カカシ真伝 雪花の追憶   作:碧唯

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第五話 三代目の真意

 久し振りに自宅で休養していたオレに、呼び出しがあったのは翌日の午後だった。

 しばらく休めって言ったのに…。まっ、リッカの事だろうしな。仕方ないか…。

 

 火影室を訪ねると、机の前に大男が一人立っていた。森乃イビキだ。

 木ノ葉暗殺戦術特殊部隊、通称「暗部」の拷問・尋問部隊隊長…。

 

 この人が居るとなると、やはり複雑な気持ちにならざるを得ない。

 短い期間でも共に旅し、一度であっても共に戦った仲間なのだから…。

 元暗部のオレがこうなんだ、忍者としての経験もヒヨッコのあいつらにとっては辛いことだろう…。

 

 忍とはそういう感情を持つべきでないと言われている。

 無駄な感情が任務遂行の邪魔になるからだと…。

 かつてのオレもそう信じやってきたが、今はそう思わない。

 確かに冷静さを欠けば任務に支障をきたすこともあるだろう。

 だがそもそも、人間が感情を持たないなんて事ができるのだろうか?できない筈だ。

 

「オゥ!」

 振り返ったイビキさんに会釈で挨拶しておきながら隣に並び、火影様に尋ねる。

「お呼びでしょうか?」

「休めと言ったのに早速呼び出して悪かったのォ」

「いえ、大丈夫です」

 休暇中に呼び出されて不機嫌な訳でなく、忍と感情について思考していただけです…、なんて言える訳がない。

 

「カカシよ、他でもない例の娘のことじゃ」

 例の娘とはもちろんリッカの事だ。

「はい、何かありましたか?」

「お前はあの娘の使命が何であったか、どう考えておる?」

「少なくとも諜報では無いと、でなければ、わざわざ忍び里に任務依頼など…」

「そうであろうな」

「私の班を指名という事から考えると、四人の内の誰かを里外に連れ出すことが目的で、拉致、あるいは…」

「暗殺か?」

「彼女自身の使命が、そうである可能性は低いと思います。暗殺が目的であれば、あの時、助太刀する必要は無いですし、狙われたのは私達ではなく、リッカです」

「あの娘がお前達を助けた、というのは事実なんじゃな?」

 オレはあの時の事を鮮明に覚えている。

「間違いありません。あの時リッカが手裏剣を投げていなかったら…、私は木ノ葉に戻ることは叶わず、サスケ達も殺されていたでしょう」

「医療忍術も操ると言っていたな」

 

 僅かの逡巡の後、答える。

「…私の知っている医療忍術とは違いましたが、サスケの傷を治療したのは確かです」

「どういうことじゃ?」

「…確かに里によって多少違いはあると思いますが、掌仙術とは似て非なるものに見えました。私は見た事がない術でした」

「ふむ」

「戦闘直後でしたので、この眼は開いていました」

 額当ての下の左眼を指して言った。それだけでわかる。オレが左眼で見たということは、写輪眼で見たという事なのだ。

 第三次忍界大戦を経験したオレは、自らが医療忍術で治療を受けたことも数多くあるし、人を治療するのも何度も見ている。

 しかし、リッカのあの術は初めて見たのだ。

 

「…ふぅーむ」

 しばらく火影様は考え込んだ後、イビキさんと目を合わせ、お互いに頷きあった。

 オレが来る前に二人で何か話し、既に決めていたのか…。

 

「イビキとも話し合ったのじゃがな、カカシ、お前、あの娘を預かってくれんか?」

「…は?」

 意味がわからなかった…。もう一度尋ねる。

「え?どういう意味です?」

 

「頭の回転が速いはずのお前が珍しいのォ。一語れば十悟るお前がのォ」

 どうやら少し面白がっているようだ、だが、肝心の答えは何一つわからなかった…。

 代わりにイビキさんが説明してくれた。

「あの娘、別命があるまで何もするなと言われていたからあのままなんだがな、昨日収容所に入ってから、一言も喋らないどころか、動かない。隅で膝抱えたままだ」

 

 それのどこがおかしいんだ?

 敵国に捕らわれた間者が収容所で寛いでいるはずがない

 その当たり前の様子とオレに預ける事がどう繋がるんだ?

 

「しかし…、間者を尋問もせず、一晩で解放するというのは私の記憶にはありません」

「解放するとは言っておらん。お前に預けると言ったのだ」

「…はぁ。では私は何を聞き出せば良いのでしょう?」

「いや、何もいらん。あの娘はあのまま収容所に入れておっても、何も変わらんじゃろう。それならば、衰弱する前に気心の知れたお前に預けるのが一番だと思ったのじゃ」

「…はぁ。では私は何をしたら?」同じような質問をぶつけてみた。

「何もじゃ。里の外に出ることは叶わんが、それ以外はお前に任せる」

 

 火影様の真意はまだ理解できないが、それが命令であればオレに言えるのは一つだけだ。

「承知しました」

 

 と答えてから、ふと疑問に思った事を尋ねた。

「ところで、リッカの住まいはどうしたら…」

「お前に預けると言ったのじゃ。お前の目の届く範囲に置いておかねば意味がない」

「はぁ…」

 

「お前の家で預かれ」

「…え?えぇえっ? でも、仮にも女の子ですよ?」

「相手は忍じゃ。どこでも寝られるだろう」

 そういう問題では…

「寝首を掻かれんようにな!」

 イビキさんまで… って、オレの安眠はどうなるの…。

 

 いつも冷静なはずのオレが狼狽えるのがそんなに面白いのか、二人は笑い続けた…。

 ひとしきり笑った後、火影様が一転顔を引き締め言った。

「カカシ、何もしなくて良いとは言ったがな、お前の判断でやって欲しい事がある。亡命を勧めてみてくれ。もちろん、あの娘にその気があれば…じゃがな。祖国を棄てろと言われてそう簡単にもいくまいて…」

 

 やっとオレは、火影様の真意を汲み取る事ができた。

 亡命といっても簡単な事ではない。特に忍の世界ではそうだ。

 元から間者となるべく訓練されているのだから、亡命した後で堂々と諜報活動にあたられ、情報が祖国に漏れるという事も考えられる。

 故に、オレにリッカの人となりをみて判断しろとおっしゃっているのだ。

 確かにその任はオレが最適だろう。

 彼女が一番心を開いているのはうちの三人だと思うが、まだ下忍になりたての奴等にそのような判断ができる筈がない。

 それでオレか…。

 

 捕虜となった間者が里に役立つとわかれば、監視の元で働かせる事はある。

 リッカは医療忍術らしきものが使えるから、確かに里の役に立つだろう。

 それを捕虜としての使役ではなく、亡命とは…。

 暗殺されかけた事も関係しているのだろう。

 

 まったく三代目らしい…

 

 でも三代目…、自宅で預かれっていうのはどうなのよ…。


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