偽伝・機動戦艦ナデシコ T・A(偽)となってしまった男の話   作:蒼猫 ささら

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第十七話―――前途Ⅰ

「……はぁ」

 

 溜息が零れる。

 少しウンザリした感があった。

 仕事中にも拘らずサユリさんを始めとしたホウメイガールズの皆にユリカ嬢とどんな話をしたのか何度も尋ねられ、食堂を訪れるクルーにはルリちゃんとの事をからかってくる奴が沢山いた。

 特に整備班に多く、チーフのウリバタケさんもその一人だった。

 

『オペレーターの子とデートしたって? お前さんがまさかそんな趣味だったとはなぁ』

 

 少しニヤニヤした表情でそんな事を言われた。

 ただウリバタケさんはナデシコクルーだけど、一応分別のある大人でもあるから悪意はないし、妹を相手にする感覚だろうと考えてくれているようなので友人感覚的なスキンシップだったり、話のタネとしてそう言ってくれるだけなのだが……中にはそう受け取らない人間や、そう考えながらも敢えて邪気を込めて来る人間もいる。それが結構厄介だった。

 しかし、そんな連中の……特に酷い言いようをする奴らは、ホウメイさんやからかって来ていた筈のウリバタケさんが睨みを利かせてくれたのでとても助かった。

 それに頭を下げる俺にホウメイさんは、

 

『アンタが頭を下げる必要はないよ。……まあ、気にせず堂々としていればいいさ。連中も直ぐに飽きるだろうしね』

 

 と、苦笑して仕方なさげに肩を竦めるだけで。ウリバタケさんは、

 

『悪いなウチの連中が迷惑を掛けて。お前さんは此処で可愛い女子に囲まれて仕事して、美人の艦長に好かれていて、パイロットの娘達にも気に入られているからな。察してやってくれ、男連中ばかりの仕事場にいるアイツらの気持ちもな。……まあ、俺もやっかむ一人だからこんな庇うような事を言うのかも知れねえが……』

 

 と、複雑そうに言った。

 酷い言いようをしたのもやっぱり整備班が中心だった所為か、メカニックチーフ……上司としては行き過ぎた奴らはきつくとっちめたいが、男としては気持ちが分かるという事なんだろう。

 ……しかし、やっかむと言う台詞は、美人の奥さんを捕まえられて十分勝ち組なウリバタケさんが言うのは少し違和感があるような? 奥さん本人……確かイオリさんだったか? その人を直接見ていないからハッキリそうとは言えないけど。

 

 他にも恋愛話が好きな女性クルーからも興味を持たれて色々と尋ねられた。メグミさんがルリちゃんとのデートの事を聞きたがっていたし。

 

 あと噂を知ったガイの奴もなんか面白く無さげに突っ掛かって来た。……ガイはルリちゃんと少し仲が悪いからなぁ。

 サツキミドリ滞在中の間にハルカさんとリョーコ嬢達パイロットと一緒に食事を取る事が多いんだけど、その度にガイとルリちゃんは何か揉めている。

 

 そのリョーコ嬢達、パイロット三人娘達はデートの事をこれといって気にした様子はなかった。俺とルリちゃんの仲が良いことを知っている為、それほど違和感がないらしい。兄妹みたいに思っているようだ。

 ……リョーコ嬢が普通に接してくれたのは、原作の事もあったので正直少しホッとした。

 

 ただ――

 

「はぁ……」

 

 また溜息を吐く。

 時刻は9時過ぎ、ナデシコ食堂は厨房の火を落として暖簾を片付けている。そして俺は仕事を終えて今、此処を……女性クルー達の部屋が集まっている区画を歩いている。

 

「……」

 

 その部屋の前に立った。

 今日、ルリちゃんは姿を見せなかった。その事に酷く不安がある。

 気付かれたのかも知れないと。脳裏にユリカ嬢とのやり取りを――二度もキスされた事が過る。

 見られた。覗いていたとは考えたくはないが、オモイカネが報告したという事もあり得る。

 オモイカネは基本的にルリちゃんの味方だろうし、この前の案内のように気を回してあの場面をあの子に知らせてもおかしくはない。

 

「………………」

 

 インターホンを押すのを躊躇う。

 あの子の反応が怖い。悲しむのか? 怒るのか? ……怒るのならまだ良いが、悲しんでもし泣かれでもしたら辛い。

 今一つ覚悟が決まらず……しかし何時までも突っ立っている訳にもいかない。こんな時間にこの区画に、しかもルリちゃんの部屋の前に居るのを誰かに見られでもしたら厄介だ。

 なので覚悟を決めてインターホンを鳴らそうとした――が、

 

『ドア、開いていますよ』

 

 目の前にウィンドウが開いてルリちゃんが映った。

 

『どうぞ、アキトさん』

 

 ルリちゃんは何時ものように抑揚の乏しい口調でそう言って、同時に部屋のドアが軽く空気が抜けるような音を立てて開いた。

 

「……お邪魔します」

 

 何となく丁寧な言いようをしてルリちゃんの部屋に入った。

 

「こんばんは、ルリちゃん」

「はい、こんばんは」

 

 俺の挨拶にルリちゃんが答える。気付かれないように一瞥してサッとその表情を慎重に窺う。涙の跡はないし、目は充血していない。目元にも腫れはない。

 安堵する。

 泣いてはいないらしい。……けど、少し表情が陰っているように思えるのは気の所為だろうか? キスしてしまった事……それに後ろめたさを覚えてる為にそう思うのか?

 

「……部屋、荷物しっかりと届いたんだね」

 

 誤魔化す気は無かった積もりだったが、やはり誤魔化す為だったのだろう。ルリちゃんの部屋を見渡して俺はそう言った。

 

「はい、昨日の出航前にきちんと届けて貰えました」

 

 ルリちゃんも自分の部屋を見渡して言う。

 此処は以前見た殺風景な寂しげな部屋ではなくなっていた。

 ベッドとデスクだけだった室内は、落ち着いた茶色のカーペットが敷かれていて、インテリアとして飾り気のある家具がある。

 部屋の中央にガラス製のダイニングテーブルと2人掛け用の小さなソファーが置かれ、ラックの類もベッドとデスクの脇にあり、他にも部屋に彩りを持たせる為にフェイクグリーンやフラワーもラックの上や壁に飾られている。ルリちゃんのイメージに合わせてこれも落ち着いた感じの物を選んだ。

 

「一人でこれをやったの?」

 

 家具の設置と飾り付けの事だ。そんな事は無いだろうなと思いつつも尋ねる。

 

「いえ、昨日、勤務が終わった後にミナトさんと……それと“偶々”通り掛かったゴートさんが手伝ってくれました」

 

 昨日は一日中警戒配置だったので勤務が終わった後となるとほぼ就寝時間前だ。ハルカさんはともかく……ゴートさんが、ね。……そんな時間帯に女性クルーの区画に“偶々”にか。

 ルリちゃんも随分ワザとらしく言う。やっぱりきつい所があるな、ルリちゃんは。

 にしても、もうこの頃から付き合い始めているのか。それともその直前って事なのだろうか? あの二人は破局したとはいえ、そういう関係だったみたいだし(劇場版後に復縁した?)、馴れ初めが少し気になる所だ。その辺の事はほぼ全く語られていないし。

 

「……まあ、しかし助かりました。ゴートさんはやっぱり力がありますから。ミナトさんもセンスが良いですし、お蔭でレイアウトと飾り付けに悩まずに済みました。正直、私はそういうのに疎いですから」

 

 ルリちゃんは少し恥ずかしげに言う。力がないのは仕方ないとしてもインテリアの配置に悩ましくあった事を女性としてどうなのか? という思いがあるみたいだ。

 

「でもルリちゃん、結構一人暮らし長いんだろ?」

 

 未来での事だ。軍の宿舎で暮らしていて劇場版の設定集では、部屋にそれなりに飾り付けがあった筈だ。

 

「そうですけど……宿舎の家具類は殆どが固定でしたし、カーペットやフェイクグリーンなんかもミナトさんが贈ってくれた物で。飾り付けも適当に部屋の隅やラックに置いていましたから……」

 

 あとサブロウタさんが部屋を訪れると、時折それら飾り付けの配置を弄ってましたね、とも言う。

 

「……」

 

 ……ちょっと思う所はあるが、サブロウタは面倒見が良い人らしいからな。俺のようにプライベートに無頓着な所があるルリちゃんを放って置けなかったんだろう。ノベルテ+の話から察するに彼はアキトやユリカ嬢やハルカさんとはまた違った形でルリちゃんの保護者役を自認・自負していたように思える。

 ルリちゃんもそれを察していたのか、ハルカさんと彼の気遣いに比べて自身の無頓着さに若干落ち込んだ様子だ。

 

「えっと……ルリちゃん。これから頑張ればいいと思うよ。ハルカさんから教えて貰ったりして」

「……はい」

 

 俺としても女性の感覚は分からないので上手いフォローは出来なかったが、ルリちゃんは静かに頷いた。

 

「それよりも座って下さい。部屋で立ち話というのもおかしいですから」

「……そうだね」

 

 気を取り直したルリちゃんに促され、頷いて部屋の中央のテーブルの右―――入り口から見て右側にあるソファーの方へ足を運ぶ。

 

 ――と。

 

 足を一歩、二歩と前に出した直後、ポフッと背中に柔らかな感触が当たる。同時に腹の方に細い腕が絡みついた。

 

「ルリちゃん……?」

「……」

 

 ギュッと小さな身体が俺を後ろから抱きしめている。

 突然の行動に一瞬戸惑ったが――ああ、と納得する。やっぱりかと……。

 

「……ゴメンな」

 

 それを察して、当たる背中の感触と腹に回された腕から伝わる気配(モノ)に謝った。

 

「……良いんです。アキトさんが艦長を嫌いになれない。拒絶できないという事は分かっていましたから」

 

 ユリカ嬢とのやり取りの事だ。やっぱりこの子はそれを知ったらしい。その声色は伝わるモノ……ルリちゃんが纏う気配と同じでやや悲し気だった。

 

「それでもアキトさんが私を想っていてくれている事も知れましたから」

 

 悲しさの中に相反する嬉し気な気配が混じる。

 

「だから良いんです。……そして待ってます。何時かアキトさんから言ってくれるのを。だからアキトさんも――」

 

 一度言葉が切れる。一呼吸おいて、

 

「――アキトさんも待っていて下さい。私が成長して貴方の隣に立つのに相応しく成れるまで」

 

 回された腕に力が籠り、ギュッと少し締め付けられる。

 そうやって触れて抱きしめて、言葉だけでなく触覚を通じて俺に想いを確りと伝えるように。

 事実、服越しだというのに体温と共にルリちゃんの心臓の鼓動が少し感じられる。それだけ強く胸を鳴らしているという事だ。俺を想って。

 

「その時まで我慢します。艦長のように無理やりなんて私は嫌ですし、もっと確りとした形でしたいです。やっぱり私も女の子ですからね、ロマンチックにいきたいです。アキトさんとの初めてにして、私にとっての――」

 

 ――ファーストキスは。

 

「……!」

 

 瞬間、かなりドキッとした。悲し気、嬉し気な物からさらに一転してとても甘く妖艶な気配と声だったから。

 ルリちゃんが背後にいて直接顔を見ていなくて良かったと思う。いったいどんな表情をしていたのか? もしその声色に伴った表情であったらその場で一気に流されていたかも知れない。

 そう思わせるほどだった。

 

「勿論、艦長にアキトさんのファーストキスもセカンドキスも取られたのは悔しいです。……とても。――だからこそせめて“私達にとっての初めて”は大事にしたいです」

「……ルリちゃん」

 

 何と言えばいいのか。

 ルリちゃんの想いが背中と腕越しに伝わって来て――嬉くもあり、そして辛い。

 

「だから良いんです。今は……」

 

 だけど、それでもユリカ嬢と同じく……いや、ユリカ嬢以上に拒絶は出来ない。“俺”にとっては。だから、

 

「うん、待っていて欲しい。いつか必ず伝えるから」

 

 そう告げた。どんな形にしろ来るべき時が来たら俺の想いを伝えなくてはならないのだろうと予感して。

 

 ただ、

 

「はい、待っています」

 

 ルリちゃんは嬉しそうに言うが、俺には恐怖と不安しかなく。また“赤い花”の記憶と共にジクリと脳に感じる痛みがあった。

 

 

 

 ルリちゃんが背中から離れて、

 

「お茶、淹れますね」

 

 そう言ってデスクの脇の、電気ポットが置いてあるラックの方へトトッとやや足早にステップを踏むように歩く。とりあえずユリカ嬢との事は今のやり取りで満足・納得という事なのだろう。

 俺も足を進め、お茶の準備に取り掛かるルリちゃんを見ながらソファーへ座る。

 

「~♪」

 

 部屋に入った時に見た表情の陰りはすっかり消えて、ルリちゃんは嬉しそうに鼻歌を口ずさみながらティーポットにお湯を注ぐ。仄かに甘い紅茶の香りが漂う。

 ルリちゃんは紅茶党なんだろうか? とそんなことを思いながら、聞いた覚えのあるメロディーにちょっと驚いてしまう。

 ……色彩だ。ルリちゃんってやっぱりそうなのかとベッドの上にある某ノベル作品のキャラクターぬいぐるみを見ながら思う。サツキミドリのゲームセンターで見掛け、ルリちゃんが欲しがった物。

 …………けど、それについては深く考えないようにしよう。あの作品の事を迂闊に口に出しては、大事な話があるのにその事で盛り上がってしまいそうだから。

 しかしその一方で気になるのも確かなのだが。

 

「アキトさん、どうぞ。――あ、すみません。紅茶でよかったですか?」

「うん、大丈夫」

「すみません……つい。アキトさんは何時も緑茶かコーヒーだったのに」

「いや、ほんとに大丈夫だから。紅茶も好きだよ俺」

 

 内心そうだったのか……と思いながら、それをおくびにも出さずに言う。

 しかしこの子の言葉を受けて記憶を掘り返してみるが、“アキト”の嗜好としてはこれといって拘りはなかった。出されるものは何でも飲むといった感じで、主に緑茶かコーヒーを飲んでいたのはそっちの方が身近だったからのようだ。……そこは俺と変わらないな。

 ……いや、幼い頃は紅茶党だった気がする。

 火星のミスマル宅を訪問する度に出され、飲んでいたのは紅茶ばかりだったからだ。おじさんは緑茶派だったようだが、ユリカの奴はケーキとか、クッキーとかの洋菓子が好きだったから紅茶をよく飲むようになったっぽい。多分、娘の前では……なんだと思うけど、俺も影響を受けていた。

 だからという訳ではないが、大丈夫だとルリちゃんにもう一度答えた。

 

「そうですか、ホッとしました。その紅茶は一昨日訪れたインテリアショップからのサービスの贈り物でして。サツキミドリの農園エリア、そこの無重力栽培で作られた茶葉だとか。宅配からそう伝言が来てました」

「へぇー、無重力栽培か」

 

 宇宙コロニーならではの物という事か。

 まあ、宇宙に出るのが当たり前の時代だし、珍しい物ではないのかも知れないが……と、そうでもないのか? コロニー群の多くが木連によって壊滅ないし占拠された昨今では貴重品とも考えられるか。

 そんな貴重品かも知れない物だけど――

 

「――サービスなのは結構色々と買ったからかな?」

「いえ、私がナデシコのオペレーターでアキトさんがパイロットだと知ったからだそうで、助けてくれたお礼だとの事です」

「あ、だからこの紅茶を出したんだ」

「はい」

 

 コロニーを助けられた事の証明の一つであり、デートの思い出の品物という事になるからか、ルリちゃんは嬉しそうに微笑む。

 ……やっぱり笑顔が良いなと思う。ユリカ嬢とはまた違う魅力を感じる柔らかな月光のような笑み。

 こうして笑顔を見る度に感じる。俺はこの子の事が本当に――……なのだと。

 

 また脳裏に“赤い花”がチラつくが――そう思った。

 

 

 

 金色の縁を持ち、花の絵柄が描かれて、置いておくだけで部屋の飾りにもなるティーカップに入った紅茶を飲む。

 お茶の味は正直余り良く分からないが美味しいと思う。……コックを目指す以上はそれも勉強すべきだなと頭の隅で考えながら、ルリちゃんと話そうとし、

 

「……」

 

 少し戸惑ってしまう。

 部屋に置かれた二人掛けのソファーだが、それだけに並んで座ると距離が近い。軍で言えば士官用とも言えるブリッジクルー専用の個室ではあるが、艦内の限られたスペースを使う為、決して広いとは言い難い。

 サツキミドリでの買い物の時にそう話したルリちゃんの意見を考え、二人掛けの物の中でもこじんまりとしたソファーを選んだが……少し失敗だった。

 距離が……ルリちゃんの身体が近い。体温も、石鹸とシャンプーなんかの匂いも。

 デートの時にも時折感じていたが、こうして部屋で二人っきりでそれを近くに、それも触れ合いそうな距離で感じると――うん、色々と拙い。ヤバい気がする。

 だというのに、

 

「どうしましたアキトさん?」

 

 俺の戸惑いを感じて首を傾げながら、なお距離を詰めて……というか俺の身体に凭れ掛かって俺の顔を窺うルリちゃん。

 

「い、いや……」

 

 首を振る。何でもないと言うように何気なくも……だが必死に。ピタッとくっ付いたルリちゃんの身体の事を。より感じるようになった体温と、鼻に感じる良い匂いを意識しないように。

 くっ……艦内が基本的に16~18度くらいの快適な温度に設定されている事が恨めしくなった。

 もう少し温度が高ければ、暑さを覚えてルリちゃんも変に身体を寄せて来る事もなかったのに。

 顔は赤くなっていないだろうな? 身体は熱いが頬にその感覚がないから大丈夫だと思うが。

 

「……それよりサツキミドリを無事出航できて、火星に向かう事になったけど、敵は襲撃してくるのかな? 昨日はそんな事を言っていたよね」

「はい、サツキミドリの襲撃に失敗してナデシコとエステバリスのデータを得られませんでしたから、威力偵察に一度は仕掛けてくると思います」

 

 動揺を悟られないように話題を振り、ルリちゃんはそれに答えるも凭れ掛かったままだ。というか凄くリラックスしている気が……子猫が膝の上に座っている姿を連想する。

 もしかして無意識にやっていて、凭れ掛かっている事に気付いていないのだろうか?

 

「でも、追い返す真似はしないとも言っていたね」

 

 感じる体温と良い匂いを考えないように話を続ける。リラックスを……安心しきった様子なのにそれを指摘するのも、身体を離すのも悪いと思ったのもあるが、意識しているのを悟られるのも何となく抵抗があった。

 

「……恐らくそうだと思います」

 

 ルリちゃんは首肯するも悩まし気に眉を顰める。

 

「ルリちゃん?」

 

 その難しげな表情がそれ以上は話したくないようにも見えて疑問を覚えた。

 そんな俺の声をどう思ったのか、ルリちゃんは自分を納得させるように先程の首肯に続いてもう一度頷いてから答える。

 

「そうですね、余り不安や先入観を与えるのもどうかと思いましたが、一応話しておくべきですね」

 

 ルリちゃんが俺の顔を見上げる。凭れ掛かったまま上目遣いになり、それが何処か甘えているように見え……桜色の唇に目が留まって、ユリカとの事もあって“ソレ”をねだられているようにも――って、駄目だ。今はそんな事を考えている場合じゃない。

 

「アキトさん、サルタヒコの件を覚えて……あ、いえ、知っていますか?」

「……っ」

 

 思わぬ言葉が出てきて息を呑んだ。不埒な考えも一瞬で吹き飛んだ。

 サルタヒコ――原作中盤以降にナデシコの強化の為に装着された追加装備『Yユニット』に搭載されたコンピュータの愛称だ。

 そしてその件という事は原作21話の記憶麻雀の事だろう。サルタヒコとコミュニケを介して体内のナノマシン……補助脳がネットワークを一時的に形成してIFSを持つ人間の他、ユリカ嬢とイネスさん達の精神……或いは人格データと言うべきか? それが繋がり、仮想空間内で何故か雀牌を交換する事でお互いの記憶をやり取りした。

 

 ――偽物の俺の事がバレるとしたら恐らくその時だ。だからその件に関しては警戒感があり、強い恐怖がある。ただ記憶が繋がったと言っても全部が全部丸裸になる訳ではないようだが……事実、アカツキの記憶を垣間見てもアキトは両親の真相をその時に知る事は無かった。

 しかし、実際どうなる事か……。

 

「うん、知ってる」

 

 抱いた恐怖を息と共に飲み込んで、取り敢えずルリちゃんに頷く。

 

「なら、話し易いですね。アキトさんはあの件の事をどう思っていますか?」

「……どうって?」

 

 ルリちゃんの言いたい事が分からない。“俺”の事ではないのは間違いないと思うが――考えて気付く。

 

 そうか。記憶麻雀の事じゃないのか。

 

 だとすると、ハッキングが仕掛けられた事そのものの事かな? 何時の間にかナデシコに潜入していたヤドカリという情報端末の操作に特化した虫型機械(ドローン)によってサルタヒコが侵入を受けた事。

 あれについては、相転移砲の初出の回というのもあって、その発射及びそれを使った連合軍の作戦の妨害が目的だと考えていた時があった――が、それだと少し疑問があった。

 当時ネルガルの最新兵器であった相転移砲の事は、当然ながら木連は知る筈がなく、それを使った連合軍の作戦内容も同様だった。

 また、もし知っていたのだとしても対応が半端過ぎだ。俺ならハッキングを仕掛けた上で戦闘も仕掛けている。相転移砲を受けて空間ごと破壊された木連の艦隊にしても警戒が無さすぎる。

 だからあのハッキングは相転移砲の発射や作戦の阻止ではなく、別の狙いがあった筈なのだ。そしてその狙いが何だったのかも……まあ、原作の設定や展開から考えて見当は付いていた。

 

「そうだね、ナデシコに何でハッキングをしてきたのか少し不自然には思ってる。最初は記録を見た時は、相転移砲の発射の妨害が狙いだと思っていたけど」

「ええ、それだと対応がお粗末です。私ならハッキングを行うと同時にナデシコを包囲します。単艦での隠密行動を執っていたとはいえ、ヤドカリが潜入していたのであればナデシコの位置は把握していたでしょうから。その進路を妨害する事も出来ますし、相転移砲の存在を知り、脅威を理解していたらもっと警戒して積極策を打っていた筈です。……アキトさんの言う通り不自然です」

 

 ……やっぱりルリちゃんも同様の考えらしい。

 

「それに相転移砲を知らないのであれば、敢えてあの頃にナデシコを狙うと言うのもおかしいですから」

 

 その言いように「ん……?」と首を傾げたが、ルリちゃんは紅茶を口に含んで一息入れると続きを話す。

 

「確かにナデシコは連合軍最強の船でしたが、それでもあの頃になれば連合軍には対木星兵器用装備……ディストーションフィールドを持った『グラジオス級』や『ハルジュオン級』に続いて、更に艦隊や分艦隊の旗艦、戦隊の指令艦にネルガルが建造した『ゆうがお級』が就航・配備されていました。相転移エンジンと中型グラビティブラストを二門持った最新鋭の戦艦が」

 

 グラジオスとハルジュオンはナデシコが火星で消えた後に建造された船だ。ネルガルの技術と協力を得て。

 そしてゆうがおに関しては、設定資料などに最新装備を持った旗艦クラスの戦艦という説明以外、具体的な物はなかったが――ネルガルと協力関係を築き、最新装備となるとやっぱりそうなるのか。

 劇場版に出た新リアトリス級の前身……いや、新リアトリス級がゆうがお級のコストダウン版なのかも知れない。

 

「……つまりナデシコは、相転移エンジンの搭載数と相転移砲以外は連合軍でも普通の戦艦になりつつあったって事だね」

 

 と言っても、エンジンやフィールドとグラビティブラストなどの出力は、Yユニット無しのナデシコにも劣っているんだろうが。

 関係改善を図った後にも拘らず、ネルガルはまだ軍を出し抜こうとしていたようだから、軍に対する優位性は確保していた筈だ。

 あと、エンジンと兵装周りの機材とシステム面を抑えていて、ネルガルの技術(じぶんたち)無しでは運用し辛くしている……なんて事もしていたかも知れない。

 ……しかし、そんな事情があろうと、連合軍がナデシコ級とタメを張れる戦力を持てた事には違いない。

 

「はい、事実あの作戦以前からナデシコは後方任務に回されるようになっていましたから。……まあ、これは防衛ライン突破の件と白鳥さん達と接触した件で上層部に疎まれていたのもありますが――とにかく、連合軍の戦力の充実に伴ってナデシコは木連側でも脅威度が下がっていた……という言い方は正しくないですが、ナデシコだけを注視する訳には行かなくなっていました」

 

 ふむ……と俺は同意するように頷く。

 エステバリスの配備が進み、連合軍の艦船にもディストーションフィールドが搭載され、更に相転移エンジンとグラビティブラストを持った艦艇もナデシコ以外に出てきたが故に相対的にナデシコの価値と重要度は低くなったと――敵味方の双方から共に。

 

「だけど、ナデシコは狙われた。相転移砲の事も作戦の事も知らないのに。それもハッキングという方法で」

「……一応、撃沈するという意味では木連側には意味はあったようですが。“連合最強の船”を沈めたいというプロパガンダの具材として」

「ああ、味方の戦意高揚や士気向上にはなるって事だね」

 

 木連側を散々翻弄した強敵を打ち破ったと喧伝でき、更にそれを成し遂げた英雄も得られるという事だ。しかしそこまで拘り、重要視するほどの事でもない。それに、

 

「それだと、ドローン一機を送り込んでのハッキングなんて絡め手は何か違うよね」

「はい」

 

 そうなると狙いはただ一つだ。ハッキングという手段で得るものと言えば……。

 

「情報……か。やっぱりそうなのか」

 

 また紅茶をゴクリと飲み。空になったカップの底を見詰めながら考え込むようにして呟いた。

 花柄はあれど、白いカップの色とその形状から原作……TV版の最後の方で見た“ソレ”を思い出す。

 ナデシコの……いや、ネルガル所属の船にあるコンピューターから得る情報。思い当たるものは“ソレ”だけだ。

 

「多分……です。ネルガルは四半世紀近くを火星に投資を行い、連合政府に代わって実質その開拓と開発を主導していた地球有数の巨大複合企業体(コングロマリット)です。そして相転移エンジンに関連する技術を地球で唯一有する事になった」

 

 ルリちゃんのその言葉は俺の推測に同意するものだった。具体的な事は言わなかったが、意味深な俺の呟きから考えを察したらしい。

 彼女の同意に俺は頷き返す。

 

「……そうだね。木星でそれを――古代文明の遺産を見つけた木連がその事実に目を向けない訳がない」

「はい、そしてナデシコはスキャパレリ・プロジェクトで火星に向かった船。追加されたYユニットは元は第二次スキャパレリ・プロジェクトを目的に建造されていたナデシコ級4番艦シャクヤクの装備でした。……シャクヤクの詳しい事情までは木連は知らなかったでしょうが」

「でも、偶然にも……いや、ナデシコを標的にしていたから半分以上は狙っての物か。そのシャクヤクに装着予定だったYユニットのコンピューター……サルタヒコをハッキングした事で“ソレ”に関する情報を見つけられた」

「そうだと思います。未来で見た記録……当時の木連側の記録では、あの件からしばらくして、木連は見込みがないと停滞させていた火星の遺跡探索事業を再開させていましたから。それも極冠の“あの場所”に的を絞って」

 

 ルリちゃんの言葉に原作での草壁春樹と白鳥九十九の会話を思い出す。

 和平を進言する九十九に草壁は「いかな古代の相転移炉工場でも終わりは来る。期待した火星の発掘もままならぬ」と、火星の遺跡探索が思うように行っていない事を嘆いていた。それもあって和平も止む無しと考えていたのも。――ハッキングが行われた同じ第21話の作中にて。

 

「……なるほど、だからナデシコを追い返す真似も、落とそうとする積もりもないという事か」

「ええ、恐らくサセボのネルガル重工のドックで相転移エンジンの反応を確認し、それを搭載したこのナデシコを見て木連はそう考えたのだと思います。ネルガルが古代文明の技術を有している事から、彼等木連が“都市”と呼んでいる極冠遺跡の所在を知っているのではないかと。しかしそれに気づいた時には既に遅く、火星のネルガルの研究所や施設はもぬけの殻。データも抹消され、遺跡の発掘現場も偽装・隠蔽された後だった」

 

 だから原作21話でナデシコにハッキングが仕掛けられ、そして原作5話に当たる火星へ向かっている今この時点では……――

 

「――誘われているんだな、火星まで。確実にナデシコを押さえて情報を得る為に」

 

 俺の言葉にルリちゃんは無言で頷く。

 サツキミドリで得たデータを検証する為に火星までの航路は散発的な攻撃に済ませ。ノコノコと火星まで来た所で……いや、誘い込んだ所で包囲して逃げられないようにした。

 

「そうなるとユートピアコロニー跡地で包囲されて、一度逃げられたのは……」

「逃がされたという事ですね。エンジン部にダメージを与えたのを見てとり、火星重力圏からの離脱も難しくなったと判断したのでしょう。……上手くいけば遺跡まで案内してくれるとも考えたのかも知れません」

 

 ……意外に狡猾だと思った。木連のイメージは優人部隊が主だ。清廉潔白・勇猛果敢で実直というものだった。ゲキガンガーが聖典というのもある。

 しかしやはりそれだけではないのだろう。

 草壁は己が理想(せいぎ)の為なら手段を択ばないし、それと対をなす穏健派にしても熱血クーデターを主導し、和平を導いた秋山源八郎を陰謀をもって地球へ“島流し”にしている。同様に国民に人気の高い優人部隊そのものを厄介に思って解体させた。

 源八郎を中心にした派閥が出来上がるのを警戒したのは明らかだ。

 

「……」

 

 そこまで考えて舌打ちしたくなった。そういった部分を付け込まれて草壁の暗躍を許したように思えたからだ。

 木連がもう少し纏まってさえいれば、姿を暗ました草壁を逃さずに済み。彼を匿ったと思える旧タカ派を抑えられたのではないか? ……とそう考えてしまう。

 

 そうであれば、アキトもユリカ嬢も不幸にはならなかった。ルリちゃんも軍に入る必要はなかった筈だ。

 

「……いや」

 

 首を振った。考えても仕方ない事だと、そうさせない為に頑張るのだと。意味のない事で憤ってもどうしようもない。

 

「アキトさん?」

「あ、いや……ちょっとね、敵は意外に狡猾だなと思ってさ」

 

 憤りを見せた事でルリちゃんは訝し気に俺の顔を見上げ、俺は誤魔化す。憤った事ではなく、敵の狙いに感じた事を言う事で。

 

「……そうですね、あくまで推測ですけど。正直余り確証はありません」

「でも、ルリちゃんが未来で見た記録では裏付けるものがあったんだろ? さっき言っていた遺跡探索事業再開の件とか」

「ええ、一応は。……サツキミドリが襲撃されたのも、ナデシコとエステバリスのデータだけでなく、それを調べようとした可能性もありますし」

「あ! あの時ルリちゃんが気付いた事ってそれか」

「はい、アキトさんと話をしていて木星側の視点で考えた時にふいにそう思って。火星開発を主導していた企業のドックから相転移エンジンを搭載した船が出てきたら木連がどう捉えるのか……と」

 

 木連はさぞかし驚いただろう。

 自分達が木星で手に入れていた物を地球側も持っていたんだから。同時に火星に古代文明の遺産があるとも確信した。

 そしてだからこそナデシコが狙われた。ネルガル所有のコロニーも。

 

「まあ、サツキミドリには無かったみたいだけど」

「そうですね、もしデータがあったらナデシコは火星行きの途中で大艦隊に包囲されて落とされていたでしょうから」

 

 怖い指摘だ。

 だが、そう的外れな意見ではない。火星まで誘い込む必要がないのだから、敵にしてみればナデシコはただの邪魔ものでしかなく。容赦する必要はない。航路の途中で布陣を敷いて袋叩きにするだけだ。

 

「……」

「一応、今回はそれも警戒すべきですね」

 

 想像してむう……と眉を寄せていると、ルリちゃんが言った。

 

「今回も前回と同じとはやっぱり限りませんから、情報が漏れた可能性も視野に入れようと思います。…大丈夫だとは思いますけど、念の為に」

 

 俺は頷く。原作とは違い、またルリちゃんが居た世界とは異なる並行世界なのだ。まったくないとは言い切れない。万が一に備える事に損はない。

 

「……すみません、不安にさせてしまいましたよね」

 

 唐突にルリちゃんが謝った。くっ付けていた身体を離して頭を下げる。

 

「……いや」

 

 俺はかぶりを振る。

 同時に、だからルリちゃんは話したくない様子だったのかと思い至る。

 ナデシコが誘い込まれている事に加え、そうでない可能性もまたあって袋叩きにされるかも知れないと言われれば――……まあ、確かに不安だ。そう感じている。

 だけど、

 

「良いよ、それはルリちゃんだって同じだろ。ならこうして知っていた方が良い。一緒に頑張るって決めたんだしさ」

 

 うん、この子だけに不安を抱えさせたくはない。

 

「それにサツキミドリの時に言っていただろルリちゃん。一人で考えるよりも二人で考えた方が見えてくるものがあるって。……まあ、俺は余り頭が良くないから頼りにならないかも知れないけど」

「そんな事はありません。サツキミドリの時はアキトさんの意見があったから直ぐに対策案が出ましたし、今話した事もその意見が無かったら思い至れなかったかもしれません。だからそんな事ある筈がありません。頼りになります!」

 

 ルリちゃんは強くこそ動かしていないが必死な様子で首を振る。

 

「はは、ありがとうルリちゃん」

 

 そんな彼女の様子が少し可笑しくて笑いが零れた。苦笑でもあったが。

 その笑いにルリちゃんはどう思ったのか、

 

「本当ですよ、私はアキトさんを頼りにしていますから」

 

 少しムッとした表情でそう言われた。

 俺はその顔に苦笑を消す。

 

「うん、分かってる。ルリちゃんが真剣にそう思っているのはさ。だからどんなに不安な事でも話して欲しい。俺も一緒に考えて力になるから」

「あ……――はい、ありがとう……ございます」

 

 ルリちゃんは俯くもコクリと大きく首を動かして確りと頷いた。

 

 

 ◇

 

 

 かぁぁ、と頬が熱くなった。

 この部屋でこうして二人っきりで居て、一緒に頑張るとか言われるとあの時のプロポーズめいた言葉を思い出してしまうから。

 

 それにアキトさんが――……それを思うと嬉しくもこの恥ずかしさに似た感情がより強くなる。

 

『アキトはあの子が、……ルリちゃんの事が好きなんだ』

『アキトはあの子が……ルリちゃんが子供じゃないって分かっているから、だから好きなんだよね』

 

 オモイカネが見せてくれた映像。艦長がアキトさんに向けて言った言葉。

 初めは、まさか!? と思った。正直信じられない思いだった。

 けど、思い込みこそ口にしても艦長のアキトさんを見る目は確かな事が多い。そしてアキトさんも答えこそしなかったけれど、否定もしなかった。

 

 嬉しかった。

 この想いは叶うんだって。アキトさんと両想いなんだって。

 

 だから、その直後の映像に衝撃は受けたけれど――いえ、とても悔しかったけど、悲しさに沈まなかった。

 勿論、直ぐには心が落ち着かず、ブリッジでご機嫌な艦長に私の心は乱されたし、ミナトさんに心配もさせて、アキトさんのいる食堂には顔を出せなかった。

 でも、こうしてアキトさんが私に会いに来てくれて、困った様子で私の部屋の前に立っているのを見て――……落ち着いた。

 困った様子なのは私に対して後ろめたさがある為だって分かったから。艦長とキスした事で悩んでいるんだって。

 だって――

 

 ――そう、私の事が好きだから。

 

 

 

 待つとは言ったけど、正直、本当は直ぐにでも答えは聞きたい。私も想いを告げたい。言葉にしたい。

 

 だけど、待つって決めた。

 

 キスだってそう。

 艦長のように私からしたいし、アキトさんにして欲しいってねだりたい。

 

 でも我慢した。

 

 想いを告げてもアキトさんをきっと困らせるから。迷惑を掛けてしまうから。私はまだ子供だから。

 今、想いを伝えてもアキトさんは受け入れられない。受け入れたいと思っても周囲はそうではない。皆アキトさんを変態だとか、犯罪者扱いする。そんな事は私も望まない。

 隠れて付き合うのも少し嫌だ。私は堂々とアキトさんの恋人だって言いたいし、周囲にそう振舞いたい。でないと艦長もメグミさんもリョーコさんもサユリさんも、そしてまだナデシコに乗っていないけどエリナさんもイネスさんもアキトさんに迫る。

 それは付き合ってなくとも同じかも知れない。

 けど、恋人になってもそれを周囲に示せず、アキトさんに迫るのを許す事になるのは、多分納得しがたい感情を抱くと思う。

 だから成長して、アキトさんの隣に並んでもおかしく思われないように、相応しくなれるまで待つ。我慢する。

 

 キスだってしっかりと想いを伝えあってからしたい。

 前回のメグミさんのように雰囲気に流されるだけで終わりにしたくないし、今回の艦長のように付け込む形で強引にしたくない。

 アキトさんとの初めてで、私にとってはファーストキス(初めて)だから猶更に。

 アキトさんにも言ったように大事な思い出になる形でしたい。それこそ前回の“ユリカさん”のような。

 

 

 ただ――

 

 

 少しだけ……いえ、本当は物凄くかも知れない。

 本当に待てるだろうか? 我慢出来るだろうか? ……という心配もある。

 理屈でない感情(モノ)だからアキトさんに無理に答えを求め、強引な行動を取ってしまうのではないかと。そして困らせて迷惑を掛けるのではないかと。

 

 心配で、不安で、自信がない――でも、でもきっと大丈夫。

 

『うん、待っていて欲しい。必ず伝えるから』

 

 アキトさんはそう言ってくれたから。真剣な声で。

 そこには私の想いと言葉に応えようとする気持ちが確かに籠めれていた。――そう思う。

 

 

 

「ルリちゃん」

「あ、はい」

 

 俯いていた顔を上げる。

 まだ頬は熱いけど、赤くなるほどではない筈。

 

「火星までの航路は安全でない可能性がある事は分かった。そして火星行きが実質罠で、敵が執拗にナデシコを狙ってくるって事も」

「……あくまで可能性の話ですが」

 

 先程までの話は推測に過ぎない。勿論、私は可能性は低くなく、高いと判断している。

 火星の後継者事件の時に草壁春樹の事を調べた際、戦時中の木連の動き……占領した火星での動きからも確かだと思うし、ネルガルにしても事前に連合宇宙軍第一艦隊(火星方面軍)の敗北が濃厚と見て、遺跡関連の研究データの抹消と発掘現場の隠蔽・偽装の指示を出していた。

 ネルガルの偽装を見破れず、サルタヒコのハッキングデータから木連は極冠遺跡の所在を突き止めたのは明らか。

 そして恐らく今回もナデシコを狙ってくる。単艦で火星に赴くカモネギなこの船を。

 

 しかし、そうなるとスキャパレリ・プロジェクトを推進していたネルガル上層部はどう考えていたのか? 敵が情報を求めてナデシコと自分達に目を付けるとは夢にも思わなかったのだろうか?

 だとしても、あのアカツキさんがナデシコ一隻でどうにかなると考えていたとは思えない。

 なら、このナデシコの火星行き、第一次スキャパレリ・プロジェクトの目的は――……アキトさんには悪いですけど、これももう少し考えを纏めてから言うべきですね。

 ともかく今は、

 

「……火星までの航路に関しては取り敢えず警戒を厳にするしかないと思います。火星圏に到着した後については――」

 

 そうしてアキトさんと話し合う。

 火星での戦いは厳しいものになる。前回にしてもナデシコは追い詰められた。そして撤退する為にチューリップを使うという当時としては無謀で、賭けでしかない手段に頼らざるを得なかった。

 けど、今回は――……地球でおじ様の指揮する戦隊に包囲された時に艦長が留守にしなかった為に、手早くチューリップを撃破出来、クロッカスもパンジーも飲み込まれなかった。

 いえ、それでもチューリップを使えない事は無いでしょうが、些か不確定な要素が出来てしまった。

 なので、

 

「チューリップを使わない事をまず前提に置きましょう」

 

 その事情をアキトさんに説明して、私達は意見を出し合った。

 

 

 




 前回でのユリカさんの行動に対するルリちゃんの反応と、ちょっとした考察回になりました。

 ルリちゃんが待つ事と我慢する事を選べたのは、デートした事やアキトの想いが知れた事が大きいです。
 特に後者をユリカさんの言葉を通して知らずにいて、キスシーンだけを見ていたらこうはならなかったでしょう。
 強引にアキトに答えを求め、キスも迫っていたと思います。
 精神的余裕があったという事ですね。だからアキトの想いを大事に捉えられて、掛かる迷惑を考えて思いやれたと言えます。
 なおソファーで一緒に座っていた際、ルリちゃんがアキトにべったりだったのは想いを知れて無意識部分ではすっかり恋人気分になっていた為です。デートでも手を繋いだりと触れ合う事が多かったのも影響してます。

 考察部分については、サツキミドリに続いて疑問に感じていた部分を書きました。
 あのYユニットに侵入したヤドカリの目的は何だったのか?というものから進めた考えです。
 ちなみに戦中の木連は古代火星文明ではなく、古代太陽系文明と呼称していて、古代文明は火星を中心としたものでないとも考えていたようです。
 それもあって火星に“都市”と呼ぶ、ボゾンジャンプのコアユニットがあるかは半々の思っていたのでは?と私は考えていて、主に無理をさせていた木星プラントの代替施設の確保が狙いだったのでないかとも見てます。
 実際原作では「枯渇した古代太陽系文明の遺産が充填されるばかりか…」等という草壁の台詞が劇中にありますし。
 あとノベルテ+で明らかになった話では、新たな遺跡を求めて木星圏以遠の外宇宙の探索も木連は計画していたようです。
 源八郎が島流しになった事もそれに書かれています。

 またゆうがお級に関しても独自解釈です。
 デザインにフィールドジェネレータだけでなく固定式の大型砲口が2つありましたので劇場版のリアトリス級に近い船でないかと考えました。
 エステバリスの配備と共に兵器にDF搭載が当たり前になっていた筈ですし、戦争後期に入った頃には連合軍も相転移エンジン搭載艦を導入してもおかしくないと思いますし。

 次回もまた何かこうした考察ないし独自解釈を入れるかも知れません。



 244様、リドリー様、kubiwatuki様、誤字報告等ありがとうございます。

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