偽伝・機動戦艦ナデシコ T・A(偽)となってしまった男の話   作:蒼猫 ささら

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第七話―――突破

 微笑むルリちゃん。しかし話をして気になったのでそれを尋ねる。

 

「そういえば、どうして俺がパイロットになった事が分かったの?」

「え……?」

 

 笑顔だったルリちゃんの顔が引き攣ったように固まる。

 ……それに予感するものを覚える。以前も感じた物を。

 

「……ルリちゃん、もしかして」

「ご、誤解です! た、偶々です! 今朝はアキトさんが大丈夫かと思って……昨日のようにまたヤマダさんに付き合わされたんじゃないかと思って……」

 

 疑惑が籠った俺の言葉にルリちゃんは手を振り、首を振りと否定する。これまた何時になくらしくない様子だ。

 

「そ、それで心配になって食堂を覗いていたら、プロスペクターさんとの話を聞いてしまって……で、ですから偶々なんです」

「……」

 

 慌てた様子に余計に疑わしく思う……けど、

 

「そっか。心配してくれてありがとう。パイロットの事も、さ」

 

 ルリちゃんが進んで覗きなんて事をする訳がないので、心配してくれた事にお礼を言った。

 二次創作とは違うし、小説版のようにルリちゃん視点を補う為っていうメタ的な事情がある訳でもないのだ。

 この子はナデシコの主要クルーの中でも数少ない常識人なんだし。

 

「い、いえ……」

 

 ルリちゃんはまた俯くが、さっきまでと違って今度は照れ隠しのようだ。

 

「そ、それよりもアキトさん」

 

 顔を上げるルリちゃん、若干照れが残っているのか、少しどもっていたけど真剣な声色だ。

 

「……例の痛い腹の件なんですけど」

「ああ」

 

 真面目な声に俺も気を引き締めてルリちゃんに向き直る。

 

「さっき言ってたよね。防衛ラインを戦わずに抜けられるって」

「はい、連合軍の現主流派――要職に就く高官達……制服、背広組を問わずに色々と掴みました。探ればとても痛む部分を。反ネルガル勢力との関係を中心に」

 

 無表情だが、何処か暗さを感じさせる眼をしてルリちゃんは答えた。

 

「ミスマル提督とムネタケ元副提督にナデシコ捕縛という不可解な指示を参謀部が出し、今もナデシコとネルガルに敵意を煽っている動きも」

「……」

 

 暗い瞳を見せるルリちゃんが心配で気になるけど、少し考える。

 掴んだという情報の詳細は俺が知っても余り意味はないだろう。とりあえずクリムゾンの連中が扇動している事が確かだって知れただけで良い。

 狙いはナデシコ……正確には相転移エンジンを始めとしたオーバーテクノロジーであって、それら新技術によるネルガルの市場拡大、躍進の阻止という事で。

 他にも火星行きの事や、その火星の遺跡……古代先史文明の事も色々とありそうだが、今は考えるだけ無駄だろう。軍の派閥やポスト争いも絡んでそうな気もするが……それこそ関係ないな。

 

「それで強請りネタだけど、どう使う積もりなの?」

「先ず、ある程度スキャンダルとなる情報を、ネルガルの影響の強いアジア圏のマスメディアを中心にリークします」

「うん」

「これは一種の牽制、見せしめでもあります。スキャンダルが流れた事で連合軍の現主流派は混乱する筈です。そのスキャンダルへの対応と保身もあってナデシコやネルガルに構っている余裕はかなり減ると思います」

 

 淡々とルリちゃんは言う。

 

「そこに匿名でアカツキさん達……ネルガル経営陣へ、それらスキャンダルのものを含めたクリムゾン他、関連企業と連合軍の癒着などを示す情報を送ります。あとはアカツキさん次第……とお任せする事になりますが、ネルガルはこの機会を逃さない筈です」

「なるほど、ナデシコの火星行きとかの……スキャパレリ・プロジェクトは現ネルガルの最優先事業。その障害となっている連合の横槍を払拭できる機会が飛び込んで来たら嫌でも飛び付くよな」

「はい、タイミングの良さに多少違和感は持たれるでしょうが、クリムゾンの影響力を削ぐ機会でもありますから、必ずアカツキさんは乗る筈です」

「……うーん、流石だなぁ」

 

 感心した。てっきりプロスさんを通じて持ち掛けると思ったけど、あくまで間接的役割に徹して直接的な事は他に任せるとは……これなら変に怪しまれる事は無い。

 ルリちゃんがクリムゾンと軍に探りを入れた事とその理由を俺以外に話さずにすむのだ。それこそ俺達の痛くもない腹を探られるのを避けられる。

 

「……凄いな、ルリちゃんは」

 

 分かっていた事だけど、改めてそう思う。こう思慮深くできることが。考えなんてあるようでない俺とは全然違う。

 

「いえ……そんな事ありませんよ。私は情報を調べただけで具体策の実行は結局、人任せなんですから。それに必ずとは言いましたがアカツキさんが実際そう動くかは分かりませんし、軍も応じるかは確実とは言えませんから」

 

 ルリちゃんは謙遜するがそこには不安は見えない。自信があるという事だ。

 

「ですから一応、次善策の準備も必要ですね」

「ん、その場合は停止コードを使うの?」

「はい、ダメでしたらこっちを使います。出来れば取って置きたいというぐらいものですし」

 

 使う場合、その後の事はルリちゃんなりに考えがあるという事だろうか? それとも――尋ねようとしたが、電子音が鳴り響いた。俺のコミュニケから。

 

「あ、やば」

 

 心当たりがあって少し焦る。ホウメイさんからだろう。プロスさんの所からとっくに戻っていい時間の筈だ。

 しかし出ようにもルリちゃんの部屋でウィンドウを開くのは躊躇われる。SOUND ONLYで受けるというのもアリだが、変に思われそうだ。

 

「行って下さい。今話すべきことは大体話しましたから」

「わ、分かった」

 

 電子音の鳴る意味を察したらしいルリちゃんの言葉に頷いて、部屋から出よう……と、

 

「ルリちゃん」

「はい……?」

 

 足を止めた。背を向けた彼女の方へ振り返って不思議そうに首を傾げるルリちゃんに、

 

「大変な事を任せてゴメンな。なんか辛かったんだろ。なのに頑張ってくれて、ありがとう」

 

 さっきの暗い瞳を思い出してそうお礼を告げた。今一つどんな苦労をしたかは分からないから、確りとした言葉には出来なかったけど、感謝した。

 

「はい……! どう致しまして……」

 

 感謝の言葉にルリちゃんは嬉しそうに笑ってくれた。うん、言って良かったと思った。それぐらいしか言えないのが情けなくも感じたが。

 

「ほんと俺も頑張らないとな」

 

 だからそうも思った。

 

 

 

 

 アキトさんが部屋を後にする。扉が閉まる直前、足早になっているのが見えた。少し慌てているようだ。ホウメイさんに怒られると焦っているのだろう。

 そう思うと、部屋に連れ込んだのは悪かったかな? と少し後悔してしまう。けど、やっぱり早く話せて良かったとも思う。

 

「どのみち自制は利かなかったでしょうし」

 

 自覚はあった。昔と比べると感情の抑えがないというのは。

 ただ、それが良い事だというのは分かる。勿論、その限りではない事もあるけど、悪い事ではないのだ。

 

「でも、この頃の私がこんな私を見たらどう思うでしょうね」

 

 ふとそんなことを思う。

 きっと、バカだと言っただろう。大人にはなりたくないとも。

 

「ふふ」

 

 思わず笑い声が零れた。

 

「そうですよ、私もバカなんですから。そしてずっと子供ではいられないんですから」

 

 そう、脳裏に浮かんだ昔の私に向かって答えた。今にして思うともっと早くにそれに気づけば良かった。

 私もナデシコの皆と同じだって、そして成長して彼等のような大人にならなくてはならない事を。そうすれば――

 

「いえ、それでよかったのかも知れない。もし気付くのが早くて、早く大人になってしまったら――」

 

 思い直す。でなければ、

 

「――この想いは」

 

 この想いはきっと今は無かっただろう。

 リョーコさんやイネスさんやエリナさんのように、前回のナデシコ最後の航海の日に敵わないんだって引き下がっていた。

 

 ――あの人は、ユリカさんを好きなんだって。

 

 でも、気付くのが遅かったから、私がまだ子供だったから、そのお蔭でこの想いは今もあるのだ……きっと。

 

「だから今、“この時”に来て想っていられる。心から素直に、誰にも気兼ねなく――アキトさんを」

 

 名前を出した事で今ほど部屋を後にした彼の事を思い出して、さっきまでのやり取りも思い出される。

 頬が熱くなるのを自覚する。今までの人生……前の私の19年と今の私の11年の記憶の中でも感じた事がないくらいに。

 同じ記憶が重なっているというのも変な感じだけど、ともかく……頬がとても熱い。

 

『より良い将来ってのを手にする為に――ルリちゃん、君と一緒に頑張りたいんだ』

 

 思い出される言葉。何度も何度も脳裏に繰り返されて……いえ、繰り返してしまう。

 

「まるでプロポーズですよ、アキトさん」

 

 反則だった。あんなことを言われたら怒れなくなる。惚れた弱みという奴なのかも知れない。

 アキトさんにそんな積もりはないのは分かっているけど、それでもそう考えてしまって、心が浮き立つというか、今なら空さえ飛べそうな気がしてしまう。

 

「……まったく、ユリカさんの事を呆れられませんね、私も」

 

 艦長が妄想しておかしな行動を取る気持ちが分かってしまう。

 

「でも……嫌ではないんですよね」

 

 そんな妄想に捉われる自分が。

 もし本当にプロポーズの言葉だったらと、そしてもっといい雰囲気の場所だったらと、そして何時か見たユリカさんが立った位置に私が…成長した私が純白のドレスを着て薄い白いヴェールをかぶって、その位置に立って教会で――

 

「――ッ!!」

 

 途端、妄想の世界から引き戻された。小さく電子音が鳴り響いたのだ。さっきのアキトさんのように私のコミュニケから。

 私はまだ頭の中に名残のように焼き付いている妄想を振り払う為に、頭を軽く振って、少し惜しくも思いながらその電子音に応えた。

 

『ルリちゃん、どこに居るの? ……もしかしてお部屋? あ、顔が赤いけど体調が悪いの?』

「違います。大丈夫です。……今ブリッジに戻ります」

 

 目の前に広がったウィンドウに映ったメグミさんは、怪訝そうな顔をしていたけど、私の顔を見るなり心配そうな顔をした。

 

『……そう? 無理してない? 艦長とプロスさん達がなにか大事な話があるみたいだけど、無理そうなら――』

「――いえ、問題ありません。直ぐに戻ります」

『……うん、ならそう伝えておくね』

 

 まだ少し心配そうだったけどメグミさんは頷くと通信を切った。ウィンドウが閉じるのと同時に私は息を大きく吐いた。

 頬の熱さと火照った身体を冷ますように。

 

「ほんと、艦長の事を言えませんね」

 

 部屋を後にし、ブリッジへと足早に移動しながら羞恥と共にそう呟いた。

 

 

 

 

 ホウメイさんに謝りながら厨房に入る。

 

「すみません、ちょっと道草食ってしまって」

「……まあ、いいさ。パイロットをやるんだ。決めたって言っても色々と思い悩む所はあるだろうし、大目に見るよ」

「すみません、ありがとうございます」

 

 寛大さを見せるホウメイさんに謝罪と感謝して頭を下げ、仕事に取り掛かる。ホウメイガールズの皆にも軽く頭を下げて遅れた事を謝る。

 彼女達も笑って許してくれた。

 

 そうしてしばらく……包丁を振るい、鍋を振るいとホウメイさんの指示を受けて昼に備えていたのだが、

 

「アーキートー!」

「ん、艦長!? どうした……って、もうこんな時間か。また忙しくなるな」

 

 何時の間にか背後に居たユリカに驚いたが、壁に掛った時計を見て納得する。12時を指していた。

 そういえばさっきホウメイさんが直に昼になるよ! って言ってな。料理を作るのに熱中し過ぎていた。

 

「むう、艦長じゃなくてユリカって呼んでよ」

「……朝も言っただろ、プライベートならまだしも仕事中や他のクルーの目があるところじゃ気軽にそう呼べないって」

「私は気にしないのに」

「公私の区別を付けろって、もう二十歳の大人で、この船の艦長なんだろ」

「むー」

 

 尤もな指摘の積りだが、不満そうにするユリカ嬢。

 朝食の時間帯、その時にもこんなやり取りをしていた。……とっとと、危ね。余所見をしていたらフライパンから中身が飛び出すところだった。

 

「うわぁ、美味しそうだね。アキトの料理」

「ん、じゃあこれにするか」

「うん!」

 

 フライパンの中身を見て、不満顔はどこへ行ったのやら嬉しそうに頷くユリカ嬢。

 

「じゃあ、少し待っててくれ――ホウメイさん、注文入りましたー!」

「あいよ!」

「艦長、出来たら持って行くから席に戻って――」

「――ここで見ていたい」

「え?」

 

 唐突な言葉に思わず彼女の方を見る。

 

「アキトが料理する姿を見ていたい。駄目かな?」

「……いや、此処は厨房だし、今は昼時だし、それは……」

 

 無邪気な子供っぽさも感じさせる表情と声色だが、真剣な様子でもある。断りづらい感じだ。

 

「良いんじゃないかい。邪魔をしないってんなら。厨房の隅ぐらいのスペースなら貸すよ」

「ホウメイさん」

「良いんですか! やったー!!」

 

 両手を上げて万歳をするように喜びを表すユリカ嬢。ほんと無邪気だ。大人とは思えないぐらいに。しかしその仕草や笑顔は彼女らしく非常に似合っている。

 

「……本当に良いんですか、アイツをあんまり甘やかすと大変なことになるかも知れませんよ。昨日だって……」

 

 しかし、不安もあってこっそりとホウメイさんの傍に顔を寄せて言う。

 

「アンタも心配性だね。大丈夫だろうさ。時々勢い余って暴走するようだけど、艦長はアンタに迷惑を掛ける事はしないだろうさ。昨日のアレだって元はアンタを心配しての事なんだ」

「……」

 

 ……確かにユリカ嬢は勢い余って暴走したり、我儘を言う事はあるが、基本的にアキトに対して本当の意味で迷惑が掛かるような事はしない。オモイカネの反抗期などの余程の事情がない限りは。また料理の事も別として。

 戦後、アキトのアパートに押し掛けたという事も、結果的には屋台を引くアキトの助けになっていた。

 

 漫画版は色々と不幸を呼んでいたようだが、TV版はあっちのユリカ嬢ほど考え無しじゃない。二次創作などでそう言った印象が強まってしまったが……原作では追い掛け回しても(それ自体迷惑かも知れないが)、進んでアキトへ負担が掛かるような事はしていない。

 或いはメグミ嬢がいなかったら……早々二人はくっ付いていたんじゃないだろうか? 変に争った所為で暴走していたような……そんな気もしてくる。あともう少しアキトも変に優柔不断な態度を取らず、ユリカ嬢と向き合っていれば……。

 

「うーーん」

「ま、いざとなったらアンタが手綱を引いてやれば良い。多分、艦長はアンタの言う事なら素直に聞くだろうからさ」

 

 原作のユリカ嬢などの事を思い浮かべて考え込んでいると、ホウメイさんに肩を叩かれた。

 

「それじゃ、しっかりな」

「……」

 

 ホウメイさんはホウメイさんの仕事に戻っても俺は考え込み――

 

「アキトー、料理しないのー?」

 

 と、ユリカ嬢がフライパンを指さしながら言ったので仕事に戻った。ホウメイさんが許可した以上仕方がないと、ユリカ嬢の視線を受けて料理する事を甘受した。

 

 その後もユリカ嬢は一度俺の作った料理を食べに食堂のテーブルに戻ったが、食べ終わると厨房の隅へ戻って俺の姿を見続けた。

 常に笑顔だったので楽しいのか? と一度尋ねたら、「うん!!」と大きく頷いた。

 

 そうして仕事に掛かりきりで、ユリカ嬢は俺と話す事は出来なかったのだが、

 

「あ、もうこんな時間だ。じゃあね! アキト! カッコ良かったよ!」

 

 などと笑顔で大きく手を振りながら満足げな様子で食堂を後にした。休憩時間が終わり、彼女も勤務に戻ったのだ。

 何となくあっけに取られていた、そんな俺に、

 

「愛されているじゃないか。男冥利に尽きるね、テンカワ」

 

 などとホウメイさんは言った。

 俺はそれになんて返せばいいか、言葉に迷ってしまった。そんな俺を見てホウメイさんは笑うだけだった。

 

 

 

 

 ミスマル・ユリカは、本当はこの休憩時間をアキトと一緒に食事をしながら楽しくお喋りする積もりだった。

 勿論、彼がコックだという事は分かっている。しかし少しぐらいは時間が取れると、艦長の自分がお願いすれば料理長のホウメイさんも融通してくれるだろうと考えていた。

 けど、

 

「アキト、頑張っているんだぁ」

 

 フライパンを振るう彼の姿を見て、その考えは何処かに行ってしまった。料理をする彼の姿を見てみたいと思ってしまったのだ。

 それに深い考えはこれと言ってない。ただ直感的に何となくそう思っただけ。

 しかし、その勘は正解だった。

 恐らく一緒に食事を取る時間など忙しい昼時に取れなかったし、ホウメイの許しも出なかっただろう。だからユリカの選択は正しかった。

 愛しい彼と充実した時間を過ごせたのだから。

 

「かっこ良かったなぁ……凄く一生懸命で……」

 

 その姿を思い浮かべる。

 10年という月日を経て見る彼は、彼女同様に大人になりつつあり、その姿は思い出の中にある彼とは全然違っていた。勿論、面影はある。

 大きな身体、大きな手、声だって男らしくなっていた。だから月日の流れを感じるし、昔の彼とは違うのだとも感じる。

 けれど、

 

「やっぱりアキトは私の王子様だ」

 

 もっと好きになった。昔の面影がある今の違う姿の彼を。

 恋は盲目というべきか、ユリカは大人の身体つきを持った青年に差し掛かった少年の…真剣で一生懸命に料理に打ち込む姿に、昔の彼に向けていたものと変わらないくらいの…或いはそれ以上の大きさの感情を抱いた。

 

「うん、やっぱり大好き! アキト!」

 

 通路を歩き、誰かの目に留まり、耳に入るかも知れないのに恥じる事無く、堂々とユリカは言う。

 

 ただこれは……果たして本当に10年前に途切れた物の続きであるのか、或いは……ミスマル・ユリカ、彼女にとって実の所……それは、

 

 ――10年ぶりの恋と言えるのではないだろうか?

 

 

 

 

「えー、皆さん。先日……ミスマル提督の率いる連合軍の部隊を振り切った際、宇宙へ上がる為に地球を守る7つの防衛ラインを突破するというのが本日の予定でしたが――中止となりました」

 

 プロスペクターさんが言う。その言葉にブリッジに居るメンバーはともかく、艦内放送で見て聞いている他の部署で働いているクルーの中には驚いている人もいるだろう。

 

「ですが、宇宙へ上がる予定には変更はありません。艦長」

「はい。当艦、機動戦艦ナデシコは予定通り宇宙へと上がり、月の反対側にあるネルガル保有の宇宙コロニー『サツキミドリ』へと向かいます。この際、危惧された連合軍の妨害と障害となる防衛ラインですが、地球連合軍参謀本部はナデシコの火星行きを容認し、防衛ラインの通過の許可をしました。皆さん大手を振ってナデシコは……私たちは火星へ行ける訳です」

 

 プロスペクターさんから引き継いでユリカさんが説明を行う。

 

「今から30分後より、それから15分間のみビッグバリアを一部解除するそうです。ですのでクルーの皆さんは30分以内に所定の配置に就いて下さい。またそれまでの間、ご家族、親類等への連絡も許可します。される方はコミュニケを通じてブリッジ宛に取りたい連絡先を書いたメールを送信して下さい。返信のメールが送られます。そのメールに書かれたアドレスを通じて外部へのメール及び電話が可能となっています。詳しい方法はメール内容を読んで頂ければ分かりますので。……以上です。――あ、機密……じゃなかった社内秘は守って下さいね。破ったらもの凄い罰則が降っちゃいますから。今度こそ以上です」

 

 艦長らしいキリッとした姿だったのに最後の方は若干締まらなかったけれど、ユリカさんの説明は難なく終わった。

 私は密かにホッと安堵する。アカツキさんはどうやら上手く動いてくれたらしい事に。

 ブリッジに戻って他のクルー達よりも一足先にプロスペクターさんから大事な話というのをされて、連合軍と話が付いた事は聞かされていた。

 ま、そうなるように、アキトさんと話しをするよりも前に例の情報はとっくに送っておいたのだ。

 とはいえ、それから僅か数時間と随分と早い動きでしたが、

 

「……流石というべきなのでしょうか?」

 

 油断ならないアカツキさんはもとより、優秀な秘書であるエリナさんの顔を思い浮かべる。

 とにかくこれで目的は達成。今回は連合軍とむやみに対峙する事は避けられそう。連合の主流派も入れ替わってナデシコの立場も前回よりも優遇される筈。ただネルガルの権勢が連合内部で強まる事がどういった影響を齎すかが心配だけど。

 

「地球へ戻った後、今度はそちらを調べる必要がありますね」

 

 と、そう考えている間にブリッジ宛のメールが送られてくる。メールは私とメグミさんに振り分けられ、対応する事になっている。

 

「さて、お仕事、お仕事……です」

 

 考え事を一旦保留にして取り掛かる。通信士としての能力よりも士気の事を考えてスカウトされた声優のメグミさんでは対応できない部分もあるだろうから、そのフォローも必要になる。

 考え事をしながら処理する余裕はないだろう。集中しなくては。

 

 

 

 

 放送を見て、無事にルリちゃんの策が功を奏したらしい事を知って安堵の息を吐いた。

 パイロットになる事を決めたとはいえ、戦闘はやはり怖い。避けられるのならそれに越した事は無かった。

 ましてやデルフィニウムは有人兵器だ。脱出装置があるとはいえ、必ずしもという訳ではないだろう。

 

「外へ連絡できるって言ってたな」

 

 ユリカ嬢の説明内容を反芻する。

 サイゾウさんにやっぱり連絡を入れておくべきだよな。心配しているかも知れないし……別れる時も気に掛けてくれてたし。

 

 そう考えると俺はブリッジにメールを送って、返信メールに従ってサイゾウさんにメールを送った。

 戦艦に乗っている事を教えると余計に心配を掛けそうだから、新しい職場が見つかった事と元気でやっている旨を伝えておいた。あと暫くは連絡が取れない事も。

 

「……そういえば、宇宙へ出るんだよな」

 

 メールを送った後、連絡を取れない理由に……それがふと過った。

 元の世界では信じられない話だ。なんの変哲もない一般人である俺が宇宙へ出るだなんて。

 よくよく考えるとこれはすごい事なのではないだろうか? いや、今更なのかもしれないけど……こうして空飛ぶ戦艦に乗って、エステ……ロボットに乗って戦っているんだし。

 

「……ほんと、今更だ」

 

 とんでもない世界に来たものだと思う。二次元だと思っていた事が今は現実なのだ。色々と不安はある世界だが……それでもワクワクめいた感情が出るのは止められなかった。

 ルリちゃんという心強い協力者のお蔭で多少余裕が生まれたからだろうか? ……違う気もするが、そんな気もする。

 我が事ながら今一つ自分の感情が分からない。と、コミュニケに通信が入った。

 

「テンカワ」

「ゴートさん? どうしました?」

 

 珍しい相手からの通信で少し驚く。ただ頭の隅でこのコミュニケってのも凄いよな……とこれまた今更ながらに思っていたが。

 

「予め連絡を入れておくべきだったが……忘れていた」

「え?」

「パイロットスーツに着替えてエステバリスのコックピットで待機してくれ。軍と話がついたと言っても万が一の事もある」

「あ、はい! 分かりました」

「すまんな、こんな事は二度とないように気を付ける。では頼む」

 

 一瞬何を言っているか理解できなかったが頷くと、ゴートさんは連絡が遅れたことを謝ってから通信を切った。

 

「ホウメイさん」

「ああ、アタシのとこにも今連絡が入った。こっちは大丈夫だ。行ってきな」

「はい、すみません」

「謝る必要はないよ。仕事なんだから」

 

 ホウメイさんは快活に言うが、俺はそれでも頭を下げてから食堂を出た。

 

 




 ようやく防衛ライン…しかし戦闘にはなっておらず…です。

 ユリカさんの印象については、本文にもあったように本当の意味でアキトを困らせた事は殆どないんじゃないかな?と考えてアキト(偽)は思い直してます。
 あと今回でユリカさんの役回りが見えてきたような気がしてます。

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