『エリザベート・イリヤ・フォン・カストロプ殿、貴女の戦争は終わったのだ』
それはイリヤの命に従わぬ者達を物理的に
『おめでとう』
その時、イリヤは呵呵大笑した。いや、どこぞの幼女ヴァンパイアが如くカカッと大笑した。
そう、それはいっそ気持ちいいほど完敗し、だからこそ敗北を素直に受け入れられたがゆえの清々しい笑顔だったという。
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「なぬっ!? 最初から
その事実を聞いたとき、流石のイリヤも唖然とした。
「ああ。その通りだ」
と悪戯に成功した子供のように満足げに微笑むのは、応接テーブルを挟んで座るケスラーだった。
さてさて、ここはケスラー艦隊旗艦、”赤い角付き”こと”バルバロッサ”の貴賓室である。
れっきとした戦艦の中に豪華な調度品が置かれた貴賓室があるのは妙と思われるかもしれないが……この船をはじめ旗艦をまとめて発注したヤンも貴族だということだ。
別にヤンが珍しく貴族趣味丸出しに走ったという訳ではなく、彼も帝国貴族である以上はその”
その分、ブリッジをはじめ船内には、誇大妄想と虚栄と自壊の象徴のような重く脆い大理石の柱など一柱たりとも建ててないが。
ヤンに言わせれば……
『柱も部屋もどっちも無駄なような気もするけど……倒れてこない分、部屋の方がまだマシなんじゃないかな? たまには使おうとする物好きがいるかもしれないし。それこそ大理石の巨大石柱なんて使い道ないだろ? インテリアにしてもいい趣味とはいえない』
とのことである。
実際、こうして好き好んで使ってる物好き……いやいや、招くべき
どうでもいいが、イリヤと
なにしろゲストらしいので、丁重に扱われてる二人から武器を取り上げるような真似をケスラーはしていない。
つまり何やら色々妖しいギミックが仕込まれていそうなイリヤの得物、ピンクのバルディッシュも健在だ。
ミュウもブリティッシュ・メイドスタイルのロングスカートの下には”
それを言い出したらアンネローゼやマルガレータも似たり寄ったりだが……というかマルガレータはまだネコさんパンツに護身用のマイクロ・ブラスターと可愛いものだが、アンネローゼの場合は……何処に何を隠してるのかわからない怖さがある。
昔から、それこそ寵姫になる前から愛用しているキルヒアイスも御愛用の両袖口の
ちなみにこれだけの装備を身につけても、アンネローゼは普通
具体的には、時折重力や人間の身体能力や関節の可動領域を無視した動きをする。
もはや寵姫なのかSPなのか不明な感じではあるが、あのリアル熊と素手で張り合える
それはさておき……
「つまり何か? 貴殿らは我を誘き出すためだけに小惑星に大規模な土木工事を行い、アステロイドベルトから引っこ抜いたというのか?」
「他にも理由はあるにはあるが……私の指揮する”プロイエクト・アクシズ”の最大の目的は……エリザベート・イリヤ・フォン・カストロプ、君を生きたまま身柄確保することだ。それが閣下、ヤン・ヴェンリー・フォン・ローエングラム伯爵元帥の意思でありオーダーさ」
無論、並行して行われてるだろうカストロプ本星攻略作戦、キルヒアイス指揮の”プロイエクト・ゲヘナ”の陽動だということはおくびにも出さない。
「呆れたな……流石に自分の価値がそこまであるとは考えておらぬかったよ。ローエングラム伯は我を生け捕りにして何を望む? こう言ってはなんだが、我は女としては全くの”
「欠陥品?」
不思議そうに首をかしげるケスラー。
強敵、難敵、それに天才という評価なら納得もするが、イリヤと欠陥品という単語が上手く結びつかない。
「見た目でわかるだろう? ”
イリヤは苦笑しながら、
「だから初潮を迎えることも無い……つまり子をなすことができんので、政略結婚には使えん。所詮、後には繋がらぬ命だ。加えてこの姿から成長も老化もせん。死ぬまでこのまま……と言えばメリットにも聞こえようが、見た目どおり子供並みの新陳代謝、つまり細胞の分裂速度だ。かといってテロメアが特別長いわけでもなく、他の致死因子が他人より少ないわけじゃない。医者の見立てでは、我の寿命は50歳まで生きられれば大往生といったところのようだな」
その事実をとっくの昔に受け入れていたイリヤはむしろ淡々と話す。
「晴眼帝が劣悪遺伝子排除法を有名無実化しなければ、我などは『生まれなかったこと』にされていただろうな。いや、今でもさして変わらぬか……我が表舞台、三次元チェス選手権に出れたのも、実際の年齢が幼いからだ。父が存命だとしたら、我はそう遠くない将来、”いつまでも成長しない姿”を見られぬために幽閉でもされていただろう」
そして侍女兼副官のメイド少女を見て、
「ミュウ……ミュヒャエラ・エーデルフェルトも同じ病でな。『同病相哀れむ』という奴だ。”もう一人の
そう言い終えるとイリヤはケスラーに向き直り、
「以上が我の秘密、我が欠陥だ。これを聴いた上でどうする?」
むしろどう返答するか興味深そうに微笑んだ。
「なんだ、”その程度”のことか」
ケスラーは芝居がかった調子で安堵した表情を見せ、
「閣下の判断は、それを聞いたところで何一つ変わらないだろうな。改めて判断を仰ぐまでも無い」
「ほう……欠陥を抱えた我を抱え込むと抜かすか? 保守的で閉鎖的な貴族社会では、取り返しのつかぬ汚点になりかねんぞ? 我とてヘルクスハイマーが何故死んだのか……その経緯をまったく知らぬわけではない」
「些細なことさ」
ケスラーはばっさりと切り捨て、
「閣下が貴女を欲しがる理由は、そんな”小さな事柄”では
イリヤは一瞬、ぽかんとした顔をする。
その表情は、彼女の年齢に相応しい幼いそれだった。
「……まさか重度の
意外なことにそれは、父のオイゲンが猛反対して彼女の耳に入る前に頓挫したらしい。
別に娘可愛さではない。
イリヤがなれるとしたらよくて妾、悪ければ人目の届かぬとこに隔離された
遺伝的欠損の身内が、貴族社会では巨大スキャンダルになるのはヘルクスマイヤーがリッテンハイムに消されかかったことから自明の理……有力貴族の正妻ならまだしも、イリヤを外に出して得られる物に比べたら、自業自得で敵の多かったオイゲンの背負うリスクはどう考えても割に合わないとの判断からだった。
「生憎と閣下がそのような性癖をお持ちとは聞いたことがないな」
内面の動揺を押さえ込み、そう軽く言い切るケスラーの鉄面皮っぷりはさすが情報将校の面目躍如といったところか?
「ククク……」
イリヤは表情を大人びたそれに戻すと喉の奥から絞るような笑い声を出し、
「面白い。我も俄然、”帝国一の変人貴族”に邂逅してみたくなったぞ」
そしてこの語らいこそが、彼女の運命を大きく変えてゆくことになる。
そう、後世に”カストロプを最も効率よく踏み台にした女”と評されるほどに……
キルヒアイスまで届かなかった!(挨拶
これでイリヤのターンは終了です(^^
次回からはいよいよプロイエクト・ゲヘナに視点が移る予定っす。