ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語   作:場流丹星児

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志村けんさんのご冥福を、心よりお祈り致します。合掌


第十三話 サーキー 中編

 新生アインクラッド二十二層、キリトとアスナのプレイヤーホームの庭で、野外パーティーの準備に余念の無いツウは、遠くに帰って来るキリト達パーティーを発見した。そのメンバーの中にヒョウの姿を認めると、傍らで手伝いをしていた小柄なケットシーの少女に何やらゴニョゴニョと耳打ちをする。すると、その小柄なケットシーの少女の顔が、パッと花が咲いた様に輝いた。

 

「ヒョウお兄ちゃん!」

 

 ケットシーの少女は矢も盾もたまらず駆け出して、ヒョウの胸に飛び込んだ。

 

「ジャスミン!? ジャスミンか!?」

 

 ケットシーの少女を抱き止めると、ヒョウは目を丸めて少女の顔を覗き込む。そして、その面差しがSAOでの記憶の中のジャスミンと一致すると、ヒョウは破顔して高く抱き上げ、喜びの余りクルクルと回り出した。

 

「ジャスミン! ジャスミン! 無事で良かった! 良かった!!」

 

 ヒョウはSAO最後の瞬間、サーキーによってHPを全損させられたジャスミンを、蘇生アイテム『還魂の聖晶石』で復活させていたが、タイミングがタイミングなだけに、今一つ実感が湧かなかったのである。SAOに残した胸のつかえを下ろす思いで、ヒョウはジャスミンとの再会を心の底から安堵し喜んだ。そんな二人をキリト達SAOが、喜びを分かち合う為に取り囲む。

 

「久しぶり、ジャスミン。私達の事、覚えてる?」

 

 アスナの問いかけに、ジャスミンは首をかしげて、取り囲むサバイバー達の顔を見回した、そして目を見開くとまずはアスナを指差して、嬉しそうに彼女の名前を叫ぶ。

 

「アスナお姉ちゃん!」

「そうよ、覚えててくれてありがとう」

 

 嬉しそうに微笑むアスナに、誇らしげな笑顔を返したジャスミンは、次々と指を差して言い当てていく。

 

「キリトお兄ちゃん!」

「久しぶり、ジャスミン」

「あっ、ピナだ! シリカお姉ちゃん!」

「キュェア」

「そうよ、ジャスミンちゃん。ピナも覚えててくれてありがとうって」

「ジャスミン、私はだーれだ?」

「うんとねぇ……、リズお姉ちゃん!」

「ピンポーン! 正解よ!」

「エギルのおじさん!」

「サンクス! また会えて嬉しいぜ、ジャスミン」

 

 と、エギルまで言い当てたジャスミンだったが、クラインを指差した所で詰まってしまう。困った様に眉間に皺を寄せ、何とか思い出そうとするジャスミンに、クラインは膝をついて視線を合わせ、自分の名前が出てくるのを今か今かと待ち受ける。

 

「えーと……、えーと……」

「ほれ、ジャスミン、ほれ」

 

 締まりの無い笑顔を浮かべ、促すクラインにジャスミンは、その笑顔にはたと遠足での出来事を思い出し、満面の笑顔を浮かべ、こう言った。

 

「エッチなおじさん!」

「うぐっ……、そりゃ無いぜ、ジャスミ~ン。せめてお兄さんと……」

 

 お約束の落ちに盛大にずっこけたクラインが涙目で訴えると、サバイバー達の間に暖かい笑い声があがった。その笑い声に包まれてジャスミンは嬉しそうな笑顔を浮かべるが、すぐに表情を曇らせる。

 

「ヒョウお兄ちゃん、ごめんなさい、私の……、私のせいで……、ずっと死んじゃったと思って……、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 瞳から流れ落ちる、大粒の涙を拭いながら、ジャスミンはSAO最後の日に自分のせいでヒョウのHPが全損してしまった事を謝り続けた。シンカーとユリエールの情報では、ジャスミンのPTSDはヒョウのアバターが目の前で全損した事がトラウマとなり、発症したとの事だ。

 ログアウト後、同じようにアバターを全損した母親が、脳を焼かれて死んでいた事を知ったジャスミンは、ヒョウは自分を救う為に死んでしまったと思い込み、幼い心に大きなショックを受けてしまった。それと、いつか酷い事を言ってしまったのに、無償の愛情を注いでくれたツウの嘆き悲しむ最後の姿が拍車となり、ジャスミンはログアウト後、自分の心が壊れる寸前まで責め続けていたのだ。

 

「うん、うん、辛かったね、ジャスミン。俺は生きているよ、君のせいじゃない。俺の方こそ、あの時ちゃんと助けてあげられなくてゴメンね」

 

 その言葉に大きく頭を振るジャスミン。

 

「ううん、ヒョウお兄ちゃんは一生懸命戦ってくれた、私を生き返らせてくれた……、そのせいで、そのせいで」

 

 再び大粒の涙を流すジャスミンの背中を、ツウがそっと抱き締める。

 

「誰のせいでもないの、自分を責めないで、ジャスミン。言ったでしょう、ヒョウお兄ちゃんは、アインクラッドで一番強いのよ。だから、あんな事には負けないの」

 

 ツウの言葉を継いで、ユリエールとシンカーがジャスミンに言葉をかける。

 

「ほら、私達も言った通り、ヒョウ君は生きていたでしょう。無敵のヒョウは園の子供達のヒーローなんだから当然よ、だから笑って、笑って再会を祝いましょう」

「ああ、そうだよジャスミン。ジャスミンの笑顔が、何より一番のヒョウ君へのお礼なんだよ」

 

 その言葉を聞いたジャスミンが見上げると、優しく微笑んで見つめる養父母の姿が有った。ジャスミンは涙を拭い、もう一度ヒョウの顔を見上げる。優しく笑って大きく頷くヒョウに、ジャスミンはようやく泣き止むと、今後こそしっかりと喜びを噛み締め、ヒョウの胸の中に飛び込んだ。

 

「ヒョウお兄ちゃん!」

 

 感動の再会を見守っていた御前が、一段落ついたと判断し、シンカーとユリエールに背後から声をかけた。

 

「もし、失礼ながら尋ねるが、その方らとこやつの関係を聞かせては貰えぬか?」

 

 突然声をかけられたシンカーとユリエールは戸惑い、警戒の色を浮かべる。そして当たり障りの無い言葉を選び、回答した。

 

「ちょっと、以前同じVRゲームで……」

「ええ、そうなんですよ、同じVRの……」

「ほう、つまりはお主らも゛サバイバー゛という事じゃな?」

 

 曖昧な答えに、御前がピシャリと斬り込むと、シンカーとユリエールの表情が強張った。その様子を見て、御前は目を閉じて、首を左右に振りながら穏やかな口調で言葉を続ける。

 

「いやいや、誤解させてしまった様じゃの、あいすまぬ。儂は一言、礼を言いたかったのじゃ」

「お礼……ですか?」

 

 SAOサバイバーは、VRMMOゲームプレイヤーの中で、微妙な立ち位置にいる。良い意味でも悪い意味でも腫れ物の様に扱われ、中にはデスゲーム生還者だから等しくPKをしてきたのだろうという偏見を持ち、人殺しと心無い非難をする者もおり、サバイバーである事を表だって明かす者はいない。そんな背景も有っての警戒だったが、そうでは無いと言い切った御前に、二人は驚きの顔を向けた。

 

「うむ、お二人にはどうやら孫娘達が世話になったようじゃ、孫達が生きてログアウトできたのはお二人や、他の方々のお陰じゃ、心より有り難く思う、かたじけない」

「いえ、そんな……」

「あの、お孫さんというのは?」

「ツウという娘が儂の孫娘じゃ」

 

 御前がシンカーとユリエール、それからキリト達SAOサバイバーに深く頭を下げると、恐縮する皆の横で驚いたツウがすっとんきょうな声をあげた

 

「えっ!? お婆ちゃん!? 何でこんな所にいるのよ!?」

「今頃気づいたか、この馬鹿孫め」

 

 睚吊り上げる御前の傍らで、所在なさげにこちらを見るケットシーの少女をツウは認めた。

 

「じゃあ……、この子は……、まさか……」

「百合華ちゃんだよ」

「お久しぶりです、小鶴姉様」

 

 御前の連れのケットシーが、サーキーの妹の百合華である事を聞かされ、一瞬絶句するツウにヒョウは目を閉じて首を左右に振った。その仕草に落ち着きを取り戻し、ツウは御前に向き直る。

 

「百合華ちゃんまで連れて、一体どういうつもり、お婆ちゃん!」

「どういうつもりも何も、お主等の様子を見に来たに決まっておろう」

「様子って、毎日メールで連絡してるでしょう」

「あんな物連絡のうちに入るかい」

 

 俄に言い争いを始めたツウと御前の間に、キリトとアスナが入って仲裁する。

 

「まぁまぁ二人とも、落ち着いて」

「積もる話も有るでしょうけど、パーティーの準備、ささっとやっちゃいましょう、ね、ツウ」

 

 アスナに背中を押され、そのまま一緒にツウはプレイヤーホームの中へと消えて行った。その姿を少し呆れ顔で見送った御前は、傍らに控えるリリーに声をかける。

 

「リリーや、お主も皆に聞きたい事があるのじゃろう。良い機会じゃ、この人達に尋ねると良かろう」

「はい、御前様」

 

 御前に頭を下げてから、リリーはシンカー達に向き直ると、皆に一礼してから口を開いた。

 

「実は……、私の兄について、もし、何か知って……」

 

 リリーの言葉に、彼女の正体を知っているSAOサバイバー、特にヒョウの頭の中に特大のアラームが鳴り響いた。ジャスミンのPTSDの主原因がサーキーに有るだけに、彼女の前でサーキーの話題は御法度である。ヒョウは慌ててストップをかけた。

 

「ちょっと待ってくれ、リリー、その話は後にしよう」

 

 話を中断され、きょとんとして首を傾げるリリーを後に、ヒョウは御前とシンカーとユリエールを離れた場所に連れて行き、小声で懸念を三人に話す。

 

「師匠、あの子の前で、アイツの話は不味い」

「なぜじゃ? 猛」

「ヒョウ君、彼女は生還できなかったプレイヤーの妹なのだろう?」

「私達が知ってる情報が有れば、教える位は……」

「そのプレイヤーは……榊、いや、サーキーなんだ……」

「なんだって!」

 

 その事実に衝撃を受けたシンカーとユリエールは、動揺を隠しきれない眼差しで、ヒョウの肩越しにリリーを見つめる。やや離れた場所で、一人になって不安げなジャスミンと、彼女と友達になろうとするリリーの姿が有った。リリーは共通の話題になるであろうヒョウの話を持ちかけ、ジャスミンの不安を和らげようとしているのが、ヒョウ達四人の耳に入って来る。

 リリーのその姿に、シンカーとユリエールは、彼女がサーキーの様な悪人ではない事を理解して、ヒョウの面持ちに、ジャスミンにとって榊/サーキーはタブーである事を御前は覚った。

 

 三人はそれぞれ覚悟を持ってヒョウに頷くと、何とかSAOでのヒョウの武勇伝をジャスミンから聞き出し、キラキラと瞳を輝かせて食い入るリリーの元へと戻って行った。

 しかし、戻ったは良いが、どうやって誤魔化して話題を反らそうかと思い悩んでしまった。思わず顔を見合わせた彼らに、絶好のタイミングで生け贄が現れる。

 

「やぁ諸君! 今日は良い天気であるな!!」

「絶好の宴会日和だねぇ、お土産持って来たから私達もまぜてぇ~」

「何を隠そう私達はリアルでも、炊事洗濯裁縫と家事スキルは全滅だからな」

「サクヤちゃんサクヤちゃん、それ自慢して言う事じゃ無いにゃ~」

「事実だから仕方有るまい」

「それもそうだにゃ」

 

 リーファからの情報なのか、耳聡く今日の宴会情報を聞きつけたサクヤとアリシャ・ルーが、肩を組んで現れた。二人はアスナとツウの料理スキルについても熟知しており、二人の作るご馳走を堪能できると上機嫌でやって来た領主コンビは、キリト達の耳目を一身に集めた。それはリリーとジャスミンも例外ではなく、特にリリーは兄サーキーの情報を聞くという目的を一瞬忘れてしまう。土産の一升瓶を高々と掲げ、参加者一同をにこやかに愛想笑いで見回しながら、ずんずんと庭の中へと入って来る二人は、キリト達の中に見慣れぬケットシーが二人居るのに気がついた。そして見慣れぬケットシーの一人、御前の姿を認めると、一瞬目を剥いて硬直した後、反射的に近くの庭木の裏に隠れて身を縮める。

 

「どどどどどどどうしよう、サクヤちゃん? あれ、絶対巴師範だよね」

「おおおおおお落ち着けルー子、まだ巴師範と決まった訳ではあるまい!」

 

 顔いっぱいに冷や汗を流し、震えるアリシャ・ルーを叱咤するサクヤも、隠し様も無い位に声が上ずり、膝がガクガクと震えていた。

 この二人、親友なのは前述の通りで、小中高と同じ学校に通い、中学高校では共に剣道部員として、一緒に汗を流した仲でもある。

 同じ青春を過ごした二人は、共通の想い出が数多く有り、同時に共通の忘れてしまいたい記憶も少なからず存在し、その共有する忘れてしまいたい記憶の中に、夏休み中の剣道部遠征合宿があった。剣道部顧問は巴の剣道の教え子であり、その伝手と好意で合宿先は大祝神社が恒例であったのだ。一年時に期待の新人と巴に紹介されてから、その後中学高校と六年間みっちりとしごき抜かれた記憶が甦り、植え付けられたトラウマが二人の心を刺激する。

 庭木の後ろから、そっと覗き込む様に御前の姿を確認した瞬間、アバターであっても変わらぬ眼光の鋭さに、二人は御前が大祝巴である事を確信し、蛇に睨まれた蛙の様に硬直した。

 

「そこな二人、何をしておる?」

 

 この口調、やっぱり巴師範だ……

 

 観念したサクヤとアリシャ・ルーは、ダッシュで巴の元へと向かうと、土下座する様な勢いで、九十度の礼をする。

 

「お久しぶりであります! 巴師範!」

「ご無沙汰して申し訳ありません! 巴師範!」

 

 九十度のまま硬直しているサクヤとアリシャ・ルーの後頭部をしげしげと見つめながら、御前はウムと頷いた。

 

「うむ、二人とも久しぶりじゃの、元気しておったか?」

「はい、お陰様を持ちまして、息災であります!」

「巴師範もお元気そうで何よりです!」

「そう畏まらずとも良い。それから儂は、ここでは御前という、これからよしなにな」

「「はっ! こちらこそ、ご教示ご鞭撻の程、よろしくお願い致します!!」」

「うむ。家主に挨拶はまだであろう、粗相が有ってはならぬからの、もう行くがよい」

「「はっ! それでは失礼致します! 御前様!」」

 

 九十度から更に深く礼をしたサクヤとアリシャ・ルーは、回れ右をすると、同じ側の手と足を同時に動かし、ギクシャクとしてはいるが、脱兎の如くその場から立ち去って言った。その後ろ姿を見送りながら、御前は誰に言うでもなくこう言ったのだった。

 

「さて、あの二人……、誰であったのかのう……」

 

 今まで数多くの女性剣士を育ててきた巴にとって、サクヤやアリシャ・ルーの様な境遇の者は大勢いる上、初めてログインしたALOである、アバターから人物を特定する事は困難であった……

 

 サクヤとアリシャ・ルーの無意識のファインプレーで空気が変わり、リリーのサーキーについての質問がうやむやとなった所で、楽しいパーティーへと突入していった。

 

 宴もたけなわになった頃合い、パーティーを楽しむ面々を眺め回し、リーファは眉間に皺を寄せていた。

 

「うむむむむ……」

「どうしたの? リーファ」

 

 渋面を浮かべて唸るリーファに、何事かとシノンが尋ねる。

 

「いえ、なんかケットシー率が上がったなぁ~、と思って」

「ああ、その事? ツウ以降はみんなケットシーだもんね」

「ヒョウさん、猫が好きだからだそうですよ」

 

 話に加わるシリカに、シノンとリーファが振り返る。シリカの見た所、二人の表情は明暗くっきりと別れていた。

 

「私も……、サブアバ作ろうかなぁ」

 

 離れた場所で猫三匹に囲まれたヒョウを見て、敗北感にうちひしがれてリーファがしみじみと呟いた。

 

「ツウさんだけじゃなく、ジャスミンちゃんやリリーさんにもあんなに慕われて……。ヒョウさん、リアルでもバーチャルでも、変わり無く素敵な人なんですね」

 

 同じ光景を見て、そう語ったシリカの背筋に、何故か冷たい物が走る。

 

「ねぇシリカ、まさかとは思うけど……、あなたも同じ理由でケットシーを選んだの?」

 

 底冷えのする口調にシリカが振り向くと、口調と同様の目付きで自分を見るシノンがいた。

 

「ままままま、まさか~。嫌だなぁシノンさん、私の方が先なんですよ、ALOを始めたの」

 

 思わず取り繕う様な口調で答えるシリカ。そんな彼女の瞳の奥を、シノンが鋭い眼光で覗き込む。シリカにとって、永遠とも思える一瞬後、シノンはほうっと息を吐いて目を閉じた。

 

「それもそうね、考え過ぎだったわ。ごめんなさい、今のは忘れて……」

 

 空になった自分のグラスを下げる為、その場を離れるシノンの背中を見つめ、シリカは「そうは問屋が卸しませんよ、シノンさん」と、美味しい恋バナネタを仕入れた事にほくそ笑むのだった。




次回 第十四話 サーキー 後編

今後こそ、後編!

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