やはり俺の女性関係は色々とまちがっている。 作:四季妄
「でさー、本当面白くてねー」
「あの、えぇ、それは分かったから。その、由比ヶ浜さん? 近いわ、距離が」
「えー、そんなことないって。ゆきのん」
「ゆき……? ちょっと、その呼び方は何なのかしら」
楽しげに話す雪ノ下と由比ヶ浜の後ろを、ぼうっと虚空を見つめながら歩く。あれから数日、何故かというか本人の要望により奉仕部へと入った由比ヶ浜は瞬く間に雪ノ下と打ち解け、二人で微妙な空気の漂っていた部室はほんのりとした穏やかさを持ち始めていた。
「いいじゃんゆきのん。可愛いし」
「いえ、気持ち悪いからやめてくれるかしら」
「ちょ、ゆきのんひどっ! ねぇ、ヒッキーはどう思う?」
「あ? ……あー、まぁ、なんだ、良いんじゃねえの」
唐突に話を振られて適当に返す。雪ノ下からのどうにかしろとの視線はスルーしておいた。分からない分からない、こんな凍える様なものなんて分からない。しかしながらその生返事を由比ヶ浜は感じ取ったようで、あからさまに息を吐きながらじとーっとした目を向けてくる。
「ヒッキーてきとー過ぎるし……」
「諦めなさい由比ヶ浜さん。この男は元々適当さもとい人間的に駄目な要素を詰め込んでいる人間よ」
「そこまで酷くねぇよ……」
我ながら恐らくそんなにでは無いだろうと希望的観測をしておく。俺だって駄目じゃない要素がどこかにはある筈なのだ。例えば、そう、つまり、あの、なんだ、えっと。……あれ、思い付かないんだけど。
「まぁ、ヒッキーはなんだかんだで優しいよね」
「そのなんだかんだに問題があると思うのだけれどね」
「なんだかんだって何だよ」
好き勝手言ってくれる女性陣の横をスタスタと通り抜け、見えてきた部室の扉まで早歩きで進んでいく。なんだか余計な傷を作りそうだと本能が囁いたのだ。ならば従っておいて損は無い。がらがらと無造作に開いて中へ足を踏み入れば――
「うぉっ……」
不意に風が吹いて、ばさばさと大量の白いプリントが宙を舞う。この海辺に立つ学校特有の風向きで、潮風特有の匂いだった。まるで手品か何かのように白い紙が撒き散らされた教室の中、妙に見覚えのある出来るだけ視界に収めたくない男が居るような気がする。
「ふ」
にぃと、口元が引き攣る。
「ふふ、ククク、まさかこんな所で会うとはな。――待ち侘びたぞ、比企谷八幡」
「……矛盾してるからな、材木座」
まぁ、こんな大胆でボス的な登場を実際にやってのけて痛い奴、つまるところの中二病患者がこいつ――材木座義輝だ。はは、俺も若い時はあれくらい痛かったのかなぁ……なんて心を抉られそうになるのは経験した者にしか分かるまい。折本に爆笑されたのは今となっては思い出したくない良い思い出だ。
◇◆◇
材木座の依頼は、要約すると「小説書いたので読んで感想ください。ネット? 怖いからやだ」とのことだった。絶対ネットよりも雪ノ下の方が厳しい評価を下すだろう事は分かっていたが、何事も経験だ。一度あいつの毒舌にズタボロにされていれば以後叩かれても強く在れるだろう。というのが今適当にでっち上げた流されるがままに流された自分の思考である。
「やべぇ……眠ぃ……長ぇ……つまんねぇ……」
絶賛徹夜で材木座の小説を読んでいるのだが、もう限界が近い。無理。これあと半分くらい残ってるんだけど……。ペラペラと適当に捲ってそのままばーっと投げ捨てたくなる気持ちを抑えながら一枚一枚読んでいく。何はともあれ一生懸命書いたものなのだろうから、読まなくては失礼……いやでも材木座だしなぁ、大丈夫かなぁ。なんてぐらっぐらに体も心も揺れ始めた時だ。
「ん? ……電話、誰だ……」
普段ならば絶対に鳴らないであろう携帯が着信のサウンドを奏でる。小町は家に居る、というかもう寝てる。だとすれば俺へと電話をかけてくる知人なんて数える程もいない。言ってしまえばゼロ。ゼロから始めるぼっち生活、なんつって。と深夜の変に高いテンションで携帯を引っ掴み通話ボタンを押した。
「うす」
『もしもし、今、大丈夫かしら』
電話越しの声はどこか、というか最近随分と聞き覚えのある声だった。
「……雪ノ下か」
『ええ、そうだけれど』
「お前、俺の電話番号どこで……あぁいや、そういや教えてたな……」
『それすらも忘れていたの?』
はぁ、という溜め息が聞こえてくる。本当にすっかりと頭から抜け落ちていた。大体あれから電話もメールも何も連絡は取らなかったのだから、とっくの昔に消して忘れているだろうと。予想に反してこの通り残しておいたようだが。
「で、何の用だよ。俺は今材木座の小説を読んでるんだが」
『まだ読み終わって無かったの?』
「……お前は終わったのかよ」
『えぇ、つい、さっき……ね……ふぁ』
眠そうにあくびを漏らす雪ノ下は普段なら考えられない。本気でお疲れモードみたいだ。ちらりと時計を見てみれば既に時刻は夜中の二時を回っている。ニートにとってはここからが本番だ。学生はとっくに床へついておくべき時間である。
『ごめんなさい。……あとどれくらいなの?』
「半分くらいだな」
『そう……頑張りなさい』
「お前は……お疲れ様、だな」
俺もなかなか疲れているのだが、一応労いの言葉くらいはかけておいた方が良いだろう。思えばこの時の俺は眠気と深夜のアレな気分でおかしくなっていた。気付いたのは勿論翌日になってからだ。
『あら、やけに捻くれていないわね。電波が悪いのかしら』
「それはどういう意味だ」
『ふふ、冗談よ。……ねぇ、比企谷くん』
「なんだよ」
携帯を耳に押し当てながら原稿用紙をぺらぺらと捲っていく。眠気の方は雪ノ下のお陰でなんとかなっているが、つまらなさはどうしようもない。材木座が実力を上げる他ない。
『私はいつでも構わないわ』
「……」
ぴたりと、手が止まる。
「雪ノ下、それは……」
『あなたから折れるのであれば、それもまた良しということよ。いつまでも意地を張ってはいられないもの』
「……なんか、変わったか、お前」
『誰のせいなのかを考えてみなさい』
珍しく、本当に珍しく、雪ノ下雪乃は答えをそのまま叩き付けてきた。優しいということは知っている。だが彼女は同時に厳しくもある人間だ。答えへ繋がる道筋を示そうが、その先の答えを自分から告げることは殆ど無いと言ってもいい。
「らしくない、な」
『少し疲れているの。これくらい良いでしょう?』
「そういうもんかね……」
『そういうものよ』
由比ヶ浜だけではない。雪ノ下のこの変化にも、少なからず関わっている。自分はそんな大層な人間ではない。本当にそう、誰かに変化を促すほどの人間ではないのだ。むしろ誰かから変化を促されていた。近くあった例でいうなら、由比ヶ浜がそれだろう。
『それに今のあなたもらしくないでしょう』
「いや、それは、あれだ。眠気とかでな」
『なら私も同じよ』
「……お前な」
くすくすと、雪ノ下が笑う。それに俺は苦笑で返して、止めていた手を再度動かし始める。不思議なものだ。夜に部活動関連のことをしながら、その部活仲間と電話など、ぼっちには考えられないくらい青春をしていると言えるな。人間強度が著しく下がっていた。元々そんなに強い訳ではないが。
『っ……、そう、ね。もうそろそろ、寝るわ」
「おう、そうか。じゃあ、な……おやすみ」
『えぇ、おやすみ』
プツン、とそこで通話は途切れ、ふと静寂が訪れる。僅かに感じた寂しさを誤魔化すように欠伸を一つしながら、意識を材木座の小説に戻した。結局全て読み終わり布団を被ったのは、四時を過ぎた頃だった。
◇◆◇
「で、これなんのパクリだ?」
「ぐふぉっ」
「あなたがトドメをさしているじゃない……」
「ヒッキー」
気持ち悪い声を上げながら崩れ落ちる材木座を見ながら少し言い過ぎたかと思うも、どうせ材木座だから良いかと切り捨てた。俺と奴の関係なんてそんなもので、特別仲良くしている訳でも絶対に裏切らないという確信があるのでもない。そういうのは、
「……? なにかしら、比企谷くん」
「いや、なんでもない」
それでも結局裏切ってしまっては元も子もないのだ。
「……悪い」
「それは何のことを言っているのかしら」
「色々だよ」
「ならもっときちんと謝ることね」
そりゃそうだ、と自嘲しながらそっぽを向く。いつか雪ノ下とも、きちんとやらなければならない。それは理解している。けれども、まだ。
「……また、読んでくれるか」
このぬるま湯に浸かっていたいと思うのは、間違っていない。行動自体は間違っているけれど。
「あぁ、読むよ」
覚悟を決めなければならない。
――俺の生涯で一人の親友相当にあたる彼女と、距離を戻す覚悟を。