けものフレンズの二次創作。

アルパカのお店にトキが毎日訪ねるようになってはや数ヶ月。二人だけのお茶の時間は、今日も静かに流れていく。

その日、アルパカが準備したお茶は少し違っていて――。

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あなたとお茶を

 くぅ。

 自分のおなかの音で目が覚めた。太陽はまだまだ上がったばかりの様で、まだ涼しさが残っているように思える。

 

「――ぁ、あーーー~~」

 

 朝ご飯を食べるのいつもの日課。一番大きい木の枝に立っていつもの発声練習。アルパカのお茶のおかげで、少しはきれいに声が出るようになったきがする。それと、もう一つ。

 

「あ~あ~あ~あ~あ~」

 

 音を二つあげて二つ下げる。マーゲイから教えてもらった声の練習。毎日続けていただけあって、同じ音で上げ下げできてる気がする。うふ、なんだかいい感じ。

 

「ああ~ああ~ああ~ああ~ああ~」

 

 少しだけ長く伸ばしてみる。声は続くし。苦しくない。とてもいい感じ。これもアルパカたちと――――かばんたちのおかげ。二週間後は、歌でびっくりさせてあげなきゃ。

 

「ペパプたちとの曲も練習しなきゃね。――――こほん。……ぁ。なぁか~~~~まとぉ~~う~~たうぅ~~~~。なか~~まとぉ~~お~~どるぅ~~」

 

 ――おどるー。

 

 ペパプたちの声を頭に浮かべて、合わせることを考えながら、今日も歌う。ショウジョウトキや、ほかの仲間のフレンズが来てくれるのを信じながら。

 何回か同じ部分を繰り返して。少し喉が疲れたかしら、と思ったとき。

 くぅ。

口からではなくて、おなかから別の音が鳴った。

 ――そういえば、まだ何も食べて無かったっけ。じゃぱりまんのことを考えると、またおなかからくぅ。と音が鳴る。

 気がつけば太陽も大分高いところに上っていて、そろそろアルパカのカフェに行ってもよさそうなころあいになっていて。

 

「――そろそろ時間かしら。じゃぱりまんを食べて、アルパカのところに行きましょ」

 

 太陽を見ながら、じゃぱりまんにかぶり付く。――そうだ、今度はアルパカと一緒に高いところで食べよう。名案だわ。と頭の中で考えて。うふ、と声が漏れた。

 

 ふわりと枝から飛び上がって、アルパカが待っているカフェの方へ。

 そういえば確か、昨日帰るときに『明日はねぇ、とぉっておきのお茶、飲ませてあげるからねぇ! あたしがんばっちゃうよぉ!』ってアルパカが言ってたから、今日は、いや――今日も、楽しみ。

 

  何回も見たマークを目印に、今日もいつものようにマークの中心に降りる。

 今日はどんな声で迎えてくれるだろう、今日はどんな顔をしているだろう。そんなことを考えていると、うふ、とまた声が漏れる。

 

 

 ドアを押す。

 

 

 きぃ

 ちりりん

 

 

 いつもの音が耳に伝わって。

 

「アルパカ、来たわ」

「ふわぁぁぁっ! いらっしゃあい! トキちゃん、いらっしゃあぁいぃ! いんやぁまってたゆぉ!」

 

 ――よ。と言う前に、アルパカのうれしそうな声が飛んできた。

 頭のてっぺんから声が出ているような、そんな声。かばんが歌ったときみたいな、きれいな声で――。かばんと二人で来たときよりも、もっともっとうれしそうな、そんな声だった。

 

「どうしたの。今日はいつもよりもすごく嬉しそう」

 

 聞くと、アルパカは目をきらきらとさせて、顔をぶつかりそうなほどに近づけて。

 

「あのね、あのねぇっ! 今日はねっ、すぅぅぅんごいの、準備したんだぁ!」

 

 その笑顔は太陽みたいに光って見えた。

 

 

 ◇

 

 

 アルパカが目の前でいつものように紅茶を入れてくれる。今日はいつもと違って、鼻歌交じりに、とても嬉しそうに。

 カップを温めて、お茶っ葉を入れて、ポットの蓋をする。

 蒸らす時間になったら、私の出番。アルパカにだけ聞こえるくらいの大きさで、小さい小さい声で、アルパカに向けて歌う。

 お茶、楽しみね。今回のお味はどうかしら。とっておきってなあに?

 アルパカは、私の歌を目をつむって聞く。肘を机につけて、顎を手のひらにのせて、ゆらゆらと頭を揺らして。気持ちよさそうに聞いてくれる。だから私も歌っていて気持ちいい。歌うのは一人。観客は一人。ふたりだけの、コンサート。

 

「っとと、そろそろだねぇ」

 

 目を開けたアルパカは、隣に置いた砂時計がもうすぐ落ちきるのを見て慌ててポットに手を伸ばす。砂が落ちきった瞬間、ポットからきれいな色のお茶がカップに注がれて――。

 

「――――で、最後にぃ。これ」

 

 アルパカが今にも笑いだしそうな顔で、何かをカップの中に入れる。何かは見えなかったけれど。くふ、とアルパカの笑い声が静かに響いた。

 

「はぁい、できたよぉ。どうぞぉ!」

 

 お盆にカップを乗せて、キッチンからテーブルまで小走りでやってくる。――危ないわよ、と何回も言っているのだけれど、他のフレンズはともかくとして私に持ってくるときだけは、急いで持ってきてくれる。危ないとは思う。けれどそれは、それだけおいしいものを飲ませようとしてくれているアルパカの気持ちの裏返しだから。私はそのまま、笑顔で受け取る。

 アルパカが入れてくれる、喉にいいお茶。今日はいつもの香りに混じって、別の香りがふわりとやってきた。

 

「――今までと、違う。なんだかいい香り」

 

 詳しくは分からないけど――と言う前に、アルパカがまた顔をずい、と近づけて嬉しそうな顔を見せてくれる。

 

「でしょ、でしょぉ!? これねぇえ、ぶらんでー? って言うんだってぇ! 紅茶に入れるとねぇ? 香りが変わってね? まろやかぁな味になるんだってぇ! ハカセから教えてもらってね、がんばって探してもらったのぉ!」

 

 鼻と鼻がくっつきそうなくらいアルパカの顔が近づいて、その息がふと口元に届いて――。胸が、一回大きく跳ねた。

 

「……アルパカ、近い、わ……」

 

 アルパカの息が暖かかったのか、顔が温かくなるのを感じて。思わず顔を背けてしまう。アルパカは私のそんな様子も気にしない、と言ったようにいつものように頬をかいて。

 

「……あ、ごめぇん。つい……うへへへ」

 

 口元で笑いながら、ぺこりと頭を下げた。

 決して怒ったわけじゃない。だから無かったことにして、もう一度カップを手に取る。

 もう一度匂いを嗅ぐ。今まで何回もこのお店に来たけれど、間違いなく初めての匂い。――自分が知らないだけというのは置いておいて。

 

「この匂い、お店の中で初めて。これ。誰かに飲んでもらったことあるの?」

 

 思わず、そんなことを聞いていた。

 アルパカはびっくりしたように目を開いて、それから目を横にそらして、首筋をぽりぽりとかく。ちょっとだけ、顔が赤くなっているように見えた。

 

「いんやぁ…………あの、ね。入れるれんしゅーは、したんだよ? そんでね、自分ではぁ飲んでみたんだけどね? …………その、まだ誰にも飲んでもらってはないんだぁ」

 

 だんだんと、顔が落ちていく。下に下に。

 

「どうして?」

 

 肩がぴくりとして。アルパカが少しの間固まる。

 がばりと顔を上げて、何か言いたそうにして、また顔を落として。目線だけでこっちを見て、目線を落として、口がぱくぱくしているのが見える。

 そんなに、言いにくい理由なの? ほんの少しだけ、不安な気持ちがやってくる。

 

「……………………いちばん、さいしょ、は。…………トキ、ちゃんに、飲んでほしくって…………」

 

 小さな小さな、アルパカが紅茶を入れている時の私の歌よりももっと小さな声で。つぶやいた。

 

「…………」

「…………」

 

 ――アルパカが、私に。一番に。

 ――だから、とっておきって。嬉しそうだったんだ。

 

「…………うふ」

 

 一番って言ってくれるのが、嬉しい。今にも歌い出したくなるくらいに、フェネックがアライグマにしているように後ろからぎゅーとしたくなるくらいに。嬉しい。

 

「…………」

 

 気がつくと、アルパカが上目遣いでこっちを見ていた。不安半分、期待半分。そんな目で。

 

「…………飲んで、みるぅ?」

「もちろん」

 

 返事は決まっている。せっかくアルパカが入れてくれたものだから。おいしいうちにいただかなくちゃ。

 

「――――――! さっ、どぉぞぉ!」

 

 不安そうだったアルパカの顔が、きらきらとしたものに戻る。心の底から嬉しそうに、目の端にちょっとだけ涙を浮かべて。

 そんな目で見られながら飲むのなら、どんなお茶でもおいしくなるんじゃないかしら。ふとそんなことを思って。

 

 ず。

 

 一口、飲んでみる。

 ふわりとした香りが鼻に伝わって。

 

 ふぅ。

 

 吐いた息が鼻を通って香りがまたやってきて。

 

 

 ――おいしいわ。

 

 声に出そうと。

 

 した。

 

 頭が。

 

 ふわふわと、して。

 

 めの。

 

 まえが。

 

 ぐにゃりと。

 

アルパカの、かおが、ちかくに。

 

「……き……ん? と…………ー!」

 

 あるぱかの、こえが。

 

 とおくに、

 

 きこえ

 

 

 て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 すん。

 すっきりした空気が、鼻に入る。

 頭は、ロッジで寝たときみたいに、柔らかいものの感覚があって。

 目が、重い。朝みたいに、目が開かない。まぶしい。

 

「ふぁぁぁああああ、トキちゃん? ――だいじょうぶぅ?」

 

 アルパカの声が、頭の上から響いた。

 目がうっすらと開く。

 アルパカの顔が半分にかたむいて見えた。

 ふわふわとして、くらくらとして。目の前がぐるぐる。

 

「トキちゃんだいじょうぶ? ごめんねぇ?」

 

 泣きそうな声で、アルパカがなでてくれる。

 ――アルパカのせいじゃないわ。

 いつもみたいに声で伝えたい。でもうまく声が出なくて。

 

「…………ん。…………ち、がう」

 

 言いたいことが言えない。アルパカの声は聞こえるのに、こっちはうまく口が動かなくて、一方通行。

 

「だいじょうぶ? あかいよ?」

「だい、じょう……ぶ」

 

 ――しんぱい、しないで。

 アルパカはさっきみたいに、目に涙があって。拭いてあげなきゃって思って。

 ――――こっちこそごめんって、伝えなきゃ。声が出ない。ごめんねって謝るとき、フレンズのみんなは、どうしてた――。ああ、この間、プレーリーたちが、ごめんねのかわりにって、たしか。――ああ、そうだ。相手の口に口を――。

 アルパカの顔に手を伸ばして。ほっぺたに触れて。力を入れて、起き上がって。

 

 その口に。

 自分の口元を。

 そっと寄せて。

 

 アルパカの息から、お茶の匂いがした。

 

「とっとととととぉ――――?」

 

 耳元で叫び声が上がった。

 ごめん、って言えないから。そのかわり。

 ――ごめんね。アルパカのせいじゃないわ。

 謝るはずなのに、柔らかかったなぁ、なんて、思って。

 安心したら、また、目が重くなってきて。

 

「ト……ゃん。ねぇ、…………ん!」

 

 また、アルパカの声が、頭の向こうから聞こえた気がした。

 

 

 ◇

 

 

「ん、ぅぅ……ん?」

 

 かぁ、かぁという音が夢の中で聞こえて。朝みたいに自然に目が開いた。

 

「おはよぉ、トキちゃん。……だいじょうぶぅ?」

 

 90度傾いたアルパカの顔が、目の前にあった。

 

「…………?」

 

 夢を見ていた気がした。こんな風にアルパカに膝枕をされて、不思議と声が出なくて、ごめんって言いたくて、アルパカ、の、口――に。

 

「…………私、アルパカの紅茶を飲んで…………?」

 

 その後のことは頭がふわふわとして、雲みたいにつかめない。夢らしきものは、見た、けれど。それ、は。

 

「そうそう、寝ちゃったんだよぉ。でも一度起きたんだぁ。だけど、覚えてるぅ?」

 

 首をかしげて、アルパカがこっちを見る。覚えて、おぼ、えて……?

 

「……何か、アルパカに……?」

 

 ふわふわとした夢しか覚えて無くて。覚えてないからやっかいで。もしかして夢だったのは。

 

「ありぇ、何も覚えてないの?」

 

 はっきりとは、何も覚えてなくて。だからアルパカの答えを待つ。

 

「だぁいじょおぶ。なあんにもなかったよぉ。トキちゃんが目を開けて、『だいじょうぶぅ?』って呼んだんだげど、また目を瞑って寝ちゃったんだぁ。トキちゃんの寝顔、可愛かったよぉ」

 

 いつもの笑顔で、手をひらひらとさせながら答えてくれる。何も気にしていないような、いつもどおりの顔に、なんだか胸がほっとするのを覚えた。

 

「そ、そう……なら。よかった」

「カフェの中に毛布とかあるけど、もう少し寝るぅ?」

 

 アルパカの表情が、笑顔から少しだけ曇ったようになる。私の顔をのぞき込むようにして、心の底から心配してくれている顔になる。

 これ以上アルパカに心配をかけさせるわけにいかないし――さっきの夢らしきものを考えると、また顔が赤くなる気がしてくる。

 

「――ん、いや、いいわ。飛んで帰れると思う。……たぶん」

「そーぉ? 無理はしないでね?」

 

 大きく息を吐いて、アルパカの表情が元に戻る。

 だいじょうぶ、と言う代わりに、アルパカの顎下――最近見つけたけれど、アルパカはこうすると気持ちよさそうに目を細める。それがまた可愛らしい――をくすぐってやる。

 

「――ありがと、アルパカ」

「なぁにするのトキちゃん。くすぐったいよぉ」

 

 肩を軽く叩かれる。

 こんなやりとりが、いつも通りのやりとりが、今日は――今は、とても心地よかった。

 

 

「外はもう夕焼けだし、今日は帰るね」

 

 一歩、二歩、歩いてみる。

 大丈夫。問題なさそう。

 扉に手をかけたまま、アルパカのほうを振り向く。

 控えめに、けれど笑顔でこちらに手を振ってくれていた。

 

「ん。また来てねぇ!」

「もちろんよ。それじゃ、アルパカ、また」

「はぁい、またねぇ! 今度はぁ、トキちゃんが大丈夫なようにハカセに違う入れ方教えてもらうよぉ!」

「楽しみにしてるわ」

 

 嬉しそうに、そして少しだけ申し訳なさそうに、声をかけてくれる。

 だから私は、次も楽しみにしてるわね。また来るわね。とにっこり微笑んで、手に力を入れた。

 

 

 きぃ

 ちりりん

 

 

 いつもの聞き慣れた音の後に、夕日の光が目にささってくる。

 

 

 顔が熱いと思ったのは、きっと夕日のせい。

 そう――思うことにした。



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