「さーてっと」
気分を変えるようにリッカの肩をポンッと叩いて、ようやく本題に入る。
「いやー、今日此処に来たのはだな。実は…、火影様に言われて、オレがお前を預かる事になって」
「え?」 ハハハ。オレと同じ反応。そうなるよね!
「で、目の届く範囲でってことで、自宅で預かれと言われちゃったんだよね…」
「…自宅?カカシ先生の…?」
「そ…。でも、リッカ女の子だしな、嫌だったら、夜だけここに戻るっていう方法もあるんだからね?」
リッカは何故か、頬を若干赤らめながら答えた。
「…ご迷惑でなければ…、カカシ先生のお家に…泊めてください」
ま、女の子が(例え監視員であっても)男の部屋に泊めてくださいと言うのだ…、気恥ずかしくもなるだろう。
「わ、わかった。…じゃぁ、まずは必要なものでも買いに行くかー」
預けてあったリッカの荷物を受け取りに行くと、そこにイビキさんの姿もあった。
オレ達の様子を窺っていたのは気付いていたので、ここで何も言う事はない。
オレがそう思い黙っていると、イビキさんは意外な事を言い出した。
「カカシ、お前暗部に戻る気は無いか?」
「は?」
「いや、オレの部隊に欲しいなぁと思ったんだ」
「ご冗談を…。今のは尋問なんてものじゃ無いですよ」
「まあ、そうだがな…」
「まだ受け持った下忍もヒヨッコですし」
「そうだな、まぁその気になったら何時でも火影様に言ってくれ」
オレは何も答えず会釈だけして離れた。
収容所を出た時には里は夕焼けに包まれていた。
リッカは眩しそうに里を見渡していた。
「欲しいものあるか?…あ、ちなみにコレはお前が元から持っていた財布だ。ここから払うんだから、遠慮せず何でも買いなさい!」
と言っても、元々が旅の荷物を持っていたので、これといって必要なものも思い当たらないが…。
本人も同じ様子だったので、オレが選んだ店でいくつか小物を買った。
それから、リッカはしばらく食事をとっていない筈なので、腹に優しいものを出している店を探し夕食にして、ようやく部屋に帰った。
すると部屋には火影様から寝具が届いていた…。
そうだ…、オレの部屋にはベッドが一つあるだけだった…。
…………っ! いかん!緊急任務だっ!!!
オレは戦闘中もかくやというスピードで移動し、枕元に置いてあったものを隠した。
…オレの大切な、名著「イチャイチャシリーズ」だ…。
ふぅー…。さすがに中を見られる訳にはいかないからな…。
と、まぁ一息ついたところで、風呂を勧めてその間にオレは寝床の準備をする。
ベッドでオレが使っていた布団を床に下ろし、デスクとの間に敷く。
代わりにベッドには新しい布団を揃えた。
リッカは相変わらずのあの性格で、ベッドは悪いからオレが使えと言い張る。
「オレの使ってる布団じゃ悪いから布団は新しい方と替えてあるし、それに一応オレは任務中だからね。だからお前がゆっくり休んでくれた方がオレも休めるよ」
そう言うと渋々納得してベッドに座った…。やれやれ…。
リッカは枕元に並べてある二つの写真立てを見ている。
…危なかった。あの横には例の名著が並んでいたのだから…。
オレは内心胸を撫で下ろしながら床に座り、ベッドにもたれた。
「この子、カカシ先生…?」
二つの写真立ての写真は現在のカカシ班と、もうひとつが、かつてのミナト班だ。
リッカはミナト班の方の写真に写る、生意気そうなガキを指して言った。
「そうそう。これは今のナルト達よりも少し年下の頃だけど、今のアイツらと比べ物にならないくらいバカで生意気だったよ…」
自嘲気味にそう言ったオレの、額当てを外し露になった左目から頬まで続く傷痕、写真立ての少年にはない傷痕に、リッカはそっと触れながら聞いた。
「カカシ先生は…、どうして忍者になったんですか?」
「んー? …何か格好いい事言えたら良かったんだけど…、まっ、忍者しかなかったからだ。父さんも忍者だったし、忍者になるのが当然…っていうよりは、他の道なんて知らないし、考えた事もなかったからね」
「それでも命を懸けられるんですか?人の命を奪う重みに堪えて、それでも…」
「そうだねー。確かに殉職した忍もたくさんいるし…、歴代の火影様達も命を懸けて里を守り死んでいった。…だからかなぁ?忍者になる事に疑問を持たなかったのと同じで、里を守りたいと思う事に疑問はなかったね。大切なものを守りたいって思うのは、すごく当たり前で自然な事じゃない?」
リッカは視線を落とした…。オレの言葉をまだ納得できないのだろう。
「もちろん、忍としての生き方に疑問を感じることはあるよ?」
オレがそう言うと、リッカはふと顔を上げてオレを見つめる。
オレは波の国での任務を思い出していた。
ザブザとハク、あの二人の生き方と、ナルト達がその二人の生き方から感じた想い。
「忍は感情も持たず、存在理由も求めず、ただ任務を遂行する道具。そんなのは嫌だってナルトが言ったんだよ。オレはオレの忍道を行くってな」
オレは思い出し、笑いながら言った。
「何か嬉しかったんだよ。あいつらが奴等なりの忍道を行くっていうなら、オレは奴等がその道を真っ直ぐ進めるようにしてやりたい。それも、オレの存在理由の一つなんだって思ったんだ」
「…ナルトさんが、少し羨ましいです」リッカはそう言って、静かに微笑んだ。
「ナルトは…、あぁ見えて結構苦労してるからね。だから、アイツに教えられることはたくさんあるよ」
「そうですね…。辛い事もたくさんあって、弱さも知ってるから…、だから、ナルトさんも、カカシ先生も、その分、強くて、優しいんですね」
ちょっと驚いた…。ナルトは苦労しているとは言ったがオレの事は何一つ言ってない。
恐らく、収容所で話した時に、オレの想いの裏にある、過去の傷を感じ取っていたのだろう。
答えの代わりに、頭を撫でてやった。
「疲れたろ。もう、おやすみ」
そう言うと、リッカは頷いて布団に潜り込んだ。
「おやすみなさい…」
しばらくして寝息が聞こえてきても、オレは月明かりに照らされた、あどけない寝顔を見ていた。
一体この子が背負っているものは何なのだろう…。そう思わずにいられなかった。