ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語 作:場流丹星児
あの二人にもう一度会って、色々と話をしてみたい。キリトはあの黒い陣羽織の少年の剣技に興味を持ち、アスナは食材アイテムドロップの秘密を探るべく、彼の連れの少女との再開を強く願った。目的の一致した二人は翌日、例の二人組との再開を期して、再びあのクエストの為のフィールドへと足を運ぶのだった。しかし、この日は例の二人組に会う事は叶わず、代わりに三人組のパーティと出くわす事となった。
「ちくしょう! こんなクエストやってられるか!! 」
「あの野郎! 出鱈目コキやがって!! 」
「帰ったら絶対ヤキ入れてやる! 」
三人は口々に誰かを罵りながら、フィールド出口に向かって一目散に走って行く。その後ろから追いかけているのは、例のクエストのドナドナスタンピートである。
「仕方無い、やるか、アスナ。」
「了解よ、キリト君。」
キリトとアスナは、剣を抜いてなすりつけられたスタンピートの前に立ちはだかった。二人はその後もこのクエストを三巡ほどこなし、レベリングがてら昨日出会った二人組を待ったが、西の空に赤味が射し、今日はもう来る気配が無いと、諦めて家路についたのだった。帰り道、キリトは二人組の情報を求め、出来れば会いたい旨を伝えて欲しいとアルゴにメールを送った。それが功を奏したのか、二人の願いは思いもよらぬ所で叶う事となった。フィールドから転移して、一層トールバーナの転移門前広場に到着した時、二人は思いもよらぬ言葉を聞いた。
「おい、ビーター! 」
キリトは思わず周りを確認したが、誰も彼を非難し呼び止めた者はいなかった。しかし、その代わりに二組のパーティーが揉めているのを目撃する、一組は昼間にすれ違った三人組のパーティー、そしてもう一組は昨日出会った二人組だった。
「おい、ビーター、よくもガセを掴ませてくれたな! 」
三人組の連中も、よく見ると自分と同世代の様で、真ん中の男がリーダーらしく、黒い陣羽織の少年に掴みかからんばかりに悪態をついている。一方の黒い陣羽織の少年は、明らかにげんなりとした顔をしている、彼が口を開く前にパートナーの少女が三人組に食ってかかる。
「馬鹿な事言わないで! タケちゃんはビーターなんかじゃないわよ! 」
「うるせぇ! ブスは引っ込んでろ! 」
「言ったわねぇ! この僻み屋!」
エキサイトするパートナーを宥め、黒い陣羽織の少年は涼やかに対応する。
「いいからコヅ姉、落ち着いて。さて、何の事だ、お前達が何を言っているのか俺にはよく分からん。もう少し丁寧に説明してくれないか? 」
「とぼけやがって、お前が言っていたレベリングクエストの事だよ。」
「ああ、行ってきたんだ、じゃあレベルもかなり上がっただろう。次のボス攻略は参加出来るといいな。」
「馬鹿野郎、俺達は危うく死ぬ所だったんだぞ! 」
「死ぬ? 何で? 」
きょとんとして答える黒い少年に、三人組は激昂する。
「あんな馬鹿なクエスト、出来る訳ねえだろ! 何考えてるんだ、テメェ! 」
「こいつきっと俺達をハメやがったんだぜ、絶対ェ許さねぇ! 」
「全く、汚ぇビーターはこれだからダメだわ。おい、落とし前つけて貰おうじゃねぇか! 」
三人組が口汚く少年を罵る、パートナーの少女が三人組に反撃しようとするのを黒い陣羽織の少年は巧みに妨害しながら、三人組の暴言を話半分に聞き流し、誰かとメール交信をしていた。
「おい、話を聞けよ! ビーター!! 」
更に声を荒らげる三人組のリーダーに、メール交信を終えた陣羽織の少年が不思議な物を見る様な目で問いかける。
「お前ら、何で三人だけで行ったの? 」
陣羽織の少年の言葉に、三人組は明らかに怯んで狼狽えた。
「俺は言ったよな? お前ら三人だけじゃ絶対無理だから、必ずレベル上の助っ人を最低三人は用意して行けよって。」
諭す様に話す陣羽織の少年に対し、明らかに旗色の悪くなった三人組は、言葉を失い唇を噛み締め、忌々し気に睨みつける。
「俺はシンカーさんに助っ人を斡旋して貰ったから、行く時は必ず声をかけてから行けよって言ったのに、何で黙って三人だけで行っちゃうの? 命要らないの? 」
陣羽織の少年が噛んで含める様に三人組の過ちを糾して行動を改める様に促す途中、三人組は遂にキレた。
「まぁ、これからは言われた事はその通りに行動……」
「うるせぇ! そんなの俺達の勝手だろう! いちいち偉そうに指図するな! 」
「そうだそうだ! それに俺達は俺達でちゃんと助っ人を用意したんだ! 」
旗色の悪くなった三人組の一人が咄嗟に嘘をつく、すると他の二人もそれに乗っかり、勢いを取り戻して陣羽織の少年を糾弾する。
「男と女の二人組だ、俺達を逃がす為に殿を務めてくれたんだ! アイツらからまだ連絡が来ねえ……」
「きっと死んだんだ! 可哀想に、おい! 責任取れよ! ビーター! 」
三人組は逃げる途中にすれ違った男女のパーティーを思い出し、嘘に信憑性を増す為に利用した。どうもこの三人組は、常日頃から他人に言い掛かりをつける事に慣れているらしい、お互いの嘘を巧みにフォローし合い話を膨らませていくが、この時はそれが命取りになった。
言い争う二組のパーティーを取り囲む人だかりをかき分け、二人組のパーティーがこの言い争いに割って入った。黒いロングコートの少年が陣羽織の少年の脇に立ち、三人組の嘘を暴くべく証言する。
「こいつ等、三人だけだったぜ。」
思わぬ闖入者に、三人組のリーダーは目を剥いた。
「誰だ! テメェ!? 」
その問に、頭に被ったフードを下ろしながら、栗色の髪の少女が答える。
「あら、御挨拶ね、あなた達を逃がす為に殿を務めた、現地調達の助っ人よ、忘れちゃったの? そうそう、あんな状況だったから、連絡先の交換が出来なかったわ。生存連絡出来なくてごめんなさいね、心配かけちゃったかしら? 」
彼女の答えに三人組は渋面を浮かべる、その一方でパートナーの少年は感に絶えない表情で彼女の間違いを正した。
「上手い事言うなぁ、アスナ。あれは普通はなすりつけられられたと言うんだ。」
「へぇ、そう言うんだ。私まだVRMMOに慣れていなくて、御教授感謝します、キリト先生。」
「どういたしまして。」
テヘペロ的なコケティッシュな表情を浮かべ、キリトに謝辞を述べたアスナは、軽口はもうこれまでと表情を改め、三人組に向き直る。
「さっきから聞いていたら、自分勝手な言い掛かりばかりつけて、見苦しいったらないわ! あなた達、それでも男なの! 」
アスナの啖呵に三人組は目に見えて怯む。
「うるせぇ! 関係無ェ奴は引っ込んでろ! 他人の喧嘩に口出しするな。」
三人組のリーダーが虚勢を張り、呻く様にそう言ったが、キリトは涼しい顔で受け流す。
「関係無くはないさ、俺達はお前達にスタンピートを押し付けられたんだ。お前達流に言うところの『落とし前』をつけて貰わなくちゃな。」
「何だと、テメェ! 」
歯軋りする三人組のリーダーにアスナが追い討ちをかける。
「へぇ、君達抗議じゃあなくて、喧嘩を売っていたんだ。なら四の五の言ってないで、手っ取り早くデュエルで決着をつければ良いじゃない。」
「何……だと……」
三人組のリーダーの目元が痙攣する、よく出来たアバターだなと感心しながらアスナは言葉を続ける。
「正々堂々デュエルを申し込んで白黒つけましょうよ。で、勝った方の言い分を、負けた方が飲む、そうしましょう。」
アスナの提言に、周りの野次馬達が盛り上がる。デュエルだデュエルだと、あっという間に黒山の人だかりが三組のパーティーを取り囲んだ。思わぬ展開に三人組は小さくなって身を寄せる。
「ねぇ、君達はそれで良い? 」
アスナの問に、陣羽織の少年は手を上げて了解する。それを見て微笑んだアスナは三人組のリーダーに目を向けた。
「くだらねぇ! こんな事やってられるか! おい、帰るぞ! 」
三人組のリーダーは、仲間にそう言って踵を返した。
「あら、逃げるの? ふぅーん。」
アスナの嘲笑に、三人組のリーダーは最後の虚勢を張る。
「うるせぇ、逃げるんじゃねぇ! やってらんねぇからやってらんねぇって言ってんだ。」
「それを逃げるって言うんだけど……、モンスターから逃げてデュエルから逃げて、そんなヘタレだから言い掛かりしかつけられないのね、情けない。」
「弱い犬ほどよく吠える、と言うしな。」
追い討ちの嘲笑をかけるアスナとキリトに、三人組のリーダーは血走った視線を向ける。
「テメェ等、全員顔を覚えたからな! おい、行くぞ! 」
そう捨て台詞を吐き捨てて、三人組は「オラッ、どけ! 」「見せモンじゃねえぞ! 」と野次馬達を威嚇しながらかき分け立ち去ろうとした。しかしこの三人組は人波を乗り越えた所で、レベル制MMOの理不尽さを骨の髄まで思い知らされる事となる。
「おい、お前達。」
人波をかき分け乗り越えた所で、目の前に立ちはだかり声をかけてきたのは、人波の中心にいるはずの黒いロングコートの少年キリトだった。キリトは三人組とのレベル差から来る、隔絶したアジリティ能力を駆使して、労なく先回りしていたのだ。そんな事とは思いもよらぬ三人組は、顔色を失い息を飲む。
「お前達はもう一つ間違いを犯している。」
凄味の効いたキリトの目に、三人組は後ずさる事も出来ずに立ち尽くす。蛇に睨まれた蛙状態の三人組に、キリトは一言一句はっきりとした口調で畳み掛ける様にこう言った。
「ビーターというのはアイツじゃ無い、この俺だ! よく覚えておけ!! 」
キリトの切った啖呵に肝を潰した三人組は、言葉にならない悲鳴をあげて夕闇の中に消えていった、それでもリーダーの少年は他の少年に対する見栄からか、回らない口で覚えてろよと言ったのは流石リーダーと言った所か。
三人組がこの場から逃げ、騒ぎの収まった転移門前広場は、三々五々に人の流れが戻り、元の姿に戻って行った。そんな中、キリトは人の良い笑顔を浮かべ、陣羽織の少年に歩み寄って行った。
「災難だったな。」
「いや、いつもの事さ。でもありがとう、助かったよ。」
「どういたしまして。」
「いつもの事って……、あの人達、何者なの? 」
表情を曇らせて問うアスナに、苦笑いを浮かべて陣羽織の少年が答える。
「あっち側で、オナ中同クラって奴。」
「ふうん、そうなんだ……。」
「あの子達、あっち側でもああだったの。いっつもタケちゃんに言い掛かりつけて嫌がらせばかりして、感じ悪い。」
むくれるパートナーの少女の後頭部を、宥める様に撫でながら陣羽織の少年は窘める。
「コヅ姉、お礼が先。」
「あっ、そうだ! 二人共、さっきはありがとう、助かったわ。」
「よく出来ました。」
「えへへ。」
四人の間に和やかな空気が流れる、この雰囲気のまま二人を誘って色々話を聞こうと、キリトは画策する。
「まぁ立ち話も何だ、良かったら何処かで腰を落ち着けて話でもしないか? 」
「賛成、実は私達、あなた達に聞きたい事があるの、時間は取らせないから、少し付き合って欲しいな。」
アスナも笑顔を浮かべ、阿吽の呼吸でキリトの言葉に合わせて二人を誘う。
「ああ、断る理由も無いし、さっきのお礼もちゃんとしたいし、コヅ姉も良いね? 」
「うん、タケちゃんの思うままにどうぞ。」
陣羽織の少年は、パートナーの少女の合意を得ると、爽やかな笑みをたたえ、キリトとアスナに答える。
「喜んで御一緒するよ。」
この答えにキリトとアスナは表情を明るくした。
「よし、決まりだ。さてどの店に入ろうか……」
キリトがNPC経営の飲食店を見回すと、彼の視線の中に心中の平静を些かに波立たせる光景が紛れ込んできた。それは遠巻きに彼を嫌悪と非難の表情で眺め、何やらヒソヒソと噂話をしている人影だった。彼等はキリトと視線が合うと、慌てて目を背け、嫌悪の視線でチラ見する。さっき、三人組にビーターは俺だと切った啖呵を、耳敏い何名かが聞いていたらしい、転移門前広場はキリトにとって、急速に居心地の悪い場所になっていった。
「良かったら、家に来ないか? すぐ近くなんだ。」
空気を読んだ陣羽織の少年が提案した。
次回、料理スキル