偽伝・機動戦艦ナデシコ T・A(偽)となってしまった男の話   作:蒼猫 ささら

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第二十話―――反乱…?

 その事の起こりは妬みと羨望という感情からだった。

 

 ある一人の男性クルーがこの船を率いる女性艦長……それもスタイル抜群なとびっきりの美人から好意を寄せられ、また良く通った愛らしい声でクルー達にささやかな癒しを齎す通信士からもアプローチを掛けられ、さらに幼いながらも妖精の如く可憐で将来有望な美少女と只ならぬ関係という。

 加えて、件の男性クルーの職場はうら若い女性ばかりである(一名例外はいるが、また違った魅力のある女傑だ)。これまた全員が全員容姿が整っており、サブの役職に置かれた仕事先もやはり三名の美少女がいたりする。

 

 端的に言えば、その男性クルーの周囲には常に女性の姿があり、その誰もが美人で魅力的だった。

 

 ………………私としては非常に、本当に非常に不愉快な事なのですが、その男性クルーは多くの女性に囲まれ、またその幾人からは好意を寄せられていた。

 

 だから彼等が同じ男性としてその男性クルーに思う所があり、それを妬み羨んで行動を起こす事は必然だった。

 彼等には彼等の大義名分があり、不当に抑圧され、その自由であるべき権利を取り戻そうとするのもまた当然の事だった。

 

 彼等に呼応し、同調するクルーは少なく無く。敵地へ向かうこの船は、待ち受ける敵へ銃火を交える前に同じ船に住まう仲間へ銃火を向ける事となった。

 

「いや、本当に“バカばっか”……です」

 

 

 ◇

 

 

 ある時、ある場所。

 格納庫近辺にある休憩所における会話記録――

 

「今日も艦長がテンカワの所へ来てたなぁ、アイツが料理する姿を見に…」

「メグミちゃんもだ。艦長のように厨房には入れないけど、カウンター近くの席に座ってジーッとさ」

「まあ、あれはテンカワを見ていたっていうよりは睨んでたって感じだよな、テンカワ以上に艦長の方をさ」

「だけど、それにしたって結局はテンカワが気になるって事なんだよなぁ……――くそっ、俺のアイドルをっ!!」

「……お前、ファンだったのか?」

「そうだよ! メグたんのデビュー当時からずっとな! この船に乗ってまさか生で会って、部署は違っても同じ所で働けるなんて……ああ、そんな事は無いだろうけど、もしかしたらって少しは、ほんの少しぐらいは期待してたのに――……ぐぁぁ! ちくしょうっ!!」

「うおっ!? 荒れるなバカ! こいつコーヒー投げ付けやがった!?」

「き、気持ちは分かるが、落ち着け! 八つ当たりなんてみっともないぞ…」

「ぐぐぐ…何でアイツばっかり……」

「まあ、それも分かる。その気持ちは。あんなスタイルの良い美人の艦長に好かれて、メグミちゃんも同様な上、食堂で一緒に働いている()とも良い感じらしいし」

「パイロットの娘達とも仲良いしな。こっちは何とも言えないけど、パイロット仲間だからなんだろうし」

「……だが、羨ましい。エステのパイロットだから俺達も話しかけられるけど――」

「――ああ、仕事関係の事だけだもんなぁ。一緒に食事しようとか誘ってもやんわりと断られるし」

「あしらい方が上手いんだよねぇ。やっぱサツキミドリとかでも声掛けられていたんだろうね」

「………あしらわれた後、テンカワの奴を食事に誘っていたな」

「……やっぱ羨ましい、妬ましい…」

「妬ましいって言えば、ルリルリとの事もだ!」

「「「「……え゛!?」」」」

「あんな可愛く御伽噺に出ている妖精のような子に、甘ったるい声で『アキトさーん』と親しげに呼ばれ、愛らしい笑顔を向けられ、傍に侍られるなんて……もう血涙ものだ!」

「いや、まあ…確かにルリルリは可愛いが、まだ子供…」

「しかもデートして手を繋いで、お姫様だっことか、ぐぉぉ…!! いったいどんな手管を使ったんだっ! 羨ましいぞぉぉ! 俺にも教えてくれぇぇ!!」

「こ…こいつ…」

「あ…ああ、」

「ヤバイな」

「どうする…?」

「俺だって思い切って勇気を出して休憩時間にルリルリを誘ったのに、笑顔どころか見上げられているのに、何故か見下されている感じで、ゴミを見るような蔑んだ冷たい目で見られたんだぞっ! なんでだぁぁ!!?」

「あったり前だ! 馬鹿! アホかっ!?」

「よし! 通報だ! 保安部に連絡しろ!」

「いや、明らかに事案だ! 通報するよりもエアロックから放り出した方が良い! その方が後腐れがない! ルリルリの身をより確実に守れる。それにこいつが何かしでかしたら俺達整備班全員にとばっちりが来るぞ!」

「いやいや、それだったら、此処は相転移エンジンの中に捨てる方が確実中の確実だ。塵一つ残す事なくこのゴミをこの世から消し去れる」

「うっし、そうしよう! 掛かれ!」

「うお、な、なにをするきさまらー!」

 

 以下までしばらくの間、怒号と悲鳴とノイズが混じる。

 

「はぁ、はぁ」

「ぜぇ、ぜぇ」

「ゴホッゴホッ…」

「疲れたし、痛ぇ…」

「何やってんだ、俺達?」

「「「「「…………」」」」」

「なんだこの虚しさは…?」

「不毛だ」

「あー! くそっ! 俺も女の子と仲良くしたい! こんな男どもよりも可愛い子と一緒にお喋りしたい、イチャイチャしたい」

「俺だって! 恋人が欲しい! メグたんでなくとも可愛い子なら誰でも良いから!」

「可愛い子と言いながら、誰でもって、オイ? ……いや、それ以前にその言いようはどうよ?」

「んー……だけどチャンスはあるんじゃねえか? テンカワでもモテているんだ。この船の女性は何も艦長やメグちゃんだけじゃないんだ」

「だな、戦艦の割には女性の割合は多いし、意外に可愛い子や美人が多い」

「なら、そうだな。やるか」

「…ナンパか? やめとけよ、無理だって」

「いや、そんなんじゃあない。ただナンパしても釣れない返事しか来ないのは分かってる」

「ん? じゃあ何をするんだ?」

「決まっているだろ、イベントだよイベント。火星までの長い航海でのレクリエーション企画。合コンみたいにしてさ。皆で楽しんで騒いで高揚した雰囲気が作られれば、羽目を外しやすくなって女性のクルー達の気分も緩んだり、浮ついたりする。そうなれば仲良くなれるチャンスが出来る」

「なるほど、…まあ、女性クルーの中にも出会いを求めている子もいるかも知れないしな。そういったイベントで切っ掛けが出来れば……」

「いいぜ、乗った! やろうぜ!」

「俺もだ! ルリルリがダメなら、この際、ミカコちゃんでも…!」

「「「「やっぱそっちの趣味かテメー!!」」」」

 

 再び怒号と悲鳴が入って音声が途切れる。

 

 

 ◇

 

 

 上記の会話があった後、彼等は意気揚々と行動に移った。

 企画を練り、同僚の男性クルーにも話を持ち掛け、他の部署のクルーにも話を広げた。

 これに男性クルーのみならず女性クルーの多くにも好感触をもって受け入れられ、企画を始めた整備班5名の男性達はさらに気合を入れた。

 また、神のようにとまでも行かないまでも、元々その筋では有名人であり、噂に違わぬ技量を持っていた事から、彼ら整備班にとって早くも師として崇められるウリバタケセイヤさんも積極的に協力に出た為、尚のこと立案者の5名は張り切った。

 

 そうして、凡そ一週間後、彼等は満を持してナデシコの総務統括者たるプロスペクターさんに仕上がった企画書を提出した。

 

「うむ、なるほど。火星までの長い航海、船という閉鎖された環境下での生活。それに掛かる不満、ストレス、フラストレーション、それら溜まった鬱憤を晴らす為にもこういった催しは大変宜しくもあり、結構な事です」

 

 提出された企画書を……このご時世、わざわざ紙を使って書かれたものを――いや、だからこそその気合の入れようも伝わる文書を読みながらプロスペクターさんは好意的にその熱意を認めた。

 その言葉とにこやかな表情を見、デスクに座るプロスペクターさんの前に立った5名は手応えを感じた。イケル!と苦労と努力が実を結ぶ予感を覚え、これで念願の彼女をゲットできる! と期待に胸を大きく膨らませた。

 

 しかし――

 

「ですが、」

 

 その予感と期待は脆くも泡沫と化す。

 

「……恋愛は自由です。このレクリエーションでその為の出会い、機会を作ろうというのも良いでしょう。ですが、ですが……いけませんなぁ」

 

 そう言ってプロスペクターさんは、彼等に一枚の書類を見せた。

 それは彼のスカウトを受けた際にも見せられ、彼等がサインをしたものだ。日本に本社のあるグループ企業であり、彼等も日本国籍な事からも印鑑による捺印も押した。

 

「プロスさん…これは?」

「赤く塗られた所を見て下さい」

 

 見せられた契約書はサインの入っていないものだが、細かくびっしりと文字が並んでいるとある一部分、ある項目の文章が色ペンか何かで塗られて強調されている。

 

「えっとなになに…『社員間の男女交際は禁止いたしませんが、風紀維持のため、お互いの接触は手を繋ぐ以上の事は禁止……』――って、ハァ!?」

 

 文章を読んでギョッとした声を上げる男性整備員。その背後で覗き込むようにして書類を見た残りの四名も唖然としている。

 

「ど、どうゆう意味ですか、これは!?」

「読んで字のごとくです。当ナデシコは民間船とはいえ、戦艦…戦う船。男女恋愛の末、結婚となればお金もかかります。さらに万が一にでも子供ができてはどうなるか」

 

 唖然とし動揺する彼等に反してプロスペクターさんは冷静に事務的に告げる。

 

「妊婦を、赤ん坊を戦場に連れていったとなれば、我が社のイメージにも関わります。しかしだからといってその度に乗員を降ろすという訳にも行きません。妊婦たる奥方、赤ん坊の親たる母、それらを放っては置けないとその夫や父も共に降りられる事もあるでしょう。ですがそれでは困るのです」

 

 ……既に僅か11歳の少女が選択の余地もなく戦艦に乗っているというのに、その事実を無視したようにプロスペクターさんは言葉を続ける。

 

「一部例外はありますが、ナデシコにスカウトした人員は各分野でのエキスパート。ブリッジクルーやパイロットは元より、貴方がた整備班は勿論、医療班、技術班、生活班、保安部要員もそうです。後方に軍属の人員や予備役などを持つ軍隊とは違い、民間から選んだそれ等人材は早々代えは効かないのです。ですので恋愛は自由ですがエスカレートされるのは困るのですよ」

 

 そう言ってプロスペクターさんは整備班の彼等が提出した企画書のあるページ、ある箇所を指差す。

 

「出会いの合コンパーティ、告白イベント、互いにOKであれば衆人観衆の中での抱擁と口づけ、仕舞いには成立カップル達への個室提供……ですか」

 

 概要文の他、イラストや写真付きでそれらの内容が書かれた所をトントンと指先で叩きながらプロスペクターさんは渋い口調で言う。

 

「困りますな、本当に。この部分は一切認められません。契約反故に触れかねませんので」

 

 このプロスペクターさんの言葉に彼の前に立った5名は当然食って掛かった。

 “前回”においてセイヤさんが「今時、契約書を読んで契約を結ぶ奴がいるか!」などと言ったような事から、「ならテンカワはどうなのか?」などアキトさんと比較するような事まで。

 

 前者に関しては、

 

「契約は契約です。サインされた以上は内容に同意したものとしてみなされます。読まなかった等というのはご自身の怠慢でしょう。それを棚に上げて責任転嫁されるのはどうなのかと? 第一、そのような言い訳こそ今のご時世、社会で通用するとお思いですか?」

 

 暖簾に腕押しと言わんばかりに飄々と、また正論で躱し。

 後者に関しては、

 

「テンカワさんの周囲における女性関係は私も耳にしております。ですが特定の女性と深く関係を持ったという話は寡聞にして聞いた事はありません。テンカワさんご本人もそう言った事は奥手なようですしね。……ん? ルリさんデートした事は……いや、それは何も目くじらを立てるような事ではなく、むしろ微笑ましい事ではありませんか。ネルガルに長く務めるわたくしがこのような事を言うのもなんではありますが、あの子の置かれていた境遇を思えば良い事だと思います。ええ、まったく、それに水を差すことなどできません。それにテンカワさんは良識を持った男性です。ルリさんに対して倫理に反するようなおかしな真似はなさらないでしょう」

 

 ……プロスペクターさんは艦長の取った行動を知らないので無理はない事。しかしながらアキトさんが女性から向けられる好意に応えていないのも事実。

 私との事は……些か不満のある言いようですが、問題なしと言い切った。

 

 だが、これまた当然ながら彼等は納得する筈がなく、なおプロスペクターさんに抗議したものの彼等の並べ立てる言葉は感情論の域を出ず、ネルガルの敏腕社員にして凄腕の交渉人(ネゴシエーター)でもあるプロスペクターさんを納得させるには至らなかった。

 

 その結果――

 

 

 ◇

 

 

『我々は~~断固~~ネルガルの悪辣さに~~!!』

 

 格納庫を映すウィンドウを見て溜息を吐く。

 

「“今回”もまたこんな事が起こるのですね」

 

 格納庫にいる整備員がプラカードや旗を振り、ネルガルに対する不満を叫んでいる。

 不満というよりも例の契約に関する事なのですが。

 しかし“前回”は火星圏に入る頃に起こった出来事で、それ故に火星を占拠した敵との戦闘に突入した為、この騒ぎは有耶無耶になった訳ですけど……今回はどうなるのか?

 時期が早まったのは何かしらのバタフライ効果があったのだとは思いますが、今一つ見当が付かない。

 

「まあ、大した事にはならないでしょう」

 

 前回もそうですが、こういった騒動はナデシコでは日常茶飯事だった。だから私は懐かしさを覚えてナデシコらしいとクスリと軽く笑って事態を楽観視した。

 

 それが間違いだとはこの時には気付かずに。

 

 

 ◇

 

 

「くそ! こちらスバル! ブリッジの制圧に失敗した!」

「ごめーん、ルリちゃんとゴートさんには勝てなかったよ」

「……実際に撃つ訳には行かないし、仕方ないわ」

 

 失敗を悟って咄嗟に“近くにいた人物”を盾にしてブリッジにあるシューターに飛び込み、そこを滑りながら彼女達は“リーダー”へ連絡を入れる。

 シューターの出口は格納庫に隣接するパイロット用の待機室に繋がっており、リーダーもそこにいる筈だ。

 

『了解、プランBを発動! 各員に通達、落ち着いて行って下さい』

 

 リーダーからの返答は直ぐにあり、動揺もなく冷静に作戦の変更を告げる。

 彼女達3人にしてみれば、普段見ていたリーダーの姿からは信じられない変わりようだった。凛とした口調で語り、ウィンドウ越しに見る顔付きもキリッと引き締まっていて、指揮官として様になっている。

 その様相に頼もしさを覚え、彼女達も戦闘要員らしく力強く応えた。

 

「「「了解!」」」

 

 ウィンドウに映る“長い黒髪の女性”に、スバル・リョーコ以下二名のパイロットは敬礼した。

 

 

 ◇

 

 

「今から一時間前、ナデシコ機関区を中心に暴動が発生した。人員の凡そ三分の一以上がこれに参加しており、格納庫を中心に相転移エンジンを含む各機関区が暴動を起こした彼等によって占拠された」

 

 ゴートさんが深刻に、されどだからこそ冷静に事態を説明する。

 

「ブリッジ及びメインコンピューターの占拠を試みた彼等であるが、これは我が方の対処により避けられた。しかしこの失敗を理解した彼等の行動は早く、各機関区の制御をメインコンピューターのオモイカネからサブコンピューターへと移行させられた」

「やれやれ、“彼女”の権限を使っての事ですな。今回のような事やムネタケ元副提督のような不届き者対策のシステムだったのですが……困ったものです」

 

 溜息を零してプロスペクターさんがゴートさんの説明に加わる。

 

「各機関区に繋がる通路はサブコンピューターからの操作によって隔壁が閉じられ、その内部のセキュリティも向こうに置かれた。さらにブロック切り離し機能の応用で物理的に回線が遮断され、メイン(オモイカネ)からのアクセスによるサブの奪還も現状では不可能となった。だが幸いコミュニケに関しては全面的にこちらの手にあり、向こうのコミュニケは一切使用不可となっている」

「彼等の要求は、契約の変更ないし一部項目の破棄です。それが24時間以内に受け入れられない場合、人質の身の安全は保障できないと通告してきています。そこでルリさん、心苦しいですが貴女に依頼があります。やって欲しい事は二つ」

「占拠された区画に潜入し、人質になっているクルー達の救出。そして彼等に奪われたサブコンピューターの制御権の奪還ないし停止だ」

 

 こんな子供に対して無茶な事を言ってくる大人達。まあ、状況的に仕方ありませんが。

 

「で、潜入方法は?」

 

 推測は付くが一応尋ねた。

 

「通気ダクトを使う。大人では無理だがホシノの小柄な体ならば余裕をもってダクト内を移動できる筈だ。体重でダクトを踏み抜く心配もない。……それでも這って行くことになるが」

「暴動を起こした彼等には、先程ブリッジを占拠しようとしたパイロット三名の他、整備班一同に加え各班の人員が男女関係なく多数参加しております」

「注意が必要なのは軍で訓練を受けたそのパイロットを含め、保安部の奴らだ。彼らは例外なく格闘及び射撃の心得がある」

「そして彼等を率いるのが、あろう事か当艦の艦長“ミスマルユリカ”さんです。ルリさんと同じブリッジクルー」

 

 その名前を聞いて思わず溜息が出た。

 

「……艦長」

 

 あの人は何をやっているのでしょうね? まったく。

 反乱に加担した理由も推測は付きますが……はぁ。怒りもあるが呆れもあって本当に溜息が零れます。

 

「占拠された区画の状況は不明だ。潜入後はコミュニケで指示を出す」

「私の他には?」

「隔壁が閉じている以上は他に人員を送るのは無理だ。単独での潜入作戦(スニーキングミッション)になる」

「装備も武器も現地調達?」

 

 子供に対する無茶振りに思わず皮肉を込めて問う。それを意に返さずゴートさんは軽く頭を振りながら答える。

 

「いや、さすがにそれはない。装備と武器の用意はある。足りない物、欲しいものは言ってくれ、直ぐに用意する。支援は惜しまない」

 

 そうして私は、ゴートさんから幾つかの荷物を受け取り、途方もなく下らない作戦(ゲーム)に身を投じる事となった。

 

 

 ◇

 

 

 多目的ゴーグルの赤外線機能を頼りに暗いダクト内を私は進む。

 建造されたばかりの船で助かったように思う。埃は少なく蜘蛛の巣もなく、ネズミなんかもいない。これでもいたいけな少女なのだ。その事にホッと安堵する。

 

『あの子は必ず来ます。各員気を抜かないように』

 

 ダクト内にも響く放送の声。…艦長の物だ。耳にした放送内容に少し驚き、まだダクトを出ていないが私はコミュニケを操作する。

 

「こちらホシノルリです。聞こえますかゴートさん」

『良好だ、ホシノ。まだダクト内のようだが、状況に変化があったのか?』

 

 連絡に直ぐに応対するゴートさん、ウィンドウは宙には浮かばずゴーグルを通して網膜に直接投影される。

 

「はい、どうやら警戒されているようです」

『何だと?』

「私が来ることを予想されてます。この様子だとダクトの出入り口各所には見張りが付いているでしょう」

『……さすがはミスマル艦長という事か。連合軍大の主席卒は伊達ではないな』

「警戒の薄い出口を探します」

『分かった。ホシノの判断に任せる。中止する訳にもいかないからな。くれぐれも見つからないようにな。また何かあったら連絡をくれ』

 

 通信が切れる。

 やはり子供(わたし)を使った奇策をあっさり看破されていた事にゴートさんも驚きを隠せないようだ。

 尤もゴートさんが躊躇いもなく、そんな作戦を実行するというのも意外でしたが……まあ、実戦ではありませんし、私としても異論は無いと言いますか、言いださなかったら同様の作戦を立案・志願する積もりでしたから別に良いのですが。

 

「…アキトさん、無事でいて下さい」

 

 暴動…もといストライキが起きた時、今日はブリッジで一緒に昼食を取ろうと出前でアキトさんを呼んでいた事が悪かったのか、前回同様にブリッジを制圧しに来たリョーコさん達を撃退した間際、逃げる彼女達と共にアキトさんがブリッジ下段にあるシューターに引きずり込まれてしまった。

 

「必ず助け出さなくては…」

 

 ギリッと思わず奥歯を噛みしめる。

 アキトさんを人質にされるなんて、制圧メンバーに加わっていたセイヤさん他、整備員二名を捕縛した代償というのは大き過ぎる対価です。

 反乱クルーからの要求が伝えられた時、拘束された人質たちの中に並ぶアキトさんの姿がウィンドウに映された…その映像が脳裏に浮かぶ。

 

「ふふ…そうです。よりにもよってアキトさんを人質にするだなんて――その対価は高いですよ、艦長」

 

 私は静かに嗤う。決して手を出してはいけない所に手を出した以上は一切容赦はしない。引きずり込んだリョーコさん達も同様です。

 

「ふふふ…」

 

 嗤う、この作戦への意気込み以上に報復とアキトさんの奪還の意思を込めて。

 

 

 ◇

 

 

「まいったな」

 

 原作でこの反乱騒動が起こる事は知っていたが、まだ先だと思っていたし、原因が原因なので大した事にならない、直ぐに治まると考えていたんだけど……。

 

「人質にされるとは…」

 

 それなりの大ごとになっている上、思いっ切りおかしな風に巻き込まれた。

 

「艦長は艦長でおかしな風に暴走をしているようだし……いや、それはそれでらしいと言えば、らしいんだけど」

 

 引きずり込まれたシューターの出口の先にはユリカ嬢もいた。しかも今回の騒動の統率者(リーダー)として。

 艦を率いる筈の艦長が艦内クーデターのリーダーとか、もはや意味不明である。

 正直、混乱もしたし、動揺もしたし、突っ込みたい衝動にも駆られたが、艦長ことユリカ嬢が反乱の真似事に加わった理由も察しが付いたので、一つ深呼吸した後、とりあえず説得を試みた。

 

『あー、かん……いや、ユリカ。一応聞くけど、なんでこんなバカ騒ぎに加わったんだ?』

『バカな事じゃないよアキト、これは私達…二人の未来の為の大切な、そう大切で神聖な戦いなんだから』

 

 云わばジ〇ードなの! と某宗教の信者が聞いたらリアルで危ない事が起きそうなことを言うユリカ嬢。

 というか、この船にも中東出身の人間が乗っている筈。クルーの殆どが日本国籍だが、少人数ながら一応外国籍か元外国籍の人もいる。自爆テ〇とか起きないだろうな?

 

『そうか、そうか。じゃあ、その未来の為にもやっぱり止めようなこんな事。プロスさんも怒るだろうし、フクベ提督にもまたどやされるぞ。あと絶対碌なオチにならないから。つーかジハー〇なんて言う辺り自覚あるだろお前!』

 

 テ〇リズムが歴史を建設的な方向へ動かした事は無い……と某魔術師が言っていたようにユリカ嬢の行動は(展開的に)何の意味もなさず、寧ろごく近未来に必ず彼女に(これまた展開的に)不幸な結末(オチ)を招くだろう。……何となく銀髪金眼の少女の顔がチラつく。それも笑顔なのに眼だけが笑っていない物が。

 不敗の名将と常勝の天才の対決を描く某スペース・オペラにおいて、名将派の俺としては心底そう思うし、不穏な予感を覚えて警告したのだが……某金髪の孺子(こぞう)と同じく天才であるユリカ嬢には通じないらしい。

 

『フッ…アキト、ルリちゃんに可能だった事が、私に不可能だと思うの?』

『……何を言っているんだお前は…?』

 

 鼻で笑い、金髪の孺子(こぞう)の台詞を引用してキザったらしく訳の分からない自信を見せるユリカ嬢。俺は幼馴染でも“赤毛”じゃないぞ、オイ。

 そもそもその台詞も訳が分からん。というか俺が銀〇〇雄伝〇の事を考えてるの良く分かったな。心でも読んでないと今の台詞のチョイスはあり得ないぞ。

 

『んー…何となく。私、ライン〇ルト派なんだよね』

『って、ほんとに心を読まれてるし、俺!? そしてやっぱりそっちの天才派なのかよ!?』

『アキトの事なら分かって当然だよ、えっへん』

 

 腰に手を当てて(大きな)胸を張るユリカ嬢。アキトがヤン・〇ェンリー派なのは残念だけど…とも小さく言っているが。

 いやいや、本当に心を読まれていたら、俺は色んな意味で冷や汗ものなのですがユリカさん。

 まあ、実際は勘なんだろうけど。コイツは知能面や発想だけでなく、勘も天才的なのだから。

 

『ともかく、これはアキトが考えているようなテ〇リズムでもなく、デモでもストライキでもなく、ネルガルの不当な権力(けいやく)に立ち向かう神聖な戦い――ジハ〇ドなの!!』

『またそれを言うのか!? それにもう文字すら隠してねえ! ピー音仕事しろ! これ以上はホントにテ〇られるぞ! ユリカ、ほんと馬鹿な事は止めろ、今ならプロスさんも怒らずに許してくれるし、提督だって寛大に――』

『――大丈夫だよ、アキト』

『ん?』

『勝てば官軍! この聖戦に勝利すればプロスさんに怒られるなんて事にはならない。それに提督だってほら』

 

 ユリカが指を差し、それを追って俺はこの待機室の隅に視線を向ける。

 

『んなっ!?』

 

 驚愕に顔が引き攣るのを自覚する。そこには縄とゴザでぐるぐるに簀巻きにされた一人の老人が転がっていた。

 

『て、て、提督ーーッ!!!』

 

 哀れ気絶し簀巻きにされた老将の姿に思わずギャオーッといった風に叫ぶ。

 

『ユ、ユリカ、艦長、お前…! これは本当に本気で洒落になってないぞ!?』

 

 まさかのまさか、フクベ提督の捕縛という事実に盛大に動揺する俺。しかしユリカは動じることなく告げる。

 

『うん、だって私達も本当に本気だもの、提督に手を出した以上は後戻りはできない。必ずこの聖戦に勝利しないといけないの!』

 

 ああ…とそこで悟った。ユリカ嬢の眼が正気でない事に。例えるなら瞳がグルグル渦巻いており、某メイド服の洗脳探偵か、某人工天然精霊の支配下に置かれたような状態だ。怪しい暗黒拳法を使ったりして、おかしなビームとかも撃って来そうだ。

 これはもう説得は無理だと理解せざるを得なかった。恐らく勢いで提督に手を出してしまい、正気に戻ろうにも最早戻れないと理性にブレーキが掛かってしまっているのだ。

 つまりはやけっぱち。行く所までいこう、もうどうとでもなれ!! と言った心境にあると見た。

 或いは、提督から何れにしても落ちるであろう雷を避けられない現実から掛かるストレスを、こうして暴走して発散・逃避しようとしているのか。これを知ったら幾ら親馬鹿のサリーパパ(ミスマルおじさん)でも流石に怒るだろうし。地球に帰ったらお説教か…。

 

『だからアキト、祈っていて。私達の勝利を! それまでは辛い人質の身だろうけど、直ぐに迎えに行くから、その時は私達は晴れて恋人だよ! えへへ…』

 

 グルグル眼のまま、もはや狂戦士(バーサーカー)のように話が通じなくなったユリカ嬢はそう言った。多分、狂化ランクEXでその言葉は俺ではなく、自分自身に向けているのだろう。

 

 

 

「さて」

 

 思い出すだけで頭が痛くなる回想から抜け出して考える。

 腕と足はハンドカフで拘束されているが……これは何とかなる。しかし問題はこの放り込まれた倉庫に監視カメラがある事と、ドアの外に歩哨が控えていそうな事だ。

 それに同じく人質になったフクベ提督の姿が此処には無い。他に人質がいるのも厄介だ。

 

「どうしたものか…」

 

 俺一人では状況を変えるのは至難だろう。

 だが、プロスさんとゴートさんがこの状況を座視している筈がない。それに……正直な所、余り考えたくはないが、ルリちゃんもジッとしていないように思える。

 未来で軍事教練を受け、高杉三郎太に木蓮式柔を教わっていたというあの子。その意外にまで高い戦闘力は先程ブリッジで示された。

 プロスさんが目立つように契約書を掲げて囮となり、それに目を取られた隙にゴートさんが懐から素早く拳銃を抜いてリョーコ嬢達の持つ銃を撃ち落とした。床に落ちた銃弾がゴムか樹脂っぽい見た目だった事から非殺傷のスタン弾だったのだろう。

 その発砲で動揺する反乱クルーの不意を突いて今度はルリちゃんが動き、ウリバタケさんと整備班の男性二名を一瞬で叩き伏せた。その動きは華麗にして流麗、まるでアクション映画かゲームのワンシーンのようだった。

 それを見た瞬間、蛇のコードネームを持つ某伝説の英雄や偉大なBOSSの近接格闘シーンが脳裏に浮かんだ程だ。

 

 そしてまた別に、ふと過る事がある。

 

 原作では壊滅したサツキミドリ、そこから脱出カプセルで逃げ出してきたヒカル嬢が偶発的にナデシコ艦内に入り、何故か通気ダクトを通って艦内を移動していた事が。クルーの中では小柄な方とはいえ、窮屈なダクト内を移動していたのは未だに謎だが。

 

「ヒカル嬢でも通れたなら、ルリちゃんなら余裕な気がする」

 

 原作同様、警戒したクルーやセキュリティの眼を潜り抜ける方法はそれしかない。なお白鳥九十九は例外だと思われる。あれは恐らくオモイカネが侵入者と判断しなかったのだろう。ゲキガンガーのコスプレ……いや、それを模したパイロットスーツのお蔭で。

 

「……」

 

 ユリカ嬢率いる反乱グループの手に落ちたセキュリティを掻い潜れる道を通れて、更に高い戦闘力を持つ人材。

 

「あのゴートさんなら多分そうする。ルリちゃん自身も自発的にそう動くだろうな」

 

 かつて特殊部隊に所属していたという優秀な元軍人と、未来において優秀な軍の指揮官(艦長)であったこの二人。このような事態に対して考える事は恐らく同じな筈。

 

『あの子は必ず来ます。各員気を抜かないように』

 

 まるで裏付けるかのようにユリカ嬢の声が放送によって聞こえた。アイツも考える事は同じか。軍大学主席のエリートも同意見な事に自分の考えに確証を抱く。そうなると俺の取れる選択肢は二つ。

 あの子の助けを大人しく待つか、自力で此処から脱出してユリカ嬢達を撹乱し、侵入して来るルリちゃんを間接的に援護するか。

 

「――……このどっちを取るべきか」

 

 

 

 




 原作5話における反乱(?)騒動。
 葬式がない事とアキトを羨むクルーの行動によってバタフライ的に逸早く契約の事を知り、火星圏到着前に彼等が蜂起、ナデシコ機関区を占拠。
 そしてこれも葬式がない所為か、ユリカさんが反乱側に加わるというイレギュラーが発生。
 優秀な指揮官が加わり、戦闘に入る事もない為に大ごとになってます。

 そしてこれに挑むのは白蛇のコードネームを持つ少女……みたいなおかしな話になりました。部分的に某潜入ゲームの台詞を入れたりしてますし。
 むしろこんなのを思い付いた私の頭がおかしいのでしょうが…。

 リョーコさん達が使ったシューターは、詳細は不明ながら一応公式設定にあります。原作ではまったく使われず、描写も不明なのですが某サクラ大戦のようなものかと思われます。

 あと前回、ルリちゃんの等身大フィギアの事が出ていましたが、こっちは小説版から。それを使ったセイヤさんが流した偽番組はまた別の小説「チャンネルはルリルリで」というミニ文庫から取っています。
 何れこっちのネタを使ったギャグ回も書きたいと思っています。…と言いますか、今回はギャグ回と言えるでしょうか?


 熨斗目花様、神羅様、荒魂マサカド様、ソフィア様、黄金拍車様、WILLCO様、静駆様、誤字報告などありがとうございました。

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