金髪さんの居ない銀英伝   作:ドロップ&キック

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今回はいよいよ、あの問題国家(?)と問題集団の話題が……


第034話:”金と政治と戦争と”

 

 

 

ヤンは深く思考を沈下させる……

 

 

 

「人口比や経済比の変動も確かに着目すべきだけど……」

 

銀河帝国:250億人→300億人

自由惑星同盟:130億人→180億人

人口比率(帝国:同盟) 250:130→5:3(300:180)

経済力比率(帝国:同盟) 6:5(48:40)→5:4(50:40)

 

それが、この世界ではヤンのみが知る帝国と同盟の人口と経済の変動だった。

人口比がやや同盟有利となり、逆に一人当たりの経済力は逆に帝国が幾分改善してるのがわかる。

前世は同盟が帝国人口の半分強しかいないのに帝国の経済力は同盟の20%増しに過ぎなかったが、今生では同盟は人口で帝国の60%はいるが、帝国の経済力は同盟の25%増しである。

 

「重要視すべきはむしろ、比率よりも帝国と同盟の()()()()()()()()が50億人ずつ上昇していることかな?」

 

代々ヴェンリー家に家具を納品していた建具職人一族の熟練職人が作ったロッキング・チェアに揺られながら、同じく名人と呼ばれる者の手により生み出されたブライヤー・パイプで紫煙をくねらせる……

 

ヤンが珍しく見せる”貴族らしい姿”だったが、そこに楽しんでいる様子はない。

目線は、フェザーンの状況を示すデータに移っていた。

 

「そしてその()()()()()()()()()()経済の中で、フェザーンは相変わらず20億人の人口で経済の1割を確保してる、か」

 

フェザーンを加えた場合、前世の人口比率が25:13:2、経済力比率が24:20:5。今生は人口比率15:9:1、経済力比率は、5:4:1……明らかにフェザーンの一人当たりの経済力は上昇している。

 

「なぜだ? って考えるまでもないな……フェザーンの経済投資が活発化してる。特に同盟領域において……」

 

フェザーンは『形的には帝国の自治区、実質的には独立国』という体裁は相変わらずだが、前世よりもかなり露骨に同盟に投資、投機、企業売買に土地売買など金融介入していた。

 

 

 

実はこうなってしまったのは、またしてもヴェンリー家が関わってくる。

どういうことかと言えば……

結論から言えば、フェザーンの帝国への大規模経済進出は半ば頓挫してしまっているからだ。

 

順を追って説明しよう。帝国は同盟を未だ国家とは認めてないので体面的には”()()貿()()”は成立しない。

かといって、180億人規模の市場(マーケット)を放置するのはあまりに惜しい……という訳でクローズアップされたのがフェザーン回廊であり、交易惑星フェザーンだ。

 

つまり今生においても、三角貿易に中継貿易と貿易拠点としてのフェザーンは潤い、経済データとして繁栄していた。

実しやかに囁かれる『ヴェネツィア以来の悪辣な重商主義国家』というのは間違った評価ではないし、フェザーン商人が戯曲『ヴェニスの商人』に出てくる悪徳商人に準えて”シャイロック”と帝国/同盟問わずに陰口叩かれるのも頷ける。

 

しかし、フェザーン商人の……いや、フェザーン経済の肝ともいえる独立自由商人や通運関係企業などの船持ちが、全く帝国内の交易網/流通航路を掌握できなかったのだ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

少し歴史を紐解こう。

帝国が同盟の存在を知ったのが、宇宙暦527年(帝国暦218年)の同盟建国から約一世紀経った宇宙暦640年(帝国暦331年)のことである。

そしてフェザーンが成立したのは、それから約半世紀後の宇宙暦682年(帝国暦373年)のことだ。

 

そして、同盟が発見される前にヴェンリー家は既にヴェンリー通運を軸に財閥化しており、帝国屈指の巨大産業にのし上がっていた。

 

例えば、同盟との接触以前にヴェンリー財閥が傘下企業としていたのは、”ヴェンリー通運”を皮切りに”ヴェンリー通商”、”ヴェンリー造船”、”ヴェンリー銀行”、”ヴェンリー保険”、”ヴェンリー土地開発”、”ヴェンリー社会保障”、”ヴェンリー警備保障”、”ヴェンリー農機/工機/重機”の機械生産トリオ、”ヴェンリー食品”に”ヴェンリー医療”、他にもetcetc……

 

何が言いたいかといえば……フェザーンが歴史に登場する前に、主要航路はとっくにヴェンリー家により押さえられていたということだ。

 

当初は辺境の弱小貴族に対する相互扶助を目的としたヴェンリー通運も、その利便性のよさと貴族系企業と思えぬ良心的な価格設定で、特に自前で交易船や輸送船を持てない貴族や小勢力/企業などに販路を拡大していたのだ。

 

販路/流通網の拡大にあわせて帝国に航路使用料を払い、デブリ排除や物資補給などが行える中継ステーション、電波灯台やガイドビーコン、護衛艦を常駐させる警備所を兼ねた観測所などをを設営し航路管理していたのは、ヴェンリー財閥だったのだ。

当然、フェザーンの交易船にただで航路や交易インフラを使わせるわけもなく、管理航路の通行料や施設使用料を吹っかけたのだ。

 

 

 

これに頭にきたフェザーンは、直接的手段をとることを選択した。

裏で海賊を雇い、ヴェンリーの船や施設を襲わせる言わば”()()()”として使おうとしたのだが……これが見事に失敗した。

 

当たり前だが、同じ手は遥か以前にヴェンリー家と敵対する貴族が行っていたのだ。

そう、その昔”貴族達の私掠船”その対抗手段として起業されたのが”ヴェンリー警備保障”だ。

なんせヴェンリー家初代当主のジャスティン・タイラー・フォン・ヴェンリーは、銀河連邦時代に駆逐艦の艦長としてルドルフと一緒に海賊狩りやってた経歴の持ち主だ。

その血筋であるヴェンリー家が、海賊や海賊を私掠船として使った敵対貴族に容赦するわけがなかった。

 

例えばある時など、拘束して船倉に放り込んだ乗員ごと海賊船が、雇った貴族の屋敷の”()()()”自動操縦で落ちた。

勿論、落ちてくるのは海賊船だけとは限らない。

例えばヴェンリー家に返り討ちにあい無残に破壊された海賊船の残骸が、重力に引かれて大気圏内で燃え尽きない流星雨となり落下した。

またある時は、貴族の私有船が原因不明の故障を起こしてコントロールを失い自領に落ちた。

耐用年数が過ぎ廃棄場所へ搬送中のスペースコロニーや、軌道を外れた小惑星なども落ちたことがあったらしい。

特に後者二つは、一体どこの宇宙世紀なんだかという感じだが……

無論、全ては”事故”として処理された。

 

本来、メテオ・スィーパー(惑星落着物破砕)の作業も担う私有艦隊が貴族にはあるはずだが……それがどういうわけか悉く機能してなかった。だが、それは多くの場合は不問とされた。

ただ、私有艦隊がスクラップになっていたケースもあれば、()()()()()にヴェンリー家の船が増えていたケースもあるが……それは些事と看做されたらしい。

 

というのも根本的にこれはあくまで『貴族同士の諍い』であり、権力者が絡んだ面倒事に国は関与したがらないのは古今東西同じで、宇宙時代になってもそれは変わらないようだ。国に構造的腐敗があれば尚更だろう。

例えば積極的に関わり、有力貴族……特に経済的/物理的報復手段が豊富なヴェンリー家の恨みを買うのは、極めて得策じゃない。

ましてやそこに建前的には非合法、公式記録上は存在しないことになってる宇宙海賊まで登場するのだ……誰だって火中の栗は拾いたくないし、わざわざ藪を突いて蛇と対面したいとは思わない。

だから、事件自体には見て見ぬふりをして、事が終わったら適当にお茶を濁すのは、ある意味無難な選択なのだろう。

言ってしまえば、

 

『どうせ法で裁けないんだから、好きなだけ殺し合ってください。煩い事は言わないし、黙認だってしますから』

 

というある種の正しくも投げ遣りな態度だった。

こんな顛末を見せ付けられたのだから海賊も敵対貴族も震え上がり、ヴェンリー家に”直接的/物理的な手段”で手を出すものはいなくなった……

 

 

 

それが語り継がれていた恐怖神話じみた土壌があるのに、新興のフェザーンごときの頼みなど聞く海賊などいるはずもなかった。

非合法集団でありながらしぶとく生き残ってるとはいえ、ヴェンリー家に不用意に手を出して同胞を大幅に削られた過去など簡単に忘れられるものじゃない。

しかもフェザーンは気づいていなかったが、声をかけた中に助命する代わりにヴェンリー家に従属と忠誠を誓った海賊もいて、それがヴェンリー家にフェザーンの陰謀を伝え……逆にフェザーンの交易船が海賊の標的にされた。

 

 

結局、フェザーンの交易船は定期航路や主要交易路の掌握を諦め、始祖レオポルド・ラープの時代から繋がりがあった貴族相手に発注があったときにチャーター貨物船を飛ばす日々となったのだ。

さしものヴェンリー家も有力貴族の息がかかった合法の荷を襲うほど、貴族というものに無知ではなかった。

もっともそれ以外は、容赦などしなかったが。

特に貴族が表沙汰に出来ない密輸船など、格好の餌食だったようだ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

こうしてフェザーンの資本は帝国から尻尾を巻いて逃げ出し、帝国で手に入れそびれた物を同盟で手に入れようとした。

まだ国家として未熟で法的整備が十分ではなく、監視の目も行き届かない同盟はフェザーンにとって魅力的なマーケットとなった。

また商人にとって特権階級が利益を独占する封建的帝政より、『経済力を上回る政治力は存在しない』ことから資本主義社会のほうが相性がよかった。

同盟は実質はともかく建前的には共和制民主主義だが、同時に経済は資本主義であり、帝国との恒常的な戦争状態の突入で経済に健全性が失われつつあった……軍事産業複合体が幅を利かせ始めたこの時期は、フェザーンにとって同盟経済へ食い込むまたとない好機となったのだ。

 

「かくて同盟経済はフェザーンと表裏一体となったか……」

 

現在、同盟経済が前世より表向きは堅調なように見える根本的な理由は、フェザーンとの密接な経済的連結だ。

それは財閥側の調査資料……フェザーン資本の同盟への年間投資額の上昇率や、同盟領内におけるフェザーンの保有資産の増加率、戦時国債を含むフェザーンの同盟国債の買い付け金額もそれを物語っていた。

 

もし同盟がヤンのみが知る前世の同盟の末期的な経済状況ならば、帝国との経済力比はもっと開いてただろう。

 

 

 

「同盟はフェザーンが歴史に登場してから経済的ドーピングを服用し続け、すでに危機感が麻痺してる……常用するのが当たり前になっている。いや、むしろドーピングというより麻薬かな?」

 

麻薬といえば地球教の十八番。地球教とフェザーンは常に表裏一体……いや、むしろフェザーンこそが地球教が同盟や帝国に食い込むための”表の顔”に過ぎない。

 

ヤンは『自分が誰に、何のために殺されたか?』を忘れてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




自由惑星同盟強化ふらーぐ!(挨拶

どうも同盟もフェザーンも原作より更に厄介になってるようです(^^

ただし、それ以上にヤンも……いや、ヤンを含めた代々のヴェンリー家がエゲツなかったでござる。

海賊にも敵対貴族にも恐れられたヴェンリー家……でも若手門閥貴族は、その恐ろしさがわかってない罠。

ヤンの何気におっかない性格は、前世記憶や彼の資質もさることながら血筋も影響してそうな……?



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