ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語 作:場流丹星児
ひとしきり抱き合って泣いた二人は、いつしか「馬鹿ね、私達って。」と言い合いながら笑っていた。今まで溜まっていた負の感情の全てを涙で流しきったアスナとツウは、力強くアインクラッドの大地を踏みしめて立ち上がった。ソードアートオンラインと戦う決意を新たに固めた二人は、その手始めとして中断していた後片付けを再開する。その間楽しくガールズトークをしていた二人は、同い年だという事を知って、さらに急速に仲を深めて行った。後片付けも終わりが見えた頃、アスナは思い切ってある事を聞こうと口を開いた。
「ねえ、ツウさん。」
「何かしら? 」
アスナの真剣な表情に、ツウも居住まいを正して向き直る。
「あなたは、ヒョウ君とゲーム内結婚をしているのよね? 」
「ええ、そうよ。」
「あなたは……、彼を愛しているの? 」
「ええ、大好きよ。」
真っ直ぐな視線を返し、はっきりと答えたツウに、アスナはもう一度確かめる様に念を押す。
「それは、ツウとしてヒョウをではなく、コヅ姉としてタケちゃんを、一人の女として、一人の男を愛している、そう理解していいのね。」
アスナのその問いに、ツウはきっぱりと迷う事無くこう答えた。
「ええ、愛しているわ。私の全ては、みんなタケちゃんの物よ! 」
一片の曇りも無く答えたツウに、アスナは満足気に頷いた。
「分かったわ、私はもう何も言わない。貴方達の結婚を、心から祝福して応援するわ! 」
「……ありがとう」
少し違和感の有る力強い祝福に若干引いたツウは、戸惑いながらそう答えた。ツウが感じた違和感、それはアスナがこの件に関して重大な勘違いをしている事に起因していた。
「よし、じゃあ今日から私達は中三同盟ね。私は最前線で攻略を目指す、ツウさん……いえツウは、ヒョウ君を支えて攻略のアシストをする、やり方は違うけど、一緒にこのソードアートオンラインと戦いましょう! 」
「分かったわ、一緒に頑張りましょう! アスナさん。」
「ア・ス・ナ」
「うん、アスナ! 」
二人は手を取り誓い合った。
「でも、さし当たって何をしようか? 百層クリアなんて遠すぎて分からないわね。」
「まずは足元を固めましょう、焦りは禁物。」
「じゃあ、急いでバリスタスキルを取って、料理スキルと一緒にレベルアップをしなきゃ。心の余裕の為に。」
「私はミルクプリンを作りたいな、タケちゃん……じゃない、ヒョウの大好物なの。」
「具体的ね、ミルクプリンか。」
「私、ベータテスト中に試した事があるの、そっちとこっちを両方同時に押さえて、そっちのミルクをこっちに持って来て、ミルクプリンが出来ないかどうか……」
「でも、あれって外に出したら五分しか持たないんじゃ!? 」
「だから五分以内に持って来て、こっちの卵を一緒に使って作れば良いのよ。」
「で、どうだったの!? 」
「私のアジリティ能力じゃ、五分以内なんて無理だった……」
「そうか……、残念。あ〜あ、無理って分かったら、無性に食べたくなったわね、ミルクプリン。」
「そうねぇ、ミルクプリン……」
「ミルクプリン……」
「……」
「!! 」
アスナの頭の中に、突如閃く物が有った。
「出来るわ! 」
「えっ!? 」
ツウは驚いてアスナを見る。アスナはツウの手を強く握り締め、真剣な眼差しで断言する。
「出来るわ、ミルクプリン! 行くわよ、ツウ! 」
「ちょっと、アスナ! アスナ!! 」
アスナはツウの手を握り、二階へと駆け出した。
その頃二階では、ヒョウとキリトとアルゴの三人で情報交換が行われていた。
「スマンな、ヒー君、お望みの情報は無しダ。刀のカの字も出てこないヨ。」
「うーん、日本人が開発した剣を使うRPGで、刀が無いなんて有り得ない。やっぱり階層かレベルか何らかの習熟度か……」
「こだわるな、ヒョウ。」
カタナスキルの情報が空振りだった事に落胆して、未練を見せるヒョウにキリトが半ば呆れた様に感心する。
「一番得意な武器だからね。」
「一番得意ナ」
「武器だって!? 」
その言葉を間に受ければ、ヒョウは平和な向こう側の世界で、数種類の武器を扱えるスキルを身につけている事になる。ヒョウの剣呑な発言に、思わず声をあげる二人に、彼は補足説明を開始した。
「俺、あっち側で、古武術をやってたんだ。」
「古武術? 」
「ああ、お隣さんに、古武術研究家のお婆ちゃんが住んでいて、その人に誘われて、小さい時からやっているんだ。」
「へぇ……」
「因みにツウはそこのお孫さん、物心がつく前から姉弟同然に過ごしてきた幼馴染みなんだ。まぁそれは置いといて、この世界に来てから、気づいた事があってね。」
「気づいた事? 」
「それは何ダ? 」
身を乗り出す二人に、ヒョウが頷いて話しを続ける。
「二人は『ナンバ』って言葉を知っているかな? 」
「ああ、古武術独特の動きで、強さの秘密とか、秘伝になっているとか……」
「俺っちが知ってるのは、歩く時に同じ側の手と足が同時に動く、って事位カナ。」
思わず顔を見合わせるキリトとアルゴに、ヒョウは簡単にナンバの理屈についてのレクチャーを始めた。
「人間は直立歩行する事で、広い視界を確保すると同時に、重心が高くなった事と体幹の向きを重力に対して横ではなく縦にしてしまった事で、運動をすると体幹がブレ易い、つまりバランスが崩れ易いという弱点を背負った。」
「おっ、難しくなって来たな。」
口ではそう言っているが、明らかに興が乗ってきたキリト。
「体幹のブレを抑えて、身体にかかる負担を減らし、長時間の行軍を可能にする為、近代陸軍が西洋で発足すると同時に、行進法が考えられてあの歩行法が定着したんだ。考え方は、上半身と下半身の動きを敢えて逆にする事で、体幹のブレを打ち消してバランスを保つという事だ。」
ヒョウは実際に部屋の隅から隅へと歩いて見せて説明する。
「これは、身体能力が違う者を集めた時、その能力を平均化して運用する上では合理的なやり方なんだけど、個人の能力を十全に発揮する上では、枷になるやり方でもある。」
「と、言うと? 」
「体幹をブラす事なく、上半身と下半身の動きを同じにすれば、推進力は倍加する。」
ヒョウはそう言いながら、相撲のすり足の動きをして見せる。
「倍加した推進力でパワー、もしくはスピードアップを図る、それがナンバの考え方なんだ。でもこれは別に特別な考え方では無い、洋の東西を問わず、普通に定着している事なんだ。」
ヒョウはそう言って、相撲のすり足の動きからボクシングやレスリングの動きに変えて見せる。キリトもアルゴも共に「ほう!」と頷いて、更に身を乗り出した。
「全身の力を総動員する時、人間は自然にナンバの動きを取るんだ。その傾向は、道具を持った時に、より顕著に現れる。特に剣はその最たる物で、そうしないと自分の脚を斬る危険も有る事から、ナンバの動きが必須になる。分かり易いのは……これかな? 」
メニューを操作して、ヒョウは片手剣盾持ちで武装を装備すると、ゆっくりとした大きなモーションで、受ける、斬る、の基本動作を数回行って見せる。左手の盾で大攻撃を受けるべく、左脚を前に半身で構え、腰を落として踏ん張り、凌いだ後に右脚を前に出しながら、右手の剣を振り下ろすヒョウの動きに、キリトとアルゴは大いに納得した表情を浮かべ、軽く頷く。二人の様子に満足したヒョウは、武装を解除して椅子に座り、テーブルの上の茶を一口啜って口を湿らせてから、再び話を進めだした。
「俺はこの世界に来て、初めてソードスキルを使った時に確信したよ、ああ、これはナンバだなと。ソードスキルの準備動作なんだけど、これは確実にナンバの動きをさせる為の準備なんだと思う。実際、ナンバを意識してソードスキルを放ったら、準備動作中の待ち時間も技後硬直の硬直時間も大幅に短縮出来たからね。」
「マジか!? 」
驚きを隠せないキリトが、椅子から腰を浮かせた。
「ああ、それも破壊力増大というオマケがついてだ。」
「!! 」
顔色を失い絶句するキリト。
「それで、戦闘に必要だと考えられる動作の全てにナンバを取り入れてみた、そしたら。」
「そしたら?」
ゴクリと唾を飲み込むキリト。
「いや、散々だったよ、最初のうちは遅い鈍いで頭を抱えたよ、だけど……」
「ダケド?」
拳を握り、身を乗り出すアルゴ。
「その手のスキルがガンガン取れる上に、習熟度の上昇が半端無いんだ。裏を取る為にツウにもやらせて見たんだけど、結果は同じ。ただ、最初に俺が感じた遅い鈍いは、彼女には感じなかったらしい。」
「それは、どうして? 」
「考えられるのは、俺の脳がナンバに親しみ過ぎていて、実際の身体の感覚に、このアバターのスペックが追い付いていなかった、という事かな。ドナドナクエストでレベルとスキル熟練度が上がって、ようやく元の感覚に追い付いて来た、っていう所だ。」
「という事は、ヒー君以外のプレイヤーなら、違和感無しでマスター出来るって事カ? 」
「理屈の上では。」
「魂消たな……」
唖然とするキリトとアルゴに、ヒョウは淡々と言葉を締めくくる。
「これだけナンバを意識したゲームで、最もナンバを活かし切る剣、刀が無いなんて考えにくい。だから俺はカタナスキルは必ず有ると思うんだ。」
「なあ、一つ聞いていいか? 」
話し終えて、茶を飲み干しているヒョウに、キリトが探る様に声をかける。
「昨日、アスナのリニアーを見切ったのも、 曲刀スキルには無い、居合いの様な抜刀も、ナンバなのか? 」
「見切りは交差法、抜刀は無拍子という技術を使っている、まぁ、どっちもナンバを前提にした技術だから、キリトの推測は間違ってないね。」
「そうか……」
元ベータテスター、誰も到達できなかった階層、フィールドに到達した知識、そんな物は本当の意味での自己強化には何ら寄与しない。薄々は分かっていた事だが、こうしてその事実を突きつけられると、正直やりきれなくなる。八層以降、自分の知識が及ばない階層までに攻略が進んだ時、他の一般購入プレイヤーにすら取り残される、無様な己の姿を想像し、キリトその不安から叫びだしたい衝動に駆られた。
「キリトもアルゴさんも、ちょっとやってみないか? 」
「良いのか? 」
何の打算も無く、ただの好意からこんな申し出をする筈が無い、そうキリトは警戒する。しかしヒョウはその警戒を見越した様に、自分の打算を明らかにした。
「その代わり、片手剣からカタナスキルが派生したら教えてくれ。俺はサイズから考えて、カタナスキルが派生するなら曲刀か片手剣だと推測している。一人で検証するより、片手剣に精通した人間に協力して貰った方が効率が良いからね。」
「そういう事なら、有難く教えてもらう! 」
思わぬ福音に二人は、特にキリトが目を輝かせた。強さに飢え、貪欲な程に自己強化への道を欲する彼は、十層以降の漫然とした不安を振り払う為、ヒョウの差し伸べた手を掴んだ。
こうしてヒョウがキリトとアルゴに、ナンバの動作を伝授する為、祝心眼流剣術の基本形を教え、大体様になってきた時、勢い良く扉が開かれた。
「ちょっと、キリト君!! 」
扉を開けた勢いのまま、飛び込んで来たアスナは、キリトに突進して襟を掴む。
「キリト君! ミルクプリン、食べたくない!? 」
「はい? 」
「た・べ・た・い・わ・よ・ね!! 」
「ぐっ……ぐるじい……」
キリトの襟を締め上げるアスナ、そこに追いついたツウに、ヒョウが目を丸くして何事か聞く。
「何事? コヅ姉。」
「あのね、タケちゃん、実はね……」
ツウは厨房での、ミルクプリンに関する話を、掻い摘んで説明する。
「キリト君のアジリティ能力が有れば、あそこからここまで五分以内に持って来れるはずよ! お願いだから取って来て! 」
ツウの話が終わるや否や、アスナはキリトの襟首を絞り上げ、激しく揺さぶって、お願いするとは言い難い手段で懇願する。
「分かった! 分かった! 分かったから落ち着け! 手を離せ! アスナ!! 」
「取って来てくれるの!? 」
「取って来る! 取って来るから……」
キリトの返事を聞いて、飛び上がって喜び、ニコニコ笑顔でツウの手を握るアスナ。
「やったわ! これでミルクプリンを作れるわね、ツウ。じゃあキリト君、お願いね! 」
「はいはい分かりましたよ〜。まぁ、早速試したい事が有るし、好都合っちゃ好都合だ。」
キリトは、倒しがいの有るモンスターを前にした時の様な笑みを浮かべ、ヒョウに確認する。
「体幹のブレに注意して、腰を入れる様に上半身と下半身を連動させる、だな。」
キリトの言葉に、ヒョウが無言で頷くと、アスナは不思議そうな顔をして二人の顔を交互に見つめる。
「そういう事なら、俺っちも試運転がてらに付き合うカ。アーちゃん、ツー子、ミルクは多い方が良いんダロ。」
「ええ、有るにこした事はないんだけど、何? どうしちゃったの? 二人共。」
不敵な笑みを浮かべ、軽く準備運動のストレッチをし、ドアに向かいながら二人はアスナに振り返る。
「別に何でもないさ。ただ、強いて言うなら、新しい俺の姿を見せてやる、って事だ。」
「まぁ、そんなところカナ。」
不敵に笑う二人は、口元にキラリと光る輝きを残像に残して、夕闇の中に消えていった。
「何よ……、馬鹿みたい……」
今ひとつ二人の言動を理解できないアスナは、きょとんとした顔で見送ってそう呟いた。軽くため息をついて扉を閉めると、アスナは真剣な眼差しでヒョウを見つめる。
「さっき、下で二人の関係をツウから聞いたわ。」
「えっ? 」
ヒョウはアスナの言葉に、思わず傍らのツウを見下ろすと、彼女は相変わらずの癒し系の笑顔でヒョウを見上げていた。
「私、それでどうしてもヒョウ君に聞きたい事が有るの。」
「はあ? 」
一体これは何事かと、ヒョウはアスナに顔を向ける。
「ヒョウ君、あなた、本当にツウを愛しているの? 」
「えっ!? 」
思わず聞き直したヒョウに、焦れたアスナはもう一度、畳み掛ける様に問い質す。
「もう! あなたは本当にツウを愛しているかどうか聞いているの! ねえ! ヒョウ君、どうなの! 愛しているの、いないの、どっち!? 」
「そりゃ、愛しているさ、決まっている! 」
ヒョウはツウの肩をしっかりと抱いてそう答える、するとアスナは、なお一層真剣な面持ちで更に問い質す。
「それは、タケちゃんとして、コヅ姉を、男として一人の女を愛していると理解して良いのね? 」
「ああ、勿論、俺はコヅ姉を愛している。」
アスナのただならぬ態度に、これはきちんと答えねばならないと察したヒョウは、ツウを後ろから優しく抱いてきっぱりとそう答えた。
優しく、守る様にツウを抱き締めるヒョウと、安心しきった笑顔で身を委ねるツウの姿を、暫し眩し気にアスナは見つめる。
「ごめんなさいね、いきなり不躾な質問をして、気を悪くしたでしょう。」
「いや、別に……、びっくりはしたけど……」
アスナは曖昧に答えるヒョウの言葉を無視して、どこか陶酔した様子で話を続ける。
「私、貴方達の愛を、結婚を応援する! 誰がなんて言っても、世界中が敵に回っても、覚えていて、私だけは貴方達の味方よ! 」
そう言ってアスナは、ツウとヒョウを優しく抱き締めた。
「おう、今帰ったゼ!」
アルゴが蹴破る様な勢いでドアを開け、転がり込む様に入って来る。その後に続いて、キリトが部屋に駆け込んで来た。慌ててツウとヒョウから離れるアスナ。
「チクショー! 負けた! 」
「へっへー、この勝負、お姉さんの勝ちダ!」
何やら勝負をしていた様子の二人は、明暗くっきりとした表情を浮かべ、床に座り込んだ。
「早かったわねぇ、三分かかってないじゃない。」
驚いて声をかけるアスナに、アルゴとキリトは胸を張って答える。
「あったぼうヨ! 」
「秘密特訓の成果だぜ! 」
キリトとアルゴがヒョウと笑顔でサムズアップを交換する、その様をアスナは頭上に『?』を浮かべて見回した。
「なんですって、私が居ないうちに二人だけって、ヒョウ君それ何!? 酷くない!! 」
ミルクプリンをかっ込んだアスナは、開口一番にヒョウを非難した。彼女は自分だけがナンバのレクチャーを受けていない事、それをおくびにも出さなかったヒョウに、激しく不満を覚えていた。
因みにミルクプリンはと言うと、とりあえず調理に成功した。しかし味は極上だが、消費期限が三十秒という非常にタイトな結末に終わっており、全員味わう暇なくかっこむ事と相成った。
「だって言う暇無かったし、それにアスナは大丈夫だよ。」
空になった皿に手を合わせながらヒョウがそう答えると、それでも納得がいかないとアスナが問い詰める。
「私は大丈夫って、どういう事よ!? ちゃんと説明して! 」
「説明も何も、アスナはちゃんと出来てたじゃないか。」
「出来てた……」
「うん、昨日のリニアー見て、そう判断したんだけど……」
合点がいかない様子のアスナに、ヒョウは重ねて説明をする。
「あの舞う様なソードスキルの準備動作、日舞か何かを習っていただろ? 」
「ええ、六つの時からずっと。」
「やっぱり、日本舞踊もナンバの塊だからね。下手に俺が古武術としてレクチャーしたら、折角出来ている物を壊しかねないし舞は武に通ずとも言うから、日舞を意識して活動すれば大丈夫だってアドバイスした方が有効かなって。」
「日舞かぁ〜、何が幸いするか分からないわね……」
ようやく納得のいったアスナは、神妙な顔つきでレイピアを装備すると、即興で日舞を舞い始めた。しなやかに舞うアスナに合わせ、短剣を装備したツウが神楽を舞う。二人は、即興ながら、実に息の合った動きで、美しく艶やかに舞い続けた。
アインクラッドに舞い降りた二人の天女が、窓から差し込む星明かりに照らされ、天上の舞いを披露する。その姿にヒョウとキリトは心を奪われ、それぞれの誓いを胸に新たに刻むのだった。
夜も更け、お互いにフレンド登録を済ませた後、キリトとアスナ、そしてアルゴは「ご馳走様」「お粗末様」「また今度」「ええ必ず」と名残りを惜しみ、ヒョウとツウの部屋を後にした。
「存在自体がシステム外スキルだと思ってたけど、あんな隠しネタを持っているとは思わなかったゼ。」
星明かりに照らされた道を歩きながら、アルゴはしみじみとそう言って振り返り、二人の部屋を見上げる。
「だけど、これで分かった。やっぱりヒー君はあいつだったんダナ……、道理で刀を欲しがる訳ダ。」
一人納得するアルゴに、キリトとアスナは首を傾げて見つめ合う。
「どうしたんだ、アルゴ。」
アルゴはその問いに、質問するという形で答える。
「なぁキー坊、アーちゃんも、三年前のヒースローの事件は覚えているかイ? 」
「えっ、ヒースローの事件……」
記憶を手繰り寄せるキリトとは対照的に、アスナは少し首を傾げただけで、答えにたどり着く。
「爆弾を持った二人組のテロを、日本人の子供が鎮圧した、あの事件かしら! 」
「そうだ! その事件なら俺も知ってる! 刀で立ち向かって、銃弾を斬り落とす映像には、正直唖然としたよ。」
「名前は何だったかしら? 確か、変わった名字だったわね……」
「えーと、何だったかな……」
「祝屋 猛、ソードアーティストと呼ばれた男サ。」
この手の時事に疎い二人が、頭を捻っていると、アルゴが二人の記憶を補完した。
「そう! 祝屋猛! 私はあまり興味が無かったけど、クラスの子達が夢中になっていたわ。」
「家も剣道やってる妹が、茶の間のテレビで祝屋猛の動画を再生して、真剣に見ていた記憶があるぞ。あんまり何回も繰り返すもんで、いい加減にしなさいって母さんに怒られていたな。で、その祝屋猛がどうしたんだ? 」
改めて聞くキリトの目をアルゴは真っ直ぐに見て答える。
「ヒー君は、その祝屋猛なンダヨ。」
「えっ、本当に。」
目を見張るアスナに、アルゴが頷く。
「裏は取れないカラ断言は出来ないガ、九分九厘間違い無いダロウ。」
「……ヒョウ君が、祝屋猛……」
「……」
思わぬアルゴの推測に、二人の部屋の方角を振り返るアスナと、顎に手を当てて考え込むキリト。
「分かっているとは思うガ、口外はしないでくれヨ、二人共。」
「分かっているさ、そんな事。」
「ええ、勿論。」
二人の答えに満足したアルゴは、真剣な面持ちで諭す様に言葉を紡ぐ。
「ヒー君は恐らく、現時点で最強の対人戦闘能力を持っているだろウ。デュエルをやらせたら無敵だろうナ。二人を疑うつもりは無いガ、いいか、絶対にヒー君を敵に回すんじゃ無いゾ。」
「そんなの当然じゃないか! 」
「ええ、当たり前よ! 」
アルゴの発言に、思わず歩を止めるキリトとアスナ。
「二人も大概に存在がシステム外スキルだケド、それはゲーマーとしてだ、でもヒー君は違う、剣士としてシステム外スキルなんだ。」
ゲーマーとして、という文言に激しく抵抗を感じたアスナを目で制し、アルゴが言葉を結ぶ。
「この手のゲームをプレイするプレイヤーは、強い相手を知ると、戦わずにはいられない、という救い難い本能が有るからナ、でも二人がそう言うなら、きっと大丈夫ダロウ。今のはお姉さんの老婆心ダ、忘れてクレ。」
それから三人は暫く無言で歩き続けたが、程なくして、俺っちはこっちだから、じゃーな、とアルゴが闇に消えて行く。
残されたキリトとアスナは、満天の星空の下、家路を急ぐでもなく歩いていた。星のシャワーが、少し前の苦い思いを洗い流す。
「今日は有意義だったね、キリト君。」
「ああ、そうだな、まさかあんな手が有るなんて、思いもしなかった。」
キリトはそう言って、歩きながらナンバの動きを確認する。その姿を微笑んで見ながら、アスナは踊る様な足取りでその後を歩いてついて行く。
「結婚かぁ〜、素敵ねぇ〜」
「なんだ、興味有るのか? 結婚。」
「そりゃ有るわよ、私だって女の子だもん。」
むくれるアスナを宥め、キリトはSAOの結婚について説明する。
「悪い悪い。ゲーム内結婚は簡単に出来るけど、後がめんどくさいぞ。最後まで上手く行けばいいが、性格が合わないとか何とか、離婚する事になったら一大事だからな。結婚したら、お互いの財産が共有になるんだけど、離婚になったら申し込んだ方が財産を放棄する事になってだな……」
前を歩くキリトの背中に向かい、アスナは柳眉を顰めて口を開く。
「ロマンが無いなぁ、キリト君は! 」
「ロマンって……」
「もう、あの二人の事よ! 」
キリトの前に回り込み、アスナは後ろ向きに歩きながら、熱く語り始める。
「いい、キリト君。現実世界では絶対に許されない真実の愛を、あの二人は貫いて結ばれたのよ! 現実世界でどんなに深く愛し合っていても、あの二人はここでしか結婚出来ないの、それがどんな事か分かる!? キリト君! 」
「ああ、中学生同士だもんな、愛し合っていてもそりゃ認められんだろ。」
噛み合わない話に、アスナが苛立つ。
「違う! そんな話じゃ無いの! 二人の関係の話をしているの。いい、二人は姉弟なのにお互いを男女として深く……」
アスナの苛立ちの原因が理解できないキリトは、アスナの言葉に被せて疑問を口にする。
「二人の関係って、お隣り同士で物心つく前から、姉弟同然に育って来た幼なじみだろ? 」
「えっ!? 」
キリトの言葉で、アスナは自分が大いなる早とちりをしていた事に気がついた。その事実に硬直して足を止めるアスナ、彼女の顔は『サーッ』と音がする様に、色を失っていった。その脇を無神経にスタスタ歩き過ぎるキリト。硬直した姿勢のまま、ギギギと首を動かしてキリトを目で追うアスナ。
「……嘘、幼なじみ……」
「ああ、ヒョウからそう聞いたぞ。」
「……そう、幼なじみ……」
アスナの頭が急速回転する。
確かに幼なじみの場合、年下が年上を兄さん姉さんと呼ぶ事が往々にして有るわ、それは私も知ってる。ヒョウ君とツウの関係が実の姉弟ではなくそれに当てはまるのであれば、私が二人にしつこく確認して宣言した事は、えーとえーと、とても恥ずかしい事だったのではないのかしら? ちょっと待って、今さらそんな殺生な、穴が有った入りたいわ、どこかにないかしら手頃な穴は、一生入って暮らしてあげる!! お願い誰か私を助けてー!!!
硬直したまま、真っ赤になって身悶えるアスナに、そんな事とは露知らず、足を止めたキリトが振り返って無神経に声をかける。
「おい、アスナ、いつまで突っ立ってるんだ。置いてくぞ。」
あまりに無神経で呑気な暫定パートナーの態度に、羞恥心の反動からアスナは切れた。
「キリト君の、バカァー!!」
「おわっ! 何だ!? 」
夜空に響くアスナの叫び声と、パシリという乾いた打撃音。しかし満天の夜空に輝く星達は、そっと微笑んで二人を見守っていた。それは脳内に映し出されるデーターの画像とは思えぬ位、優しく温かい煌めきだった。
次回 黒い情念