魔剣少女と出会ったあの日、僕は彼女に救われた 作:高坂ミチル
「ーー救ってあげますよ、現実から」
そう言った彼女が、此方を振り返った。長く、艶やかな漆黒の髪が円を描いてふわりと宙を舞う。それと同時に、優しく甘い仄かな香りが僕の鼻を掠めた。女の子の匂いだ。
ーーそれは、咄嗟の出来事だった。
今でも頭で理解することが出来ない。『ソレ』を見たにも関わらず、僕ーー『安藤(あんどう) 優(ゆう)』は、目の前の出来事が信じられなかったのだ。
真夜中の街中を何ともなく歩いていた時、『ソレ』は起こった。突然目の前の空間が『歪んだ』かと思うと、そこから髑髏のような被り物をした、僕より一回り大きい……そう、一言で表現するならーー『化け物』が現れたのだ。
その『化け物』ですら理解が追いつかないのに、更には空から『斧のような形をしたナニカ』が『化け物』に落ちてきて、『化け物』を一刀両断してしまった。
挙句、その『斧のようなナニカ』が。
「いやぁ、周りに誰もいないし、ここは消去法で目の前のあなたが『マスター』、ということになりますかね」
ーーこうして僕の目の前で、『女の子』になったのだ。
この一連の流れまで、僅か数分。本当に咄嗟の出来事だった。これを現実だと、この世の誰が言い貼れるのだろうか。いや、いないだろう。それだけは確信を持って言い貼れる。
……兎にも角にも、理解など何一つ追い付かないこの状況で、僕が唯一出来ることと言ったら。
「……君、は?」
ーーこの子の名前を尋ねることくらいしかなかった。
ーーー
ーー
ー
「いやー、これがマスターのお部屋ですか。まるでマスターの貧相な人生を表したかのような寂しい部屋ですねー救えないですねー」
ーー『ジャガーノート』。
僕の部屋に入るなり罵倒してきた少女は、僕の問いかけに対し、自らの名をそう発言した。
長く艶めかしい漆黒の長髪に、僕を見つめるその灰色の瞳は、大きく冷たく、まるで僕の視線全てが彼女に吸い込まれそうな感覚を覚える。顔も間違いなく可愛く綺麗であるため、余計にそう思えてしまう……が、
「あの、さ。ジャガーノート……さん?」
「ジャガーノートでいいですよ、マスターさん。それで?まるで私の体を隅々まで視姦するような瞳で見つめてきて、どうかしましたか?」
「いや、見てないから!違うから!!……って、いや、そうじゃなくてさ。その、格好をもうちょっと、ね?」
ーーそう、格好があまりよろしくなかった。特に高校二年生である思春期真っ只中の僕にとっては。
頭につけているナース帽とは裏腹で、少しボロついたナース服の上に灰色のパーカーを羽織っている……という上半身はまぁ特に何も問題ない、いや、コスプレみたいで問題はある姿なのだが、如何せん下は何も履いていない。
まるで裸ワイシャツ……いや、この場合、裸ナースだろうか?
「ははぁーん?つまりマスターさんは、私のこの下半身の際どい格好に興奮してるわけですねー?」
「い、いや、そういうわけでは……」
いや、恐らく下着は付けているのだろうが、せめてスカートとか何かあっただろうに。素足をモロに見せてる彼女の格好はどこか扇情的で……要はエロい。
狼狽えている僕の様子を見て調子に乗ったのか、ナース服の裾をパタパタと挑発的にはためかせてくるジャガーノート。見えそうで見えないその姿に、ドキドキしてしまう僕は思春期の男です。年頃の女の子がそんなことしちゃいけません。
だが、僕は誘惑なんかに負けない。それよりも先に聞くべき話があるのだから。僕は、決して負けない!
「私今、履いてないんですー……って言ったら、どうしますー?あ、今目がちらっと動きましたねー?やだなぁ、ほんとは履いてますよ?」
ーー誘惑に負けました。それも盛大に。挙句に相手にバレているというおまけ付きで。
仕方ないじゃないか。彼女がコスプレのような格好をしているにしても、その姿がエロくて、見えそうで見えなくて……尚且つ履いてないなんて発言されれば、誰だって気になるじゃないか。目がいくじゃないかーーって、そうじゃなくて!
「兎に角!さっきのあの『化け物』の事と言い、君の事と言い、僕がマスターなんて言われてる事と言い、全部教えてもらうからね!強引にでも!」
「エロ同人誌みたいに?うわぁ、本当に救えないマスターさんですねぇ」
「だから違うってば!!」
やーん、と彼女は自分の体を両手で抱くように形取ると、くねくねと身を捩らせながらとんでもない発言をしてきた。しかしそれすらも絵になっており、だからこそ余計にタチが悪い。
「マスターさん?いくら私が可愛いからって、先ほど会ったばかりの女の子に手を出すとか救えないですよ?」
「いやだから出さないって!それに僕はもっと胸のーーすいませんなんでもないです」
まずい、彼女の地雷に触れてしまったのだろうか。冷たい印象を受けるその大きな瞳が、更に冷たくなった気がする。
「わ・た・し・の?胸が?どうしましたか?救えないマスターさーん?」
その華奢な腕の何処にそんな力があるのか、僕の頭をねじ切れんばかりに握り締めてくるジャガーノート。……これから先、胸の話については触れないでおこうと心に決めた瞬間であった。
しかし僕も、ここで話をはぐらかされる訳にはいかない。あの時見た、あの『化け物』……そして、この少女が少女ではなく、『斧のようなナニカ』の姿をしていたこと。
兎に角、わからないことが多すぎる。鍵を握るのは間違いなく、目の前にいる彼女ーージャガーノートだ。
「そんな暑い眼差しで見ないでくださいよマスターさん。もしかして私を部屋の中に連れ込んだのも、そんな雰囲気にさせといて襲っちゃうつもりだったんじゃないですかー?」
いや違うから。数分の出来事だったとは言え、あんな騒ぎを起こせばその内誰かが見に来るだろうと思って連れ込んだんだよ?ついでに君の格好が少々よろしくなかったから。
ーーそう。今までの話からわかる通り、今現在僕達がいる場所は、あの人気のない街中の道から僕の家ーー正確にはアパートだがーーに変わっている。
あの後、このジャガーノートによって真っ二つとなった『化け物』は、体が崩れ始めたかと思うと、まるで最初からそこにいなかったかのように全て塵となり空へと消えていった。
あの『化け物』がいたという痕跡は一つ残らず消えたわけだが、ジャガーノートが空から落ちてきた際に起きた衝撃の余波は、隠すことが出来ない。クレーターも出来ちゃったし、すごい音もしたし。
と、言うわけで、騒ぎになる前に彼女を僕の部屋へと連れてきたのだ。道中通行人から奇怪な目で見られたけど。主にジャガーノートが。
「ごほんっ!……お願いだ、ジャガーノート。誤魔化さないでほしい。『アレ』は一体、君は一体ーー何者なんだ?」
また逸れてしまった話を元に戻そうと咳払いをして、そう問いかける。彼女、ジャガーノートは一体何者なのか。そしてあの化け物は、何なのか。
「……本当に、教えて欲しいんですか?」
「ーーっ!!」
先程のような巫山戯た雰囲気から一変し、笑いが消えたジャガーノート。その急な変貌ぶりに、ゴクリと生唾を飲み込む音が喉から鳴るが、僕はそれでも言葉を発した。
「……うん、教えて欲しいんだ、ジャガーノート。あの『光景』を見たあとじゃ、僕も普通の日常に戻れるなんて思ってない」
「そうですかー。いやぁ、まさか『アレ』を見たあとにそんな決心が出来るとは、私も意外とマスター運に恵まれてますねぇ。普通は逃げ出そうと考えるんですけど」
そう言ってケラケラと笑い、雰囲気を和らげるジャガーノート。根は優しいのだろうか、彼女は。罵倒は酷いけども。
……何はともあれ、この日僕は、彼女ーージャガーノートと出会い。
「まぁ、知っておいて貰わなければ此方としても困りますしねー。それではお話しましょうか、あの『化け物』……」
今まで通りの日常は、唐突に終わりを告げ。
「ーー『冥獣』のこと……つきましてはこの私、『魔剣少女』について」
ーーそして、非日常を迎えることになった。