偽伝・機動戦艦ナデシコ T・A(偽)となってしまった男の話 作:蒼猫 ささら
メグミさんの歌で締められた合同葬儀が終わった翌日から、ナデシコはサツキミドリ2号のドックで機関部を中心に点検作業に追われていた。
就航からまだ凡そ6日ほど。しかし私の提案で機関部に無理を掛けた事もあって、その作業はかなり念が入っている。相転移エンジンという遺跡由来の理論後追いの未知の技術が使われている事もその理由だ。
ついでにまだ二度しか使われていないグラビティブラストと、使用が浅いディストーションフィールドも念を入れて調べている。
たった二度だろうと、使用が浅かろうと改善点はやはり見つかるものらしい。劇的な物ではなく、微々たるものですが。
まあ、それはそれでいいとして……今、より重要なのは――
「……下船、コロニーに出る許可が下りるみたいね」
「そうらしいですね、残りの三日間で交代で休暇だそうです」
ブリッジでミナトさんとメグミさんが話している。
結局、メグミさんは降りる事はなさそうです。アキトさんのお蔭で。
私も私情を押し殺してメールを送った甲斐があったというものなのですが、やはりというか、
「……危惧が当たってしまいました」
小さな、小さな声で呟く。
合同葬儀から三日経ち、メグミさんは食堂に赴く度に厨房に居るアキトさんを目で追っている。明らかにこれはフラグが立っています。
ただ、幸いなのはアキトさんにこれといって脈がない事。あれ以来大きな接触がない事……仲の良いクルー程度で留まっているという事。
「しかし油断は禁物です……」
前回の積極的な行動を思うに、切っ掛けがあれば大きな行動に出るのは確実。メグミさんは結構意地悪というか腹黒いというか、強かな所があるから。
……割烹着とか似合いそうです……何となくだけど。
それに艦長もこの短い期間で厨房で立ち位置を確保していてほぼ毎日、朝昼晩にアキトさんが料理に取り組む姿を見ている。
これに気付いたのは葬儀が終わった後だったのが悔やまれる所。流石にいつもアキトさんを監視……もとい気に掛けている訳ではないですから仕方ありませんが。
「……やはり艦長が一番の強敵ですね」
改めてそれを認識する。
テンカワアキト争奪杯なるものであれば、その優勝カップを手にした勝利者だけはあるという事。……しかし例え前回の勝利者だろうと絶対に負けるつもりはないですが!
リョーコさんについてはまだ心配はない模様。メグミさん同様に食堂で世間話はするものの、友人・友達感覚なのが見て取れる。
……まだパイロットとして訓練を共にしていないから、触れる機会が少ないというのもありそうですが。
「これも楽観は出来ませんね」
触れる機会が多くなれば、前回のように何時の間にか争奪杯に参加している事でしょう。そうなれば触れる機会が多いだけに、メグミさんより厄介な敵となる可能性が高い。今回はアキトさん、パイロットになる事に積極的ですし。
そしてサユリさん。彼女は前回行動を起こさなかっただけに全くの未知数。ただ職場が同じだけに話す機会も触れる機会も多く、非常に羨ま……いえ、けしからんことです。ええ、全く!
「このままだと大穴当選という事も……」
あり得なくない。……っていうか何ですか! あの手の触れ合い! 同じ食材だとか調味料だとか、なんでそうタイミングが重なるんですか! そしてサユリさんもなんでそんな満更でもなさそうで、嬉しそうなんですか! 前回フラグらしいものが見えなかったのに立ちすぎでしょう! 非常に非常に危険です! 予想外な展開です!
「……――ふう」
息を吐く。落ち着かないと。
この状況を打開……いえ、何とかして私もアキトさんとの仲を進めたいと。ただの協力関係でなくて、一人の少女……女性としてアキトさんと触れる機会を掴まなくては。
私もこの三日間、世間話以上の事はしていない。オペレーターとして、セイヤさん以下、整備班の皆と通信を介して整備箇所のチェック作業に忙しいのだ。ナデシコだけでなくエステバリスのシステム面も同様。そしてサツキミドリからも退避に合わせてデータ処理と消去に関して色々と頼まれている。
「……忙しすぎます」
お蔭でアキトさんと深夜の密会……ではなく、二人一緒の料理研究計画が進められません。
一日でも早くこの計画を実行しないと、他の誰かにこの役目を取られそうな気がしてならない。
艦長は料理音痴で味覚音痴(?)だから大丈夫でしょうが、食堂スタッフであるサユリさん辺りに掻っ攫われそうで本当に不安です。
前回手にした私の立ち位置なのに……! 今にして思えばあの位置がどれほど、貴重で機に恵まれていたのか。それを理解していなかったのが非常に悔やまれる。
……まあ、理解していなかったからこそ……そんな子供だったからこそ、今もこうしてアキトさんへの想いを持てているのは分かっているのですが――それでも、あの頃の自分に言いたい事はある。いえ、それが“今”でもあるのですが……。
なので――
「忙しいところすみません。少しお話があるのですが……」
「はい、なんでしょう?」
ブリッジの上段へと上がって、仕事部屋でなく此処で端末を操作して仕事をしているプロスペクターさんに話しかけた。
「スケジュールの事なんですが――」
「ああ、三日後にですか……うーん、分かりました。調整致しましょう。その方が正直こちらも助かりますし。何分ルリさんにしかできない事が多くて、間も空く事無く一気に片付けられるならそれに越した事はありませんしねぇ」
うんうんと首肯しながらプロスペクターさんは、私の申し出を快く了承してくれた。……とりあえずは第一関門は突破と。次は――
「ちょっと出てきます」
休憩時間ではないけど、さらっとそう言ってブリッジから出る。お手洗いだと思ってくれる筈。
しかしその足で私は食堂へと向かう。ちょっとしたズル休みとなりますが目的の為にはやむを得ない事。これぐらいで不良だとか、悪い子だとは言われる事は無いと思いますし。
「――あれ? ルリちゃん」
食堂へと続く通路を歩いていると、背後からアキトさんの声が聞こえた。
「どうしたの? 今の時間はブリッジにいるんじゃないのか?」
「アキトさんの方こそ――あ、出前ですか?」
振り向く私へ向けられる問い掛けに、問い掛けを返そうとして、アキトさんが出前の岡持ちを手にしている事に気づいた。
「うん、その帰り。で、ルリちゃんはどうして此処に?」
「あ、えっと……」
会いに行く積りではあったものの、突然の遭遇に動揺があったのか直ぐに言葉が出せなかった。
……いえ、違う。頬が熱くなってくるのを自覚する。今になってお願いする事への恥ずかしさに気付いたのだ。
「え、え、えっと……アキトさん」
「うん?」
「わ、わた、私と……その……」
心臓が凄くドキドキしている。喉が萎むように、こ…声が中々出せない。そ、それに唇が震える。
「ル、ルリちゃん……? だ、大丈夫、顔が真っ赤だよ。もしかして――」
「だ、大丈夫です!」
風邪だとか、病気だとか、そう思われて医務室に行く事になったらこの機会を逃してしまう。それだけは絶対に避けなくては……! それにここで偶然会えた好機も逃す訳にはいかない。
唐突だったけど、食堂で誘う事になってはホウメイさんとあのサユリさんのいるホウメイガールズの皆さんに知られる事になる。他にも誰か食堂に居るかも知れない。
だから今! 今ここで! 言わないと!
『ルリさん、頑張って!』
アキトさんの背後にそんなウィンドウ表示が見えた。オモイカネ、ありがとう。勇気出た。喉の萎みと唇の震えを抑える。
「ア、アキトさん! 三日後のお休み、わ、私と一緒にコロニーに出掛けませんか! 二人で! 二人っきりで!」
言った! とうとう言った! アキトさんのスケジュールは確認済みだ。だからプロスペクターさんにお願いした。
二人っきりとも確り言っておいた。こういうのはきちんと言っておかないとお約束的に他の誰かが付いて来ない保証はないのだ。ヒカルさんなどの漫画のように。
「――……そうか、ルリちゃんもその日はお休みなのか、うん、分かったよ。デートって事だね」
「――!!?」
デ、デート!? ま、まさかアキトさんからそんな単語が出るだなんて!? 前回と違って察し良すぎません!? いえ、さすがに二人っきりと言ったらそう受け取りますよね……幾らアキトさんでも……あ、あれ? 頭が、足が……あ、駄目……目の前がクラクラして……
「キュウ……」
「え!? ル、ルリちゃん!? し、しっかり!」
アキトさんの驚愕と焦った声を耳にし――視界が暗転した。
◇
倒れかけたルリちゃんの身体を支える。
顔は赤いが風邪じゃないよな? その理由は流石に察しは付くし、呼吸は確りしている。医務室へ運ぶべきか? いや、そんな大事という訳でもない。
考え直して近くの休憩スペースへとルリちゃんの身体を抱えて移動する。岡持ちはちょっと邪魔だが……中身は空だし、ルリちゃんは軽い。
「よっと……」
バランスを取って片腕でルリちゃんの身体を支えながら、岡持ちを床に置いて、ハンカチを長椅子に敷いて、ルリちゃんの頭をハンカチの上に置いて身体を横たえる。
「……ふう。ん……ちょっと熱いか?」
抱えている時から感じていたが、火照っているようにルリちゃんの身体は熱かった。まだ顔は赤く、額に手を置いて確認するとやっぱり結構熱い。
休憩スペースの自販機でミネラルウォーターを購入。予備のハンカチを取り出して湿らせてルリちゃんの額に置く。
「無いよりましだけど、ちょっと心もとないな」
小さなハンカチを見てどうしたものか? と考えて――溜息を吐く。それしかないか。……周囲を見渡して
「ルリちゃん、ゴメン……」
覚悟を決めてルリちゃんのベストに手かけてチャックを開けて前を開かせる。ネクタイを緩めてシャツのボタンも二つだけ外す。
「……こんな所を人に見られたら、俺の人生終わりだな」
後ろめたさからそんな言葉が漏れる。ああ、ちくせう……トラウマがまた思い出される。……ほんと悪いことしてないのにな。
「あと扇ぐ物でもあれば……と、そうだ!」
岡持ちを開いてそのまま引っ張って綴蓋を外す。薄い金属の板であるこれなら団扇代わりになるだろう。
「……」
扇ぎ始めて一分ほど、赤かった顔が何時もの白磁を思わせる肌色へと戻って来た。
ほっと息を吐く。良かった。
にしても……こうなった原因を思い出す。
「デート、か」
ルリちゃんからのその申し出。
受けはしたけど――……正直、やっぱり複雑だった。
けど、ルリちゃんは倒れるほど緊張して勇気を出したのだ。確りと応えてあげないと。……それに複雑は複雑でも嬉しくない訳でもない。
「……ルリちゃんとだもんな」
今でも信じ難いその現実に笑みが零れた。複雑な心境からの苦笑なのか、それともこの子とのデートの約束を交わした嬉しさからなのか、今一つ分からなかったが――
「――楽しみにしよう」
そう思った。この子の――ルリちゃんの為にも。
◇
「ルリちゃんとだもんな。――楽しみにしよう」
冷めかけた頬がまた熱くなりそうだった。
実の所、抱えられていた途中から目が覚めていた。けど、服越しで感じられるアキトさんの体温と匂いから離れ難くて気を失ったフリを続けてしまった。
ベストに手を掛けられて、シャツのボタンを外された時はまた気絶しそうなほど緊張したけど……何とか今度は意識を保てた。
扇いでくれる風が心地良い。アキトさんの優しさがその心地良い風から感じられるようで。とても幸せな気分です。
デートに誘えたという事実だけでも、もう飛び上がってしまいそうなほどなのに、こんな役得に恵まれるなんて。
今日はもうずっとこうして居たいです。けど――電子音が鳴った。私のコミュニケからだ。
……仕方ない。
「う…」
目を覚ました振りをして瞼を開ける。如何にも電子音に反応したかのように。
「あ、ルリちゃん。目が覚めた?」
「……アキトさん、私……」
電子音を耳にする中で演技を続けて、ハッと息を呑んで見せる。
「――! す、すみません! 迷惑をお掛けして……!」
上半身を起こして頭を下げる。現状を如何にも今理解した風に。額から湿ったハンカチが落ちた。
「ううん、いいよ。大丈夫そうで良かったよ」
迷惑でないと言うようにアキトさんは笑顔で言う。
やっぱり優しい人だな……と、そういった顔を見る度に思ってしまう。それに甘えて気を失ったフリをし、こうして演技までして少し申し訳なくなる。
「すみません」
その事にも謝るように私はもう一度頭を下げた。
「良いから、それよりコミュニケ」
「あ、はい……」
アキトさんは笑顔のままで私のコミュニケを指差す。
コミュニケを操作して音声のみで受ける。お手洗いに出ていると思われている筈だから映像がなくとも変に取られないだろう。
『もしもしルリちゃん』
音声のみ、SOUND ONLYと書かれた灰色のウィンドウが開き、メグミさんの声が聞こえる。
「はい」
『どうしたの? 結構時間たってるけど、サツキミドリの方から通信があって話があるってさっきから……』
「すみません、飲み物と軽く口に入れるものを買おうかと思って」
アキトさんの姿が映らないように映像をオンにして、自販機を背景に自分を映るようにする。
休憩スペースは似たような配置なので、ブリッジから離れた場所の物だとはまず思われない。
「直ぐ戻ります」
『? ……えっと、うん、お願い。何か向こうも困ってるみたいだから』
「はい」
通信が切れる。ふう……何故か訝し気な顔をされたけど、アキトさんの事に気付かれた様子はない。ホッと軽く息を吐いた。
「それじゃあ戻ります。アキトさん、ありがとうございました」
「あ、いや……ルリちゃん、その、シャツとベスト……」
「え? ……あっ」
メグミさんが訝しげにしていた理由が分かった。そうでした。アキトさんに……――また顔が熱くなる。
「ア、アキトさん……」
「へ、変な事はしていないから……!」
「わ、分かっています。火照った身体を冷まそうとしてくれたんですよね」
「う、うん、そう」
アキトさんは慌てた様子で少し顔が赤い。それを見ると恥ずかしさは増すものの、少し嬉しく思う自分もいる。今の私でも女の子として見てくれているのかな? とちょっとは期待してしまう。
「と、とにかく、ありがとうございました。い、行きます……」
「あ、ああ、気を付けて」
とりあえず恥ずかしさがあったので、後ろ髪引かれる思いもあったけれど、ブリッジへと戻った。ベストとシャツを直しながらいそいそ……と。
「予想外な……嬉しいトラブルもありましたが、無事誘えて良かったです」
三日後の休日が待ち遠しかった。
◇
さっきは周囲に人が通り掛からないか気がかりで、そこまで気が回らなかったが――……やっぱり白いなと思った。
シャツの外れたボタンから覗いた胸元……肌が。勿論、女性らしい膨らみは無かったけど、
「って! 何を考えてるんだ!? 俺!」
あの子はまだ11歳だって言うのに! 精神は別として! いかんいかんと邪念を振り払う。リアルで子供に劣情を催すなんて本当にタイーホフラグだ。
サユリさんに疑われているっぽいし気を付けないと。でないと保安部に突き出される。看病の為とはいえ、迂闊にあんな事をしておいてなんだが……。
「っと、俺も早く戻らないと」
岡持ちを手に取って足早に厨房へと戻る。ホウメイさんにどやされる。
しかし結局、遅い! とどやされてしまった。
一応事情もあり、言い訳は出来なくもなかったがルリちゃんがブリッジを抜け出していた事もあって、ただひたすら頭を下げて許して貰った。
「ふう……」
それでもジッと厳しい視線を背後から向けられるので、溜息を吐いてしまう。
そうして暫く……十数分ほど経過してホウメイさんから怒りの気配が消えた。
「ほっ」
今度は安堵の溜息が零れた。
「テンカワさん」
コソッとした感じで声を掛けられる。サユリさんだ。
「何かあったんですか? 出前帰りに……」
「いや、さっきもホウメイさんにも言ったけど、通り掛かったクルーと話し込んでしまって」
全くの嘘を吐く事も出来なかったので、そう言い、話し込んだ自分が悪いと謝ったのだ。
「……真面目なテンカワさんらしくないように思えるんですけど、だからホウメイさんも怒ってるんじゃないですか? ほんとの事を言わないから……」
「いや、嘘を言ってる訳じゃないんだけど……」
……多分。
「……言いたくないのでしたら私も追求しませんけど」
「ははは……」
誤魔化すように苦笑を浮かべる。
サユリさんには特に言えない。さっきも思ったが、ただでさえ彼女には疑惑を持たれているのだ。後ろめたい事は無い積りだけど万一という事もある。保安部のお世話になる事態は避けたい。
「ま、いいかな? ……それにしても残念です」
「ん?」
「休暇の事……折角だからこの食堂スタッフのみんなと出掛けたかったのに。 ――テンカワさんとも」
急に話は変わったが本当に残念そうな響きだ。
「仕方ないよ。食堂を一日丸々閉める訳にはいけないし、俺達も交代で休みを取らないと」
「それは、分かっていますけど……」
「まあ、しょうがないよ。俺もホウメイさんやみんなと出掛けてはみたいけどさ。……サユリさんはミカコさんと一緒だっけ休みの日?」
「はい、明後日に」
俺の質問に答えるサユリさんだが、折角の休みで船の外に出られるというのに嬉しそうではない。今日通達があったばかりで、予定がまだ出来ていないからかも知れない。
ちなみに此処のスタッフは、明日からの三日間で一日二人ずつ抜ける事になっている。俺はルリちゃんと約束した三日後だ。
「……テンカワさんとは別なんですよね」
「ん? そうだね」
ほんと残念そうに言うサユリさん。
それも仕方がない所だ。此処では一番後輩と言える俺なのだが、合同葬儀の後に我らがホウメイ料理長を筆頭とした食堂スタッフの中から、サユリさんと俺が共に副料理長……というのは流石に肩書としては重いので、副主任という肩書に選ばれた。
その為、俺とサユリさんのどちらかは必ずシフトに入っていなくてはならず、一緒に外れる事はできない。
そんな立場に置かれて不相応な気もしなくもないけど、あのホウメイさんに任せられないならそうしないと言われ、買ってくれているということなので、嬉しくもある。サユリさんを始めとしたホウメイガールズの皆もテンカワさんなら大丈夫だと言ってくれた。
一年の修行でそこまで仕込んでくれたサイゾウさんには改めて感謝したかった。良い師匠に巡り合えたのだと心から思う。地球に戻ったら真っ先に会いに行きたいぐらいだ。
しかしそうなるとサイゾウさんも結構謎だ。
それだけの腕を持ちながら小さな店の経営者なのが。もっと弟子を取って大きな店を構えていてもおかしくないのに? うーん……料理の腕と経営は違うって事なのかも知れない。
その辺も何時かは学ぶ必要がありそうだ。……無事に未来を変えられて平穏な生活を手に出来るのであれば、だけど。
――……あと、この世界から自分が消えなければ、だな。
「……テンカワさん?」
「っと、いけね。ボーとしてた」
声を掛けられて手が止まっていた事に気付く。またホウメイさんに怒鳴られる。副主任の立場を担っているのに、そんなんだから余計に怒られるのだ。
「仕事に集中しないとね。お喋りもここまでにしよう。じゃないとまた怒られそうだ」
「……はい、そうですね」
サユリさんは頷いて俺から距離を置いて自分の持ち場に戻った――のだが、
「テンカワさん」
今度はミカコさんに話し掛けられて、
「私と休暇日、交換しませんか?」
などと言われたのだが丁寧に断った。先の立場の事もあるし、それではルリちゃんとの約束を破る事になる。
するとミカコさんはガッカリした様子で持ち場に戻って……と思いきやサユリさんと何かを話し、二人して肩を落としていた。
「……ううーん? ま、いっか」
休暇の事で何かあったのかも知れず、代わってあげられない事に少し悪い気がしたが、こちらも事情があるので気にしない事にした。
ただ今度何かの形で……と、パイロットの件で迷惑をかけている事も謝礼できていなかった。それも含めてほんと何かしてあげたい所だ。
そんな事を頭の隅で考えながら調理に勤しんだ。
『テンカワさん、今度のお休みですけど……』
休憩時間に入るとメグミ嬢から通信が入った。しかし、
『そうですか、三日後ですか。合いませんね。この前のお礼をしたかったんですけど』
「いや、何度も言うけど、ほんと大した事はしてないからさ。俺もただ言いたい事を言っただけな所もあるし」
『それでも、です。……私も何度も言いますけど、とても励まされましたから、だからテンカワさんにはきちんとお礼をしたいんです』
「その言葉だけで十分だよ。話をしただけなんだし、ほらそれでお相子だろ」
『うー……』
「ははっ、そろそろ休憩終わるから。じゃ切るね」
休暇が合わない為か、お礼を断っている為か、メグミ嬢は不満そうな顔を浮かべるが、俺はそれでも可愛らしく見える彼女の顔に苦笑し……コミュニケを切った。
にしても――――……この前の事でやっぱりフラグが立ったらしい。
原作の事もあって予測はしていたのだが……もしそうなら確りと話しておくべきだろうか?
……まあ、そうとも限らないか。本当にお礼がしたいだけなのかも知れないし。
――と。
「おっす! テンカワ!」
お昼前、忙しくなる時間帯に入る前にリョーコ嬢が食堂に来た。その背後には、
「こんにちは~、アキト君」
「こんにちは、テンカワ君」
ヒカル嬢とイズミ嬢の姿もあった。
三人はカウンターからこちらを覗いて話しかけてくる。
「お前、今度の休みは何時だ?」
「私達は明日なんだけど」
「もし日が合うなら、サツキミドリの中を案内してあげる。娯楽施設を効率的に回れるわよ」
メグミ嬢に続いてまた誘いが来た。モテ期到来だなとこれまた苦笑が出た。流石はテンカワアキトというべきか。
けど、しかし、リョーコ嬢達のこの様子を見るに、男女間というよりもパイロット同士の親睦を深める為と言った感じが強い。恋愛フラグというものではなさそうだ。
「ゴメン、俺の休みは三日後なんだ」
苦笑しながらも答える。
「んー、そうなのか?」
「残念、アキト君も巻き込んで久しぶりにパーッと遊ぼうかと思ったのに」
「仕方ないわね。……三年待たないと駄目かしら」
「それ、残念とかけてる? 此処のところキレが悪くない、イズミ?」
「……のようね、暫くは控えようかしら?」
「どっちでも良い……いや、控えてくれるならそっちの方が良いな」
残念がるのも束の間、漫才みたいなやり取りをする三人娘。それに苦笑が強くなる。
「じゃあテンカワ、俺達はその日も訓練だけど、一緒にどうだ? そろそろパイロット全員での連携も確認したいし……訓練に出るなら歓迎するぜ」
「リョーコ、せっかくのお休みなのにそれは悪いよ」
「あ、そっか。……わりぃなテンカワ、今の言葉は忘れてくれ」
ヒカル嬢の咎める言葉を受け、リョーコ嬢は後頭部に手をやりながら軽く頭を下げた。
「わかった。けど、こっちこそ折角の誘いを受けられなくてゴメン」
「気にしなくて良いわよ、――で注文良いかしら?」
「ああ」
他に用もないのだろう。三人娘は料理の注文をするなり、テーブルの席に着いた。
――――――と。
メグミ嬢、リョーコ嬢と続くとなると、
「アキトー!」
予想通りユリカ嬢が来た。
まあ、しかし彼女がお食事時に厨房にまで入って俺の所に来るのは、既に日課となっているのでそれ自体は予想も何もないのだが……。
「ねえ、ねえ、アキトのお休みは何時なの?」
この質問だな、予想してたのは。なので、
「三日後」
一秒の間もなくコンマで即答した。するとこれまた、
「えー!? うそぉ!!」
コンマ以下の早さでユリカ嬢は愕然した反応を示す。ガーンという擬音が非常に似合う表情だ。
その様子を見るに休暇日は合わないらしい。……少しほっとした。ユリカ嬢には悪いが。
もし合っていたら押し切られていた可能性が高い。そうなったらルリちゃんの機嫌は最悪になっていただろう。幾らユリカ嬢がルリちゃんにとって姉のような大切な人でも二人きりと念押ししたのだ。それを翻せばきっと大変な事になる。
――ふいに、脳裏にこの前のリョーコ嬢が腕を取られていた姿と。ガイが病弱っ子を連呼した挙句、改造人間と呼んだ所為で“滑空”して頭から壁に激突した光景が過る。
リョーコ嬢のはまだいいとして、ガイのような目に遭うのはゴメンだ。凄く痛そうだし。……人って結構飛ぶんだよなぁ。
「うう……ユリカ、明後日がお休みなのに……」
俺の考えを他所にショックを受けて項垂れるユリカ嬢。だがガバッと顔を起こして、
「ねえ、アキト――」
「――残念だけど、日は代われないぞ。こっちもシフトがあるし、俺もその日には用があるんだ」
ユリカ嬢の言いたい事を予測し、先回りして返答する。
「うう……ユリカは艦長なのに、一番偉いのに、アキトの恋人なのに……言う事聞いてくれないんだ」
「……恋人なのかはともかく、艦長なら余計にだ。クルーへの示しがあるだろ。我儘を言わない」
呆れた口調で言うと、ユリカ嬢は尚も「うう」と悲し気に項垂れる。だがガバッと
「なら私がその日に――」
「――残念だけど、無理だろ。三日後はナデシコ出航の前日。サツキミドリの方と最終的な打ち合わせがあるんじゃないか?」
ユリカ嬢の言いたい事は予測でき、またも先回りして返答する。
「うう……そうだった。ユリカは艦長だから、ナデシコで一番偉いから、その会議に出なくちゃいけないんだった」
「……諦めろ。艦長としての責務を確りと果せよ。クルー達の為にもな。まあ、頑張れ」
少し投げやりな口調で言うと、ユリカ嬢は「うう」と再び悲し気に項垂れる。……
「アキト……火星丼お願い」
食欲はあるらしく項垂れたまま昼食を注文した。
そして何時ものように俺の調理する姿を見るも楽しげな様子はなく、項垂れた様子のままに食堂を後にした。……ちと心配だった。
だが、ユリカ嬢よりも心配なのは、
「ルリちゃん、来なかったな」
「どうしたんだろうね。朝は見たんだけど、出前の注文もなかったし」
俺もそうだが、ホウメイさんも少し心配そうに首を傾げていた。
◇
「もしかしてという事もあります。出来る限り仕事を片付けないと……」
コンソールに手を置いて気合を入れて掛かる。
デートのその当日になっても片付かなかったなんて事が無いように、新たな仕事が入らないように今ある仕事を手早く片付け、関係各部署にしつこいぐらいに催促して次の仕事を回して貰い、どれぐらいあるか、まだ残っていないかを確認する。
アキトさんと初めて……いえ、前回のピースランドの時を入れると二度目でしょうか? ううん、やっぱりデートとハッキリと言えるのはこれが初めて。
「ですから、潰す訳にはいきません……!」
背景があれば気炎を背負っているのではないかと自分でも思うほど、力を入れて仕事に取り組む。
「ルリちゃん、何か気合入ってますね」
「そうね。……ふーん、これは……」
「ミナトさん、何か思い当たる事があるんですか?」
「ううん、まあ、私達も頑張りましょ、ルリルリほどじゃないけど、私達も暇じゃないんだし」
「はあ……?」
そんな会話を耳にするが気に掛けている余裕はない。思いのほか、回ってくる仕事は多い。
仮にも子供である私をここまで扱き使うネルガルはどうかしてます。ブラックですか?
良いでしょう――――別に全て片付けてしまっても構わんのだろう?
その挑戦受けてあげます。伊達に未来で艦長だった訳ではありません。これぐらい熟して見せましょう。
予め買ってきた自販機のハンバーガーとはっぱせんべい、ミネラルウォーターに口付けながら私とアキトさんのデートを邪魔する
ですが、無理も禁物。
当日になってバタンキューという駄目な方のお約束を演じる訳にはいかない。就寝の時間にはしっかりと部屋に戻る。
そうして仕事は順調に片付き、デート前日には手もすっかり空くようになった。お蔭でゆっくりできる時間が多く、倒れるなんて心配もなさそう。
「なのですが……」
私は部屋で落ち込んでいた。今になってようやく気付いた。
「困りました」
私は呆然とクローゼットと衣装棚を見詰める。
「着て行く服がありません」
思わず床にガックリと膝を突いた。
ピースランドに行った時のおめかしした服も、その時にアキトさんに勧められる儘に買った一番星コンテストの衣装もない。
あるのはナデシコの制服とジャージと、サセボに来る際にプロスさんに用意して貰った服だ。
比較的プロスさんが用意した服はマシなのですが、安物の何の飾り気もない地味なこんな服では、とてもではないですがアキトさんとのデートに……折角の初デートに着て行けません!
もう余りにもショックで、悲し過ぎて涙が出そうです。
どうすれば……。
「……?」
部屋のインターホンが鳴った。私の部屋を訪ねる人はまずいない。非常に珍しいこと――ま、まさか、アキトさん!? だとしたらなんてタイミングで!
慌てて目尻に手をやり、涙が出ていないかチェック。……濡れてはいない。次は顔を笑顔に、確りとした笑顔に、鏡の前で練習した笑顔を作って……上手く出来ているか自信がない。
けど、余り待たせる訳にもいかない。コミュニケを操作して部屋のインターホンと繋げて、
「……ミナトさん」
『やっほー、ルリルリ』
開いたウィンドウに映ったのはアキトさんではなく、ミナトさんだった。
その事にホッと安堵する。
『ドア、開けてくれる?』
「はい」
催促に直ぐ頷く。アキトさんではなかったけど、ミナトさんにも閉ざす扉は無い。それに良いタイミングです。こういう時は彼女に相談すべきだとミナトさんの顔を見て気付いた。
「お邪魔しまーす。……ん?」
ミナトさんが部屋に入った。けど、私の部屋の中を見るなり訝しげで……少し険しい顔をした。
何かおかしな所があったのだろうか? 私も部屋を見渡す。けどいつもと変わりはない。
「どうかしましたか?」
なので尋ねる……けれど、
「ううん、何でもないわ。それより……はい、これ」
ミナトさんは首を振ると、私に何かを預けてきた。大きな紙袋だ。
「プレゼントよ」
そう言われ、さあ、開けてみて、と言った目線で告げて来るので中身を見る。ナイロンの透明な袋を被ったそれは――
「――あ、」
目が大きく見開いたのを自覚する。きっと今私の目はまん丸になっているだろう。その見開き具合が示すように驚きは大きかった。だけど――
「――ありがとうございます! ミナトさん!!」
驚く以上に嬉しさが出て、頭を下げると同時に私はミナトさんに飛び付いていた。
「どう致しまして、ルリルリ……」
そんな私を受け止めてミナトさんは優しく抱きしめてくれた。そして、
「……アキト君とのデート頑張ってね」
耳元に口を寄せてそう囁いた。
う……、私はその耳に入った言葉にドキリとしてしまい。動揺して何時知られたのだろうと考えるが、まだ嬉しさの方が大きくて、
「……はい」
笑顔でコクリと頷いた。
デート部分も書いてしまおうかと思ったのですが…次回に。ただ大まかな流れはイメージできているのですが意外に長くはならないかも知れません。
あと今回と同様に暗くはしない積りです。楽しくデートして欲しいですし。
実はユリカさんとのデートにしようかとも考えていたのですが、よくよく考えてみると読者視点ではルリちゃんのヒロイン力ないし正妻力は上がっているのですが、意外にも相談以外などではアキトと余り触れ合っていない事に気付き、今回はルリちゃんに機会を上げました。
地味にユリカさんがアキトの傍に立ち位置を確保している事もありましたし。しかしユリカさんが今一つ弱いのも確かなので、彼女の話も火星行きの間に入れたい所です。もしくは火星編で。
――追記――
少し忘れていました。ルリちゃんが言う料理研究計画や前回で得た立ち位置というのは小説版の方でアキトのラーメンの試食を行っていた事です。そっちからネタを持ってきました。
そういった意味では本作のテンカワ特製ラーメンはルリちゃんの意見があって完成している事になるので合作とも言えます。
あとイズミさんギャグが冴えないのは(元より寒いですが)、言うまでもないと思いますが私のセンスの無さ原因です。ギャグはやはり苦手です。ですので本作ではシリアスモードが多くなると思います彼女は。何とかだそうと頭を捻ってはいるのですが…。
どたまかなづち様、244様、リドリー様、キーチ様、誤字報告等ありがとうございます。