ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語 作:場流丹星児
第十三層攻略に大失敗し、仕切り直しを余儀なくされた攻略組は、再度の挑戦に向け、攻略会議からやり直す事となった。しかし、この会議は失敗した日から、一週間程の間を置いて開催される。理由はキリト、アスナ、そしてヒョウが捕まらなかった事に起因する。
前回攻略会議における失礼を詫び、今回は是非とも御参加いただく為、キバオウとリンドは恥も外聞もこの際関係ないと、赤絨毯を敷いて案内する勢いで彼等の許に向かったのだが、彼等の姿は借りていたNPCシェアハウスにも、宿にも無かった。焦ったキバオウとリンドは、配下のギルドメンバーを総動員して、十三層から下のフロアを、文字通り『逆さに振る』勢いで捜索した。
そしてやっと掴んだ情報によると、三人はそれぞれ別行動を取り、クエストに挑戦しているとの事。クエストは変哲も無い狩りクエストなのだが、身柄を確保出来なかった理由は、クエストがインスタンスマップに移行するクエストで、追跡困難である事と、フリーダム過ぎる彼等の行動にあった。
三人がそれぞれ別のクエストに挑戦していると言う事は、当然終わるのは別々である。そんな訳で、一人が帰って来ても、待ってる間退屈だからと言って、別のクエストに挑戦しに行く始末。結局三人が揃うまで、一週間という時間を費やしてしまったのだ。
この事実に腸が煮えくり返る思いをしたキバオウとリンドではあるが、三人の火力がボス攻略に必要不可欠である事が明白となった以上、堪えるしか方法が無かった。
そうして開催された攻略会議は、少数派攻略組メンバーによる不満や恨み辛みの発表会の様相を呈していたが、三人が発言するとその空気はピタリと収まった。三人が何を言ったのかと言うと、簡単に説明するとこうなる。
煩い、黙れ、そんな事は別の機会に言え、今はボス攻略の話をする時だ。これ以上ボス攻略に関係ない話で、会議を紛糾させるなら俺達は帰るぞ!
以上の内容をアスナが柔らかく翻訳して伝えると、少数派攻略組メンバーは、それを
前回ハブられた事を歯牙にもかけない漢気
と勝手に解釈して感じ入り、どうにか前向きに会議が進行する事となった。とはいえ、会議の内容はボスの特徴の再確認と、それに伴う戦術と布陣の再確認と、何時もの会議と変わり映えしない内容であり、全員は「先週同じ事をやったろ! 」という思いを抱いていた。この会議が二度手間にならなかった理由は、三人が強硬に主張して、譲らなかった二点にある。
まず一つ、ボス攻略リーダーをキバオウ、リンドの両名から選出するのでは無く、今回はエギルをリーダーとする事。
もう一つ、これはヒョウ一人が主張した事だが、あの三人組もレイドメンバーとしてもう一度同行させる。という内容だった。
一つ目の主張は紛糾する事無く、あっさりと承認されたが、二つ目についてはそうは行かなかった。大反対の声、それは意外な事にアインクラッド解放隊のメンバーから最も多く発せられた、これは身内を庇っているのではなく、純粋に約立たずは要らない、足で纏いは邪魔という健全な思考の元による、に押されたが、俺が責任を持ってあの三人分働く、というヒョウの言葉を、リーダーのエギルが了解して採用した。
こうして第二次十三層ボス攻略レイドが編成され、出発の日を迎えた。レイドメンバーは集合場所、攻略会議を行った円形劇場風の広場に集まり、点呼を取って欠員がいない事を確認すると、ボス攻略に向かって出発した。
一行が主街区の迷宮区側出口に差し掛かると、ちょっとした事件が起こる。
「すみませーん、待って下さーい。待ってー。」
遠くから、レイドを呼び止める声が聞こえた。これに気づいた一人が、誰かが呼んでる、ちょっと待てとレイドに停止を呼び掛けた。レイドメンバーが、誰だ何処だと、その声の発信源と思われる方向に目を向ける。そして彼等が見たのは、レイドに向かって手を振って駆け寄る少女の姿であった。その姿にレイドメンバーは息を呑む。
しなやかな肢体を包む、白い巫女服風の上衣に、ミニスカート風の赤い袴。腰まで伸ばした髪の毛は、女性プレイヤーでは圧倒的少数派の黒髪であるが、只の黒髪では無かった。まさに鴉の濡れ羽色と形容するのがぴったりの、艶やか過ぎる光沢を輝きを放ち、翻している。身長は約百五十センチ程度、色白の小顔の中に、何時も微笑んでいるかのような黒くつぶらな瞳、スッと通った鼻筋に、その瞳同様に微笑んでいる様な桜色の唇。アスナとは違ったカテゴリーの、男ならば絶対守ってあげたくなる様な、癒し系スーパー美少女の姿に、レイドメンバーのほぼ全てが魂を抜かれ、地面に落とす勢いで鼻の下を伸ばしていた。
「お嬢さん、何か御用ですか? 」
キリリと音がする様な感じで顔を引き締めたリンドが、美少女の前に進み出るが、彼女は困った様な愛想笑いを浮かべて軽い会釈をしてスルー。
あえなく撃沈されたリンドの後を受け、精一杯ダンディーさを演出したキバオウが少女の前に立つ。
「お困りでっか、お嬢はん。ワイで良かったら話を……」
と声をかけるも、彼女はそれもスルーしてレイドメンバーの中へと分け入って行く。石になったキバオウを後に、探し人を見つけた少女は、嬉しそうな眩しい笑顔を浮かべて小走りに駆け出す。
「やはり、僕に御用でしたか。僕の名前はクライン……」
と、自己装飾演出過剰な態度で歩み出たクラインの脇をスルリとすり抜け、彼女は見つけた探し人の名前を叫ぶ。
「タケちゃーん! 」
呼ばれた男が振り返る。
「コヅ姉……」
「こんにちは、ツウさん。」
「あら、ツウじゃない、どうしたの、こんな所に。」
木っ端微塵に砕け散ったクラインに気を留める事無く、ヒョウ、キリト、アスナが美少女を迎え入れ、談笑を始めた。
「こんにちはキリト君、アスナ。」
「ツウ、またタケちゃんって呼んでる。」
アスナの指摘で、あっと気づいた二人は、バツの悪い表情を一瞬浮かべ、仕切り直しをする。
「いきなり呼び止めてごめんなさい、ヒョウ。」
「構わないよ、ツウ。で、何の用? 」
うんうん、それで良しと頷くアスナ。彼女はツウに、ちゃんとヒョウをアバター名で呼ぶ様に注意していたのだ。因みにヒョウにはそれは行っていない、理由は彼女が『死に戻り』である事がバレない様に、である。
ヒョウの言葉に、ツウはいそいそとメニューウインドウを操作して、アイテムを実体化させる。
「これ、さっき出来たの。そしたらメールで知らせるんじゃなくて、どうでも直に手で渡したくなって来ちゃったの。迷惑だった? 」
「そんな事ないよ、ありがとう、ツウ。」
ツウがヒョウに差し出したアイテムは、桃太郎がしている様な、白い細身の鉄鉢だった。
「着けてあげるね。」
ツウはそう言うと、ヒョウの後ろに周り、彼の手首を持ってメニューウインドウの操作をする。鉄鉢をインストールして装備品一覧を確認、そして装備品選択ウインドウを開いて、頭部装備欄に『幸運の白い鉄鉢』をクリック。
「おお、似合うじゃないか! 」
「カッコイイわよ、良かったね、ヒョウ君。」
レイドメンバーの怨嗟の声をBGMに、キリトとアスナが口々に褒めると、ツウは嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「気に入ったよ、ありがとう、ツウ。」
ヒョウの言葉に、弾ける笑顔を輝かせるツウ。その背後で滝の様な涙を流し、リア充爆発しろと呪いの呪文を唱えるレイドメンバー。そんな彼等の怨嗟の視線などどこ吹く風と、ヒョウとツウは二人だけの甘い異空間を作り出した。
「あのね、ヒョウ、今日はいつ帰って来るの?」
上目遣いの甘え声で聞くツウに、ヒョウは困った様に優しく答える。
「ボス次第だな、ごめん、何時って約束は出来ない。」
「早く帰って来てね。」
「うん、なるべく早く帰るよ。」
「本当? 」
「本当さ、終わったら、アクティベートは誰かに任せて、直ぐに帰るよ。」
「本当に本当? 」
「絶対だよ、終わったらメールするから、待ってて。」
「うん、待ってる! でね、今日は何が食べたい? 」
「なんでも良いよ、ツウが作る料理は、何でも御馳走だから。」
「じゃあ、腕によりを掛けて準備するね。」
「何を作ってくれるの? 」
「へへーん、内緒。」
「内緒? 良いじゃん、教えてよ。」
「ダメ、帰ってからのお楽しみ。」
「ちょっとだけ、こっそり教えて。」
「えー、どうしようかなー、やっぱり内緒! 」
「チェっ、ケチんぼ。」
「あーっ、そんな意地悪言うヒョウには、もう絶対に教えてあげない! 」
「ごめん、ごめんってばツウ。」
拗ねて背を向けたツウの両肩を抱いて、耳元に優しく謝罪の言葉を囁くヒョウ。一瞬くすぐったそうな表情を浮かべたツウは、不意に思い詰めた表情を浮かべて振り返ると、ヒョウの首に両腕を回す。
「ねぇヒョウ、危ない事しちゃダメだよ。」
「いや、そう言われても、ボス戦なんだし……」
「ダメ! 危ない事しないって約束して! 」
「分かった、約束するよ。」
「絶対だよ、嘘ついたら、晩ごはん抜きだからね! 」
「それは困ったな、うん、絶対守るよ。」
「よーし。」
ヒョウの答えに満足したツウは、再び甘えモードに移行する。
「ねぇ、ヒョウ、チューして。」
目を閉じて唇を突き出し、顔を上げるツウと、少し困った顔で見下ろすヒョウ。
「えーゴホンゴホン。」
二人の世界に深く入り込み、延々とイチャラブを続けるヒョウとツウのバカップルの耳に、キリトの咳払いが聞こえてきた。現実世界、とはいえアインクラッドだが、に帰還した二人がアスナを見ると、彼女は無言で指を差す。アスナの指の先を見ると、そこには世界中のヘイトを募らせた、レイドメンバーというやもめ軍団が睨んでいた。
その姿に目を丸くしたツウの頬に、ヒョウは優しくキスをした。驚いて見上げるツウにヒョウはウインクした。
「みんなが見てるから、今はこれで我慢して。」
そうツウに言った後、ヒョウは怒りに震えるレイドメンバーに顔を向けた。
「ごめん、待たせた。じゃあ、行こうか。」
涼しい顔でそう言ったヒョウに、レイドメンバーが口を揃えてこう言った。
畜生! 悔しくなんて、ないやい!!
彼等に背を向けて、舌を出すヒョウに、もう一つのアイテムを実体化して差し出すツウ。
「これ、お弁当。アスナとキリト君の分も有るから。ヒョウが危ない事しないか、ちゃんと見ててね。」
「ありがとう、約束するわ。」
「やった! ヒョウ、覚悟しとけよ。 」
苦笑いを浮かべて受け取るヒョウに、キバオウからの怒鳴り声が聞こえる。
「いつまでイチャついてんねん! さっさと来んかい! 」
その声を聞いて、ツウはヒョウから一瞬顔を背け、悲しそうな表情を浮かべる。そして、その表情を振り切り、極上の笑顔を浮かべる。
「行ってらっしゃい、貴方。」
「ああ、行ってきます、お前。」
二人は見つめ合い、唇を重ねた。
その光景を認め、心の底から木っ端微塵に爆砕されたレイドメンバーが魂の叫び声を上げる。
畜生! 絶対に、絶対に悔しくなんてねーからな!!
屍累々の彼等にヒョウが声をかける。
「みんなの分のオニギリ預かったんだけど、いる? 」
レイドメンバーがヒョウに襲いかかる様に群がった。
「さっさと寄越せー! 」
ツウは一行が見えなくなるまで、手を振って見送っていた。さて、出発前にそんな出来事が有ったからか、異様に殺気立ったレイドメンバーは、道中出会ったフィールドモンスターを手当り次第虐殺して迷宮区を抜け、ボス部屋の前にたどり着いた。
「よし、作戦を再確認するぞ、ボスがポップしたら、遊撃の三人が先手を取ってソードスキルの三連撃、いいな! 」
エギルの言葉に力強く頷くヒョウ、キリト、アスナ。三人にウインクをして、エギルは作戦の続きを説明する。
「タンク隊がそれに続き、シールドバッシュで三人の技後硬直を援護、長物部隊はタンクの後ろから、ボスのソードスキルの発動を妨害。」
エギルが一旦ここで言葉を区切ると、タンク隊と長物部隊の面々が、拳を上げて「おう」と答える。
「攻撃部隊はその隙を突いて部隊ごとに攻撃、連携を切らすなよ。」
「今度はやってやるからな、ボス公。風林火山此処に有りだぜ!」
クラインが不敵に微笑む。
全員の気合いが充実したのを確認したエギルは、ボス部屋の扉に手をかけた。
「今回は勝ちに行くぜ! みんな!! 」
エギルの檄に、一部を除ほぼ全員が「おう! 」と力強く答えた。
古い錆び付いた金属が軋む音が響き、巨大な扉が開かれた。慎重にボス部屋へと入って行くレイドメンバーは、パーティー毎に隊列を組み、エギルの号令を固唾を呑んで待っている。その合間に、ヒョウはあの三人組に、囁く様に声をかけた。
「お前達は此処で、攻略組の戦いを見ているんだ、ボスモンスターはフィールドモンスターとは違う様に、攻略組もまた、一般プレイヤーとは違うんだ、その違いをちゃんと見ていろ。」
「……」
「あと、出来たらボスに異変が有ったら声をかけてくれ、そこまで出来たら御の字だ。」
「……」
口惜しげではあるが、憎まれ口すら叩く事が出来ない三人組に、ヒョウはもう一言付け加えた。
「危なくなったら逃げて良いぞ、メンツより命が大事だからな。」
ヒョウはそう言い残し、キリト、アスナと共にレイドの先頭に立つ。
「どこまで人が良いんだか。」
「本当、国宝級のお人好しだわ。」
キリトとアスナが剣を抜きながら、ヒョウに茶々を入れる。ヒョウは罰の悪そうな笑みを返事代わりに浮かべて、腰に穿いた曲刀を抜き放つ。
「さて……」
三人はボス部屋の中央を見据え、一歩踏み出す。
「そろそろお出ましの時間かな。」
「そうね、そろそろかしら。」
慎重に、かつ大胆に歩を進める三人を導く様に、ボス部屋のトーチが灯っていく。そして、最後のトーチに火が灯った瞬間、ボス部屋中央に怪しい異形の姿が浮かび上がった。
「グロ……」
「本当、悪趣味ね。」
「参ったな、コヅ姉芋虫とか毛虫とか大っ嫌いなんだ。」
ため息混じりにつぶやくヒョウに、キリトとアスナは思わず吹き出した。
「だったら、さっさと退治しますか。」
「そうね、ツウがを怖がらせる訳にはいかないものね! 」
「俺、危ない事するなって言われたけど、これじゃぁ仕方無いな。」
三人は軽口を叩きながら、ボスモンスター《ザ・デンジャラス・アームド・キャタピラー》に突進して行く。そのやや後方を、レイドメンバーが雄叫びをあげながら吶喊して行く。
「アイツら……頭おかしいんじゃねえの……」
「く、狂ってやがる……」
攻略組主力メンバーが、巨大で異様なボスモンスターに、臆する事無く突撃する姿を見て、畏怖を含んだ呆れ声でそう呟いた。
「……」
しかし、サーキーは口惜しげに唇を歪め、先頭を駆けるヒョウの姿を睨みつけていた。
「うおおおおおおおお!! 」
単発ソードスキルを見切り、かいくぐったヒョウがボスに肉迫し、四連撃ソードスキル、ファラント・フルムーンを炸裂させた。
「アスナ! スイッチ!! 」
「グッジョブ、ヒョウ君! はぁあああああ!! 」
ヒョウの攻撃でスタンしたボスめがけ、アスナが細剣ソードスキル、オーバーラジェーションの十連撃で畳み掛ける。
「キリト君、スイッチお願い!! 」
「よっしゃあ! うぉおおおおおお!! 」
アスナの攻撃をモロに喰らい、仰け反るボスにキリトのスターQプロミネンスが鮮やかに決まる。
「オラァ! 続けぇ!! ボスに立ち直る暇を与えるな!! 」
「おおおおお!! 」
エギルの怒号にタンク隊が答え、シールドバッシュでボスの動きを封じ、その後ろから長物部隊がボスの肩を狙い、技の立ち上げを妨害する。
「オラァ、糞! コンニャロウ!! 」
クライン等攻撃部隊は、ヒョウ達三人が稼いだヘイト値とタンク隊長物部隊の作り出した隙に乗じて、めいめいにソードスキルをボスの側面に炸裂させる。
「キィシェアアアアア!! 」
煩そう身体をくねらせると、ボスモンスターは恐慌状態を誘発する咆哮をレイドに向かって叫び放った。
「させるか!! 」
そうはさせじと、技後硬直から解放されたヒョウが、ボスのヘイトをとるべく、レイジング・チョッパー、ダンシング・ヘルレイザー、ミリー・スラッシュの大技三連撃を叩き込む。
「キリト! スイッチ!! 」
「あいよ! こっちだ!! 」
キリトが黒い流星となって、技後硬直で動けないヒョウを狙うボスモンスターの横合いからスターQプロミネンスで突っ込み、バーチカル・スクェアを畳み掛ける。
「アスナ、スイッチだ! 」
「了解よ、キリト君!! 」
目標を失って、戸惑う様に身を揺するボスモンスターに、アスナは閃光となってリップ・ラヴィーネを叩き込んで気を引くと、ガラ空きとなった眉間にアクセル・スタブを叩き込む。
「ンギャオオオオウウウ!! 」
仰け反るボスモンスターに、再びタンク隊がシールドバッシュをかまし、長物部隊が嫌がらせ攻撃を加え、出来た隙に攻撃部隊が殺到する。
「これなら、今回は上手く行きそうだな! なぁ、お二人さん。」
「ぐぬぬぬぬ」
「くっ」
前回とは打って変わって、有利にボス戦をリードしているエギルは、キバオウ、リンドにあの三人を外す愚かしさを言外に伝えると、二人は口惜しげに唇を噛み締めた。
ここまでの戦闘で、同じダメージディーラーで有りながら、ヒョウ、キリト、アスナには明確な戦闘スタイルの違いが見て取れる。
ヒョウはボスの攻撃を見切って躱した後に、カウンターで重厚な剣技を放ち、ボスに大ダメージを与える。一発の攻撃力ならば、恐らく此処に居る全員の中でも最大の攻撃力を持っているだろう。
アスナは針の穴をも通す正確な剣技を、閃光の速さで以てボスモンスターをその場に縫い付ける。スピードと正確さの高次元の融合は、誰の追随も許さないだろう。
キリトは常識を超えた反応速度である、大火力の連撃を次々に繰り出して、圧倒的な手数でボスモンスターの攻撃を封じ込める。その戦いは、余人には真似が出来ないであろう。
そんな個性の全く違う三人が連携すると、恐るべき破壊力を生み出し、ボスモンスターを圧倒して行く。その姿に誰もが、百層クリアは夢ではないと勇気づけられるのだった。
「ほほう、これは面白い。」
第十三層ボス攻略戦を、興味深く観察する目が有った。それはこのレイドの中ではない、正に天上の目というべく、別空間からの高みの見物であった。
赤地に白のナイトガウンを羽織った男が、ラグソファーに身体を預け、秀でた額に知的ながらも怜悧さを醸し出す瞳を光らせて、空中に浮かび上がった無数のモニターの中から、この攻略戦の模様をピックアップして見つめている。
「最大の破壊力、針の穴を通す正確さ、最速の反応速度か……」
男は笑みを浮かべ、モニターを拡大すると、手元にキーボードを呼び出して操作する。
「さて君たち、私を楽しませてくれたまえ。」
ボス攻略戦も折り返しを過ぎ、残りHPバーが二本余りとなった時に異変が起きた。三人のソードスキルの後、仰け反るボスにタンク隊が、その後から長物部隊と攻撃部隊が続く攻撃パターンで押し切れるかに見えた、しかし……
「駄目だ! みんな下がれ!! 」
何度目かの攻撃で、違和感を感じたヒョウが叫ぶ。ヒョウの目は、三人の連携の最後の攻撃を受けたボスモンスターが、仰け反ったのでは無く、自ら引いた様に見えたのだ。しかしヒョウの警告も虚しく、勢い付いたレイドは止まらなかった。
「!? 」
仰け反ったのでは無く、実は竿立ちになったボスモンスターは、芋虫部分の前一節の左右の歩足から巨大な曲刀を出して、挟み込む様にソードスキルを放った。
「うわぁあああっ! 」
「ぎゃあああ! 」
あちこちから悲鳴が上がり、倒れ込むレイドメンバー。全員のHPバーが緑から赤にその色を変えている、それはキリトもアスナも同様だった。
「畜生! ここまで押し込んでこれかよ! 十三という数字は伊達じゃないってか! 」
撤退するか、しかし全員のHPが……
逡巡するエギルに、静かに声をかける男がいた。
「エギルさん、俺が保たせます。全員を下がらせて、ポーションを飲ませて下さい。」
驚いて見上げるエギルの視線の先には、唯一HPバーが健在な男、ヒョウの姿が有った。
「おい! 」
ヒョウは床に向けてソードスキル、デス・クリープを放つ。
「HPバーが八割以上戻ったメンバーが、十二人以上になるまでは、誰にもその線を越えさせないで下さい。」
ヒョウはデス・クリープで床に穿った線を曲刀で指してそう言うと、一人静かにボスに向かって歩み出した。
「馬鹿野郎! ヒョウ! てめぇ何考えてる!? 」
「ヒョウ! 無茶だ! やめろ!! 」
「ヒョウ君! 戻って!! 危ない事したって、ツウに言いつけるわよ! 」
クラインが、キリトが、そしてアスナがヒョウの背中に向けて、悲痛な叫び声を浴びせる。しかしヒョウはそれには答えず、力強く右手でサムズアップを送っただけだった。小さく振り向いた横顔が、笑っているように見えたのは気のせいだろうか。いや、確実にヒョウは笑っていた、その笑顔に人外の禍々しさを感じたキリトは、背中に薄ら寒い何かが走るのを感じていた。
歩足を持ち上げ、後ろのイボ足で立ち上がるボスモンスターは、体高十メートル程に達するだろうか? 人型の上半身が持つデスサイズに加え、左右一対の歩足から出す双曲刀が、今までとは一ランク以上上の迫力と威圧感を発散している。
ヒョウはその凶悪な姿の前に進み出ると、ボスの顔を見上げて声をかけた。
「よう、仲間達が世話になったな、礼をするぜ! 」
「シギャァアアアアアア!! 」
日本語に訳すと、やれるものならやってみろ、とでも言ったのだろうか? ボスモンスターはヒョウの言葉を聞くやいなや、凶悪な叫び声と共にデスサイズを振り下ろす。
「!! 」
ヒョウは僅かに身体を捻り、ボスモンスターの斬撃を躱すと、曲刀を一閃させてカウンターの一撃を見舞う。
「キィエアァアアアアア!! 」
悲鳴の様な叫び声をあげたボスモンスターは、眼前の小さな敵に向けて、ありったけのヘイトを乗せて波状攻撃を開始した。デスサイズと左右の曲刀による、上下からの立体攻撃を躱し、避け、くぐり抜け、曲刀でいなし、ボスモンスターから隙を誘発して攻撃を繰り出すヒョウ。この戦いをレイドメンバー一同は、視界の片隅でじりじりとしか回復しないHPバーを、苛立たしげに眺めながら、ただ見守る事しか出来なかった。
早く! 早く! 早く! 早く回復しろ!
レイドメンバー達が、戻りの遅いHPバーを横目で睨み、ヒョウの戦いを見守る最中、ヒョウが感じ、考えていた事は、彼等の思いとはかけ離れたものだった。
楽しい! 楽しい! もっとだ! もっと俺を楽しませろ!
愉悦に歪むヒョウの顔は、いつもの穏やかで涼やかな表情からは想像出来ないものだった。彼がボスモンスターに向かう最中、頭の中をよぎったのは、三年前のヒースロー空港での出来事である。
ポットを飲んで、HPバーが全回復するまでおよそ五分、今回の五分とあの時の五分、どっちが楽しいんだろう?
そう、ヒョウはその穏やかな人格の下に、嵐の様な渇望を煮えたぎらせていた。それは、今まで修めた祝心眼流古武術を、思う存分遣ってみたい。自分がどれだけ戦えるのか、その限界を見極めたい。という欲求だった。他の武道や競技スポーツならば、試合や競技会でその想いを満たす事が出来ただろう。だが生憎、古武術は違う。彼がその
「ふむ、なかなかやるな。」
能力をワンランクアップさせたボスモンスターと、たった一人で互角に戦う少年に、更なる興味を持った天上の目は、指先をフリックして興味対象の個人情報を呼び出した。
「アバター名はヒョウというのか。おや、これは……」
天上の目は、ヒョウの個人情報のウィンドウを二三呼び出し、内容をつぶさに確認する。
「ほう、そうだったのか……。面白い、彼は知らないだろうが、私は彼に返すべき恩義が有るのだ。」
ニヤリと笑った天上の目は、素早くキーボードを操作する。
「これはそのお礼だ、受け取ってくれたまえ、祝屋猛君。」
エンターキーを押しながら、天上の目は意味深な笑みを浮かべ、十三層の戦いに目を戻した。
ヒョウが単身、ボスモンスターとの戦に望んで一分が経過した。これまではヒョウがボスの攻撃を紙一重で見切り、カウンター攻撃を放ち、僅かずつではあるがHPを削っている。薄氷の上の攻勢状態に、此処で変化が訪れた。
「よお、キリト。」
「なんだ、クライン。」
ハラハラしながら見守るレイドメンバーのうち、数名の者がボスの異変に気づく。
「なんかよぉ、早くなってねぇか、ボスの動き。」
「ああ、一分過ぎた辺りから、キレも良くなっている。」
「大丈夫なんだろうな、ヒョウの奴。」
「分からない、今はヒョウを信じるしか無い……」
口惜しげに拳を握りしめるキリト、その隣でアスナが祈る様に手を組み、じっとヒョウの戦いを見つめていた。組んだ手は、生身の身体ならば、血が出る程に固く結ばれ、胸の前で震えていた。
「キェエエエエエエ! 」
不意にボスモンスターが耳障りな雄叫びをあげた、その次の瞬間、レイドメンバー達が息を飲んだ。
「くっ!! 」
突然ボスモンスターの第二節の歩足から、ランスが突き出され、ヒョウを襲う。右の一撃はなんとか見切って躱したが、左の一撃への反応が僅かに遅れ、ヒョウは咄嗟に曲刀でその軌道を逸らせる。辛うじて受け流す事に成功した曲刀と、ボスモンスターのランスが擦れ合い、火花が飛び散り、不快な金属音がボス部屋を満たした。
「!! 」
レイドメンバーが顔色を失い、声にならない悲鳴をあげた。ヒョウの曲刀は耐久値を失い、ポリゴン片となって飛び散り消えた。レイドメンバー達に、絶望の色が浮かぶ。
「ヒョウ!!」
思わず叫ぶキリトに答える様に、ヒョウは拳を突き上げると、そのまま人差し指をフリックして、メニューウィンドウを呼び出し、操作する。戦隊モノなどのヒーロードラマやアニメならば、悪役はヒーローの準備が整うまで待ってくれるのがお約束だが、生憎このボスモンスターには、そんな様式美なんぞインプットされてはいなかった。
「キィ、キィ、キィ」
ヒョウが装備変更をしている最中も、お構い無しにデスサイズで、曲刀で、ランスで猛攻撃を加えていった。息付く暇も無い激しい攻撃を紙一重で躱しながら、横目でウィンドウを確認して操作するヒョウ。
「畜生! 畜生! 畜生! オラァ行くぜ! 待ってろ! ヒョウ! 今行くからな! 」
飛び出して加勢しようとするクラインの首根っこを掴み、エギルが一喝する。
「馬鹿野郎! ヒョウが何て言ったのか忘れたのか! 貴様のHPバーは、まだ半分も戻ってないじゃないか! 」
「でもよぉ! だけどよぉ! 」
食い下がるクラインは、振り返ってエギルを見上げる。エギルの顔は、無力な自分自身に対する怒りと悔しさで満たされていた。クラインはキリトに向かって叫ぶ。
「キリト! キリトよう! なんとかならないのか! キリト!! 」
クラインの叫びに、断腸の思いでキリトが答える。
「今の俺達のHPでは、出て行ってもヒョウの足で纏いになるだけだ。」
キリトの言葉に、クラインは崩れ落ち、床を拳で殴りつける。
「畜生! なんにも出来ねえのか! 畜生! 畜生! 畜生! 」
悲痛な思いに包まれるレイドメンバーの耳に、囁く様なアスナの声が小さく、力強く入り込んだ。
「……ばって……」
皆が吸い込まれる様に、アスナに注目する。
「頑張って! 頑張って! ヒョウ君、あと二分半よ! もし殺られちゃったら、ツウに言いつけてやるんだから! だから、頑張って! 」
涙を流しながら、アスナはヒョウに必死のエールを送り始めた。その姿に、最初は呆気に取られていたレイドメンバーだったが、次第に皆ヒョウにエールを送り出す。そんな中、クラインも涙を拭いて立ち上がり、一際大きな声でヒョウに声援を送った。
「頑張れ! ヒョウ! てめぇ負けたら承知しねぇからな! おツウさん、頂いちまうから覚悟しろ!! 」
レイドメンバー達の声援を受け、ヒョウは不敵に笑いながらボスの攻撃を避け、ウィンドウを操作した。苛立たしげな声をあげながら、ボスモンスターは激しい攻撃をヒョウに加える、しかし未だヒョウのHPを削る事は出来なかった。
この光景を天上の目が驚きの瞳で見つめている。
「まだ対応出来るのか、これは驚いた。レベル的にはそろそろ対応不可能になるはずなのだが、流石は祝屋猛といった所か。」
そう言った天上の目は、視線をヒョウから声援を送るレイドメンバーに移す。
「しかし、大した結束力だ、恐れ入る。しかし、こうすればどうかな。」
天上の目は、微笑みながらキーボードを操作した。
ヒョウにエールを送るレイドメンバー、その中でもパーティーを組むキリトとアスナが、更なる異変に気づいたのは、HP回復まで後一分になった時である。突然ボスモンスターがヒョウの周りを高速で回り始め、もうもうと濃い土煙を巻き上げた。
「何だって!? 」
「そんな!? 」
驚くキリトと、蒼白になったアスナに、エギルが声をかける。
「どうしたんだ、お前達!? 」
キリトとアスナは戸惑う瞳をエギルに向けた。
「あの土煙に隠れた途端、ヒョウのHPバーが……」
「ヒョウのHPバーがどうした!? 」
エギルの顔色がサッと変わる。
「視覚情報から見えなくなった、動きがあるから、まだ無事だと思う。」
首を左右に振って俯くキリト、彼の腕をギュッと握り締め、肩に顔を埋めるアスナ。
ヒョウの安否確認が出来なくなったレイドメンバー達は、砂を噛む思いで土煙を見つめていた。
土煙の向こう側で、更に動きにキレを増したボスモンスターの攻撃を捌きながら、ヒョウは装備スロットを横目で確認する。
装備武器、ヨシ。
装備スキル、ヨシ。
よし、OKボタンをクリック。さて、ここからは俺のターンだ!
新たに装備した腰の武器に手をかけた瞬間、ボスモンスターのデスサイズ、曲刀、ランスのソードスキルが乱舞した。
「なっ!! 」
この階層レベルではボスとはいえ有り得ない奥義技の波状攻撃に、ヒョウはそれを躱しきれず、遂に切り上げの一太刀を浴びてしまう。勝ち誇った様に動きを止めるボスモンスターを背景に、視界の片隅でHPバーが急速に短くなり、緑から赤に色を変えていくのが見て取れた。しかしヒョウの心は、そんな事より、出発前にツウから貰った鉄鉢が失われた事を惜しんでいた。
「さーて、タケちゃん何が食べたいのかな〜。食材のストックは良しと。そうだ、新開発のカレーライスなんかどうかしら? タケちゃん大好きだから、きっと喜ぶわ、そうと決まったら……」
NPCシェアハウスでヒョウの帰りを待つツウは、彼の為のご馳走を作る準備に追われていた。そんな時、突然居間から大きな音が響いてきた。
「何かしら? こんな時に。」
ツウが居間に行くと、製作スキルを上げる為に作った人形、ヒョウの形を模した人形が床に落ち、縦に真っ二つに割れているのを見つけた。ツウは慌てて人形に駆け寄り、拾い上げる。
「タケちゃん……」
壊れた人形を抱き締め、ツウは不安の涙を流していた。
一際大きな衝撃音と共に、土煙の向こう側からキリトとアスナの足元に、何か小さな物体が飛んできた。
「!? 」
二人が目にした物は、忘れもしない、出発前にツウがヒョウに渡した鉄鉢だった。鉄鉢は額を守る鉄部分が真っ二つにされている、思わず拾い上げたアスナの手の中で、鉄鉢はポリゴンの欠片となり消えて行った。
「そんな……、そんな……、ヒョウ君、ヒョウ君……」
「う、う、う、うおおおおおおおおおお!! 」
泣き崩れるアスナと、何も出来なかった自分に対する怒りで咆号するキリト。
二人が剣を手に駆け出そうとした瞬間、ざわめくレイドメンバーの声が耳に滑り込んで来た。
「おい、あれを見ろ! 」
「やったんだ! アイツやったんだ! 」
驚愕と喜びの混じった声が静かに沸き起こる、土煙が晴れたその先にレイドメンバー達が見た者は、巨大なボスモンスターの前に、一歩も引かず立ち塞がるヒョウの背中だった。しかし、HPバーは僅か数ドットを残すのみ、致命的な危機状況だった。
「ヒョウ! 」
「ヒョウ君! 」
絶望からの喜びに浸るキリトとアスナを背後に、ヒョウは腰に穿いた新たな武器に手をかけた。
あの鉄鉢のお陰で、首の皮一枚繋がったよ。コヅ姉、ありがとう。
「うおおおおおおおおおお! 」
気合い一閃、ヒョウは剣を抜き放つと同時に、ソードスキルをぶちかます。ヒョウの渾身のソードスキルを喰らい、壁まで弾き飛ばされるボスモンスター。その破壊力は凄まじく、一撃でボスのHPバー一本を削り取った。その迫力に呑まれ、動きを失うレイドメンバー。振り返ったヒョウが、肩に担いでいる剣に、皆の視線が集中する。その剣は、美しい波紋の有る、細身で緩やかな反りの入った曲刀であった。いや、ただの曲刀ではない、何故なら柄部分がどう見ても両手で握る構造をしているのだ。
「なぁ、あれって、もしかして……」
「ああ、あれだよな……」
ざわめくレイドメンバーをかき分け、クラインがヒョウの元にやって来る。
「おい、ヒョウ、おめぇそれって……」
恐る恐る聞くクラインの前に剣を差し出し、ヒョウはサラッと答える。
「ああ、刀だよ、カタナスキル獲得クエストで貰える、鬼斬虎徹真打。」
ヒョウが放ったソードスキルは、辻風というカタナソードスキルだった。
「カタナスキル獲得クエストだって!? 」
ヒョウの言葉に驚くレイドメンバー、彼等を代表してクラインが詳細な情報を得ようと重ねて聞く。
「なぁ、ヒョウ、そいつぁ、どうやったら受けられるんだ? 」
「知りたい? 」
「おお、すんげー。」
ヒョウは思わせぶりな笑みを浮かべると、頷いて答える。
「ボス攻略戦が終わってからね。てか、その前に、ポットローテ、良い? 」
ヒョウの言葉に、レイドメンバーは皆我に返った。ヒョウのHPバーは僅か数ドット、そして残りHPバー一本とはいえ、まだボスは健在。
「馬鹿野郎! お前頑張りすぎだ!! ヒョウ! 」
「後はゆっくり休んでて! 」
現実に戻ったキリトとアスナが、ボスモンスターに向かって走り出す。その後を追い、大わらわで駆け出すレイドメンバー。彼等を見送りながら、HP回復ポーションを飲み干すヒョウ。
「MVPは取られたが、ラスは譲れないぜ、ヒョウ!」
キリトはそう言うと、立ち直りつつあるボスに、バーチカル・スクエアを叩き込み、その意図を挫く。
「いいえキリト君、今回こそラスは頂くわ。せええええい! 」
間髪入れず、アクセル・スタブで再びボスを壁に縫い付けるアスナ。
彼等の総攻撃を眺め、ポーションを飲み終えたヒョウは、サーキー、エビチャン、クマの元に歩み寄る。
「アイツら、馬鹿だろ。あんな怖い思いをしても、めげずにまた立ち向かって行くんだ、生命が懸かってるのかも知れないのに。」
三人は無言でヒョウを見上げる。
「みんなどっか壊れてるんだよ、そんな奴らじゃないと、ボス攻略戦なんか出来ないんだ。」
話の内容とマッチしない、屈託の無い笑顔を浮かべ、ヒョウはボスモンスターに向かい、歩いて行った。先程自分が床に刻んだ線を越えた所でヒョウは振り返り、三人組にもう一度声をかける。
「この領域に来るなら協力するぞ、ボスを退治するまでに決めておけ〜。」
クラスメイトに対する気安さでそう言い残し、再びボスモンスターに挑むヒョウの背中を、三人組は苛立たしげに見つめていた。
「あと半分! 気を抜くな! 」
陣頭指揮を執るエギルの檄が、ボス部屋に木霊する。ボスのHPは、ラスト一本の半分を切り、大勢は決まりつつあった。
「ダウンしたぞ! 総攻撃、かかれ!! 」
エギルの号令で、レイドメンバー全員が雄叫びをあげてボスに群がる。
「おっ、まだ俺の分残っているな、よーし。」
食事会やパーティーに、遅れてやって来た大食らいの様な口調でそう言うと、ヒョウは白刃を煌めかせて、ボスモンスターに斬りかかる。
「もう良いのか? 」
「回復、早くない?」
ヒョウの回復の早さに驚き、キリトとアスナがヒョウのHPバーを確認する。
「大丈夫大丈夫、それよりサクッと片付けようぜ。」
「ああ、そうだな。」
「私も同感よ、行きましょう! 」
ヒョウのHPバーが満タンなのを確認したキリトとアスナは、剣の柄を握り締め、ボスに止めを刺すべく仕切り直したその時。
「グギャアアアアアアアア!!! 」
瀕死のボスモンスターが、最期の気力を振り絞る様に、疣足で立ち上がり咆号する。その威容にレイドメンバー達は一瞬気圧され隙を作ってしまった。その隙を突いて、ボスは三種五本の剣を操り、全方位に重攻撃範囲技を繰り出そうとする。
「させるか!! 」
再び訪れたレイドの危機に、臆する事無く最強の三人がボスに挑みかかる。三人の織り成すソードスキルの共演に、レイドメンバーは自分の危機をも忘れて目を奪われた。
「はぁああああああああ! 」
「うおおおおおおおおお! 」
「せりゃあああああああ! 」
三者三様のかけ声をあげ、渾身のソードスキルをボスモンスターに叩き込む。
「ミギャアアアアアアアアア!!」
キリト、アスナ、そしてヒョウがほぼ同時に繰り出したソードスキルを受け、この部屋の主《ザ・デンジャラス・アームド・キャタピラー》は、断末魔の叫びを上げると、竿立ちになって一瞬痙攣すると、そのまま爆散してポリゴンの欠片を盛大に撒き散らし、消えて行った。そして空中に浮かぶ『Congratulations』の文字と、それを取り囲み祝福の花火が打ち上げられ、ファンファーレが高らかに鳴り響く。
「いよっしゃあぁあああああああ! 」
クラインが勝利の雄叫びを上げると、レイドメンバー達は、近くの者と握手をしたり、肩を抱き合って勝利を喜び合う。そして全員の視線が殊勲の三人に注がれる、三人の姿は明暗くっきりと分かれたものだった。悔しそうな表情で、床に大の字に転がるキリト。がっくりと項垂れ、膝を着くアスナ。その真ん中で、してやったりの表情を浮かべ、抜き身の段平を肩に担ぎ、メインメニューを操作するヒョウ。
ヒョウがメニューのOKボタンをクリックすると、彼のコスチュームが手製の黒い陣羽織から、威を放つ漆黒の陣羽織《黒き焔》へとチェンジされた。
その姿を見て全てを悟ったレイドメンバー達は、今回のボス攻略戦の最高殊勲者に、祝福の歓声を送った。
「今回は、アイツに全部持って行かれたな。」
寝転がるキリトに、エギルが声をかける。
「まーな、長い道のり、こんな事も有るさ。」
上体を起こしたキリトは、シニカルな笑顔を浮かべ、エギルを見上げる。
「あーら、さっきの顔は何だったのかしら? 」
ぺたんと床に座り込み、アスナが茶化す様に口を開く。
「何だよ、アスナ。」
「さぁ、あんな悔しそうな表情の後で、こんな悟った事を言っても、説得力無いわよ。」
悪戯っぽく笑うアスナの顔を見て、エギルはふとある事に気づいた。
「そうか、今回ラスを取ったのがヒョウという事は……」
「そう、キリト君の連続ラストアタックボーナスゲット記録は、十二でストップという事です。」
アスナが耀く笑顔でそう言うと、キリトは仏頂面を浮かべて顔を背ける。
「うっせい、次からまた俺が頂いてやるさ。」
「いいえ、次こそは私が頂くわ。負けないんだから。」
アスナの宣戦布告に、キリトもヤル気の笑顔で答える。
「こっちこそ、負けるもんか。」
「負けないわよ、でも……」
拳の合わせてエールを交換した二人は、レイドメンバー達に胴上げされている本日の最高殊勲剣士に目を向ける。
「今は彼を祝福してあげましょう。」
「ああ、そうだな。」
アスナとキリトは頼りになるライバル、ヒョウが宙に舞う姿を、眩しそうに見上げるのだった。
喜び合うレイドメンバー達の姿を、遥かな高みから見下ろす天上の目は、含み笑いを浮かべて拍手をする。
「お見事、よくやってくれたね、君達。」
天上の目はキーボードを操作しながら、喜びの笑顔を浮かべるヒョウの顔を拡大する。
「見事私の試練を乗り越えた君には褒美をあげよう、受け取ってくれたまえ、祝屋猛君、おっと、ヒョウ君。」
それから彼は、キリト、アスナの顔を拡大し、ヒョウの画像と並べて、満足そうに微笑む。
「システムを凌駕する反応速度、針の穴をも通す最精緻な精度、そして問答無用の最大級の破壊力……」
天上の目は、三人の画像を交互に眺め、怜悧な笑みを浮かべて思案する。
「この三人が、きっと私の前に立つのだろう。では……」
天上の目は人差し指をフリックして、メインメニューを操作する。
「そろそろ私も腰を上げるとしよう。この三人の勇者を更なる高みに導き、そして地獄に落とす為に。」
赤地に白の、十字をあしらったデザインのコスチュームに身を包み、天上の目は無機質な部屋から出ていった。
注釈 ソードスキルはPS4ゲーム、Reホロウ・フラグメントに準拠しています。
次回 オレンジプレイヤー