史上最強の弟子ベル・クラネル   作:不思議のダンジョン

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第十一話

 

 

 

「ガアアアアァァッ!!」

 

 轟、と自身のそれとは二回りも太いシルバーバックの腕がベルの前髪を数本散らしながら視界一杯に横切っていく。

 

「ベル君!!」

 

「大丈夫です。神様。僕は大丈夫ですから、こちらに近づかないで危ないです!」

 

 人々の悲鳴が飛び交う中、はっきりと聞こえる自分の主神の悲鳴にベルは心配ないと駆け寄ろうとするヘスティアを押しとどめる。強がりとしか思えない言葉であった。

 華やかな祭典は怪物の襲撃により突如として終わりを迎えていた。

 その切っ掛けは通りすがりの人間の呟きだった。

 

「ん? おい、なんだあれ?」

 

「ったく……どこの馬鹿だ? あんなところに登りやがって、危ないじゃないか」

 

 その怪訝な声は鐘楼に向けられていた。より正確に言うならばその屋根に立つ人型の影に向かって。

 鐘楼は元々オラリオの街中に鐘の音を届けるための建物であり、それ故にその高さは周囲の建物の中でも一際目立っている。そこから足を滑らせれば大けがでは済まされないだろう。

 今日は怪物祭だ。羽目を外した人間が目立とうとして馬鹿なことをするのは珍しいことではない。

 これも、その一つなのだろうと誰もが思った瞬間だった。

 件の人影が躊躇うことなくその身を投げ出したのだ。

 声なき声が大通りを支配し、皆が次の瞬間訪れる惨劇を幻視する。

 果たして、人影は地面に轟音と共に叩きつけられ、惨劇が巻き起こった。

 

「う、うわああああああっ!!」

 

「モ、モンスターだ!? ガネーシャ・ファミリアからモンスターが逃げ出しやがった!!」

 

「逃げるんだ!! 早く!!」

 

「お、おい!? 押すな!! 危ないだ……うわああああ!!」

 

 しかし、その惨劇は周りの者たちの予想と違っていた。人影は人ではなかったのだ。

 全身を覆う白い体毛と発達した筋肉と刃物の如く鋭い爪牙。

 シルバーバック。ダンジョン上層域に生息する猿型のモンスターだった。

 本来であれば地上で目にすることなどない筈だ。それがこうして姿を現した理由はその両腕に架せられた壊れた手枷が物語っている。

 今日は怪物祭。ガネーシャ・ファミリアによってモンスターを民衆の前で調教し見世物にするという催しだ。その為に今日だけはダンジョンからモンスターが連れ出されていたのだ。無論連れ出されたモンスターは逃げ出さないように厳重に拘束されているのだが、どうやら不測の事態が起こり、脱出に成功した様であった。

 

「ウオオオオオオオオォォッ!」

 

 シルバーバックは憤っていた。ある日突然、住み慣れた地下にやって来た人間どもによって自分は狭い檻の中に押し込められ、手枷によって自由を奪われてきた。

 憎い人間に捕らえられるという屈辱と自分はこれからどうなるのかという恐怖。暗闇の中で生まれて初めての感覚に苛まれていた彼に転機が訪れたのは今から十分前の事であった。

 何者かが、自分を含めたダンジョンの住人たちが閉じ込められていた場所に入り込んできたのだ。

 初めは自分を閉じ込めた者たちの仲間かと思ったが、その予想はすぐそばにいた見張りの者が突然倒れこんだことで裏切られた。

 途端に色めき立つ見張りたちだったがそれも数秒の事だった。その人物が手をかざすだけで、視線を合わすだけでどの見張り達も腰砕けとなり、恍惚とした表情のまま大の字に倒れこんでしまったのだ。

 自分の想像をはるかに超える事態に困惑と混乱に沈むシルバーバックの入っている檻の前にその人物は立つ。

 美しい、美しすぎる女だった。怪物であるシルバーバックには本来美醜の概念は存在しない。だが、その存在を目にした瞬間、彼は理解した。

 美しいという事の意味、そして同時にこの存在に奉仕することこそが自分の生まれた意味なのだと。

 陶然と自分に見惚れるシルバーバックを前にし、侵入者は神秘的な美しさを湛えた笑みと共に命令した。

 

——お願い。子兎の様な男の子とそんな彼よりも可愛らしい処女神を追いかけて——

 

 牙を打ち鳴らし、血走った眼でシルバーバックは人の波から目的の人物たちを探す。

 神の匂いは独特だ。人でごった返す街中であっても正確にその居場所を特定できる。少なくともこの場には数人の神がいる。その中に目的の神がいれば、自分はあの方の願いを叶えることができる。

 一人目は、すぐに見つけた。男神だった。眷属と思しき女性に恐怖のあまり抱き着いている体を装っていたが、その表情はだらしなくにやけている。

 二人目は女神だったが、妙齢の姿をしている。美しいが可愛いとは違うだろう。

 そして、三人目は……

 

「神様! 大丈夫ですか!?」

 

「ボクは大丈夫だよ! それよりも君はどうなんだい。ボクを庇って瓦礫が直撃していたじゃないか!?」

 

 にいぃ、と口角が上がる。直感で分かった。彼等こそが自分の標的なのだと。

 その肉体を引き裂き、その脊髄を折り砕き、その血を啜った時どれほどの快感を得られるだろうか。そして何よりもそれを成し、あのお方からお褒めの言葉を賜った時どれほど魂を震わすだろうか。

 血に飢えるモンスターらしい獣性と色欲に酔う人間らしい俗欲。二つの異なる衝動に命じられるままシルバーバックはヘスティアたちに襲い掛かる。

 

「っ!? 神様、危ない!!」

 

「ベル君!?」

 

 だが、その蛮行は女神の傍らにいた少年の手により防がれた。

 あともう一息で女神に手が届くという所でベルは力一杯ヘスティアを引き寄せるとそのまま自分の背中に庇う。

 空を切る剛腕。目の前で獲物を取り逃したことに怒り狂うシルバーバックはその激情の赴くままに不届きな邪魔者に鉄槌を食らわせる。

 

「ガアアアアアァァッッ!!」

 

「チェストオオオオオオォォッ!!」

 

 腹の底から声を絞り出し、ベルは渾身の力で短刀を振りぬく。

 耳障りな破砕音が舞い上がる砂煙を吹き散らし、火花がベルの網膜を灼く。

 

「ぐうっ……!」

 

「ベル君!?」

 

 右腕ごと持っていかれそうな衝撃にたたらを踏む。ヘスティアが背中から支えてくれなかったらそのまま背中から倒れてしまっていたかもしれない。

 取り落としてしまいそうになる短刀を慌てて左腕で支え持ちながら、ベルはちらりと自分の右腕を確認する。あまりの衝撃により右腕の感覚がなくなっており、ひょっとして右腕が取れてしまったのではないかと不安になったからだ。

 幸い、自分の右腕はしっかりと肩についており裂傷の存在もなかった。しかしながら短刀の方は無事とは言い難く、衝撃で大きな刃こぼれが目立つ他、刀身の根元の部分がぐらつき始め、何よりも刃の先端部分がすっぱりと斬り飛ばされてしまっていた。たった一合打ち合っただけで窮地に立たされてしまっていた。

 一方、相手の方はと言うと、シルバーバック側も打ち合いの衝撃に驚いた様子こそあれど、未だ襲い掛かる姿勢を解かず、恐ろし気な唸り声でベル達を威嚇し続けている。手傷を負わせるどころかひるませることすらできていない様子である。

 

「これが、11階層の魔物の力か……!」

 

 普段、ベルが戦っているモンスター達と同じ上層の怪物ではあるが、シルバーバックの生息階層は上層最深部の11階。

 下級冒険者といえどその最上位の者たちが戦う様な相手だ。冒険者になって一か月も経っていないベルではあまりに格上の相手であった。

 彼我の実力差を理解したヘスティアは素早かった。

 

「ベル君! 逃げよう! このままじゃあ、君は……!」

 

「……すみません。神様、それはできそうにありません」

 

 自分の衣服を引っ張るヘスティアにベルは構えを解くことなく、緊張に震える声で拒否する。

 ヘスティアの言う通り、シルバーバックはベルにとって敵う事のない格上の相手だ。戦っても勝つ見込みは薄い。しかし、それ以上にこうまで狙いをつけられてしまった上で身体能力で上回る相手から逃げることは不可能であった。ましてや、ベルの後ろには神の力を封印し、見かけ通りの能力しかいないヘスティアがいるのだ。

 二人そろって助かるには目の前の怪物を打倒するしかない。ベルは冷たく、固い声でそう告げる。

 だが、ヘスティアはそんなことなど知らぬとばかりに首を振って叫ぶ。

 

「だからって……! 駆け出し冒険者の君が勝てる相手じゃないんだよ!? 無理だ!」

 

「いえ……そうでもないかもしれません。先ほど打ち合っただけですけど、ひょっとしたら……」

 

 物凄い剣幕で言い募るヘスティアを宥めようと視線を外した瞬間だった。

 

「ウオオオオオオオオォォッ!!」

 

「っ!? 神様、離れて!!」

 

「んきゅうっ!?」

 

 それを隙と見たシルバーバックが今度こそ本懐を遂げようと、ベル達目掛けて飛び掛かって来たのだ。

 ベルよりも二回りも大きいその体格に見合わぬ速さにベルはヘスティアを突き飛ばすようにして助ける他なかった。

 潰れる様なヘスティアの声に内心で謝罪しつつ、真っすぐにシルバーバックをにらみつける。

 獰猛な雄たけびに足がすくみ、涎を垂らしながら牙をむく恐ろしい面様に口内が干上がる。だが、その後ろにいるヘスティアの存在がベルに決して後退を許さない。

 

「ガアアッ!!」

 

「くっ……!」

 

 初めは振り上げた右腕の打ち下ろしだった。右に躱すベルに追撃の左腕による薙ぎ払いが迫る。

 バックステップで射程から逃れると同時に短刀を相手の顔目掛けて振るうことでヘスティアに注意が向かないように牽制する。

 

「ギャアオッ!?」

 

「よし! いいぞ、ほら、こっちに来い!!」

 

 ベルの目論見は成功し無事にヘスティアから引き離すことができた。

 自分の鼻先を刃物がかすめていったことに興奮したシルバーバックは完全にヘスティアへの興味を失い、ベルを血走った眼で睨みつけると徐々にヘスティアから離れていくベルに猛然と襲い掛かるのであった。

 

「グルアアアアァァッ!!」

 

「ふっ……! くっ……! はっ……!」

 

 まるで、嵐のような猛攻であった。シルバーバックの強靭な四肢の力は目まぐるしい動きでベルの視界から外れようとし、両腕両脚それぞれから致命的な一撃が次々と放たれる。

 目の前で右腕を突き出したと思ったら次の瞬間には上空から飛び蹴りが飛び込んでくる。猿型のモンスターらしい、高い運動量に物を言わせたトリッキーな戦法にベルは翻弄され、反撃することなくただただ避けることしか叶わない。

 

「ベル君!! そんな……ダメだ!! 死んじゃダメだ! 誰か……誰かを呼ばなくちゃ! 誰でもいい、誰かを呼んでこなくちゃ、ベル君が……!」

 

 攻撃に晒され続けるベルにヘスティアが悲痛な叫びを上げる。

 ヘスティアの前で次々と繰り出されるシルバーバックの攻撃は何れも必殺の威力を持っており、それがベルの体すれすれを通過していく。

 まるで、サーカスのナイフ投げの様だと場違いにもヘスティアは思った。当たれば死につながる刃がかすめていきながらも決して当たらず、それ故に何度も何度もヘスティアの精神を恐怖により削り落としていく。唯一の違いは一方はあくまでショーであり、生還が約束されているのに対し、此方は一切その様なことがない点だろう。

 半狂乱になって辺りを見回すが、周囲には力になってくれそうな冒険者はおろか、一般人すらいない。

 皆、ベルとヘスティアが襲われているのを見て幸いとばかりに見捨てて逃げ出したのだ。冒険者でもない一般人ならば当然の行為であったがヘスティアはこの時ばかりは怒りと恨みで視界が真っ赤に染まる。

 

「ふ、ふざけるな! 皆、ベル君を一人置き去りにして……! くそっ! こうなったらボクだけでもやってやる……!」

 

 そう言ってヘスティアは自分も戦おうとして何か武器はないかと辺りを血走った目で見まわす。その顔は焦燥に彩られ、その頭脳は冷静の対極にあった。今の彼女の頭の中にはベルの事しかない。自分が加勢した所で何の力にもなれないどころかかえって邪魔になることも、ベルがどうして危険を冒してでも戦っているのかも完全に焦燥によって塗りつぶされていた。

 

 

 

 

 

 

 だからこそ、ヘスティアはそれを疑問に思えなかった。

 怪物に一方的に攻め立てられて既に一分近く経過しているベルの体には未だ傷が一つとして存在していない事に、そしてその顔には苦悶の色も悲壮な覚悟もない事にも。

 今の彼の表情にある物はただ一つ、困惑であった。

 

「確かに、速い。速いけど……」

 

 それだけじゃないか? この程度が上層最強位なのか?

 ベルは追撃の一撃を躱しながらそう呟いた。

 ただ力任せに振るわれる一撃は速さと破壊力だけはあるが直線的で避けやすい。

 予備動作は大きく、何処にどのタイミングで振るわれるかまで丸分かりだ。

 力配分も考えずに力一杯に振り回すものだから体力の消耗が大きく、今こうしている間にも肩で息をするようになってきている。あれではこちらに呼吸を読んでくださいと言っているようなものだ。

 直撃すれば恐ろしいが、そんなことは『いつものことだ』

 そう呟き、ふと自分の言っていることの可笑しさにベルはこんな時だというのに笑いがこみ上げてきた。

 そんなベルの笑みを馬鹿にされたと勘違いしたのだろう。シルバーバックはいきり立ち、益々攻めの勢いを増していく。そして、それは詰まる所さらに大きな隙を見せるという事に他ならない。

 

「フッ……!」

 

 大振りの一撃にかぶせる様にして遂にベルが反撃に転ずる。手本とするのはこの数日間、目に焼き付けた香坂流短刀術の型。隙のないコンパクトな動作で振りぬかれた一撃は本家には遠く及ばないまでも、腕力頼みのシルバーバックのそれよりも速く、そして正確に急所に食らいつく。

 しかし……

 

「ガアアアアアッ!!?」

 

「っ!? 浅い……!!」

 

 痛みと混乱で滅茶苦茶に振り回されるシルバーバックの腕をベルは咄嗟に飛びすさることで回避する。

 苦虫を噛み潰したかのようなベルの目の前には首元からしとどに血を流しながらも未だ二本の足で大地を踏みしめるシルバーバックが立っていた。

 人間が相手であったならば頸動脈を切り裂き、決め手となった筈の一撃はシルバーバックの剛毛と分厚い皮膚により深い裂傷を負わせることに成功はしたものの命を奪うには至らなかったのだ。

 折角の好機であったが物にするにはベルの筋力では足りなかったのである。

 これは手こずることになりそうだと、ベルは密かに覚悟を決める。

 命を落とす覚悟ではない。長期戦になる覚悟を、だ。

 

「グルアアアアァァッ!!」

 

 手負いのシルバーバックは戦意を衰えさせることなく、寧ろ手負いになったことでより凶暴になってベルに襲い掛かる。

 咆哮がベルの鼓膜を叩き、可視化できるのではないかという殺意が肌を突き刺す。荒事に慣れていなかった数日前ならば体がすくんでいただろう。

 しかし、ベルもまた躊躇うことなくシルバーバックに向けて踏み出す。

 

「うああああああぁぁっっ!!」

 

 小柄な体の何処から出たのかという程の怒号と共に自らシルバーバックの攻撃に身を投じる。

 その顔にはもはや怯懦の色はない。当然だ。既にベルの頭からは命の心配は存在していない。時間はかかるだろう。ひょっとしたら手傷を負わされることもあるかもしれない。だが、目の前の怪物に敗北する光景は微塵も思い浮かばなかった。

 これから始まるものは命を懸け合う、死闘ではない。狩るものと狩られるものに分かれた一方的な狩りである。

 猛然と立ち向かうベルにシルバーバックの渾身の一撃が迫る。

 

「格闘戦において、一番の安全地帯は……!!」

 

 怖気づき、止まりそうになる足を叱咤するかのようにベルは逆鬼から教えられた格闘戦の極意を思い出す。

 速い、だがそれだけのシルバーバックの一撃を見切り、一気に懐へと飛び込む。

 臭い、生暖かい呼気がベルの顔を撫でていく。自分を殺そうとしている敵と文字通り息がかかる距離まで接近する。距離を詰めたことでより強く感じる殺気に体中の産毛が逆立つ。だがベルは知っている。この危険そうな距離こそが最も安全な距離なのだ、と。

 

「でりゃあああああぁぁっ!!」

 

 短刀を振りぬき、突き刺す。息もつかさぬ連続攻撃により次々とシルバーバックの肉体に傷が刻まれていく。自慢の剛毛と筋肉の鎧により何れの傷も浅いものであったが攻撃の機会を見いだせず、防戦一方に追い込まれる。

 それはまるで先ほどまでの攻防の焼き直しの様であった。違うのはただ一点。攻めかかっているのがベルで守勢に回っているのがシルバーバックという事だけだ。

 

 

 

 

 

「す、すごい……! ベル君、君は一体いつの間にこれほどの力を……!」

 

 周りから人がいなくなり閑散となった広場にて、ヘスティアは完全に攻守の入れ替わったベルとシルバーバックの戦いに目を奪われていた。

 白刃が煌めき、鮮血が舞う。

 彼女の視線の先では今もベルがシルバーバックを追い詰めていた。

 シルバーバックは苦悶の唸り声を上げ、苦しみ紛れに腕を振り回すがそれをベルは紙一重で避けると同時にわき腹の剛毛の薄い部分を切り裂く。

 後退と前進をめぐるましく切り替えるヒットアンドウェイ戦法を行うその姿は既に一端の冒険者だ。一体どこの誰が今のベルの姿を冒険者になって一か月も経っていないド素人だと分かるであろうか。

 ベルの急成長にヘスティアは感激する。

 しかし、同時に戦慄を禁じ得なかった。

 彼女は知っていた。何故ベルがこれほどの力を手に入れたのか。わずか数日で駆け出し冒険者を一端の冒険者に変身せしめた奇跡の正体を。

 畏怖と共にヘスティアはベルを変貌せしめたそれの名を呟いた。

 

「これが……これが、『憧憬一途』の効果……!!」

 

 尚、それは大きな勘違いだった。

 

 

 

 

「ギャアアアアッ!?」

 

「浅い……! だけど……!」

 

 最早何度目かも分からない肉を切り裂く感覚と同時にシルバーバックの叫びが鼓膜を叩く。

 しかし、飛びすさり、反撃を躱したベルの前には体中の至る場所から血を流しながらも依然として戦意を隠さないシルバーバックが立っていた。握りしめる短刀も刃先をわずかに血液で濡らす程であり、幾度となく斬りつけて尚命を奪うにはほど遠いことを告げていた。

 自身の攻撃がほとんど効いていないことを目の当たりにしたベルの顔はしかし、明るかった。

 確かに、自分の攻撃は殆ど効いていない。しかし、全く効いていないわけではないのだ。現に目の前の怪物は未だに立っているがその動きは当初と比べ明らかに鈍ってきている。対してこちらは全くの無傷。戦場を支配しているのはこちら側なのだ。このまま時間をかければ決定的な機会が訪れるのは間違いなく、そしてそれはもうすぐそこである。

 後は、それをつかみ取るだけだ。そう、言ってベルは疲労が溜まる自身の体に鞭を打ち、シルバーバックに向かい合う。

 そして

 

「――あ」

 

 固まった。肉体と思考が。

 

「ガアアアアアァァッ!!」

 

 その好機を逃さず、シルバーバックの逆襲が襲い掛かる。寸での所で回避が間に合った。代償に左頬がパックリと割れ、流血と焼けつくような痛みがベルを苛む。

 だが、今のベルにはそんなことを気にする余裕はない。今の彼の意識を占めるもの。それは自身の負傷でもなく、それを成した目の前のシルバーバックでもない。その後ろにいる壊れた屋台にあった。

 

「ひっく……! う、うううぅぅっ!!」

 

 初めにシルバーバックが飛び掛かって来た際、吹き飛ばされた屋台の残骸。車輪が折れ、横倒しになった屋台にヒューマンの子供が下敷きになっていたのだった。

 遠目から見た限りでは派手な流血などはない様子だが、安心はできない。内臓出血などを起こしていたら見かけ上は平常と何も変わらないのだから。

 早急な救助が必要なのは火を見るよりも明らかだ。

 

「ガアアアアアッ!!」

 

「ええいっ! 一体どうすれば!?」

 

 その為には目の前の怪物の打倒が必要不可欠である。しかし、今までの様なヒットアンドウェイ戦法で体力を削る様な消極的な戦法を取っていれば手遅れになる可能性がある。

 初めて自身に手傷を負わせられたことに高揚し、更なる勢いを見せるシルバーバックの猛攻を捌きながらベルは先ほどまでと一変した現状を理解する。理解はするのだが、肝心の打開策が見当たらない。

 先ほどまでは技と駆け引きにより優位に立てたが本来ならば自分にとってシルバーバックは格上の存在。人と怪物という生物としての肉体面の差は隔絶しており、腕力、敏捷性、反射神経、全てにおいて目の前の怪物はベルを上回っている。唯一の打開策は魔物の共通の弱点である体内の魔石を破壊することだが、シルバーバックの筋肉と剛毛の鎧の前ではベルの腕力でそれを成すのは不可能だ。

 八方塞がり。少年の体力がもってくれるのを願って、大人しく先ほどまでの様な消極策を取るしかないのではないか。ベルの頭にそんな弱気にも似た声が聞こえる。

 だからこそ、そんな弱音が口をついて出た。

 

「こんな時、逆鬼師匠がいてくれた、ら……?」

 

 そして、その弱音が奇しくもベルに気づかせてくれた。

 一つだけ、一つだけ今のこの状況をひっくり返す手が存在していることに。

 ベルと別れる前に、至緒が教えてくれたのだ。今の自分は目の前の怪物以上の化け物、ミノタウロスに一撃を加えたことを。

 本来であれば、その様なことは不可能だ。それを成功させられたのはベルが兄弟子から伝授された技のおかげである。

 あの技が決まれば、シルバーバックといえど一撃で葬り去ることも夢ではないだろう。

 しかし

 

「失敗すれば……」

 

 不安が口から零れる。

 あの技は相手の攻撃を引き付ける必要がある。タイミングを誤ればシルバーバックの一撃をもろに喰らうことになるだろう。そして、彼我の身体面の差を考えればそれが致命傷となることは想像に難くない。

 ごくり、と生唾を飲む。

 馬鹿な真似は止めろ、という声が聞こえる。声は暗く、陰鬱で何よりも自分と全く同じ声だった。

 何を悩む必要がある、このまま時間をかければ助かるのに見ず知らずの人間の為に命を懸けるなんて馬鹿馬鹿しい。自分と全く同じ声でそれは吐き捨てた。

 その声に全く同意しなかったと言えば嘘になる。

 ベルとて命は惜しい。先日、ウォーシャドウの群れに殺されかけた体験は今もベルの心の奥底に燻っている。冷たくなる体と全身を苛む痛みとそれが消えていく喪失感。何よりも大切な人と会えなくなるという恐怖は筆舌に尽くしがたい。だからこそ、ベルが自分の身を優先するのは当たり前のことであった。

 そうはならなかったのはただ逡巡するベルの耳にその声が聞こえたからだった。

 

「死に、たくないっ……! 死にたく、ないっ……!!」

 

 目の前にいる怪物への恐怖、自分を押しつぶす痛み。今まで経験した事のない濃厚な死の気配に晒されながらも少年は絶望することなく生きようとしていた。

 おそらくは両親から愛情を注がれて生きてきたであろう少年にとってそれらは全くの未知なる悪意であったであろう。それこそ、そのまま全てを諦め死を受け入れるか、それとも思考を放棄して喚き怪物に気づかれ殺されるかしてもおかしくない程に。

 だが、少年は諦めることなく、内なる恐怖に戦っていた。今、こうしている間にも必死に嗚咽を押し殺して助かろうとしているのだ。

 その姿はウォーシャドウの群れに殺されそうになる瞬間まで生きることをあきらめなかったベルと全く同じであった。

 そして、同時に思い出す。自分が誰の弟子なのかという事を。出会ったのはほんの数日間。されど、その圧倒的な力はベル如きでは計り知れない程に強く、その奔放さはベルを振り回すことこの上ない。

 だが、何よりも人を助けることに何一つ躊躇しない人たちだった。

 その人たちの弟子を名乗るのであるならば、自分は何をするべきか。

 あまりに分かり切った疑問にベルは行動を以て答えた。

 

 

 

「——来いっ!!」

 

 咆哮と共にシルバーバックが突進してくる。

 相も変わらず直線的で分かりやすい軌道である。これならば少し進路上から避けるだけで回避は可能であろう。

 実際、その様にすることでベルは今までシルバーバックの突進を回避してきた。しかし、今は敢てその進路上から退くことを止める。

 その姿を見てシルバーバックは獰猛に歯を剥き出し嗤った。

 ちょこまかと鬱陶しく逃げ回っていたが、最後の最後で逃げそこなった。恐らくは恐怖で足がすくんだのだろう、何と情けない奴だ。もし、今の彼の心情を言葉にすればこの様なものになるであろう。

 だからこそ、彼は気づけなかった。ベルの足がゆっくりとその形を変えていくことに。

 両足のつま先を内側に向け、腰をゆっくりと落とす。横っ飛びができなくなるが、構わない。

 

——え? この体勢だと素早く動けない? 別に構いませんよ、この技は速さではなく巧さによって避ける技ですから——

 

 兄弟子の言葉を思い出すベルの前で遂にシルバーバックが間合いの内側に入り込む。この距離では今から横に飛んでも避けることは不可能であろう。最早、助かる道は技を成功させる他ない。

 

「ガアアアアアァァッ!!」

 

 目の前で振り上げられる剛腕。数瞬後には死がもたらされるであろうにベルの心は水面の如く穏やかであった。死を受け入れたのではない、焦る必要を感じなかったからだ。

 

——いいですか、ベル君。攻撃されたからといって焦る必要はないんです。攻撃の当たる場所よりも当たらない場所の方が圧倒的に広いんですから。その当たらない場所に移動するだけでいいんです——

 

 振り下ろされる剛腕。受け止めることは不可能な程に速く、しかし手加減しているとはいえ達人の動きに慣れたベルの目から逃れることはできない程に遅い。軌道も読みやすく、どこに移動すれば避けられるか丸分かりだ。

 だが、ベルは動かない。極限状態の集中力によりスローモーションの様に振り下ろされるシルバーバックの腕を前にしながら、すぐにでも動こうとするのを我慢し、その瞬間を待ち続ける。

 

——回避するときはできるだけ、相手の攻撃を引き付けるんです。引き付ければ引き付けただけ安全となりますから——

 

 イメージするのは円。今までの様な直線的ではなく、曲線による移動。動きは最小限、そしてその最小限の動きで回避できるタイミングまで引き付ける。その瞬間はもうすぐ……いや、今だ!

 

「シイィッ!」

 

 シルバーバックの側面に足を滑り込ませ、そのまま股関節を内外に円転させることでベルの体は安全地帯へと吸い込まれるように移動する。

 瞬間、ベルの横合いから轟音と細かい瓦礫が吹き付ける。

 避けれたとベルは思い、シルバーバックは外したと思った。あまりに自然かつ流麗なベルの動きは回避されたという事実を理解することすら許さなかったからだ。

 攻撃を外してしまった事にシルバーバックはいら立ちを隠せなかった。折角忌々しい人間を捻る潰せるチャンスをみすみす見逃してしまった事に。しかも、目の前の人間は自分の真横、それもくっつく程に近い場所に立っている。これでは上手く攻撃することができない。

 攻撃するにも防御するにもまずは一旦距離を取らなければならない。そう判断し、シルバーバックは後方へと下がろうと足に力を込める。

 それこそが、ベルの思惑通りだとも知らずに。

 

——優れた技っていうのは、攻撃と防御が一体になっているものですよ——

 

 ぱん、という軽い音が足元から聞こえた。足を払われたのだと分かったのは視界が上下逆さまになった後だった。まるで突風に晒された木の葉の如くシルバーバックの巨体が空を舞う。

 小柄なベルの脚力では不可能な芸当であった。それを成したのは誰でもないシルバーバック自身によるものである。シルバーバックが後方へと移動しようとしたあの一瞬、ベルは正確にシルバーバックの力のベクトルを読み切り、シルバーバック自身の力で転倒するように力の方向を逸らしたのだ。

 

——だけど、なんだか感慨深いなあ。実はこの技は僕が最初に覚えた技で、美羽さんから教わった思い出の技なんですよ——

 

 これこそがベルがケンイチより伝授された、初めての技。敵の攻撃を回避すると同時に相手の側面へと回り込み、空間を、力を支配する歩法。

 円の動きにより、相手から見れば消え去り、自身の側面に突如現れたかのように感じさせる攻防一体の技法。その名も——

 

——では、一度実演するのでよく見ていてください。これが中国拳法の一つ、八卦掌の基礎にして究極。その名も——

 

 

 

 

 

「扣歩・擺歩!!」

 

 頭から無防備に硬い石畳へとシルバーバックは叩きつけられる。衝撃が体内を駆け巡り、軽い破砕音が響く。喉から鮮血が飛び出し、呼吸が止まったことから首と頭蓋骨に致命的な骨折が起きたのが分かる。

 文字通り怪物染みた生命力により即死こそ免れたがそれも数秒ほど命数を伸ばしただけに過ぎない。

 息苦しさと激痛、そして暗くなっていく意識。苦しみ悶えるシルバーバックが最期に認識したものは短刀を振りかざしながら飛び掛かってくる白髪の少年の姿と、自身の急所である胸の魔石が砕かれる感覚であった。

 

 

 

 

 

 

「あらあら……これは、いろいろな意味で予想外の展開ね……」

 

 子供を瓦礫から助け起こし、周囲の人間たちから歓声を浴びるベルを路地裏から見つめる人影があった。

 その姿は黒いローブで全身をすっぽりと包み込んでいるため、余人ではうかがい知ることはできない。だがその姿は見えなくとも、そこにただ立ち、吐息を漏らすだけでその人物の周囲には匂い立つかのような色気が立ち上り、甘く蠱惑な匂いが漂ってくるようであった。

 その姿を隠そうとも、その存在だけで周囲を魅了して止まない絶世の美貌。皮肉にも、彼女のその美しさが折角の変装を無意味な物にしていた。

 

「フレイヤ様」

 

「あら、オッタル。わざわざ様子を見に来てくれたの?」

 

 何処からともなく人影——女神フレイヤの後ろに男が現れる。

 男は巨大であった。種族は猪人。身の丈は女性としては長身のフレイヤですら肩に届くか否かという程で、横幅となれば優に三倍はあろうかという程に大きく、逞しい。

 街を歩けば二重の意味で皆が彼を凝視するに違いない。その雄々しさと、そしてその名声から。

 彼の名はオッタル。目の前の女神フレイヤの従者にして、オラリオ唯一のレベル7冒険者、つまりは世界最強の男である。

 

「貴方様のお傍こそが自分の居場所なれば……」

 

 その身に秘める圧倒的な暴力性を微塵も感じさせることなく巨漢の従者は主人に一礼する。その様はまるで王侯に仕える執事の様であった。そして、それは大きく間違っていない。

 最強の名を欲しいままにしながら、ここ最近のオッタルは冒険者としての活動よりもフレイヤの従者として働く時間の方が長い。気まぐれな神の傍仕えなど下界の子供たちにしてみれば責め苦も同然のはずだが、彼の顔に不満はない。オッタルにとって、いや彼に限らずフレイヤの眷属にとって、フレイヤへの献身とは喜びであり、権利でもある。

 今回もフレイヤの希望に沿うため、その能力を駆使してきた所だ。

 

「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいわ。それで、避難の方はどうだったかしら?」

 

「既に、逃げ出した怪物はほぼ全滅。先ほど剣姫も姿を現したので十分かと。死者は勿論、逃げる際に転倒したというような怪我を除けば重傷者もないかと……」

 

「そう、それは良かったわ。別に私は子供たちを傷つけるために魔物たちを解き放ったわけではないし、被害が少なかったのは重畳ね」

 

 自分の所業により死者はいない、と聞き安心したとフレイヤは鈴の様な声で呟く。その声に嘘はない。

 自分で魔物を街中に解き放つ暴挙をしておきながら人々の安全を喜ぶという矛盾。しかし、それは神であるフレイヤにとって矛盾ではない。

 彼女は間違いなく人間を愛している。しかし、それ以上に目の前の純白の魂を特別に愛しており、その魂を研磨する事と見ず知らずの人間の生命を天秤にかけたら前者に傾くというだけだ。

 人のそれとは明らかに異なる倫理観。故にそれを持つ彼女はどれほど美しい似姿をしていてもどこまでも人間とは違う存在なのだろう。

 

「それで、あれが例の彼ですか……?」

 

「ええ! そうなの!」

 

 感情を交えないオッタルの声に一転、フレイヤは花がほころびるかの様に笑顔でベルを指さす。 

 

「見なさい、あの子を! うふふ、照れちゃって可愛いわ。でも、あんなに可愛いのにシルバーバックと戦っている時はとっても雄々しかったのよ!」

 

「ほう、シルバーバックを……」

 

 熱を含んだフレイヤの声にオッタルの巌の様な顔が感嘆に歪んだ。

 あの少年はつい先日冒険者になったばかりの駆け出し冒険者のはずである。とてもではないがシルバーバックに太刀打ちすることなど不可能に思える。

 ましてや、とオッタルはベルに視線を移す。

 下級冒険者でもシルバーバックを倒せるものは一定数いる。しかし、それらの多くは恩恵による力のごり押しによってなされた事がほとんどでその場合、多かれ少なかれ手傷を負うものだ。

 一方、ベルの体には大きな負傷は見られず、彼の略歴を考えればそもそもごり押しできるほどに高まった恩恵など得ていない筈だ。これはつまり、あの少年は力によるものではない、技と駆け引きによって格上の相手を討ち果たしたという事に他ならない。

 わずかな冒険者生活でそれを獲得したというのならばまさに驚嘆に値する。

 オッタルの中でベルの評価がフレイヤのお気に入りから有望な冒険者へと切り替わる。

 

「あら、やはりあなたから見てもあの子はすごいのかしら?」

 

「はい。特定の師にもつかずに独学でその技術を身に着けたのでしたらまさに天才と呼ぶほかないかと」

 

「そうね。確かにそうよね。そうなんだけど……?」

 

 意中の相手を褒められ、喜色満面の笑みを浮かべるフレイヤだったがすぐにその笑顔が困惑に曇る。

 思い浮かぶのはほんの数日前の穢れを知らず、挫折を知らず、それ故に虚弱であったベルの姿だ。

 

「私の知っているあの子はあんなに強くなかった筈なのだけど……?」

 

「男ならば切っ掛け一つでそうなることもあるでしょう……む、フレイヤ様。そろそろ参りましょう、人が来ます」

 

 もう怪物がいないと分かり、あちらこちらから逃げていた人々が集まって来る。ただでさえフレイヤの容貌は目を引いてしまう。大丈夫だとは思うが、こそこそと物陰に隠れている姿から怪物とフレイヤを結び付ける者が出るとも限らない。

 恭しく主人に差し伸べられるオッタルの手を取り、フレイヤは名残惜しそうにベルの姿を一瞥すると歩き出す。

 その足取りは軽く、上機嫌なのが分かる。一部不可解な所があるものの、おおむね自分の目的は果たせたのだ。思い浮かぶのはベルの姿、そして彼の魂をどうやって磨き上げるかであった。

 

「次はミノタウロスと対峙させてみようかしら?」

 

 冗談を多分に含んだフレイヤの独り言を最後に二人の姿は路地裏の闇に消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、フレイヤは知らない。既にベルがミノタウロスと一戦を交えていることに。

 そして何よりもミノタウロスとの闘いなんぞよりも余程危険極まりない修行を毎日やっていることを。

 

 

 

 







 お待たせいたしました。第十一話完成いたしました。
 ようやく、ベル君にも見せ場を作ることが出来ました。久しぶりの戦闘描写でしたがご満足いただけたら幸いです。
 ちなみに今後のフレイヤ様の試練ですが、お察しかもしれませんが今回の様にちょっと驚くかもしくは簡単すぎて試練だと認識すらできないという感じになると思われます。比較対象の梁山泊の修行がおかしすぎて。そこも楽しんでいただけたら幸いです。
 それでは皆様のちょっとした楽しみになれたことを祈って筆を置かせてもらいます。




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