史上最強の弟子ベル・クラネル   作:不思議のダンジョン

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閑話

 

 

 

「……以上が昼間に起こったことの全てです」

 

「……そうか。ご苦労であったのう」

 

 跪くバーチェが月明かりによって照らされる。場所はオラリオのどこかの屋敷。巨大な、名工たちの手によるものでありながら、それでいて文明を否定する野性の色を濃くする異色の屋敷のそのまた奥にある一室。主神が住まうその部屋は屋敷の中でも特に広く、豪奢で、そして何よりも野卑であった。

 部屋の床は大理石で占められながらも十分な研磨がされておらずザラザラとした岩肌をさらし、その上に敷かれた虎の毛皮の絨毯は加工が杜撰だったのだろう、血生臭さと獣臭さが立ち込め、それを打ち消すために最高級の香がむせ返る程に炊きつけられている。

 調和も洗練さも何も考えられていない。ただ高価なものを手当たり次第に集めて放り込んだ。豪奢さと物欲を流し込み、人間の欲望がギラギラとした光を放っている様であった。

 そんな部屋の主であり、この屋敷の主つまりはカーリー・ファミリアの主神カーリーは昼間の騒動の顛末を目の前のバーチェから聞いていた。

 自身の眷属の活躍を聞きながらも、カーリーの顔にはなんら興味の色を示すことはない。淡々とした声音で労うだけであった。

 

「そんなことよりも、じゃ」

 

 カーリーは傍らの盃に並々と注がれていた酒を一息で呷ると酒臭い息を吐きながらバーチェに尋ねる。

 

「あの男の情報は見つかったかのう……?」

 

 ギラついた光が仮面越しの眼に映った。その様子は先ほどまでの機械的な物とはまるで違う、粘つく様な執着心がはっきりとしていた。正体不明の魔物が街中で暴れたという大事件をそんなこと呼ばわりするカーリーにバーチェは内心ため息をつきながらも短く首を振るう。

 

「残念ですが、今日も特には……」

 

「そうか、ならばよい。下がってよいぞ」

 

 バーチェの言葉に遂に完全に興味をなくしたらしい。にべもなく話を打ち切ると、眷属に一瞥もくれずに酒瓶から盃に酒を注ぐ作業に従事する。

 あまりにあからさまな主神の態度に今度こそため息を零すとバーチェはスタスタと部屋から出ていった。

 バタン、という扉を閉じる音ともに部屋には酒が注ぐ音と酒を呷る音以外はない、完全な沈黙に包まれた。

 

「ンッグ! ンッグ! プッハー!」

 

 できるだけ多くの酒を注ぎ、一気にこれを呷る。味わうことなど考えない、ただ酔うためだけの作業。

 常人ならば忘却したいことがあった時に行うそれだが、カーリーにとってはそれは日常行為。あの日から毎日欠かさずに行っている儀式の様な物であった。

 やがて、酒精が十分に回ったのだろう。視界も思考も霞み始め、現実と夢が曖昧となっていく。これでようやくあの日の思い出に浸れると、思ったのを最後にカーリーは大の字に眠りこけ始めたのであった。

 

 

 

 その日、カーリーは頭を悩ませていた。

 悩ます彼女の前にあるのは一つの名簿。自身の眷属の数名が記録されたその名簿はそれ自体、何も変哲はない。大規模のファミリアならば眷属を管理する為に名簿の一つでもあるのが自然だ。

 異常であったのはその名簿を眺めるカーリーの呟きであった。

 

「さて、何奴と何奴を殺し合わせれば盛り上がるかのう……?」

 

 そう言って、掴み取った果実にかぶりつく。くつくつと抑えきれぬ笑みに歪む口元から鮮血の様に赤い果汁が零れ落ちた。

 カーリーは破壊と殺戮を司る神だ。その性格も残忍かつ無慈悲で流血を好む野蛮な質である。そんな彼女であるからして、まともな文化、良識のある場所に留まる筈がなかった。

 カーリーが自分の居場所と定めた場所、そこは数多の強者が鎬を削り合うオラリオではなく、それ以上に血と暴力に彩られた場所、テルスキュラであった。

 オラリオの南東に位置する半島国家であるこの国の大きな特徴の一つにアマゾネスのみで構成されているという点が挙げられる。

 アマゾネス。世にある6つの種族に置いて、この種族の特に特徴的な特性として女性しか生まれないという点がある。ヒューマン同様に他の全ての種族と子を設けられながらもそこから生まれるのは必ずアマゾネスの娘だけだ。

 それ故にこのテルスキュラという国には国として致命的な矛盾がある。すなわち、男がいない為にこの国単独では次代を担う者が生まれないという点だ。その為の解決策としてこの国では古来ある一つの政策を推し進めた。

 それは最強の戦士を作り、そしてその力で周囲の国から男を奪うということだ。

 あまりに常軌を逸した考えであった。強奪した男のみで子孫を作るという発想も異常であるが、そもそも全方位に戦争を吹っ掛ける様な真似をし続ければ国はやがて疲弊し、袋叩きにされ滅亡の憂き目に遭うのは自明の理だ。そう時を待つことなくテルスキュラという名前は古代の内に歴史の波に消え去る筈であった。

 しかし、そうはならなかった。アマゾネスという種族が戦闘に秀でた種族という事もある。だが、それ以上にテルスキュラの妄執がその理を覆した。

 全身を血で染め、嗤いながら兵士を引き倒した後に戦場の真っただ中で男に跨り始めるアマゾネスの姿に周囲の国々は恐怖に慄いたという。

 そして、その妄執は時が経つほどに薄れるどころか狂気を増していった。

 より強い戦士を作る為にと行われていた国民同士の手合わせは命を奪い合う殺し合いに変化し、弱者や年老いた者は同胞であっても容赦なく奴隷身分へと落とされる。

 最早、より強い戦士を作るということは戦争の為にという手段から目的その物へと変わっていたのだ。

 そしてその狂気はカーリーがやって来たことで完成を見ることとなる。

 人の可能性を効率よく引き出す神の恩恵もそうだが、それ以上にこの残虐なる女神はどうすればより人間を狂戦士へと加工できるかをよく知っていたのだ。

 これは、その一環。幼き日から同じ部屋の者たちと共同生活を送らせ、気心が知れた所でそうとは知らせずに殺し合わせる。親しき者を自らの手で殺させることで特別な経験値を積ませ、恩恵を高めさせると同時に人としての倫理観を完全に破壊するという悪辣極まりないカーリーの悪意の発露である。

 その日もカーリーは名簿を片手に誰と誰を殺し合わせようかと悩んでいたのだ。

 

「カーリー様! 侵入者です!」

 

 そこに飛び込んできたのは侵入者が現れたという報せだった。それに対し、初めカーリーは名簿から視線を外すことなく一言。

 

「殺せ」

 

「はっ!」

 

 テルスキュラにおいてちょっかいをかけてくる人間など日常茶飯事だ。義憤に駆られた者、腕試しに来た者。いちいち気にしていたらキリがない。だからこそ、カーリーは初めそれもいつもの事だろうと思ったのだ。

 しかし

 

「カーリー様!! 侵入者は迎え撃った者たちを薙ぎ払いながら都市部に侵入を続けています!」

 

「ならば、その3倍の人間を差し向けい。器の昇格を果たした者でもそれだけおれば討ち取れるじゃろう」

 

 続く報にも名簿から視線を外すことなく、しかしわずかに声にいら立ちを交えながらもカーリーは吐き捨てた。

 どうやら侵入者は中々に骨のある相手だったようだ。だが、それもこれでお終いだ。すぐにでも討伐完了の報を聞くことになるだろう。

 

「カ、カーリー様っ!! 敵、全ての者たちを撃破しこの城への進撃を開始しています! どうか、ご指示を!!」

 

「ええいっ! 妾は忙しいというのにっ……! こうなれば器の昇格を果たした者たちも動かすのじゃ!!」

 

 今度こそ名簿から視線を外し、カーリーは吠えた。これ程まであがく者など、ここしばらく現れていなかった。平時であればその健闘ぶりに拍手の一つでもくれてやっただろうであろうが、テルスキュラを運営する上で重要な職務でもあり、何よりも自分の趣味の時間を邪魔されれば話は別だ。

 器の昇格、すなわちレベルアップを果たした者たちをただ一人に差し向け、今度こそ息の根を完全に止めることにした。

 これでこの不愉快な騒動は終わりだとその時カーリーは確信していた。

 

「カ、カーリー様……ええっと……その……侵入者は依然健在……で、す。い、一体あれは何者なのでしょうか……?」

 

 最早、恐怖や焦燥すら突き抜け、困惑と諦観すら漂わせる報告にカーリーは一言で答える。

 

「闘技場に通せ」

 

 そう命令するカーリーは最早無関心でも苛立ってもいなかった。穴が開く程に眺めていた名簿を踏みつけ、狂笑を浮かべながら居室から出ていくのであった。

 

 

 

 

 

「ヒヒヒッ! 来よったわ! 来よったわ!」

 

 我慢できないとばかり体をしきりに揺らしカーリーは目を輝かせた。

 爛爛と輝く彼女の瞳は未だ誰も姿を見せていない眼下の円形闘技場の入り口、より正確にはそこに近づく強大な気配に釘付けとなっていた。

 これほどの強者の気配を感じたことなど下界に降りてから一度としてなかった。ひょっとすると今なおオラリオ最強と称されるゼウス、ヘラの両ファミリアでもこれほどの猛者はいなかったのではないか。

 そんなことを考えている内に見物客の一人が闘技場の入り口を指さし、叫び出した。

 

「来たぞおおおっっ!!」

 

 怒号で揺れる闘技場に現れたのは一人の男らしき人物。

 らしき、というのはその顔を覆う仮面のせいだ。カーリーがつけている物よりも更に面積が広く、それは頭全体を覆い隠しており、体格からでしか男性であることを確認できなかった。その体格も筋骨隆々とは程遠く、鍛えているという事は分かるがとてもカーリー・ファミリアの精鋭たちを蹂躙できるようには見えなかった。しかし、カリーは見抜いていた。男にとって巨躯というのは余計な重しであり、極限に絞り込まれたこの肉体こそが男にとっての最高の武器なのだと。

 仮面の男は懐から果実を取り出し一口かぶりつくと闘技場をねめつける。

 

「カカカッ! こいつは随分と歓迎されたものじゃのう!」

 

「気に入ってくれたようで何よりじゃ、侵入者よ……ふむ、それにしても随分派手に暴れてくれたみたいじゃな」

 

 そう言ってカーリーは男の果実を掴んでいるのとは逆の腕に掴まれている物に目を向けた。

 

「おーい、アルガナ。生きとるかー?」

 

「カッ……ハッ、ハアッ! ハア……!」

 

 血まみれのまま髪を掴まれてここまで引きずられてきたアルガナは絶え絶えの息で自身の生存を伝えた。四肢は不自然な方向に折れ曲がり、瑞々しい肌は泥と血で塗れている。

 並の良識を持っているものならば義憤に駆られるか、そうでなくても眉の一つでも顰める光景だが、この場にいる者でまともな感性の持ち主などいなかった。

 

「カッ……! アマゾネスの聖地、戦士たちの楽園というから期待してみれば、とんだ期待外れじゃわい。技の実験をしようとしても技をかける前にこの有様じゃわい」

 

「おおっ……! そいつはすまんかったのう。そやつはこの国の中でも特にお気に入りの奴だったんじゃが……こいつはとんだ失敗作じゃ、スマン、スマン」

 

 死力を尽くしてまで戦った人間に対し労いの言葉一つかけることなく人外の者たちは満身創痍の少女を詰り、侮蔑し、やがてすぐに興味を失う。

 

「それで、こんな場所に誘導しておいて一体何がしたいのじゃ?」

 

「なんじゃ、自分がおびき出されているという事に気づいておったのか、つまらんのう。それよりも部外者でこの神聖なる闘技場まで案内された者はいないんじゃぞ? なにか、感想の一つでも言ってみぬか」

 

「無駄口を聞くつもりはないぞ、女神」

 

 空気の軋む音がした。男としてはカーリーの軽口に冗談で答えたつもりで凄んでみただけなのだろう。だが男の冗談の殺気、それだけで周囲は今にも血生臭さが匂ってくるような戦場の如き空気に包まれた。たまらず、観客の中でも気弱な者たちが卒倒する。

 

「ヒヒヒッ! スマン、スマン。お主ほどの男は今まで会ったことがなかったからのう、ついつい興が乗りすぎてしまうわい……ふむ、それにしても……」

 

 まじまじとカーリーは男のつま先から頭の天辺まで見下ろす。

 されど、自身が最初に感じた違和感に変化はない。確定的な事実にしかし未だに疑問を抱きつつ、それを口にした。

 

「お主……神の恩恵を受けておらぬのか? 全く神の気配を感じぬぞ?」

 

 男を一目見た瞬間、神であるカーリーは分かった。男がどこのファミリアにも参加していない、つまりは神の恩恵を受けていないことに。

 神の恩恵。人間の持つ可能性を引き出し、器の昇格を果たせば魂、つまりは存在としての位階を上げられるという下界における最大級の奇跡。これの優劣がそのまま実力の優劣につながり、これを持つ者と持たざる者では絶対的な境界となるという、下界における理。その匂いがこの男からは全く感じられなかった。

 にわかに信じがたい事実であった。これまでこの男がなぎ倒してきた者たちは皆カーリーの恩恵を受け、中にはレベルアップを果たした者もいた。それなのにこの男はそれら全てを打ち倒してきたというのだ。ただただ自身が磨き上げてきた武のみで。

 そんな驚きを隠せないカーリーに男は下らぬ、と吐き捨てる。

 

「カカカッ……! 当たり前じゃ、神の恩恵なぞ結局はその人間の潜在能力を引き出しやすくしているだけに過ぎんわい。なぜ、その様な物の為に頭を下げねばならんのじゃ?」

 

「ヒヒヒッ! 確かに、確かに。言われてみればその通りじゃ。戦士たるものそう易々と首を垂れるというのはふさわしくない」

 

 神たる自分に神に首を垂れるなど下らんと言い切る男の豪気にカーリーは愉快気に笑った。

 神が降臨して久しい今でも神の眷属にならない者は多い。しかし、それは気まぐれな神の放蕩に振り回されたくないからで、目の前の男の様に下らぬから、という傲慢極まりない考えで拒むものは皆無だ。

 かつて神が降臨する前、人間たちはこの男の様に神の恩恵を受けずにモンスターと戦っていたという。

 だとするならば、かつて地上にはこのような無頼漢が溢れていたのだろうか。それなら随分と勿体ないことをしたものだな、とカーリーは思った。

 

「さて、本題に移ろうかのう。何故お主をここに誘ったか、じゃったな。答えは簡単じゃよ、お主、妾の眷属にならんか?」

 

「カッ! お断りじゃ!」

 

 カーリーの勧誘に男はにべもなく断った。考える素振りも、取り繕うとすらしなかった。神たる自分の誘いに対し、あまりに不遜、無礼な振る舞いだった。

 だが、カーリーは気分を害さない。むしろそうでなくては、とすら思ったし、加えて諦めるつもりもなかった。

 

「ヒヒヒッ! そうじゃな、そうじゃな! お主はそうでなくてはならん。しかしのう、そこではいそうですか、とあきらめる程に妾は諦めが良くはないんじゃよ。だから」

 

 お主には神と人間の埋めることのできぬ、絶対的な差という物を教えてやろう、とカーリーは呟くとゆっくり目をつむり、そして——

 

『——跪け』

 

 神威を開放した。

 神威。神が下界に降りる際、全知全能の力のほぼ全てを封印するのだが、その数少ない例外の一つ。人間に対する絶対的な命令権とも言うべき神の威光。これに晒された人間は老若男女、どのような種族であろうとも、どのような英傑であろうともただただひれ伏し、その身命を捧げるという。

 事実、闘技場にいた見物客たちは皆一様にひれ伏し、首を垂れていた。若いものも老いたものも強者も弱者も、四肢を砕かれ半死半生のアルガナですら首を垂れんと傷ついた体を捩っていた。

 これこそが神の持つ権威。神は聳え、それに人はただただひれ伏すしかないのだと万人に示し理解させる、絶対的な覇気。

 最早この闘技場に立つのは神であるカーリーただ一人だけ——

 

「カカカッ! もう一度言うぞ、お断りじゃ!」

 

「なっ——!?」

 

 ——の筈であった。尚もカーリーを挑発的に見上げる、目の前の男がいなければ。

 あり得ぬ、という言葉が口から漏れた。

 前述の通り神威とは神の威光。普段、下界の強者たちが纏うような威圧感とは次元が違う。

 絶対的な存在力の差とも言うべきそれは、最早魂をも握りつぶす呪詛に近い。

 カエルが蛇の前で凍り付く様に、蟻が巨龍を前にした様に。彼我の差も分からぬ程の存在としての大きさの違いにただただ心がへし折られるのだ。

 それを前にしてどうして目の前の男は立っていられる。あまつさえ、薄笑いを浮かべ、この程度か、と侮蔑できるのか。

 理由は一つだ。

 この男は意志の力などではどうしようもない絶対的な現実、それを他ならぬ意志の力でねじ伏せたのだ。

 パクパクと言葉を失ったカーリーを愉快そうに見上げながらも男は嘲笑う。

 

「どうしたんじゃ? 何も言わぬのか? 人間一人に断られたぐらいで」

 

「……むっ!? ああ、すまぬすまぬ。流石に予想外だったんでな、自失してしまったわい」

 

 あからさまにこちらを見下した態度をとる男の姿にカーリーは臍を噛む。神たる自分が人間に見事にしてやられたことに、そして何よりも目の前の男を諦めるしかないという事に。

 

「ヒヒヒッ! 口惜しいのう。どうしても手に入れたいのに、手に入らず。そしてだからこそ、それが欲しくて欲しくて堪らんというのは」

 

「世の中なんぞ、そんな物じゃわい……さて、見世物もこれで全部お終いかのう。だとしたら儂は帰らせてもらうわい。全く、ここならば存分に死会うことができるかと思ったがとんだ無駄足じゃったわい」

 

「ハッハッハッ!! お主、妾が言うことではないが少しは礼儀という物を弁えるべきじゃぞ?」

 

 いきなりやって来て国中を滅茶苦茶にしておきながらのこの物言いにカーリーも呆れ半分に苦笑し、閲覧席からここまでの男の道程である城下町を見やる。

 街には死屍累々とばかりにアマゾネスの戦士が転がっており、建物の破壊や切断も目立つ。事情を知らなければ戦争の後か魔物の襲撃でもあったのかと見まがうばかりだ。

 これは後始末に苦労しそうだ、とカーリーが考えている内に男はスタスタと歩き出していた。

 全く、どこまでも勝手な男だとカーリーは呆れ、そこでふと思い浮かんだ。

 

「おお! そうじゃ、そうじゃ。戦士よ、お主に一つ聞きたいんじゃが!」

 

「……」

 

 しかし、男は無言。完全にカーリーのことなど眼中にないのだろう。

 流石のカーリーもこれにはカチンときた。

 

「おーい!! 妾が聞いとるんじゃ、こっちを見ぬか! これだけ、暴れてくれたんじゃ。お代のかわりに質問の一つでも答えるぐらいかまわんじゃろうが!」

 

「……なんじゃい?」

 

 心底、面倒くさそうに男は振り向いた。この男にも一応は神への敬意があったのだろうか。いきなり襲い掛かって来るなんてことはなく、無礼極まりないもののカーリーの質問に答える様子ではあった。

 

「フン! 本当に傲慢極まりない男じゃわい。それ程の強さが無ければ極刑に処す所じゃ。まあ、よいわ。お主に聞きたい事というのはの、理由、じゃ」

 

「理由、じゃと……?」

 

 女神の言葉に男は訝し気に問いかける。

 

「うむ、理由じゃ。お主は強い。誰よりも、じゃ。じゃからこそ、聞いてみたいのじゃよ、一体、どうしてそこまでの強さを身に着けようと思ったのかをな」

 

「何じゃ、どうすればそこまで強くなれるのか、なんてつまらんことを聞くかと思とったが、随分変わったことを聞くんじゃな?」

 

「強さの秘訣か……確かにそれも興味があるがの、そんなもん詰まる所は研鑽を積む以外ありえんわい」

 

 カーリーは自分に傅く眷属たちに目を向ける。傷だらけの敗者の彼女たちに向けるその目には隠しようのない失望が浮かんでいた。

 

「結果には必ず、原因がある。人が強さを極めんとするにはそれ相応の理由が必要じゃ。妾はそれを最強の戦士になるという目標以外の全てを切り捨てさせることで成し遂げようとしたんじゃが……まあ、結果は見ての通りじゃ」

 

「なるほどのう……儂の原動力の正体を知ればこやつ等も少しはマシになるかと思ったという訳じゃな」

 

 うむ、と頷くカーリーに男は一瞬考えこんだ後に一言で言い切った。

 

「手ぬるい」

 

「なに?」

 

 カーリーは聞き返した。

 

「お主の目標は手ぬる過ぎると言ったんじゃ。最強の戦士じゃと? そんなもん結局は人間という枠組みも超えられぬ、敗北者ではないかのう」

 

「待て、お主は何を言っとるんじゃ?」

 

 言っている言葉が分からなかった。いや、意味は分かる。この男は人間の枠に収まることなく、その限界を超えろと言ってるのだろう。しかし、超えられないからこそ限界は限界なのだ。それを成せる人間がいるとするならば、それはもう人ではなく——

 

「ワシの目標、それは人の領域を超え、神の領域へと達すること」

 

「なに——?」

 

 あり得ぬ言葉に今度こそカーリーの思考は止まった。

 今、この男は何と言った——? 神に至るだと——?

 何という傲岸だろうか。何たる不遜だろうか。

 そんなことは不可能だ。人間如きが身の程を知れ。

 カーリーの常識が、神としての矜持がその内側で大声を上げていきり立つ。

 だというのに、その口から飛び出たのは全く異なる、歓喜の狂笑だった。

 

「クククッ……! イヒヒッ!! ハーハッハッハッ!!」

 

 神の玩具にしか過ぎなかった者たちが自分たちに反旗を振りかざすという光景を想像しカーリーは腹を抱えて笑い転げた。

 それは何と屈辱的な光景だろうか! そして、なんという甘美な光景だろうか——!

 

「……汝こそが真の戦士」

 

 大瀑布の如きカーリーの爆笑だけが響く闘技場に、雨だれの一滴の様な一人の呟きが聞こえた。

 それはテルスキュラにおいて偉大な戦士を讃える祝詞である。

 戦士の偉業を讃え、そしてまたいつか自分もと己を鼓舞する祝福であり、挑戦の言葉。

 降り始めの小雨の様なそれはやがて呼び水となり、さざめきとなって周囲へと伝播する。気が付けばカーリー自身も喉を枯らしながら、笑いながら、大合唱をしていた。

 そして遂には闘技場を、城を、そして遂には国をも揺るがす大合唱となる。

 

「汝こそが真の戦士! 汝こそが真の戦士! 汝こそが真の戦士!」

 

「……フン」

 

 男は自分を讃える言葉を背に受けながら歩き出していく。

 そんな男をカーリーたちはいつまでもいつまでも、男の姿が見えなくなっても讃え続けるであった。

 

 

 

 

 

「ん——朝、か」

 

 窓から差し込む朝日にカーリーは目を覚ました。苛む頭痛に顔を顰めながらも慣れた手つきでポーションを棚から取り出し呷る。

 一息をつくとすぐに効力を発揮し嘘のように頭痛が治まる。

 この一連の流れも最早何度繰り返したか分からない程に慣れ親しんだものだ。つまりは、それだけの年月が経っているというわけだが。

 

「——はあ」

 

 再びため息をつき。何とはなしに窓から外界を除く。

 既に日は登り始めており、街には多くの人間たちがそれぞれの日常を始めていた。

 きっと皆、新しい一日の始まりに心を躍らせているのだろう。あの日から時間が止まったままの自分を置いて。

 あの日を境にカーリーは変わった。あれ程までに戦いと流血を楽しんでいたのにぱったりとその様な催しを楽しめなくなったのだ。

 無論、博愛精神に目覚めたという事ではない。理由は明白、自分の理想像、真の戦士を目の当たりにしまったからだ。

 一度でも完璧なる戦士を目にした女神には今更まがい物の戦士の闘争を見た所で何の感慨も抱けなくなってしまったのだ。

 その事実に気づいたカーリーの行動は早かった。眷属たちを集めると、人や物、情報そして何よりもあの男が求めるであろう強者が豊かなオラリオへと拠点を移し、男の情報を集め続けてきたのだ。

 しかしながら、成果は未だにゼロ。恩恵を受けずに上級冒険者をも屠り、神威をも撥ね退ける人間の話なぞ影も形も無く、聞いた者は皆一様に鼻で笑い飛ばす。

 最近ではファミリア内でも諦めてオラリオの冒険者としての人生を謳歌している者が現れる始末だ。

 月日が経つにつれてあの日の記憶も刻一刻と色あせ、あの出会いは白昼夢か何かだったのではないかとの疑問が鎌首をもたげ始める。

 

「だが、妾は諦めぬぞ……!」

 

 ぎしりと、握りしめる窓枠が軋む。妄執と焦燥に瞳を燃やす。

 その瞳は眼下の下界ではなく、この地にいるであろう男に向けられている。

 あの男を今更手に入れようなどとは考えていない。手に入れられる様な戦力など無いし、そもそもあの男は神の下につかせるのではなく、そこから解き放つことで輝く存在だ。

 おそらくは、この地上で最も強者が集まるこのオラリオで今も人間の枠を飛び越えんとしているのだろう。

 見てみたいと、カーリーは切に願った。

 人類最強の力を手に入れて尚、足りぬとほざく男がどこまで至るのか。

 有り余る力と無謀極まりない野望が合わさった時、いかなる事象が引き起こされるのか。

 全知全能たる神で以てしても未知なる存在、人間の可能性。その究極の行く末に誰よりも戦士を尊ぶこの神は高揚し、高ぶってしまうのだ。

 

「カーリー様。お食事の用意が出来ました。食堂へお越しください」

 

「うむ。少し待っておれ、今準備をするのでな。それから、食事が終わった後で今日の指示を出すぞ。今日こそはあやつめの尻尾を掴むからな」

 

 だからこそ、今日も彼女はあの男の行方を捜しつつもオラリオ有数のファミリアの主神として、その職務に励む。

 いつか、自身のファミリアを大きく、そして強大にし、最強に至った時あの男は必ずや姿を現すであろうから。

 その時が来た時のことを想像し、カーリーは笑みを浮かべながらあの日の思い出に浸る為の自室を出ていくのであった。

 

 

 

 







 というわけで閑話も終わり、1巻の内容も終わりました。
 次回からはオラトリア2巻の内容に移ります。外伝はあまり出番のなかったベル君も積極的に関わって来ると思われますので楽しみにしていただけたら幸いです。
 それでは皆様のちょっとした楽しみになれたことを祈って筆を置かせてもらいます。



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