単なる暇潰し。
「歳と才って何が違うのかしら」
彼女は肘をついて私に聞く。
純粋な疑問で、本当にふと今思い付いたから私に聞いてきているのだろう。
「…」
でも私は迷わず無視をする。
世の中には優先順位というものがあり、私はそれに沿って行動している。例え彼女が私の往年の親友でも、例え彼女の暇潰しでも、私はあえて、いや寧ろ本を読むことを優先する。
というか、図書館では大人しくしないか、レミィ
「ねぇパチェ、暇なのよ、私は。覆しようのないぐらい暇なの、わかる?」
わからない、というか、知るか。という感情のほうが大きかった。
というか、それならメイドでも誘って神社に行けばいいではないか、わざわざ私の所に来る理由などないではないか、私の読書の邪魔でもして暇潰しなのだろうか?
「私は貴女に会いたいから来たのよ、親友に会いたい気持ちに嘘なんてついてどうするのかしら」
「どうかしら」
この手のからかいなど吸血鬼である彼女にとってはありふれた物だ、真に当てにしてよいものだろうか。
ない、と私は思うが。
「それで、どうなの、歳と才の違いってなに?」
「……はぁ」
溜め息をついた。
彼女の突発的な好奇心からなる行動には確かに驚かされることもあるが、今回のは全く関係ないだろうに。
…全く、そういう建前で来ているような感じではないか。
……それに付き合ってしまっている私も私なのかもしれないが。
「…外界の表記で『歳』とは年齢のことを指すわ。人間の決め事が私達に当て嵌まるかは知らないけど、年齢、というとこの『歳』を使うわ」
「じゃあ『才』は?」
どうでもいいが、言葉の表面上だけでは『歳』と『才』の違いなんてわからないと思うのだが。…ニュアンスでわかるからいいものを
「『才』は才能とか、天才、とか。年齢以外で使われるわ。だけど、歳は書くのが面倒だからって『才』が使われることが多いそうよ」
「なにそれ。文字一文字書くのにも短縮するの?外界の人間は」
「……レミィは英語を使うでしょう。日本語と英語ではとてもじゃないけど差があるものよ。話やすさも書きやすさも覚えやすさも」
なんだかんだで話を続けてしまっているが、ここで終わるのも切れが悪いので、仕方ない…と思いつつも会話を続ける。
「レミィは今日本語を使っているけども、最初此方に来て覚える時は苦労してたでしょう」
「…ま、まぁね」
話は切れが悪いが、レミィは歯切れの悪い。
いかにもレミィらしいと言えばらしいのだが、なにもこんなところで意地を張らなくてもいいと思う。
…そうだ、ちょっとからかおう。
「真っ先に覚えた私のところに来て教えて、って言って来たものねぇ」
「うっ……!…前々から思ってたけどパチェって性格悪いでしょ」
魔女に何を言うのだろうか。
「…わかった、わかったわ。そうね、才と歳の違いはよくわかったわ、ありがとうパチェ」
「どういたしまして」
会話もようやく終わったと。これで安心して本が読めると。気持ちを切り替えるように息を吐いてから手元の本へ視線を落とす。
嗚呼、至福の時。
「……ねぇパチェ」
「……なに?」
あぁもう。名前を呼ばれたら返事をしてしまうではないか、今度はなんだ。話は終わったのだからさっさと退出すればいいのに。それほどまでにこの親友は私の読書を邪魔したいらしい。
全く…なんなんだろうか。
「怒ってる?」
「読書を邪魔してる自覚があるならそう思った方が賢明よレミィ」
「むぅ。パチェのイケず」
「はいはい…」
親友はなにをしたいのか。
それがわからない私でもなかったが、相手が本題を出してこないのであれば選択肢は無視か私から話し掛けるなのだが、そうしてしまうと私は負けた気がする。
だって、読書よりお喋りが楽しいと認めてるようなものではないか。
否である。
「私は本当にパチェとお喋りしようとしてるだけなのだけど」
「お茶会の時にすればいいでしょうレミィ。今でなくてはいけない理由でもあるの?」
だけれどあまりに曖昧としてるので、つい此方も食いぎみになってしまう。さっさと話せば終わるものを。
「私は早く読書をしたいの、だからさっさと要件を」
「久々でしょう?こういうの」
………あぁ、私の親友はそういう奴だった。
子供っぽいと思ったら突然大人びて、ふざけてると思ったらふとした拍子に館の主になる。
気紛れなのだ、彼女は。
「昔はよくこうやって私が一方的に話しかけてたわよね。パチェったら今と同じでちっとも聞いてくれやしないのだもの」
「あなたも、変わらないわねレミィ。気紛れなところも含めて」
「嫌?」
「まさか」
それで愛想尽かすならとっくの昔に私達は別の道を歩いていただろう。
吸血鬼と魔女。
その関係は、それは昔から少しも変わらないのだ。
「なら私のこと好き?」
彼女は椅子から立ち上がり、机を挟んで向こう側にいた私の隣まで歩いてきた。
…無論私はそれを無視出来ず、彼女の顔を見る形になる。
好き
Like
Love
なんてありがちな文字列を羅列したって彼女の言葉は変わらない。きっと、最初からわかりきっている。
「…どうかしらね」
「私は真面目よパチェ」
「館の主として部下の好感度は気になるかしら」
「いいえ」
彼女は座っている私の顎に触れて、まるで相手にキスをしようとする人間のように、私の顔を持ち上げた。
「個人的なことよ、パチュリー・ノーレッジはレミリア・スカーレットのことをどう思っているか、それが聞きたいの、知りたいの、言わせたいの」
はぐらかすことは、許してくれないらしい。
彼女の紅い瞳が真っ直ぐ私を見据えていた。
「私は…」
答えるのか、答えるべきなのか。もしかしてこれはまた彼女の気紛れの冗談なのではないのか。
声は出ないが頭は冷静に状況を分析していた。
彼女の顔が迫っているという事実を。
「パチェ…ねぇ、どうなの?」
もう少し踏み込めば唇が当たる距離まで顔を近付けて、彼女は小さい声で囁く。
目と目が互いを離さなくて、互いの息が互いに掛かり合う。鼻柱は当たってしまいそうで、心臓の音すら聞こえて来そうだった。
「そんな…」
相対的に、私の声も小さくなる。普段からあまり声は大きくはないが、さらに小さくなった。
彼女の顔は仄かに赤くて、 目は爛々と輝いていて、私の顎を持ってないほうの腕は知らぬ間に私の手を取っていて。これから行為する男女のような雰囲気を出していて。
でもまぁ……きっと、そういうことなのだろう。
「そんなこと…今更聞くことかしら」
私はそう言って、そう呟いて。ただ、それだけ、それだけだった。
「…」
彼女はそう聞くと、私から離れて、満面の笑顔で振り返って。
「やっぱり、パチェはパチェね」
あぁほら、やっぱり。彼女はそういうことを平然とやる奴なのだ。何処までが本心などと考える気もないが、彼女はやっぱり、最初に会ったときから少しも変わっちゃいないのだ。
「…それが用事?」
「そうよ」
彼女は嬉しそうに笑って、コトコトと歩く。
「楽しかったわパチェ、またお茶会しましょうね」
ヒラリと優雅な歩き方で、彼女は図書館の出入口へと向かう。
……なにはともあれ、ようやく気紛れも終わりということだろう。やれやれ、どっと疲れがきた。本当に付き合う此方の身にもなってほしいもの
「愛してるわパチェ」
パタン。と図書館の扉が閉められた。
出入口のほうを見ても、もう彼女の姿はなくて。
「…」
……全く。
「不意打ちはちょっと恥ずかしいじゃない、レミィ」
さて、それが果たしてどういった意味なのか、何処までなのか、なんて深く考えるつもりはないけども、というか絶対もう聞こえないだろうけど。うん、まぁ、一言だけ。
「気紛れも程々に」
そんな感じ。