ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語 作:場流丹星児
「畜生、余計な邪魔をしやがって。」
「何がデュエルだ、ふざけやがって! 」
「なぁ、今晩どうするんだ、サーキー……」
ヒョウ達に絡んでいた三人組は、トールバーナの中心から外れた、寂れた裏道へ身を隠し、ほとぼりが冷めるのを待っていた。
「おい、お前ら、今コルいくら持ってる!? 」
三人組の中で一番小柄ではあるが、不機嫌そうに歪めた口元と、鋭い目つきが印象的な、リーダー格のサーキーと呼ばれた少年が、仲間の二人にやや苛立った口調で聞いた。
「俺は……これだけ……」
角刈りで、肥満気味ではあるが、がっちりとした身体で、等身比はやや頭部比率が高い、ドングリ眼と下膨れ気味な輪郭が特徴な少年、エビチャンがメニューを開いて見せる。
「ふん、これしか無いんか!? お前は!?」
サーキーはもう一人の仲間で、彫りの浅い丸刈り頭の中肉中背の少年、クマにぶっきらぼうに尋ねる。
「俺も、似たようなもん。」
クマの示したメニュー画面を見て、サーキーの口元は更に歪む。
「チッ、こんなんじゃ、マトモに宿も取れねえ! 」
不機嫌な態度を隠そうともせず、苛立ちに任せて袋小路の壁を蹴って吐き捨てるサーキー。壁の一部でも崩れたら、彼の溜飲も少しは下がったのかも知れないが、虚しく浮き上がる『イモータルオブジェクト』の文字が、心のささくれを倍加する。
「畜生! 邪魔さえ入らなければ、祝屋の野郎から幾らかせしめられたかも知れねえのによ! 」
苛立ち荒れるサーキーを宥めるように、エビチャンが恐る恐る声をかける。
「本当そうだよな、そしたら今頃、美味いもん食って宿で寝てたかも知れねえのに、で、これからどうする? 稼ぎに狩りでもするか? 」
サーキーはエビチャンの提案に目を剥いて、口調を荒らげる。
「今からそんなかったるい事やってられるか! 」
彼等のレベルは今サーキーが九、エビチャンとクマがそれぞれ七で伸び悩んでおり、夜間帯にトールバーナ周辺に出没するモンスターを狩るには心許ない数値だった。それでも単体のモンスターなら、上手に連携をすれば相手になるはずだが、彼等には無理で有った。何故なら彼等は口を動かす事に比べ、手を動かす事ではお世辞にも良い連携が取れるとは言い難いからだ。その理由はサーキーのプレイスタイルに有る、彼は初撃を自分で買って出るのは良いが、すぐにスイッチで後ろに下がり、モンスターが虫の息になった所で強引に割り込み、ラスを奪っていくのだ。この美味しい所だけ持って行くプレイスタイルで、サーキーは仲間の二人よりもレベルが上がったが、潜在的ヘイト値『不満』を同時に貯めてしまい、効率的な連携が取れなくなってしまったのだ。
本来ならば、いつ崩壊しても不思議ではない三人組の関係が保っているのは、現実世界からの腐れ縁である。現実世界でもつるんで弱そうな者に言いがかりをつけ、無理を通して楽しくやってきた因縁が、今もこの三人組を結びつけていた。しかしアインクラッドでは、それも通用しなくなりつつある。そんな事は当然である、そもそもここは学校では無いのだ、学校では通用するクラスカーストも、不良の屁理屈も通用する筈が無いのだ。強引に無理を通せば、自分の居場所がなくなっていく現実で、それでも彼等を結びつけていたのは、共通の敵がこのアインクラッドに存在する事実である。ヒョウこと『祝屋 猛』存在が、この崩壊寸前の三人組を尚強固に結びつける原因だった。
「じゃあ、はじまりの街に戻るか? あそこならコルが無くても眠れる場所が有るから……」
「馬鹿野郎! そんなダせぇ事出来っかよ!! 」
サーキーはクマの発言に激しく噛み付いた、それもそのはず、彼等は籍を置いていた『MTD』と喧嘩別れしてはじまりの街を飛び出して来たのだ。
MTDとは、現実世界でMMO雑誌の編集をしていた、シンカーという男の提唱で発足した組織である。ソードアートオンラインという、完全フルダイブ環境の『VRMMO』という未曾有のRPGは、廃ゲーマーと呼ばれる重度のプレイヤーだけでは無く、それまでゲームという物に全く興味の無かった者までも虜にする魅力を持っていた。
従って、このゲームがデスゲームである事を告知された後、何をして良いか、どう動くべきか分からないゲーム素人達は、あっという間にコルを使い果たし、路頭に迷う事となった。そんなゲーム素人達を救済して、MMORPGの世界で生きていく術を伝授する事を目的として、シンカーが立ち上げたのが、このMTDである。
そんなシンカーの博愛精神に感動した茅場晶彦が、毎日の運営費を支給して援助をしたという事実は寡聞にして聞かない。MTDの運営は参加した者からの上納によって賄われていた。
例の三人組は、重度のプレイヤーとは言い難いが、それでもゲーム素人とは程遠いプレイヤーなのだが、かえってそれが災いとなる。三人組は、はじまりの街周辺の雑魚モンスターを数体倒した事で天狗となり、ソードアートオンラインというゲームを完全に舐めてしまった。
「俺達なら、このゲームをクリア出来るんじゃね。したら俺達ヒーローじゃん! 」
気宇壮大とは程遠い、無謀な思い込みを抱いた彼等は、泣け無しの初期支給のコルで一ランク上の装備を整え、ポーションを買い漁り、ヒーローとなるべくはじまりの街を出発した。途中出会った雑魚モンスターを、こんな奴は俺達が戦う相手じゃねえと、手近にいたプレイヤーになすりつけ、フィールド奥に進み、初めてお目にかかる蜂型のモンスターに挑み、散々に負けたのだ。経験不足の彼等は、蜂型モンスターのトリッキーな空中攻撃に対応出来ず、翻弄された挙句、毒状態となり、命からがらはじまりの街に逃げ込んだのだ。無論逃げる間にポーションを使い尽くし、見事なまでに無一文となった三人組は、揃ってMTDの門を叩く事となった。しばらく大人しくしていた三人組だったが、慣れてくるとだんだんと本性が頭をもたげ、馬脚を現す事となる。彼等は支給される事を喜んでも、上納する事は御免だった。MTDでは、狩りに出る実力を持たないプレイヤーは、ソードスキルを自然に出せるまで練習させ、ある程度の実力を身につけた者は護衛を伴い狩りに出て、最終的には独り立ちをさせるという流れで援助を行っていた。無収入の練習期には、一日分の食費を支給する代わりに、狩りを始めたら、得られたコルの内、食費を引いた分の残りから三十パーセントを上納する、というシステムを取っている。元々我欲が肥大気味で、抑制する事が出来ない三人組は、やれ支給額が少ない、上納が多過ぎると騒ぎ出した。 そんな三人組に、根気よくシンカーは、彼等が門を叩いた時に説明した、MTDの理念と、それに基づくシステムを何度も説明する。しかし、三人組にシンカーの誠意は伝わらない、三人組にはシンカーの誠意を受け取るつもりなど全く無く、会員の待遇改善と嘯き、自分達の特別扱いを求め、相手をすればする程声高に主張し始めた。
これは三人組があちら側の世界の中学校で、教師やクラスメイトを相手に無理を通す時に使っていた手段、ゴネ得を狙った反対する為の反対である。交渉相手が辟易となり、折れて首を縦に振るまで続けられる、議論とは言い難い一方的な難癖であった。要する、母親にデパートやスーパーに連れられた幼児が、玩具売場やお菓子売場で、おもちゃ買ってお菓子買ってと、床に寝転がって両手両足をバタバタ動かすあの行為と根底は同じである。
しかし、ここはアインクラッドである、現実世界の中学校ではない、そしてシンカーは授業の進行を気にする教師でも、彼等を恐れるクラスメイトでもない。ましてや世間体を気にする母親でも無い。
MTDの維持と、より多くの者の現実世界への帰還を期するシンカーは、ガキンチョの駄々に屈する事無く、また見捨てる事無く懇切丁寧に諭し続けた。そのシンカーの誠意ある態度が、現実世界の融通の効かない先生の姿とダブり、ますます不満を堆積させていく。そんな三人組に、やがて我慢ならない事件が起きる。MTDの協力者だという男が、シンカーの元にふらりとやって来て、秘書のユリエールを交えて三人でなにやら話し込んでいた。その男を遠巻きに目にした三人組は一瞬目を疑った、そしてその心中に激しい敵意が燃え上がった。その男は現実世界の中学校で、自分達と対極の存在として比較され続けてきた不倶戴天の敵、祝屋猛ことヒョウであった。この時彼等はヒョウもこのアインクラッドに囚われていた事実を初めて知ると、ヒョウもMTDの世話になりに来たのだと勘違いし、早速難癖をつけに来た。
おい、祝屋、あっちの世界では世話になったな、こっちの世界ではでかいツラはさせねえぞ。どうせ真面目人間のお前には、ゲームなんか満足に出来ないだろう、俺達が面倒見てやるから出すモン出しな!
話の腰を折って乱入した三人組を一瞥し、何だお前らも居たのか、そりゃ御愁傷様とあしらって、シンカーと話を続けるヒョウに苛立ち、喚き散らす三人組を、ユリエールが「君達、いい加減にしなさい! 」とつまみ出した。
そして三人組はユリエールから、ヒョウは効率的なレベリングの為の狩り場情報やマッピングデータ等を無償で提供してくれる、MTDの貴重な協力者である事を聞かされた。
「それにヒョウ君は、第一層ボス攻略戦に参加した猛者なのよ。恐らくレベルは十の後半は行っているでしょう、君達程度が束になっても、敵う相手じゃ無いの! 」
今日は貴重な第二層の狩り場情報とクエスト情報を伝えに来てくれたの、邪魔をしないでちょうだい! ユリエールはそう言葉を締めくくった。
屈辱感に歯軋りをする三人組の元へ、シンカーとの話を終えたヒョウがやって来ると、オナ中のよしみと言って、あのドナドナクエストの情報を伝えて帰って行った。
シンカーから三人組の問題行動を溜息交じりに聞かされたヒョウは、身の程を知れという意味でクエスト情報を教えたのだが、敵対心対抗心に燃える三人組に、そんな事を理解出来る道理は無かった。アイツに出来る事なら、俺達に出来ない訳が無い、直ぐに追い越して吠え面かかせてやる! と、その夜勝手にMTDを脱会して現在に至る。
「今さらあんな所に帰れるか! おい、行くぞ! 」
サーキーは連れの二人を追い立てる様に路地裏から出ると、人通りの少なくなった目抜き通りの安い宿屋に、コルを出し合って一夜の寝床を確保した。とはいえ、三人合わせて借りられたのは、ベッドが一つ有るだけの一人部屋だった。
部屋に入るなり、サーキーは倒れ込む様にベッドを独占した。その様子を溜息交じりに確認したエビチャンとクマは、疲れ以外のエッセンスを含む、何とも言えない表情を浮べ、沈み込む様に椅子に身体を預けた。
「何だ! お前ら文句有るのか!? 」
二人の行動に、反抗的な感情を鋭く察知したサーキーが問い質すと、二人は軽く目を合わせ、別に、何もと言葉を濁して目を閉じた。
「良いか! 俺達をこんな目に合わせたのは、あの祝屋なんだ! 恨むんなら、奴を恨め!!」
そう吐き捨てると、サーキーはカバっと毛布を被って目を閉じた。サーキーの言葉を、目を閉じたまま聞いていたエビチャンとクマは、そうだったと納得する。俺達が今こんな惨めな思いをしているのは、ガセを掴ませたアイツのせいだ! 今に見ていろ、いつかきっとギャフンと言わせて這いつくばらせてやる! そう思い直す事で、現状の不満を押し流し、無理矢理眠りに就いたのだった。
危うい均衡を保ったまま、三人組が崩壊しない原因がここにあった、何はともあれサーキーにはリーダーの資質が有り、他の二人にはそれが無いという事だ。誰かに道を示して貰わないと、やって行けないエビチャンとクマは、今はサーキーについて行くしかないと本能的にそう判断していたのである。
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