やはり俺の女性関係は色々とまちがっている。 作:四季妄
四度目になるチャイムの音を屋上で聞きながら、隣に座った由比ヶ浜は少し困ったように笑う。
「あはは……、結局五六限サボっちゃったね」
「そうだな……」
なんとなしに返しながら考える。あー、やばい。これ後で平塚先生に殺気ぶつけられる奴だ。下手したら拳で語り合おうなんてこともあるかもしれない。やばい、超やばい、ウケる。むしろ俺のテンションがやばかった。
「まぁ、なんだ。お前はともかく、俺は居ても居なくても特に気付かれないからな」
「またそんな事言う……。てか、一応メールで伝えてあるから」
「……は?」
メールで? 伝えてある? 一体この子は何を言っているのだろうか。信じられないと言った目で由比ヶ浜をじっと見てみれば、彼女は少し焦りながらもこてんと首を傾げる。
「えっと……優美子にさ、ヒッキー連れて保健室行くからって……」
「……二時間連続とかどんな重病人だよ俺は」
「大丈夫大丈夫。ヒッキーいつも顔色悪いし」
全然大丈夫じゃないんだけど。え、というか俺ってそんな顔色悪いの。なんて自分で気付かなかった意外な事実に驚いていると、すくっと立ち上がった由比ヶ浜がぱんぱんと手でスカートをはたく。おい、あまり近くでそういう事をするなよ、変に意識しちゃうだろ。
「よっし、じゃあ行こっか」
「おう、行ってこい」
「何言ってんの? ヒッキーも行くでしょ?」
当然のようにそう言いながらこちらを振り向いて、まるで「この人の頭大丈夫かな?」みたいな視線を向けてくる。これが雪ノ下だったら「なんなのこの人死ぬのかしら」的な酷く冷たいものだったに違いない。全くもって、こういう想像をする自分は、本当に浮かれているのだと自覚した。
「……行くって、どこにだよ」
「えっと、奉仕部? の部室的なところ?」
部室的なところってなんだよ。あそこは多分正真正銘の部室だと思うぞ、恐らく。確実性がまるであるようで無い己の思考に、まぁ入部して数日だからなぁとぼんやり考えながら腰を上げた。
「お前、依頼とかあるのか」
「あー……うん。まぁ、とにかく行くっ」
ほらほらと後ろから由比ヶ浜に押されて、さっさと屋上を後にする。ふと、彼女はこんなにも強引だったろうかと疑問が浮かんだ。未だ忘れていない記憶を引っ張り出してみると、確かに他の誰かと居る時よりかは自分を出していたように思う。しかしながら、それでもここまでのものでは無かった。だとすれば、そう変えてしまうほどの事が、彼女の中であったのか。
「……由比ヶ浜」
「ん? なに、ヒッキー」
自惚れでなければ、それを引き起こしたのは一体誰なのだろうか。
「本当、悪かった」
「……いい。良いよ。
にへらっと笑って由比ヶ浜は答える。その顔は正に、幸せの最中に居るというような表情だった。対する俺はどうだろうか。自分の顔は見ることができない。けれど、もし近くに鏡があって偶然目に入ったとすれば。
「……そうか」
それは大層、気持ち悪い表情をしていただろう。
◇◆◇
がらりと扉を開けて中を覗けば、既に雪ノ下は椅子に座り本を読む体勢であった。ぴくりと反応して顔を上げた彼女と目が合い、しばしの沈黙が訪れた。会うまではそこまででも無かったが、こうして実際に顔を合わせると普通に気まずい。パタンと本を閉じる音で、それが破られる。
「……教室に居ないから、もう帰ったのか来ていないのかと思ったのだけれど」
「あー……まぁ、ちょっと、な」
がしがしと頭をかきながらそう言って誤魔化す。あれをきちんと説明するのはちょっとどころじゃ無いくらいに恥ずかしい。最早羞恥プレイの域である。すっと目を逸らして詳しく話す気は無いと言外に伝えれば、雪ノ下はそれ以上追求はしてこなかった。のだが。
「由比ヶ浜さん?」
「う、うん、えと、あはは……」
「……そう、あぁ、なるほど」
どうやら追求するまでもなく答えを導き出したらしい。うんうんと一通り頷いた後、きっと鋭い視線がこちらを射抜く。思わず肩が跳ねた。や、お前のそれ本当怖いから、慣れる以前の問題だから。とは言え怖さだけなら
「ええ、大体理解したわ」
「雪ノ下さん凄い……」
由比ヶ浜が純粋に驚いている。そんな反応が予想外だったのか、こほんと咳払いをしながらふいっと雪ノ下はそっぽを向いた。
「……ところで、どうしてあなたがここに?」
「あ、えっとね。ここって、生徒のお願いを叶えてくれるとこなんだよね?」
「少し違うかしら。奉仕部はあくまで手助けをするだけ。願いが叶うかどうかはあなた次第」
彼女特有の冷たさが言葉に籠る。しかし由比ヶ浜は気にした様子もなく怪訝な表情で問いかけた。
「どう違うの?」
「飢えた人に魚を与えるか、魚の獲り方を教えるかの違いよ。ボランティアとは本来そうした方法論を与えるもので結果のみを与えるものではないの。自立を促す、というのが一番近いかしら」
たっぷり三秒ほど。由比ヶ浜はぽけーっと話を聞いた状態で固まっておきながら、はっとして口を開いた。
「な、なんかすごいねっ!」
駄目だこいつ、絶対今の話の半分も理解出来てない。目から鱗で納得しましたっ! なんて表情をしている由比ヶ浜を横目に息を吐く。元々彼女の頭が残念だというのは知ってはいたが、こうして期間をあけた後に体感するとより酷くなっているように思えるから不思議だ。
「必ずしもあなたの願いが叶うわけではないけれど、できる限りの手助けはするわ」
「あの、じゃあ……クッキー、作りたいんだけど」
ちらっと俺の方へ視線が向けられる。別に俺はクッキーではない。クラス内で空気扱いだから語感似てるよね、なんてことを由比ヶ浜が考える訳もない。語感という言葉自体を知っているかも怪しいからな。
「えっと、
あぁ、そういう事ね、だから俺の方を見たのか。確かにこれは少し恥ずかしい。周りの空気に敏感なぼっちのくせに読み取れなかった俺の失態だ。あ、由比ヶ浜と関係修復したからぼっちじゃなくなったのか。だが長年鍛え上げたぼっちスキルがこの程度で失われる筈がないと信じたい。
「料理とか、その、あまり得意じゃなくて……」
「そういう事なら構わないけれど」
はぁ、由比ヶ浜が料理。思い返してみればたしかに彼女は手作りのものを振る舞ったりはしなかったし、何かそういうことを言いもしなかった。バレンタインとか来る前にああなってしまったから、チョコレートや何かがどうだったのかも知らないのである。……どうしても今、由比ヶ浜のことを考えると行き着く先が黒歴史になるのは不具合かなにかかな?
「なら、家庭科室を借りるのが良いでしょうね」
「あ、うん。だってさ、ヒッキー」
「あ? お、おう。そうだな」
流れで肯定すれば、じろっと二人から一気に視線を貰う。感じからするにどちらも良いものでは無い。なんとなく、悪くも無いのは分かるが。
「あなた、話を聞いていたかしら」
「……聞いてたから、睨むな。クッキー作るんだろ」
「それなら良いわ。家庭科室へ行きましょう」
栞を挟んだ本を机に置きながら、雪ノ下が立ち上がって言う。続くようにして由比ヶ浜もさっと腰を上げ、たたっとこちらに近寄ってきた。え、なに、唐突に何のよう? と困惑していれば、目の前まで来た由比ヶ浜にだらんと下げていた右手をがっしと掴まれ、ぐいぐいと引っ張られる。
「おい、ちょ、待っ」
「ほら、ヒッキーも行くよ!」
「分かった。分かったから、引っ張るなよ……」
教室を出れば先頭に雪ノ下、後を追うように由比ヶ浜、最後尾に俺がつく。ところであの、由比ヶ浜さん? 自然となってるけど手を繋ぐ必要性とかありましたかね。俺分かったって言ったんだけど。……結局、そう思いながらも自分から振り解かない俺も俺だ。
「……本当、何がしたいんだろうな、俺」
ぼそりと呟いた言葉は、けれども、ずっと気楽に吐けていた。比企谷八幡は人として弱い。一人になろうとしてなり切れないくらいには弱い。だから、こうして居たいと思える相手と過ごす時、心に刻み込むのだ。
今度こそは、上手くやる。
そう、今度こそは。
――今度こそは。
少し間をあけて申し訳ありません。以下言い訳ですので読み飛ばしてもらって構いません。
元々拙作はさっさとヒロイン全員出して適当に終わらせようとペンを走らせていたのですが、ふと見てみれば予想以上の方に読んでもらえていることを知り「このままではやべぇ」と。
流石にこれで原作一巻打ち切りendでは不味いので、プロットを書き換えて終わりまでの構成がなんとか完成しましたので、こうして投稿を再開した次第です。
正直だらだらと長く続けてしまうとエタるのかもしれないので、気力のあるうちに書いて完結まで持っていきたいと思います。