ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語 作:場流丹星児
voice image ツウ(コヅ姉):雨宮天(verアクア)
アインクラッド全体が、第一層フロアボス撃破の朗報に沸き立つ中、勢いに乗る攻略組を自認するプレイヤー達は、次なるフロアボス攻略に向けての活動に余念が無かった。無論それは自らをビーターと名乗り、ベータテスターと一般購入プレイヤーの軋轢を、己が一身に背負う覚悟を決めた少年キリトとて同様だった。彼は今、行きが掛り上パーティを組んだアスナと共に迷宮区を目指しながら、自らを強化するレベリング、強力なアイテムを得るためのイベ、クエ探しにフィールドへと分け入っていた。
「こんな所に、本当にクエストが有るの? 」
「ああ、難易度の割には実入りが少なくて、ベータテストでも敬遠するプレイヤーが多かったんだけど、実は美味しい……、と言うかゲームがこうなった以上、絶対に外せないクエストなんだ。」
「どうして? 」
「クエストクリア迄に得られる経験値が半端無いんだ。」
『怒りのドナドナスタンピート』と題されたこのクエストの内容は、輸送中の食材モンスターを載せた馬車のコンボイの内の一台の車軸が壊れ、その修理中に荷台のモンスターが暴れ出し、馬車が全壊してモンスターが脱走。騒ぎはコンボイ全体に広がり、モンスター達が次々と馬車を破壊、興奮したモンスターがスタンピートと化して近くの街を襲おうとするのを、たまたま通りかかったプレイヤーが防ぐというものである。得られるコルやアイテムが少ない割に、生半可な腕で挑めば余裕で返り討ちにされるこのクエストは、ベータテスト時に何人もの死に戻りプレイヤーを量産し、最低のMPKクエストと呼ばれて忌避されていた。
しかし、ある程度の腕と装備を持ったプレイヤーならば、モンスターの勢いに飲まれてパニックに陥る事無く、最後まで落ち着いて対処さえ出来ればクリア可能なクエストでもある。そして得られるのは、莫大な経験値による大幅なレベルアップだ。キリトが狙ったのはそれだ、何もコルやアイテムだけが、自身を強化するファクターでは無い、まずは自分自身のレベルアップが何より重要なのだ。レベリングの為に当てど無くフィールドを彷徨うより、このクエストならば短期間で自分を鍛える事が出来る、その後アイテム目的のクエストを始めても、上がったレベルの分だけ楽に早く進める事が出来、結果先行者を出し抜いて攻略を進める事が可能になる。確かに強力な装備品が有れば、その後の攻略を楽に進める事が可能になる。しかしそれを得るためのイベ、クエには相応の難易度が存在する、クリア迄に必要レベルに達すれば良いのだが、大抵はクリア目前でレベル不足に涙を流し、足踏みを強いられるのが相場である。そうして焦れったさから判断が粗くなり、ミスを誘発したしまうのだ。そのミスの程度によっては、取り返しのつかない事になるのが今現在のSAOだ。キリトが第二層の攻略に、最初にこのクエストを選んだ理由がそれである、目先のアイテムより、確実なレベルアップという事だ。このクエストを選ぶ事も、充分過ぎる程に命の危険と隣り合わせなのだが、自分とアスナならば問題無かろうと考えていた。何回かこのクエストを繰り返し、最終的には一人でクリア出来る様になれば、レベル的にかなりのアドバンテージを得る事が出来る。
さてそろそろ慌てふためいたNPCに出会う頃なのだが……、そうキリトが思った時である。
「嫌ぁぁぁぁあああ! 」
若い娘の悲鳴が、探索を続けるキリトとアスナの耳朶を打った。二人の間に緊張が走る。
「キリト君! これって!? 」
「ベータテストじゃこんな悲鳴は無かった、という事は……」
安易にイベントを開始した誰かが、モンスターの勢いとリポップの速度に対応出来ずにパニックに陥っている。
二人の頭の中に、最悪の情景が浮かび上がった。
「キリト君、急いで! 」
「ああ、アスナ! 」
悲鳴に向かって全速力で駆け向かった二人が、目的地で見たものは、二人の予想を遥かに越えて斜め上をいった光景だった。
「きゃあああああああっ! 怖いいいいいぃっ! 」
「もう大丈夫だから、ほら、グサッと刺す。」
キリトとアスナが目にした光景は、四肢損壊と表示され、虫の息で横たわるおびただしいモンスターの群れと、それらに止めを刺して廻る二人組のペアパーティである。黒い陣羽織の様なロングコートを着た、落ち着いた雰囲気の曲刀使いの少年と、白を基調とした清楚な感じのする初期装備の短剣使いの少女。黒い曲刀使いの少年に対し、短剣使いの少女は、モンスタ-に恐れをなして、完全にパニック状態となっている。少年は腰を抜かしているであろう少女を無理矢理引き摺り回し、モンスターに止めを刺させていた。引き摺り回すと言うよりは、恐怖に縮こまる少女を少年が抱え上げて。止めを刺させると言うよりは、短剣を持つ少女の腕に添えた手を動かして、少年が止めを刺している、という絵面である。
「ねえキリト君」
「何だ、アスナ」
「何をしているのかしら……、あの二人。」
「分からん、俺に聞くな。」
一瞬呆気に取られた二人だったが、再びの少女の悲鳴で我に返ったアスナがレイピアを引き抜いて二人に向かう。
「君、止めなさい! 」
アスナは自分に気がついて、振り返った少年に向かい、警告のリニアーを放つ。キリトを今なお魅了して止まないアスナのリニアーは、ソードスキルの軌跡を煌めかせ、少年の頬を掠めて背後で蠢くモンスターに命中した。一瞬でモンスターをポリゴン片へと変化させ、消し去ったレイピアが少年の眉間に狙いを定める。
「今のは警告よ、次は外さない。君、一体何をやっているの!? 」
柳眉を吊り上げて少年に詰問をするアスナ、その剣先を多少の驚愕を含んでいるが、基本的に涼しい顔で眺める黒い少年。その少年の姿に言い知れぬ恐怖を感じたキリトは、矢も盾もなく飛び出した。
キリトの目は一部始終を捉えていた、あの黒い少年は、アスナのリニアーの軌跡を目で追っていた、あのアスナの放った戦慄のリニアーを余裕で! それが意味する事は一つ、アスナのリニアーは完全に見切られている。頭の中に盛大に鳴り響く警鐘に従い、キリトはダッシュで二人の間に割って入る。
「ちょっと待った! ストップ、アスナ、ストーップ! 」
「彼女、嫌がっているじゃない! 早く下ろして解放しなさい……って、何よ、キリト君」
「ちょっと待て、落ち着けアスナ、二人を良く見ろ! 」
「見るって、何を? 」
怪訝に聞き返すアスナに、キリトは一言で答える。
「ハラスメントコード」
「あっ! 」
キリトの答えを聞いたアスナは一瞬でその意図を理解する、SAOの倫理基準では、片方が不快に感じる接触は固く禁じられており、特に異性間の接触ではハラスメントコードが発動する仕組みになっている。ゲーム内結婚をする事で、このハラスメントコードを抑える事が可能だが、それでも過度な強制を防ぐ為、不快ストレスを感知すると発動する事となる。つまりこの二人は、ハラスメントコードを抑える関係であり、なおかつ彼女は悲鳴をあげてはいるが、この状況を受け入れている事となる。
「あっ……」
もしかして、自分の働きは余計なお世話だったのでは? ようやく理解が追いついたアスナを中心に、気まずい空気が立ちこめる。
「いっ……、嫌ぁぁぁぁあああ! 」
この気まずい空気から皆を救ったのは、黒い少年の腕の中に抱かれた少女の悲鳴だった。今になって自分達が剣を突きつけられている事実を理解した少女は、その恐怖におののき悲鳴をあげる。
「きゃあああああああっ、殺されるぅううう! タケちゃん、助けてぇえええ! 」
「あ、ちょっと、コヅ姉、大丈夫だって。ほら、落ち着いて。」
「どうして、私達何も悪い事してないのに、どうしてこんな目に遭うの!? 」
「だから落ち着いて、コヅ姉、この人達は、コヅ姉の悲鳴を聞きつけて、助けに来てくれたんだよ。」
「本当に? 」
「本当だって。ほら、アンタも早くそれをしまって。」
黒い少年に促され、慌ててレイピアを鞘に納めたアスナが、顔に笑顔を貼り付けて取り繕う。
「本当よ、あなたの悲鳴が聞こえたから飛んできたんだけど、この状況でしょう、それで私早とちりしちゃったみたい、ゴメンなさいね。」
「ほら、言ったとおりだろう。じゃあコヅ姉、レベリング続けるよ。」
「えええ、またぁ! 」
「コヅ姉の言い出しっぺじゃあないか。」
「ぶううううう」
むずかる少女を促す少年の背後で、一体のモンスターから異常表示が消えた、四肢損壊から回復したモンスターが、興奮状態に任せて二人に襲いかかった。
「!! 」
キリトが背中の片手剣の柄に手をかける間も無く、目の前の少年は腰に穿いた曲刀を抜き放ち、振り返る事無く背後のモンスターに白刃を振るう。モンスターは再び四肢損壊状態となり、地面に横たわった。
抜く手が見えなかった!
少年の使った居合抜きの様な剣さばきに、キリトは戦慄した。ソードスキルでは無いこの動きに、言い知れぬ恐怖を抱いたキリトを他所に、二人はレベリングの為のクエストを再開する。
「ほらコヅ姉、相手はもう動けないんだから。」
「でも怖いよぉ、タケちゃん。」
「大丈夫だから、勇気を出して短剣を構える。」
「はぁい。」
少年の指示に従い、渋々と少女は短剣を何とも締まらないへっぴり腰で構えた。その姿に満足して頷く少年は、次の瞬間少女の予想外の行動に愕然とする。
「よしよし、コヅ姉その調子……、って! 後ずさらない、下がってどうするの!? 」
「だって、怖いんだもん! ねえ、タケちゃん背中抱っこしててくれる。」
「分かった。」
モンスターに向かうどころか、じりじりと後ずさる少女の哀願に、少年はため息をつきながら応じる。
「怖くないように、ギュッとしててね。」
「はいはい。」
「震えない様に、手握ってね。」
「はいはい。」
「目、つぶってて良い? 」
「それはダメ。」
「タケちゃんの意地悪! 」
「意地悪で結構、早く刺す。」
有無を言わさず、短剣を持った少女の手に添えた自分の手を動かし、止めを刺す少年。彼の行動に目を剥いて抗議する少女。
「あっ、ダメ! もう、タケちゃん、刺す時は一言言って! 」
「言っただろう、早く刺すって。」
「それじゃぁ言った事にならない! あっ、何かドロップしてる。」
「何がゲット出来たんだ? 」
「えーっとねぇ、『ドナドナ水牛の霜降り肉』だって。A級食材よ! 」
「へぇ、凄いじゃん。」
「ねえ、偉い? タケちゃん、私偉い? 」
「うん、偉い偉い、じゃあ偉いついでに、次はソードスキルに挑戦しよう。」
頭を撫でられ御満悦の少女は、少年の思わぬ一言に引き攣り抗議するが、少年は取り合わない。
「えっ、私そんなの聞いてないよ。」
「うん、俺も今言った。」
「ちょっと待って、ちょっと待って、心の準備が!! 」
「はいはい構えて、ためて、そ〜れ、飛んでけぇ、ラピッド・バイト」
少年は少女の懇願を無視し、昔のコミカルな香港カンフー映画に出てくる、ヘタレ主人公にカンフーを仕込むとぼけた師匠の様な動きで、少女の身体を無理矢理ソードスキルの構えに持って行き、発動させる。
「きゃあああああああっ、誰か止めてぇ! 」
少女は悲鳴をあげながら、誰が見ても惚れ惚れする精度のラピッド・バイトを、少し離れた場所に転がるドナドナ猪豚に炸裂させた。ドナドナ猪豚は断末魔の嘶きを上げると、輝くポリゴン片に弾けて消えていった。涙目で振り返り、ぷるぷる震えながら抗議の眼差しを向ける少女に、少年は可笑しそうに笑いながら賞賛の言葉をかける。
「お見事! 何かドロップした? 」
少年の言葉に、いそいそとドロップ品を確認する少女。
「『ドナドナ猪豚のロース肉』、これはB級食材ね。あっ、もう一つ有る、『ドナドナ猪豚のヒレ肉』だって! 」
「やったね、コヅ姉! 」
「へっへっへー、どんなもんだい。」
少年に褒められ、さっきまでの泣きっ面を輝く笑顔に変化させ、得意気に胸を反らせる少女。
二人のキャッキャウフフなレベリングを目の当たりにして、毒気を抜かれ尽くして立ち尽くすキリトとアスナ。
「ねえキリト君。」
「何だい、アスナ。」
「あの二人は、一体何をしているのかしら? 」
「ええっと、多分レベリングクエスト……かなぁ……」
「変ねえ、私には仲の良い恋人同士が、アトラクションゲームをしている様にしか見えないんだけど……」
呆然と立ち尽くすキリトとアスナの前に、クエストを終えた二人組が歩み寄り、声をかける。
「お待たせ、こっちはもう終わったから、次どうぞ。」
「何か、ツレが色々勘違いして悪かった、それに、急かしたみたいですまない。」
「いや、良いんだ。次のパーティが来るまでって決めてたから。」
「そうか、助かる。」
「気をつけてな。」「頑張ってね。」
「ああ、サンキュ。」「ありがとう。」
手を振り、会釈をしながら二組のパーティは別れて行った。
「いっぱいレベル上がったねえ。」
「流石コヅ姉、こんな穴場が有るなんて知らなかったよ。」
「でしょでしょ。それでねぇ、タケちゃん……」
「何だい、コヅ姉。」
「私、欲しい物が有るの……、買って良い? 」
「うん、コルもまだまだ余裕があるし、そんなに高い物じゃなきゃ、良いよ、買っても。」
「わーい、タケちゃんありがとう。」
「で、何を買うの? コヅ姉。」
「内緒。」
「内緒? 」
「買ってからのお楽しみ。」
少年と少女は、そんな会話を交わしながら遠ざかって行った。
「何か……、凄い二人組だったわね、キリト君。」
「ああ、そうだな。」
確かに異質な二人だった、特にあの黒い陣羽織の少年。歳は自分と同じ位だろうか? 年齢に似合わない落ち着いた雰囲気、それにアスナのリニアーを余裕で見切った目、抜く手の見えないソードスキルでは無い剣技、あの少年は只者では無い。
「さて、そろそろ気持ちを切り替えて、気合い入れて行くぞ! アスナ。」
「ええ、了解よ、キリト君。」
二人を見送ったキリトとアスナの背後には、慌てふためいて駆け寄るNPCの姿が有った。
「なんなのよ、これェ! 」
「だから言っただろう、難易度高いって! 」
「それは聞いたけど、それでも釈然としないわ! 」
予想を遥かに上回る難易度に、抗議の声を荒らげるアスナがレイピアを振りかざし、何体目かわからない荒ぶるモンスターを屠り倒す。彼女はさっきの二人組の戦いぶりを見て、知らず知らずのうちに難易度の高さ予想を下方修正していたのだ。アスナを叱咤しながら、キリトは同時に無理も無いと思っていた、実際にベータテストでこのクエストを体験していなければ、きっと自分もアスナと同じ感想を抱いていただろう。それだけあの二人、特に黒い陣羽織の少年が異質な存在だったのだ。ほうほうの体でクエストを終えたキリトとアスナは、息も絶え絶えに地面にへたり込む、そしてアスナはもう一つ釈然としない事実を発見した。
「ねえキリト君、生きてる? 」
「生きてる。アスナは? 」
「ええ、辛うじて。ねえキリト君。」
「何だ? 」
「何かドロップした? 」
「何にも、そっちは? 」
「右に同じよ……、ねぇ、何でさっきのあの子には、食材アイテムがポンポンドロップしてたのに、私達には何にも出ないの、不公平よ!! 」
「不公平って言ったって、実際ドロップしていないんだから、仕方無いだろう。」
「いいえ、仕方なくなんて無いわ! 」
ギョッとしてキリトはアスナに目を向ける、アスナの目は名状し難い怒りに燃えていた。
「私は釈然としない、絶対納得がいかないわ!! 」
この時アスナの中で、本人にも気づかない『何か』のスイッチが入ったのだった。
次回、ビーター