ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語   作:場流丹星児

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第八話 幕間喜劇

 第十三層のボス攻略は、攻略会議が始まった時点で、既に崩壊が確定していた。攻略メンバー達が、なす術なく魔女の大釜の中で煮られている様な現在の状況は、あくまでもその追認でしか無い。それを頑なに認めない者も一部存在するが、それを糾弾して認めさせた所で、何ら状況の改善には繋がらないので、ひとまず脇に置いておく。というか、そんな暇があるのならば、ここのフロアボスの攻撃を避けるなりガードするなりする方が、余程有益な行動であるというのが、大多数の見解だった。

 ただ一つはっきり言える事は、現状のまま戦況が推移すると、レイドが確実に全滅するという、誠に楽しからざる未来が確定している事である。しかし、人間という生き物は、この期に及んでなお愚かな生き物であった。《アインクラッド解放隊》リーダーのキバオウ、そして《ドラゴンナイツ》リーダーのリンド、共に撤退しか無いと理解しているにもかかわらず、出発前の経緯が有ってか、この期に及んでなお意地とメンツを張り合っている。相手が撤退を提案すれば、それに乗ってやるが、自分からは口が裂けても言い出せないと、お互いに「早く言えよ」と目で牽制し合っていた。

 

 その様子を遠目で確認したエギルは、口いっぱいの苦虫をまとめて噛み潰す。

 

 馬鹿野郎共が、お前さん達の意地とメンツに付き合わされて、全員が生命の危機に晒されているんだぞ! お前達が出発前に、余計な荷物を捩じ込んだせいでこのザマだ! あの三人をトコロテン扱いしたせいで、レイドはフロアボスに蹂躙され続けている。あの三人は並のトコロテンでは無いんだ、一人一人が不利な戦況をもひっくり返す火力を誇る最強のダメージディーラーなんだ。少なくとも、そこで震えて何の役にも立たない三人を突き棒にして、押し出していいトコロテンでは無い。

 

「なぁ、エギルさんよ、これってひょっとして、相当ヤバいんじゃねえの!? 」

 

 今回初参加の野武士顔の男、クラインが尋ねてきた。

 

「まぁな、いつもの事だ。」

 

 答えながら、エギルはクラインの動きを観察する、目が忙しなく動いて状況確認を密にしている、しっかり手も足も状況に応じて的確に動かしている、その上話す言葉に余裕があるのが良い、ウン、コイツは拾い物だ、キバオウが連れてきた三人組とは雲泥の差がある。

 

「へぇー、マジかよ。これがいつもの事ってぇと、それでいて苦戦してるのは、いつもの事では無い何かが有るってこったな? 」

「ああ、あの三人が居ない。」

「あの三人つうと、キリト達の事か? 」

「御名答。」

「へぇー、あのキリトがね……、ふぅーん……」

「気持ち悪いな、どうしたんだ。」

 

 戦いに集中しながらも、器用に物思いに耽るクラインに、手を動かしながらエギルが怪訝な表情を向けた。

 

「あっ、ひでぇ言い方! いやな、俺はキリトの奴と、ちょっとした関わりがあってな。でよ、なんちゅうか、あのキリトがボス攻略を左右する、すげー奴になってるなんてよ、そいで頼りにしてくれる奴がいるなんて、ちょっと嬉しくなってな。そうか……あのキリトがね……。ぐぇへへへへ………」

 

 顔を締まらなくニヤつかせて語るクラインを見て、エギルは腹を決めた。コイツは気持ち悪いけどいい奴だ、後々攻略組に必要な男になるだろう、こんな所で死なせる訳にはいかない。それにもうとっくに潮時は過ぎている。

 

「おい、いつまで意地を張っているんだ! 」

 

 エギルの良く響くバリトンが、ボス部屋に木霊した。

 

「なんやて! ワイのどこが意地張ってるって言うねん! 意地張ってんのは、リンドはんの方や! 」

「キバオウさんはともかく、私は意地なんて! 」

 

 お互いに同時に言って、ふんと顔を背ける。その様子を目の当たりにし、エギルはやれやれと顔を顰める。

 

「あんた達のどちらからも言い出せないのなら、俺が言ってやる! これ以上戦うのは無意味だ、撤退を提案する。」

 

 エギルの提案に、攻略組二大巨頭は二者二様の態度を取った。

 

「撤退か、やむを得ないか……」

「何言うてんねん! こっからや! こっから! 」

 

 船頭多くして船山に登るか。

 

 この二人の態度に、エギルは呆れるのを通り越して悲しくなった。リンドの態度は、進言を受け容れて苦渋の決断をしたという形を取り、撤退は自身の怯懦によるものではない事、自分はギルド以外の人物の言にも耳を傾ける器の大きな人間である事、その二つをアピールしている。キバオウの態度は論外である、徹底抗戦を主張する事で、己の勇を示し、敗北責任を回避するのが目的だ。

 エギルは心の中で天を仰ぐ、今までが出来すぎだったのだ、この十三層までのボス攻略で、出た犠牲者は第一層でのディアベルだけだ。それ以降は大きなピンチも有るには有ったが、奇跡の逆転で犠牲者ゼロでここまで来ている。エギルはそのせいでこの二人は慢心しているのだと、そう理解していた。前人未到の八層攻略も、慎重に進めたとはいえ、一層に費やした二ヶ月という時間に比べれば、露にも等しい。そして八層から先は、元ベータテスターの知識の及ばない場所である。彼等は今まで誰が奇跡を起こす契機を作っていたのかを忘却の彼方へ押しやり、これからは自分達の出番だとはしゃいでいた。そして、以降の攻略のイニシャチブを握る争いを激化させている。それは水面下だけではなく、攻略会議や実際の攻略中にも公然と行われている、そのせいで要らないピンチを何度招いた事か。

 この二大体制は行き詰りつつある、元ベータテスターへの敵愾心で成り立つ二大ギルドは、八層攻略と共にその役割を終えたのだ。

 エギルは苦い思いを頭の片隅に追いやり、この場の全員の生命を救う為に、石頭二人に一喝する。

 

「まだ犠牲者が出てない事自体が奇跡なんだ! 死人が出てからじゃ遅いんだゾ! それとも何か!? ディアベルがこんな事を望んでいるとでも言うのか! おい! 」

「「!! 」」

 

 ディアベル、その名前に二人は激しく反応する。

 

「ディアベル……」

「ディアベルはん……」

 

 唇を噛み締めた二人の指導者は、異句同意の指示を出す。

 

「撤退だ! ボスに背中を見せずに警戒をしながら、ゆっくり戦線を下げろ! 」

「撤収や! 仲間見捨てんやないで! ジブンだけさっさと逃げ出す奴は、後であんじょうシバイたるから覚悟しぃ! 互いのフォロー忘れんな!」

 

 二人の撤退指示で、浮き足立っていたレイドは徐々に落ち着きを取り戻し、粛々と撤退戦を開始した。そうして誰一人欠ける事無くボス部屋から脱出する事に成功した。

 

 《ザ・デンジャラス・アームド・キャタピラー》

 

 脱出間際に見たこの部屋の主が、嘲り笑っている様に見えたのは、気の所為だろうか?

 

 こうして第十三層ボス攻略は失敗に終わった、その中で犠牲者が一人も出なかった事は不幸中の幸いである。

 

 攻略に失敗した一行が、危険な迷宮区を抜けて主街区にたどり着くと、キバオウとリンドが盛大に罵り合いを開始した。

 

「だから私は反対だったのだ! そんな実力も知れない連中をレイドに入れるのは! 」

「何やて! あの三人ハブるちゅー事で、乗り気やったのは、そっちやったやないけ! 」

「ハブるのでは無い。あの三人に頼らずとも、ボス攻略を進められる戦術を構築する必要があると、そう言っているんだ! 」

「それをハブる言うんじゃ! 」

「攻略組メンバー全員のレベルの底上げの必要性を、そんな汚い表現で貶めるとは、どこまでも腐り果てた奴だな! 」

「何やて!」

「何を!!」

 

 この二人はもう駄目だ、元々器では無かったのだ、エギルは今後の攻略に憂いを覚え、今ここには居ない、器足りうる三人に思いを馳せた。

 

 さて、時間を今から四十八時間程巻き戻す、このように無様な幕間喜劇が起きた顛末は、その時行われた攻略会議に起因する。

 

 えーっと……、あんの野郎、何処に居るのかな……

 

 野武士顔で赤バンダナが目立つ痩身の男が、所在無さげにキョロキョロと辺りを見渡す。

 

「おう! キリト! 」

 

 探していた人物を見つけ出したバンダナ男は、人懐っこい笑みを浮かべて声をかけた。すると、対象の人物の他に、数名の人物が眉間に皺を寄せて、盗み見る様にこちらをうかがっている。

 

「クライン! お前生きてたんだ!! 」

 

 クラインと呼ばれた男は、不快な視線を無視し、ブラックな挨拶をしてきた友人に歩み寄った。

 

「へへへ、あったりめぇよ! この俺様がくたばるかってえの!! 」

「同感だ、お前は殺されたって死なないよな! 」

 

 二人は肩を抱き合い、互いに拳をグリグリ押し付け合うという、手荒な挨拶を交わして再会を喜ぶ。ひとしきり笑い合った後、急に真剣な眼差しでクラインはキリトを見据えた。

 

「待たせたな、やっと追いついたぜ、キリト。お前のお陰だ。」

 

 キリトも表情を改めて応える。

 

「いや、俺は何もしていない。ここに追いついて来れたのは、お前の力だ、クライン。」

 

 二人は拳を合わせ、改めて再会を喜び合った。

 

「それよりオメェ、このトゲトゲした視線は一体何なんだ、おい。」

 

 声をひそめて問い質すクラインに、諦めの笑顔を浮べ、キリトが答える。

 

「まぁ、いつもの事だよ。分裂と合体を繰り返す悪のビーター軍団に、またしても新メンバーが加入か!? ってとこかな。」

「何だそりゃ!? プロレスか!? 」

 

 クラインの反応が少しツボにハマったキリトは、軽く笑って話題を変える。

 

「まぁ、似たようなもんだ。紹介する、こっちがビーター軍団二号のアスナ、そしてこっちは同じく三号のヒョウだ。アスナ、ヒョウ、コイツはビーター軍団見習い候補の補欠、クラインだ。仲良くしてくれ。」

 

 キリトのブラックな紹介に柳眉を吊り上げながら、アスナがクラインに自己紹介をする。

 

「もう、キリト君、変な紹介しないで! 初めまして、クラインさん、アスナです、よろしく。」

「こちらこそ、よろしくお願いします〜、お嬢さん。」

 

 アスナが笑顔で会釈をすると、途端に鼻の下をだらしなく伸ばすクライン。

 

「ヒョウです、どうぞ、よろしく。」

「おう、よろしくな! で、おい! 」

 

 クラインはキリトとヒョウの肩に手を回し、意味ありげな含み笑いを浮かべて聞いた。

 

「どっちが付き合っているんだ、なぁ。」

「そんなのじゃありません! 」

 

 明らかに面白がっているクラインに、真っ赤な顔で即座に否定するアスナ。

 

「なんだ! お前等! 奥手にも程があるぞ! こんな可愛い女の子を前に口説かないなんて、アスナさんに失礼だろう!? 」

 

 周囲で密かに聞き耳を立てていた男性陣が、心の中でガッツポーズを取っているとは知る由もないアスナが、更に大声で取り繕う。

 

「キリト君はともかく、ヒョウ君はとっても素敵な人とゲーム内結婚をしているんです、付き合うとか、変な事言わないで下さい! 」

「結婚!? 」

 

 アスナの言葉に目を剥いたクラインは、素っ頓狂な声をあげてヒョウを見つめるる、そしてあちゃーと片手で頭を抱えるヒョウにズンズンと詰め寄り詰問する。

 

「そりゃ本当か!? 相手は、相手は……その……、どんな奴なんだ! お兄さん、怒らないから、ほれ、言ってみろ。」

「スーパー美少女! 」

 

 どう答えるべきか、困惑するヒョウに代わり、キリトが間髪置かずに答える。クラインは涙目でキリトを見やり、続いて確認の為にアスナを見ると、彼女は得意気にウンウンと頷き、Vサインで畳み掛ける。

 

「スーパー美少女!! 」

「ぬぁにぃ〜! スーパー美少女だとぉ! 」

 

 ここに居る野郎全員の、ヒョウに対するヘイト値が上がる。アスナ程の女の子が自信を持って『スーパー美少女』と称する娘は、果たしていかほどの美少女だろうか? 男達が想像力を膨らませている最中、キリトを中心とする四人に向けて、バリトンの美声がかけられる。

 

「よう、今回も頼りにしてるぜ、御三方! 」

 

 四人が声の主に目を向けると、そこには愛嬌のある笑顔を浮かべる、浅黒い巨漢が立っていた。

 

「出たな! 悪のマネージャー! 」

「悪のマネージャー? 何だ、そりゃ? 」

 

 何のジョークだとおどけて見せるエギルを、キリトがクラインに紹介する。

 

「聞いて驚け、クライン。コイツが悪のビーター軍団を影から操る恐怖のマネージャー、その名もエギルだ。」

「おいおい、なんて紹介してくれるんだ、キリト、誤解されたらどうする。」

 

 茶目っ気たっぷりの口調で紹介するキリトに、一応ツッコミを入れながら、エギルは陽気な態度でクラインに右手を差し出す。

 

「よう、只今紹介に預かったエギルだ。マネージャーの部分は間に受けないでくれよ。クラインだったな、これからよろしく頼むぜ! 」

「うす、クラインっす、よろしくお願いするっす。」

 

 エギルとは対照的に、意気消沈して、差し出された右手を握るクライン。

 

「どうしたんだ、おい? 」

「さあ? 」

 

 覇気の無いクラインの自己紹介に、エギルは頭を捻ったが、キリトはとぼけてそっぽを向いた。そんなキリトを咎める様に睨んで、クラインは心からの願いを叫んだ。

 

「キリトよう! ゴツい男なんかいいから、可愛い女の子を紹介してくれよ! 頼むよぉ!! 」

 

 口笛を吹いて、無視を決め込むキリト。笑いを噛み殺すのに必死なアスナ。慰める様にクラインの背中をポンポンと叩くヒョウ。要らないゴツい男呼ばわりされ、目を剥いたエギル。四者四様の態度を見せた所で、会議場の円形劇場風の広場は俄にざわつき始め、皆が舞台上を注目した。キリト達五人も壇上を注目すると、威を放つ様に辺りを睥睨しながらキバオウが、内に秘めた闘志を滲み出す様に真っ直ぐ前を見据えながらリンドが、それぞれ真逆の態度で姿を現した。

 

「今回もぎょうさんワイの呼びかけに集もうてくれて感謝するで、おおきにな! 」

 

 キバオウが右腕を突き上げて、吠える様に攻略会議に集まった面々に言うと、緑色の装具を身に着けた一団が応と答えて盛り上がる。しかし、大半の参加者はそれには同調せず、また始まったよと、白けた目で彼等を眺めていた。

 

「何や! 元気が無いのぉ! ほんなんじゃボスは倒せへんでぇ! 」

 

 壇上で苦笑いするキバオウに、参加者の誰もが心の中でツッコミを入れる。

 

「リンドと持ち回りでやってる癖に、よく言うよ。」

 

 攻略会議の呼びかけは、二層攻略時より、ドラゴンナイトとアインクラッド解放隊が交互に行う事が定例化している。これは現在の攻略組の勢力が、ドラゴンナイトとアインクラッド解放隊で過半数を占め、彼等に匹敵する第三勢力が存在しない事に起因する。ドラゴンナイトとアインクラッド解放隊は、互いに勢力拡大に邁進し、競い合い敵対しあっていたが、この手の既得権益を守る事では協力し合い、それが理由で他の攻略組メンバーから白眼視されていた。他にもマッピングデータの供出の強要、レベリング狩場の独占、他パーティーの狩りに乱入し、強引にラスを奪うという横暴が頻繁に行われ、八層攻略後辺りから急速に求心力を失っていった。こうして二大ギルドの勢力拡大は頭打ちとなり、ある時は互いに足を引っ張り合い、ある時は新興勢力の台頭を共闘して潰すという、程度の低い予定調和の馴れ合いを続けていた。

 

 二大ギルドに属さない少数派が密かに期待していたのが、キリト、アスナ、そしてヒョウの三人である。実はキリトは自分が思っている程、攻略組の中では嫌われてはいない。逆にその実力とあいまって、ダーティーヒーロー的な隠れ人気を誇っていた。アスナは出会った時のキリトが直感した通り、攻略組メンバーの希望の光となりつつある。そしてヒョウはと言えば、派手さは無いものの、黙々と自分の役割を的確にこなす姿に共感を得ており、要所で垣間見せる、ソードスキルに頼らない卓越した剣技でボス攻略を巧みにリードしていく姿に魅せられる者は少なくなかった。

 

 率直に言うと、彼等は口と実績が余り一致しないリンド、キバオウよりも、若くとも能力的にも実績的にも、攻略組で頭一つ以上抜きん出る三人の方が信用できると肌で感じていたのだ。もっと口かさなく表現すると、自分達をより確実にボス攻略から生還させてくれる人間はどちらか? その答えが明白になった、と言う事だ。

 

 三人に攻略ギルドを結成する気は無いのか!?

 

 少数派の面々の目下の関心事はそれであった。もし三人が立てば、喜んで馳せ参ずる覚悟を決めてはいるものの、肝心の三人に一向にその気配は無い。

 ある少数派の命知らずが、無謀にも三人にその気が無いのか確認した、その時キリトとヒョウは片眉を釣り上げて質問者の顔を一瞥し、次にお互い深刻な顔で首を傾げた。二人は意外な質問に驚き、どう答えるべきかと思案したのだが、質問者が虎の尾を踏んだと勘違いをして、すんませんでした、ごめんなさいと言って逃げ帰ろうとしたまさにその時、女神アスナが降臨した。

 

「ごめんなさい、私達、皆さん達よりもずっと年下で、目上の人達を差し置いて上に立つなんて、今は考えられないんです。そんな訳で、今すぐ攻略ギルドを結成する事はありません。」

 

 この神託を受けて帰った質問者は、少数派の仲間に女神の言葉を預言すると、彼等が次に期待したのが三人と親しい大人のエギルである。

 彼等は二大ギルドの頭にも堂々と直言できる、あの禿頭の巨人ならば、三人の後見人としてこれ以上の人物は居ない、彼がギルドを立ち上げればと相談を持ちかけた。しかし彼の返事も芳しい物ではなかった。

 

「何だって!? それが出来ればとっくにやってるさ。でもなぁ、当の三人がギルドに全く興味が無い様なんだ。仮に俺が攻略ギルドを立ち上げても、おめでとうの一言だけで、参加なんてしないだろうよ。」

 

 そんな訳で、現在彼等はぼぞを噛みながら、今は雌伏の時と、二大ギルドの横暴に耐え忍ぶ日々を送っていた。当然その動きは、二大ギルドも掴んでおり、警戒もしていた。そして二大ギルドは今回の第十三層攻略会議において、その動きを看過出来ぬ物として予防攻撃を仕掛けてきた。

 偵察戦で明らかになったボスの特徴、戦術、それに対する攻略組の布陣、戦術が討論、検討され、話がレイドに参加するメンバーのパーティー分けの段階になった時、壇上のキバオウとリンドから、会議を揺るがす特大の爆弾が投下された。

 

「ほいから、今回のボス攻略は、キリトはん、アスナはん、ヒョウはんの三名には、外れてもらお思うとる。」

「別に三人に含む所は無いんだ、今までの三人の働きには我々も大いに感謝している。しかし、いつまでも三人に頼りきってボス攻略を続けていくと、いつか必ず破綻する。そう我々は危惧しているんだ。」

「そんな訳で、今回のボス攻略は外れてもろて、ワイらだけでどんだけ出来るか、どう戦術を組み立てたらええか、その検証をしようっちゅう事や! 」

「そういう事で、理解して頂けると有難い。」

 

 この二人の発言に、少数派攻略組メンバーの間に動揺とどよめきが走る。コイツらはここまでして手柄を独占したいのかと、呆れるのを通り越して哀しくなった。含む所は無いと言う発言が、含む所アリアリである事の裏付けではないか。

 

「ちょっと待ってくれ! 」

 

 堪らずエギルが口を挟む。

 

「そういう事なら、偵察戦で充分検証出来る筈だ! この三人を外す理由にはならないだろう! 」

「偵察戦は所詮偵察戦や! 本チャンの緊張感に欠けるさけ、検証にはならんのや。」

「肝心の本チャンで、火力不足に悩まされ、生命の危機に晒されるのは御免被りたい! 再考すべきだ! 」

 

 語気を荒らげて詰め寄るエギルに背を向けて、取り合うつもりは無いとばかりに、キバオウは小指でハナクソをほじりながら答える。

 

「何を怖気付いとるんでっか、エギルはん。ワイらかてあんじょう強なってるはずでっせ、ちびっと火力が減った所で、その分時間がかかるだけの事やおまへんか、心配する事あらしませんて。」

「そんな無責任な! 」

 

 掴みかからん勢いで、エギルがキバオウに向かうと、リンドが間に入ってエギルの相手をする。

 

「この件については、我々で充分話し合った結果なんです。御理解頂きたい。」

「では問うが、何故その話し合いに我々は呼ばれなかったのだ、我々はボス攻略の同士であり、あんたらの配下では無い、充分に参加資格はある筈だ。何時からボス攻略は、二大ギルドの支配下になったんだ! 」

 

 エギルの主張に、少数派攻略組メンバーが大いに頷き、壇上のキバオウとリンドにブーイングを飛ばす。

 

「そないに文句が有るなら、あんさんが攻略会議を呼びかけたらよろしいんやないか、エギルはん。まぁ、それで人が集まればの話やけど。」

「何だと! 」

 

 キバオウの暴言に目を剥くエギル、多数派の余裕に勝ち誇った目でほくそ笑むキバオウ。

 

「しゃーないな、ほんじゃコレも偵察戦のつもりでやりゃあーええやろ! それで納得しいや、のう、エギルはん。」

 

 余りにも無責任なキバオウの発言に、少数派攻略組メンバーは口々に「やめたやめた! 」「やってられるか! 馬鹿野郎。」と席を立って行った。

 多数派の横暴に愛想を尽かし、去って行く彼等を見送り、エギルは感情を抑えキバオウ、リンドを見据える。

 

「今回は俺も降ろさせて貰う、自分の生命をベットしてる以上、勝ち目の無い勝負は出来ないからな。」

 

 三人を伴い、会議場を後にしようとしたエギルに、壇上の二人は更なる煮え湯を飲ませる。

 

「いや、待って頂きたい、エギルさん。」

「話し合う事など、もう無い筈だが。」

 

 眼光鋭く、エギルがそう言うと、今までとは打って変わって、わざとらしい人の良い笑みを浮かべたキバオウが、宥める様な口調で話しかける。

 

「そう言いなはんな、エギルはん。実は、エギルはんを見込んで、頼みが有るんや。」

「頼みだと。ほう、この期に及んで頼み事とは恐れ入る、分かった、聞くだけ聞いてやろう。」

「流石エギルはん、話が早い。」

「但し、聞くだけだがな! 」

 

 エギルの不遜とも取れる毅然とした態度に、キバオウは不快感を誘発する粘着質の笑みで答えた。

 

「実はな、エギルはん、今回は戦術云々もそうなんやが、ワイら攻略組メンバーの層も厚うせなならん時期に来てる思うとるんや。」

「それがどうした! そんなものは、お前達が既得権益をでっち上げ、ボス攻略を私物化しなければ、おのずとして厚くなる! 」

 

 エギルの鋭舌に一瞬鼻白んだキバオウだが、ふてぶてしくニヤリと笑って聞き流す。

 

「何や聞き捨てならん事言いよったけど、ワイは心が広いさかい、捨て置いてやるわ。まぁこっから本題なんやけどエギルはん、今回はコイツらの面倒見てやって貰えへんやろうか? 」

 

 キバオウが目配せすると、アインクラッド解放隊の一団の中から、三人の少年が歩み出て彼等の所にやって来た。その姿を見て片眉を上げるヒョウ。

 

「キバオウさん、何か用っスか? 」

 

 その声を聞いて、キリトとアスナが絶句した。やって来た三人は、かつてヒョウとの知己を得るきっかけとなった三人であった。

 

「おう、よう来たな。エギルはん、コイツらはサーキー、エビチャン、クマって言ってな、ワイが目ぇか掛けとる三人なんや。ええ面構えでっしゃろ。今回はそこの三人やのうて、コイツら面倒見てやって欲しいんや。」

「断る! 」

 

 即座にきっぱりと断ったエギルに、キバオウは一見媚びる様な口調、その実獲物を嬲る様な口調と目つきで依頼の形を取った強要をする。

 

「そんないけずを言いなはんな、エギルはん。余り分からん事言っとると、この先のボス攻略戦、参加できひん様になりまっせ。」

「何!! 」

 

 エギル、キリト、アスナ、そしてヒョウの顔色が変わる。

 

「あんさん等も見たばかりやろ、反対する言うても、席を立つ事位しかできひんのやで。その気になれば、ワイら二大ギルドでレイドは成立するんのや。それが何を意味するか、分からんエギルはんじゃ無いやろう。」

「なんて卑怯な!! 」

「ああ、エギル! こんな奴の言いなりになる必要は無い、帰ろう! 」

 

 エギルが答える前に、キバオウの権能ずくめの横暴に憤ったアスナとキリトが結論を出した、だが。

 

「エギルさん、俺からも頼みます、コイツらの面倒、見てやって下さい。」

「何だって!? 」

 

 意外な事に、ヒョウがエギルに三人の面倒を見る様に頭を下げたのだ。キリトとアスナはヒョウの腕を掴んで、翻意を強く求める。

 

「おい、ヒョウ、お前自分が何を言っているのか分かっているのか!? 」

「そうよ、あの三人はあなたを平気で貶める様な人達なのよ! 気にする事なんて無いわ! 」

 

 キリトとアスナの言葉に、ヒョウは目を閉じて首を左右に振った。そしてゆっくりと目を開けると、莞爾とした微笑みを浮かべながら、エギルの目を見据える。

 

「そんな奴らでも、あいつらは同じ学校のクラスメートなんです。今回だけで良いんです、無理にとは言いませんが、どうかお願いします、エギルさん。」

「お前なぁ、お人好しにも程があるぜ、ヒョウ。一個貸しだからな。」

 

 頭を下げるヒョウを、やれやれと言った表情を浮かべ、ため息混じりに了承するエギル。済まなそうに微笑んだヒョウは、続いてクラインに目を向けた。

 

「クラインさんはどうしますか? もしボス攻略に参加するなら……」

「分かった分かった! 皆まで言うな、ヒョウ! 俺に任せとけって、確かにあいつらはいけ好かねえけどよ、俺ぁ、お前えがいい奴だって分かって嬉しいよ! なんにも言うな! なぁ。」

 

 クラインはヒョウの肩を乱暴に抱くと、頭をワシワシと撫で回して了解した。

 

「話は決まった様やな、ほな集合は明後日や、遅刻は認めんさけ、注意したってや。」

 

 勝ち誇った目でほくそ笑んで、キバオウが踵を返した。

 

「おい、祝屋! 」

 

 サーキーが唇を歪めてヒョウを呼び止める、アバター名ではなく本名で呼んだ非礼にキリト達が目を剥いた。ヒョウはキリト達を制し、静かに答える。

 

「何だ、榊。」

 

 この返事にサーキー達の顔色が変わる、先刻までのニヤニヤ笑いが消え、歯軋りしてヒョウを睨みつける。

 

「マナー違反はそっちが先よ、ヒョウ君があなた達に非難されるいわれは無いわ! 」

 

 何かを言おうとしたサーキーの機先を制し、アスナがピシャリとそう言うと、一瞬悔しそうな表情を浮かべたサーキーだったが、彼はすぐに下卑た笑みを浮かべてヒョウを嘲る。

 

「全く、直ぐ女の背中に隠れやがって、情けない野郎だ。」

 

 エビチャンとクマが追従笑いを浮かべ、腰抜けとか弱虫とか罵っている。しかしヒョウは憤るアスナを制し、穏やかに三人に話しかけた。

 

「お前等、そんな事より明後日は気をつけろよ。」

「何!? 」

 

 挑発を受け流し、諭す様なヒョウの口調が癇に障ったサーキーは、精一杯ドスを利かせた口調で睨め上げる。しかし、暖簾に腕押し糠に釘、ヒョウはそれを意にも介さず話を続ける。

 

「フロアボスとフィールドモンスターは根本的に違うからな、クエストボスなんかと一緒に考えてたら痛い目見るぞ。」

 

 ヒョウの説明を、唇を歪め、目尻を痙攣させながら聞く三人組。

 

「お前らは周りを見下す癖があるからな、その調子だとマジで痛い目見るから程々にしとけよ。それからお前らの事は、ちゃんとエギルさんに頼んでおいたから、きちんと言う事聞けよ。それから……」

「うるせぇ……」

「はん?」

「うるせえってんだよ!」

 

 どれだけ挑発しても一向に乗らず、自分達の悪意に善意を返すヒョウの姿勢に、サーキー達の苛立ちはピークを迎えた。

 

「貴様が小偉そうに講釈垂れられんのもこれまでだ、明後日からはテメェは只の役立たずになるんだ! 」

 

 敵意を露わに睨みつけるサーキー達三人に、ヒョウはやりきれない目をして微笑んだ。

 

「そうか……。だと、楽でいいな。」

 

 ヒョウはそう言ってキリト達の元に歩み寄る。

 

「悪い、俺のせいで嫌な思いをさせて。そうだキリト、アスナ、久しぶりに俺んとこ寄って行かないか? ツウが会いたがっていてさ……」

 

 ヒョウは仲間達を宥めながら家路についた、そして会議場を後にする前に、一度振り返って呟いた。

 

「死ぬなよ、お前ら……」

 

 それから四十八時間経過して、十三層攻略レイドはボス部屋にたどり着き、その扉を開けた。

 

「イヤッホー!! 」

「出て来い! 糞ボス!! 」

「一番攻撃頂きィ! 」

 

 本来ならば入室後に一度パーティー毎に隊列を組み、警戒しながらゆっくりと中に歩を進めるのだが、血気に逸る例の三人組が、作戦を無視して歓声と共に部屋の中に駆け出した。

 

「あの馬鹿!! 」

 

 エギルが三人の軽挙に失意の臍を噛みながら、ダッシュで後を追う。

 

「あ……ああ……」

「嘘だろ……、嘘だよな……」

「なんだよ……、こんなの聞いてねえぞ……」

 

 三人組が見たのは体長十五メートル程の、金属質の外骨格に身を包んだ巨大な芋虫である、その頭部に当たる場所には、ケンタウロスの様な五メートル程の人型の上半身が乗っている異様な姿。

 追いついたエギルが見た物は、この部屋の主人《ザ・デンジャラス・アームド・キャタピラー》に見据えられ、その威容に立ったまま腰を抜かし、竦み上がって放心する三人組の姿だった。

 

 フィールドモンスターとフロアボスは、根本的に全く違う。

 

 自らの生命の危険を目前にして、ヒョウの言葉の意味する事を、三人組は漸く理解した。

 

 ボスはサーキー達三人組のHPを刈り取るべく、手にした巨大なデスサイズで単発式のソードスキルを発動した。その姿をまるで他人事の様に、呆然と眺める三人組。

 ボス部屋の中に、不快な金属音が鳴り響き、ソードスキルのライトエフェクトがほとばしる。

 

「馬鹿野郎! 死にたいのか! お前達!! 」

 

 怒号と共に、ボスのソードスキルを相殺すべく、両手斧ソードスキルを発動させ、エギルが間に割って入った。三人組に一喝するエギルに続いてやって来たタンク部隊が、シールドバッシュで竦んだ三人組とボスの間に距離を開けた。

 

「お前ら! 一体何のつもりだ! 事前の打ち合わせを無視……、ん? 」

 

 三人組の、作戦を無視したスタンドプレーに、エギルが怒声を発するが、彼等の様子を確認すると、呆れ果てて吐き捨てる。

 

「お前ら、ここに来る迄に散々吐き散らかした、あれは一体何だったんだ? ええ、おい。」

 

 彼等三人は、出発から到着まで、エギルに対して大言壮語の極みを尽くしていたのだ。大した内容ではなく、要約すると「しっかりフォロー頼むぜ、オッサン。まぁ、出る幕なんて無いけどな。」に集約され、後は何が可笑しいのかバカ笑いをするだけであった。ヒョウに頼まれていなければ、道中何度捨てて行こうかと思ったか知れない。

 

「もういいから、お前達は入り口の側でしゃがんで見ていろ! 」

 

 キバオウさんよ、頭数だけ揃えてもダメなんだよ。

 

 胸糞悪い思いを吐き捨てる様に唾を吐くと、メッキの剥がれた三人組を後にして、エギルは戦列へと戻って行った。

 

 以上がボス攻略失敗の顛末である、早い話が虚栄心と嫉妬心の挙句、焦って暴走して身の丈以上の物を望み、壮絶に自滅したという訳だ。そしてそんな浅知恵のツケで、空中分解の危機に陥っている。

 

 エギルは作戦失敗の反省をするでなく、ただただ責任のなすり合いを続ける二大ギルドのリーダーに歩み寄り、一喝する。

 

「喧しい! そんな事より今大事なのは、これからどうするかだろう! 違うか!? 」

 

 エギルの剣幕に驚いた二人は、完全に飲まれてしまい、言葉を失う。主導権を握ったエギルは、素に戻ってポカンとするキバオウ、リンドを力の抜けた目で一瞥すると、内心に湧き上がるやってられない気持ちを、ため息と共に力づくで抑え込む。

 

「で、これからどうするんだ、お二人さん。」

「これからどないするって言うてもなぁ……」

「もう一度作戦会議を呼びかけて、仕切り直すとしか……」

 

 その能天気な答えに、エギルは他人事ながら、この二人の下についているギルドメンバーに深く同情した。

 

「あのなぁ、あんな事の後で、他の攻略メンバーが集まると、本気で思っているのか? 」

 

 エギルの言葉の意味が理解出来ずに、顔を見合わせるキバオウとリンド。ここでクラインが口を挟んだ。

 

「他の二人はどうか知らんが、キリトの奴は来ねえだろうな。俺がキリトならそうするぜ。」

 

 クラインのその言葉に、キバオウとリンドは青ざめる。

 

「他の二人、アスナとヒョウも来ないだろうな、あの三人が来ないとなれば、少数派の有力所も鼻で笑うだけだろう。」

 

 エギルもクラインに同意を示すと、漸くキバオウとリンドは事の重大さに気がついた。

 

「なぁ、エギルはん……」

「何だ? 」

「一肌脱いでは頂けないだろうか? 」

「一肌!? 」

「あの三人、呼んで来てくれないやろか……」

 

 この二人は四十八時間前、どういう態度で接していたのか覚えていないのか? メモリーにバグが出ているのではないかと本気で疑いながら、エギルは眉を顰める。

 

「別に俺は構わないがお前達、それ本気で言っているのか? 」

 

 二人に代わり、自分がそれをすると、二大ギルドの権威は地に落ちて、取り返しのつかない事になる。エギルは失敗のショックで脳の機能障害を起こしている二人に、その旨を懇切丁寧に説明した。そして最後に攻略組の中の風通しを良くする為には、その方がいいのかも知れないな、と言葉を結ぶと、キバオウとリンドは血相を変えて三人の許へと、三顧の礼をしに向かったのだった。

 

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