やはり俺の女性関係は色々とまちがっている。 作:四季妄
それは数日後の体育の時間だった。テニス選択者である俺はいつも通りに壁と向かい合ってぽんぽんとボールを打ち続ける。ははっ、よう壁。今日は随分と調子が良さそうだな。なんて一人芝居状態の己に悲しさがあるかと言われれば気にしてないので大丈夫である。むしろぼっちとしての精神力を鍛えるのに良いトレーニングだ。ぽんぽんぽぽぽぽーんと挨拶するたび笑顔が増えそうな音を響かせていると、不意に右肩をつつかれる。
「……ん?」
一体誰だ、俺に話しかける奴なんて居たか。考えてみたが生憎一人も思い浮かばない。唯一ほんの少しミジンコ程度の可能性を持つ材木座は他の種目を選んでいるので居ないだろう。とすれば、こんなぼっちに話し掛ける物好きか人違いか。その場合非常に面倒臭い。違いますよー俺はあなたの探してる人じゃないですよーとくるり振り向いてみたところへ、右頬にぷすりと指が突き刺さる。
「あは、ひっかかった」
そう言って可愛く笑うのは戸塚彩加だ。やべぇ、予想外に顔見知りだった。こういう時にどんな対処の仕方をすれば良いのだろう。分からない分からない、ぼっちの俺には分からない。むしろ分からないことだらけで分かることなんて殆ど無い。それが俺という人間である。と流れで暗いオーラを垂れ流しそうな思考を打ち切って、ゆるく戸塚へ話しかける。
「どした?」
全然ゆるくなかった。むしろ威圧感を発している気すらする。俺の脳内イメージでは「どうしたんだい戸塚、そんな可愛い顔をして」ぐらいのものだったんだが。やだ全然キャラに合ってなさすぎる。もうちょっと自分に似せる努力をしろよ。
「うん、今日さ、いつもペア組んでる子が休みでね……だから、その、よかったらぼくと……やらない?」
正直キュンとした。仕方が無いと思う。ぶっちゃけ俺の周りに居た女子はこんな可愛い反応を示したことなんてない。思い返して、思い返して、思い返して――。
『あっはっは! マジウケる!』
『あなた大丈夫? 頭とか目とか
『ヒッキー、それはちょっとキモい……』
『すいませんそれは無理ですごめんなさい』
『比企谷くんつまんなーい』
……やっべ、俺もしかして周りの人から日常的にボコられてる? そう思ってしまうくらいの記憶だった。言ってしまえば抽出した台詞がだめだった。しかもどれが誰だか分かってしまうから余計に質が悪い。いや大丈夫最後二人は暫く顔も合わせてないから。フラグとかじゃないから、大丈夫な筈だから。
「あぁ、いいよ、俺も一人だったし」
おぉ、今度は少し爽やか気味に言えた。無論似合わないのは百も承知だが。雪ノ下に見られてたら酷い言われようだろうなぁ……、なんて考えながら戸塚と向き合って打ち始める。雪ノ下直伝テニス術は既に影も形もないくらいになまっているが、それでも一度はマグレで彼女相手に一セット取ったのだ。そこそこは出来ていると思いたい。
「やっぱり比企谷くん、上手だねー」
「そうか? なら良いんだけどなー」
「うんうん。自信持って良いと思うよー」
間延びした声と共にぽーんぽーんとラリーを続ける。時折こちらのミスで若干逸れながらも、戸塚は上手くそれを拾っていた。俺は特に苦労することなく打ち返せているところを見るに、流石はテニス部員である。本当戸塚マジ天使。などと思ったところでぽーんと跳ねたボールを戸塚がキャッチする。
「少し休憩しよっか」
「おう」
息を吐きながら座る。と、戸塚は態々俺の横まで来て腰を下ろした。え? ちょっと近くない? 最近の男子高校生ってこんなものなの? スキンシップやばくない? こりゃ腐女子が大量生産される訳だと我ながら酷いやっつけをしながら力を抜く。
「あのね、比企谷くんに相談があるんだけど……」
「……相談、ねぇ」
「うん。実は――」
◇◆◇
戸塚からの相談とは、俺にテニス部に入らないかという勧誘だった。なんでもうちのテニス部は大層弱く部員も少ない、今いる三年生が抜ければ尚更とのことで、是非ともどうかということである。勿論のことながらぼっちの自分が集団行動なんて出来ないことくらい知っているし、何より奉仕部に所属済みなので丁重にお断りした。が、その時の俺は何か別の方法でも考えてみるとか抜かしてしまっており。
「……いや、そう思い付かないだろそんなの」
「何をぶつぶつ言っているのかしら根暗谷くん」
「レパートリー多くね……。いや、ちょっと、な」
あと根暗というのは強ち間違いではないので否定しづらい。実際周りから見た俺は本当根暗感半端ない。滅多なことで喋らないし、普段ラノベばっか読んでるし、目とか超腐ってるし。いや目は関係無いな。
「テニス部を強くできないか、って相談されてな。どうにかならないもんかと」
「珍しい。あなた、相談されるような人が居たのね」
「ついこの間知り合ったばっかだけどな。それでまぁ、考えてるんだが」
がりがりと頭をかきながら、意を決して雪ノ下に聞いてみる。いや答えはなんとなく分かっているけれど。
「……試しに聞くけど。お前ならどうする?」
「私?」
すっと顎に指を当てながら考える姿勢で数秒、固まっていた雪ノ下がこちらを見ながらにこりと微笑んで、こりゃろくなもんじゃないと察した。この笑顔はどちらかと言うと駄目な方の笑顔である。無駄に綺麗なのが少し腹立つ。
「全員死ぬまで走らせてから死ぬまで素振り、死ぬまで練習ね」
「お前に聞いた俺が間違ってたよ……」
やー良かったー、あの時の俺に対する練習って雪ノ下にしてはまだ甘い方だったんだなー、んなもん耐え切れる訳ねぇだろという感想は心にしまっておく。はぁと息を吐いたところで、がらりと部室の扉が開いた。
「やっはろー!」
気楽な調子の挨拶で入ってきたのは奉仕部三人目の部員由比ヶ浜結衣である。見るからにアホっぽいとか思っても言ってはいけない。何故なら面倒なことになると学習しているからだ。でも由比ヶ浜はアホの子。と、その後ろにまだ誰か居るのに気付いた。ちょうど今話していた、テニス部員にして顔見知りの彼女げふんげふん彼だ。
「あ……比企谷くんっ」
暗い顔をしていた戸塚がぱぁっと明るい笑顔を咲かせてこちらに歩いて来る。うん、お前が女子だったら俺今頃絶対に勘違いしてる自信があるよ。流石にもうそれは無いと思いたいが。主に過去の黒歴史的に。
「ここでなにしてるの?」
「いや、ここの部員なんだよ、俺。そういう戸塚は?」
「えっと、さいちゃん困ってたっぽかったから。依頼人として連れて来たの」
なるほど、そういうことか。ナイス判断である由比ヶ浜。アホの子もたまにはやる。ふふんと無駄に大きな胸をそらして自慢する彼女は一旦スルーしておくとして。
「戸塚彩加くん、だったかしら。依頼、というのは?」
「あ、えっと……テニス強く、してくれるん、だよ、ね……?」
最初は雪ノ下の方をしっかり見ながら、けれど次第に俺の方へ視線を移しながら戸塚は言った。いやなんで俺の方を向くのか。こっちじゃなくてあっち見とかないと色々言われるからね。マジで、俺だったら。
「由比ヶ浜さんがどんな説明をしたのか知らないけれど、奉仕部はあくまで自立を促すだけよ。強くなるもならないもあなた次第」
「そう、なんだ……」
落ち込んだように肩を下げて俯く戸塚。なんともいたたまれない。ちらっと由比ヶ浜の方を向けば、こてんと首を傾げている。
「へ? え、なに?」
「なに、ではないわ。あなたの無責任な発言で一人の少年の淡い希望が打ち砕かれたのよ」
相変わらずの容赦ない罵倒は、しかし由比ヶ浜にとってあまり効果を発揮しない。良い事なのか悪い事なのかは分からないが、んーんーと首を傾けたまま彼女は言った。
「でもさ、ヒッキーとゆきのんならなんとかできそうだし」
「あ、おい馬鹿」
あっけらかんと、躊躇いなく由比ヶ浜はそう言った。それが何の問題もない一言であれば良かったのだが、そうもいかない。受け取り方によっては小馬鹿にしたようにも聞こえるそれを、そう受け取ってしまう奴がいるのだ。ここに、一人。
「……へぇ、由比ヶ浜さん、あなた、言うようになったわね。私を試すような発言をするなんて」
「あー……」
「あれ……?」
雪ノ下雪乃は極度の負けず嫌いだ。そしてどんな挑戦も真っ向から叩き潰す。むしろ真っ向からじゃなくても叩き潰しに来る。果てには無抵抗でも叩き潰す。主に俺がその例である。仕方が無いけどな。
「――いいでしょう。戸塚くん、あなたの依頼受けるわ。テニスの技術を向上させればいいのね?」
「は、はい。ぼくが上手くなれば、みんなも一緒に頑張ってくれるかもしれない、から」
雪ノ下の威圧感を前に戸塚が縮こまりながら答える。まぁ、正直学校で噂の氷の女王様に手伝ってもらうとか言われて良い予想はつかないだろう。俺ですら良い予感がしないのだから、雪ノ下雪乃の表面しか知らない人間はもっとか。そういうお前は表面以外知ってんのか、と言われたら返す言葉に苦労するが。
「放課後はテニス部の練習があるのよね? なら昼休みに特訓しましょう。コートに集合で良いわよね?」
「りょーかい!」
てきぱきと明日からの段取りを決めていく雪ノ下に、由比ヶ浜が肯定の返事をする。次いできっと俺の方へ目が向けられた。
「……俺も行かなきゃ駄目だよな」
「当然。ついでに、久しぶりにあなたの腕前も見ておきましょうか?」
「勘弁してくれ、分かりきってるだろ」
「それならそれで
……うわー、やべぇ。明日から学校行きたく無くなってくる。死ぬまでは本当やめてほしい。切実に。