やはり俺の女性関係は色々とまちがっている。 作:四季妄
翌日の昼休み、テニスコートへ行く途中に戸塚が同行したり材木座が仲間になったりしたが、特にそれらをを気にすることもなく特訓は始まった。
「まず、戸塚くんに致命的に足りていない筋力を上げていきましょう。上腕二頭筋、三角筋、大胸筋、腹筋、腹斜筋、背筋、大腿筋、これらを総合的に鍛えるために腕立て伏せ……そうね、とりあえず死ぬ一歩手前くらいまで頑張ってやってみて」
尚特訓内容については一切の責任をとらないようなものだった。聞いているだけで逃げたくなってくる。大丈夫だよね? 俺も一緒にやれとかそういう流れにはならないよね? 勘弁してくださいお願いします雪ノ下さんと心の中で祈っておく。さん付けすると俺の中で思い浮かぶ人が変わるな……姉の方に。
「おぉ、ゆきのん物知り……ん? 死ぬ一歩手前?」
「えぇ、筋肉は傷めつけたぶんそれを修復しようとするのだけど、その修復の際に以前よりも強く筋繊維が結び付くの」
人それを超回復と呼ぶ。つまるところ死ぬまでやって一気にパワーアップさせようという腹積もりらしい。しかしながらその内容は少しばかりキツすぎるような気がしてならない。
「……流石にちょっと厳しくないか?」
「えぇ、たしかに一人でやったのなら途中で投げ出す可能性が高いかもしれないわね」
「だろ? ならもっと――」
「簡単よ、
がっしと雪ノ下が俺の肩を掴みながらそう言う。にこりと微笑む表情は穏やかなのに恐怖を感じていた。脳内で必死に逃げろと訴える俺がいる。駄目だ、これは不味い時の雪ノ下だ。三十六計逃げるに如かず。しかし掴まれていて逃げられない!
「ふっ、雪ノ下。お前にしては珍しく明確な間違いを犯しているな」
「……へぇ。それは?」
「俺がこの練習を誰かとやっても放り出すといういだだだだだっ」
「決定ね。あなた、何だかんだ言って結局はやる人間だもの」
やばいめっちゃ肩ミシミシいってるから骨に響いてるから。変わらず微笑む雪ノ下の表情は怖いままだ。仕方が無いので妙に艶っぽい声を上げながら腕立て伏せをする戸塚に並んで手を付いた。ふと見れば材木座も由比ヶ浜もやっている。ちらっと雪ノ下の方を見てみれば、ん? という風に首を傾げていた。
「なにかしら」
「……どんな言葉を使ったんだよ」
「さぁ? なんのこと?」
綺麗だけど可愛くない。そんな言葉が脳裏を過ぎったのは気のせいではあるまい。大方材木座は睨まれて一発、由比ヶ浜はダイエット的なあれだろうが。昼休みは全て腕立て伏せで潰れ、俺は深夜に筋肉痛でのたうち回ることになった。
◇◆◇
そんなこんなで日々は過ぎ、遂にラケットを使っての練習へと入った。今日も元気に戸塚はぽかんすかんとボールを打っている。いやぁ可愛いマジ天使。けれども一つだけ疑問に思うことがあるのだ。とてもとても重要な、聞いておかねばならないことが。
「なんで俺もやってるんだ……」
言いながら戸塚の返してきたボールをまた打ち返す。俺と戸塚の息が合っているのか戸塚の実力が凄いのかラリーはなかなか終わらない。相性抜群とかだったら良いなぁ、戸塚男だけど。なんてどうでもいいことを考えていれば、俺の疑問へ雪ノ下がずばっと切り込んだ。
「一年も経っていないのに技術がさっぱりだからよ比企谷くん。あの時はもう少しやれていたでしょう」
「そりゃあこの数ヶ月、運動という運動をしてなかったからな」
「自慢げに言うことではないわね……」
唯一それっぽい事と言えば通学時にチャリを漕いでいることくらいである。体育とか基本やる気なくて適当に手を抜いてたし。だから団体競技は嫌なんだよなぁ。我ながら酷い思考回路だった。
「心配しなくても、ラリーを手伝ってもらうだけよ。それからは戸塚くん一人で特訓かしら」
にやぁ、と唇を歪めながら雪ノ下が言う。正直ドン引きした。うん、いや、知ってたんだけどね? 唐突にこういうのが出ると少し驚くよね? 一般的に、一般的にな、そう普通だよ普通。普通からかけ離れてるぼっちが何を言うかとかそんな声は聞こえない。
「あは、は……ぼく、大丈夫かなぁ……」
「安心しろ戸塚。雪ノ下は本当に無茶なことは言わない。……多分、大方、恐らくな」
「安心できる要素がないよ比企谷くん……」
気落ちしながらもしっかりとボールを打ち返してくる戸塚。ここ数日でよくもここまで俺との会話に慣れたもんだと何様な評価を内心で下す。ぶっちゃけ人と仲良くすることが少なすぎて経験ゼロなのだ。今まで接して来た奴ら同じく捻くれ対応をした訳だが、戸塚はそんな俺を優しく受け入れてくれた。マジ大天使トツカエル。
「……いや、そう考えると
嫌になるくらいに笑えてくる。思い返せば当然のことだった。こんな自分と話してくれるだけでなく、時間を作ってまで接してくれた優しい奴等だ。そんなところにすら目がいかず、ただ切り離すことだけを考えていた自分に笑えてくる。笑えてくる、笑えてくる。嫌な笑いだ。……あー、不味いな、数日経ったらもうこれだ。何のために由比ヶ浜と仲直りしたのか分からなくなる。
「? なんか言った比企谷くん? ごめん聞こえなかった」
「なんでもないよ戸塚。っと、ここまでか」
雪ノ下と由比ヶ浜がボールの入った籠を持ってきているのを視認して、ぽすんと態と自分で打ち上げたボールをぱしっと掴む。これから件の特訓に入るのだろう。やっと御役御免だ。ぐぐっと体を伸ばしながら近くまで来た雪ノ下へ問うた。
「次は何をするんだ?」
「特に変わったことはしないわ。こちらが投げたボールを打ち返して貰うだけよ」
「ほーん……」
「……一体なんだというの、その反応」
じっと見られながら言われて、思わず頬をぽりぽりとかく。顔が近い体が近い距離が近い位置が近い座標が近い――! という混乱を押し殺しながら答えた。
「や、お前のことだから、また死ぬまで何たら言うのかと」
「……やる気があるのなら追加練習もあるわよ?」
「悪かった、すまん。疲れで変なことを口走った」
はぁ……と額に手を当てながら雪ノ下は溜め息をつく。本心としては一切変なことではないと思うのだが、長年の人生で培われた危機察知能力が全力で警鐘を鳴らしているので誤魔化すことに徹した。雪ノ下雪乃は真っ直ぐで正しい。故に、怒らせると後々面倒臭くなるのだ。ソースは現状の俺。
「……いや、ちょっと違うか」
「? なにかいった?」
「いいやなんでも。そこら辺で休んでくる」
「あら、体力が無いのねヒキニートくん」
「体力無いのはお前だからな……」
彼女の数少ない欠点の一つだ。なんでも卒なくこなしてしまうからこそ長続きがしない。故に継続をしてこなかった雪ノ下は致命的に体力が無かった。俺が一回テニスで勝ってからは持ち前の負けず嫌い根性で少し体力を上げていたが。うん、やはりあいつの機嫌を損ねるのは得策じゃないな。せいぜい何事もないことを祈っておこう。
◇◆◇
今になってあの時のアレがフラグだったかと思い返して気付いた。意図せずして、トラブルというのは起きてしまうものだ。傍目に見て超ドギツイ特訓で戸塚がちょっとした怪我をして、雪ノ下がちょうどどこかへ行ってしまった時のことである。
「あ、テニスしてんじゃん、テニス!」
声の方を向けば、如何にも面倒臭そうな輩がぞろぞろとこちらへ来ていた。と、その中に一人見知った顔がある。爽やかな笑顔を振り撒きながら歩く男。
『気を付けなよ、君は彼女に相当気に入られているようだからね』
忠告かどうかも分からないそんな言葉を刻み付けて、それから一切関わらなかった奴。言ってしまえばよく知らない他人であり、今更ながらクラスメートだったのを思い出した。
「――やぁ、比企
「……葉山、隼人……か」
『好きなものを構いすぎて殺すか、嫌いなものを徹底的に潰すかしかしない』
結局、構いすぎて殺される前に逃げ出した俺を、こいつはどう思っているのかなんて考えながら。
「……何のようだよ」
俺はひしひしと、面倒事の予感を感じ取っていた。