ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語   作:場流丹星児

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第二話 メディキュボイド

「「やっちゃえ!! タケちゃん「ヒョウ」!!」」

 

 その声援に背中を押されたインプの少年は、気負いの無い足取りで一歩前に踏み出した。すると、それに呼応する様に、ユージーン将軍の傍らに控えていた、両手大剣使いのサラマンダーが、遮る様に歩み出て来た。

 

「この人数を相手に、どう礼をするつもりだ!?」

 

 立ち塞がったサラマンダーは、嘲りを含んだ口調でそう言うと、巨大なザンバーを構えて言葉を続ける。

 

「まぁ、その度胸だけは認めてやる……」

 

「来い!」と、サラマンダーは続けるつもりだったが、それは叶わなかった。

 

「フッ」

 

 インプの少年が爽やかではあるが、ゾッとする笑みを浮かべた瞬間、サラマンダーは手首と首を斬り飛ばされ、リメインライトへと変えられていたからだ。周りに居た者は、納刀の鍔鳴りの音とザンバーの落下音で、辛うじて何が起きたのかを理解した。

 

「何っ!?」

 

 抜く手が全く見えない技の冴えと破壊力に、目を剥くユージーン将軍に、数人のサラマンダーが駆け寄り報告する。

 

「ユージーン将軍、俺達を殺ったのは、あのインプです」

「すると、奴が一刀両断のインプか、うぬぬ……」

 

 ユージーン将軍は、リアルでは五段の段位を持つ、現役バリバリの剣道家でもある。その彼をして、このインプの太刀筋を見極める事が出来なかった。肌が粟立つ想いのユージーン将軍は、己の動揺を敵味方に悟られぬ様に渋面を浮かべ、小癪な闖入者を見据えていた。

 

 突如現れたインプに驚いていたのは、ユージーン将軍率いるサラマンダー軍団だけではない。クライン率いるパーティーメンバーの内、非SAOサバイバー達も、このインプの剣技に言葉を失っていた。

 

「ねぇねぇサクヤちゃん、今の見た? 今の見た?」

 

 いち早く我に返ったアリシャ・ルーが、未だに亡我中のサクヤの脇腹をつつきながら問いかける。彼女の瞳は、興味津々のワクテカの光をたたえ、インプの少年に釘付けになっていた。

 

「不覚、全く見えなかった……。実に天晴れな抜刀術、見事」

「にゃーっ、剣道三段のサクヤちゃんでも? 今のソードスキルじゃ無かったよね?」

「うむ、エフェクト光が無かったからな、凄まじい抜刀術だ……」

 

 サクヤとアリシャ・ルーは、リアルではリーファが卒業した中学校の同僚教師である。アリシャ・ルーは保健室の養護教師、サクヤは体育教師で女子剣道部の顧問、ついでに補足すると、二人は親友だった。

 

「あの剣、私、知ってる……」

 

 インプの少年の太刀筋を、リーファは辛うじてではあるが見取る事が出来た、それはリーファが彼の剣技に見覚えが有ったからだ。過去に母親に叱られるまで再生して見続けた動画、それが脳裏にしっかりと焼き付いていたからである。

 

「凄い……」

 

 MMORPGにおいて、プレイヤーのリアルを詮索する事はマナー違反ではあるが、リーファはこのインプの少年の正体を確信していた。かつて衝撃を受け、今に至るまでリスペクトし続ける剣士の出現にリーファの心は、他とは違う反応を示していた。それは初めてスプリガンの『キリト君』に出会った、あの時と同じ心だった。

 

 

 周囲の驚愕をお構い無しに、インプの少年は軽い足取りでサラマンダー軍団の中へと歩を進める。

 

「で、次は誰だ」

 

 口調にも歩調にも、殺気も気負いも無く、穏やかに向かって来るインプの少年に、サラマンダー達は気圧され後ずさる。困惑と恐れの入り交じったサラマンダー達の顔を見回すと、インプの少年は軽く失望の色を瞳に浮かべた後、腰の大刀を鞘からスラリと引き抜いた。

 

「なら、こちらから行くぜ」

 

 そう言った瞬間、インプの少年はサラマンダー達の視界から消えた、彼等が再びインプの少年を視界に納めたのは、数名のサラマンダーの悲鳴の後である。インプの足下には数個のリメインライトが燃えていた。インプの少年は無人の野を行く様に、サラマンダーの大軍の中を歩み進む、彼の行く先には焦燥感を隠して仁王立ちするユージーン将軍がいた、そして後ろにはおびただしい数のリメインライト。インプの少年の意図に気づいたサラマンダーの中級指揮官達が「奴をユージーン将軍に近づけるな!」「なんとしても討ち取れ!」という怒号をを飛ばす。しかしサラマンダー達は明らかに浮き足立っていて、士気が崩壊しつつある。効果的な迎撃はもはや不可能になっていた。

 

「狼狽えるな! 相手は一人だぞ!」

 

 ユージーン将軍の怒号が、壊走寸前のサラマンダー軍団の士気を立て直す。

 

「一対一になるな! 盾隊、奴を取り囲め! 槍隊は盾の隙間から攻撃!」

 

 ユージーン将軍の指揮に従い、陣形を整えてサラマンダー達が反撃を開始する。五月雨の様に突き出される槍の穂先を交わしながら、インプの少年の口許がニィッと吊り上がった。一斉に突き出される槍を掻い潜り、インプの少年は納刀し、低い体勢で身構える。

 槍が引かれた瞬間、ユージーン将軍の更なる指示が飛ぶ。

 

「今だ、軽装兵、飛び込んで圧し包め!!」

 

 号令に従い、盾部隊を飛び越えて、片手剣やメイスで武装したサラマンダーが、四方八方から襲いかかる、しかし……

 

「フッ」

 

 インプの少年の目が、獲物を狙う猫型大型獣『豹』の様に鋭く輝く、と、同時に鯉口を切った刀から、ソードスキルのエフェクト光が迸る。

 

「快刀乱麻!!」

 

 それはSAOサバイバー、それも攻略組のメンバーなら見知ったソードスキル。

 

 それは攻撃、迎撃、一対一、一対多、全てに対応する、SAO世界で最大破壊力を誇った単発周囲技。

 

 ボス戦闘での窮地を何度も救ったソードスキルに、周囲を囲んだサラマンダー達は、強制的にリメインライトへと変えられた。しかしユージーン将軍もALOでは海千山千の名将である、的確な指揮を下してサラマンダー達を鼓舞し、逆転を狙う。

 

「臆するな! あれだけのソードスキルの後だ、技後硬直は長いぞ! 圧し包んで畳み掛けろ!!」

 

 ユージーン将軍の檄に反応し、歴戦のサラマンダー達が、荒れ狂う奔流の様にインプの少年に殺到する。しかし、ユージーン将軍の狙いは、三人のプレイヤーによって阻まれた。キリト、エギル、クラインはインプの少年の盾となってサラマンダーの攻撃を防ぐ。

 

「お前、本当にヒョウなんだな!?」

 

 二年余り、命懸けで背中を預け合ったキリト、エギル、クラインは、このソードスキルが放たれた後にどう動くべきか、骨の髄まで染み付いている。三人は群がるサラマンダーの攻撃を抑え、確認するが、その答えはインプの少年からではなく、連れのケットシーの少女の怒りの叫びとしてSAOサバイバー達に伝えられた。

 

「タケちゃんに何て事するのよ!!」

 

 そうケットシーの少女が叫ぶと、クライン達のパーティーに二人を確かめる余裕が出来た、何故なら叫んだ後に、ケットシーの少女が放った魔法が、四人に殺到するサラマンダー達に炸裂したからだ。魔法を受けたサラマンダー達は、上空から見えない万力に挟まれた様に、地面に倒れ伏して身動きが取れなくなってしまった。

 

「じ……、重力魔法だと……」

 

 呻き声をあげるユージーン将軍を尻目に、インプの少年が三人に向かって口を開く。

 

「みんな、久しぶり」

 

 少しはにかんだ笑みを浮かべるヒョウの肩に、少し乱暴にクラインが腕を掛ける。

 

「おい、ヒョウ、てめえ! 何で今まで連絡寄越さなかったんだ!? 俺は……、俺は……、オメェが死んだって聞かされて……」

「リハビリが長引いて、連絡したくても出来なかったんだ、ゴメン」

 

 再び目を潤ませるクラインに、済まなそうにそう答えたヒョウは、キリトに視線を向けて言葉を続けた。

 

「所で、パーティーリーダーはキリトでいいの?」

「いや、今回はクラインだ」

「そうなんだ、じゃあクライン、これお願い」

 

 少し意外そうな表情を浮かべたヒョウがメニュー操作をすると、クラインの目の前にヒョウとツウのパーティー加入申請のウィンドウが浮かび上がる。クラインは躊躇う事なくOKした。するとパーティーメンバーの耳に、荘厳な鈴の音が鳴り響く、皆が音の鳴る方に目をやると、ツウが神楽舞いを舞っている。一瞬見とれていたパーティーメンバーは、またしても驚愕の表情を浮かべた。

 

「にゃーっ、これって上級スキル、白拍子じゃないか!? さっきの広範囲重力魔法といい、二人は一体何者なんだ?」

 

 ツウの神楽舞いの特殊効果で、パーティーメンバーのHP/MPは完全回復し、各パラメーターには、バフ効果が上乗せされていた。アリシャ・ルーの驚愕の叫び声をBGMに、ヒョウとキリトは横目でアイコンタクトを取ると、重力魔法から解放されたサラマンダー達に向かって剣を振るう。

 

「態勢を立て直すぞ! メイジ隊、攻撃魔法で援護しろ! 魔法の弾幕を張れ!!」

 

 ユージーン将軍の指揮に従って、サラマンダーメイジ隊の火炎魔法の濃密な弾幕が、キリトとヒョウを襲う。

 

「フン!」

 

 しかし、サラマンダー達の奮戦を嘲笑う様に、キリトは次々と魔法弾を斬り落としていく。

 

「ブラッキーに攻撃魔法は通じない! インプを狙え!」

 

 サラマンダー達は、魔法弾幕の標的をヒョウに集中した。

 

「だとさ、ヒョウ」

「そいつは災難」

 

 キリトと軽口を叩きながら、ヒョウは魔法弾幕を次々と斬り落とす。

 

「AK―47の弾丸の方が、やっぱり速いな……」

 

 ヒョウは誰にも聞こえない様に小声で呟くと、キリトと共に魔法弾幕を斬り落としながら、サラマンダー本隊へと歩き出す。二人が一歩踏み出せば、サラマンダー達は二歩下がる。浮き足だった様に見せて、これはサラマンダーの策であった。いかに突出した強さを持った二人でも、たかが二人である。後退を装い、徐々にクラインパーティー本隊から引き離し、孤立させればこの人数差だ、逆転のチャンスはまだまだ有る、その策略は成功しつつあった。物影に身を隠しながら、メイジ隊の一部が突出したヒョウとキリトの背後に回り込む、そして頃合いや良しと、大火力複合魔法を二人に向けて放つ。

 

「キリトさん! ヒョウさん!」

「危ない!」

 

 それに気づいたシリカとリズベットが危険を知らせるが、それは二人の杞憂に終わった。何故なら

 

「はああああああああっ!!」

 

 気合いと共に、白い流星が飛んできて、魔法弾を打ち砕き、二人の許に着地する。

 

「あら、やってみればできるものね……」

「やってみればって……」

「あのなぁ……」

 

 いささか拍子抜けといったアスナの言葉に、ヒョウとキリトは自分の事を棚に上げてツッコミを入れる。

 

「なによう、二人共。あなた達だって普通にやってたじゃない、何で私だけそんな化物みたいな目で見られなきゃならないの。心外だわ」

「いや、だって待ち構えてと、追いかけてじゃ、難易度が全然違うだろう」

「それをあっけらかんと……」

 

 ツンとソッポを向くアスナに、キリトとヒョウは肩をすくめ合う。二人の仕草に、自分が無意識にやった事の非常識さを察したアスナは、それを誤魔化すべく話題を変える。

 

「まぁ、良いわ。それよりも、積もる話も有る事だし、さっさとコレ、終わらせちゃわない?」

「そうだな、それについちゃ、全面的に賛成するよ、アスナ」

 

 アスナがそう言って、サラマンダー軍団を見回すと、キリトも同意して彼女の隣に並び立つ。「ひどーい、それじゃあやっぱり私は化物って事?」「良いじゃないか、バーサクヒーラーに、新たなる伝説が出来たと言う事で」と、痴話喧嘩めいた軽口を交わす二人を見て、懐かしそうな笑みを浮かべたヒョウは、それに割り込む様に踏み出して二人に並び立った。

 

「それじゃあ、さくっと倒しに行きますか」

「そうね、そうしましょう」

「ああ、行こうぜ、ヒョウ」

 

 こうしてSAO最強のダメージディーラートリオが、ALOの地に再び揃い踏みを果たした。相手をするユージーン将軍率いるサラマンダー軍団は、誠に御愁傷様でしたと言う以外に言葉は無い。

 追い詰められたユージーン将軍は、起死回生の一騎打ちをヒョウに申し込む、だが彼の思惑もヒョウの剣技の前では意味をなさなかった。

 魔剣グラムを以てしても、ユージーン将軍はヒョウを止める事叶わず、防戦一方となっていった。

 

 

 軽い! 

 

 刀を振るいながら、人知れずヒョウの心は踊っていた。

 

 この身体は羽根の様に軽い! リアルの身体とは大違いだ! 

 

 ヒョウはバーチャル世界の戦場を縦横無尽に駆けながら、自在に動く己の身体を堪能していた。何故なら彼のリアルの身体は、SAOの後遺症で全身不随の状態になっていたからだ。

 

 ヒョウこと祝屋猛が目覚めたのは、ツウこと大祝小鶴がログアウトした三日後の事だった。ゲーム終了間際、アバターのHPを全て喪った彼は、それまでにそうなったプレイヤー同様に、ナーヴギアからマイクロウェーブの照射が行われていた、しかし直後のゲームクリアにより照射は中断。脳にある程度損傷を与えるも、命を奪うには至らなかった。

 

 脳にダメージを負った彼は、ログアウトと同時に集中治療室に運ばれ、医師達による懸命の治療を受ける事となる。こうして猛は九死に一生を得たのだが、照射されたマイクロウェーブは、彼の脳の運動神経ネットワークを寸断し、全身不随という深刻な爪痕を残していた。

 

 脳波計により、猛の意識がしっかり有る事が確認されたが、小鶴にとって、それは慰めにはならなかった。

 

 よかれと思って誘ったSAO、それがこんな結果になるなんて……

 

 彼女は自責の念に囚われ、ログアウトから四日目の夜に衝動的に自殺を図るが、それを予期していた祖母の巴に止められていた。パニックを起こし、死んでタケちゃんに謝る、お願い死なせてと泣き叫ぶ小鶴の頬を張り、巴は一喝した。

 

「黙らっしゃい! お主が生きて戻って来れたのは、猛のおかげじゃろう! あんな身体になってまで守り抜いたお主の命を、一時の気の迷いで投げ捨てると言うのか! それじゃあ猛は犬死にも同然じゃ、報われん。あんまりだとは思わんのか?」

「……お婆ちゃん」

「辛いじゃろう、死ぬ程辛いお主の気持ちを全部わかるとは、わしには言えん。じゃが死ぬのは猛に対する裏切りじゃ、猛の頑張りに応えるんじゃ、小鶴」

「タケちゃんの頑張りに……、私が……、応える……」

「そうじゃ、それがお主に出来る、唯一の償いじゃ。あの世界ではずっと、猛はお主に寄り添い、守り支えてくれたんじゃろう」

 

 頷く小鶴に、巴は言葉を続ける。

 

「だったら今度はお主の番じゃ、お主が猛に寄り添い、守り支えるのじゃ。嫌か?」

 

 嫌かと聞いたのは、それが一生を縛る事になりかねないからだ。巴は小鶴の覚悟を問いかけたのだ。その問いかけに、小鶴は大きく頭を振って答えた。

 

「ううん、嫌じゃない! 私の全てはタケちゃんの物だもん!」

 

 涙を拭いて立ち上がる小鶴に、巴は大きく頷いた、そして確信する。

 

 猛のあの目は、まだ諦めてはおらん目だ。猛は過酷なリハビリに立ち向かい、この苦境を克服する腹積もりじゃ。長年指導してきたわしには解る。しかし、一人で立ち向かうには、余りにも辛過ぎる。必ず小鶴の支えが必要になる。この二人ならば、きっと手を携えて克服するだろう、それがどんな形になったとしても……

 

 

 巴のその考え通り、猛は全く諦めてはいなかった。むしろ、こんな身体になってしまった事を、小鶴に対して申し訳なく思っており、一刻も早くリハビリをして克服したいと考えていた。猛の健康状態を見ながら、慎重かつ過酷なリハビリが開始されると、小鶴も自分のリハビリと並行し、猛のリハビリの介助を行った。

 

 そんなリハビリ生活が始まってから一か月後、二人の許に朗報を持って現れた男がいた。男の名前は菊岡誠二郎。彼は自分は総務省職員で、SAO事件を担当していると名乗り、SAO事件被害者のケアの一環として、猛君に提案を持って来たと説明する。

 

 菊岡の提案はこうである。猛のリハビリに適した医療器具があり、その使用の目処がついた。もし希望すれば、最優先で利用できるように便宜を図る。但しそれは現在の利用者が利用を終えた後になる。利用開始の時期は明確にいつからとは断言できない事を理解して欲しい、でもそう遠くないうちに利用できるはずだ。

 

 未だ全身不随状態の続く猛に同席する小鶴が、その医療器具の概念を菊岡に尋ねる。それに応じて菊岡は説明を開始する。

 

 その医療器具の名前はメディキュボイド、フルダイブ型のVR機能を持つ、世界に一つしかない最新の医療器具で、現在は終末医療の臨床に使われている。その臨床で、かなり微弱な脳波も拾える事が判明し、脳梗塞などの脳障害による後遺症のリハビリに、劇的な効果が期待できると予測が立てられた。是非とも猛君にはリハビリを兼ねて、その臨床試験に協力して欲しい。

 

 菊岡の説明に小鶴は激昂する。

 

「冗談じゃないわ! タケちゃんをこんな目に合わせたVRマシンなんて、まっぴらよ! もう懲り懲りだわ!」

 

 荒れる小鶴を制したのは、猛だった。

 

「あうううううぅう~!」

 

 何らかの意識のこもった唸り声を発し、猛は目で必死に何かを訴える。猛の主治医が、猛の眼球が動いているのを確認する。猛は意識が戻って以来、動かない身体に腐る事なくリハビリに励んでいた。そんな猛の支えになっていたのが小鶴であり、猛は小鶴が同席している時は、いつでも彼女を視界に納めていたいと願っていた。その願いが通じたのか、猛の運動機能で、いち早く回復の兆しを見せたのは、眼球運動だった。少しでも体感する変化が現れるのは、嬉しい事である。猛は自分の身体は、これをきっかけに、必ず以前のように自由を取り戻すと確信し、人知れず眼球運動リハビリを繰り返していたのだ。

 

「猛君、私の指を目で追ってみてくれ」

 

 主治医の言葉に従い、猛は必死に指の動きを目で追いかける。その結果猛が自分の意志で目を動かしていると確信した主治医は、看護師に命じてあるものを取りに行かせた。程なくして看護師がその手に持って来たのは、視線入力機能を持ったノートパソコンだった。これは重度身体障害者と意志の疎通をするために開発されたパソコンである。

 

「猛君、どうしたいんだい?」

 

 アプリを立ち上げ、意志を確認する主治医の言葉に対し、猛がパソコンの画面に示した答えはこうだった。

 

 

 やる! 俺、やる! 

 

 

 猛のその意志に小鶴は涙ながらに従うと、アミュスフィアを購入し、その日に備えて最新VR世界のリサーチを始めたのだった。

 

 

 このような経緯で猛がメディキュボイドの住人になったのは、この戦いの二週間前である。納刀の鍔鳴りが一騎打ちの終わりを告げると、こみ上げる喜びに抑えられなくなったシリカが、大泣きしながらヒョウの胸に飛び込んだ。

 

「うわーん、ヒョウさーん」

「おっと……」

 

 抱き止めたヒョウを見上げ、シリカはしゃくり上げながら喜びを伝える。

 

「私……、私……、ヒョウさんが死んだって聞いて……、でも……、でも……、生きていたんですね。良かった……、本当に良かった……」

「心配かけたみたいだね、ゴメン、シリカちゃん」

「うわーん、あーん」

 

 胸の中で大泣きし始めたシリカに困惑気味のヒョウの後頭部に、軽い衝撃が与えられる。

 

「てい!」

 

 振り返るヒョウの目に、チョップの残心を決めるリズベットの姿が映った。

 

「本当にみんなショックだったんだかんね、何か一言無いの?」

「ああ、ゴメン、本当ゴメン、リズ……、あはははは」

「本当に悪いと思ってんの」

「もちろん」

 

 誤魔化し笑いを浮かべるヒョウを、リズベットは剣呑な目で見上げた。その目付きに気圧されて、棒を飲んだ様な姿勢で答えるヒョウ。

 

「余りいじめちゃダメよ、リズ」

「そうだぞ、リハビリが長引いてたんだ、リズも聞こえていただろう」

「わかってるわよ……、アタシにもちゃんと聞こえてたわよ……」

 

 たしなめながら歩み寄るアスナとキリト、リズベットは小刻みに肩を震わせながら悪態をつく。

 

「でも……、でも……、こんな風に言わないと、アタシだって泣いちゃうでしょう」

 

 リズベットが強がるのもそこまでだった、彼女もシリカ同様に、ヒョウの背中に抱きついて号泣し始めた。そこにツウが飛んで来て、二人に優しく声をかける。

 

「ごめんなさいね、シリカちゃん、リズ。私達も大変だったの、許して」

 

 ツウの言葉に、少し落ち着きを取り戻したシリカとリズベットは、頷きながら泣き笑いの笑顔を浮かべた。そこに三々五々と集まってきた非SAOサバイバーを代表して、シノンがキリトとアスナに声をかける。

 

「お取り込みの所悪いんだけど」

「ん? なあに、しののん」

「この人達……、誰?」

 

 シノンの背後では、リーファ、サクヤ、アリシャ・ルー、シウネーが、ウンウンと首を縦に振っていた。その姿に紹介するのを失念していた事に、今さらながら気がついたアスナが、あっと声をあげる。

 

「あーっ、そうだった、私、紹介するのをすっかり忘れていた。二人はねぇ、前のゲームで仲間だった、ヒョウ君とツウさん」

「頼れる、良いヤツだから、みんなも仲良くしてやってくれ」

「ヒョウです、宜しく」

「ツウです」

 

 アスナとキリトの紹介を受け、ヒョウとツウが自己紹介を始めると、すっとんきょうな声がそれを遮った。

 

「にゃーっ、そのアバターは!?」

 

 声の主はアリシャ・ルーだった、彼女はツウのアバター『二本尻尾』を見るや、興奮気味な目で迫り、息を荒くして話しかける。

 

「ねぇねぇ君君、このアバターって、EXレアの『ネコマタ』だよねぇ? 何回ガチャを回したの?」

「コンバートのキャラクターメイクの一回だけですが……」

 

 ツウの答えに、アリシャ・ルーはガックリと膝を着いて項垂れる。

 

「何で……、アタイなんてボーナス全部注ぎ込んでもダメだったのに……」

「ルー子、お前そんな事にボーナス全部使ったのか」

「だってサクヤちゃん、闇魔法属性最強の特典が有るんだよ」

「全く……」

 

 落ち込むアリシャ・ルーに、サクヤが追い討ちをかける。どんよりとした空気を改善すべく、アスナがツウに他愛の無い質問を投げ掛ける。

 

「でも意外ね、ヒョウ君がインプなら、ツウはどうしてケットシーなの?」

「それもそうね、ツウの事だから、私もタケちゃんと一緒が良い、ってなるんじゃないの?」

 

 リズベットもアスナの疑問に同意して、ツウに聞く。二人の質問にツウは顔を赤らめ、一本の尻尾をヒョウの腕に絡みつけ、もう一本の尻尾を掴み、自分の指にネジネジと絡めながら、くねくねとはにかんで答える。

 

「だってタケちゃん……、猫が好きだから……」

 

 そのツウの仕草と答えに、SAOサバイバーはもとより、パーティーメンバー全員が、甘ったるい空気に胃がもたれる思いに苛まされた。すかさずキリトが機転を利かせ、ヒョウに話を振る。

 

「なぁヒョウ、運営がインプを優遇しているって噂が有るんだが、インプを選んだって事はもしかして?」

「いや、そんな事は無いと思うぞ。俺がインプを選んだのは、迷ったからユウキのオススメに従っただけだし……」

「「ユウキ!?」」

 

 アスナとシウネーがヒョウの答えに激しく反応した。食い入るような視線を向けるアスナに、ヒョウは少し驚きながらも話を続ける。

 

「ああ、俺のナビゲーションピクシーだけど。おーい、ユウキ、出てこいよ」

「なあに、ヒョウ」

 

 ツウの巫女服の袖口から、ナビゲーションピクシーがひょこっと顔を出すと、そのまま飛び出してヒョウの肩に腰かける。

 

「この子がユウキ。ほら、ユウキ、みんなに挨拶して」

「はじめまして、ボクはヒョウのナビゲーションピクシーのユウキ、宜しくね」

 

 挨拶をするユウキの姿に、キリト達は絶句する。それもそのはず、先ほどアスナが感じた通り、このユウキの姿は、あのユウキを相似形に小さくした姿だったからだ。

 

「……ねぇ、あなた……、本当にユウキなの……?」

 

 震える声で尋ねるアスナに、ナビゲーションピクシーのユウキは不思議そうに首をかしげた。

 

「うん、ボク、ユウキだよ。お姉さん……、誰?」

 

 その言葉に、アスナはショックの色を隠せなかった、その様子を見てユウキは何か傷つけてしまったと察し、アスナの眼前まで飛んで行って頭を下げる。

 

「ゴメンね、お姉さん。ボク、二週間前に生まれたばかりで、何も知らないんだ。もしボクが何かお姉さんを悲しませていたら謝るよ、ごめんなさい」

「う、ううん、違うの。キミが私の知り合いによく似ていて、それでビックリしちゃったの。こっちこそゴメンね、これから宜しく、ユウキ」

 

 ショックを取り繕ってはいるが、アスナはユウキに笑顔でそう答えた。ユウキはそれに安心したのか、満面の笑みで挨拶を返す。

 

「うん、宜しくね! え、えーと……」

「アスナよ」

「宜しくね、アスナ」

「よぉーし、カグヅチも手に入ったし、ヒョウの無事も確認出来たし、これで万事めでたし! って訳だ。なぁ、みんな! じゃあこれから、祝勝会としゃれこもうぜ!!」

 

 二人の顔に笑顔が戻ったのを確認したクラインが、調子良い口調でそう締めると、パーティーメンバー達もそうだ、それが良いと口々に賛同する、しかし……

 

「あーっ、ダメだよ! ヒョウ」

 

 ユウキが何かに気づいた様に声をあげる、一同がユウキに注目するが、彼女はそれに構う事なく、ヒョウの髪を引っ張って制止した。

 

「どうした、ユウキ?」

「どうした? じゃないよ、戻らないと。もうすぐリハビリの時間だよ!」

 

 ユウキの指摘に、ヒョウとツウは顔を見合せる。

 

「えっ? もうそんな時間か?」

「いっけなーい、本当だ」

「もう、キミがしっかりしないとダメじゃないか、ツウ」

「あうう、返す言葉が一つも無いわ」

「ったくぅ~」

 

 呆れ顔でたしなめるユウキを背後に、ヒョウとツウはキリト達にフレンド登録の申請を出しながら、これからログアウトする旨を伝えた。

 

「ゴメン、そういう訳で、今日はもうログアウトしないとダメなんだ」

「また今度、日を改めて、ね」

「そうか、残念だけど、仕方ないな」

「ええ、近いうちに、きっと」

 

 そうキリト達と言葉をかわすと、ヒョウはゲームをログアウトして戻って行った。メディキュボイドに横たわる、自由に動く事の叶わない、自分の身体へ……

 

 




お読み頂き、有り難うございます。前回から今回にかけて、オリジナル解釈、設定があるので説明致します。

クラインとユージーンがリアルでは上司部下の間柄
ユージーン将軍が、リアルでは剣道の有段者
サクヤとアリシャ・ルーが、リアルではリーファの卒業した中学校の教師で同僚
サクヤがリアルでは、女子剣道部顧問で、剣道の有段者

以上は、筆者のオリジナル解釈による、オリジナル設定です。


次回 第三話 転校生


感想とかいただけると、嬉しいなぁ……(/ω・\)チラッ

八月九日、全身麻痺→全身不随に表現変更しました。
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