拝啓友人へ   作:Kl

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新しい話を書くにあたって東京喰種全巻読み返したのですが、この作品投稿時ってまだ喰種完結してなかったんだった……

話が矛盾してたらすみません。


第二十四話

それは冬の日の晴天という言葉を体現したようなよく晴れた日のことだった。数日続いた曇天が嘘のように空には雲の一つもない。青い絵の具をバケツ一杯に溶かした後、それを強大なキャンパスに思いっ切りぶちまけた様な青空には太陽が一つ微笑むように浮かび地表を照らしていた。

 

そんな穏やかな昼下がり、馴染みの喫茶店に立ち寄った俺は指定席になっているカウンターの一角に座り出されたコーヒーカップに目を落とす。

 

――いつも通りのいい香りだ。

 

芳醇な香りが漂うコーヒーカップの漆黒の水面には今朝洗面台で見た冴えない男の顔が一つ浮かんでいた。

 

「店長、いいんですか?」

 

ソーサーからカップを持ち上げながら、カウンター越しに立っている店主に声をかける。店主の手にも同じくカップが握られていた。中身も同じブラックコーヒーだろう。

 

「いいとは?」

 

カップの中を啜りながら店主が柔和な笑顔をみせる。

 

――何年たっても変わらない人だ。

 

知り合って相当な月日が経つというのに店主の笑顔は変わらない。柔和で人を安心させる笑みだ。

 

店主にならい俺もコーヒーを飲もうとカップを持ち上げてみれば相も変わらず水面には冴えない男の顔が一つ。

 

 

『先生の顔はあれだね。ちょっと勘違いされやすいというか……。言っておくけど、私以外にその真剣な表情を見せちゃだめだよ。子供だったら、きっと泣いちゃうから!』

 

今は昔、親友に言われた言葉を思い出す。確かその後にこうも続いた。

 

『後、笑顔も注意してね! 特に真剣な顔の前後! 分かったっ!?』

 

当時の親友は俺に冴えない顔だから一生真顔で生きろとでも言いたかったのだろうか? 

 

 

『――でも、その普通の顔がいいんだ』

 

確かにカッコいいだの、イケメンだの言われたことは生まれてこの方一度もないが、友人に言われた当時の俺は何とも言えない表情になっていたことだろう。

 

――結局アイツは何がいいかったんだろうか。

 

まぁ、俺の顔はともかく、何時もなら穏やかな昼下がりに、落ち着いた雰囲気の店内、そして、最高級のコーヒー、それに馴染みの店主が揃うとなると心の底から、この世は平和だなぁ、などと思っていたに違いない。

 

「臨時休業中ではなかったんですか?」

 

勿論、何時もなら、と枕詞がついた以上そうはいかない。

 

現在店の入り口には閉店の札が下げられており、扉には2階のリフォームにつき暫くの間臨時休業との旨が記された張り紙が張られている。言うまでもなく店にいる客は俺一人だ。

 

「別に構わないよ。今日は業者も休みだしね。それにわざわざ足を運んでくれた常連である君を手ぶらで返すのは忍びない」

 

店主の言葉に耳を傾けながらコーヒーを一口。

 

――あぁ、やっぱりここのコーヒーは美味い。

 

「そうですか。何か、僕一人のために店を開けて頂いているようで何だか申し訳なくなって……」

 

「別に気にすることはないよ。それを言うなら私の方こそ申し訳ない。従業員も皆休みでね。誰か居ればもっともてなせたのだろうけど……」

 

店主の言うように確かに一階からも二階からも人の声も気配もしない。いつもなら客と従業員との雑踏であまり耳に残らないレコードが今日はよく聞こえる。

 

――この曲はカノンか……。

 

つまり文字通りこの喫茶店には俺と店主の“二人”しかいないわけだ。

 

「確かに従業員の方が作る料理やコーヒーも楽しみですが、やっぱり一番は店長の入れるコーヒーですよ」

 

そう言ってコーヒーをもう一口。軽食も他の人が入れてくれるコーヒーもいいけどやっぱり俺はこれがいい。

 

「そうか……。君にそう言って貰えると私も嬉しいよ」

 

店主も自ら入れたコーヒーを飲みながらそう答えた後、窓の外に目をやりながらさらに続けた。

 

「それにしてもいいのかな?」

 

「何がですか?」

 

釣られて俺も目線を外へと向ける。相変わらずの冬日和がガラス窓の向こうに見えた。

 

「いや、最近は随分と忙しいみたいじゃないか、ドクトル君。笛口さんが言っていたよ。ヒナミちゃんが『お兄ちゃんが最近ちっとも会いに来てくれたない』って愚痴を言っているって」

 

「店長までドクトル呼びはやめてください。僕はドクトルでも何でもないただの一般市民ですよ」

 

苦笑いを浮かべながらやんわりと店主に返す。この人にドクトルと呼ばれるはむず痒い。

 

「君が一般市民か……」

 

店主がカップを片手に面白そうに笑う。その笑みはどこまでも柔らかく、ただそれでいて何処かに強かな決意が垣間見みえた。

 

「ええ、一般市民です。ただの……。ヒナミちゃんの方には大変申し訳ないのですが、店長のほうから伝言を伝えていただけないでしょうか。今は忙しいから会いにいけないとけど仕事が終わったら一緒にお出かけをしよう、と」

 

「それは君から伝えられないのか? 君は携帯をもっているだろう」

 

店主はカップの横に置かれた白い携帯電話を見ながら言う。

 

「何せ、少しばかり“急用”ができたもので。色々と動きにくいんです。それで店長の方からの方が伝えやすいかと思いまして“食事”を届ける方経由でもいいので……」

 

コーヒーを一口啜った後にさらに続ける。

 

「それに店長もお忙しいのでは? 2階のリフォームでしたでしょうか? 壁に穴でも空いたのでしょうか……忙しいもの同士なら伝えやすいほうが伝えたほうがお互い様というか何というか」

 

笑顔でそう言った俺に、店主は数舜だけ、手を止めた後に口を開く

 

「……そういうことなら、引き受けよう」

 

「ありがとうございます。用事が終わって手が空いたら何か恩返しさせていただきますので」

 

「…………そうだね。何かあったらお願いするとしようか」

 

そう言って店主は俺に手を差し出して続けた。

 

「おかわりはどうだい?」

 

俺のカップの中は後一口でなくなる量だった。

 

「ええ、是非」

 

カップの中を飲み干すと店主に向けて笑顔で差し出す。

 

二人しかいない店内では不気味なほど、カノンがよく聞こえた。

 

 

 

 

お互い二杯目のコーヒーを半分ほど飲んだ頃、店主が徐に口を開いた。

 

「君は大人になったな」

 

「当たり前ですよ。成人にして何年経つと思っているんですか」

 

思ってもしなかった言葉に少しつまりながらもそう返す。

 

店主から見れば確かに何時まで経っても子供に見えるかもしれないが、年齢だけ見れば大人どころかおっさんに近い。ヒナミちゃんや近所の子供たちはまだお兄ちゃんと呼んでくれているが内心はどう思っているか分からない。まぁ、この歳になっていまさらお兄さんぶるわけにもいかないのでオッサンでもなんでもいいのだが。

 

「確かにそうだな。あのブラックコーヒーをしかめ面で飲んでいた青年はもういないわけだ……」

 

何が可笑しいのか店主は目を細めて微笑んだ。その笑顔は本当に刹那の時間だったが俺の脳裏に友人の顔を思い浮かばせた。

 

「あぁ、店長には流石に分かってましたか……」

 

「顔に書いてあったからね。苦いものが嫌いって……」

 

店主のコーヒーを初めて飲んだ時のことは今でも鮮明に思い出す。

 

「まぁ、あの頃は舌がまだ子供で、苦いものは全般駄目でしたから……」

 

それでもあの時はブラックコーヒーを飲まなければいけなかった。

 

「それが今ではこの店の馴染みになり、こうしてコーヒーを飲んでいる」

 

「そうですね。当時の自分からすれば信じられないですよ」

 

でも、と続ける。

 

「でも、店長。僕はブラックコーヒーは確かに“苦手”でしたけど、“嫌い”ではありませんでしたよ。ブラックコーヒーを好きな友人がいましてね、彼女一緒に何か卓を囲む時間は私にとって大事な時だったんです」

 

――アイツと同じテーブルで何かを共に口にする。それを可能にするものを嫌いになるなんてあり得なかった。

 

店主は口を付けていたカップを音もなくソーサーの上に置き、こちらを見つめる。数秒の間が視線が交差する。

 

「…………そうか。でも、それは別物でもよかったのでは?」

 

「えぇ、でも僕は同じものが“良かった”んです。他でもない同じものを同じテーブルで同じように楽しみたかった。店長なら分かるのでは……?」

 

「………………」

 

「まぁ、最初は見栄もありましたが……」

 

ブラックコーヒーを飲めない大人ってなんだか格好悪いじゃないですか、そう言って苦笑いを浮かべ更にコーヒーを一口。

 

うん、やはりここのコーヒーは美味しい。

 

「見栄?」

 

「ええ、見栄です。その友人と出会った頃、彼女はまだ子供でした。僕も子供でしたが、それでも僕のほうが歳が上だった。だから、僕は見栄を張ったんです。彼女の前では、頼れる大人のような存在になるために。当時の彼女にはそう言った存在が必要でしたから、ない頭を使ってどうしたら、頼れる存在になれるか必死に考えて……。そうして、この年まで来てしまった」

 

この場に二人しかいないから言えることがある。きっと、これを逃せば彼と二人きりになる機会なんて殆どない。

 

「…………」

 

だから言うべきことは言っておかなければいけない。彼女には言えなくても彼なら言えること。

 

「The world is a fine place and worth the fighting for――店長この言葉を知っていますか?」

 

「……ヘミングウェイだね」

 

「ご名答です。私はこの言葉の前半部分をその友人に心の底から信じて欲しいんです。そのためならきっと死ぬまで見栄を張って大人の振りをするでしょうね」

 

「……………。君の言う見栄は私が知っている人間の言う見栄とはどうにも違うように感じる。君の見栄というのは最早――どうしてそこまで?」

 

「何故って……?簡単な話ですよ――」

 

あまり機会がないため長々と口を開いてしまったが、俺がなんでこんなことをしているのか理由は一言で十分だ。

 

「――――――彼女が俺のかけがえのない友人だからですよ」

 

結局のところここに尽きるわけである。

 

「…………」

 

「それにここだけの話ですが、私が生まれた初めてコーヒーを“心の底から”美味しいと思ったのはここが初めてなんです。いつかは店長のようなコーヒーを自分でいれてみたいものです」

 

周りに店主しかいないために思わず出た言葉を聞いた店主が刹那の間、しかし確かに手を止め、視線を俺からすっと逸らした。

 

視線の先にあるは新品のコーヒーカップ。ここに初めて来た時からあるそれは今でもまだ真っ新な装いを保ったままだった。

 

「では、お代はここに……」

 

コーヒーを飲み干しテーブルの上にお代を置き、立ち上がる。そして、振り返らずまっすぐと扉へと足を進める。

 

「…………次は、次来るときはコーヒーの入れ方でも教えよう」

 

そんな俺の背中に声がかかる。

 

「ええ、また」

 

立ち止まらずその声に返事をして扉を開ける。

 

扉の向こうは清々しいくらいに青い空が広がっていた。

 

――東京の空は狭くて低い……。

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ アイコントーク

 

――あら、久しぶりね。キミから私の店にきてくれるの!

 

……久しぶりだな、イトリ。

 

――久しぶり。もしかして、私のことが恋しくなった?

 

何言ってんだか……。まぁ近いものではあるんだが……

 

――またまたーテレちゃ……ん? 近しいものである? 

 

ちょっと、付き合って欲しいんだが……

 

――え!? 本当に!? ……ってキミのことだもんね。他意はないよね。で、どこに付き合って欲しいの?

 

あぁ、少しばかり護衛を頼みたい。本当はウタとかにもお願いしたかったんだが向こうは向こうで用事があるようでな。

 

――やっぱり……。って、護衛?

 

そう、11区にな……

 

――…………11区って今あそこがどういう状況か分かってるんでしょうね。

 

あぁ、ある程度は……

 

――良かったね、キミ。言ったのが私で……。こんなに物分かりのいい女は他にいないわよ。

 

…………悪いな。

 

――分かったわ。今回だけは付き合って上げる。11区と言えばどうせあそこでしょう?

 

すまない。助かる。

 

――その代わり、今度一日付き合って貰うから時間開けておいてね。

 

(なんか、とんでもない借りをつくったような気がする)

 

――うふふ。その時はエスコートもよろしくね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次話は一旦通常回になる予定……予定です
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