やはり俺の女性関係は色々とまちがっている。   作:四季妄

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その結果は変わらず、されど関係は変化する

そんなこんなで始まった、始まってしまった葉山曰く部外者同士の男女混合ダブルステニスコート争奪戦。言い分としては自分達もテニスがしたいから勝負しようぜ! ということだが正直頭が痛い。ぶっちゃけその場に雪ノ下が居たらと思うが、生憎席を外していたのだ。仕方ないと割り切る他ないだろう。あいつがいたら葉山クン(金髪イケメン)及び愉快な仲間達(頭悪そうな奴等)滅多斬りだったろうに。

 

「HA・YA・TO! フゥ! HA・YA・TO! フゥ!」

 

異様な盛り上がりを見せるコートは、既に終わりが近付いていた。相手はその葉山と金髪ドリル――たしか三浦とかいう――のゴールデンコンビだ。髪の色的に。最初は俺と由比ヶ浜で応戦するも、経験者だった三浦とサッカー部で身体能力の高い葉山に押され、その後戻ってきた雪ノ下が由比ヶ浜と交代しぽんぽんと点数を取り返すも体力が尽きた。

 

「……いやまぁお前にしてはもった(・・・)方だろうけど」

「分かっているのなら、言わないで良いでしょう……!」

 

きっと雪ノ下が睨んでくる。その目に力強さが足りないあたり、彼女は本気で疲れているのだ。勝負事に手を抜かないのは美点だと思うが、少し疲れる生き方だとも思えた。上手く手を抜くってことが出来ないのか。とはいえ、出来たらそれは雪ノ下雪乃ではない。

 

「……まぁ、お互いよく頑張ったってことで、引き分けにしないか?」

「ちょ、隼人何言ってんの? 試合なんだからマジでカタつけないとまずいっしょ」

 

爽やかに言った葉山へと三浦が突っ込んだ。カタつけるとか怖いこと言うんじゃねえよ……。しかしながらあのイケメンの意見は素直に受け入れるべきだろう。お互い引き分け、どちらも傷を最小限に抑えられるのなら良い事である。思わず転がってきたチャンスに手を伸ばそうとして――。

 

「少し、黙ってもらえるかしら」

 

――雪ノ下は、それを冷たい声音で粉々に砕いた。

 

「この男が試合を決めるから、大人しく敗北しなさい」

「…………は?」

 

その言葉に誰もが耳を疑った筈だ。無論一番疑ったのは俺自身だが。お前正気か? という風に雪ノ下の方を見るとがっつり視線が合う。言葉はない。ただじっと五秒ほどこちらを見つめてから、ぽいっとボールを放ってきた。ぐるりと、周りを確認してみる。材木座、親指をたてるな。戸塚、そんな期待した目で見てもどうしようもないぞ。由比ヶ浜、恥ずかしいからそんな大声上げて応援すんな名前(ヒッキーって)呼ぶな。

 

「比企谷くん、覚えている? 私、暴言も失言も吐くけれど――」

 

あぁ、なんでか覚えてるよ、ちくしょう。

 

「虚言だけは吐いたことがない、だろ。……これが虚言になったらどうするんだ」

「あなたがそうさせなければ良いのよ」

 

薄く微笑んで雪ノ下はそう言った。おいおい、流石に俺程度に期待かけすぎじゃないか。全く持って応えられる気がしない。天下のぼっちには他人の期待を裏切ることには長けていても、応えることに慣れていない。例え向けてきた微笑が純粋なものだとしても難しいのだ。

 

「……なぁ、葉山」

「なんだい、比企谷くん」

「一つ良い事を教えてやるよ。……必死で逃げれば、何とかなるらしいぞ、あの人(・・・)

「っ……それは」

 

動揺? 狙っていない。ただ自分から余計な力を抜くために、どうでも良い話をした。ひゅっとボールを高く放り投げる。頬を撫でる風から最高のタイミングを予測して、ここぞという時にぶちかます。あの人らと葉山の間に何があったのかは知らない。そもそも知る気もない。向こうから話してこないなら、そういうことだろう。

 

「……っ、青春の馬鹿野郎ォ――っ!」

 

すぱーんと、気持ちの良い音が響いた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「それにしても、傑作だったわね」

 

クスクスと、雪ノ下が笑う。あれから数日経った放課後、由比ヶ浜は三浦達と遊びに行くやらで休みのため、部室には俺とこいつのみだ。結果から言うと、俺達は無事にコートを守りきった。我が秘策・潮風に乗った魔球~運要素アリアリ~によって勝利をもぎ取った。のだが、その後の展開がかなり酷い。

 

「笑うなよ……悲しくなってくるだろ……」

「えぇ、試合に勝って勝負に負けた、という風だものね」

 

ボールを打ち返そうと後ろに下がる三浦、その勢いであわやフェンスにぶつかるかと思われたところを葉山が飛び込んでまさかのお姫様だっこ(・・・・・・)。オーディエンスはその衝撃に思わずスタンディングオベーション。わっしょわっしょいとお祭り状態でFIN。なんだこれ。

 

「……けれども、きちんとやってくれたじゃない」

「あ? そりゃあまぁ、たしかにコートは守ったが」

 

あの後戸塚からめちゃくちゃ感謝された。ありがとうありがとうと握手しながらぶんぶん振って抱きついてきた時はマジ天使結婚しよなどと思ってしまった。いかんいかん戸塚は男だから。

 

「それもあるけれど……もう一つよ」

「……なんか、あったか?」

「虚言にはしなかったでしょう?」

 

その一言で、あぁと思い出した。記憶を掘り起こしてみればそんなことを言っていた気がする。その後の事が印象に残りすぎてすっかり忘れていたのだ。はは、本当葉山さんマジパネェっすわ。なんて考えながらがりがりと頭をかく。

 

「あー、なんだ。もう、裏切れねぇし、な」

「……えぇ、そうね。一度目をそのままに二度目なんて、流石に少し言いたくなる(・・・・・・)かしら」

 

いや本当良かったマジで。うん、もしも負けていた場合の想像なんてしたくもない。色々と面倒臭くなっているのは確定として、下手すると俺がかなり追い詰められている可能性すらある。

 

「……なぁ、雪ノ下」

「……なにかしら、比企谷くん」

 

パタンと、読みさしの本に栞を挟んでから閉じて、雪ノ下はこちらに真っ直ぐ視線を向けてきた。いつもならそのまま聞き流すようにしているというのに、一体どうしたというのか。……なんて、誤魔化すのは馬鹿のやることだろうな。こいつは変なところで鋭いし。

 

「全部、分かってたのか」

「逆に、分からないと思っていたの?」

 

お互いがお互いを理解していた。彼女()ならそうだ、彼女()ならああなんだと分かり合って、自然と繋がりは強固になっていた。まるでそこらにある友人関係のように、いつの間にか一緒に過ごす時間が多くなっていた。

 

「……そうか」

「でも」

 

いつか心のどこかで望んでいた■■(ナニカ)に手が掛かったような気がしていた。

 

「分かっていても、信じ切れなかった」

「――っ」

 

言葉で伝えずとも理解できる、そんな関係だと思い込んで疑わなかった。

 

「それくらい、あなたの投げ掛けた言葉は効いたから」

「……っ、ぁ」

 

誰かの気持ちなんて、他人の思っていることなんて、誰も正確に知り得ることなんて出来ないのに。

 

「ゆ、……っ、雪ノ、下」

「――えぇ、えぇ。なに? 比企谷くん」

 

膝の上で握った拳が震える。唇が上手く言葉を紡ぎ出せない。心臓がばくばくと無駄に大きな音をたてる。うるさい、黙れと言いたくなるくらいだ。一度経験したというのに、この体たらく。どこまでいっても弱くて、愚かで、屑みたいな人間だ。

 

「お前に、……謝らなきゃいけないことがある」

「そう、言ってみなさい。聞くわ」

 

それでも。

 

「勝手に、やらかして、離れて……っ、いや、違う。そんなんじゃなくて、だな。俺は、俺はっ」

 

それでも、そうだとしても。

 

「そんなのは、ああいや、良くないけど、今は違うんだ。だって、あれ、俺、俺は……」

「比企谷くん」

 

こんな奴に、彼女は。

 

らしくない(・・・・・)わ。……そうでしょう?」

 

彼女は、信頼を預けていたのだ。

 

「……ぁ」

 

ならば、言うことは決まっているだろう。

 

「だな、俺らしく、ない。……っ」

「……、」

 

行動を謝るべきか、それしか出来なかったことを謝るべきか。比べるまでもなく、どちらも否だ。

 

「雪ノ下。俺は……」

 

ぐっと、力を込める。

 

「俺はお前に、嘘を吐いた。居ても楽しくないとか、だから、今更なんだって話だし、でも――」

 

酷い嘘だった。己も相手も傷付けるような優しくない嘘だった。吐いてはいけない類のものだった。自分のエゴを突き通すために、仕方なく吐いて後悔した一言。

 

『一緒に居て楽しいか? 俺はそう思わない』

 

悪かっただとか、すまんだとか、そんな風に言うのは卑怯だろう。少なくとも俺は、そう思って。

 

「――ごめん」

 

その単語を、選択した。

 

「ずっと、謝りたかった。他の奴が違うって事じゃ、なくてだな。お前は特に……あぁ、駄目だ、上手く言えねぇ」

 

そこからは、目も当てられないゴミっぷりだったが。

 

「……ふふ」

「ゆ、雪ノ、下?」

「ん……大丈夫よ、言いたいこと、分かるから」

 

あぁ、なんか、凄いダサいのが自覚できる。

 

「なら聞くけれど、本心はどうだったの?」

「あ、や、まぁ……時間を忘れるくらいには、楽しかった、んだが……」

「……そう、それなら、そうね」

 

そうして、彼女は――

 

 

 

 

「……良かった」

 

 

 

 

滅多に見せないような顔で、そう言った。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

なんだかんだで、彼女とのそれに言葉は少なかったように思う。いつもは長々と色々喋るというのに、大事な時に限って口が回らないのだ。俺も、彼女も。それで満足していない訳では無い。心残りがある訳でもない。予想以上に、身勝手にも心は軽くなっている。ただ、心残りがあるとすればそれは。

 

『なんだよ、こんなところに呼び出して』

『いや、ちょっとした事だよ。時間はとらない』

 

少し前に、態々人気のないところまで連れていきやがったあいつの言っていたこと。

 

『あまり、彼女を嘗めない方がいい』

『は? お前、それは……』

『泳いでいる魚は、自分が泳いでいるのか、泳がされているのか分からないものだろう?』

『……つまりなんだ、何が言いたい』

 

あの目は、こちらを心配するようなそれとは少し違っていた。

 

『君は逃げ切れていない。逃げられないんだよ、比企(ガヤ)

 

言ってしまえば、あれは。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「うわぁー……葉山先輩カッコイ〜……」

 

「……」

 

「いいなぁ、私もあんな風にしてもらいたいなぁ」

 

「…………」

 

「……って、あれ? 話聞いてる? おーい?」

 

「………………やっぱり

 

「へ?」

 

「あ、ううん。ごめんごめん、なんでもない」

 

「そう? いやーでもやっぱ葉山先輩カッコイイよねー? テニス、見に来て良かったかも」

 

「だよねー、うん、本当に見に来て良かったなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんですか、やっぱり、居るじゃないですか」


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