金髪さんの居ない銀英伝   作:ドロップ&キック

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大御所×2、登場


第020話:”天賦の才”

 

 

 

ところ変わってここは帝都オーディン、新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)、黒真珠の間。

玉座が置かれたいわゆる謁見の間で、本日はヤン・ヴェンリー・フォン・ローエングラム伯爵への元帥杖(Marschallstab)の授与式典が厳かに執り行われていた。

 

黒真珠の間に現れたヤンの姿を見た居並ぶ武官/文官/貴族達は、最初に思わず言葉を失った。

 

帝国軍ではおなじみの黒地に銀糸の意匠を凝らした軍服に合わせるのは、鮮やかなターコイズブルーの大綬(サッシュ)と深みのあるフォレストグリーンのマント……

 

整ってはいるが冴えない、あるいは華がないと評価されることもあるヤンだが、その貴族とは思えぬ穏やかで温和な雰囲気に、空の蒼と森の翠を思わせる装いはよく似合っていた。

 

ヤンは自然な動きで跪く。

皇帝からはいつも通りに酒匂がしたが、ヤンに気にした様子もない。

前世を知ってる者がいるなら信じられないだろうが……いかにも典礼になれた貴族的な仕草は、何気に様になっていた。

 

「面をあげよ」

 

そしてフリードリヒ4世はいつものように黒曜石を思わせる……貴族らしからぬ野心に曇らぬ澄んだヤンの瞳に満足を覚え、

 

「中々に(かぶ)いておるのう」

 

と楽しげに口を開く。

そう、有象無象が言葉を失ったのは、ヤンのマントの色……深いグリーンは、自由惑星同盟を象徴する色だったからだ。

付け加えれば明るい青は、思い入れ深い”前世の愛艦(ヒューベリオン)”をイメージしたカラーなのだが……流石にそれを指摘できる人間はいないだろう。

 

いや、存外にそうとも言えないか?

どんな因果律が働いたかわからないが、今生においてもヤンは”ヒューベリオン”を前世とほぼ同じ色と形で()()()()しており、戦場を駆け巡る愛艦ではなく自領と他星系を行き来するプライベート・クルーザーとして乗っていた。

鹵獲した敵艦を改造して自家用機よろしく乗り回してるあたりも、彼の周囲の評価の一つとなってることだろう。

 

「どちらも私好みの色を使っただけのこと。我らが国土を不法占拠する()()風情に、何を遠慮することがございましょう?」

 

「そういえばサッシュのその色は、そちの()()()の色だのう」

 

「御意に」

 

一応、ここが宮廷であることを弁えた言い回しに皇帝はカカッと笑い声をあげ、

 

「よいよい。”ジャスティン”を始祖とするヴェンリーの漢は、そうでなければならぬ。存分に傾くがよい。余の名において許そう」

 

皇帝の、取りようによっては凄まじい解釈が出来る言葉に静謐であるべき玉座の間にざわめきが広がった。

何しろ皇帝直々に”傾奇御免状”を賜ったようなものだ。

 

「ヤンよ。努々忘れるでないぞ? ヌシの主は儂一人じゃ。他の者に頭を垂れる必要など無用。武辺者と呼ばれようと無作法者と呼ばれようと、好きなときに好きなだけ己を貫くがよい」

 

すると、

 

「陛下、お戯れが過ぎますぞ」

 

と諌めたのは、国務尚書のクラウス・フォン・リヒテンラーデ侯爵だった。

特にホッと胸をなでおろしたのは貴族たちだった。

全てではないが大半の貴族達は常々、陛下はこの若造に目をかけすぎると思っていた。

そう、高々”寵姫の兄”である()()の分際に。

 

「この者のことはそれなり知っておりますが、生憎と武辺者、傾奇者と呼ばれる気性は持っておりませぬ。持っているのは数多の戦を己が才覚で勝ち抜く力……所詮は戦場にて放ち磨かれる”天賦の才”でありましょう」

 

はい。諌言かと思えば更に持ち上げてきましたリヒテンラーデ。

ヤンの笑みに困ったような成分が含まれる。

 

「ヌシも戯れについては儂のことは言えまいに。まあ気はわからぬでもないがのう」

 

そして皇帝は再びヤンをまっすぐ見て、

 

「ヤンよ、今日この日よりヌシは帝国元帥となり、元帥府を開闢し同時に宇宙艦隊副司令としてミュッケンベルガーを支える立場となった」

 

一度言葉を切り、

 

「若くして帝国有数の力を得たヌシは、その手に入れた力で何を願い、何を成す?」

 

 

 

「陛下に安息を、銀河に安寧を」

 

「それだけかのう?」

 

「男には勇気を、女には愛を、老人には安らぎを、子供には未来を……明日はきっといい日だろうと希望を持て、人が普通に生まれ、生き、そして死んでいける世界を私は望みます」

 

すると今度こそフリードリヒ4世は呵呵大笑する。

今の帝国でそれを成す事がどれほど難しいかわかってる故に。

 

「ヌシは存外に欲深いのぉ。実によい。それでこそローエングラムを継がせ、元帥杖を授ける甲斐があるというものぞ。このような愉快な気分は久しぶりじゃのう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

さて、”ヤン(Jan)ヴェンリー(Wenlea)フォン(von)ローエングラム(Lohengramm)伯爵は、いくつか屋敷を持っていた。

一つは本宅とも言えるヴェンリー星域にある、ヴェンリー家始まりの場所でもある生家。

もう一つは現在、鋭意建築中の領事館機能や簡易的ながらも艦隊や地上部隊の司令機能、詰め所の機能をもたせたローエングラム公館。

そして最後は、ここオーディンにある帝都別館だった。

 

一応、アウトラインだけ語っておくと……ぶっちゃけキルヒアイス家の隣の屋敷だ。

別の世界線のラインハルトが住んでた家と立地条件は同じだが、かなりでかい上に豪華だ。

それもそのはずで、ミューゼル家(仮)を含む数件の家を買い取り更地にしてから立てたのがこの別宅らしい。

別に意図したものではなく、その当時にまとめて数件買い叩ける場所がキルヒアイスのお隣を含む土地だったというわけだ。

 

そもそもヤンがわざわざオーディンに屋敷を建てることになった理由は、ヴェンリー子爵の家督を継いだ際にどうしても参内する機会が増えてしまい、いちいちホテルに泊まるくらいならいっそ寝泊りする家を建てたほうが安上がりで面倒くさくないじゃないのか?と思ったかららしい。

 

ちなみにヤンは「オーディンに住居を用意してくれないか?」と言っただけで、用意したのは先代ヴェンリー家当主と共に星空の大海へ旅立った執事からノウハウをすべて受け継いだとされる、デキる男のステレオタイプのような若い執事……その名を”レオポルド・シューマッハ”。

()帝国軍人で現在は退役し執事業に専念し、得意技の一つは”主の管財”。ついでに名字のせいか車の運転も得意らしく、アマチュアの草レースでは表彰台の常連だったりする。

元々はブラウンシュバイク公爵家の係累だったようだが、たまたま出会った先代のタイラーが若輩ながらシューマッハに光るものを見出し、交渉の末に青田刈り&一本釣りしたようだ。

執事の一般業務から車の運転、ボディガードに私設艦隊の参謀、果ては潜入ミッションに要人誘拐までこなせるスーパー執事だが、時には気を利かせ()()()ことが珠に瑕。

確かに住居を頼んだが、ヤン的には別荘みたいな物なのだからもっとこじんまりした物を想像していたのだが……出来上がっていたのは、オーディン市外に居を構える貴族の屋敷として過不足ない立派な代物だったりするのである。

その時のヤンの台詞は、

 

『レオ、君が優秀なのは疑う余地もないが、時にはそれも考え物だよ』

 

だったりする。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

シューマッハのことはさておき……この生来の面倒臭がり気質がヤン&アンネローゼ兄妹とキルヒアイスを引き合わせることになるんだから、世の中何が幸いするかわかったもんじゃない。

まあ、ヤンがいくら運命を否定しようと、世の中には”ご都合主義の神様(デウス・エクス・マキナ)”はそこらじゅうに転がってるらしい。

 

「どうやら今回も無事に我が家に帰ってこれたか」

 

軍の公用車からキルヒアイスと共に降り立った時、ヤンは少しは感慨深げにつぶやいた。

戦場では何かと人外扱いされかねないこの男ではあるが、それでも帰宅するときは人並みにホッとするらしい。

最初に見たときは『普通の一軒家建てたつもりが屋敷だったでござる』だったが、今となっては見慣れた感もある屋敷の門を潜ろうとするヤンに、

 

「では”先生”、また後ほど」

 

「ああ。ジーク、来るのはしっかり親孝行してからでかまわないさ」

 

手をふるヤンに思わず苦笑するキルヒアイス。もしかしたら先生にとって、自分は初めて会った時から印象が変わらないのかもしれないと思ってしまう。

まあ、だからと言って別にかまわないが。

 

 

 

とりあえず、戦士にも休息が必要なのは確かだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヤン・ファミリー(?)の平均年齢を引き上げてる帝国爺様×2、絶好調!
というか当分、表舞台から退場しない気がする……

そして微妙に名前だけ出てきたシューマッハにヒューベリオン。


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