やはり俺の女性関係は色々とまちがっている。   作:四季妄

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彼女みたいな彼の事情

誰かの顔色を窺って、ご機嫌をとって、連絡を欠かさず、話を合わせて、それでようやく繋ぎとめられる友情は、本当に友情と言って良いのだろうか。俺はそう思わない。そんな面倒臭い過程を青春と呼ぶのなら、俺はそんなもの要らない。故にこそ、思う。

 

『まるで死んだ魚のような目ね』

『うるさい残念毒舌雪女』

 

顔色なんて気にもせず、機嫌はむしろ悪化させることが殆どで、連絡もぼちぼち、話はドッヂボールじみた殴り合い、それで繋ぎとめられていた友情は果たして真の友情なのだろうか。

 

『あら? こんなことも出来ないの?』

『むしろお前は俺に出来ると思ってたのか?』

『いえ、全然』

『そこはお世辞でも少しとか言えよ』

『私、暴言も失言も吐くけれど、虚言だけは吐いたことがないの』

『嫌なセリフだなおい』

 

マジ四六時中こんな感じだった。もうノーガードで殴り合ってる状態。ただし人間的スペックの差で俺が一方的にやられていたような気もする。仕方ないね、男子と女子が言い合いになって勝てる訳もない。相手が雪ノ下雪乃なら尚更だ。

 

『……あ』

『……っ』

『や、すまん。これはマグレだ。マジで。ほら、俺が雪ノ下に勝つなんてのは』

『えぇ、えぇ。分かってる、分かっているわ。だからさっさとラケットを構えなさい比企谷くん……?』

『目が本気だよ怖ーよお前テニスで殺意向けんなよ……』

 

時折負けず嫌いな彼女に勝ってしまった場合は本当に大変だった。否定する気もなくなるくらい必死の形相を向けてくるのだ。怖くて怖くて仕方なくもう一度。結果として俺はフルボッコにされ、雪ノ下は小さくガッツポーズをとる。その光景を見る度に、思っていた。

 

こんな風に過ごすのも悪くない、と。

 

『……なぁ、雪ノ下』

『なにかしら、比企谷くん』

『お前、友達とかいるのか?』

『先ず友達という定義がどこからどこまでを言うのかを決め――』

『あー、もういい。なんとなく分かったから』

 

出会い方からしてあまり良い印象は持たなかった。態度を見て一切の好意を持たなかった。口調からして仲良く出来る訳がないと思った。性格を知ってこいつとは馬が合わないと確信していた。

 

『でも、そうね』

『あ?』

『一人、友達と思ってもいい人間ならいるわ』

『……へぇ、そうか』

 

実際に接して、こいつならと思い始めていた。

 

『そういうあなたはどうなの?』

『俺はほら、孤高を極めしぼっちだから』

『いいからさっさと答えなさい』

『……一人、いるよ。友達みたいな奴が』

 

雪ノ下雪乃は、俺の人生にして初の友人である。

 

『――』

『――っ』

『……お前は違うのか?』

『……そう、なら、もういいわ』

『あぁ、もういいだろ』

 

同時に、数少ない俺という人間の理解者であった。

 

『――馬鹿ね』

『……、』

 

馬鹿でいい。実際に俺は、大馬鹿野郎だったのだから。

 

『……これで、いい』

 

雪ノ下雪乃に、下手な誤魔化しが通用する筈がないということを忘れていた大馬鹿野郎だ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

昼休み。いつもの昼食スポット、特別棟一階の保健室横、位置的に購買の斜め後ろが俺の安息の地即ちベストプレイスである。いやーまじ安らぐ。世間の荒波とか社会の厳しさとか現実の辛さでぼろぼろになった体がとても回復する。ぼうっとなんでもない景色を眺めながら、購買で買った適当なパンを食んで咀嚼した。

 

「……なんつーか、なぁ」

 

ぽつりと言葉を漏らしてから、瞬時に嫌気がさしてがりがりと頭をかく。駄目だ駄目だ、あの一件以来着々とぼっち(ぢから)もとい人間強度が下がっているような気がする。しっかりしろ比企谷八幡、お前の孤独精神はそんなものでは無かった筈だ。

 

「これもあれだな。由比ヶ浜のせいだな」

「へっ!?」

 

返ってくる筈のない反応が返ってきた。驚いて後ろを振り向けば、由比ヶ浜が吹いてくる風で捲れそうになるスカートを抑えながら立っている。

 

「な、なんでヒッキー分かったの……? 変態?」

「いや馬鹿違ぇから。ただの偶然だから」

「え、そ、それは、えと……ひ、ヒッキーがあたしの名前を偶然言ってたって……こと?」

 

確かにそうだけれど何か言葉に語弊があるようなのは気のせいだろうか。とにもかくにも一先ずそれは置いておき、残っていたパンを口に放り込んでから由比ヶ浜に問いかける。

 

「んぐっ……。で、なんでここにいんだよ」

「あ、うん。実はね、ゆきのんとジャンケンして罰ゲームって奴でね」

「……俺と話すことがですか」

 

なにそれちょっと昔の黒歴史掘り起こしそうなんでやめてもらえますかごめんなさい。おいふざけんなこれも歴とした黒歴史なんですけど? と一人脳内負のスパイラルを繰り広げる俺に、ぶんぶんと由比ヶ浜は手を振って言ってくる。

 

「違うって。もう、ヒッキーはそんなだからゆきのんに色々言われるんだよ」

「別にいいだろ、それは。てかじゃあなんだよ」

「ジュース買ってくるってやつ。ついでにヒッキー居るかなーと思って来たらほら、あんじょうの?」

「案の定な。あんじょうのってなんだよ」

「わっ、分かってたし! ちょっと言い間違えただけじゃん!」

 

いや絶対分かってなかっただろお前、とは言わなかった。言ってもどうしようもない。由比ヶ浜の頭は由比ヶ浜自身がどうにかするか雪ノ下にどうにかしてもらうかしないとなぁ……それでも駄目ならもう無理だ。やべぇ由比ヶ浜さんマジぱねぇ。と内心友人にビビっていると近くまで来た由比ヶ浜がほえっと声を上げた。見ればテニス部であろう女子がラケット片手にこちらに歩いてきている。

 

「おー、さいちゃん。練習?」

「うん。うちの部、すっごい弱いから……。お昼も練習させて下さいってお願いしてて、やっとOKでたんだ。由比ヶ浜さんと比企谷くんは?」

「ん? ちょっとした、なんてーの? 世間話?」

 

言いながらちらっと由比ヶ浜はこちらを見る。さっきまでの会話に世間的な要素は無かったと思うんですが……。むしろ馬鹿話といった方が近い。由比ヶ浜の受け答え的にも、というのは流石に酷いか。

 

「そうなんだ」

 

さいちゃんと呼ばれる女子がくすりと笑う。

 

「さいちゃん授業でもテニスやってるのに大変だねー」

「ううん、好きでやってることだし。そう言えば比企谷くん、テニスうまいよね」

 

突然話を振られて思わず戸惑う。は? 俺? どうしてこの子がそんなことを知っているのだろうか。不思議に思いながらも無視するのは忍びない。

 

「あ、おう、さんきゅ。……で、誰?

 

最後の方は由比ヶ浜だけに聞こえるよう小さく呟いておく。

 

「……そういうところだよヒッキー。同じクラスでしょ。てか体育一緒じゃん。覚えてないの?」

「は? お前女子と男子じゃ体育違うだろ」

「あはは……やっぱりぼくの名前覚えてないよね。戸塚彩加です、一応、男子なんだけど……」

 

……マジか。驚きで頭の天辺から爪先までジロジロっと見てしまう。綺麗な髪、可愛げのある顔、華奢な体躯、若干高めの声――だが男だ。そんな俺の視線を受けた戸塚はというと。

 

「あ、あんまりそんな見ないで欲しいかな。ちょっと、恥ずかしい」

「……あー、すまん。不躾だった」

「う、ううん。大丈夫」

 

なんだこの天使。大天使。もっと早く彼女げふんげふん彼と出会えていれば、さぞ素敵な関係を築けていたかもしれない。くそっ、神様の馬鹿野郎。俺が希望を持ち続けた廃れていないあの時期に何故戸塚と出会わせなかった……ッ!

 

「てか、ヒッキーってテニス上手いんだ」

「うん。こう、フォームが綺麗なんだよ」

「……まぁ、ちょっとやった事あるからな」

 

こう言ってはなんだが、ある程度上手いのは当たり前である。何故ならばテニスは彼女直々に教わったのだ。そこそこになっていなくては許されない。尤も今はそうでも無いだろうが。いや本当テニスとか最近まともにやってないもんなー相手がいないからなー。

 

『その程度かしら比企谷くん。男子として恥ずかしくないの?』

『うるせぇ……経験者が、手ぇ抜けよ……』

『私、自分で言うのもなんだけれど負けず嫌いなの』

『んなこと知ってるわ……』

 

あれは、やばかった。雪ノ下はSだ。スパルタのSでありサディスティックのSでもある。こんなことを目の前で言ったらそりゃもうどうなるかは彼女のみぞ知る。下手なことは言えない。今だと余計に。

 

「そうなんだ。やっぱり経験者?」

「言っても遊びみたいなもんで、部活とかそういうしっかりした奴じゃないけどな」

「ヒッキーがテニス上手いの意外かも」

 

俺がテニスとか本当想像が難しすぎてレイトン教授の謎解きに抜擢されそう。どっちかって言うとマリオテニスの方がやってて不思議じゃない。なんて考えていたところに、昼休み終了を告げるチャイムが鳴る。

 

「戻ろっか」

「そだね」

 

戸塚が言って由比ヶ浜が続く。こういう時に自分が付いて行って良いのかどうか悩むのは、まだ俺の精神がぼっちである証拠だろう。すくっと立ち上がってぼうっとする俺へ、くるりと振り向いた由比ヶ浜が笑いながら声をかけてきた。

 

「ヒッキーもほら、行くよ」

 

だからこういう彼女の気遣いに、ほんの少し嬉しくなってしまうのも仕方ないのだ。代わりと言ってはなんだが、一つ言っておこう。

 

「由比ヶ浜。お前、雪ノ下のジュースは?」

「へ? ――あっ!」

 

その日の放課後、雪ノ下の機嫌が少し悪く感じられたのは気のせいではないだろう。


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