ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語   作:場流丹星児

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第十七話 リハビリ

 やっちゃった……

 

 新渡戸咲はそう思った。

 

 

 彼女の所属する新体操部は、インターハイで更なる高みを目指すため、猛特訓中である。

 

 彼女はキャプテンとして部を引っ張る為、そしてインターハイで好成績を残す為に、高難易度の技の特訓をしていたのだが、先日の部活動中、床に落ちた汗で滑って転倒してしまったのだ。

 

「エヘヘ、転んじゃった」

「大丈夫、キャプテン」

「汗で滑っちゃった」

「変な風に転んだよ? 痛い所、有る?」

「へーきへーき、ちょっと捻っただけだから。さぁ、練習再開よ、インターハイに向かって、ファイト!」

「おー!!」

 

 足に痛みを感じるも、今は大事な時と気合いを入れ、練習を続けようとしたのだがコーチはそれを許してはくれなかった。病院で診察検査を受ける様に厳命され、不承不承病院に行った咲は、ふくらはぎに軽い肉離れと第五中足骨の亀裂骨折と診断されてしまう。そして、その診断書を確認したコーチによって、咲は完治するまで部活動禁止を言い渡されてしまった。

 

 それでも部長として出来る事をしようとしたのだが、部長がそうだと部員達も怪我をした時に無理をしてしまうから絶対に駄目と、事もあろうに部室&体育館の出入り禁止まで言い渡されてしまった。

 

 そんな訳で放課後は治療のため、下校途中に病院に寄るのと、帰宅してからアミュスフィアを被り、治療中のブランク対策にバーチャルスポーツで個人練習をするのが、咲の日課となり現在に至る。

 

 

 という訳で、彼女はGGOにログインするのは皆よりも遅くなり、後から合流という日々が続いている。

 

 こうして咲は、灰色の鬱屈した毎日を送っていたのだが、それはある日を境に薔薇色に変わる事になる。そう、彼女は白馬の王子様と、運命の出会いを果たしてしまったのだ……

 

 その日は土曜日だった。午後、授業が終わってから、部活のみんなはインターハイに向けて猛特訓をしている。それを横目で見ながら、松葉杖を突き、咲は忸怩たる思いを抱きながら帰路についていた。

 

「ふぅ……」

 

 帰宅して、部屋に入った咲は、机の上に鞄を置くと、深いため息をついてベッドに腰かける。

 

「……」

 

 そうしてしばらく包帯でぐるぐる巻きになった、自分の右足をじっと見つめていた。

 

 あの時、もっと気をつけていれば……

 

 後悔と自責の念に囚われかけた時、リビングから母の呼ぶ声が、彼女の耳に入ってきた。

 

 

「咲ちゃん、こないだネット通販で注文した、スイーツセットが届いたわよ。一緒に食べない?」

 

 

 

 スイーツセット!! 

 

 

 どんな時も甘い物は正義だ。母親の呼ぶ声が、ネガティブ思考に沈んでいく咲の心を急浮上させる。

 

「食べる!! 私、フルーツロール!」

 

 届いたスイーツに舌鼓を打った事で、上手に気分転換ができた咲は、部屋に戻って制服から部屋着のスエット上下に着替え、アミュスフィアを被る。そして、もう一度右足をじっと見た。

 

 どんなに悔やんでも、これが現実なんだ。だったらくよくよせずに、今やれる事をやろう。

 

 そう決意して、彼女はベッドに寝そべって目を閉じた。

 

「リンクスタート!」

 

 

 咲が意気込んでログインしたのは、バーチャルスポーツの、新体操部で作ったトレーニングルームだ。リアルで練習出来ない分、ここで練習を積んで、怪我が治った時、感覚が鈍らない様にするのだ。新技の練習もしておけば、練習の遅れを最小限に留める事が出来る。いや、ここで内緒でマスターして、復帰後にみんなを驚かせてやろう! 

 

 そう思った咲だったが、意気込みばかりが先立つのと、効果的なアドバイスをくれるコーチもいないここでは、意気込み程の成果が得る事が出来ない。空回りする心に苛立ちを覚え、トレーニングルームを後にした彼女の目の中に、参加自由のフリールームが飛び込んできた。

 

「……スポーツチャンバラ……、何かしら?」

 

 日常のストレス解消、鬱憤ばらしにいかがですか? 老若男女、どなたでも参加自由です。

 

 そんな看板に吸い寄せられる様に、咲はそのフリールームの中に入って行った、そして……

 

「スキあり!!」

 

 そんな叫び声を耳にした瞬間、彼女は後頭部を思い切り棒状の物で叩かれていた。

 

「いきなり何を……」

 

 するの!! と言う間もなく、咲は数人の男の子に取り囲まれ、めったやたらに打ち据えられていた。

 

「ちょっと、ちょっと何!? きゃーっ! ちょっと止めて、ストップ! ストーップ!!」

 

 彼女は悲鳴をあげて逃げ回るが、男の子達はお構い無しに刀や槍等の武器を片手に、歓声をあげて咲を追いかけ回して打ち据える。

 

「やれやれー!」

「やっつけろー!」

 

 そんな子供達の歓声に、遂に咲の堪忍袋の緒が切れた。

 

「ちょっと待ってって……」

 

 彼女は両手に新体操のクラブを実体化させると、群がる男の子達を一喝する。

 

「言ってるでしょう!」

 

 そうして咲は、新体操の動きを応用して男の子達の攻撃をかわしながら、クラブで反撃を開始する。

 

「うわっ、この女、強いぞ!」

 

 一番年かさに見える、小学校高学年か新入の中学生に見える男の子が、咲の反撃に面食らってそう叫ぶ。その様子に若干の余裕が出来た咲は、頭上に高く両手を伸ばし、クラブの基本型の風車で威嚇する。

 

「当たり前じゃない、高校生をなめないでよね」

 

 余裕の笑みを浮かべる咲だったが、彼女の思いとは裏腹に、男の子達は怯むどころか、嘲りを含んだ笑い声をあげて指差してきた。

 

「うっそだぁ―」

「そんなチビの高校生がいるもんか!」

 

 男の子達のその態度と言葉に、咲は思わず歯軋りをした。

 

「何ですって!? よくも私が一番気にしている事を!! ぐぬぬぬぬ」

 

「やーいやーい、チービチービ」

 

 囃し立てる男の子達に、咲の頭は沸点に達した。

 

「あんた達~」

「?」

 

 顔を覗き込んできた男の子達に、彼女は思い切り怒鳴り声をあげた。

 

「ギッタンギッタンにしてやるから、覚悟しなさい!!」

「わぁっ、逃げろー!」

 

 男の子達は楽しそうな歓声をあげて、蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した。そんな彼らを咲は華麗な新体操の動きで追い詰め、近くの男の子はクラブで打ち据え、離れた男の子はリボンで絡めとり、遠くの男の子にはフープやボールを投げつけて倒していく。

 

 あら、新体操でも随分戦えるじゃないの? ひょっとして私、天才かしら? ふっふーん、我、今ここに開眼せり! これならきっとALOでも、アスカエンパイアでも通用するわ。どうだ、参ったか!?

 

 内心でそう思いつつ、咲は屍るいるいとなった男の子達に声をかける。

 

「どう? 降参してごめんなさいするなら許してやるわよ」

「畜生! こんなヤツ、ヒョウ兄ちゃんが居ればやっつけてくれるのに!」

 

 勝ち誇って降伏勧告をする咲に、一人の男の子が悔しそうにそう言うと、他の男の子達も「そうだそうだ」と、口を揃える。

 

「ヒョウ兄ちゃん? 誰よ、それは?」

 

 男の子達に慕われているらしいその人物に興味を持った咲が聞くと、一見してお調子者と知れる一人の男の子が、誇らしげに捲し立てる。

 

「このスポーツチャンバラの部屋を作った人さ。お姉ちゃんも強かったけど、ヒョウ兄ちゃんの方がもっと強いぞ! なんたってヒョウ兄ちゃんは、アインクラッ……」

「バカっ! 何言ってるの、アンタ!!」

 

 自慢気に話す男の子だったが、それまで遠巻きに見ていた真面目そうな女の子が途中でその言葉を血相を変えて遮った。

 

 そう、このスポーツチャンバラの部屋は、元々ヒョウとツウがSAOで経営していた保育園兼孤児院の子供達に対して、交流とメンタルヘルスの為に開設したものだった。当然それ以外の参加者には、アインクラッドの事は秘密である。

 

 男の子は女の子の言葉にハッとして、しまったという表情で両手で口を塞ぐ。男の子はそれまでの強気な態度を引っ込めると、背中を丸めて咲に対して後ろを向いた。その態度の豹変ぶりに訝しさを感じた彼女は、子供達に問いかける。

 

「誰なのよ、そのヒョウ兄ちゃんって? 何、アイン何とかって?」

 

 子供達を見回すと、彼らは視線を泳がせ反らし、そっぽを向いて誤魔化そうとしている。業を煮やした咲は、両手のクラブを素早い小回しで威嚇して

 

「ちゃんと教えてくれないと、またやっつけちゃうわよ!」

 

 と、語気を強めて答えを促した、すると……

 

「アイーン」

「アイーン」

 

 男の子達は一斉に、昨晩テレビで放映した伝記映画の主人公、昭和から平成にかけて一時代を築いた、今は亡き国民的コメディアンのギャグを真似し始めた。

 

「ちょっとあんた達、誤魔化さないの!」

 

 咲は語気を強め改めて聞くも、男の子達は悪乗りして「アイーン」「アイーン」と繰り返すばかり。ならばと思った彼女は、男の子の言葉を遮った女の子に向かって、眦を吊り上げて答えを促す。すると……

 

「あ、あ、あ……、アイーン……」

 

 しばらく目を泳がせた女の子は、顔を真っ赤にして男の子達が繰り返すギャグをして見せた。

 

 ダメだこりゃ……

 

 そう思った咲の背後に、新たにログインしてきたとおぼしきプレイヤーの声がした。

 

「みんなお待たせ」

 

 その声に、子供達の表情がパッと輝いた。

 

「あっ、ヒョウ兄ちゃんだ!」

「ヒョウ兄ちゃん!」

「ヒョウ兄ちゃん!」

 

 皆は次々に咲の横をすり抜け、ログインした男を取り囲む。こいつがヒョウ兄ちゃんとやらか、ずいぶん慕われている様だけど子供達、特に男の子達の躾がなっていないわ! ガツンと言ってやらないと! 咲はそう思いつつ咳払いをして皆の注意をひき、ヒョウに声をかけた。

 

「ちょっとアンタ……」

「? ああ、新しい人? 初めまして、僕はヒョウ。ここの管理人です。ようこそ、スポーツチャンバラへ」

 

 涼やかな出で立ちの長身の男の、物腰柔らかい優しげな自己紹介に、咲は心の中で拳を振り上げていた事を忘れて、思わずドキリとして息を飲む。そんな咲を指差して、男の子達が口々にヒョウに訴えかける。

 

「ヒョウ兄ちゃん、こいつ、新入りの癖に生意気なんだ!」

「やっつけてくれよ! ヒョウ兄ちゃん!!」

「何があったんだい?」

 

 男の子達の訴えを真に受けず、ヒョウは女の子に目を向けた。すると女の子が咲が入ってからのいきさつを話し始めた、話しを聞いてヒョウは顔を曇らせて、男の子達を見回す。

 

「こら、ダメじゃないか、そんな事をしたら」

 

 ヒョウは男の子達をたしなめると、咲に向き直り頭を下げて謝罪する。

 

「どうもすみません、この子達が失礼をしたようで……。ほら、みんなもちゃんと謝る」

「ごめんなさ~い」

「よし、許してもらえるかな? えーと……」

 

 素直に謝った男の子達に頷いてから、優しげな笑みを向けてきたヒョウに、咲は思わず見とれてしまう。

 

「さ、咲よ! 良いわ、貴方に免じて、特別に許してあげる。いい、特別なんだからね!」

 

 女子高故に、同世代の男子に耐性不充分の咲は、反応が遅れた上に言葉を噛んでしまい、赤面してしまう。すると頭を下げていたはずの男の子の内の一人が、そんな咲の顔色を目敏く見つけて声を上げる。

 

「あっ、お姉ちゃん顔が真っ赤!」

 

 その言葉に、男の子達は次々に頭を上げ、意地の悪い笑みを浮かべ、謝罪させれた意趣返しに咲をからかい始めた。

 

「お姉ちゃん、どうしてそんなに顔、赤いの?」

「さては、ヒョウお兄ちゃんに一目惚れしたな?」

「やーいやーい、一目惚れ、一目惚れ!!」

 

 咲を囃し立てる男の子達に、ヒョウは顔をしかめて再び注意するが、さらに顔を赤らめる咲を見て、一層声高に騒ぎ立てる。

 

「ぐぬぬぬぬ」

 

 騒ぎ立てる男の子達に、咲は俯いて拳を握りしめる。二次性徴期に突入した男の子特有の生意気さに、咲の胸の中に怒りがふつふつとこみ上げて来る。なまじ図星が含まれる為に、咲の怒りは半端ではなかった。彼女は再び両手にクラブを実体化させ、振りかぶった。

 

「コラーっ!!」

「あっかんべーだ!」

 

 男の子達は、笑いながら悪態をついて、ヒョウの後ろに逃げ込んだ。ヒョウは男の子達の行動に困惑し、咲に向かって愛想笑いを浮かべ、謝意を込めて会釈をする。その姿に咲の怒りは氷解しかけるが、そうするとまた男の子達になめられかねないと踏みとどまり、キッとヒョウを睨み付けた。

 

「ちょっとアンタ! 管理人ならちゃんと子供達の躾をしなさい!」

「申し訳ない……」

 

 頭を掻いて穏やかに微笑むヒョウは、男の子達が言っていた様に強いとは咲には思えなかった。だが、その優しげな姿に惹かれていく自分を自覚して、咲はさらに苛立っていく。初対面の男に惹かれていく気恥ずかしさと、その事を男の子達に冷やかされている事で、やり場の無い怒りの矛先を咲はヒョウに向けた。

 

「何よ! そんな事だから子供達になめられるのよ! 私と勝負しなさい! 私がアンタの性根を叩き直してあげる!!」

 

 クラブを突き付けて勝負を挑んできた咲に、ヒョウは目を丸くして見返した。

 

 なによ……、今はこんなアバターだけど、GGOにログインすれば私は泣く子も黙るシンクのエヴァなんだからね……、ちょっとくらい良い男だからって、いい気にならないでよね。あんまりなめていると、ギャフンと言わせてやるんだから!! 

 

 咲は新体操の優雅な動きで前転しながらヒョウに近づくと、足を薙ぎ払う様にクラブを振った。そのトリッキーな攻撃に、ヒョウは「おっ!?」と表情を変え、一歩飛び下がりニヤリと笑う。ヒョウの顔から余裕を消した咲は、してやったりとクラブを回して挑発する。

 

「ふーん、ガキンチョ達が強いって言ってたのは、まんざら嘘では無さそうね。これはどうかしら!?」

 

 咲はヒョウの周りを優雅に舞う様に回転しながら、クラブの波状攻撃を開始した。その攻撃を紙一重でかわしながら、ヒョウは咲の動きに辺りをつける。初めは中国武術の武当派の双剣術かと思ったが、ヒョウは微妙な違和感を感じていた。優雅な体捌きの中に隠れた鋭さに比べ、クラブによる攻撃に殺気が無いのだ。打つ、斬るというよりは、ただ回している様に見える動きに、これは武道、武術ではないなと看破したが、だからといってなめる訳にはいかなかった。

 咲のトリッキーな動きは、一対一だけではなく、一対多でも充分対応できるだろうと推測できたし、何よりもその体捌きが、ヒョウをして油断できぬ物となっていた。それもその筈、咲が新体操を始めたのは、ヒョウが祝心眼流古武術を始めたのと同じ六歳である。一芸に秀でる者は、万芸に秀でる、その喩え通り、十年以上研鑽を積んだ咲の動きは、ヒョウをして瞠目するに値する物だった。

 

「どうしたの? 避けてるだけじゃ、相手にならないわよ!」

 

 と、口では挑発する咲だったが、内心ヒョウの動きに冷や汗をかいていた。

 

 何よ、コイツ、今のは当たったと思ったのに……、チョコマカでもない、のらりくらりでもない、風や水が自然に流れる様な身のこなし、只者じゃないわね……

 

 強いと言っても、所詮はガキンチョの戯言。カテゴリーは違えど、GGOで真剣勝負を重ねてきた私の敵ではない。そう考えて勝負を挑んだ咲だったが、ヒョウの見切りと身のこなしに、かなりの高位の実力者であると、最初に予測したヒョウの実力を上方修正して構え直す。

 

 コイツを倒すには、あの動きが必要! 

 

 咲はチャレンジしていた新技の動きで、ヒョウに挑みかかって行った。

 

「!?」

 

 ヒョウは咲の攻撃に、一瞬虚を突かれるも、高度な身体制御が必要な割に、今までとは違う荒削りさを見て取り、何かの練習中の新技かと察しをつける。

 

「やっぱり、完成してない技は通用しないか……、でも良いわ! 当たるまで何度でもやってやるんだから!」

 

 ヒョウとの戦いに、咲の心は浮き立った。GGOでも自覚していたが、自分は負けず嫌いのバトルジャンキーだという事を、この戦いで再認識した咲は満面の笑みを浮かべながらも、ヒョウの目を鋭く見据える。その目を涼やかに受け止め、ヒョウは装備を刀から左手に小太刀、右手にトンファーへと持ち替えた。トンファーの持ち方は、型通りの持ち方ではなく、拳銃を持つ様な持ち方である。

 

「じゃあ、とことん付き合わせて貰うよ」

「上等! ギャフンと言わせてやるんだから!」

 

 二人は目まぐるしく攻守を入れ替え、戦いを繰り広げる。咲は新体操の技を駆使しながら、試行錯誤を繰り返して新技の完成度を高めていく。一方のヒョウも試行錯誤を重ねていた、左手の小太刀は祝心眼流小太刀の型である、それにどう右手のトンファーを合わせていくかを課題にしていた。

 右手のトンファーは、GGOで使うプファイファー・ツェリスカ・リボルバーを擬した物である。彼はGGOで、左手に小太刀右手に拳銃という、変型のガン=カタを模索しているのだ。二人は時間が経つのも忘れて、戦いを通じて研鑽を重ねて高め合っていく。この日から、咲のバーチャルスポーツでの訓練は、薔薇色の日々となった。

 

 

 

「新渡戸さん、新渡戸咲さん」

 

 咲の薔薇色はバーチャル空間だけではなく、リアルにも影響を及ぼしていた。バーチャルスポーツでの動きを反芻し、イメージトレーニングをする咲は、その流れでヒョウとの戦いも思い出す様になっている。初めはどうすればクラブを当てる事が出来るか? と、イメージしていたのだが、日を追うにつれ、それも変化していった。

 バーチャル空間でのヒョウとの戦いが重なるにつれ、咲はある日、ふと戦いを通じて会話している感覚を覚えたのだ。

 

 私達、心が通じ合っているんじゃ?

 

 それをヒョウに確認する事は、年頃の乙女である咲には恥ずかしくて出来なかったが、その分妄想が加速して所構わず暴走する様になっていた。授業中の今でさえ……

 

 先生の呼び掛けにも上の空で、にへらっと締まりの無い笑みを浮かべ、妄想の空間に遊ぶ咲を見かねた幼なじみで後ろの席の藤澤カナが背中をつつくが気づかない。それならばとカナは大胆な行動に出る。

 

「うひゃっ!!」

 

 いきなりブラジャーのホックを外され、驚いて声にならない悲鳴を上げた咲は、振り返ってカナを睨み付けた。しかしカナは悪びれるでもなく、眉間に皺を寄せて前を指差している。

 

「…………」

「ゲッ!!」

 

 カナの差した指の先には両手を腰に当て、こめかみに青筋を浮かべながら、世にも恐ろしい笑みを浮かべる先生の姿が有った。

 

 そんな日々が続いたある日、ヒョウとの戦いの中で、咲はチャレンジしていた新技を会得し、ヒョウに一太刀浴びせる事に成功する。その喜びの余り、咲は戦いを中断してヒョウの手を握りしめる。

 

「やった! やった、完成したわ!! 見て見て!」

 

 咲は興奮気味に話し続ける。

 

「私ね、リアルで新体操をやっているの。インターハイに向けて新技に挑戦してたんだけど、なかなか出来なくて。焦っているうちに怪我はするし、バーチャルスポーツで自主連しても、全然上手くいかなくて。でも、貴方と戦う様になってから、ほら!」

 

 新体操の演技を披露する咲に、ヒョウは拍手を贈る。

 

「へぇ、新体操の動きだったんだ、全然分からなかったよ。今の最後の技、凄かったね」

「でしょう! 貴方のおかげよ、ありがとう!」

 

 全身で喜びを表し、飛び付く様に抱きついてきた咲を、ヒョウは受け止め損ない仰向けに倒れてしまう。しかしそんな事もお構い無しに、咲はヒョウの上に馬乗りになって、手を握って喜びはしゃいでいた。やがて感情の高ぶりが収まり、落ち着きを取り戻した咲は、慌ててヒョウの上から飛び下がり、もじもじと顔を赤らめる。

 

「ゴメンね、ヒョウ。私、嬉しくて、つい……。あっ、ごめんなさい、や、約束の時間だ! 私、帰らなきゃ! また今度ね!」

 

 逃げる様にログアウトした咲は、翌日からため息ばかりつく様になっていた。ため息の理由は二つ、一つは喜びの余り取ってしまった行動で、ヒョウにはしたない女の子と思われたのではという危惧と、もう一つは折角完成した新技が、怪我がまだ完治していない事で、リアルで再現、披露できない事だった。

 

 そんな訳で、気まずくなった咲は、その後スポーツチャンバラの部屋を訪れる事なく、バーチャルトレーニングルームで、一人鬱々と膝を抱える日々が数日続いた。そんな咲に、またしても大きな転機が訪れる。それは怪我の治療の為に、病院に行った時の事だった。治療後、早く完治させてリハビリしなきゃ、という心が、咲をいつもの帰る通路から外させ、リハビリ室へと足を向けさせた。そこで彼女は、壮絶なリハビリ風景を目にして絶句してしまう。

 

 それは、動かない全身に力を込め、必死に立ち上がろうとする少年の姿。少年は、介助の少女の手を借りて、手すりにつかまり立ち、必死に両足を動かし、歩こうともがいている。その姿に、咲はハンマーで思い切り頭を殴られた様な衝撃を受けて、拳を握りしめた。

 

「負けられない……」

 

 咲の通う病院は、横浜港北総合病院である。そして、偶然見てしまったリハビリに励む少年は、あのアバターと瓜二つだった。何が有ったのかは知らない、でも、リアルでもバーチャルでも、腐る事なく研鑽を続けるあの姿勢、あの過酷さに比べれば、自分の怪我なんて。咲はこみ上げる涙を拭いて、その場を後にした。

 

 そうして帰宅した咲は、アミュスフィアを被り、ベッドに横たわる。

 

「リンクスタート!」

 

 ログインした咲の目の前には、近未来的ではあるが、鉄臭い雰囲気の空間が広がっていた。GGO、グロッケンの酒場である、その中に、見知った厳つい女の背中を見つけた咲/エヴァは歩み寄り、声をかける。

 

「どうだい、噂のニューピーは?」

「あ、ボス」

 

 厳つい女達が、エヴァに注目する。

 

「今始まった所さ、流石チームキリト、全日本マシンガンラヴァーズ程度じゃ、相手にならないね」

「アタシらなら、返り討ちに出来たのに」

「ふーん」

 

 ソフィーとトーマの言葉を聞き流し、エヴァはモニターを見つめる。そして戦いのクライマックスで、見知ったアバターが、見知った変型のガン=カタで勝負を決める姿を見て、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「負けないよ……、負けるもんか」

 

 




難産でした。まさか、新体操には、体操の様な技名が無いとは、全く知りませんでした。咲のチャレンジしていた技をどう表現するか、悩んで悩んだ挙げ句、こんな形になってしまいました。

次回 第十八話 SJ

SJの流れで、少し悩んでいます。どういう流れを望みますか?

  • ピトフーイ戦前、ヒョウとエヴァの一騎討ち
  • ヒョウとエヴァが共闘し、ピトフーイと戦う

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