ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語   作:場流丹星児

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明けましておめでとうございます。

本年も本作を宜しくお願いいたします。


第八話 消せない記憶

 クエストを偽って召集した、クライン シウネー、ラブラブ作戦は、クラインが想像以上のヘタレっぷりを発揮して、物の見事に失敗に終わった。気を利かせて二人きりにした途端、シウネーを前にカチンコチンとなり、吃りながら時候の挨拶を繰り返すクライン。物陰から見物していた一同は、何をやってるんだ、馬鹿野郎とフラストレーションをためていた。やがて、今日はもう失礼しますと、シウネーがログアウトした後にクラインは

 

「馬鹿野郎、何をやってるんだテメエ」

 

 とエギルからラリアットを食らい、その直後

 

「男なら堂々とアタックしなさいよ、全くもう」

 

 と、リズベットから延髄斬りを食らって轟沈する。よろよろと上体を起こし

 

「キリトよう……、キリト……、何とか言ってくれよぉ……」

 

 と、慰めの言葉を要求するも

 

「……、まぁ。自業自得だな」

 

 と、切り捨てられた。

 

「畜生! 俺って奴は! 俺って奴は!」

 

 と、号泣するクラインをオチにして、この日の冒険は終了となり、皆ログアウトして行くのだった。

 

 普段は美女NPCなんかにだらしなくアピールをするクラインだったが、本命視した女性にはどうも上手に想いを伝える事が出来ない様だ。クラインの本質は存外に、女性に対してシャイで誠実なのかもしれない。

 

 

 涙のクラインを後にしてログアウトし、小鶴がアミュスフィアを外した場所は、猛の病室の隣の小部屋だった。

 

「さて、今日はタケちゃん、何点取れるかな?」

 

 和人が猛の為に用意したVRグローブは、猛の快復に伴い、数度のバージョンアップをしており、ただの握力検査機ではなくなっていた。より楽しくリハビリが出来る様に、リズムアクションゲーム的な要素を追加したリハビリマシンになっている。

 負けず嫌いな性格の猛は、出来ない悔しさと出来た達成感の繰り返しが良い方向に作用して、今では腕力も甦り、軽い物を掴んで持ち上げ、腕を動かせる所まで快復している。また、人の介助を受ければ、上体を起こし姿勢をキープする事も出来る様になっていた。僅かながらも咀嚼筋も動かす事も出来る様になり、点滴と流動食による栄養補給と並行し、お粥等の食事からの栄養摂取も始められている。

 

「その前にお粥ね、今日はタケちゃんの大好きな……」

 

 と言いながら、いそいそと髪を弄り、身仕度を整える小鶴の耳に、猛の病室からいきなり大きな物音が飛び込んで来た。

 

「タケちゃん!?」

 

 慌てて病室に飛び込んだ小鶴が見た物は、倒れた点滴スタンドの下でもがく猛の姿だった。

 

「タケちゃん! どうしたの!? 大丈夫!?」

 

 小鶴は血相を変えて猛の元に駆け寄り、点滴スタンドを立て直し、猛の上体を抱え起こした。

 

「今日は一人で起きれると思ったのになぁ。折角コヅ姉を驚かせてやろうと思ったのに、残念」

 

 猛のパソコンから聞こえる電子音声に、小鶴は眉をひそめてたしなめる。

 

「ダメよタケちゃん、無理しないで。私、びっくりして心臓が止まるかと思ったのよ。今度やったら、もうお粥食べさせてあげないからね!」

 

 そう猛を叱った小鶴は、次の瞬間に我が目と耳を疑った。

 

「ご……め……んね……、コヅ……ね……ぇ……。い……づも……、あり……が……ど……」

 

 

 ごめんね、コヅ姉。いつもありがとう

 

 

 猛は動かない舌を必死に動かし、回らない呂律ながらも、確かにそう言葉にしたのだ。それは今まで感情を表す為に唸る事しか出来なかった猛が、ナーヴギアを外してから初めて発した言葉だった。

 

「え?」

 

 あまりの出来事に、呆けた表情で小鶴が見た猛の顔は、麻痺した顔面筋肉を総動員して微笑む、優しい笑顔だった。

 

「タケちゃん! タケちゃあん!!」

 

 感涙にむせび、自分の胸に顔を埋める小鶴を優しく抱きしめ、頭を撫でる猛は小鶴を喜ばせた満足感の中に、チクリと胸に突き刺さる痛みを感じてもいた。それは今日の冒険で出会ったノームの兄弟に呼び覚まされた、決して消してはいけない記憶、後悔。SAOで自分が犯した償いきれない罪。小鶴の為だけではなく、その罪ときっちり向き合う為に、自分は早くリハビリを終えなければならない。猛はそう決意を新たにするのだった。

 

 

 

 

「……最低」

 

 小鶴がログアウトして感涙にむせび泣いていたちょうどその時、彼女とは真逆の感情に自己嫌悪しながらログアウトした女の子がいた。彼女は今日の冒険で、古い記憶を呼び覚ます、忌々しい出来事に遭遇していた。

 

「私……、嫌な女の子だ……」

 

 部屋の明かりを着け、ため息をついた彼女は、自己嫌悪を洗い流すべくバスルームに向かう。Tシャツと下着を脱いで洗濯機の中に放り込み、洗い場に移動してシャワーの栓を開き、勢い良く噴き出した熱い雫に身を委ねる。だが今日は熱いシャワーの湯は物理的に身体を清めただけで、精神のリフレッシュには至らなかった。むしろ、身体的清浄感が増した分、精神的な鬱屈感が際立ち、自己嫌悪はますます深まっていた。

 バスタオルで濡れた身体を拭きながら、鏡の中の自分の顔を一瞥する。

 

「酷い顔……」

 

 暗い表情でそう吐き捨てると、洗い替えのショーツを履き、バスタオルを肩にかけてバスルームを出た。机の上のノートパソコンを起動し、立ち上がる迄の間、彼女は少しでも気分を変えようと冷蔵庫から良く冷えた炭酸飲料を取り出し、口をつける。しかし、口の中に広がる炭酸の清涼感も、心の中に滓の様に堆積していく嫌悪感を流してはくれなかった。いつもより炭酸の刺激が喉に痛みを感じさせるのは、この最低な心の有り様だからなのだろうか? そう考えているうちに、ノートパソコンは起動を終える。その画面を確認した朝田詩乃は、炭酸飲料の缶を机の上に置くと、片手でまだ濡れた髪を肩にかけたバスタオルで拭きながら、指紋認証でパスをクリアし、マウスを操作してネットを開いた。もう一口、缶に口をつけて詩乃が検索したのは、無料動画配信サイトである。彼女はマウスとキーボードを操作して、目当ての動画を探し出した。

 

「これだ」

 

 そう言って詩乃が再生した動画は、かつて驚愕と共に世界中を席巻した動画、祝屋猛がヒースロー空港でテロリストを鎮圧した動画だった。それから次々と、猛がSAOに囚われるまでに発表した動画を再生していく。

 

 

 祝屋猛、かつて小学生ながら、超新星として彗星の如く古武術界に現れた天才剣術家。幼いながらも『剣の芸術家(ソードアーティスト)』と称される程に卓越した剣技と整った風貌は、彼を古武術の世界だけに留め置く事はなかった。彼を紹介した動画は瞬く間に世界に広がり、一躍時の人として耳目を集める事となる。

 しかし……、その動画配信は、ある日を境に発表されなくなっている。配信停止日は、二千二十二年十一月六日、ソードアートオンライン開始日の前日、それ以来二度と配信されていない……

 

「やっぱり……」

 

 繰り返し祝屋猛の動画を見て、詩乃は確信する。つい最近知り合ったキリトやアスナの昔馴染みのSAOサバイバー、そのうちのインプの方は恐らく……

 

「間違いない、彼は、ヒョウはきっと……、祝屋猛」

 

 ならば、最後の配信日がその日なのも辻褄が合う。詩乃の頭の中で動画の祝屋猛の剣技と、出会ってから目にしたヒョウの剣技が重なる。詩乃に剣術の素養は無いが、彼女の持つスナイパーとしての眼力、そして観察力がそう看破させた。祝屋猛は、最後の動画配信の翌日、ソードアートオンラインに囚われたのだ。

 

 詩乃は最後にもう一度、ヒースロー空港の動画を再生した後、パソコンをシャットダウンしてベッドに身を投げ出す。そのとたん、過去の拭いがたい記憶が甦り、詩乃を襲った。

 

「人殺し」

 

 頭の中に甦る、忌まわしい言葉に、詩乃は肩にかけたバスタオルで顔を包み、耳を塞ぐ。

 

「人殺し」

「人殺し」

「人殺し」

 

 しかし、容赦なく詩乃の頭の中を、その言葉は駆け巡る。それは、小学校時代に始まった、凄惨な虐めの記憶。

 

「違う、違う」

 

 あれは不可抗力だ、拳銃を向けられた母を救おうと、無我夢中で強盗の腕に飛びついて、気がついたらあんな事になってしまった……

 

 詩乃がどれだけ弁解しても、クラスメートを始めとする、周りの子供達は納得してはくれなかった。なぜなら

 

「祝屋猛は、二人のテロリストを殺さずに倒したじゃないか!」

 

 祝屋猛がヒースロー空港でテロリストを鎮圧した。このニュースが同時期に世間を賑わせた事が、詩乃にとって最大の不幸だった。

 

 祝屋猛は控えめに言っても、剣術の天才である、彼に出来たからといって、同じ事がそこらの子供に出来る訳がないのだ。素手の詩乃が他に被害者を出さず、拳銃を奪い取り犯人だけを射殺して、事件を収めたのは奇跡にも等しい。あの時、あの状況で動ける勇気が有った事は、本来ならば賞賛に値する事なのだ。しかし、子供というのは無知であり、そのため独善的で残酷な一面を持っている。

 

 

 祝屋猛は銃を持った二人のテロリストを殺さずにやっつけたじゃないか、それなのにお前は相手が一人なのに殺しただろう! 

 

 

 そんな暴論を当たり前と言わんばかりに、事件のショックの抜けきらない詩乃に叩きつけたのだ。この時の詩乃の絶望は、察してあまりある物がある。

 

 

 人殺し

 人殺し

 人殺し

 

 

 この言いがかりにも等しい、心無い中傷の言葉から、詩乃に耐える力を与えていたのは、皮肉な事と言って良いのだろうか? 自分と比較対象になっている、祝屋猛であった。

 聡明な詩乃は、あの時自分がもし、刀を持っていたとしても、彼の様に振る舞える筈も無い事を充分理解していた。だから、純粋にその『強さ』に憧れていた。

 

 

 幼い詩乃は夢想した。もし、あの時、祝屋猛がいたならば、颯爽と刀を振るって私を助けてくれたに違いない、と……

 

 

 詩乃はクラスメートから「人殺し」と罵倒される度に、事件の記憶がフラッシュバックする度に、強くそう思って耐えていたのだ。しかし、それも長くは続かなかった。どれだけ強く思い込んでも、祝屋猛は助けには来てくれない。そうしているうちに、クラスメートの虐めはエスカレートしていき、母親の精神も日に日に壊れていく。母親の心がとうとう壊れ、養育能力を失ってしまい、詩乃が祖父母に引き取られる頃には、彼女の祝屋猛に対する認識は、百八十度変質していた。

 

 どうして!? どうしてあなたは、私の所に来てくれなかったの!? 外国のヒースロー空港なんかじゃなく、どうして私達の訪れた、あの日の郵便局ではなかったの!? もし、あなたが私の所に来ていてくれたなら、きっと……。そうしたら、私は、私は……こんな……

 

 憧れに憎悪が加わり、詩乃の想いは複雑に鬱屈した物となる。そして祝屋猛の動画配信が途絶えた所で、その想いは次第に封印されていき、今に至る。しかし、今、その強く憧れると同時に激しく憎悪する祝屋猛とおぼしき人物が、バーチャルとはいえ自分の目の前に現れたのだ。詩乃の心は激しく揺れ動く。時が経ち精神的にも成長し、更にキリト達の協力で事件の一面を克服した詩乃にとって、自分のこの想いは、あの時のクラスメートの心無い中傷と同じく、ただの言いがかりだという事を知悉している。

 

 それでもなお、ALOで善行を重ねるヒョウを前にして、その想いは湧き出してしまうのだ。あなたはどうしてあの時、私を助けに来てはくれなかったの、そうヒョウに問い詰めたくなる自分に、詩乃は激しい自己嫌悪に陥るのだった。

 

 

 

「私って、本当に弱い……、最低だ……」

 

 

 そう呟いて、灯りを消した詩乃は、頭から毛布を被ると、頭の中をぐるぐると巡る、自分を責める想いと言葉から身を守る様に両腕で胸を抱えて、海老のように身を丸め、強く目をつぶった。

 

 誰か……、助けて……

 

 そう思った瞬間、詩乃の指が自分の胸の敏感な部分に触れてしまう。それは無意識だったのか、意図的だったのか、詩乃自身にも分からない。ただ、その瞬間、詩乃の心と身体に電気が迸り、頭の中に強く憧れると同時に激しく憎む少年の笑顔が浮かぶ。

 

「……あっ、……あっ、猛さん、猛さん」

 

 気がつくと、詩乃はくぐもった声をあげて、両手で自分の胸をまさぐっていた。その行為は、かつてクラスメートの虐めと周囲の目から自分の心を守る為、行ってしまった背徳の逃避行為……

 

「猛さん、猛さん。……猛、ああ、猛」

 

 二次性徴期を迎えた女の子は、ふとした弾みでこの様な行為に目覚め、耽ってしまう事がある。きっかけは色々なパターンが有るが、詩乃の場合は事件後のストレスからの逃避だった。無理もない、正当防衛とはいえ、拳銃で人を殺してしまったのだ。大人でさえ耐えられない様なトラウマを、子供の身で抱えてしまった詩乃がその行為に逃避し、耽溺するのを誰が責められるだろうか? 引き取られた時、それに気づいた祖母に上手に誘導され、今まで治まっていたのだが、胸の突起に触れたはずみで、快感がぶり返してしまった。久しぶりの行為は、身体の成長が進んだ分得られた快感が余りにも大きく、詩乃には自分の中の燃え上がる火の様な衝動を止める事が出来なかった。欲しかった現実を求め、詩乃は夢中で、自分の胸を揉みしだく。

 

「ああ、はぁ、はぁ、はぁ……、猛……、猛……、んっ、ああっ」

 

 くぐもった声はやがて嬌声に変わり、それに伴い指の動きは激しくなっていき、そして詩乃の手はショーツの中へと入って行く。

 

「!!」

 

 自分の指が、自分自身の最も敏感な部分に達した時、詩乃の脳にアドレナリンとドーパミンが溢れ出した。

 

「ああっ、いっ、良いっ、猛、良いっ」

 

 詩乃の頭の中で、祝屋猛が刀を振るい、心無い言葉もマイナス感情も何もかも斬り倒して行く。その快感に高ぶり、詩乃の息は荒くなり、身をよじる。

 

「ああっ、もっと、もっとよ、猛、ああ~」

 

 猛の刀が振るわれる度に、詩乃の指の動きは激しさを増して行く。絡み付くショーツを、邪魔だと言わんばかりに片足から引き抜くと、詩乃の指先の動きは激しさと繊細さを増して行く。詩乃の指の動きが激しくなるにつれて猛の刀は冴え渡る、そしてすべてを斬り倒した時……

 

「もう大丈夫だよ、詩乃ちゃん」

 

 詩乃の頭の中で、祝屋猛が微笑んだ。詩乃の心は歓喜に震える。

 

「あっ、あっ、あっ、猛ィイイイイッ、猛ィイイイイイイ~~~」

 

 詩乃は心と身体を貫いて行く快楽と大きな絶頂感に身を委ね、一際甲高い嬌声をあげながら足をピンと伸ばし、大きく仰け反って果てて行った。そして背徳の伴う心地よい落下感の中で幸せな眠りに落ちて行く、しかし……

 

 

 人殺し

 人殺し

 人殺し

 

 

 再びの悪夢が詩乃を揺り起こす。

 

 あの時と同じだ、こんなに強く強く想いこがれても、祝屋猛は私を助けに来てくれない……

 

「はぁ……」

 

 その現実は、詩乃の心の中に、また一つ滓を堆積させていく。

 

「祝屋猛……」

 

 机の上の炭酸飲料の缶に口をつけた詩乃は、その気の抜けた苦くて甘ったるい口触りに顔をしかめる。嚥下する不快な甘味と苦味は、祝屋猛に対する詩乃の心情そのものだった。




少々ヤヴァイ内容でしたが、詩乃の中の葛藤を描く為には、やむを得ない物でした。
警告が来たら不本意なれど、この話はR18に移動して、マイルドに書き直します。

次回 第九話 妹


えー、後半部分もそうなんですが……、筆者として登場人物の心情描写がしっかりと描ききれず、いささかフラストレーションが溜まっている状態です。さりとてきっちり描ききるには、全年齢対応では不可能。
と、いう訳で、警告きてませんが、第八話は後日R18にて、三話に分けて完全版をアップするので、宜しくお願いいたします。

三話に分けて完全版、と、上記告知しましたが、二話に変更致します。残りの一話は、次話 妹 の前半部分とした方が、内容的にしっくり来るので、御理解下さいませ。
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