偽伝・機動戦艦ナデシコ T・A(偽)となってしまった男の話   作:蒼猫 ささら

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憑依という事もあってか出だしは聖杯の少女の方と被ってます。
ただ主人公はそちらと違って本当に憑依物となってます。


第一話―――憑依

 

 

「ッ……此処は?」

 

 ボンヤリとする頭を振って身を起こし、辺りを見回す。

 空には星が見えて暗く、今が夜間であることを示していたが、遠くに在る町の光が薄っすらと届いていた為、周囲の様子を窺う事ができた。

 

 「何でこんなところに?」

 

 思わず呟く。一面が草で蔽われた草原に俺は居た。

 何時の間にこんな所で眠ってしまったのだろうか? いや、そもそも俺はこんな場所に見覚えは無いし、来た覚えも無い筈。

 おかしな事態に首を傾げながらも、立ち上がって灯りの在る町の方へ歩き出す。

 途端、ぶわっと強めな風が吹いて俺の身体を撫でた。

 

「うっ……さぶっ」

 

 思わぬ風の冷たさに身を竦ませる。それに夜間である為か、時季に合わず妙に空気が冷たい。もしかして風邪を引いたのかも知れない。さっきから声もなんだか変だし、と思いながら手で身体を擦り――ってあれ?

 手から伝わる感触に違和感を憶え、視界を下げて自分の身を確かめる。

 持っていた覚えの無い黄色いシャツにジーパンを着用している自分。さらに気付くと首から紐のような輪っかをぶら下げている。

 ちなみに紐はペンダントだったようで宝石か、何かの石が付いていたらしい跡がある。

 

 ――――――――………………オーケー、OK、おーけー。落ち着け、俺よ。

 

 気付いたら夜の草原だとか。気が付いたらペンダントの石が無くなっていたとか。何だか色々と記憶に引っ掛かるものが在るが、気のせいだと思いたい。

 

 つーか、気のせいであって欲しい。そう思いながらも何か確認できる物が無いかとジーパンのポケットを探る。

 そしてソレは、アッサリと見つかった。

 ジーパンのポケットから出てきた一つの財布。

 勿論俺はこんな財布には見覚えが無い。……無いのだが、状況を確かめる為にも……と。何となく感じる後ろめたさを誤魔化しながら財布の中を漁る。そこからいの一番に出てきたキャッシュカードらしき物を見て――俺は固まった。

 

 「は、ははっ……はははははっ……」

 

 そして意味も無く可笑しさが込み上げて来て、笑いが止まらなくなる。

 何故ならカードの所有者を示す欄に――テンカワ アキト――と書かれていたのだから。

 なんだ此れは、つーか……ほんと何の冗談だ此れは。アレか? 不慮の事故で死んだ先は、二次元の世界でしたww 憑依物ワロス……ってか?

 そもそも死んだ憶えもねーっての。

 ……でもなぁ、頬を抓ってみるまでも無く、この感じる空気の冷たさとか、風の寒さだとか、明らかに現実なんだよなぁ。

 

 思わず肩を落として吐いた溜息が白かった。

 

 俺の主観では今は夏の筈なんだけど、この寒さは……ああ、そうか、そういえば。確か木連が火星を攻めたのって11月1日だっけ。

 劇場版から20年ほど経つというのに、未だに好きなアニメがナデシコだと言える俺のオタ知識がすぐさまそんな答えを出して、些細な疑問を払拭す――――って!? 待て待てまてって!!

 こんな馬鹿げた事が現実だって認めてるのか俺は!? この現状がどこかの馬鹿が仕掛けた悪戯って可能性の方が大きいだろうに!!

 そう、友人らが戯れに仕掛けたドッキリかも知れないだろう。きっと今も直ぐ近くで俺の狼狽する姿を見て、せせら笑っているに違いない。

 そう思って闇夜に目を凝らして辺りを見渡すが、人が身を隠せそうな場所や遮蔽物は見当たらない。

 

 ならば、望遠か! 

 

 思い至り、人工の灯が燈る方角をキッと見据え、手の込んだ悪戯への報復を決意し、気合を入れて足を踏み出す。

 

 正直に言えば、俺はこの時にとっくに此れが現実であると感じて……或いは気付いていたんだと思う。だとしてもだ。ソレを認めたくなくて、あえて悪戯だと考えたり、意味も無く強がって報復だー、と意気込むフリをしていたんだろう。

 

 だから、こうして目にした事実に俺が項垂れているのは、当然の帰結だった。

 

 どこぞの公園のベンチに座って黄昏れている俺。

 ハア、と今日……いや、ここ数時間で、もう何度目になるか分からない溜息を吐く。

 まず、この町は佐世保だった。

 そう、ナデシコが建造されたドックが在ったり、テンカワ アキトが第一話で働いていた中華料理店が在るあの佐世保だ。

 走っている見たことも無い車種の車のナンバープレート、交通案内板。この公園で見つけた、恐らく非常に珍しいと思われる公衆電話にあった電話帳。

 それら全てが此処が間違いなく佐世保であることを示していた。オマケに今が西暦2195年であるらしい事も分かったし、公園のトイレにあった鏡で自分の容姿も確認した。

 

 正直、誰っ!? 何処の若造だよ……って感じだ。

 

 訳が解んなくとも目の前の事実は変わらない……って、某オルタな世界の天才物理学者が言ってたけど、実際そういう目に遭うと途方に暮れてしまう。今ならあの某恋愛原子核の気持ちが分かる気がする。

 まあ、それでもあの世界よりずっとマシなんだろうけど。

 ……ああ、でも此処には直ぐに頼れる(?)某博士とか、見知った顔の美少女ばかりの分隊とか、いないんだよなー。

 第一、幾ら好きな作品だからって、今更“ナデシコ”ってどうよ? 新劇場版が出ている“エヴァ”とかならまだしも……ほんとナデシコって……。

 

 こんな古いジャンルの作品を今時ネットで公開して、読んでくれる人がどれだけいてくれる事やら。

 

 ――――……等とメタ的に考えて。これ以上現実逃避しても空しくなるだけだ。

 

 まったく、

 

「これから、どうしたものだろうか?」

 

 星空を仰ぎ、白い息と共に漏れた呟きに当然答える者は無く、ただ冷たい夜気に消えた。

 取りあえず、この理不尽な現実に対処する為、原作を思い出しつつ思考を纏める事にする。

 

 現状。どういう訳か俺はテンカワ・アキトに成ってしまった。

 テンカワ アキトというと、情けない奴で優柔不断。でも何故か女性にモテル。義理人情に厚く、妙に優しい事が一応その理由らしい。

 当時流行りだったギャルゲーを模倣したような主人公という事だが。 

 

 そう表すと原作は差し詰め、幼馴染ルートを攻略してハッピーエンドを迎えたと思ったら、実は人体実験でバッドエンド……と思いきや、更に続きが在って復讐鬼ルートへ直行、ノーマルエンド(?)といった所だろうか。

 

 うーん、この世界が本当に“機動戦艦ナデシコ”という作品――テンカワ・アキトを主軸とした物語の通りであるのなら、前半は兎も角、後半は確実に避けたい。五感を失うのは勿論嫌だが、下手をすれば死んでしまう。

 

 避ける為には、今後どう行動を取るべきか?

 

 ナデシコに乗らず、ネルガルにも存在を知られず、A級ジャンパーである事を隠すか?

 

 妙案に思える。

 ナデシコがテンカワ アキト一人を欠いたぐらいで沈むとも思えない。第一話の出航時にしても、何とか出来そうだし、火星から逃げる時もミスマル・ユリカにイネス・フレサンジュがいれば、無事チューリップを抜けられる筈。

 他も……まあ、大丈夫だろう。テツジンの自爆時は危ないかも知れないけど、そもそもテンカワ・アキトが居なければ関わらない可能性もある。

 

 しかし、結局の問題は火星の遺跡な訳で、どの勢力が遺跡を手にしても調査の結果、火星生まれの人間へ辿り着くのも時間の問題。

 そうなると、戦争を避けてヌクヌクと安寧に暮らしている所で、いきなり拉致実験エンドへ直行と成りかねない。

 なら、早めにネルガルに接触してジャンパーとか、未来知識をアピールして協力するとか?

 

 駄目だな、と即行で結論が出る。

 

 あの道楽会長が二次創作のように甘いとは思えない。少なくともナデシコに乗艦して“染まらない”限り信用も信頼も出来ない。その経験が在ってこその道楽会長な訳だし。

 それにボソンジャンプを行なったという証拠も無いし、未来知識云々にしても同様。

 いや、ジャンプに関しては火星からいきなり地球に現れた事実で十分な証明かも知れないが、それでもやはり貴重なモルモット以上の価値は無いだろう。そのまま世間から隔離され、無茶な実験を繰り返させられた揚句殺されかねない。

 それ以前に、テンカワ夫妻の息子という事で復讐目的に近付いたと勘違いされる可能性もある。その場合、問答無用で抹殺されてしまうだろう。

 

 うむむ、ならばこのまま生存自体を隠してホームレス生活とか?

 

 却下だ。

 

 そんな先の無い生活に俺が耐えられるとは思えない。そもそも人体実験以前にヘタをすると餓死や病死する可能性の方が高い。戦争で物資も欠乏するだろうし、時季的にも凍死する方が早いかも知れない。

 

 うぬう……やはり最善の手段は、原作通りナデシコに乗艦しての物語への介入、改変か。

 

 正直に言えばこれも避けたい。なぜなら原作のテンカワ・アキトのように戦争を生き残れる自信も確証も無い上、優人部隊が出てきた時、彼らに武器を向けられるか分からないからだ。

 

 早い話、俺には命を掛けて殺し合う度胸が無い、という事。

 

 しかしナデシコに乗れば、一般人として過ごすよりも状況が把握できるし、あの道楽会長とも接触しやすく、戦後に草壁の動きを注意する事も可能になる。

 いや、旨くやれば白鳥 九十九を生存させ、注意を促して草壁一派を完全に一掃させる事が出来るかも知れない……流石に高望みし過ぎだろうけど。

 それに一番留意すべきA級ジャンパーへの扱いに介入するには、どうしても道楽会長やイネス フレサンジュの協力が必要になる。

 

 その為にも、状況を旨く作る為にもナデシコへの乗艦はやはり不可欠。

 

 はあ、とまた溜息が出る。柄じゃないと思うし、鬱にもなる。

 この不条理な現実を受け入れてこの世界で……テンカワ・アキトとして生きていく為には。将来起こる悲劇の回避と歴史の改変が必要という事の大きさに。

 

 取りあえず今日はもう休もう。

 

 そう思い、寝床を確保する為に公園を後にして、俺は安値のビジネスホテルに一泊する事となった。

 野宿は凍死の危険があったし、支払いに関しても財布の現金こそ火星の通貨らしかったが、幸いにもクレジットカードがあり、使用も可能だったおかげで問題は無かった。

 

 

 

 

 見たものは赤い炎だった。

 

 空気が熱い、そう思うと同時に今の今まで人であった沢山の死体が目に入る。

 

 ナンダ……ナンダコレは、

 

 死体の向こう。赤く燃える炎と煙の先に、より赤く燈る目のように連なる光の群れが見えた。

 

 息が荒くなる、呼吸が速くなる、咽に酷い渇きを感じる。

 

 光の群れが迫る。巨大な虫のような形をした鋼鉄の怪物たちがやって来る。

 

 身体が震える、でも硬直する、心臓の鼓動が苦しい。

 

 気付くと直ぐ傍にも怪物が居た。

 

 叫び声を上げテ、怪物カラ逃げようトスル。

 

 だけド、体ハ動かナい、周囲ハ、モう怪物デ一杯だっタ。さっキまで生きてイタ人達をフみツケテ、コッチニソノアカイメヲムケテ――

 

「! ……ッああーーーー」

 

 叫ぶ、

 

 

 

 

 

 

「――……ぁあっ!!! ……またこの夢か……」

 

 飛び起きて辺りを見回してホッとするとそう言葉が漏れた。

 怪物たちはいなかった。目に入るのは自分の寝ている布団と備え付けられたテレビと時計だけ。

 そう此処はお世話になっている居候先の一室で、当然あんな怪物がいる筈が無かった。

 荒い呼吸を整えながら額の汗を拭う。

 

 今見たものは夢だ。しかしアレは事実として起きた出来事……この身体の主、テンカワ・アキトが体験した出来事だった。

 

 ソレを俺は今日まで何度も夢として見た……いや、むしろ体験させられたというべきだろう。

 それほどにまで、その夢は夢と思えないほどに現実的だった。

 燃え盛る炎の熱さ、何かが焼ける臭い、テンカワ・アキトの息遣いと身体の震え、迫りくる怪物――バッタに懐いた恐怖。

 

「!? ……ッ」

 

 気付くと俺の身体は震えていた。

 押し止めようとするが止まる様子が無い。

 フラッシュバックのごとく、さっき見ていた夢の内容が脳裏に浮かんで震えが酷くなる。

 全力で運動をしているように呼吸も荒れ、全身に汗が噴出す。

 

「グッ……」

 

 くそっ……と胸中で罵る。

 身体だけじゃなく精神の方もテンカワ・アキトの影響を受けているらしいのだ。いや、この場合、精神の異物は俺の方なのかも知れないが。

 

 耐える事、十分ほどで震えは止まった。

 

 深呼吸をするようにして、荒かった呼吸を整える。

 

「情けない……」

 

 確かにこれじゃあ事情を知らない人間からすれば情けない奴に見えてしまう。何しろ怯え方が尋常じゃないのだから。オマケに――右手の甲に視線を向け――IFSがある為に腰抜けパイロットなんてものまで付くのだ。

 

 パイロットじゃないのにな、と苦笑しながら原作のテンカワ・アキトと同様の事を思ってしまう。

 

「アキト」

「あ、はい」

「起きてたか……って、オイまたか?」

 

名前を呼ばれて返事をすると、廊下側の障子戸が開けられて中年の男性……家主であるサイゾウさんが顔を見せた。

 サイゾウさんは俺の顔色を見てすぐに察したようだ。この人には何度もさっきの情けない姿を見られている。

 

「すみません」

「まあ……事情は分かっている。さっさとシャワーを浴びてこい。先に行っているぞ」

「……ほんとすみません」

 

 サイゾウさんは呆れたように言うと立ち去り。俺もまた寝汗の酷さを今更のように気付き、着替えを持って洗面所に向かった。

 

 

 

 少し温めにしたシャワーで汗を流して着替えを終えると厨房の方へと向かう。

 サイゾウさんは既に仕込みに入っているだろう。

 なのに住み込みのバイトである俺がのんびりとシャワーを浴びているというのは……改めて情けなさを覚える。

 

「すみません、遅れました」

「おう、来たか」

 

 三度(みたび)頭を下げるがサイゾウさんは大して気にした様子はなく、軽く答えると仕込みの指示を出し始めた。

 厨房にはラーメンスープの良い匂いが漂っている。

 

 と、家主がサイゾウさんであったり、バイトとして朝から厨房に立って忙しく仕込みをしていたり、厨房にラーメンスープの香りが漂っている事からも分かるように。

 俺は、原作第1話にも出ていたラーメン屋……いや、それなりに品揃えがある事から小さな中華料理店にお世話になっていた。

この店……雪谷食堂に俺が居るのは、原作をなぞった部分もあるが……生きて行く上で火星から来たという身元の怪しい人間を雇ってくれる所が他に無かったという切実な事情もある。住まいもだ。

 

 まあ、しかし実の所、金銭面に関しては余裕はかなりあるのだが。

 というのも、このテンカワ・アキトという人物は、幼い頃に両親を亡くした折に保険やら遺産やらを確りと受け取っていて、それがまだ預金にたっぷりと残っているからだ。

 火星でも日々バイト暮らしではあったようだが、そこは彼なりに節約思考が働いてのものだ。

 口座の方も……例のネルガル系列の銀行の物だったが、地球のATMを利用する事が出来た。慎ましく暮らせば10年単位で働かずに居られただろう。

 

 まあ、しかし何もせずに過ごす訳にもいかないし、彼……テンカワ・アキトにも悪いと思い。こうしてサイゾウさんの所で厄介になっている。

 もしかしたら明日にでも寝て覚めたら元の世界に戻り、彼にこの身体を返しているかも知れないのだから。

 それがどれほどの可能性の在る話かは分からないが……。

 

「アキト、手が止まってるぞ。何をぼさっとしている」

「っと、すみません」

 

 考え事をしてぼやっとしてた所をきつい口調で咎められて慌てて手を動かす。

 今日は朝から謝ってばかりだ。集中しないと。

 雇ってくれたサイゾウさんの為にも、日々の生活の為にも、そしてテンカワ・アキトの為にも確りしなくては。此処でのバイトの経験がコックを夢見る彼の経験にもなるのかも知れないし。

 

 そうして俺はサイゾウさんの所でお世話となって日夜厨房に立ち。この世界でテンカワアキトとして生きていた。来るべき日を待ちながら……。

 

 

 

 

 時が進むのは早いもので一年が経った。

 2196年11月1日……木星蜥蜴の火星侵攻から丁度一年。

 

「お世話になりました」

「ホントに行くのか? 行き先なんてないんだろ?」

 

 店先でサイゾウさんが心配そうに言う。

 この人には本当にお世話になった。身元も不確かな俺の無理な願いを受け入れてくれて、厳しくも良く指導してくれた。

 原作と違ってクビにせず、今もこうして引き留めようとするのは夢見こそ悪いが変に怯える事がなかったからだと思う。

 それに元々料理人を目指していたテンカワアキトの経験とパイロットもコックも出来るという器用さが上手い具合に自分にも引き継がれていた為か、厨房での仕事も結構筋が良かったからだ。

 

「大丈夫です、一応当てはありますから」

「……そうか、まあ、だがもしダメだったら戻って来いよ。また雇ってやるからよ」

「はい。上手くいくかはわかりませんが、どちらにしろ何時かは顔を出そうと思います。……今日までありがとうございました!」

「ああ、達者でな」

 

 頭を下げると、サイゾウさんは軽く自分に手を振った。

 

 さて、いよいよだ。

 多分に博打要素はあるが原作での切っ掛けを先ず掴む必要があった。

 サイゾウさんにも言ったが一応当てはある。

 ネルガルのサセボドックの場所とそこに続く道は調べてある。サイゾウさんの店先に面する道からも真っ直ぐ続いている。

 

「問題は時間だけど」

 

 夜間であることは確かだが……ホントに博打だ。

 “彼女”と出会うか、出会わないかは半々、いやそれ以下か。

 まあ、出会わなくとも彼女の名前を叫んでドックのゲート前で騒げば、何とかなるだろう。

 ……楽観に過ぎるかも知れないが、プロスさんと顔を合わせる事が出来れば確実にナデシコには乗れる。

 あの人がテンカワ・アキトを勧誘したのは、あの人なりにテンカワ・アキトに思う所があった筈だからだ。

 ネルガルの火星支社に勤め、アキトの両親の死の真相を調査した彼には。

 個人的な推測だが、プロスさんはアキトの両親と知り合いか友人だったのではないかと思っている。

 だから真相を調査したのではないだろうか? だからアキトをナデシコへと誘ったのではないだろうか? 行く当てのない知人・友人の息子の助けになろうと。

 

「あくまで勝手な推測だけど、そう的外れではない筈」

 

 何にしろテンカワ博士夫妻の息子に興味を抱いたのは確かだろう。

 とりあえず、夜もすっかり更けた事だしナデシコのあるドックへと自転車を漕ぎ出す。

 

 そしてどれくらい道を進んだか――

 

 一時間ほど自転車を漕いだ所で、車のトランクとアタッシュケースから散らばった荷物を片付ける男女二人組とエンカントした。

 

 

 

 

「何処かでお会いした事ありませんか? 何かそんな気がするんですけど?」

「……いや、俺はそんな気はしないけど」

 

 打算もあって散らばった荷物の片付けを手伝い、片付け終わると長い黒髪を持った女性にジッと見つめられて尋ねられたが、俺は首を横に振った。

 まあ、事実ではあるし。

 俺はテンカワ・アキトではないのだから。

 

「そうですか。……お手伝いありがとうございました」

「ああ、じゃあ気をつけてな」

「はい」

 

 ペコリと丁寧に頭を下げる女性に手を振り、車に乗り込む二人を見送る。

 

「……ふう、それじゃあ、俺も行くとしますか」

 

 彼女が拾い忘れた“荷物”を拾い、バッグへと詰め込んで自転車のサドルを跨ぐ。

 

「にしても……」

 

 美人さんであった。前世ではお目に掛ったことがないくらいの。

 原作通りであれば性格に難やら癖やらがあるのだろうが、それを差し引いても余りある程ではないだろうか?

 その上、服の上からでもそのスタイルが素晴らしいのが分かる。

 

「あんな娘に迫られてああも素っ気ない態度を取れるものなのか?」

 

 最終的には結ばれたとはいえ、原作でのアキトの態度に思わず首を傾げてしまう。

 まあ……彼女の事を直に知らないからこそなのかも知れないが。いや、それともアキトなりの照れ隠しか? 素直になれなかっただけで?

 

「……まあ、何でもいいか。取り敢えず急がないと」

 

 ペダルを漕ぐ力を強めて長い長い道のりを進む。

 テンカワ・アキトではないアキトとして、向けられる事になるであろう好意にどう返し、応えるべきかをなるべく考えないように。ただただ足に力を入れた。

 

 考えてしまっては、怯んで足が進まなくなってしまいそうだから。自分は“偽物”なのだ。

 

 

 

 

 何とか順調に事を進められたらしい。

 

「ユリカさんとはお知合いですか?」

「アイツとは幼馴染で、俺の両親の死の真相について知っている筈なんだ」

「……そうですか」

 

 予定通りドック前のゲートで騒ぎを起こし、警備員にひっ捕らえられた俺の前に、赤いベストと黒縁眼鏡……それと顔に浮かべるにこやかな商売人的な笑顔が印象深い男性の姿があった。

 最初は何処か俺を品定めするような目で見ていたが、テンカワ・アキトという名前と両親の事を聞くと態度が変わった。神妙に伺っているような感じだ。

 

「なるほど、分かりました。では貴方も乗ってみますか? ナデシコに……」

 

 そして俯く俺に――演技だが――そうプロスさんは俺に提案を持ちかけた。当然俺は訝し気にしながらもそれに頷いた。

 

 その為に此処に来たのだから。

 

 

 

 最初の難関を乗り越えれてホッと安堵しそうになる自分を押し殺し、訝し気な……戸惑った様相を崩さずにプロスさんの案内に続く。

 

「どうですか、我が社のナデシコは?」

「どうって言われましても、変な形としか。伝統的な木馬型って言うか……なんですあの形?」

「はっはっは……これは手厳しい。ですがこれでも軍にもない最新鋭の技術を持って建造された我が社自慢の(ふね)でして、あの形状にも色々と訳があるのですよ」

 

 プロスさんはやや大仰な様子で俺に言う。

 地下ドックへ降りた俺たちの前に見えた物は、赤と白に塗り分けられた戦艦とは思えない船だ。原作で見た通りの某天馬級を踏襲したような形状をしている。

 

 そして格納庫ブロックから船に乗り込むとやはりというか、ロボットが動いていた――のだが、

 

「パイロットは三日後に乗船予定の筈だろ!」

『いやぁ、ロボットに乗れるって聞いて一足先に来ちまいました』

 

 拡声機を持って怒鳴るメガネの男性に、ロボットの外部スピーカーでお茶目に応える少年っぽい声。ロボットはなお軽やかに動き、拡声機から咎める怒号が響く。実に対照的で愉快な光景であるのだが、余りそれは目に入らなかった。

 何故なら――

 

「えっと……?」

「………………」

 

 思わず頬を掻く。

 ジッと見つめられている為に戸惑いもあったが、何で? という疑問も強くあった。何故なら目の前にいるのは、

 

「はぁ……まったく、困ったものです。性格はともかく腕は一流という方針で集めた人材ですから、仕方ないと言えば、仕方のない事なのですが――……と、おや、ルリさん?」

 

 ロボットの方へ注視していたプロスさんが今になって気付いた。

 その名前を聞いてやっぱりと思う。

 

「ブリッジに居なくてよろしいので? 艦長がお見えになっている筈ですが」

「艦長はまだ来ていません」

「そうなのですか? ……おかしいですね。先程ドックに到着されたのですが……」

 

 プロスさんに答える目の前の少女。その会話の間も自分から少女は目を離さない。

 

「ああ、ルリさんこの方は――」

「――私はホシノ・ルリです。あの貴方は」

 

 少女が俺を見つめている事からプロスさんは自分を紹介しようとしたようだが、まるでそれを遮るかのように銀色の髪を揺らして尋ねてくる。

 

「え、えっと……俺はテンカワアキト」

「……アキト、さん」

「え? ……ああ、うん」

 

 見つめられて名前を……そう、“アキトさん”と呼ばれて戸惑い、少し驚いてしまうが頷く。

 

「ええっと……」

「ああ、テンカワさん。この方はナデシコのオペレーターでして、こう見えてとても優秀な方で、このナデシコにとって必要不可欠な人材なのです」

 

 琥珀とも金色とも取れる目線から逃れるようにプロスさんの方を見ると、そう答えた。どうやら子供が戦艦に乗っている事に説明を求められたと思ったらしい。

 

「そうなんですか……」

「ええ、まあ……と、ルリさん。こちらのテンカワさんはコックとしてこの船で働く事になりまして」

「そうですか。コックさん……とても似合うと思います。よろしくお願いします、アキトさん」

 

 やはり“名前”で俺の事を呼び、ペコリと頭を下げる銀髪金眼の少女……。

 戸惑いはあったし、疑問もあった。或いは予感か。

 だから少し恐れがあった。けれど、

 

「こちらこそ……よろしくルリちゃん」

 

 そう告げて彼女に手を伸ばした。握手を求めるように、

 

「はい……!」

 

 握手を求めた手に少女の白い手が重ねられた。

 

 




 リアルがごたついてまして、時間はあるのですが聖杯の少女の方や別の所の作品を書く精神的余裕がない状態です。
 しかしブランクを作らない為に軽く本作は書いてます。

 そちらの作品を楽しみされている方には申し訳ないのですが。まともな執筆は5月以降になりそうです。

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