ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語   作:場流丹星児

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お待たせしました、難産の末の脱稿です、お楽しみ頂けたら幸いです。


第十四話 サーキー 後編

「そんなの……、ウソです……」

 

 頭を深々と下げるヒョウに、その言葉の内容が理解できないと言わんばかりに、リリーは震える声を絞り出した。私は本当は今、ALOにログインなどしていない、これは高まる気持ちと不安が見せる、ログイン前夜の夢なのだと思い込もうとするリリーに、ヒョウは静かに自分の前言を繰り返す。

 

「嘘じゃない、僕が君のお兄さんを殺したんだ」

「そんな……」

 

 ヒョウの真摯な態度に、リリーはそれが事実である事を納得せざるをなかった。

 

「猛様が、無意味にそんな事をするとは思えません。どうか、理由を聞かせては貰えませんか?」

 

 物心ついた時から、兄というただそれだけの理由で、理不尽にいびり抜かれていたとはいえ、肉親が知人、それも心から慕う者の手にかかった事実に大きなショックを受けたリリーだった。しかし、ヒョウの真摯な態度は、リリーをそのショックから踏みとどまらせる。リリーはリアルからの親交で、そうするに至る真相が必ず有ると確信し、それを聞き出そうと膝をつき、ヒョウの顔を覗き込んで懇願した。

 

「……」

「……どうして、どうして話してはくれないのですか? 教えて下さい、猛様!」

 

 頭を下げ、目を閉じたまま黙して語らぬヒョウの肩を揺さぶり、リリーは語気を強めて答えを求めた。しかしヒョウは固く口を閉ざしたまま、何も語ろうとはしなかった。彼は自分が口を開くと、死者に鞭を打つ事になる、そしてサーキーも死した今、死人に口無しで弁明する事すら出来ないのに、手にかけた自分がこの件に関して発言する事は、とても卑怯な行いであると感じていたのだ。故にヒョウはいかなる理由が有れど、サーキーを殺めてしまった罪と向き合い、償う覚悟を決めて頑なに黙していた。

 

「あんのバカ……」

 

 このヒョウの、行き過ぎた潔さに歯痒さを感じていたのは、同室で向き合うリリーの他にも存在した。

 

「確かにヒョウ君の美点だけど……、これは無いわ……」

「ああ、アイツ個人の問題なら話しは別だけど、ジャスミンや助けた他の人達の問題でもあるんだ!」

「ええ、それにリリーちゃんだって真相を知りたがっているのに、これじゃあ誰も報われないわ」

 

 宴会がお開きとなり、サーキーの最期についてリリーに話すべく、ヒョウはキリトからプレイヤーホームの一室を借りていた。余人を交えずと言われたが、ヒョウの人格から彼が話すであろう内容を予測し、危惧したキリトとアスナは、悪いとは思いながらも所有者権限で室内の様子を伺っていたのだ。二人にとって、案の定の行動を取ったヒョウを諌めるべく、蹴破る様な勢いで扉を開けた。

 

「おい、ヒョウ! テメェ一体何を考えている!!」

「ヒョウ君! あなたの矜持は理解できるけど、全てをちゃんと話さないとダメよ!」

「キリト……、アスナ……」

 

 突然乱入してきた二人に、ヒョウは驚き目を剥いたが、その剣幕から逃げる様に背を向けて俯いた。そんなヒョウの肩を掴み、キリトは強引に顔を上げさせる。

 

「おい、ヒョウ! もっと話す事が有るだろう! 何でだんまりなんだ!」

「いいんだよ、俺が榊を殺したのは紛れもない事実だ。それ以上でもそれ以下でも無い」

 

 そのヒョウの言葉に、最後方で聞くに及んだシノンとリーファが衝撃を受け、思わずうめき声をもらす。

 

「えっ?」

「そんな……」

 

 だが、キリト達はそれを気にとめる余裕は無かった。いつもとは違う、影を射したヒョウの態度に、驚きを禁じ得なかったからだ。

 

「キサマ!!」

 

 自嘲気味に口を開き、顔を背けるヒョウに、キリトは肩を掴む手に力を入れる。

 

「それより盗み聞きしてたなんて、酷いなぁ、二人共」

 

 ヒョウには似合わない、シニカルな口調と態度に激昂し、殴りかかろうとするキリトを遮る様にアスナが割り込む。

 

「その事については謝るわ、ごめんなさい。でもねヒョウ君、聞いて欲しいの、確かにサーキーを殺したのはヒョウ君、あなたよ。それはあなたの言うとおり。だけど、それはヒョウ君とサーキー二人だけの問題じゃないのよ」

 

 諭す様に語りかけるアスナの言葉に、ヒョウはピクリと反応する。

 

「おい、キリの字、一体全体どうなってるんだ、おい?」

「どうもこうも、コイツ、リリーさんにどうしてだって聞かれているのに、自分が殺したの一言でだんまりなんだ!」

「何だって!?」

「おいおい、ヒョウ、お前何を考えている!」

 

 眉をひそめて質問したクラインに、キリトが語気を荒らげて答えると、クラインとエギルが目を剥いてヒョウに詰め寄った。しかしヒョウは二人に背を向け、だんまりを決め込んだ。顔色を変えてリズベットがツウに迫る。

 

「ちょっとツウ! あんたも何か言いなさいよ! 潔く黙っているのはヒョウの勝手だけど、あんなヤツの為にヒョウがただの人殺しと思われるのは、私我慢出来ない! 私はヒョウに命を助けられた者として、それだけは絶対に容認できない! あなたはどうなの!?」

「リズ! コヅ姉は関係無い! これは俺だけの責任なんだ!」

「それは違うわよ、ヒョウ君」

 

 リズベットの言葉に、シリカも頷いて賛同する。思わず声を荒らげたヒョウだったが、アスナの反駁にハッとして顔を上げた。アスナはヒョウの目を見据え、優しく諭す様に言葉を紡ぐ。

 

「ここにいる皆、ここにいない人達、SAOからログアウト出来た人達は皆、何かしらの形で『無敵のヒョウ』に命を救われているの。サーキーを止め続けていた事で、救われた人だっているのよ。あなたが黙っていたら、あなたに救われた人達は報われない、リリーさんの受け取り次第で、皆の生存は後ろめたい物にもなるのよ。だから皆の為にも、あなたがサーキーを殺した時、どんな想いで刀を奮ったのか思い出して。それをリリーさんに話してあげて」

「……」

 

 奥歯を噛み締めるヒョウに、キリトが畳み掛ける。

 

「お前! ツウさんの生存を、汚い物にするつもりか!!」

 

 クライン、エギル、リズベット、シリカがキリトの言葉に頷き、真剣な眼差しでヒョウを見つめる。しかし、それでもヒョウは、固く口を閉ざしたままだった。

 

「タケちゃん……」

「……ゴメン、コヅ姉……」

 

 悔しげに絞り出したヒョウの一言に、ツウは全てを理解した。

 

 ああ、タケちゃんは、そんな非難すら全て背負って償うつもりなんだ、どんなに苦しくても……

 

「ううん、良いの、私は全部わかっているから」

 

 肩を震わすヒョウの背中を後ろから抱きしめて、ツウはそう囁くとヒョウはツウの手を握りしめた。そんな二人の姿に、キリトとアスナは困った様に目を見合わせる。万策尽きた二人に、思わぬ所から助け船が流されて来た。

 

「皆さん、教えてください、猛様と兄、サーキーの間に何が有ったのかを。兄はリアルでも猛様を僻み、酷い嫌がらせをしていた、どうしようもない人間です。だからどれだけ悪く言われるのかは、おおよそ見当がついています。ですから遠慮は要りません、どんなに酷く罵られても甘んじて受ける覚悟が私には出来ています、SAOで一体何が有ったのかを教えてください」

 

 リリーはそう言って、キリト達に頭を下げて頼み込んだ。リリーの言葉に、一番に反応したのはリズベットだった。

 

「私がサーキー、あなたのお兄さんに初めて出会ったのは、十八層の迷宮区の奥に有る安全地帯だった。ツウと一緒に休憩がてら、ドロップアイテムの整理をしに安全地帯に入ったら、……」

 

 リズベットは家族でログインしたプレイヤー一家に目を付け、両親がフィールドでモンスターを倒し、コルと経験値を稼いでいる時、主街区で留守番している子供を言葉巧みに騙して誘い出し、人質にしてコルを奪うサーキー率いるオレンジプレイヤーに遭遇した事件を話し始めた。その悪辣な手口を躊躇いもせず、楽しんで行っていたサーキーに、自分たちは命と貞操の危機に陥るも、ヒョウに救われて事なきを得たと、事細かに話してきかせる。

 一言一句聞き逃すまいと、食い入る様に聞いていたリリーは、兄の悪行に悲しそうに顔をしかめた。

 

「俺っちがサーキーを初めて見たのは、十三層の攻略会議だったな……」

「ああ、俺もそうだ。十三層の攻略は、アイツらのせいで、一度はレイド全滅の危機に陥ってなぁ……」

 

 クラインとエギルが、思い出すのも嫌そうに話した内容は、嫉妬を拗らせたキバオウとリンドが、ヒョウ、キリト、アスナの三人をレイドから外し、代わりにサーキー、クマ、エビチャンの三人を捩じ込んだ事件についてだった。二度目の挑戦の後、リアルから続く確執も、会話が少なかった事から来る誤解であり、歩み寄りの態度を見せたヒョウに対し、意固地になったサーキーがツーハンドソードで斬り付け、SAO初のオレンジプレイヤーに堕ちた経緯をリリーに聞かせた。

 クラインとエギルの話しを聞き終えたリリーは、兄の幼稚な言動に苦虫を噛み潰し、有り得ないと首を左右に振っていた。

 

「私は六十七層の迷宮区です、キリトさん、アスナさん、リズさん、クラインさん、エギルさん、そしてヒョウさんも一緒でした……」

 

 身を乗り出して話し始めたシリカの口から、六十七層のタイムクエスト終了後、サーキー率いるオレンジプレイヤーからの逃避行について、つまびらかに語られると、リリーは目を閉じて首を左右にふる。彼女の脳裡には、学校で弱いものいじめに興じる、兄の姿がありありと浮かんできて、情けなくなっていた。

 

 顔を見合せ、頷きあってシンカーとユリエールが進み出る。

 

「私達は、第一層でMTDという互助会を主宰して、MMORPG初心者がSAOでより安全にプレイできる様に、保護、指導していたんだが」

「その活動の中で、あなたのお兄さん、サーキーが保護を求めて来たの」

「彼も始めは大人しかったんだが、生活が落ち着いてくると、やれ支給が少ない、上納が多いと文句を言い始めてね」

「システムは始めにちゃんと説明して、納得して保護下に入ったのに、文句ばかりで他の会員に迷惑かけてばかり」

「私も根気よく説得していたのだが、それが気に入らなかったらしい」

「勝手に脱会して、脱走の様に出て行ったの」

 

 兄のわがままぶりにため息をつくリリーに、シンカーとユリエールの話しは続く。

 

「風の噂で攻略ギルドに入ったと聞いて、心を入れ替えたのだろうと安心したのも束の間、彼はオレンジプレイヤーとして、私達の前に現れた」

「転移結晶を悪用して、上層の強力なモンスターを引き連れ、レベリングを始めたばかりの初心者プレイヤーにけしかけ、コルや装備品を奪おうとしたわ。そんな所に駆けつけてくれたのがヒョウ君」

 

 ユリエールは言葉を切って、ヒョウを見つめる。リリーもそれにつられて、眩しそうにヒョウを見つめた。

 

「でも……、それでもサーキーの奸知が勝り、ジャスミンのお母さんが……、MPKの餌食に……」

 

 シンカーとユリエールは、ジャスミンを中心に抱き合って嗚咽をもらす。リリーは見開いた目に、大粒の涙を浮かべ、悼ましそうにジャスミンを見つめた。

 

「大将! ヒョウさん! 俺達にも言わせてくれ!」

 

 ノブとシゲが飛び出して、リリーとジャスミンの間に転がり込むと、泣きながら訴えかけた。

 

「さっ、最後の日、ジャスミンを拐ったサーキーが、ヒョウさんを呼び出して……」

「どんな罠が有るのか分からないのに、サーキーからジャスミンを取り戻そうと、ヒョウさんが一人で向かって……」

「俺達が駆けつけた時は、ジャスミンを殺したサーキーの首をはねたヒョウさんが……」

「強毒状態で自分がヤバいってのに、お構い無しで」

「ストレージから蘇生アイテムを出して、ジャスミンを蘇生させて……」

「そのままツウさんの腕の中で、ゴメンって言って、笑いながら……笑いながら……」

「そんなヒョウさんに、何の罪が有るってんだ! 何を償えってんだ! 悪いのは、悪いのは……」

 

 叫ぶ様にまくし立てたノブとシゲは、そう言ったきり抱き合って号泣する。もしもキリトが同時刻に、ヒースクリフを倒して、ゲームを終わらせていなければ、ヒョウの生還は無かったのである。ヒョウのアバターがポリゴンの欠片に散って行く姿を目の当たりに見届けたノブとシゲの話しは生々しい臨場感を持って、リリーの心を刺し貫いた。

 

「私達が初めてサーキーに会ったのは、二層の狩場よ。ろくな準備もしないで、自分を過信して無謀なクエストに挑戦して、失敗して逃げている所をすれ違ったの」

 

 余りのショックにふらついたリリーを背後から支え、アスナが話し始めた。思わず振り向いて見上げるリリーに、アスナの後を継いでキリトが続ける。

 

「押し付けられたモンスタートレインを捌いた後、一層のホームに帰る途中、ヒョウとツウさんに因縁をつけているサーキー達を見たのさ。自業自得でクエストに失敗したくせに、それをヒョウのせいにしてコルをせびって……。見かねて口を挟んだのが、俺達が出会うきっかけにはなったけどな」

「その後何度も剣を交える事になったけど、サーキーから感じたのは僻みや妬みしか無かったわ」

 

 申し訳なさそうにアスナが言葉を結ぶと、キリトが頷いて同意する。皆の話しを聞いて、やるせない表情でリリーはヒョウの背中を見つめていた。どんな言葉をかけるべきか、悩むリリーの前にジャスミンが歩み出る。ジャスミンはヒョウを庇う様に両手を広げ、リリーの前に立つ。

 

「ヒョウお兄ちゃん、皆を助けてくれたの。ツウお姉ちゃんも、皆の面倒を見てくれたの。おかげで孤児院の皆、助かったのよ! お姉ちゃん、二人をいじめるの?」

 

 怯えを含んだ震える声だったが、今度は自分がヒョウお兄ちゃんとツウお姉ちゃんを守るのだという、覚悟がありありと聞いて取れる口調と表情で、ジャスミンはリリーに問い詰めた。そのいじらしさに気圧され、リリーは一歩後ずさるが、そのいじらしさが心を打ち、リリーは両足に力を込めて一歩踏み出す。そしてゆっくりとジャスミンに歩み寄り、その顔を愛しそうに見つめてから、ギュッと彼女を抱きしめた。

 

「有り難うございます、猛様。兄を、兄を止めてくれて、本当に有り難うございます。こんな……、こんないたいけな子を手にかけたなんて……」

 

 とめどなく溢れる涙に、リリーは言葉を詰まらせ、ただただジャスミンを抱きしめ、頬擦りをしていた。ジャスミンを頬擦りしながら、リリーの頭に兄賢斗との、原初の記憶が甦る。それはまだひねくれる前の、優しかった幼い兄の思い出……

 

「お兄ちゃんの馬鹿……、馬鹿ァ……、うわぁあああああ……」

 

 こみ上げる悲しみに号泣して崩れるリリーに、思わず貰い泣きをするシリカが背中をさすり、なだめると、落ち着いたリリーが顔を上げてヒョウを見上げる。

 

「猛様、改めてお礼をします。兄を、榊賢斗を止めてくれて、本当に有り難うございます。もしも猛様が止めてくれなかったら、兄は、兄は……」

 

 しゃくり上げて言葉を詰まらせるリリーを前に、キリトがヒョウの肩を叩く。

 

「ヒョウ、お前一人で背負い込もうとするな、俺達、仲間だろう」

「ヒョウ君、あなたが罪に思うなら、私達も一緒に背負うわ」

 

 キリトとアスナの言葉に、その場に居るSAOサバイバー達が頷き、決意のこもった目でヒョウを見つめる。しかし……

 

「でも……、それでも榊を殺したのは、俺なんだ……」

 

 血を吐く様にその言葉を絞り出すヒョウに、シノンとリーファはとてつもない強さを感じて身震いしていた。その理由は同じ強さから、真逆の事を感じ取ったからだ。

 

 なんて強さなの、と、畏怖にも似た憧れをシノンは抱き、強すぎる鋼は脆いという危うさを、リーファは感じていた。そんな二人の想いを、そして全員の心を、今まで黙って聞いていた御前の言葉が打ち砕いた。

 

「だからどうしたというのじゃ、猛! お主だって、未だに全身不随で寝たきりじゃろうに!!」

 

 その場にいる皆の驚愕の視線が、ヒョウの全身に突き刺さった。




御読了頂き、有り難うございます。

感想頂けたら、幸いです。

次回 第十五話 GGOへ


最後の台詞ですか、読み返して今後の展開を考えるに、意固地になっているヒョウを叱るのは、師匠の御前の方が相応しいと考え、変えさせて頂きました。
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