敵も味方も全員が泥土に足を取られていた。
オレの声に跳び退った者も泥土は触手のように足を捕らえた。
この術から退避する樹が無い草原を選んだ事が大失策だった…。
この男と分かっていれば此処は選ばなかった。
そういう対策を取られない為に、奴は杜の国でもひたすら名と顔を隠していたのだ…。
この男の名前はリストには載っていなかった…。
載っていれば、オレと接点のあったこの男を見逃す筈がない。余程綿密に計画を練っていたのだろう。
「タマル…、お前だったのか!」
既に膝まで泥に埋まったオレは、唸るようにそう言うしかなかった…。
「ハハハハ!オレの術を覚えていてくれたとは光栄だな」
そう言いながら、タマルは持っていた鎖鎌で、近くにいた杜の忍の首を刎ねた。
杜の忍達は茫然自失としていた。先程まで味方、今回の計画の参謀とまで思っていた男が、自分達をも術に嵌め同僚の首を刎ねたのだから当然だ。
その時、一人の杜の忍がクナイを投げた。
しかし、タマルに届く前に泥土が触手となりそれを捕らえる。
杜の忍達は驚愕していた…。
「くっそー!動けねーってばよー!」ナルトが叫んだ。
オレが膝まで埋まっているということは、ナルト達にしてみれば腰まで埋もれているという事になるのだろう。騒いで脱出しようともがくナルトに言い聞かせる体を取りながら、この術を知らない他の者の為に説明した。
「ナルト、騒ぐな。無駄に体力を消耗するだけだ。これは奴の一族秘伝の封印術で、地面を代掻き後の田んぼのように、どろどろの泥土にする。この泥は足を取られるだけじゃない。チャクラを吸い取り、更に、身体エネルギーまでじわじわ喰っていく。それに、さっき見た通り、嵌った者の僅かな動きも泥が感知していて、術者への物理攻撃は全て防御する。この泥の中で動けるのは術者のみ、嵌った者の体術、忍術、幻術、全て使用不可能とし、吸い取ったチャクラ、喰らったエネルギーは術者のものとなるんだ」
オレの説明を満足げに聞いていたタマルが叫んだ。
「そういう事だ!何をやっても無駄な事は分かっただろう。つっても、昔からの手順通りやらねぇとなあ。カカシ、この術で拘束したら…、次にどうするんだ?」
大戦中、何度も同じ事をやってきたオレは、絞り出すように言うしかなかった…。
「武装解除だ…」
そのオレの様子を見て、タマルは愉悦に浸っている。
「ハハハハ!そうだよ!まずは武装解除からだったなぁ。全員、持っている物を全部泥に落としてもらおうか!忍具パック、ホルスターも全部だ!できない奴はこうだ!」
そう言いながらタマルは、印を結ぶ。オレはこの術に嵌ってから左眼を閉じていたが、写輪眼でなくとも分かる、土遁・散弾岩だ…。
タマルが先刻クナイを投げた杜の忍に指先を向けると、チャクラ穴から、チャクラが変化した石が無数に飛んだ。例え石であっても高速で飛べば、クナイを投げられたのとさして変わらない…。正面からそれを浴びた忍は血だらけになって倒れた…。
「なんだよそれ!おめー卑怯じゃねーか!」
「やめろ、ナルト!いいから、言う通りにしろ」
オレはそう言いながら、バックパックを下ろし泥に沈め、忍具パックとホルスターも外し、泥土に落とした。タマルは本気だ。今はこうするしかない…。
それを見て全員が同じ様にした。
「奴が使う術は基本忍術以外たった三つしかない。拘束用の封印術である代掻きの術、さっき使ったのが土遁・散弾岩、後もう一つは土遁・大岩屑流。これは散弾岩とはケタ違いだ。術者の周囲の石、岩を砕き、広範囲に石と岩の嵐を起こす。三つしかなくても一つ目と三つ目はどちらもそれだけで戦局の流れを大きく変えるほどだった」
タマルが使う可能性のある術を全員に知らしめる為にオレは語った。
「なんとかなんねーのかよー!」
ナルトも荷物を泥に沈めたが、まだ文句を言っている。
「無理だ…。大戦中オレ達はこの術で敵国の忍を同じ様に嵌めてきた…。だから分かる。脱出は不可能だ」
泥土に嵌っていない味方がいれば希望もあったが…、今回は生憎居ない。
定石通りやっていたら、戦闘に加わらない者を周囲に潜ませているのだが…、今回は人数差を打開する為に最初から全員参加させてしまった…。これはオレの失策だ。
しかし、今更悔やんでも仕方無い事だ。指揮官としてこの失策を悔やむ暇があれば、早く打開策を見出さないと…、このままでは敵も味方も皆殺しだ…。
「そんなきたねー術聞いた事ねーってばよー!」納得できないナルトが叫ぶ。
「今は禁術にされているからな…、が、戦争中はこの術が必要だったんだ…。綺麗事だけじゃ生き残れない、木ノ葉も汚いやり方だってしてきた…」
だからこそ、何より平和を望んだんだ…。
タマルは鼻で嗤いながら言った。
「フン。忍がきたねえ術とか、笑い種だな。戦争を知らないガキには分からねぇよ。オレ達がガキの頃はな、大戦中で戦力不足だったんだよ。だから、ガキでも使い物になる奴は少しでも早く
「じゃー、なんでその木ノ葉を襲おうとするんだってばよ!」
「フン!戦争が終わったらこの術は危険だからと禁術にされた。散々助けられたこの術をだ!! オレはこのカカシと違って落ちこぼれでな、この術で上忍になったようなもんなんだよ。この術を禁術にされたオレは閑職に追いやられた。散々利用した駒を平和になったら危険だからと切り捨てる…、そういう里なんだよ!」
「そんなの、ぜーんぜん、わかんねーってばよ!」
「利用されたこともねぇガキにはわかんねぇよ! 里はな、テメーたちを何度も救ったオレを切り捨てて、たった二人の仲間も守れなかったコイツにおめぇらを任せたんだよ! 九尾とうちはの生き残り、お前らをな!」
オレは思い出していた。タマルはよくオビトと二人で、リンのこと話していた…。
「…そうかタマル、お前、オビトとリンのこと…」
「そうだ。オビトはよく言ってた。リンはカカシが好きだから、絶対カカシには負けたくないってな。オレも同じだったよ、お前とミナト先生にあいつらが殺されるまでな!」
「ミナト先生には関係ない。リンとオビトを守れなかった責任はオレにある。あの時の隊長はオレだったからだ。オレが二人を守れなかった。オレが未熟だったせいだ」
「フン!何がチームワークだ!
「ガキであろうと、あの時オレは既に上忍だ。責任は隊長だったオレにある。それにお前がさっき自分で言ったんじゃないか、戦争中は究極の戦力不足、人手不足だった、ミナト先生は仕方なく単独で行動してたんだ」
「驕ってるからこそっ…! オレの術を禁術にしたんだろうが!」
……結局そこか、ミナト先生のいないときに仲の良かったオビトが死に、好きだったリンが死に、ミナト先生が火影になり自分の術を禁じた。そのミナト先生の忘れ形見を、二人を死なせたオレが担当している事で恨みが再燃した…というところか。しかし…違うんだよ、タマル。
「平和条約締結の条件だったんだ。この術に辛酸を舐めさせられてきた各国が封じろと言ってきた。中には強硬な手段に出ようとする国もあったと聞く。それをなんとか抑えられたのは、四代目の禁術にするという決断があったからなんだ…」
タマルの一族が真実を知っていたのかどうかは分からないが、オレは暗部時代に先輩からこの話を聞いていた。
「そんな話が信じられるか!都合のいいように言い繕ってるだけじゃねーか」
一族を守ろうと余計な事を話さなかったのが仇となったのか…。
閑職に追い込まれたというのも、恐らくは、この術を狙った他国からタマルの身を守る為、当時の上層部がタマルを一線から退けたのだろうが…、客観的に見れば理解できる事でも、疑心暗鬼になった奴にはそれも分からないのだろう。
いや確かに…、何も知らされず一線から退けさせられたら、恨みたくもなるか…。
オレは火影様の言葉を思い出していた。
「些細な事をすれ違って死ぬまで恨むこともある。やった方と受け止めた方が全く違う重さに捉える事はよくある」
タマルを守りたいと思ってやった事が、タマルにとっては未来を奪われたと感じたのだろう…。
決して些細なすれ違いではない…。
タマルはオレの後方にいるリッカに目を止め言った。
「この姫様を襲わせた奴から、姫が密偵だとバレた筈だと聞いたのに、こんな所までお前がノコノコ出てきて驚いたが…、そうか、そういう事か」
「どういう意味だ…」
「カカシ、お前この姫様にリンを重ねてるんだろう?確かによく似てる。医療忍者で幾分勝ち気なところもな。歳も同じくらいか?いやお前が殺した時はもう少し上か…。お前この子をリンの代わりに守りたかったんだろう?あの頃は未熟でも、今なら守れるとでも思ったのか?」
「タマル、それは違う…。リッカとリンは違う。確かに二人とも自分が傷付くことより他人が傷付く事を恐れて、自分より他人を守ろうとする…。そういうところは同じだ。けどな、普通の家庭から忍になったリンの、自分で運命を切り開く強さと、変えられない運命を受け入れて闘うリッカの強さは違うものだ。二人は全く別だ。オレは二人を重ねて見たことはないよ」
…重ねていると言うなら、むしろリッカとかつてのオレだ。
「こんな小国の忍じゃ木ノ葉を落とすのは無理だろうが、木ノ葉を散々救ってきたこの術で里やお前に僅かでも傷を付けられるならと思ったが…、しかし意外な収穫だったな」
今のタマルには何を言っても無駄か…。
先刻の杜の忍の様に、オレの目の前でリッカを殺すつもりでいる…。