝かせる平正眼の構え、鋭い眼光と白刃の煌めきが卑劣な敵手を捕捉した。

 

「一番強いだぁ!? 大きく出たなぁ祝屋。生憎だがソイツは昨日までだぜ、テメェは今、俺様に殺されるんだからヨォ!」

 

 サーキーは右手の包帯を外し、掴みかかる様な構えで威嚇する。サーキーの紫色の手の異様さに気づいたヒョウは、手の内の見えない不気味さを警戒し、技後硬直のあるソードスキルは控えて戦う戦術を立てた。ジリジリと歩を進め、互いに相手を自分の間合いに引き込もうと移動する両雄、互いの隙を鋭く窺う眼光がスパークする。

 

「ええーいっ!!」

「シャアーッ!!」

 

 裂帛の気合いがボス部屋に響き渡り、二人の戦いは静から動へと転じ、激しい斬り合いが始まった。ヒョウが突き、薙ぎ、斬り下ろし、かち上げる。サーキーはそれをかわし、くぐり、避け、飛び退き、カウンター狙いの毒手を繰り出す。するとヒョウもその毒手の動きを見切り、鋭い剣技を返して行く。戦いは膠着している様に見えるが、やはりリアルで祝心眼流を深く修めるヒョウの方が圧倒的に戦いの引き出しが多かった。

 

「ふんっ!!」

「チィッ! 祝屋ァ!!」

 

 フェイントを織り交ぜ、幻惑したヒョウの刀が袈裟懸けにサーキーの肩口を浅く捉える。舌打ちをして飛び退くサーキーを、ヒョウの追撃の刃が猛然と襲いかかった。サーキーはなんとか芯を外し、ダメージを最小限に収めようと試みるが、あっという間にHPバーは削られ、イエローゾーンにまで減らされる。バランスを崩したサーキーに、ヒョウの必殺の刃が迫る。

 

 ゴメン、コヅ姉。俺、人を殺してしまった……

 

 そのヒョウの思いが剣閃を鈍らせ、サーキーに乾坤一擲のチャンスを与えてしまった。

 

「甘いぜ、祝屋!!」

 

 サーキーの凶相がニヤリと歪んだ瞬間、ボス部屋全体に絹を引き裂く様な悲鳴と泣き声が響き渡る。

 

「何っ!?」

 

 サーキーはジャスミンの首根っこを左手で握り盾にして、迫り来るヒョウの刃の前に差し出したのだ。慌てて刀を止めるヒョウ、刃はジャスミンの眉間に触れる寸前であった。恐怖に震えて泣き叫ぶジャスミンには、メニューを操作してハラスメントコードを入力する余裕などなかった。サーキーの汚い戦術に歯ぎしりするヒョウ。

 

「榊、貴様ァ!!」

「へへへ、ザマァ、祝屋!!」

 

 再び激しい斬り合いが始まるも、今度はヒョウが防戦一方となる。

 

「オラァ、どうしたァ、祝屋ァ、斬ってみろよぉ。一番強いんだろう、ああん」

「ウワーン、お兄ちゃん、ヒョウお兄ちゃーん、ウワーン」

「チィッ、榊ィ!」

「いいツラだぜ! 祝屋ァ。ヒャーッハッハッハ」

 

 ヒョウは何度も隙を見いだし、逆転の刃を振るおうとするも、その都度サーキーはジャスミンを盾にしてヒョウの刀を封じ込めた、そして毒手を繰り出して行く。ヒョウの動きを止め、カウンターで毒手を繰り出すも、ジャスミンを抱えた分、サーキーの動きは明らかに前よりも鈍い。ヒョウとサーキー、互いに決め手を欠き、千日手の様相を呈してきた時である。ヒョウは上段からフェイントを入れ、脇構えに移行してサーキーの腕を斬り上げ、ジャスミンを救い出そうと試みた、しかし……

 

「ジャスミン!!」

「お兄……ちゃん」

 

 ジャスミンの腹部を貫いて、サーキーの毒手がヒョウの頬を掠める。致死毒状態になったジャスミンは、あっという間にHPバーの全てを失い、悲しそうな表情を浮かべた後、ポリゴンの欠片になって虚空に消えて行った。

 

「へへへっ、殺した! 祝屋ァ、テメェを殺してやったぞ」

 

 歓喜の笑みで勝ち誇るサーキー。怒髪天を突いたヒョウの視界が朱に染まる。

 

「さぁかぁきぃいいい! キィサァマァアアア!!」

 

 脇構えから繰り出されたヒョウの一閃は、サーキーの首を宙にはね飛ばした。

 

「やった! 殺した! 俺が祝屋を殺し……」

 

 歓喜にうち震え、絶頂感に満たされながら、サーキーのアバターは高笑いしながらポリゴンの欠片になって四散していった。

 

「待ってろ、ジャスミン、今助けるからな!」

 

 ヒョウはサーキーの最期を見届ける事無く、メニューを開くとストレージを呼び出しスクロールする。そして自分の毒状態が進むのもお構い無しに、あるアイテムを実体化した。そのアイテムは『還魂の聖晶石』、背教者ニコラスからドロップした蘇生アイテムである。このアイテムはヒョウからキリトに渡された後、クラインの手に渡ったのだが

 

「コイツは、お前さん達夫婦が持ってるべきだ」

 

 とクラインから再びヒョウの手に戻って来ていたのだ。ヒョウは躊躇いもなくこう叫んだ。

 

「蘇生、ジャスミン!!」

 

 塵のように消えようとした光の粒が寄り集まり、人型を形成する、そして一瞬眩い光が煌めくと、弾けて消えたはずのジャスミンのアバターが蘇った。驚いて目をぱちくりさせるジャスミンに、ヒョウは優しく声をかける。

 

「ゴメンね、怖かったろう? もう大丈夫だよ、ジャスミン」

「ヒョウお兄ちゃん!!」

「大丈夫、もう大丈夫……」

 

 胸に飛び込んで、安堵の涙を流すジャスミンを抱き締めると、ヒョウは頭を撫でながらあやす様な口調で言い続けた。ヒョウは目の中に映る情報を確認する、視界は真っ赤に染まり、毒による状態異常を示している。HPバーも通常の毒状態に比べ、早い速度で削られて行く、ヒョウはもう間に合わないと直感した。この限られた時間の中で、ジャスミンを助ける事が出来て、本当に良かった、もし助けられなかったら、コヅ姉は……

 

 ツウ『コヅ姉』を悲しませなくて、本当に良かった。そう安堵するヒョウの胸がチクッと痛む。会いたいな……、コヅ姉……

 

「タケちゃーん、タケちゃーん!!」

 

 自分を呼ぶ声に気がついたヒョウは、立ち上がって振り返る。すると今最も会いたいと願った、愛しい妻が駆け寄る姿を認めた。ああ、駄目だよ、コヅ姉、泣かないで……

 

 愛しい夫の姿を見つけたツウは、夫の名前を大粒の涙を流しながら叫び、護衛のノブとシゲを置き去りにする勢いで、両足に力を込めて加速する。早く! 早く! じゃないと、タケちゃんが!! 

 

 ツウは四肢がポリゴンの欠片へと崩壊していくヒョウの胸に飛び込み、きつくきつく抱き締める、その時二人はあるアナウンスを同時に耳にした。そのアナウンスを聞いた二人の想いは、全く逆のものだった。ヒョウは『終わったんだ』と安堵して、ツウは『終わったのに』と絶望する。

 

 

 ソードアートオンライン運営より、プレイヤーの皆さんにお知らせします。十一月七日、十四時五十五分、ゲームはクリアされました。ゲームはクリアされました……

 

「ゴメン、コヅ姉……」

「嫌ァ! タケちゃん! タケちゃーん!!」

 

 崩壊の始まったアインクラッドの中で、ヒョウは最上級の笑顔を残し、ツウの胸の中でポリゴンの欠片に爆ぜ、消えて行った。ツウはそのポリゴンの欠片の一つ一つを胸の中にかき集めようと必死に両腕を動かしながら、ログアウトのオーブに包まれ消えて行った、悲しみの絶叫をアインクラッドに残して……

 

「嫌だぁ! 嫌だぁ! タケちゃーん!!」

 

 

 

 ▽▲▽▲▽▲

 

 

 ふと気がつくと、大祝小鶴の耳に規則正しい電子音が聞こえてきた。そして鼻腔には消毒液と、電子機械の発する独特の電子臭……

 

 ここは……、どこかしら……

 

 目を開けると、目を焼く様な眩しい光に、思わず目をつぶる。もう一度ゆっくり目を開けると、アイボリーホワイトの見知らぬ天井、天井には見知らぬ白い管が取り付けられ、光を放っている。

 

 あれは……、確か……、蛍光……灯? 

 

 まだ少し混濁する意識を整理しながら左側に目をやると、そこには大きな窓と、レースのカーテン……。アインクラッドにこんな所有ったかしら……? 

 

 アインクラッド!? そうだ、私はタケちゃんと一緒に!! 

 

 繋いだ右手を確かめると、幼なじみの手を握っていたはずの手には、中指にクリップの様なものがはめられ、手首には電極の様な物を仕込んだマジックテープが巻かれている。上体を起こしてナーヴギアを外して涙を拭う。あれ? 私、泣いてるの? どうして? 

 

 意識が覚醒した小鶴の頭に、アインクラッドでの二年間の記憶が奔流の様に甦る。嬉しかった事、楽しかった事、辛かった事、そして悲しかった事が、次々と走馬灯の様に頭の中に浮かんで行った。

 

 私、行かなきゃ! 

 

 小鶴は上手く動かない身体を必死に動かし、ベッドから立ち上がる。そして点滴スタンドを杖にして、病室の外へと出ていった。小鶴の頭の中には、アインクラッドで共に暮らした、隣家の幼なじみの姿が浮かんでいた。共に喜び、共に笑い、辛い時悲しい時は傍にいて支えてくれた、頼もしい夫、彼がいなければ私は現実世界への帰還はならなかった。私はタケちゃんのおかげで、生きてナーヴギアを外す事が出来た。そう、タケちゃんが、アインクラッドで一番強いタケちゃんが、傍で支えてくれたから……

 

 小鶴は猛の姿を求め、病院の廊下を歩き出す。

 

 タケちゃんは、私のタケちゃんはアインクラッドで一番強いんだ、だから、きっと、きっと、あんな事で死んだりしない! タケちゃんは絶対に生きている!! 

 

 そう確信した小鶴は、急いで猛の傍に行こうと焦るあまり、足をもつれさせ倒れ込む。点滴スタンドの倒れる音が病棟の廊下に響き渡り、その音に気がついた看護師が、小鶴の元に駆け寄った。

 

「まぁ、あなた大丈夫? 無理しちゃ駄目よ」

 

 離して、私はタケちゃんの所に行かなきゃ、離して

 

 呂律の回らない口で、何かを伝えようとする小鶴の顔に気がついた看護師は、驚愕の声をあげる。

 

「あなた、大祝小鶴さん!? 誰か、誰か来て下さい、大祝小鶴さんが、大祝小鶴さんが目を覚ましました!!」

 

 看護師の叫び声に反応した他の看護師が集まり、小鶴は担架式のベッドに寝かされ、彼女の意に反して病室へと運ばれてしまう。小鶴は大粒の涙を流し、心の中で叫び続ける。

 

 

 タケちゃん! 

 

 タケちゃん! 

 

 猛さん! 

 

 

 あなた! 

 

 

 

 

 

 




次回 ALO篇 第一話 戦う妖精

予告
絶剣亡き後、鮮烈な彼女の生きざまに恥じぬ様に、妖精達は戦い続ける。そんなALO内にある噂が流れる、ガンゲイル・オンラインのイベント『第三回BoB』優勝者は、実はALOからのコンバートプレイヤーだったらしい。その噂は遂に運営を動かし、最強の妖精を決めるイベントが企画された。キリト達も気合いの入る中、クラインはその準備の為に、カグヅチ獲得イベントの協力を申し出ていた。後一息で手に入るという所で、カグヅチを狙うもう一つのグループと、イベント主導権を巡っての戦いとなる。そのグループのリーダーは、サラマンダー最強と言われるユージーン将軍だった。彼はカグヅチを確実に手に入れる為に、キリト対策として、三レイドを率いて戦いを仕掛ける。スキルコネクトを駆使して戦うキリト達も、二レイド潰した所で追い詰められてしまう。絶体絶命のキリト達の前に現れ、加勢を申し出た男女二人組は、キリト達SAOサバイバーがよく知る馴染みであった。そして、男の方は、死んだと思われたあの男だった……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。