「予定は未定にして決定にあらず」とはよく言ったものですが、切りの良い形に纏めきれなかったため今回と次回に分けて大戦話を終了させた後、改めてメタルギア本編に入りたいと思います。
皆さんこんにちは。ドイツ第3帝国所属SS装甲師団のターニャ・フォン・デグレチャフ中佐であります。
生きていればまた何処かでお会い致しましょう──と申し上げてから、それほどは経っておりませぬが、どうかご容赦の程を。
さて、オランダ・ナイメーヘンにて連合軍による橋の奪取を防ぐべく奮戦していた我々SS装甲師団サラマンダーの現状であるが、グランツ中尉によるコブラ部隊目撃の報を受けたため、急遽兵員と戦車・装甲車両をかき集めて橋を渡っている所である。
相手は精鋭ではあるが所詮は録な対戦車兵器も持っていない空挺部隊……とはいえ幾ばくかの対車両用ロケット砲を持ち込んでいたらしく、最初に突入した装甲車両部隊は機関銃とロケット砲の洗礼を受け壊滅──幾つもの残骸と遺体が英軍空挺部隊が立て籠っていると報告された民家付近の橋の至るところに散らばっている。
そこで我々は本格的に戦車を投入、先頭を走らせ突破を図る事を決定──周りを守る歩兵は戦車の民家側とは反対の側面に張り付かせて、戦車装甲を盾に走らせる事にした。立て篭る英軍空挺部隊への攻撃ではなく突破となった理由は、突破してしまえば橋の両岸からの挟撃によるスムーズな制圧が可能となるからであるが、最重要目的は立て籠っている英軍空挺部隊とコブラ部隊の合流を阻止する事だ。
故にわざわざ脅威度が低下した英軍空挺部隊と正面からやりあって無駄な時間を浪費するよりも、即時突破とその後の対コブラ部隊への迅速な防衛線構築と合流阻止が良策と判断した。
さて、ここで一つ状況説明をば。
コブラ部隊とは大戦中期からドイツ軍内で囁かれるようになった連合軍特殊部隊の名称である。
連合軍の中でも特に優秀な兵士を集め組織されたと聞いている。かの部隊の任務はSDによれば、枢軸軍の要人暗殺・枢軸軍の行為に見せ掛けた工作任務が主とのこと。
これが真実かどうかは分からないが、真実ならば世界一最強のウェットワーク(汚れ仕事)部隊ということだ。何時の時代にも汚れ仕事を押し付けられる不運な部隊というのは存在するものなのだな。
まあドイツ軍の悪事に見せ掛ける工作任務は置いといて、ここで問題なのは要人暗殺という所だ。
このオランダには百戦錬磨のルントシュテット元帥を始め、ヒトラーの火消し屋ことモーデル元帥やシュトゥデント上級大将等の大物が集結しており、各地で指揮を取っている。
もしコブラ部隊が橋を奪取、又は渡る事を許すような事態になれば、そういった上層部に危険が及ぶ事態になりかねない。
それすなわちオランダの防衛線の崩壊であり、コブラ部隊への対抗を目指して編成されたSS装甲師団とその中核とも言えるサラマンダー隊を指揮する私の評価が地に落ちるという事である。
せっかく総統の覚えもめでたくなり、優秀な佐官として後方勤務につけるかもしれない所まで来たというのにそうなっては笑い話にもならない。
更に一度奪われたものというのは中々に奪い返せないものであり、取り返そうとドンパチしてる間に進軍中のホロックス中将率いる第30軍団の到達を許してしまいかねない……作戦開始時刻にまだ進軍を開始してなかったり、我が軍の妨害を受けていたとはいえ1日目にして僅か15Kmの進軍で野営を始めたりするのを進軍と呼べるかどうかは分かりかねるが(私の知る史実では第30軍団はロンメルからアーネムまでの200Kmを4日で踏破する作戦だった。なのに初日に15Km……我々ドイツ軍は馬鹿にされているのだろうか)
まあ状況説明はこのくらいにして橋を渡る我々の現状だが、やはり英軍空挺部隊は対戦車火力に欠けている模様。
先ほどから先頭のヴァイス少佐が乗り込んだ戦車相手に盛大に機関銃とロケット砲を浴びせているが、機関銃は効果なし。ロケット砲の大半は外れ、仮に当たってもダメージ無し。
これは英軍空挺部隊は現状放置しても、心配無さそうだ。普段なら背後からの一撃を警戒する所だが、こうまで火力と装備に差があっては余計な警戒は注意力散漫の原因にしかならないので、我々はコブラ部隊に注力することとしよう。
それに英軍空挺部隊の敵は我々だけでなく、我々の後方に控える本隊もいるのだ。我々だけに注力してる訳にもいかないだろう。
結果として我々は歩みが遅れたり、ロケット砲の爆風に吹き飛ばされた歩兵数人の被害だけで橋を突破、戦力をほぼ減らすことなく英軍空挺部隊が立て籠る民家に通ずる主要な街道や路地を封鎖することに成功した。
私は一度部隊を停止させ、古参の大尉に民家に通ずる主要街道と路地の防衛を指示した後に、大隊長連中を引き連れて目標地点へと再び進軍を始めた。
丁度その辺りで先頭を進むヴァイスから通信が入ったらしく、無線手が呼び掛けてきた。
「中佐殿!ヴァイス少佐より通信入りました!前方のグランツ中尉の装甲部隊からの通信を受信!所属不明の歩兵部隊と交戦中とのこと!繰り返します。グランツ隊は敵歩兵部隊と交戦中!所属は不明!」
「よし、各車榴弾用意!敵は歩兵部隊だ!陣地に籠っている連中を挽き肉にしてやれ!ノイマンはグランツ隊に合流して正面から制圧射撃!ケーニッヒは戦車を盾に側面に回り込んで攻撃!十字砲火に持ち込め!」
ヴァイスからの通信内容を受け、私は無線手に指令を出し、無線手は各車の大隊長に私からの指示を通達する。
「ノイマン少佐より応答!これより大隊と共にグランツ隊への合流を開始するとの事!ケーニッヒ少佐からも応答!直ちに側面への迂回を実行すると…?ケーニッヒ少佐、どうしました?ケーニッヒ少佐、応答願います」
命令に応答していたケーニッヒ車からの急な通信途絶に、無線手が再答を促している。
「どうした、無線機の故障か?」
「いえ、無線機は正常です。ケーニッヒ少佐のほうで急に通信が途切れて…あ!通信回復しました──どうも向こうの無線手がいきなり車内に飛び込んできたハチに刺されとの事です。普通のハチらしく大事無いとのことです」
「ん、ハチだと?」
花畑やプランターの植物がある場所ならともかく銃撃と砲撃の応酬で瓦礫と破片・死体だらけの場所にハチ?
そこまで考えて私はふとある事が気になり、キューポラから辺りを警戒しながら、無線手に伝える。
「無線手、ケーニッヒに"ハチは飛び込んできた際に無線手に直接向かってきたのか"と伝えてくれ」
しかし無線手が応答しないので、私は視線を戻して無線手に再度呼び掛ける。
「おい、聞いてるのか?さっさとケーニッヒに伝え……」
そこで異変に気付いた。無線手がこちらを見ながら動きを止めていたのだ。いや、それだけでなく、先ほどまで響いていたエンジンの震動やキャタピラ音が一切聞こえてこない。
無線手のみならず操縦士も砲手も装填手もだ。自身の持ち場で凍りついたように動かない。キューポラを即座に開いて私の戦車の後方の装甲車に乗るセレブリャコーフを見るが、彼女も他の連中同様だった。
「ちっ…存在X、貴様か!」
私の言葉に呼応するように、戦車の側面を守っていた突撃砲の車長がこちらを振り向いた。
<<いかにも。やはりというか、いまだに信仰には目覚めないようだな>>
「ほざけ、私の人生と自由を奪いこんな時代に送り込んだ貴様を信仰などするか。逆に貴様を吹き飛ばして戦車のキャタピラで骨の欠片まで粉砕してやりたいよ。で、今度はなんの嫌がらせを伝えに来た?」
<<相も変わらず傲慢だな。まあ良いわ。なに、お主に少々警告をと思ってな>>
「警告だと?ダンテの如く"汝、一切の希望を捨てよ"とでも言いに来たか?」
<<その威勢がどこまで続くか見物させてもらうとしようか。さて、警告だが…"早く戦車とやらの中に篭ったほうが良いぞ">>
「篭れ?……!…貴様!」
<<ではな>>
「おい待て存在X!貴様まさか!」
そこまで言った瞬間、周りからエンジンの震動やキャタピラの音が戻ってきた。
そして無線手が私に呼び掛けてきた。
「中佐殿、何か言われましたか?」
しかし私は答える暇も惜しく、キューポラから身を乗り出して叫んだ。
「総員!直ちに戦車及び装甲車の車内に隠れろ!歩兵は民家内でも下水管でも戦車の下でも何でも良いから急ぎ身を隠せ!武器と装備は放り出せ!とにかく身を守れ!!」
そして後方にいたセレブリャコーフ大尉を呼ぶ。
「ヴィーシャ!早く来い!戦車の中に隠れろ!」
セレブリャコーフ大尉は私の叫びに困惑しながらも、即座に装甲車から飛び降りてこちらに駆けてきた。
しかしセレブリャコーフ大尉がキューポラによじ登りかけた所で、随伴歩兵の1人が信じがたい光景に叫びを挙げた。
「おい、何だよあれ?!」
兵士の視線が向く先に居たのは、一軒家を優に越えるほど巨大な黒い塊…数えるのも馬鹿らしくなる量のハチの群れであった。
そして先ほどの歩兵の叫びに合わせたようにハチの群れが一斉に襲い掛かってきた。
私はハチの群れに唖然として戦車に隠れることを忘れているセレブリャコーフ大尉の襟首を掴んでキューポラ内に力ずくで引きずりこむ。
セレブリャコーフ大尉を引きずり込んで隙間に蹴り飛ばして、私は開きっぱなしのキューポラをハチが飛び込んでくる瞬間、間一髪で閉める事が出来た。
しかしその場を凌いだ余韻に浸る暇も無く、私は操縦手に点視溝を塞げと命令して、周りの連中にも隙間になりそうな場所を片っ端から塞がせた。
他の連中が隙間をせっせと塞いでいる間にキューポラを僅かばかりひらいて外を確認すると、そこには阿鼻叫喚の地獄があった。
私の叫びを敏感に察知した古参兵連中や熟練の士官共は手際よく民家や車両内に隠れ、隠れられなかった連中は瓦礫に混じっていた木材やヘルメットや軍帽で急所となる顔面を守っていたが、経験の浅い連中は何も対応出来ずただパニックに陥っていた。
ハチにまとわりつかれて悲鳴を挙げながら転げ回る奴、ハチを追い払おうと怒号を挙げながら銃を振り回している奴、ところ構わず短機関銃を乱射している奴と目も当てられない。
こんな状況ながら、私は今パニくってる奴らで生き延びた連中は再教育してやると心に誓っていたりする。
最も、後方の部隊に居た手際の良い古参兵連中が火炎放射器を持ってきた事で、大部分のパニくってる奴らは生き残りそうである。
古参兵の数人が背負った火炎放射器をぶっぱなすと、ハチは面白いようにボトボトと燃えて落ちる。
とりあえずハチの脅威は去ったが、私はまだ終わってないと確信している。
あれだけの量のハチが自然に集まる訳が無い。ましてや我々だけを狙って襲って訳が無い。誰かが意図的にハチを我々にけしかけたのだ。
私は、私が蹴り飛ばした衝撃で隙間に嵌まってしまい、その体勢から何とか脱出しようと戦車内でもがいているセレブリャコーフ大尉を余所に戦車から降りると、まだハチ退治にいそしんでいる古参兵連中に、いまだパニくって転げ回ってる兵を叩き起こして来いと告げた。
と、そこで瓦礫に少しばかり脚を取られてしまい後ろに体勢を崩した私の面前を、何かが唸りをあげて通りすぎた。
飛来物が飛んでいった方向に視線を向けると、瓦礫の木材に突き刺さった1本の矢があった。
「…て、敵襲!総員警戒!敵だ!!」
指揮官たる私を狙った攻撃だと理解した随伴歩兵が声を張り上げ、周囲に銃口を向けながら警戒態勢に入る。
そして、"そいつ"は現れた。
「クハハハ、フィアー!!」
奇っ怪な叫びと共に現れたのは、蜘蛛のような迷彩服を着込んだ細身の男──更に手に持つのは第二次大戦の最中にあっては時代錯誤も甚だしい2丁のクロスボウガン。
そいつは再び奇っ怪な叫びを挙げて後ろに跳躍すると後ろ手で壁に張り付いて、建物を登り始めた……
後ろ手で登り始めた?
壁に張り付いて?
「「「「「はぁっ!!?」」」」」
目の前で起きた、あんまりな超常現象に、私を含めてそれを見ていた装甲師団の部隊員全員がすっとんきょうな声を挙げてしまった。