偽伝・機動戦艦ナデシコ T・A(偽)となってしまった男の話   作:蒼猫 ささら

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第十六話―――恋情

 ナデシコは火星に向けてサツキミドリ2号より出航した。

 昨日の事である。

 サツキミドリの防衛部隊と連合宇宙軍第二艦隊の部隊の見送りを受けて、私達は地球圏より離れた。

 またそれらの見送りは警護の為でもあった。

 ナデシコが木星の敵の標的になった事実があり、万一に備えてという事だ。

 グラビティブラストとディストーションフィールドを備える最新鋭艦であるナデシコの足手纏いとなるのでは? という意見も中にはあったようだけど、私はそうは思わない。

 サツキミドリ所属の防衛部隊の方はともかく、正規艦隊の部隊は侮れない。月や各コロニー群の防衛戦における敗残兵の集まりとはいえ、厳しい実戦を潜り抜けて生き残った部隊だ。

 居てくれるなら、それだけで戦闘となれば楽になるし、戦術の幅も広がる。

 艦長も同様の意見だったのだろう。彼等の見送りと警護を積極的に受け入れた。

 

 ただ万が一という事もあって私達も戦闘配置となり、アキトさんもエステバリスのコックピットでほぼ丸一日を過ごす事になったのが少し不満だった。

 

 いえ、私は普段からブリッジ勤務なので良いのですが、やはりアキトさんにエステに缶詰めとなる事を強いるのは心苦しく感じます。

 それにサブパイロットという契約なのに、正規パイロットと変わらない負担を求められるのも……これもやはり不満です。

 パイロットが僅か5人ではそうならざるを得ないのも分かりますが。

 

 アキトさんを出来る限りコックとして居させてあげたいのも勿論ですけど、単独で火星へと行くことを思うと、せめて一個中隊分の正規パイロットが欲しい所です。

 ……以前、アキトさんがパイロットになると決める前はヤマダさんとリョーコさん達でパイロットは十分と考えていたのに、我ながらほんと身勝手。

 

 ともかく、試験艦という側面もあるナデシコですが、多少無理をすれば一応それだけの規模の機動部隊を運用できる筈ですし、今のリョーコさんも中隊規模までであれば指揮は取れる筈。

 セイヤさんを始めとした整備班は少し忙しくなるでしょうが、まだ結構余力がありますし、ナデシコの高度にシステム化された格納庫周りなら一個中隊規模の運用でも十分対応可能。

 

「まあ、それでもプロスさんの言う通り、この戦時にパイロット……それもIFSを持った人材の確保は限られますし、それにこの時代ではエステバリスはまだ運用の浅い兵器ですからね」

 

 その運用の浅い兵器に対応でき、更に腕の良いパイロットとなると、やはり今の時代では求めるのはかなり難しい。

 動かすだけならIFSのお蔭で素人でもどうにでもなるけど、扱う機動兵器(機械)との相性の他、戦闘までとなると要求される資質と才能は一段も二段も違ってくる。

 そういえば、あの遺跡を巡った戦いでは、カキツバタにナデシコの予備として見繕っていた人材と、エステバリス配備後に慣れたパイロットを連合から引き抜いて搭乗させたようですが、30機余りいたそれらパイロット達はリョーコさん達3人の足止めに精一杯でしたね。

 一流として実戦を重ねたエースパイロットでも、超一流のトップエースクラスのリョーコさん達とはそれだけ差があるという事だ。

 

 ……なら、と不意に思ってしまう。

 素人だったのにそのトップエースクラスの彼女達に付いて行けて、最終的にはナデシコ所属のパイロットの中でも実力一位だったアカツキさんとも互角に戦えるようになったアキトさんは……

 

「でも……それでも、コックの方があの人には似合います」

 

 コックよりもパイロットの方に優れた才能があって、戦いに向いているなんて思いたくなかった。

 

「――……!」

 

 一瞬黒い機動兵器(幽霊ロボット)の姿が脳裏に浮かび、加えてA級ジャンパーだという事実も私は考えないようにする。 

 ――……そうですね。パイロット不足、戦力不足の事はまた後で相談しながら考えましょう。一応、案はありますし。

 

「………………」

 

 思考を切り替える。

 

 見送り部隊の……サツキミドリ側の中には、先の防衛戦でアキトさんに助けられた戦闘機パイロット達の姿もあったらしく、また乗馬クラブで会った女性の旦那さんがいて、ナデシコの甲板で待機に入ったアキトさんにお礼を言っていた。アキトさんはとても嬉しそうだった。

 そこにリョーコさん達の同僚だった人達も加わって随分と会話が盛り上がっていた。

 

『じゃあな、テンカワ。火星から無事戻ったらお前の作った料理を食べさせてくれ、こっちは上手い酒を用意して待ってるからよ』

 

 アキトさんがコックである事も知られていたようで、そんな約束をしてアキトさんは喜んで引き受けた。

 未成年だっていう事を忘れていませんか? と、少し無粋にそんな事も思ったけど、流石に野暮に突っ込まなかった。

 

 

 で、私達ブリッジメンバーですが。

 艦長は地球からまたもおじ様……ミスマル提督からの通信で長話。おじ様はこの世界でも相変わらずのようです。……二度目のこの世界ではおじ様と呼ぶ機会はあるのでしょうか?

 メグミさんはサツキミドリの管制官やコロニーの責任者の人達と通信で話し込んでいた。どうも先の葬儀の一件でメグミさんのファンになった人がサツキミドリには多数いる模様。管制官や責任者の人達もそういった人の一部。声優への復帰を考えているかという言葉の他、戻ったらサインが欲しいとか、握手して欲しいなどの声がやたらとあった。

 一方、私とミナトさんはこれと言って何もなくほぼ普段通り。男性メンバーも同様だった。

 

 

 そうして見送り部隊と半日近くナデシコは行動を共にした後、地球圏から距離が離れて、

 

「そういえばルリちゃん。今日は今朝から機嫌良さそうだけど、何か良いことあったの?」

 

 サツキミドリの通信から解放されたメグミさんがそんな事を尋ねてきた。

 それに私は正直に答えた。

 

「はい、昨日アキトさんとデートしましたから」

 

 黙っている理由はこれと言ってなかった。元より私はこの想いを隠す積もりはない。ただ、ミナトさんにバレた時のように恥ずかしさはあった。でもその時ほどではない。

 恥ずかしさ以上に負けたくないという感情が強くあったからだと思う。だから、

 

「へ? それって……」

 

 と、唖然とするメグミさんにも、

 

「そ、それって……ど、どういうことなのルリちゃん!?」

 

 そう驚愕する艦長にも、

 

「言葉通りです。昨日のお休みにアキトさんとデートに出掛けたという意味ですが」

 

 隠す事もなく堂々と答えた。

 

「デート……アキトと……」

「ええ、楽しかったです。プレゼントもしてくれましたし」

 

 椅子ごと振り返ってブリッジ上段からこちらを見て半ば狼狽え、半ば呆然とする艦長に私は更に言葉を続け、左腕に付けたブレスレットを見せびらかすように軽く掲げた。

 

「プ……プレゼント……アキトからの……」

 

 掲げて見せた左腕を見て目を見開き、艦長は呆然としながらフラフラとよろめいた。隣のメグミさんも何も言わないけど、少し羨まし気に私を見ていた。

 正直、気分が良かった。

 一時であろうと、アキトさんを想っているこの二人より先んじている事に優越感があった。

 そんな感情が少し浅ましく思わなくもなかったけど、そういった感情を抱くのは仕方ないと思う。

 けど……いえ、だから、

 

「な、なんで……恋人の私だってまだデートも……プレゼントなんて貰った事ないのにぃ、……それもアクセサリーなんて」

 

 恋人―――この言葉には我慢が出来ず、覚えた優越感は何処かへ行ってしまい、かなりムッとしてしまった。

 

「恋人というのは艦長の思い込みです。アキトさんは艦長の恋人ではありません」

 

 だから指摘した。普段の淡々として口調に語気を強めて。

 少なくとも今、この時はまだアキトさんは艦長を選んでいない。そして未来も前回のようになるとは限らないと、そう告げるように。

 けれど艦長は反論する。認められないとばかりに。

 

「そ、そんな事は無いよ。子供のルリちゃんにはまだ分かんないかも知れないけど、私とアキトはラブラブお似合いのカップルなんだから!」

 

 よろめいた足を立て直して、キッと私を少し睨みながら言った。

 

「うん、そう。アキトは私の事が好きで! 私もアキトが大好きなんだから!」

「……!?」

 

 一瞬、驚いてしまった。

 艦長もアキトさんが好きという言葉に。

 言葉前半の「アキトは私の事が好き」というものだけなら、私はただ反発を覚えていただけで済んだ。

 だけど後半の言葉は、戦争終盤の遺跡を巡った戦いから“ユリカさん”が言うようになったもの。それまでは事ある毎に前半の思い込みしか口にしていなかったのに。

 

 ――なのに、今のこの時に艦長がアキトさんを好きだなんて言うなんて。

 

 胸に締め付けられるような強い痛みが奔った。嫌な動悸を覚えて……焦りが、そう大きな焦燥感を私は覚えた。

 もしこの言葉をアキトさんが聞いたらという恐怖。そうなったら前回のように……――

 

 ――嫌! それはダメ! それでアキトさんがまた艦長を、ユリカさんを選んだら、そうなったら私は……私のこの想いは……

 

 その時、そんな焦燥感と恐怖が私を突き動かした。

 

「……分かりました」

 

 大きく揺れる二つの感情に歪みそうになる顔と、怯えて震えそうになる身体を抑えて一度頷き、

 

「え? 分かってくれたの! そうだよ、私とアキトは―――」

「――いえ、分かったのは艦長がアキトさんを好きだという事だけです」

 

 その艦長の想いだけは認める。だけど、

 

「ですがアキトさんも艦長が好きだとは限りません。やっぱり思い込みですね、恋人と言うのは……」

 

 そう、それはあくまで思い込みに過ぎないと否定した。否定してやった。続けて、

 

「……ああ、艦長。そういったものをなんて言うのか知っていますか?」

 

 ――片思いって言うんですよ。

 

 突き付ける、その事実を。

 アキトさんはまだ貴女を選んでいない! とも、またそう言うように。

 

 今日になって思う。本当に醜い感情だったと。

 言葉を突き付けて愕然とした艦長を見て、随分気分がスッとした……果たして私はあの時、どんな顔をしていたのだろう? ――――余り考えたくはなかった。

 けれど、こんな醜い感情を含めてきっと恋であり、愛なんだとも思う。

 前回のあの『忘れえぬ日々』の中でユリカさんとメグミさんがアキトさんを巡っていがみ合い、争い、張り合った気持ちが良く分かった。

 やっぱり私もナデシコクルー(バカ)の一員という事なんでしょうね。すっかり感化されている。

 

 あと……意趣返しみたいな所もあったのかも知れない。

 艦長は“ユリカさん”ではないけど、私はアキトさんがユリカさんと結ばれた時……教会で式を挙げて幸せそうな二人を、ユリカさんを見て……――いえ、本当はそのずっと前から、アパートで三人一緒に暮らしていた頃から苦しさを覚えていた。

 正直あの頃はハッキリとした自覚は無かった。だけど後になって思い返すとあの二人が幸せそうに語り合い、キスしたり抱き合っているのを見る度に辛く苦しくて悔しい感情に苛まれていた。

 

 その苦しさと悔しさが“片思い”の恋心故なのだと、嫉妬なんだと理解するのには、結構時間が掛かってしまいましたが。

 

 つまり私がデートの事を話したり、焦燥感と恐怖から意地悪な言いようをして言葉を突き付けたのは、そういった片思いの苦しさをユリカさんに……艦長にも味わわせてやりたいと思った為だ。

 

 ……本当に卑しい、醜いものです。

 自分の中にこんな感情があるだなんて思ってもみなかった。

 だけど後悔はしていない。遠からず何れはそうなったと思うから。艦長はアキトさんが好きで、私もアキトさんが好きだから。

 

 だから、結局――

 

「……ルリちゃんはテンカワさんの事が好きなの?」

 

 呆然とする艦長に変わって、そう横から問い掛けてきたメグミさんに確りと答えた。

 

「はい、アキトさんが好きです。とても……大好きです。愛しています」

 

 精神(こころ)は伴っても、身体は伴わないからまだ直接は言えないあの人へ告げたい言葉(おもい)を。

 これもやっぱり恥ずかしさがあった。

 私の告げた想いに驚いた表情を見せたメグミさん、それを告げた私の背後から「言うわねぇ、ルリルリ」と小さな口笛と共にミナトさんの称賛の声が聞こえた。

 

「でもルリちゃんはまだ子供で、デートしたって言ってもテンカワさんはそんな積もりじゃないかも知れないよ」

 

 驚いたメグミさんは、艦長と違って直ぐにその痛い点を突いてきた。

 アキトさんは私の誘いにデートと言ってくれて、当日のデートも一人の女性として見てくれていたようで脈があるように見えたけど、その可能性もゼロではない。脈があるように見えたのは気の所為で、それこそ私の思い込みに過ぎず、子供のお誘いに乗ってくれただけとも考えられるだろう。

 

「その……ルリちゃんには悪いけど、テンカワさんってそういう趣味じゃないと思うし」

 

 遠慮がちに気遣うようにそう言ったメグミさん。けど、それが演技だというのは何となくだけど分かった。前回艦長に意地悪した時と……そしてさっきの私と同じ気配を感じたからだ。

 やんわりと……されど強く釘を打ち込もうとしていた。……実にアンバー的で嫌な感じだった。

 しかしアキトさんにそういう趣味がないのは確か。

 この前、ミナトさんと一緒に食堂に訪れた際、ミナトさんの大きく開かれた制服の胸元に視線が向いていたから。それも一度や二度ではなかった。

 

 ……元々アキトさんは大きい方が好きな()がありますしね。

 

 ユリカさんに惹かれたのもそう言った部分もあるのでしょう。艦長のスタイルの良さが妬ましいです。

 けど、その事実にホッとするのも確かです。もしそっちの趣味だったら心配だしドン引き物だもの。……まあ、多分それでも嫌いにはなれないでしょうけど。

 ともあれ、私はメグミさんの意地悪に、

 

「そうですね。アキトさんにその積もりはないかも知れませんし、私は確かに子供です。ですが私がアキトさんを好きな気持ちに変わりはありませんし、その想う気持ちは自由です。それに何時までも子供という訳ではありません」

 

 幼さを理由に諦める気はないとの意味を込めてそう告げた。あと、

 

「私、将来性あると思いませんか? あと数年待ってみようと考えてしまうくらいに」

 

 とも加えて言った。らしくもなく挑戦的に。

 釘を刺そうとしたメグミさんは唖然としていた。如何にも二の句が告げられなかったといった様子だった。

 

 その後、ブリッジの雰囲気は少し悪くなったけれど、一応何事もなくその日は過ぎた。

 私自身、その日の事は艦長達に対する宣戦布告の意味合いがあったけど、変に煽る積もりも、焚き付けようとする意図もないのでそれ以上は言わなかった。

 変に煽って前回のようにアキトさんが艦長達に振り回され、気疲れさせるのは本意ではありませんし。

 それでまた優柔不断に逃げに入られて、私まで避けられるようになっては困ります。……というか、アキトさんに避けられるなんて想像しただけで泣きそうになります。

 

 ただ、しかし私の考えは甘かったのだと思う。

 私が焦燥感に駆られたように艦長はともかく、メグミさんも同様であって、唖然とした姿は見ても、まさか子供の私の言葉にそこまで動揺するとは思いもよらず。……また、第三者達によって私とアキトさんのデートの件が広がりつつある事も見逃していた。

 

 その結果、私の主観的に第二回テンカワアキト争奪杯の幕が上がってしまう。

 

 

 ……すみません、アキトさん。

 

 

 ◇

 

 

 ミスマル・ユリカにとってその少女は、変わった子供という以上の認識は無かった。

 地球ではマイナーなIFSを持ち、それに特化した“性能”を持つ子供というくらいだった。

 無論、その子が複雑で同情に値する境遇があるのだという事は察していた。普通の生まれではありえない蒼銀の髪に金色の眼を持っているのだ。今の時代においてほぼ全ての国で禁止された遺伝子操作が施されている事は明白だった。

 ただ、無論且つ勿論のことだが、ユリカはそこに敢えて触れる気はないし、他のクルー達も触れる様子はない。

 それは少女に対する気遣いであり、優しさであり、大人としての分別でもある。

 

 ともかく、ミスマル・ユリカの件の少女への―――ホシノ・ルリへの印象は、可哀そうな生まれを持った変わった子供という以外の何者でもなかった。

 いや、彼女だけでなく、ほぼ全てのクルーにとってそうであろう。

 

 だが―――

 

「はい、昨日はアキトさんとデートでしたから」

 

 それは衝撃的な言葉だった。少なくともユリカにとっては天地を揺るがされたに等しいものだ。

 その言葉は、ブリッジで仕事をする少女の様子を見たメグミ・レイナードが行った何気ない質問から返って来たものだった。

 その言葉に対するユリカの反応は早かった。問い掛けたメグミが言葉の意味を直ぐには呑み込めず「へ……?」とあっけに取られている合間に、

 

「そ、それって……ど、どういうことなのルリちゃん!?」

 

 ブリッジ上段から覗き込むようにして、中段のオペレーター席に座る少女の後ろ頭へ驚きに満ちた目を向けた。

 それに対してルリは簡潔に答えた。

 

「言葉通りです。昨日のお休みにアキトさんとデートに出掛けたという意味ですが」

 

 確りと耳に入った聞き間違いようがない言葉。ユリカは再び天地がひっくり返るような衝撃を精神に受けて狼狽えた。

 

「デート……アキトと……」

「ええ、楽しかったです。プレゼントもしてくれましたし」

 

 狼狽え呆然とするユリカに、少女は淡々と答えて普段は表情に乏しい顔に薄っすらと嬉しそうな笑みを見せ、さらに左腕に掛かる金色の輝きをユリカの方へ見せびらかす。

 

「プ……プレゼント……アキトからの…」

 

 立て続けて来る衝撃にユリカはフラフラとよろめく。

 

「な、なんで……恋人の私だってまだデートも……プレゼントなんて貰った事ないのにぃ、……それもアクセサリーなんて」

 

 そうよろめくユリカに、薄く笑みを浮かべて何処か勝ち誇っているようにも見えていたルリだが……途端、眉を顰めてムッとした表情となった。

 

「恋人というのは艦長の思い込みです。アキトさんは艦長の恋人ではありません」

 

 淡々としながらも語気の強さを感じさせる口調で少女は指摘した。

 

「そ、そんな事は無いよ。子供のルリちゃんにはまだ分かんないかも知れないけど、私とアキトはラブラブお似合いのカップルなんだから!」

 

 よろめきながらも精神を立て直しつつユリカは反論した。そこだけは彼女としても譲れない所だからだ。

 自分と彼は幼馴染で昔っから仲の良いカップルだったのだ。10年と長く離れていたし、自分は死んだと思っていたけど、こうして再会できた以上はその関係に戻った筈なのだ。

 

「うん、そう。アキトは私の事が好きで、私もアキトが大好きなんだから!」

 

 ユリカは心からそう思っていた。

 長く離れ、お互い成長して姿かたちも変わったけれど、それでも私の彼に対する想いは変わっていない……ううん、今の彼の姿を見てもっと好きになった。だからアキトもきっと同じ想いでいる。

 それがユリカの認識だ。昔の……幼かった時以上に互いを想い合っていると、そう信じている。

 

 けれど――

 

「……分かりました」

「え? 分かってくれたの! そうだよ、私とアキトは――」

「――いえ、分かったのは艦長がアキトさんを好きだという事だけです。ですがアキトさんも艦長が好きだとは限りません。やっぱり思い込みですね、恋人と言うのは。……ああ、艦長。そういったものをなんて言うのか知っていますか?」

 

 ――片思いって言うんですよ。

 

 ニコリとした表情なのに眼だけが笑っていない少女の告げる言葉に、その信じている想い(モノ)に罅が入った。

 

 その後は愕然としたショックを受けながらも、幼い筈の少女の強く想いの籠った言葉を聞いた。

 通信士のメグミの問い掛けに、

 

 ――はい、アキトさんが好きです。とても……大好きです。愛しています。

 

 そう、僅かに頬を赤くしながらもハッキリと答えていた。

 ユリカには分かった。

 自分と同じで確かな恋をして、同じ人を想う気持ちがあるからよく分かった。

 その言葉はただ子供が無邪気に好きだと言う、純粋だけど恋を知らない子が口にするモノではないという事が。

 だから恐れて焦りを覚えた。

 

(アキトはこの子とデートした。プレゼントもした。ならアキトはこの子……ルリちゃんの事が……?)

 

 そうでないかと疑った。それは確かな直感だった。

 ルリちゃんは決して子供なんかじゃない。そしてアキトもそれを理解しているのでは? ……と、少女の持つ雰囲気とその鋭い勘でユリカは確かに感じ取っていた。

 

(アキト……)

 

 ショックで揺れたように感じる視界の中、銀の髪を持つ少女の後ろ姿を見ながら愛しい彼の名前を呟いた。

 そうであって欲しくないと思いながら、告げられた“片思い”という意味も重く感じて。

 

 

 

 

 昨日はエステのコックピットでほぼ丸一日缶詰めだった。

 万が一……という事での戦闘待機だったが、実際の所、ルリちゃんの考えでは襲撃の可能性は高かったらしい。

 というのも、サセボの戦闘に続いてサツキミドリでのデータ奪取に失敗した為、ナデシコとエステバリスのデータを得るにはもう一度か、二度くらいは本格的に仕掛ける必要があるのではないか? との事だ。

 それもあって前回は散発的な攻撃に留まった火星までの航路だが、今回はそうならないかも知れないという。

 ただナデシコを落とす事も、地球へと追い返す……もしくは逃げ帰らせるような真似はしないとも言っていたが、その理由までは聞いていない。それを言った時、ルリちゃんの様子が少し意味深に見えて結構気になったのだけど、待機任務に入るまで深く話す時間がなかったのだから仕方がない。

 

「その辺を含めて今日明日にでも話せる時間が欲しい所だけど……」

 

 俺もルリちゃんも仕事があるし、大きく時間が取れるのは夜の就寝前になるだろう。

 夜中に女性クルーの部屋がある区画を歩くような事は出来れば避けたいが……こればっかりはしょうがないか。

 嘆息しながらも納得するように頷いて、エプロンをロッカーから取り出して身に着けて厨房に顔を出すと、

 

「あ、テンカワさん」

「サユリさん、おはよう」

「……はい、おはようございます」

 

 一番にサユリさんと挨拶を交わしたのだが、何か浮かない表情だ。

 

「テンカワさん、おはようございまーす!」

「「「おはよう、テンカワさん」」」

「うん、おはよう」

 

 ミカコさんが小柄ながら大きく元気な声で挨拶をし、他のホウメイガールズの皆も笑顔で挨拶をして、俺も挨拶を返した――が、

 

「テンカワさん、一昨日のお休みにオペレーターの子とデートをしたって本当なの!」

「ブホッ!?」

 

 ミカコさんの口から挨拶と同様、元気な声でそんな予想もしない言葉を聞いて思わず噴き出した。

 

「ゴホゴホッ……」

 

 呼吸器官に唾液が入って咽てしまう。

 

「……ッ、な、なんでそれを!?」

 

 呼吸を落ち着けて尋ね、何となしにサユリさんの顔を伺う。

 拙い……後ろめたい事は無い筈なのだが、保安部に突き出される未来が見えて危機感を覚える。

 

「昨日、食堂でそんな話をしている人達がいたから……って、やっぱり本当なんだ」

「まあ、こんな画像も出回っているしね」

 

 ミカコさんが言うとジュンコさんがコミュニケを操作して、ウィンドウを投影する。

 

「……う」

 

 宙に映った画像を見て呻き声が漏れた。

 水族館で二人手を繋いで歩いている姿に、路面電車でお姫様抱っこしている物。

 後者の方は距離が離れての撮影らしく、少し粗いが……引き延ばされて十分人物が特定でき、確りと俺がルリちゃんを抱えているのが分かる。

 ある程度はそういった事もあるだろうと予想はしていた。同じ休みの日のクルーにデートの様子が目撃される事もあると。

 しかし撮影までされ、艦内に出回って噂になるとは予想外だ。

 

「仲、とても良さそうだよね」

「ルリちゃん、凄く可愛いね、お人形さんみたい!」

「で、テンカワさん、どっちから誘ったの、デート?」

「……それは、ルリちゃんからだけど」

 

 画像を見て感想を言うジュンコさんとミカコさん、そして尋ねて来るエリさんへ答え。

 

「……テンカワさんって」

「な、何かな? エリさん」

 

 ジッと胡乱な目で見詰められて思わずたじろぐ。

 

「そういう趣味なの? ロリコン?」

「いやいやいや……!」

 

 聞きたくなかった言葉を言われて首を全力で振る。

 勘弁してください。マジで! 誤解だから! いや、まあ、確かにルリちゃんとデートしたし……ルリちゃんの事も大切にしたいと思っているけど――

 

「こら、エリ!」

「痛っ!?」

「テンカワさんに失礼よ!」

 

 在らぬ誤解を向けられて動揺する俺だが、意外にもサユリさんがエリさんを軽く小突いて怒って見せた。

 

「ルリちゃんに誘われて出掛けたからってそういう風に疑うなんて。……大体、テンカワさんとルリちゃんの仲が良いの知っているでしょ。別に変な意味じゃなくて」

「うーん、そうかも知れないけど、でも……サユリ、テンカワさんは違ってもそう誘ったって事はあの子の方は――」

「――それは……別に子供なんだし、ちょっとした憧れみたいなものでしょ。それにこの写真だって兄妹みたいな感じなんだし」

 

 エリさんとサユリさんのやり取りに何となく口を出し難い。

 誤解を避けられるのは良いんだが、ルリちゃんの事まであれこれ言われるのは余り気分が良くない。

 しかし、俺が口出しするのは違う気がするし、誤解が疑惑になりそうでやはり何も言えない。

 

「アンタ達、何時までお喋りしているんだい。そろそろ仕事に取り掛かりたいんだけどね」

「あ、ホウメイさん、おはようございます」

「おはようテンカワ、……さあ、仕事だ。朝の仕込みを早く終わらせないと私達が食べる時間が無くなるよ。ほら、さっさと持ち場に就きな」

「「「「「は、はい!」」」」」

 

 ホウメイさんの促しに俺の周りにいた皆が厨房の各々の位置へ散り散りになる。

 

「まったく、私も女だからそういった話が気になる気持ちは分かるけど、野暮ってもんだろうに。悪いねテンカワ」

「いえ、ホウメイさんの所為って訳じゃありませんから」

「まあ、そうだね。……だが一応、私からも言っておくか」

 

 これも野暮かもしれないけど……と言いながら、ホウメイさんは俺にしっかりと目を向けて告げる。

 

「ルリ坊は何かと目立つ子だからね。あの娘達みたいにアンタに色々と言ってくる連中はいると思う。けど、余り気にするんじゃないよ。……テンカワ、アンタは自分の思ったままにあの子と向き合えばいいんだからさ」

「……ホウメイさん」

「と、言ってもアンタがどんな思いでルリ坊を見ていて、どんな意味で大切だって言ったかなんて分からないんだけどね」

 

 ジッと語りながら向けられる眼に俺はなんて返すべきか分からなかった。ただ何となくだが、ホウメイさんには見透かされているような気がした。

 この前、ついホウメイさんの言葉に流され、躊躇いもなくルリちゃんを大切だと言った所為かも知れない。

 少し恥ずかしさがあり、迂闊さを覚えた。

 

「さ、アンタも持ち場に就きな」

「……はい」

 

 何も返す言葉を持てず、しかしホウメイさんもそれ以上は何も尋ねず、俺は促されるままに仕事に取り掛かった。

 複雑だったが少しホッともした。もしこの女傑的雰囲気を持つ尊敬するホウメイさんに本心を尋ねられたら、俺は答えを口にする事を避けられなかったと思うから。

 

 

 しかし、その安堵も束の間だった。

 

 

 仕込みを終えて朝食となり、ホウメイガールズの皆にデートの事を尋ねられ、差し障りないものを……ルリちゃんとのデートそのものではなく、水族館や乗馬クラブや歓楽街の観光スポットなどの感想を話す事でそれを回避して(またはホウメイさんの援護もあって)、同僚の彼女達には上手く誤解と疑惑を招かずに済んだが、

 

「……アキト、おはよう」

 

 朝食時の一番にやはり彼女はやって来た。

 

「ああ、おはよう艦長」

 

 そう、ユリカ嬢が。神妙でありながらもやや落ち着かない気配を纏って。

 その様子を見て直ぐに察した。ただでさえ仕込み前のホウメイガールズ達との話で、俺とルリちゃんのデートの件が艦内で広まっているらしい事が分かっていたのだ。当然そうなるとユリカ嬢が知らない筈もない。

 彼女の姿を見てどうしたものかと僅かに悩んだが、ここで変にユリカ嬢を暴走させる訳には行かない。言い争いみたいな事になる可能性もある。避けようとせず向き合うべきだろう。嫌な予感もあったがそう覚悟を決める。

 

「ホウメイさん、ちょっと調味料棚の所へ行ってきます」

「……ああ、分かった」

 

 ホウメイさんも察してくれたようで直ぐに頷いてくれた。

 

「艦長、話があるんだろ」

「……うん、少し。……ごめんなさい、お仕事中なのに」

「いや、いいよ」

 

 若干肩を竦めながらも俺は気にしないように言い。ユリカ嬢に部屋を移るように促した。

 

 

 

 部屋を移って二人っきりになる。開けっ放しになっていたドアも確りと締めた。防音性は結構高いから、よほど大きな声を上げない限り厨房に届かない筈だ。

 ユリカ嬢は自分を落ち着かせるように軽く深呼吸してからそれを言った。

 

「アキト、ルリちゃんとデートしたんだよね」

「……やっぱり知っていたのか」

「うん、ルリちゃんから聞いた」

 

 思わぬ返事が返って来た。ルリちゃんから直接聞いたとの事に少し驚く。

 

「ルリちゃんから……!?」

「……」

 

 ユリカ嬢は無言でコクリと頷いた。てっきりホウメイガールズのように噂話を聞いたのかと思ったら、まさかルリちゃん本人からとは。

 ルリちゃんらしからぬ積極的な……いや、そうでもないかな?

 あの子は意外にアグレッシブな行動を取る事があるし。確か原作でユキナちゃんがナデシコから連絡を取ろうとした通信用のコバッタに蹴りを入れていた事があった。劇場版でもアキトに容赦なく食って掛かっていたし、アカツキの言う通り結構キツイところがある子だ。昨今ではリョーコ嬢を組み伏せ、ガイを投げ飛ばしている。

 

「ルリちゃん、嬉しそうに言うんだ。アキトとデートした事とプレゼントしてもらった事を」

「……」

「あの子があんな風に笑える子だなんて思っても見なかった。どこか冷めた感じのある子供だったから少しびっくりした」

 

 以前、ホウメイさんも言っていたような事を言う。ルリちゃんに対する印象は皆そうなのだろうか? ユリカ嬢の様子も気に掛かるが、それも気に掛かる。

 少し心配だ。リョーコ嬢達とは仲良くしていたし、ブリッジにはハルカさんがいるから大丈夫だと思うが……ノベルテ+では男性クルーからの人気の高さに反して女性クルーからの評判が悪かったとかいう話もあった。

 ……ノベルテ+の話を思い出して少しどころか、かなり心配になったが―――それより今はユリカ嬢だ。

 

「同時に凄くショックだった。アキトとデートしてプレゼントを貰って嬉しそうなルリちゃんを見て……だってアキトが私以外の女の子と仲良くしているんだもの」

「艦……ユリカ……」

 

 思わず名前を呼んだ。

 ショックだという言葉の通り、ユリカ嬢は落ち込んで酷く曇った表情をしている。太陽のような笑顔の輝きを見せる彼女には余りにも似合わない。

 

「だからムキになって言ったの。ルリちゃんはまだ子供だからとか、アキトの恋人は私だって。でも逆に言われちゃった。それは思い込みだって、片思いに過ぎないって。これも凄く……とてもショックだった――ねえ、アキト!」

「……!」

 

 翳りのある表情。だが強い目線が向けられる。

 直後、直感した。駄目だと、拙いとも思った。ユリカ嬢が何を言うのか、言おうとしているのか分かってしまった。

 だけど、どうしようもなかった。彼女の言葉を止める事はできず――

 

「アキト、私はアキトが好き、大好き! 昔から今も恋人だと思ってる! だけどアキト、貴方はどうなの? アキトは私の事を……!」

「あ、」

 

 ――だから言われてしまった。

 

 まだナデシコに乗って10日間程度なのに、何れは来るであろう問い掛け(ことば)がこうも早くに。

 

「そ、それは……」

 

 顔も喉が張り付いたように強張るのを自覚する。零れた声も掠れていた。

 “アキト”に対して向ける言葉。それに返すべき言葉などある筈がない。それでも……それでも……考える。“アキト”として。

 “俺”が言うべき事ではないと分かってはいる。しかし問い掛けられた以上は、そうして答えるしかなかった。逃げられないというのもある。

 

「……ユリカ」

 

 名前を呼ぶ。何とか声は掠れていない。嫌な鼓動を立てそうだった心臓も落ち着けている。

 

「俺はお前の言う王子様じゃないよ。ただどこにでもいる平凡な男だ」

 

 “俺”自身も当然そうだが……恐らくアキトもそう思い、そう告げる筈だ。

 アキトの自己評価はとても低い。平凡でこれといった取り柄のない人間だと、情けない男だと自分を卑下している所がある。

 その為か、ユリカ嬢が求める王子様像に辟易した感情を持っている。だから彼女に対して当たりがきつく、また……重いと感じていた。

 

 そう、原作第8話でユリカに対してその本心を僅かに「そうだよ、俺には重いんだよ。だからこそ……」と、確かにそう見せていた。

 

 だがその一方で、彼は心の何処かでそれに応えたいとも思っている。ユリカに対して重いと感じるという事は、逆説的につまりはそれだけアキトは彼女の事を……――そしてだからこそ、余計に重荷にもなっているのだろう。

 だから、そう答える筈。

 

「精一杯その日その日を生きるのがやっとで、料理人になりたいって夢を追うごく普通のありふれた人間だ。ユリカ、お前が願う王子様になんてなれない」

 

 だから、彼女に相応しいなんて思えない。

 ユリカ嬢はミスマル家のお嬢様で、それこそ世が世であれば武家だとか、貴族だとかのお姫様とも言えるような女性……云わば高嶺の花だ。幼馴染という事で偶々近くにあるが、本来なら手が届く所にあるような娘じゃない。

 外見だってそれに相応しい美人で、性格だって少し落ち着きは無いが明るく優しく器量も良しと言える。

 加えて頭脳明晰で連合軍大学を首席で出たエリート。中高他、士官学校だって飛び級で進み、優秀な成績で出ている事だろう。

 とてもではないが平凡・凡人なアキト(おれ)とは釣り合いが取れない。それこそジュンのような同じエリートの方が余程相応しい。

 

 なのに、

 

「ううん、アキトは私の王子様だよ」

 

 何の疑問もなくユリカ嬢は言った。

 

「だって私の好きな人なんだもの」

 

 真っ直ぐな視線で彼女は語る。

 

「幼い時、風邪をひいて苦しんでいた時に元気づけてくれた。ちょっと危ない遊びをして工事現場の機械を動かしちゃってそれを止めてくれたのはアキトだった。川に落ちて溺れていた時もそう、大声で必死に助けを呼んでくれた。お祭りで花火が暴発したのを庇ってくれて私の代わりに火傷した事もあった。……十分、王子様だよ」

 

 覚えがあった。どれもこれもアキトの記憶に。フラッシュバックと共にそれが過る。再会するまでずっとユリカの事を忘れていた癖にアキト(おれ)は覚えていた。

 

「ユリカの危ない時は何時も助けてくれた。何度も何度も……」

 

 何の疑問もない真っ直ぐな言葉と好意。

 ……ああ、それが重い、とても。

 

「アキトは自分が平凡だって、普通の人間だって言うけど。それでも私にとっては王子様なの」

 

 本当に重い。……俺にとっても、アキトにとっても、王子様という言葉に込められた期待(ねがい)が。

 コイツに相応しい……望んでいる人間(おとこ)になれるのか? そうで在れるのか? ユリカ嬢は自分が如何に眩しい人間なのか分かっていない。

 そして、それはあの子も……ルリちゃんもそうだ。妖精のように可憐で美しく、聡明な少女。アキト(じぶん)なんかよりも相応しい男はきっといるだろう。

 

 ――なのに……なんでアキト(おれ)なんかを?

 

「アキトは優しくて一生懸命だから」

 

 過った疑問に答えるようにユリカは言った。

 

「エステバリスに乗って戦ったのも私とナデシコの皆を守る為だった。だから頑張ってくれた。コックになるのも美味しい料理を多くの人に食べて貰いたいから、だから毎日頑張ってる」

 

 ユリカ嬢は俺の手を取った。両手で両方の俺の手を掴んで包み込むように胸の前に持って来る。

 

「だから好き! 一生懸命で、誰かの為に戦えて、皆の為に料理をするアキトがカッコいいから! だから……だから私はもっと好きになったの! 大人になって頑張っている今のアキトを昔以上に!」

「――!?」

 

 今の……アキト(おれ)を……?

 一瞬、その言葉に揺れた。

 だが直ぐに内心で首を振る。それも結局は“アキト”であるという前提があっての事だ。

 ああ、けど、だけど……――頭が痛い。どうしてか痛い。ズキズキと頭の芯から痛む。俺は……。

 

「アキト、貴方はどうなの? 昔とは違う。泣き虫だったあの頃と違う、今の私を見て……」

 

 そうだったと思う。

 コイツは自分の感情に素直な奴だから、良く笑うけど、良く泣きもした。それで俺が泣かした事になって理不尽に怒られる事もあったっけ。

 

「そうだな、立派になったよな……お前」

「……アキト」

「昔と違って凄くなった。艦長をやっているんだから。この前の防衛ラインの時にはキリッとして見事な指揮を執ってさ、正直見違えたよ。あんな俺の後ばっか追っかけて泣き虫だった奴がビシッとカッコ良くやってさ。それでも我が儘言ったり、子供みたいに無邪気なままで変わらないんだから、変な奴だ」

 

 凄くて変な奴。だけどそういう所が良いのだと思う。コイツらしくて。あと凄く美人になった。これは流石に面と向かって言うのは恥ずかしいから黙って置くが。

 ああ、だけど、けど……――ユリカ嬢の想いに答えを出す事は出来ない。

 向けられる視線から目を逸らした。

 

「ユリカ、お前は立派だし変な奴だけど、魅力的だと思う。だけど……」

 

 俺がコイツの好意に応えられないのもそうだが―――…脳裏に蒼い銀の髪を持つ少女が過る。儚げで目を離せないあの子の姿が。

 ああ、そうだ。俺はあの子の事が……――それ以上は胸の内でも言葉には出来ない。しかしそれでも、そうだからこそ、

 

「――……やっぱりそうなんだ」

 

 微かに息を呑んでユリカがポツリと言う。何かハッとしたようで確信が籠った声だ。

 

「アキトはあの子が、……ルリちゃんの事が好きなんだ」

「!? ……ユリ、カ……」

 

 まさに不意を突かれた。その言葉は余りに唐突で鋭さがあった。少なくとも俺にとっては。

 

「ルリちゃんは言ってた。私と同じでアキトの事が好きで、大好きだって。愛しているって」

「!!!」

 

 ルリちゃんが!? 俺を!

 驚く事ではなかったのに、それでもその事実を聞くと驚いてしまう。

 あの子の向ける好意には気付いていたし、知ってもいた。けれど、いざこうして誰かに告げられると言い知れぬ衝撃がある。

 

 ……また、拙いと思った。次に来る言葉は予想できた。さっきと同じものだ。けれど、今度は良い言い訳がある。ルリちゃんには悪いけど、それを口実に答えを避けられる。

 

「……けど、ルリちゃんはまだ11歳の――」

 

 まだ幼い子供だと、恋も愛も憧れと区別が付かない年頃で、自分もそんな対象とならないというような事を言って誤魔化そうとした。しかし、

 

「うん、まだ子供。……だけど違う。あの子はきっと子供じゃない。アキトもそれを分かっているよね」

「!?」

 

 動揺した。

 いやに確信に満ちた声であり、的を射ていた。

 

「アキトはあの子が……ルリちゃんが子供じゃないって分かっているから、だから好きなんだよね」

「ユリカ……お前……何を……」

 

 言葉が続かない、的を射ているという事もあるが……コイツは何を言っているのか? 何を察しているのか? ボソンジャンプの事を知る訳ないからそれに気づく筈がない。だというのに、

 

「……なんでこんな風に思ったのか自分でもどうしてか分からない。ルリちゃんが大人びてるからかも知れないけど……でも、アキトの事が好きっていうルリちゃんを見てそう思ったの」

 

 勘なのか? だとしたら本当に鋭い。そう感じた時のルリちゃんがどんな風だったのか分からないが。

 

「アキトはルリちゃんの事が好き。だからデートした。だってそうじゃないとアキトみたいな真面目な男性(ひと)が女の子とそんな風に出掛けないもの。……私、見たんだよ、噂と一緒に広まっている写真を」

「それは……」

 

 言葉に詰まる。ユリカ嬢への想いを尋ねられた時以上に言えない。こればかりはアキトとしても答えられない。そう、これは間違いなく俺の、俺自身の感情(想い)だから。

 

「……ごめん、問い詰める真似をして。聞いてもアキトが答えられないのも分かっているのに」

 

 ドキリとした。また何か見抜かれたのかと思ったが、今度は違った。

 

「子供じゃないって言っても、ルリちゃんはやっぱり子供だから。そんな子を好きになるなんて変だって、おかしいって躊躇う気持ちは分かっているの。アキトはそう言えないって。だから――」

 

 だから、とユリカ嬢は呟き、

 

「……!?」

 

 油断した。

 本心が見抜かれずルリちゃんが子供という口実(いいわけ)が思わぬところで働き安堵した隙……その一瞬、顔の近くに熱い吐息を感じ――直後に唇が甘い柔らかな感触に覆われた。

 驚き、身体が硬直するのも束の間、直ぐに腕に力を込めてその感触を引き離そうとするが、

 

「「ん…」」

 

 唇から漏れた声が重なる。

 背中に腕を回されてがっしりと肩と腰を掴まれて引き離せない。意外に力が強い。そういえばコイツは元軍属……いや、軍大学を卒業して仕官していたから元軍人か? 展望室の会話で軍の訓練の所為で筋肉が付いて、腕が少し太くなったとか言っていたのを思い出す。軍事教練で格闘技だって学んでいるだろう。今の俺のような並みの男性では押し返せる訳がなかった。

 そうして十数秒ほどか、酸素を欲して息が苦しくなってきて、

 

「「プ、ハァ」」

 

 離れた。

 

「ユリカ、お前……!」

 

 頭に血が上るのを自覚する。口元を手の甲で擦り、俺とユリカの混じり合った唾液を拭う。

 何に対するものなのか判断が付かないまま、覚えた怒りに任せて怒鳴りつけようとし――

 

「――ごめんなさい、こんな事して。でも諦めたくないから。ルリちゃんはまだ子供だから、だから……アキトがあの子に好きだって言えない内に……私は――」

 

 ――……私はアキトを、貴方を振り向かせたい!

 

「――!」

 

 頭に昇った熱が急速に冷めた。

 ただし冷静になった訳ではない。動揺だ。俺の熱が冷めるのとは逆にユリカの熱が籠った視線にたじろいでしまう。その視線にどうすれば……どう対処したらいいか分からない。

 それもまた迂闊だった。

 

「ん……」

 

 動揺し、たじろいだ不意を突かれ、再び唇に甘い感触。ユリカが俺の身体をきつく抱きしめる。

 引き離そうとして……今度は出来なかった。軍人だったコイツに単純な力では敵わないという事が分かったのもあるが、

 

 ――ああ、くそう。そうだ。コイツの真剣な想いを拒絶なんて出来なかった。

 

 ルリちゃん、ゴメン……と後ろめたさを覚えて心の内で謝る。こんな事をあの子に知られたら泣かれるんじゃないかと思った。もし知られたらどうしたら良いのか……?

 甘い感触を感じつつも、そう考えて……また十数秒、ユリカが離れる。

 

「セカンドキス……今度は引き離そうとしなかったね、アキト」

「……、お前の力が強かったからな」

「ふふ……」

 

 ユリカから視線を逸らして言うとクスリと笑われた。拗ねたような口調だったからか、それとも引き離さなかった理由を誤魔化そうとしたのを見透かされたからか。

 ……恐らく後者だろう。ユリカは笑っているのだ。

 

「良かった」

 

 と、嬉しそうに。

 そう、俺はキスした事を嫌がらなかった。ユリカを嫌いになれないように――いや、素直に言って好意はある。なんだかんだ言って幼馴染なのだ。それも美人の女の子の。

 要するには十分脈があって、まだ勝ち目があると思われたという事だ。コイツに。

 それを見抜かれた事に悔しさがあった。それにやっぱり罪悪感も……ルリちゃんの悲しそうな顔が浮かぶ。あの子には笑顔でいて欲しくて、泣かせたくないのに。

 

 しかし同時に、嬉しそうに微笑むユリカの表情を見て、その笑顔が陰るのも見たくないと思ってしまう。

 

「じゃあねアキト、私は諦めないから。だってアキトは私の王子様だもの。きっと私の事を好きにして見せるから!」

 

 そう言うとユリカは、俺に背を向けて部屋から出て行った。

 その間際、頬を赤くしていたのを見た。多分、今更ながらにキスをした事が恥ずかしくなったのだろう。だから逃げるようにしてこの場から去った。やや足早だった事や何時ものように厨房に居座ろうとしなかった事からもそうなのだと思う。

 

「……はぁ」

 

 ため息が零れた。

 憂鬱な思いがあった。

 ルリちゃんを大切にしたいのに、ユリカを拒絶したくないとも感じている最低な自分に。

 俺は、どっちも取る……だなんて、器用な生き方が出来る人間じゃないってのに。

 

 ――それ以前に、ルリちゃんとユリカ……嬢の想いに応える資格すらないのにな。

 

 いや、そもそも――ジクリと脳の奥が痛む、艶やかで長い黒髪を持った小柄な“誰か”の姿が過る――俺がまた恋をする事、人を好きなる事自体……駄目だ止そう、考えるな。

 本当にいい加減、忘れるべきなのに。何時までも引き摺っている。

 きっとアイツはそんな事は望まない。最後のあの言葉だって恨み言ではない筈なんだ。

 

 ――ああ、だけど、冷たい雨の中、濡れたアスファルトの道の上に、アイツから零れて“赤い花”が咲いた記憶が浮かぶ。

 ……アイツが最後に残した言葉も。

 

 忘れられない光景と言葉だった。

 

 無様にもアイツを守れず、アイツが一番嫌っていた言葉(こと)を言わせてしまった俺がまた誰かを――……俺にそんな資格は無いように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっぱりそうだったんだ、というショックはあった。

 けど、だからと言って諦めたくはなかった。

 例え彼が自分以外の誰かを好きであっても、簡単に諦められるものではないのだ。

 

(だってそれでも好きなんだもの)

 

 好きという感情、恋もしくは愛という感情は理屈ではない。それに、

 

「大丈夫、きっとアキトは私の事も好き」

 

 そう思えた。

 二度目のキスで見えた彼の感情。自分への好意は確かにあった。ただ――

 

(でも、あの子に……ルリちゃんには負けてる。アキトは私よりもあの子の方が好き)

 

 それも確かに覚えた。あのキスの最中にもそれを感じた。……正直に悔しい。

 

「だけど、負けない。ルリちゃんよりも私の方がアキトの事が好きなんだから……!」

 

 グッと拳を握って声に出す。

 それも確かな事だ。少なくとも彼女……ミスマル・ユリカにとっては。

 自分の方がずっと彼の事を知っていて、長く想っていたのだ。だから自分の想いの方が大きくて強い。

 アキトとルリはまだ出会ったばかりで……――

 

「――……その筈だよね」

 

 ふとそれに気づいた。

 抜群の記憶力を誇るユリカの頭の中には、このナデシコのクルーの全員の経歴・履歴がインプットされている。

 急遽採用されたアキトのものは流石に抜け落ちていたが、父との会話の事もあり、この数日で記憶したし、オペレーターの少女……ルリの事は、ナデシコに乗ると決めてから確りと記憶していた。

 

「アキトはずっと火星に居て、ルリちゃんは地球にあるネルガル傘下の研究所……」

 

 だから接点はない筈。けど……それだと何かが変だった。おかしく、違和感がある。

 何の接点もない子供に自分の想い人が惹かれるとは思えなかったし、研究所育ちなどと健全とは言い難い環境にあった子供が“外”に出たばかりで、あんなにも人に好意を寄せて恋をするとは思えなかった。

 しかし、事実として二人は……。

 なら、そうなるだけの理由がある筈だ。そう、何か、

 

(二人だけの秘密が……だから、なの?)

 

 “片思い”に過ぎない自分と違って、互いに好き合って……“両想い”なのは。

 

(……それを知らないと駄目、だよね)

 

 そうでないとあの子に……ルリに勝つ事は出来ないとユリカは考える。

 

「……秘密、か」

 

 秘密――その言葉に想い人ことアキトと絡んで今のユリカに思い当たるのは、前回彼と二人っきりで話した件だ。

 彼は誰にも言うなと言い、調べるのも駄目だとも言って、それに自分は頷いたが……。

 

「……距離は大分離れたけど、地球との連絡は取れる。ナデシコの重力波通信もある」

 

 加えて艦長としての権限もある。

 オペレーターのあの子や通信士のメグミ・レイナードを介さずに独自に秘匿回線を使用する事は可能だ。

 更にオモイカネ……メインコンピューターを迂回してサブの物を使えば……。

 

「……ゴメンね」

 

 アキト……と心の中で謝る。約束を破る事を。

 きっと怒られるだろう。だけど一時の不興を買う事になっても、それでも……。

 

「……諦めないし、負けたくないから」

 

 だからゴメンと、此処にいない彼にユリカは謝った。

 

 

 




 ルリちゃんの自慢げな行動や宣戦布告は、ユリカさんに塩を送る結果になったという話。
 アキト(偽)の心を揺さぶり、今の彼のファーストキス及びセカンドキスもゲットしました。

 にしても、恋愛話が続いてしまいます。
 前々回からの事からユリカさんがそれを知ると、やっぱり早々行動してしまいますから。
 そういう意味ではデート回は早すぎたのかも知れません。じっくりと進めたいと思っていた部分をバタフライ的に書く事になってしまってます(汗)

 それと恋やら愛やらの部分を描くと、どうしてもアキト(偽)の過去の部分に触れざるを得ない感じで…やはりジレンマが大きいです。
 ただ、今回の彼の心情描写でおや?と思われる部分が出てますが……これもちょっと予想していた以上に早まっている感じです。

 今回は話が進みませんでしたが、とりあえず恋愛事情を挟みつつも次回からは、ルリちゃん航海日誌(およびアキトの航海日誌)的な話になります…多分。

 ちなみに、ルリちゃんがアパートでアキトとユリカさんと暮らしていた頃から嫉妬を覚えていたというのは、空白の三年間の一部を書いた小説版から取ってます。
 ユリカさんの事は好きだけど複雑な感情があったようです。まだ淡い恋心故に自覚がないままに。



 リドリー様、誤字報告等ありがとうございます。
 あと、第一話で優人部隊を有人部隊と指摘されている方がいますが、優人部隊であってます。ナデシコという作品では優人部隊という精鋭が木星にいますので。

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