やはり俺の女性関係は色々とまちがっている。   作:四季妄

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始まってほしくない物語

『……なにそれ、全っ然ウケないんだけど』

 

人は必ず過ちを犯す。何故なら、人は完璧ではないからだ。

 

『結局、あなたはそうやって逃げ続けるのね』

 

だから、人よりもずっと欠けている俺は、必要以上の過ちを犯し続けたのだろう。

 

『どうして、そうなるのかなぁ』

 

間違いを、犯す。

 

『なん、ですかそれ。ふざけないで下さい』

 

間違って、間違って、間違って。

 

『面白いねぇ、君は。まぁ、それとこれとは別だけど』

 

間違い続けて、辿り着いた場所には。

 

『お兄ちゃんのそういうとこ、嫌い』

 

一人で傷付いて、全部背負ったつもりになって、格好悪くも取りこぼした馬鹿が一人だ。なんとも醜くて、なんとも救いようのない。だけど、でも。

 

「……それでも、俺は」

 

良かったと、心のどこかで思っている。思ってしまっている。あれだけ派手に(自分)(他人)もぶち壊して(壊れて)おきながら、それに満足している俺が居る。結局、全ては始まりから間違っていたのだろう。分不相応にも抱いてしまった時から、歯車は狂っていたに違いない。

 

「お前らに、苦しんで欲しくなかった」

 

誰も信じたことのない自分が、誰かのために動ける筈など無かったのだ。故に、それが褒められた行為でないと分かっておきながら実行する。

 

「俺の居ない所で笑えるなら、それで良かった」

 

本気で、そう思っていた。

 

『俺とお前じゃ、つり合わないだろ』

 

間違えて。

 

『元々、そんな仲が良い訳でも無かったしな』

 

間違えて、間違えて。

 

『無理に付き合う必要ねぇよ。むしろ一人の方が楽だ』

 

間違えて、間違えて、間違い続けて。

 

『むしろここまで続いたこと自体がおかしいんだよ』

 

ぼろぼろに傷付いた心と体を、誰にも見えないように必死に隠して。

 

『それだけですか? じゃ、俺はこれで』

 

そうして、俺は。

 

『悪いな。……これしか、知らねぇんだよ』

 

比企谷(ヒキガヤ) 八幡(ハチマン)は――。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「なぁ、比企谷。私が授業で出した課題を覚えているか?」

「たしか、『高校生活を振り返って』というテーマの作文だったと思いますが」

「あぁ、そうだな。そうだったな。で――」

 

もみもみと、眼前に座る国語教師の平塚静は眉間をつまみながらギロリと睨んで来た。やだ怖い。

 

「どうしてそれが一人である事の良さを証明する作文になるんだ……」

 

頭が痛い、とでも言うように次はこめかみへと手を持っていく。はぁ、と漏れ出たため息が冗談じゃないくらい重そうに見えた。誰が先生をこんな風に追いやったんだ。年齢か。いや、俺か。

 

「いや、基本俺の高校生活はぼっちであることから始まり、ぼっちであることに終わるので」

「まだ終わってないだろう……」

「明確な未来のビジョンがあるって素晴らしい事じゃないですかね」

「はぁ……」

 

気持ち平塚先生のテンションが一段階、いや二段階くらい下がった気がするが、何もそこまで負のオーラを撒き散らさなくてもとぼんやり考える。自分としてはかなり出来の良い作文だと思うのだが。

 

「こういう場合、普通は普段の自分の生活を省みるものなんだが」

「省みたところでぼっちに変わりありませんよ」

「君は……いや、もういい。とにかく、この作文は駄目だ。それに、読んでいると、こう、なんとも言えない気分になった」

「あぁ、平塚先生たしか独身で――」

 

ぞっと、寒気が背筋を這い上がった。見れば平塚先生が目力だけで人を殺せそうな程に睨んでいる。気のせいか殺気を伴った風も吹いているような。おかしい、ここは室内でそう強い風は通らない筈なんだが。

 

「ははは、すまないな比企谷。少しぼうっとしていた。――何か言ったか?」

「いえ何でもないですすいません書き直してきます」

 

反省と謝罪の意を込めたそれを一息で言い切る。とにかく早く言わなければ死ぬという直感が働いていたように思う。なんなの、最近の教師って生徒に殺気とかぶつけてくるの。というか殺気を放てる教師ってなんだよ。

 

「よろしい。……ところで君は、部活か何かをやっていたか?」

「いえ、特にそういうのはやってませんけど」

「友達は……いないよな」

 

作文をちらりと見ながらそう言われる。

 

「ええ、まぁ、自慢ではないですが」

「本当に自慢じゃないぞ。……彼女は、いるのか?」

 

彼女、ねぇ

――あは、なにそれ、ウケるっ。

 

「……いませんよ、そんなもの」

「ほう? そんなもの、ね。君のような年代の男子は、少なからずそんなものに憧れると思うのだが」

「彼女とか、恋人とか、居ても良い事無いので」

 

本当、良い事なんて一つもない。友達も同様。と、自分の中で再度結論を出して納得していれば、ビキリと何か嫌な音が聞こえた。

 

「それは、私が独り身だと知っての言葉か?」

 

あ、やべ、地雷踏んだ。

 

「い、いえ、そっ、そのようなことはないです、いや本当平塚先生なら彼氏の一人や二人くらい――」

「出来ないから嘆いているんだろうがァッ!!」

 

がづん、と机に思い切り拳が叩きつけられた。やべぇ、ちょっと凹んでるよ。あれを人体にやられたら間違いなく殺られる。

 

「ちょ、ひ、平塚先生、お、落ち着いて」

「……すまない。少し、あぁ、少し取り乱した。そうだな、比企谷。君のせいだ」

「えー……あ、いや、すいません」

 

あれこそが野獣の眼光というやつだろうか。

 

「少し、ついてきたまえ。部活に入っていないならちょうど良い。君に良い部活を紹介してやろう」

「いえ、遠慮しておきます。面倒ですし」

「君の心無い言葉により私は大いに傷付いた。その罰だ」

「……言っときますけど、俺、集団行動とか出来ないんで」

「そんなものアレを読めば分かる」

 

人の作文をアレ呼ばわりとは。結構頑張って書いたのだからもっと高評価を貰っても良いだろう。なんて下らないことを考えながら、すたすたと歩いていく平塚先生の後を追う。後ろ姿から漂う孤高の雰囲気(オーラ)は見習うべきだ。将来俺もああなりたい。いや結婚願望とかは無しの方向で。……本当、無ぇわ、恋とか。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「着いたぞ」

 

そう言って平塚先生が立ち止まったのは、特別棟なのに特に変わった様子もない教室だった。設置されてあるプレートを見てみれば真っ白で、何も書かれていない。不思議に思ってぼんやり佇んでいれば、先生はからりと戸を開けて中に入っていく。ちらりと覗き込んでみれば、椅子や机が置物のように積み込まれている。

 

「平塚先生。入るときにはノックを、とお願いしていた筈ですが」

 

瞬間、心臓が止まったかと錯覚するほどの衝撃を受けた。声を、その声を聞いたから、聞いてしまったからだろう。ずきりと、隠していた傷が開き始める。やめろ、勘違いだ、聞き間違いだ、何故、どうして、だって、そうだ、彼女が――こんなところにいる、わけ。

 

「ノックしても君は返事をした試しがないじゃないか」

「返事をする間もなく、先生が入ってくるんですよ」

 

懐かしい、と感じる。少しの冷たさと温かさの混じった声音は、その主が先生に対してそこまで悪い印象を抱いていないことを伝えてくる。嫌な気分だ。それだけで読み取れてしまう自分に、とても嫌気がさす。最早半ば、確信しているようなものだった。

 

「それで、今日はどのような用で?」

「あぁ、入部希望者だ。おい、何をして――」

「っ」

 

逃げた。いや、無理だろ常識的に考えて。初対面ならまだマシだった。というよりも初対面の方が良かった。初対面の誰かなら嫌々ながらも顔を合わせることだけ(・・)はできただろう。でも、彼女は無理だ。というかなんであいつがこんな所にいるんだよ。マジでありえねぇって。

 

「どこに行くというのだね?」

「ぐげっ」

 

後ろ襟を思いっきり引っ張られて首が締まり、潰れたカエルのような声が上がる。おい、やめろよ。昔ヒキガエルとか呼ばれてた過去(黒歴史)を思い出しちゃうだろ。

 

「い、いや、無理です。先生、すいません。す、少し急に腹痛が襲ってきまして」

「何をそんなに……君は、雪ノ下を知っているのか」

 

――知っているなんてもんじゃない。とは口が滑っても言えないが。

 

「そ、そりゃあ、有名人ですし」

「意外だな。君はそういうのに興味を示さないとおもっていたが。……とにかく、それなら話が早い。彼女が君の入る部活の部長だ」

「それは勘弁していただけませんかね……?」

 

ふむ、と平塚先生は手を顎に当て、ちらりとこちらを見てくる。どうやら俺の必死の様子に何かを感じ取ってくれたようだ。頼む、お願いします、ゴッド平塚。

 

「何か君にとって問題があるのか?」

「いえ、問題というか、気まずいというか」

「なんだ、そんなのはぼっちの君にとって慣れたようなもんだろう。往生際が悪い」

「ちょ、あの、確かにそうですけど違ッ」

 

ずるずると引き摺られて元の場所までリターンし、教室の中へと無理矢理放り込まれる。ちょっと、これ体罰じゃありませんか。なんて言えるような雰囲気ではない。ちらりとそちら(・・・)を見てみれば、僅かに目を見開いている。

 

「彼が入部希望者の比企谷だ。こいつの捻くれた孤独体質を更生してやってほしい。私からの依頼だ」

 

先生、知ってますか。その捻くれた孤独体質の基盤に少なからず関わっている人間が目の前にいるんですよ。それを頼むのはちょっと違いますよ。

 

「……そうですか。先生からの依頼でしたら、仕方がありません。承りました」

「そうか、なら、後のことは頼む」

 

そう言うや否や、平塚先生はさっさと教室を後にして帰っていった。ぽつりと取り残される俺。そうすると自然、沈黙が訪れる訳であって。二年J組、国際教養科というエリートクラスに所属し、学年トップの成績と学校一とまで言われる容姿を携えた美少女、雪ノ下雪乃。正直、彼女とここで過ごすのは、まずい。主に俺の精神的に。

 

「……そんなところに突っ立ってないで座ったら?」

「あ、あぁ」

 

俺の、精神的に。




何かと因縁のあるヒロインっていいよね、という気持ちから生まれた作品です。

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