やはり俺の女性関係は色々とまちがっている。   作:四季妄

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緩やかで柔らかな日常

ぼっちにとって教室とは牢獄のようなものだ。ひたすらに息苦しく、逃げることも出来ず、ただ憂鬱な気分にさせられる。最近脱ぼっちし始めたとは言え、それはごく一部の関係性を持った人間のみである。俺自身の考えとしては依然変わらず無理して付き合うくらいなら最初から接さない、関わらない、話さない。ぼっち根性ここにあり、というやつだ。だからなのか、別の理由(・・・・)があってなのか、時折屋上でゆっくり過ごしたいと思う時がある。

 

「まぁ、クラスに居場所無えしなぁ」

 

自分から言っておきながら酷く悲しい事実だった。当たり前と言えば当たり前なのだが。大体俺が周りに上手く溶け込める訳もない。雪ノ下とは別方向で異色のオーラを放っているのだ。つまるところマイナス方向もとい過負荷(マイナス)方向に振り切れている。いや、俺親にガソリンとか飲まされてないから。

 

「雪ノ下……ね」

 

結局どちらもはっきりとは言わなかった。ただ言いたいことだけ叩き付けて、片方がそれを受け止めて、なんだかんだでそんな雰囲気が流れた。それでも分かる事と言えば、あの日から雪ノ下の態度は軟化している。ほんのちょっと、たった少しのちっぽけなくらいだが、毒舌のキレが柔らかい。いやまぁ普通に聞いたら全っ然変わってないんですけどね!

 

「……分からなくは、無いけどな」

 

そうだ、分からなくは無いのだ。ならば、無駄な言葉は要らないだろう。そういう意味でも雪ノ下は俺を信用してくれた。もう下手を打つことは許されない。比企谷八幡としてのやり方を改めなければ、先に進めない。なんて妙に真剣なことを考えながら、屋上へ続く扉を開いた。瞬間。

 

「うぉっ」

 

ぶわっと、激しい風が吹く。部室での材木座の演出なんて比べ物にならない自然の暴風だ。ふと緩めていた手から、スルリと滑り落ちるものがある。白い縦長の四角形、ぐにゃぐにゃと風に煽られ形を変える強度、薄い薄いペラペラの髪――いや違う紙。禿げるな禿げるな。

 

「……まぁ、新しいの貰えばいいか」

 

どこかへ行ってしまったそれを早々に忘れて中へ足を踏み入れる。所詮どうでも良いことしか書いていない盛大な資源の無駄遣いをしたプリントだ。将来のための職場見学調査だと言うが、今を生きるのに必死な俺にそこまで頭が回る筈がないだろう。いやマジマジ、将来とか考えられねーわ。専業主夫? ないな。結婚とか出来る気がしねぇ。と、くだらないことを考え始めたその時だ。

 

「これ、あんたの?」

 

声が聞こえた。ややハスキーな、どことなく気だるげに思える声だ。きょろきょろと辺りを見てみるが、人っ子一人見つからない。やべぇ、なにこれ、心霊現象か幻聴か? と混乱していれば、声の主は馬鹿にしたようにハッと鼻で笑いながら。

 

「どこ見てんの?」

 

なんとなく、それで居場所が分かった。どうりで周囲を見渡しても見つからない筈である。そいつは、その女は、屋上からさらに上へ突き出た給水塔に寄り掛かり、俺を見下ろしていた。

 

「……お前」

 

青みがかった黒髪は長く、後ろで一つに纏めているのに背中まで垂れている。着崩した制服が実に可愛いというより不良っぽい印象を与えるも、ところどころのアクセサリーは普通の女子高生らしい。何より覇気のない瞳が実に好印象だった。俺的に目がまともじゃない奴は総じて好印象だ。まぁ、俺には適わないが。

 

「これ、あんたの?」

 

ひらひらと紙を振るいながら、変わらぬ調子でもう一度彼女が言う。

 

「あぁ、そうだけど」

「ん、ちょっと待ってて」

 

意外にも対応は優しい女子そのもので少し驚く。てっきり返して欲しければ財布寄越せとかそんな感じの人間かと。いや不良って怖いですし。丁寧に梯子を降りてすたっと着地しながら、ちらりとそいつは俺の職場見学希望調査票を一瞥した。途中で吹いた神風によりパンチラして黒のレースが見えたのは言わない方が良いだろう。

 

「……バカじゃないの?」

「勝手に読むなよ……。大体、将来なんて明確に考えてる奴の方が少ないだろ」

「まぁ、そうかもね」

 

くすりと笑う。その顔が予想以上にちょっとアレで、俺の心が酷くアレする。つまりあれだ、なんだ、それだ、どれだ。非常に混乱している。何故ならパンツを見てしまった女子の笑顔を見てしまったからだ。やべぇ我ながら最低に訳が分からん。とりあえずひょいっと紙を取り返した。

 

「それ、なんて読むの、名前。ヒキタニ?」

比企谷(ヒキガヤ)。まぁ、よく間違えられるからどっちでも良いんだが」

「なにそれ、よく間違えられるんだ」

 

あぁ、うん、今更だけど俺、初対面の女子となんでこんなスムーズに話せてんの? 自分で自分が怖くなってくる。これも雪ノ下との仲直り効果略して雪ノ下効果か……と勝手に戦慄していると、目の前の女子が笑うのをやめてこちらを見た。

 

「川崎沙希。一方的に名前知ってるの、なんか気分悪いし」

「……比企谷八幡。別に、気にしなくても二日で忘れる自信がある」

「それ、あんたが人の顔覚えるの苦手なだけじゃない?」

「おい、嘗めるな。むしろ人と関わること自体苦手だ」

「自慢になってないし」

 

後で知ったことだが、俺達はやはりというかなんというか同じクラスだという事実を知らなかった。似たもの同士とは少し違った、なんというか、やる気ないもの同士という奴である。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

その後、当たり前のように平塚先生からお説教を受け、早く来いとの旨を綴ったメールを由比ヶ浜から受け、雪ノ下からの早く来なさいとだけ書かれたメッセージを受け、マジ今日の俺受け身過ぎない? と思いながらも無事部活に参加してダラダラしていた。

 

「やー、もうすぐ試験だねー」

「えぇ、そうね」

 

由比ヶ浜のてきとーな一言に雪ノ下が適当に答える。そう言えばそうだと、俺は思い出していた。もうすぐ夏休み前の修羅場と言っても過言ではない(過言です)中間試験の時期である。試験は大事だ。今回も現国学年三位という不動の立ち位置を守らなくてはならない。てか上二人誰だよ、大体想像出来るけど。

 

「あたし勉強とか無理。ゆきのんはどんな感じ?」

「予習復習をしておけば特に苦労することもないでしょう?」

「うっわ……超真面目じゃん。流石ゆきのん」

 

うっわ……超堅物。流石雪ノ下。それで出来るお前が凄いということは言った方が良いのだろうか。いや、言わなくても自分で分かってるだろうな。暗記力や思考力は人それぞれであり、誰もが己みたいにできる訳がないのだ。馬鹿にする奴は結局誰かから何かしらで馬鹿にされる運命にある。はは、ざまぁ。人を馬鹿にするのはやめよう。由比ヶ浜はアホの子なんだけどね。

 

「じゃあヒッキーは?」

「心配すんな、お前ほどじゃない。むしろ国語で学年三位だぞ俺は」

「え、マジで……ヒッキーって、もしかして頭良い?」

「そこまででも無いから心配しないで由比ヶ浜さん」

 

ニコニコと実にイイ(・・)笑顔で雪ノ下はそう言った。おいやめろ、お前に言われたら正論とか何も言い返せないから。学年トップは流石、文字通り格が違うのだ。

 

「この男、理数系を捨てているから」

「そうなの?」

「あぁ、何しろ前回の期末試験で数学が最下位だったからな」

 

鼻を鳴らして胸を逸らしながら言えば、二人が一斉にガタッと椅子を鳴らして反応する。なに? なんなの? 俺の天才さにようやく気付いたの? たしかにぼっちとしての捻くれ思考は我ながら誇ってもいい才能だと思う。自分で捻くれって言っちゃったよ。

 

「あたしより下ってヒッキーのことかぁ……」

「有り得ないわこの男、その無駄に良く回る頭を一体何に使っているというのかしら……」

 

どちらにも突っ込みたい部分があるが、今はそんなことどうでもいい。いやぶっちゃけ次も赤点とったらヤバイって先生に言われたしどうでも良くないんだけど、うんやっぱりどうでも良くないな。

 

「ところで雪ノ下。頼みがあるんだが」

「なにかしら」

「次の試験で数学に赤がついたら夏休み補習とか言われてな、率直に言う。教えて下さい」

「嫌よ」

 

即答だった。聞いた瞬間に答えが決まったと言われても信じられる速度だった。

 

「あ、ならさ、みんなで勉強会しない?」

「由比ヶ浜さん、今の話聞いていた?」

「へ? ゆきのんとヒッキーが勉強するんでしょ?」

「私今即刻断ったのだけれど」

「えー、なんで? 良いじゃん」

 

純粋な気持ちに対して雪ノ下は酷く弱い。そこら辺俺らはなんだかんだ似通っているも、決定的に違っている。いや俺も純粋な好意とかそういうのめちゃくちゃ苦手だけど。押しに押され、三人での勉強会が決定した。




職場見学希望調査票

総武高等学校 2年F組

比企谷八幡

1.希望する職業

未定

2.希望する職場

未定

3.以下に理由を記入

今を生きている自分には明確な未来というものが見えてこない。故にこそ、不確定な要素は書くべきではないと結論を出した。誰かに伝えるのなら、それは確定した明瞭な物事であるべきだ。なにもかもが不明瞭で不確定で曖昧な自分の将来のことを書いても無意味である。だが決めないという訳では無いので、今回は未だ決定していないという意味を込めて未定とさせていただきました。

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