赤服、にこやかに送り出す。
鉄壁、鍛えられる?
「ファイエル!」
かつて同盟時代は”ハーキュリーズ”と呼ばれていた戦艦、今は提督にちなんで”ベルセルク”と改名した船のブリッジで、エリザベート・イリヤ・フォン・カストロプは愛らしい声で一斉射撃の号令をかけるが、
「固くはないが崩しにくい……」
思わず歯噛みしたくなる。
ケスラーの艦隊は決して堅牢な防御陣形を引いてるわけではない。
実際、突進して砲撃をかけると、いとも容易く突破できそうな雰囲気にはなるが……
「艦隊損耗率、5%を突破しました!」
「くっ……」
だが、妙にカウンターが上手い。
こっちの突撃を”やんわりと受け止め、受け流し”ながら、即座に切り返し艦ごとに練度がバラバラなこちらの艦隊の
「強敵ね……」
☆☆☆
「やるではないか」
一方、バルバロッサのブリッジではケスラーが思わず賞賛の声をあげていた。
「個艦の練度が不揃いの中で、よくもああまで艦隊としての体裁を維持できている」
イリヤはケスラー艦隊の崩せるようで崩せない”柔軟な防御”に驚嘆していたが、ケスラーはまったく別の見解を持っていた。
実はケスラーはイリヤが想像してるような防性の艦隊運動に関しての苦労はほとんどしていない。
無論、正規軍であるケスラーの艦隊は全体的にイリヤ艦隊より練度が高く、均質だということも影響してるだろう。
いや、それが最大の差異かもしれないが……無論、それだけが理由で現状のような状況が発生してるわけじゃない。
それは前世にはなかった、同盟の鹵獲品の徹底的な調査をはじめとするコンピュータのハード・ウェアのなりふり構わない進歩、ソフトウェアの改良に継ぐ改良の賜物……ヴェンリー財閥の総力を結集させ開発させた
そのシステムの名は、”クラスター・フラクタル・モデリング・システム”。
そもそもこのシステムの原型、群体生物の行動解析……例えば微生物や魚の群れを”動的柔フラクタル構造体”と捉え、そのフラクタル構造体の中から個々をクラスターと解釈し、三次元モデリング解析を行うことを骨子とするシステムだった。
その理論を元に艦隊戦に適応するよう開発されたのが上記のシステムでる。
例えば従来の艦隊戦の砲撃は、レンジ・ワイル・スキャンやトラック・ワイル・スキャンによる艦隊砲撃がメイン、それをチャート化すると、
データリンクにより各艦や哨戒艇などのレーダーをはじめとするセンサー情報を結合(複眼化)/情報の共有化 → 捜索/索敵 → 索敵した敵の中から脅威度を判定 → 抽出した高脅威度の敵を索敵を
というのが基本の流れとなる。
これを艦隊統制射でやるか個艦砲撃にするかは、提督のその都度の判断だろう。
だが、クラスター・フラクタル・モデリング・システムは、データリンクによるセンサーの複眼化や情報の共有化までは同じだが、敵艦隊を
そして付ける『条件』は、かなり
具体的に言うなら、ケスラーは『旗艦を基準に、艦隊運動に追従できていない、もしくは命令自体を実行できていないクラスターを優先的に抽出』という指示を出し、実行させたたのだ。
それは例えば、魚の群れの中から弱った固体を見つけ出し、狙いを定める捕食者の行動に似ている。
またこのシステムは敵艦隊を一つの構造体として処理するため、艦隊全体としての動きが先読みがしやすく、また自艦隊も同種の構造体としてモデリング処理されるため、『群れとしてどう動けばいいか?』の指示が出しやすい。
もし、このシステムの欠陥をあげるとすれば、その最たるものはシステムの概要や理論を理解してないと扱いづらい単なる宝の持ち腐れになること、そして持ち腐れにするにはあまりに高価なシステムだということだろう。
実際、コンピューターユニットだけで、軽く巡航艦1隻買える値段なのだ。おかげで現在、搭載されてる船は”
結局、ヤンは「楽して勝つ」「味方の損害は少ないほどいい」という信念を、
かつての彼は戦場で自分の智恵を絞り成しえたし、今の彼は戦場の”遥か以前”にそれが成し遂げられるようになったに過ぎない。
どこぞの国民的子供向けアニメじゃないが、今のヤンは累計60年近い生の蓄積で得た「あんなこといいな、できたらいいな」を出すだけでいい。叶えてくれるのは不思議なポッケでは無くヴェンリー財閥のスタッフ達だ。
その結果として、イリヤ艦隊は受け流され、ウィークポイント……二度に渡り行われた貴族主体の討伐軍から引き抜き再編した”追加兵力”を集中的に狙われ、血を流し続けていた。
だがケスラーが驚嘆したのは、一方的にじわじわと着実に味方が削られてる中で、未だ「艦隊を維持できている」ことだ。
堪え性というものが微塵もない並みの貴族艦隊なら、プレッシャーから恐慌に走り、統制を失っても可笑しくはない状況だ。
「これが”カリスマ”というものか?」
正規軍を基準にするなら烏合の衆に近しい集団を率いていながらこれだけの統率を維持できるのだから……
(たしかに閣下が欲しがるのも無理は無い、か)
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「ウルリッヒ・ケスラー! その名、確かに我が魂に刻んだぞっ!!」
そう捨て台詞を残し、イリヤ艦隊は損耗率が10%に達した頃に撤退を開始した。
ケスラーは特に追撃の姿勢は見せなかった。
だが、
『これでお別れとは実に残念だよ。また
「言ってるがいいっ! 次こそは貴様に敗北の屈辱を味あわせてくれようぞ!!」
イリヤ、多分それはフラグだ……
☆☆☆
『ケスラー卿、初めてのシステム実戦運用は上手く行ったようですね?』
傍受が極めてされにくい指向性近距離通信の向こう側にいるのは、”赤毛のノッポさん”ことキルヒアイスだった。
「ああ。期待以上の出来栄えと言っていい。システムの柔軟性や冗長性は高いし、特性と使い方の
『それは重畳ですね。先生もきっと喜ぶでしょう。それにしても……』
キルヒアイスは小さく微笑み、
『ケスラー卿が思ったよりも演技が達者で驚きでした。
「おいおい。どちらかと言えば、今回の私の役回りは『
とケスラーは苦笑と共に、普段より芝居がかった調子で返す。
存外、今回の道化師役は、ケスラーにとっていわゆる”当たり役”、あるいは”はまり役”なのかもしれない。
何しろ芝居がかった言い回しなのに嫌味は無く、普段より仰々しい動きなのに自然だった。
「もっとも、演じることが嫌いな者は情報参謀には向かないだろうね。演じて相手を翻弄し、相手の演技を見破り真意を見抜くのも重要な仕事さ」
どちらかと言えば、それは諜報員の適正のような気もするが……まあ、言わぬが花だろう。
『”人生は舞台。人は皆、役者”ですか?』
「シェイクスピアか……悪くないセンスだ」
ケスラーとキルヒアイスの二人で話しているような描写になってしまったが、実はこれ通信での提督会議。参加者はもう一人いるはずなのだが……
「ところでミュラー、随分と静かじゃないか?」
『どうかしたんですか?』
『いや……どうも自分の知っている軍隊とは色々かけ離れていて、思考的咀嚼するのに時間がかかってしまってます』
その表情は困惑だ。
まあ確かに普通の軍隊は、侵攻軍の司令官が赤い戦艦に乗って赤服で華麗に登場したりはしないだろうが。
だが、ケスラーは柔らかい笑みで……
「ミュラー、今更何を言っている? 閣下が開いた元帥府が、よもや普通であるはずがあるまい?」
そして、キルヒアイスも生暖かい瞳で、
『早く慣れてくださいね』
『えっ? 俺? 俺がおかしいのか!?』
思わず歳相応の地が出てしまってるミュラー……
彼がいずれ頂くだろう”鉄壁”の二つ名は、このままいくと物理面ではなく精神面のことを表すようになりそうだ。
チート・システム!(挨拶
いや、でもこういう群体モデリングや解析システムは既に21世紀にもあるので、言うほどチートじゃなかったりしますが(^^
どちらかと言えば、ガルガ・ファルムルに搭載されてる”
負けるな同盟! それ以前に負けるなイリヤ! そして何より……負けるなミュラー!(笑