死んだ目つきの提督が着任しました。   作:バファリン

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久々の更新です。

遅れてしまい申し訳ございます。
私事になりますが、つい先日姉の結婚式がありまして、これでようやく3人いる姉が全員落ち着く所に落ち着いたかな、と。幸せになってほしいもんですね。
あとは自分が身を固めるだけですね……ハハ(目逸し)



13話 あれから。

 開いた窓から涼し気な風が、新鮮な空気を運び提督室を優しく包む。

 麗らかな木漏れ日に目を落としながら、風に運ばれ窓から入ってきた桜の花びらに視線を奪われる。

 

 この鎮守府にきて早1か月が経とうとしていた。

 いろいろ問題がある鎮守府ではあったが、今ではそれなりの運営ができているのではないかと思う。

 事務もそこそこ慣れたのもあってかある程度の調節が可能になったのだ。

 艦娘達の食生活でいえば、食材発注の安定化が一番大きいだろう。とても手間取ったが、それでもなんとか現地の卸業者と契約を結ぶことができた。

 前任の悪評が付いて回るとは思っていたが、まさか食材を卸すのにも一悶着あるとは思ってもなかった。

 苦々しい二週間ほど前の記憶に、思わず顔を歪める。

 まぁ、それは置いておくとして。

 生活面では今までのあまりにカツカツな仕事量を減らし、朝、昼、夜の3つの時間帯に分け、それをローテーションする形で鎮守府の管理、警備、訓練の大まかな3つの持ち場を作りまとめることが出来た。

 ちなみに前任の頃は全員が一斉に各海域に最低限の燃料、弾薬を渡し出撃させるなんてザラで、睡眠時間もほとんど取らせなかったりの酷使っぷりだったそうだ。

 幸い―――いや、皮肉にもこの鎮守府はブラックだけあって資金も資源も人材も潤沢に貯蔵されており、この手段を取るのもさほど難しいことではなかった。

 何よりもこの案をすぐに受け入れられたのは本当に助かった。

 

 そんな俺は思うのです。

 

「そろそろ休みくれよォ!!」

 

手に握るペンを机に叩きつけ天を仰ぐ。時刻はまだ朝7時である。

 

「最近毎日それ言ってますけど、なんだかんだ言ってサボらないですよね」

「いや、お前が仕事してんのにサボるのは気を使っちゃうだろ……」

 

 これはぼっちの特性な。

 

「そ、そんな榛名の事を心配して頂かなくても大丈夫ですよ?」

「何赤くなってんだよ。勘違いするだろうが」

「……もう」

 

 かりかりかりかり。

 まだ日が昇りきっていない執務室に、ペンを走らせる音だけが響く。

 

「でも、本当に提督が来てからここは凄い良くなりました。みんな何だかんだ言って、感謝してると思いますよ?」

「いやねーだろ。寧ろ嫌われ過ぎて避けられてるまであるぞ」

 

 実際、廊下で擦れ違おうもんならこぞって皆が距離を置く。あんな分かりやすく避けなくてもいいよね? 比企谷菌の話誰かから聞いたのかな?

 そんなことを話したくもないので、何言ってんだお前。と視線で訴えてやれば秘書艦用の席に座る榛名がわかりやすく頬を膨らませた。可愛い。

 

「むぅ。相変わらずですね、提督は。本当に捻くれているんですから」

「人間なんてそんなもんだろ。だが考えても見ろ。ペラッペラになんも(ねじ)れていない和紙と、それはもう完全に捻れまくって一本の糸みたいになった和紙。どっちのほうが強度が強いかというと捻れた和紙な訳だ。つまりこれは人間としてどっちが優れてるかといえば捻れた者であってだな」

「確かに紙自体はより強力になりますけど、横から千切る力には弱くなりますよね。それも含めて提督の人間性を表しているんですか?」

「…………」

 

 そう言われた俺は、思わず苦虫を噛み潰したような苦味を舌の上で味わいながら無言を貫いた。

 

 いや、あの、榛名さん? あなたちょっとどっかの誰かの毒舌が移って来てませんかね? 具体的には雪女の権化みたい奴の。

 

流石に会話の流れで劣勢を悟った俺は即座に会話を逸らす作戦に移行する。

 

「そ、そういえばお前も大丈夫なのかよ。ほら、訓練とか、演習とか」

「はい。提督に変わってから無理な遠征も出撃もしなくなりましたから。むしろ今じゃ力が有り余ってる子も居るみたいですし……何ならもう二人ぐらい秘書艦を増やしても」

「やめてください死んでしまいます」

 

 余計なこと言うんじゃなかった。ようやくこいつでも慣れてきたところなのにまた知らない奴が増えるとか俺の胃にド級の穴が開くわ。

 

「もう。秘書艦の件は冗談だとしても、提督もそろそろ他の艦娘達とコミュニケーション取らないとまずいですよ。ほら、吹雪さん達も寂しそうにしてますし」

「いや、それは大丈夫だろ? 現に話しかけてくる奴なんていないし」

「提督が話す機会を作らないようにしているからじゃないんですか?」

「ぐっ……」

「あまりこういうことを言うのも榛名はどうかと思いますが、提督は、提督なんですよ? 今まではどうだったか知りませんが、今はもう私達すべての命を預かる責任者なのです……」

 

 そこまで暗くないはずの会話に、突然の影が差した。

 

「…………」

 

 それは、分かっている。

 分かっているだけに、考えないように避けていたのもまた事実だった。

 

「兵器の分際で何を命などと、なんて提督が言えたら楽なんでしょうけど、きっと優しい提督はそんなこと言えませんよね」

「……優しいかどうかは知らんが、当たり前だろ。そんなことを言える奴なんて、そいつの方がよっぽど人非人だ。人間を人間と呼ぶのに必要なファクターは経歴でもDNAでも籍でもない。理性がある生き物は人間なんだから」

 

 ものを考えて泣いて笑って、時に怒って。そんな姿をこの一ヶ月の中で嫌というほど見てきた俺に、もはやそんな考え方ができる理由など一部も無い。

 

「ですから、私は何があろうと提督を支えます。榛名が提督のすべてを守ります。どんなに辛くても側に居ます。どんな障害からも貴方を守り抜いてみせます」

「……はっ。相変わらず格好良過ぎて惚れそうだな。まぁ振られるまであるんだけど」

「ふ、ふええええ!?」

 

 急に耳元で高い声出すなよ。ふえええってなんだ、ふえええって。

 

 俺が若干引きながらそんなことを考えていると、何故か勢いよく席から立ち上がった榛名がこちらにツカツカと歩いてきて……って近い近い! 顔近いわ! あと肩痛い! 

 

 肩がメキメキすごい音を立ててるせいで腕が変な状態のまま宙を彷徨う。

 多分美女に肩を掴まれながら腕をわきわき動かしてる俺の姿は傍から見たらさぞ滑稽なものになっているに違いない。

 

「て、提督は、榛名にそ、その! ほ、ほれてりゅんですか!?」

「は―――はぁ!? なんだその罰ゲーム式の告白タイム。やめろやめろ! 近いって!」

「いいから早く―――」

 

 わーわー、と俺らが騒いでいると、不意に廊下に繋がるドアがガチャリと引かれた。

 

「失礼する―――失礼した」

 

 長門の顔が半分見えて、また消えた。

 なんで失礼しちゃったの? 凄いやばいもの見ちゃったーみたいな顔でドア閉めたけど何があった?

 あ゛。

 

 よくよく考えてみたら、あっちからは丁度榛名が俺に覆いかぶさって、その、なにか誤解を招く何かをしてるようにも見えるかもしれない。

 

「なぁ」

「みなまで言われなくても榛名は大丈夫です」

「いやその真っ赤な顔で大丈夫はないだろ。まぁいい、いくぞ」

「はい」

 

 俺達の、尊厳をかけて!!

 

『長門さん待ってぇーーー!? 誤解だからぁーーー!?』

 

 尚、顔を赤くしてすぐに執務室から出た長門の姿と、それを追いかける提督と榛名の姿はちゃっかり目撃されていたらしく、なおさら噂が広まったことを二人が知るのはまだ先の事だった。

 

 

 ◆

 

 

「いや分かってる分かってるみなまで言うな。いや、提督も男だから、な。うんうん。安心しろ。私は理解のあるビッグ7だ」

「理解もクソもビッグ7に求めてねーよ。つーかお前絶対便利だから使ってるだろそれ」

「そうです。長門さん。さっき見たのはそういう事じゃなくて」

「あぁ、大丈夫だ。分かっているさ。―――合意の上なんだろ?」

 

 ドヤ顔で言い切る長門に対して、俺はため息を漏らした。

 

 ダメだこいつ。

 

 何とかあの後、競歩選手も驚きの早歩きで去っていく長門を捕まえて執務室まで連行し今に至るが、目の前の長門は顔を赤く染めながら必死に理解ある女感を出しててとてもウザい。

 

 俺は小声で榛名に問いかけた。

 

「なぁ、実はこいつ馬鹿なんじゃないのか?」

「なっ!? 私のことを今馬鹿と言ったか!?」

 

 しかしどうやら相手には聞こえていたようで、憤慨の声が目の前から掛かった。

 

「するわけ無いだろ! お前みたいな誇り高い戦艦を誰が馬鹿にできるってんだよ! この馬鹿!」

「ふふん、そうだろうそうだろう! ……ん? あれ? 今なにかおかしかったような……」

 

 あっ(確信)。

 これは完全にどこかの由比ヶ浜さんと同じタイプですね。

 つーかやっぱり完璧な美人なんていないもんかね。平塚先生然りこいつ然り。かっこいい時とダサい時のギャップが凄すぎだろ。

 え? はるのん? あれはちょっと対象外ですね……。

 

「それで、長門はどうしたんだ?」

 

 これ以上話をややこしくするのも面倒なので――面倒な事にしかけたのは俺だという事実は見ない事にし――そう、長門に切り出す。 

 

「あぁ、すまん。あまりに衝撃的で本題を見失う所だったな……。大本営からお達しが届いて……その内容が、な」

 

 随分と濁らせた物言いに不可解なものを覚えつつも渡された報告書に目を通す。

 

「……あぁ、そういうことか」

 

 そこにある内容を簡潔にまとめれば、前任提督がこの鎮守府の管理をしていた頃よりも数段資材の確保や海域の攻略速度が落ちていることに対する大本営からの苦言だった。

 

 まぁそれも当たり前の話で。

 前任提督の頃は、それこそブラックな環境を作り上げることによってゴリ押しの最高効率を求めていたわけだが今はその方法を廃止しているし、それだけではなくある程度余裕のある勤務になるよう時間も変えた。

 効率が落ちないほうがおかしいのである。

 

 俺が見る資料を斜め後ろから覗いていた榛名も難しい顔をして悩んでいる。

 

「提督……やはりこれでは前の環境に戻したほうが良いのではないか?」

「いいや無理だな。理由はいくつかあるがまず一度こっちの状態にしてからまた戻すとなると多分今より効率が落ちる」

「なぜだ? 前はちゃんとその分成果が出ていたではないか」

「“前は”だろ? でも今は違う。そんな無理をしなくていい環境を知ってしまった。もっと楽で息抜きのできる今を知ってしまった。一度味を占めるとな、抜け出せないんだよ。どんな素晴らしい人間でもな」

「それは……」

 

 それは、理性ある人間だからこその欠陥。比較することを覚えた知性ある人間だからこその弱点。

 その結果起きるパフォーマンスの低下は避けられない未来だった。

 

「それだけじゃない。単純にリスクが高すぎるって理由もある。むしろ今までが異常だったんだ。艦娘ひとりひとりの価値がここじゃどうだったかしらんけどな、世界的に見てもあんなふうなやり方で使い潰していいもんじゃねぇんだよ。あのやり方を続ければ、どう考えてもいつか支障が出て壊れる奴らが出てきただろう」

 

 それが今まで出なかっただけでも奇跡みたいなもんだろ。

 

 吐き捨てる様に言うと、目の前からギリッという音が聞こえた。

 顔を上げると、そこにあるのは長門の思い詰めたような、悔いても悔いきれない罪があるような、そんな顔。

 

「長門?」

「―――いや。なんでもない」

 

 何でも無い訳がなかった。訳ではないが、その問題に踏み込むのはまだ早いと俺の理性が警鐘を鳴らしていた。

 

「そうか……。ともかくこういうとなんだが、見合わないんだよ。艦娘を酷使してまで海域を攻略して資材を得るなんてことはな。そういうのは英雄志望のデイドリーマーの役目だろ?」

 

 それは、感情やその他不確定な要素を一切交えない比較の問題だった。

 艦娘と言う存在は、一人を建造するだけにもそれはもう膨大な量の資材を投入する必要がある。あのボーキサイトや鋼材や燃料や弾薬が、なにがどうして人の形を取るのかは全く理解出来無いが、そこは妖精さんの力、ということにしておこう。

 

「で、でもそれじゃあいつまで経っても世界は深海棲艦の脅威に晒されたままになっちゃいます……」

 

 榛名が寂しそうな声音でそう言う。

 しかし榛名。

 

「勘違いされたくないから言っておくがな―――俺は別に、深海棲艦をどうしようだとかなんて考えてないからな?」

『え?』

 

 俺の言葉に対し、長門と榛名の声が重なった。

 

「俺は世の中をより良くしたいだとか深海棲艦をこの世から廃絶する、だとか。そんな英雄じみたものに興味はないしやる気もない。俺はこの鎮守府を今より改善して、そこそこの運営利益を出しつつ可もなく不可もない評価を貰えてればそれでいいんだよ」

 

 それはきっと、世間的に見れば問題発言以外の何物でもないのだろう。

 

「俺は、責任なんて負いたくない。問題なんかに関わりたくない。お前らの命なんか背負いたくない。俺は俺以外の為に頑張りたくなんてない。だからやれる最低限のリスクを許容して最低限のリターンで満足するんだよ」

「……それなら提督は、なぜ提督になったんですか?」

 

 それは、榛名の口を突いて出た純粋な疑問だった。

 提督業というものは、まさに今俺の口から出たモノで形成されるような職業だ。それが嫌ならやらなければいい。その通りだ。全くもってその通りである。

 

「……さぁな。きまぐれじゃねーの」

 

 それは勿論嘘では無かった。しかし真実でもない事を、言いながら俺は自覚している。

 気まぐれと言っても間違いではない。元々やるつもりなんて無かったものを急にやる事にするなんて、傍から見れば気まぐれ以外の何物でも無いのだから。

 まぐれだった。そういう偶然だった。

 そのまぐれ(雪ノ下)こそが、俺の気を変わらせたのだから。

 

「……なんというか、提督らしいですね?」

「榛名。これ怒ってもいいんじゃないのか? この提督目の前でまぐれで今提督やってるって抜かしてるんだぞ?」

「まぐれでも何でもいいですよ。だって私は現に今、大丈夫なんですから。あの頃よりずっとずっと。―――それに」

「それに?」

 

 長門の問いかける声に、榛名は笑みをもって答えた。

 

「提督、問題になんか関わりたくないなんて言いながら、勝手に関わって解決して、そんな捻くれた人が言葉通りなわけないじゃないですか」

 

 信頼と言うには妄信的に。

 盲信と呼ぶには信頼的な。

 あまりに実感を込めた榛名の言葉に俺は何も言い返すことは出来ない。

 

「……なぁ提督。榛名は少しお前のこと好き過ぎじゃないかこれ」

「やめろ好きとか簡単に言うなそんなわけ無いだろ。……これあれだろ? ちびっ子が近所のお兄ちゃんをやけに崇拝対象にしたがるあの現象だろ?」

「はぁ……。まぁ、提督が言うならそれでいいが」

 

 奥歯にものが挟まったような言い方で言葉を重ねる長門から目を逸らしながら俺は溜息をこぼした。

 

「ともかく、此処は今の運営の形でも一応黒字ではあるんだ。前に戻すつもりはないぞ。ま、それで俺がクビになった時はその時でお前らで好きにやれよ。あんな環境でやってきたんだし、なんとかなるだろ」

 

 実際、俺がいない間も問題なく運営できていたわけだし。

 

「それに―――」

 

 言葉を続けようと口を開いたその同じタイミング。パァン! と軽やかな音を立てて俺が今座る提督用の執務机の正面にある、廊下へと続くドアが開かれた。

 

 あまりに突然の事に驚いても仕方がないと思うが―――お生憎とこれで一週間以上は続けられる行為に新鮮な反応を返してやれるほど俺は優しくはなかった。

 

「HEY! テートクゥ! そろそろお昼の時間になりますネー! 今日はチェスで私とバトルしてもらいますヨ!」

「嫌だ。ノーだ。帰れ。ゴーバックだ」

 

 重苦しかった空気を消し飛ばす喧しい声。あっけらかんとしたその態度と声に、ある馬鹿の姿が重なる。

 

 扉を蹴破らん勢いで執務室へと侵入を果たしたソレは、奇しくも俺の横に控える榛名の姿を想起させる出で立ちだった。

それもそのはず。何せそいつは―――彼女は。

 

 金剛型一番艦 金剛。

 

 先に言っておこう。

 俺はこいつの事がとてつもなく苦手だという事を。

 




今回からようやくちょくちょく登場キャラを増やしていくつもりです。

一応今回から新章ではあるんですが、全くわかりませんね。後から章分けするかもしれません
読んで頂いてありがとうございました!

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