ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語   作:場流丹星児

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第三話 転校生

 月曜日の朝の表情は、雑多で混沌としている。

 道行く人の足取りは、皆足早。但し、だからといって、全ての足取りが軽やかとは言い難い。大多数の人間が、月曜日を週の起点としている現実世界では、月曜日の朝とは、生活基盤維持活動の始まりであり、であるからこそ道行く者の内心は千差万別である。

 ある者は気を引き締めて力強く、ある者は前日の遊び疲れを残してどこか覚束なく。

 充実した一週間にするために背筋を伸ばす者、激務の一週間の始まりに肩を落として歩く者。明るい表情の者、暗い表情の者、全てを達観し、無表情の仮面の下に、全ての感情を包み隠してしまう者。

 ある意味人生の酸いと甘いが凝縮しているこの時間帯、皆の足取りが早いのは、この日の遅刻が週の在り方を左右してしまう可能性が高いからだ。平穏無事な一週間を過ごす為、皆足早に職場へ、学校へと足を早める。

 

 

「アスナ、ニュースよ! 大ニュース!」

 

 ホームルーム開始五分前、教室へと駆け込んで来たリズベットこと篠崎里香が、既に着席して読書をしながらホームルーム前の暇潰しをしているアスナ、結城明日奈に血相を変えて報告をする。

 

「どうしたの、リズ。そんなに慌てて」

 

 ここはSAOサバイバーを対象に開設された臨時学校だ。この学校は被害当時、就学年齢だった子供達のケアと教育を目的に開設されている。生徒には二年間のブランクが有るため、一般的な中学、高校に比べると年齢層はやや高いが、この学校を卒業すれば同年代の者から遅れても、留年や浪人生ではなく『現役』として高校卒業資格が与えられる事となっている。生徒達それぞれの元々の学力に差があった為、学校のレベルは中の下クラスの普通高校といった評価だが、内情は些か違っている。卒業資格だけで良いと言う者には、それに応じた教育が施されるが、一流難関大学進学を目指す者にも、それに相応しい教育が与えられ、一般的なアホ学校とは一線を画する学校だった。アスナは母親にそれを証明して、SAOで得た掛け替えの無い友達との生活を守っている。

 

「これが慌てずにいられますか! 転校生よ、て・ん・こ・う・せ・い」

「転校生?」

 

 柳眉をしかめ、軽く思案する明日奈に、たった今仕入れた最新情報に、軽い優越感と喜び、早く情報共有して喜びを分かち合いたい気持ちが溢れ、里香は目を輝かせる。

 

「そう、転校生。さっき廊下を走ってたら、職員室から転校生がどーたらとか聞こえてきて、気になって扉の隙間から覗いたら、チラッとその転校生らしき背中が見えて」

「ふんふん」

「で、その子の前にいたのが、ウチのクラスの担任」

 

 里香の話を聞くうちに、その中身を理解した明日奈の瞳が輝いていく。

 

「それって、もしかして?」

「きっとそーよ、他に考えられないでしょう!」

 

 前述の通り、この学校はSAOサバイバーのケアを目的に設立した学校である、従って転校生に一般学生を受け入れるとは考えられない。そして、二人は先日、その対象となりうる二人のSAOサバイバーに、ALOの中で再会を果たしていた。明日奈と里香がハイタッチをして喜びを分かち合ったタイミングで予鈴が鳴る。里香は急いで自分の席に着席し、明日奈と共にワクワクしながらその時を待った。

 

 

「起立、礼、着席」

「皆さん、おはようございます」

 

 担任の先生が入室すると、日直の号令でルーティーンの朝の挨拶が始まる。挨拶を終えた所で、今朝の挨拶はルーティーンとは少し違う事に気づいた生徒達がざわつき始めた、いつもなら担任は入室する際に必ず閉める引き戸が、今朝は開いたままだった。

 

「皆さん、お静かに。今日は皆さんに新しい仲間を紹介します。君、さぁ入って」

 

 担任教師はざわめく生徒達をやんわりとたしなめると、開いたままの引き戸に目を向け、その向こうで控えている転校生に声をかける。「はい」と応えて入室した転校生の姿に、教室の中はどよめいた。

 

「今日から皆さんと一緒に、この教室で学ばせていただく事になりました、大祝小鶴です。どうかよろしくお願いいたします」

 

 小柄な癒し系美少女にクラスが騒然となる中、明日奈と里香が嬉しそうに小さく手を振って笑いかける。すると、それに気づいた小鶴は、花が咲いた様な笑顔を二人に返した。

 

 午前の授業を終えて三人は、購買前でシリカこと綾野珪子と合流する。珪子は小鶴の姿を認めるや、飛び付く様に手を取って自己紹介を始めた。

 

「ツウさん! 会いたかったです。私、シリカです、綾野珪子といいます、はじめまして!」

「はじめまして、シリカちゃん。私は大祝小鶴です、よろしくね」

「だからコヅ姉なんですね、こちらこそよろしくお願いします」

 

 お互いに手を取り合って、ピョンピョン飛び跳ねてリアルでの対面を喜ぶ二人。それから四人は、購買で適当に飲み物や、弁当持参でない者はパン等を買って中庭へと向かった。

 

「さ~て、愛しのタケちゃんはどこかなぁ~」

 

 四人の視界に中庭のベンチが入ると、里香は悪戯っぽい含み笑いを浮かべて小鶴の顔を一瞥して、ベンチのある一角へと駆け出した。

 

「ちょっと、こらぁ~、リズぅ~」

「へっへ~ん、一番乗りぃ~」

 

 明日奈の制止を振り切って、一番先に猛の顔を見ようと、里香はベンチへとダッシュする。キョロキョロとベンチを見渡す里香は、見知った顔を見つけて、声をかけながら歩み寄って行った。

 

「あっ、キリト」

「よう、リズ、どうしたんだ?」

「どうしたんだって、決まっているじゃない。ねぇ、ヒョウはどこ? 一緒じゃないの?」

「ヒョウ?」

 

 キョロキョロと辺りを見回す里香を、怪訝な表情で見上げた和人は、彼女の背後に三人の女子の姿を確認する。

 

「キリト君、紹介するわ」

「アスナ……」

 

 にこにこと上機嫌な笑顔で、明日奈は真新しい制服に身を包んだ、小柄な女子生徒を和人に引き会わせた。和人は一瞬考える表情を浮かべたが、すぐに合点のいった目でその女子生徒を見てベンチから立ち上がる。

 

「ツウさん、ツウさんか?」

「はい、大祝小鶴です、よろしくお願いします」

 

 ぺこりと頭を下げる小鶴に、和人も自己紹介を始めた。

 

「桐ヶ谷和人です、こちらこそよろしく」

 

 二人の自己紹介が終わる間もなく、猛の姿が見当たらない事に痺れを切らした里香が口を挟む。

 

「ねぇツウ、ヒョウはどこ?」

 

 好奇心を隠そうとしない里香の瞳から目を反らし、小鶴は少し表情を曇らせてうつむいた。

 

「ごめんなさい、タケちゃん、まだ入院中なの……。だから、転校は私だけ……」

 

 小鶴のその言葉に、四人は唖然として目を剥いた。

 

 

 

「許せないわね、サーキーのヤツ!!」

 

 昼食を摂りながら、小鶴が十一月七日に起こった出来事を一部始終話すと、里香は憤慨して飲み終えたイチゴ牛乳のパックを握り潰す。

 

「だからタケちゃん、一瞬だけマイクロウェーブの照射を受けて……、そのせいで少し回復が遅れてるの」

 

 そう言い結んだ小鶴の言葉に、四人は押し黙ってしまった。その重苦しい空気を追い払う様に、小鶴は殊更明るい口調で話始める。

 

「ああっ、でもちゃんと回復してきてるのよ! ALOで会ったでしょう、ちょっとリハビリが長引いてるだけなの」

「そうよね、なんたって『無敵のヒョウ』だもんね。ウン、状況は理解したわ、学校に来るの楽しみにしてるから、リハビリ頑張ってって伝えといて」

「ええ、わかったわ」

 

 小鶴の言葉に里香は納得したが、和人と明日奈は違った。特にSAOにログインする前迄は女子校に通い、心理戦のエキスパートを自認する明日奈は、小鶴が無理して明るく振る舞っていると見抜いていた。

 

「でも、無理しない様に伝えてね。それからツウも。困った事が有ったら遠慮なく言ってね、私達に出来る事なら、必ず力になるから。ねぇ、キリト君」

「ああ、勿論だ。ヒョウにも遠慮しないよう、念を押しておいて。アイツ他人の事なら何でも頼んでくるクセに、自分の事になると全然だからな」

「えへへへへ」

 

 明日奈は小鶴の言葉から感じた違和感に、何か有る事を察したが、それを確かめては逆に傷つけるのではと思いやり、そう言うにとどめた。そんな明日奈と彼女の言葉に頷く和人の言葉に、小鶴は心に痛みを覚える。

 

 小鶴はみんなに嘘をついていた、猛は今全身不随の身体をメディキュボイドに横たえ、本当に成功するかどうか分からないリハビリに挑戦しているのだ。

 

「みんなには、この事は内緒にしていて欲しい」猛は転校をする小鶴にそう望んでいた。皆に余計な心配をかけて、負担になりたくは無いというのがその理由だが、これは建前である。本音はメディキュボイドに横たわる、無様な姿を晒したくない、自分の足でちゃんと立って会いに行きたい、という極めて少年らしいエゴイズムからだった。

 猛がそう考えたのには理由が有る、彼が目覚めたという一報は、元クラスメートをはじめとする友人関係の全てに朗報として駆け巡る。

 その知らせを聞いた友人達は、彼の面会謝絶が明けると直ぐに、大挙して見舞いに訪れ、全身不随という現実を目の当たりにすると、絶望に涙して帰って行った。なまじ意識と覇気が有るだけに、この事は猛を深く傷つけた。大丈夫だから泣かないでと声をかけたいが、手を伸ばしたいが、自由に動かない身体に、伝えられない自分の身体に、猛は苛立ちを覚えていた。それだけではない、猛に深く想いを寄せていた数名の女生徒達が、「猛君がこんな身体になってしまったのは、あなたのせいよ!」と、彼の目の前で小鶴を糾弾した事も、その理由の一つである。

 また、小鶴にも秘密にしたい理由が有った、ログイン前は地元優良企業祝屋商事三男にして、ヒースロー空港の英雄と持て囃した友人の大多数が、猛の現状を見てから距離を置き、去って行った事である。自分に対する糾弾は堪えられるが、これは小鶴には堪える事ができなかった。まさかとは思うが、和人達の中にも、そういう人が現れるかもしれない、もしもそうなったら、タケちゃんは深く傷つき悲しむだろう、小鶴はそう危惧していたのだ。

 

 しかし、そうした事を差し置いても、二年余り命を預け合った盟友達を疑い、嘘をつく事は小鶴の心にとって大きな負担である事も事実である。

 

 大祝小鶴はこうして、前途に大きな不安を抱え、新たなる生活の第一歩を踏み出した。

 

 

 

 ▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「お兄ちゃん、お帰り」

 

 放課後、帰宅してリビングに足を踏み入れた和人を、直葉は感情のこもらない言葉だけで迎えた。

 

「ただいま、スグ。早いな、部活は?」

「テスト期間中」

 

 抑揚の無い口調でそう答えた直葉に和人は驚いて目を向けると、彼女は全身を目にする様な勢いで、食い入る様にリビングの大画面テレビを見つめていた。

 

「おいおい、勉強は大丈夫なのか?」

「今さらじたばたしたところで、大した変わんない」

「あのなぁ……」

 

 テレビの画面に集中する余り、相変わらずの口調で気の無い言葉を返す直葉に苦笑しながら、和人はキッチンに入ってコーヒーを淹れる。和人は淹れたコーヒーを二つのマグカップに注ぐと、両手でそれを持ってリビングへと向かう。

 

「コーヒー淹れたぞ、随分熱心だな、何見てるんだ?」

「あんがと……、うわぁっ!!」

 

 和人に礼を言った直葉は、画面から目を離さずに、手探りでマグカップを取ろうとしたために、ものの見事にそれをひっくり返してしまった。

 

「おい、大丈夫か、スグ」

「ごめんなさい、お兄ちゃん。直ぐに片付ける」

 

 事がそれに及んで、ようやく精神がテレビ画面から現実世界に帰還した直葉は、飯台布巾と雑巾を取りにリビングから駆け出した。

 

「せっかく淹れてくれたのに、ごめんなさい、お兄ちゃん」

 

 数分後、後片付けを終えた直葉は、軽い自己嫌悪にしょんぼりした口調で和人に謝罪する。

 

「怪我とかしなくて何よりだ。それよりスグ、これを見てたのか?」

「うん、スロー再生しても、抜刀のタイミングが全然掴めなくて……」

 

 直葉が見ていたのは、テレビの番組ではなかった。画面に映るのは、十代前半の少年が真剣を振るう姿、祝屋猛がSAOに囚われる前に発表した動画である。

 

「無拍子っていう動きなんだけど……」

「予備動作の無い、古武術とかにある動きか?」

 

 和人はSAOでのヒョウの受け売り知識を口にすると、直葉は目をぱちくりさせて兄の顔を見る。

 

「よく知ってるわね、お兄ちゃん」

「まぁな。で、その無拍子がどうしたんだ?」

「うん、この画像の人、その無拍子極めている上に、動画ごとに抜刀する呼吸が違うの」

 

 和人は自分の目を見上げ、熱っぽく動画の剣技について語る直葉の剣幕に、内心たじろいでいた。その動画の人物が、先日ALOで加勢してくれたヒョウだと知ったら、スグの奴どんな顔をするだろうか、と思いながら相槌を打つ。

 

「へぇ、そうなのか?」

「へぇ、そうなのかじゃないよ、お兄ちゃん」

 

 和人の軽い相槌が気にさわったのか、直葉は腰に手を当てて語気を強める。

 

「もし次が有っても、あれを上回る工夫をしなくちゃ対応出来ないんだよ!」

「ほう、そりゃ凄いな」

 

 直葉の剣幕たじろいだ和人は、思わず軽いホールドアップの姿勢で、仰け反りながら一歩後ずさる。

 

「そう、凄いのよ! 私達とそう変わらない年で、そんな奥義みたいな事が出来るなんて、メチャクチャ凄い事なのよ!」

 

 そう言うと直葉は再び、テレビに映る動画に目を戻した。そんな妹の背中を苦笑しながらも、暖かい瞳で見守る和人。

 

「じゃあ俺は部屋に行くから、また後でな、スグ」

「わかった。ああそうだ、お兄ちゃん」

 

 リビングから私室に移動する和人を、直葉は呼び止める。

 

「日曜日の歓迎会、私も行くから」

「何で知ってるんだ、スグ?」

 

 夕飯時にでも確認しようと思っていた和人は、意表を突かれて聞き返す。

 

「珪子ちゃんからメールもらったの。私もあの時のお礼を言いたいし、良いでしょう、お兄ちゃん」

「ああ、勿論だ」

「やった」

 

 リハビリ入院でヒョウさんは来れないそうだけど、ツウさんと繋がりができれば接点はできる。そう考えた直葉は、喜色満面の瞳で動画に目を戻す、彼女の目には画面の祝屋猛が、あの時のヒョウと重なって見えていた。

 

 

 




かなり古い説明になりますが、SAO編第二十一話 包丁スキル にて描かれているゴドフリー氏のリアルでの設定。無名中学校の弱小野球部顧問というのも、筆者独自解釈の、オリジナル設定です。説明不足申し訳ありませんでしたm(__)m

次回 第四話 歓迎会
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