ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語   作:場流丹星児

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第十五話 GGOへ

 赤茶けた荒野を二台のハンヴィーが疾走していく、一台のルーフには警戒用の全周スコープが備えてあったが、もう一台はノーマルのルーフだった。そしてノーマルのルーフの上に、銃剣を備え付けたスプリングフィールドM14を抱えた少年が、全周警戒をしながら胡座をかいて座っていた。土煙を上げながら並走するハンヴィーを運転するのは、一台は赤いバンダナを頭に巻いた、野武士顔の青年である、そしてもう一台のハンヴィーを運転しているのは……

 

「うん、了解、わかったわ。伝えるから大丈夫、有り難う」

 

 咽喉マイクで通信したドライバーは、ルーフを見上げて上に座っている少年に、大声で声をかける。

 

「タケちゃん、そろそろ危険地帯だから、中に入って」

「わかった、今入る」

 

 ドライバーのツウの呼び掛けに応えた瞬間、ヒョウの眉間に赤い光線が、彼方から伸びて捉える。そしてその一瞬後、光線をなぞる様に、狙撃銃から放たれた弾丸が秒速七百キロメートルを超えるスピードで迫り来る。

 

「フッ」

 

 笑みを浮かべたヒョウは、僅かに首を傾げると、弾丸は空を斬って頭が有った所を通過して行った。狙撃された方角に目を向けると、スコープの反射とおぼしき煌めきを確認する。ヒョウはその煌めきにゾッとする笑みを見せてから、車内へと飛び降りた。

 

「ヒィッ!!」

 

 スコープ越しにその笑顔を見たプレイヤーが、思わず悲鳴を上げて仰け反り、後ずさる。

 

「おい、どうした?」

 

 周りにいたスコードロンのメンバーが、その様子に驚いて尋ねると、狙撃手の男は震える声で答えた。

 

「てっ……、撤収するぞ、急げ!!」

「おいおい、どうしたんだ?」

「急に怖じ気づきやがって、バッカじゃねえの?」

 

 呆れる仲間達に構わず、狙撃手の男は震える手で二脚を折り畳み、狙撃銃を背負う。

 

「スコープ越しに目が合ったんだ、奴は化け物だ!」

「この距離でか? んなバカな」

「勘違いじゃねえの?」

「勘違いなんかじゃない!」

 

 俄に恐慌をきたし、怯懦な態度を取る姿を馬鹿にして、仲間達は狙撃手の男に口々に罵声や嘲りの言葉を投げかけた。そんな罵声を狙撃手の男が怒鳴る様に遮ると、スコードロンの仲間達はその剣幕に驚き、口をつぐむ。狙撃手の男は青ざめた顔で仲間の顔を見回すと、震える声でこう言った。

 

「狙撃のタイミングはドンピシャだったのに、奴はまるで分かってたみたいに避けやがった。それからこっちを向いて、俺と目を合わせて嗤ったんだ……。あんなヤバい奴は見たことがねぇ、デスペナ食らう前にズラかるぞ、急げ!!」

「お……、おう……」

 

 まくし立てる狙撃手の剣幕に飲まれ、仲間達は半信半疑ながらも撤収作業を始めたのだった。

 

 

 ▼△▼△▼△

 

 

 猛、そして小鶴、お主らはSAOに縛られ過ぎておる。呪われていると言っても良いじゃろう。そんなお主らには、アインクラッドが上空に浮遊しているALOでは、身体も心もリハビリには逆効果じゃ。暫く別の環境に身を置くべきじゃろうな。

 

 パーティーの後、リリーにサーキーとの最後の顛末を話した為、皆と険悪になっていったヒョウとツウに、御前はそう断言した。そんな御前にツウは反駁する。

 

「違う環境って言ったって、そんなの何処に有るのよ」

 

 ツウはSAOの残滓があるとはいえ、ファンタジー要素の強いALOは癒しになると考えて選んだのだ。この時点で御前の言った通り、ツウもヒョウもSAOの呪いに囚われていると断じて良いだろう、本当にSAOにログインした事を後悔しているのならば、アインクラッドの浮いているALOは忌避して然るべしなのだから。そう得心した御前は、先ほど体験したPKの危機を思いだし、ニヤリと笑みを浮かべてヒョウに自分の考えを披露する。

 

「さっきの女、ピトフーイと言ったかの? あやつのホームグラウンドに行ってはどうじゃ?」

「GGO……」

 

 キリトが呟く様にそう言うと、御前は大きく頷いた。

 

「おう、それよそれ。自分自身の欲望に忠実なあの女を間近に見れば、お主の考えも少しは柔らかくなるやも知れん。それに……」

 

 そこで一端言葉を区切り、御前はいやらしさを含んだ含み笑いを浮かべてヒョウの背後に忍び寄り、ツウに聞こえる様に耳打ちをする。

 

「勝てばリアルでもやり放題じゃぞ? 男の本懐遂げてこい」

「バ、バカ言ってんじゃねえ、妖怪ババァ!」

 

 御前の囁きに、目を剥いて怒鳴り返すヒョウの声に、僅かな動揺と赤みをさした表情に、女の勘で不穏当なものを察知したツウが、声を荒らげて話しに割り込む。

 

「何よ!? お婆ちゃん、やり放題って!? タケちゃん、ピトフーイって誰!?」

 

 ツウの剣幕にたじろぐヒョウと、涼しい顔で「さての?」と、惚ける御前。ラチが開かないと判断したツウは、拳を握りしめ宣言する。

 

「タケちゃんを色仕掛けで誘惑するなんて、絶対に許せない! 行ってガツンと言ってやる!」

 

 ツウのその姿を呆気に取られて見つめるヒョウの肩に、そっと手が乗せられる。

 

「決まりだなヒョウ、行こうぜ、GGO」

 

 完爾として微笑むキリトの背後で、プライベートピクシーのユウキも、ウンウンと頷いて合意する。

 

「ボクもその方が良いと思うな、だってヒョウ、この頃心に余裕が無いんだもん」

 

 二人の言葉に、ヒョウは遂に心を緩め、ほうっとため息をついて脱力する。

 

「仕方ない、わかったよ。でも、良いのか、キリト?」

「何が?」

「トップオブアルブス、準備が有るだろう?」

「そんなの、一ヶ月以上先の事じゃんか。気にするなよ」

「……その、……悪い」

 

 陥落したヒョウの姿に、キリトとアスナは微笑んで顔を見合せた。

 

「じゃあ私が案内するわ。ヒョウ、GGOは初めてなんでしょう? いつが良い?」

 

 案内役を買って出たシノンの口調に、僅かに上ずったものを感じたリズベットが、ニヘラッと笑い茶々を入れる。

 

「おやぁ、いつになく積極的ですなぁ、シノンさん」

「バカッ! そんなのじゃないわよ! 私はただ……、これ以上アイツにうろちょろされたくないだけよ!」

 

 シノンの弁解の中に言質を取ったリズベットは、悪戯っぽく笑いながらイジリ続ける。

 

「おやぁ? そんなの、って、なぁにかなぁ」

「な、なんだっていいでしょう!」

 

 言葉に詰まったシノンは、キッとヒョウを見上げて睨み付ける。

 

「あ、アンタの為じゃ無いんだからね!」

 

 そう言って、ぷいっと顔を背けるシノンに、ヒョウとツウは互いに顔を見合せ、頭上に『?』を浮かべるのだった。

 

 

 そうしてコンバートの日時が決まり、待ち合わせのグロッケンのマーケットにヒョウとツウがログインした瞬間、二人は自らの意思とは関係無く、古参のGGOプレイヤー達の注目を集めていた。

 

「おい、誰だ、アイツ……。知ってるか?」

「いや、見ねぇ顔だな」

 

 初期装備のシャツとズボンを身につけたヒョウとツウの二人連れが、マーケットの入り口付近に立っているのを認めたGGOプレイヤー達が、小声でそう囁き合っていた。普段ならば、待ち合わせ中の初心者プレイヤーなどは見慣れた光景で、気に止める事もなかったのだが、この二人連れは違った。肩まで伸びた長髪の優男と、小柄な美少女の組み合わせは、鉄臭いGGOは不似合いに思われた。無論二人の外見はアバターであり、初回ランダムとは分かっているが、場違いなものに見えていた。

 

「ゲーム間違えてんじゃねえのか、全く」

「あの野郎はフィールドで見かけたら、必ず蜂の巣にしてやる」

 

 優男 ヒョウを一目見たGGOプレイヤー達は、皆そう心に誓っていた、何故なら連れの小柄少女は、F1200番代の超絶美少女アバターだったからだ。必ずしもアバターとリアルの姿は一致しないのだが、GGOプレイヤーの中には、生活のほとんどをログインして費やすプロゲーマーも多く、リアルよりもこちらの生活がメインになっている者も多数存在していた。そして、そんな彼等にとっては、その違いなど些末な問題であった。アバターこそが真の姿と認識する廃人達から、F1200番代の美少女を侍らせるニューピーの優男は、ヘイトを集めて当然だった。

 

「お待たせ~」

「遅くなりました」

 

 二人に待ち合わせの相手とおぼしき人物が二人合流した所で、ヒョウに対するヘイトは更に深くなる。

 

「リズ、シリカちゃん、今日はありがとう」

「いーえー、どういたしまして」

「はい、ヒョウさんとツウさんのためなら、なんだって協力しちゃいます」

「キュエアッ」

 

 合流した二人の美少女と親しげに談笑し始めたヒョウに、いわれのない殺意を深めるGGOプレイヤーだったが、すぐにその殺意は深化していく。

 

「ヒョウ君、ツウ、ヤッホー」

「タケちゃんさん、コヅ姉さん、待たせちゃってゴメンなさい」

「ヤッホー、アスナ。良いのよ、スグちゃん、気にしないで」

「ありがとうございます、コヅ姉さん。あーっ! コヅ姉さん、そのアバター、F1200番代じゃないですか、いーなー」

「エヘヘヘ」

 

 またかよ、野郎許さねぇと眉間に皺を寄せる間も無く、次の瞬間GGOプレイヤーのヒョウに対するヘイトは頂点へと達する、何故なら……

 

「は~ぁ~い、二人共、待ったぁ~?」

「ちょっと止めなさいよ、その口調。ゴメン、待たせたかしら? ヒョウ、ツウ」

「えっ? シノンと……、キリトか?」

 

 久しぶりに登場したシノンとキリトに、GGOプレイヤー達は騒然となり、ざわめきだした。

 

 あの野郎、大勢美少女を侍らせているくせに、この上キリトとシノンとまで! この優男、ニューピーの分際で太ぇ野郎だ、こんちくしょうめ! 

 

「俺ぁもう我慢できねぇぜ」

 

 フィールドに出るまでもなく、この場で蜂の巣にしてやると意気込み、難癖をつけてやろうと数名のプレイヤーが優男に向かい、威嚇しながら近づいて行ったが、その思いは成就する事は無かった。何故なら……

 

「やぁっと来たわね、待ってたんだよ、剣聖」

 

 顔にタトゥーメイクを入れた、キツめの美人がヒョウに声をかけて、馴れ馴れしく腕を絡めてしなだれかかる。その光景を見た古参プレイヤー達の意気込みは雲散霧消し、目を反らせて遠ざかって行った。

 

 あの女の関係者に難癖なんぞつけたら、GGOにログインできなくなる、くわばらくわばら、間一髪だったぜ。

 

 という古参プレイヤー達の動きが有ったとは露知らず、シノンは無意識の恩人に対して眉をひそめる。

 

「ちょっと、離れなさいよ、ピトフーイ」

「あら、居たんだ、シノン。久しぶり、じゃあね、バイバ~イ、行こっか、剣聖」

「行くって、何処へ?」

 

 絡めた腕を引っ張り、そのまま連れ去ろうとするピトフーイに抗いヒョウが聞くと、ピトフーイは意味ありげな誘う様な目付きで見上げ、艶っぽい声でこう答えた。

 

「そんなの、そこのホテルに決まってるじゃないのさ。良い部屋取ってあるからさ、二人っきりの歓迎会を開きましょう。倫理コードを外して」

「あのなぁ……」

 

 ピトフーイの際どい台詞に、ヒョウは大きなため息をつき、キリト達は目を剥いた。シリカとリーファは顔を真っ赤にしてフリーズしている。皆の度肝を抜いて抵抗力を奪い、その隙に連れ去ろうと試みるピトフーイだったが、そうは問屋が卸さなかった。ヒョウに絡めた腕の手首を誰かが掴む感触がしたピトフーイは、おやという表情で足を止め、その感触を与えた人物の顔をしげしげと見つめる。

 

「誰だい、このちんちくりんは?」

 

 不思議な生き物を見つけた様な瞳で尋ねると、呆れた表情でヒョウは答える。

 

「嫁さんが居るって言っただろう」

「コイツが? へぇ~」

 

 嘲る様に見下ろすピトフーイの手首に、ヒョウの腕に絡めた腕を外そうと更なる力が込められていく。ピトフーイは面白そうな、そして凶悪な瞳でツウを見下ろし、その手を振りほどこうと腕に力を込めた。

 アバターとはいえ、小さく可愛らしい姿のツウを侮り、少し力を入れれば簡単に振りほどく事が出来るだろうと、高を括っていたピトフーイだったが、意外にもそれを阻まれ驚いた。そして侮っていた表情を改め、凶悪な笑みを浮かべて腕に更なる力を込める。ツウも眉間に皺を寄せ、怒りの笑みで対抗し、ピトフーイの腕をヒョウの腕から引き離そうと力を入れる。

 

「初めまして、夫がお世話になったみたいで、どうもありがとうございます。私、タケちゃんの妻の大祝小鶴と申します。以後、宜しくお願いします」

「!? ご丁寧な挨拶痛み入ります。アタシは神崎エルザって言うんだ、こちらこそ宜しくね」

 

 期せずして始まった力比べに、辺りは緊張感に息をのみ、静まり返った。始めは拮抗していると思われた力比べは、徐々にツウが押していき、最後にはヒョウの腕に絡んだピトフーイの腕を引き剥がす事に成功する。

 遠巻きに見ていたGGOプレイヤー達は、この結末に内心で舌を巻いて驚いていたが、キリトやアスナ達にとっては当然の結末で、何ら驚く事は無かった。何故ならツウのアバターのスペックは、SAOのデータを引き継いだものである。SAOで生存率を上げるため、ヒョウに施された強制レベリングにより、ツウのパラメーターは攻略組と呼ばれたトッププレイヤーの中に入れても、勝りこそすれ劣るものではないのだ。

 

「へぇ、やるじゃん、アタシを負かせた女の子は、レンちゃん以外初めてだ」

 

 瞠目してピトフーイはツウを頭の天辺から爪先までをしげしげと眺め回す。驚きはしたが、それはそれとピトフーイはツウを挑発する様に、ヒョウに粉をかける。

 

「それはそうと、姉さん女房も良いもんだよ、金の草鞋をはいて探せって言うだろう」

「おあいにく様、そちらの条件も既に整っているので、ご心配には及びません。では、ごきげんよう」

 

 すかさず間に入って、ヒョウが口を開く前にツウがそう言って一礼する。

 

「本当かい!?」

 

 第一印象で、ツウはヒョウよりも年下だろうと踏んでいたピトフーイは驚いて目を見張る、顔を上げたツウは勝ち誇った表情で不敵な視線を向けるのだった。

 

「じゃ、行きましょう、タケちゃん」

「あ、ああ。じゃあな、ピトフーイ」

 

 去って行くツウの背中を見ながら、ピトフーイは呟く。

 

「何モンだい、あのちんちくりん……」

 

 リアル、ヴァーチャルを通じて、ここまで自分と正面から対峙して上を行った、それも斜め上を行った者は居ない。

 

「まっ、今日の所は退いておいてやるさ。でも、フィールドで会ったら、タダじゃ置かないよ、大祝小鶴」

 

 ALOからやって来た、剣聖に並ぶもう一人の拾い物に、ピトフーイは舌舐めずりをして、その場を後にした。

 

 

 

 さて、ピトフーイを撃退し、一行はヒョウとツウの装備品を整えるため、店内を見て歩いていた。銃についての知識に乏しいヒョウは、シノンから事前にレクチャーを受け、二つの戦闘スタイルを模索していた。一つは、まぁ無難な線ねと評価されたが、もう一つは「馬鹿なの、アンタ」と呆れられていた。

 

 無難、と言われた装備品は銃剣装備の突撃銃で、オーソドックスなスプリングフィールドM14を選び、こちらは常識的な価格であり、誰も驚きはしなかった。しかしシノンに馬鹿と酷評されたもう一つの装備品は、彼女の言葉に違わず馬鹿げた性能と価格をしており、キリト達は展示ブースの前で、絶句して立ち尽くしていた。

 

「アンタ、本当にこれ買うつもり?」

「やっぱり高いなぁ、直ぐには無理か……」

「確かに売っているから、持っている奴もいるけれど、コレクションとして持っているだけで、使える奴なんか居ないのよ」

 

 眉間に皺を寄せ、言外に止めておきなさいと忠告するシノンに、やはり銃の知識に乏しいシリカとリーファが質問する。

 

「これって、そんなに凄い銃なんですか?」

「確かに大きい拳銃ですけど……」

 

 

 二人の質問の答えとして、シノンはその拳銃の品書きを指差した。クリックして情報を呼び出したリーファとシリカの顔が青ざめる。

 

 

 Pfeifer Zeliska Revolver

 

 全長 550mm

 全高 210mm

 最大幅 69mm

 重量 6.0kg

 銃身長 335mm

 サイト長 440mm

 弾丸 .600 N.E.458 Win.Mag.

 

「軽く象の頭蓋骨を撃ち抜く事が出来るわ。第二次大戦中の装甲車なら、一撃で破壊可能よ。反動の凄まじさで、まともに撃てた物じゃないけど」

「うわぁあああ……」

 

 リーファとシリカはドン引きするが、流石に男の子という事なのか、キリトはロマン兵器に興味を示す。

 

「へぇ、面白そうな拳銃だな。うぉっ、たっけぇ~」

「まぁ、地道に稼ぐさ」

 

 目を丸くするキリトにヒョウがそう答える。そんなヒョウに、キリトは名案が有ると、とあるゲームを指差した。

 

「ものは試しで、アレやってみないか?」

 

 キリトが指差したのは、自分が以前装備品を揃える軍資金を稼いだゲームだった。クリア後に、予測線を予測するゲームと評し、周りのプレイヤー達を驚かせるも、クリア出来る事が証明された事で、一攫千金を狙うプレイヤーが続出し、現在のプール金額は百万ゴールドを越えていた。目当てのプファイファー・ツェリスカ・リボルバーの二百万ゴールドには届かないが、それでも半額分は賄えるのは大きい。キリトがクリアしたせいで、難易度が見直されたとはいえ、失敗しても千ゴールドである。ダメ元でヒョウは挑戦してみる事にした。

 

 ヒョウがゲームブースにやって来ると、否が応でも注目を浴びた。それもそのはず、多数の美少女とキリト、シノンを侍らせたニューピーで、ピトフーイと何らかの関係を持つ謎の存在である。上がったどよめきはブーイングが九割のヤジだった。

 

「キリト、アスナ、それ貸して」

 

 ヒョウは髪を束ねながら、キリトとアスナにフォトンソードを貸してくれる様に頼むと、二人は快く手渡した。

 

「こんな物、何に使うんだ?」

「いやぁ、なんとなく、腰が寂しくて」

「あ、それ、なんとなく分かる」

 

 髪を束ね終え、二人から受け取ったフォトンソードを腰に差し、ヒョウはスタートラインに着く、その時、一人の古株GGOプレイヤーが、あっと声を上げた。

 

「おい、何だいきなり」

「いや、すまねぇ、気のせいだ」

「気のせい?」

 

 怪訝な仲間の目に愛想笑いを返し、声を上げた古株プレイヤーは、言葉を続ける。

 

「まさか……、あの剣聖が、こんな所にいる訳ないよな……」

「何? 何だ、その剣聖ってのは……」

 

 古株プレイヤーが、前にキリトとシノンを探すため、ALOに遠征しに行った時の事を話し始めた。

 

「ファンタジーゲームなんてGGOに比べりゃヌルいモンよと、虐殺PKを楽しんでいたら、剣聖とかいうヤツが現れてな、仲間を全員叩き斬ったと思ったら、俺の前に来やがって……、お前がリーダーかって聞きやがった」

「おう、それで」

「だから俺は、ALOだってPK推奨だろう、何が悪いって言い返しながら、斬りつけてやったのさ」

「で?」

「コンバートのくせに、まっ更の初心者虐めて楽しんでんじゃねえよって言って、背中を向けたモンでよ、その背中に向かってもう一太刀浴びせてやろうとしたら……」

「やろうとしたら?」

「いつの間にか俺はリメインライトにされててよ、全くいつ斬り倒されたか、さっぱり分からねぇ……」

「ダッセェ……」

「うるせぇ! それだけ剣聖ってヤツがつええんだよ!」

「ま、そういう事にしてやるか。で、その剣聖とあの優男が、どうして繋がるんだ?」

 

 そう聞かれた古株プレイヤーは、ヒョウの腰に差された二本のフォトンソードを指差して答える。

 

「ALOで会った剣聖も、今のアイツみたいに、腰に二本、刀を差していたんだ……、雰囲気もよく似てるし……」

「何だそりゃ、ファンタジーに侍かよ」

「ヴァーチャルに雰囲気って、そりゃねーぜ!」

 

 彼等の噂話が一区切りついたお約束のタイミングで、ヒョウのゲームがスタートした。

 

「はっ、疾ええ……」

 

 ヒョウが目標のガンマンに突っ込む速度の速さに、見物するGGOプレイヤー達が度肝を抜かれる。しかし、このゲームをやり込んでいるプレイヤーの一人が、冷ややかに分析する。

 

「速さだけじゃ抜けねぇぜ、ニューピー……って、おい!?」

 

 またしてもGGOプレイヤー達は、ヒョウの動きに度肝を抜かれる、予測線がヒョウの眉間を捉えた瞬間、超高速のサイドステップで、ギリギリのタイミングまで弾丸を引き付け、交わしたのだ。その余りのスピードに、見物するGGOプレイヤー達には、弾丸がヒョウの眉間をすり抜けて行った様に見えていた。ギリギリまで引っ張ったおかげで、ヒョウに若干の余裕が生まれる、二撃三撃を難なく交わし、八メートルラインを越えて行く。銃撃は厳しさを増すが、AIの処理がヒョウの動きを捉えあぐねていた。ヒョウはサイドステップする時、足幅一つ分の余裕を常に開けており、ランダムでもうワンステップガードレール側に踏み込み、AIの計算を狂わせていた。しかし、AIの計算はヒョウの動きを捉え、予測線がヒョウの着地する地点に集中した。

 

「Hey you loser fackin'shit!」

 

 ポリゴンガンマンが狙う足元から膝の予測線に、ヒョウの足は降りなかった。それを予測したヒョウはヒラリと飛び上がり、ガードレールの上に片足を乗せてそのまま蹴る。

 

「うおぉおおおおお」

「すげぇえええええ」

「アイツは忍者か何かか!?」

 

 驚愕する見物人の前で、ヒョウは右のガードレールを蹴ると、空中横転しながら予測線を避けて左側のガードレールを蹴り、コースへと着地した。

 

「Goddamn」

 

 ポリゴンガンマンが実弾銃から光線銃に切り替え、ヒョウに狙いを着ける。以前キリトはこれをスライディングで交わし、タッチしてゲームクリアだったが、ヒョウは前のめりになって加速した。

 

「変移抜刀!」

 

 超高速の、分身術の様なサイドステップで距離を詰めながら、ヒョウはポリゴンガンマンのAIを翻弄しつつ、キリトとアスナから借り受けたフォトンソードを逆手に握る。

 

 フォトンソードがソードスキルの輝きを放つ。

 

 ヒョウはポリゴンガンマンがトリガーを引くよりも速く、光線銃の下に潜り込んだ。

 

「十文字」

 

 伸び上がり、ジャンプしながらガンマンの両手首を斬り飛ばすと、空中で横に一回転ひねりを入れながらバク宙を決める、その最中、もう一本のフォトンソードがひねった動きに合わせ、横凪の軌跡を見せ、ポリゴンガンマンの首を薙ぐ。

 

「霞斬り!!」

 

「キャァアアア、タケちゃんカッコいい!!」

 

 黄色い歓声を上げるツウの周りで、信じられない物を見た見物人は、皆あんぐりと口を開けて、言葉を失っていた。

 

「unbelievable you are miracle guy」

 

 着地したヒョウの後ろに転がった、ポリゴンガンマンの首が呟くとファンファーレが鳴り響き、花火が上がる。そして、後ろの建物から洪水の様に賞金が溢れだし、見物していたGGOプレイヤー達は、このゲームの更なる仕様を知った。

 

 

 ×3 target destruction bonus

 

 

 ハイタッチでゲームのクリアを喜び、讃えるヒョウとキリトの横を、GGOプレイヤー達は我先にフォトンソードを買いに、商品ブースへと駆け込んで行った。

 

「知ってたのか?」

「いや、身体が勝手に動いただけ。しまったと思ったんだけど、結果オーライで良かった」

「私も今度やってみようかしら?」

「とりあえず、欲しい銃が手に入って何よりだな」

「ああ」

 

 ヒョウとキリトとアスナが談笑する中、フォトンソードに群がるGGOプレイヤーを尻目に、ツウは一人トコトコと、人気の薄いブースへと足を進めていた。

 

「カッコ良く決めたタケちゃんの為に、私も何かしなくちゃ」

 

 キョロキョロと見回すツウの視線の先には、数台のスロットマシーンが設置されていた。

 

「どれにしよう……」

「止めなさい! ツウ!!」

 

 スロットマシーンを物色するツウを見かけたシノンは、血相を変えてツウを強い口調で呼び止める。

 

「えっ? どうしたの、シノン」

 

 キョトンとして振り返ったツウを見て、シノンは頭を抱えて膝をついた。シノンが制止する前に、ツウはスロットマシーンレバーを回していたのだ。何だどうしたと周りに集まって来たリズベットにリーファ達。

 顔を覗き込むツウに、思わずシノンは声を荒らげる。

 

「どうしたのって、ツウ! あなた今自分が何をしたのか分かっているの!?」

 

 ツウが回したのは、このショップで悪名高い、当たらずのスロットと呼ばれる台だったのだ。

 

 ツウとヒョウは夫婦である、つまり二人の財布は一緒であり、ツウがベットしたゴールドは、たった今ヒョウがゲットした三百万ゴールドである。一瞬でそれをスッた訳だから、他人事とはいえ仲間であり、密かに恋慕するヒョウの事となれば、シノンが怒るのも当然であろう。

 

 シノンがその事を説明しようとした時、ツウの背後のスロットマシーンに異変が起きた。順回転で回っていたスロットのリールが、いきなりけたたましいサイレンを鳴らして逆回転で回りだす。それを目にしたシノンは、思わず言葉を飲んでしまった。

 

「ウソ……、プレミア演出……」

 

 瞠目するシノンの目には煽り音楽を鳴らし、不規則に順回転と逆回転を繰り返して回るスロットのリールが有った。皆がつられてスロットを見つめると、リール画面がフリーズして消灯した。

 

「壊れちゃったのかなぁ……? 店員さーん」

 

 呑気に店員を呼ぶツウの背後では、激しいドラムの音と共に、スロットマシーンの九分割のリール画面に一つづつ7の数字が点灯していく、そして九つの7が揃い、盛大なファンファーレが鳴り響いた。

 

「やったぁ! タケちゃん見て見て、沢山出ちゃった!」

 

 無邪気に喜び、ヒョウに報告するツウの背中を見つめ、全身の力が抜けるシノン。

 

「さ……、三十億ゴールド……」

 

 シノンは知らない、ツウはALOにデータを引き継いだ時、エクストラレアアバターのネコマタケットシーを、GGOにコンバートする際にも、F9000番台のレアアバターを一発で引き当てただけではなく、商店街の福引きで、SAOベータテスター応募券付きナーヴギアを引き当て、ベータテスターにも当選した豪運の持ち主である事を。そしてツウも知らない、GGOのゴールドは、リアルマネーに変換できる事実を……

 

「ちょっとツウ……、そのゴールド、どう使うの?」

 

 力なく震える声で聞いたシノンに、ツウは屈託なく笑うと、ヒョウに向き直り可愛らしくおねだりを始めた。

 

「ねぇタケちゃん、私ね、ど~しても欲しい物が有るんだ。買ってもいい?」

 

 何が欲しいのだろう? アクセサリーだろうか? 素敵な洋服だろうか? チクリと心が痛むシノンの予想に反し、ツウが欲した物は遥かに斜め下の物だった。どこから仕入れた情報なのか、ツウが一同を引き連れてやって来たのは、アウトロー感丸出しの地下マーケットだった。その中のジャンク品にまみれ、一際巨大なアイテムを指差してツウはヒョウに向かっておねだりをする。

 

「タケちゃんこれこれ、私、これが欲しい」

「おおおおおお」

「これはまた、随分な物を御所望で……」

 

 感嘆の声を上げるリーファとリズベットを背後に、ツウは凶悪な笑みを浮かべ、欲しい理由を口にする。

 

「これであの神崎エルザだか野生のエルザだかいう女をギッタンギッタンにしてやるのよ! うふ、うふふふふふ……」

 

 という経緯でツウの望みが叶い、三十億ゴールドのほぼ全てを使いきり、そのアイテムを購入する事となる。余ったゴールドでプファイファー・ツェリスカ・リボルバーを始めとするヒョウとツウの装備品と、ハンヴィー二台を買い揃えた。その後リアルでの仕事を終えて合流したエギルとクラインを伴い、一行はヒョウの望む装備品の素材を得る為のクエストへと出掛けたのだった。

 

 

「やったぁ、タケちゃん、一番乗りね」

「やったな、ヒョウ」

 

 途中、モンスター狩り特化型スコードロンと勘違いし、襲ってきた対人戦闘特化型スコードロンを一睨みでビビらせ、やって来たダンジョンは、墜落した宇宙戦艦の弾薬庫という、つい最近解禁されたダンジョンだった。そこでヒョウは目当ての素材を、丸々一人占め状態で手に入れる事に成功した。

 

「ああ、コヅ姉の情報通りだ、ありがとう」

「へっへーん、どういたしまして」

「じゃあこれで、この世界でもヒョウ君は刀を使えるのね」

「うん。リズ、頼む」

「あいよ、ドーンと任せなさい!」

 

 ここもなかなか面白い世界じゃないか。

 

 自分の為に集まってくれた仲間の笑顔を見て、ヒョウはそう思った。

 

 感謝するよ、ピトフーイ

 

 心の中で、人知れずヒョウはピトフーイに礼を言うのであった。

 




次回 第十六話 サムライ・ガンマン
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