やはり俺の女性関係は色々とまちがっている。 作:四季妄
学校帰りにファミレスに寄った俺は、手の中でペンをくるくると回しながら問題集とにらめっこをしている。思い切って苦手分野な理数系から片付けてやろうと意気込んだわけなのだが、ふむ、さっぱり分からん。仕方ないので意識を問題集からペンへと変えた。くるくるくるりんみらくるんと回せるのはぼっち故、教室でやることが無く身に付けた技術だ。ふはは、見るがいいこの鮮やかなペン捌きを。
「ヒッキーなにしてんの……」
そんな俺を目の前に座る由比ヶ浜がじとっとした目で見つめてくる。なんだ、人がペン回してたらいけないのか。というかそういうお前もさっきから全然手が動いてないからね? 心外なことにこの場において勉強に集中出来ていない二人である。
「て、うわ。ペン回しうまっ! きもっ」
「きもいとかそういう人を傷付けるような言葉を気軽に言うんじゃねえよアホビッチ」
「あ、ごめん……、んっ!? 今ヒッキーも結構傷付けるようなこと言ったよ!?」
この通り事実なので別に良いんじゃないですかね。つまり俺がキモイというのも事実なので由比ヶ浜に非は無い。由比ヶ浜がアホの子なのは事実なので俺にも非は無い。これぞ正にWin-Winの関係というやつだ。え、違うの?
「大体あたしビッチじゃないし。まだ処――」
「え?」
「っ!! や、違っ! いや違くないけど! あ、う、ええっと、だからぁ……っ!」
俯いてぷるぷるとしだす由比ヶ浜。僅かに見える耳は林檎のように真っ赤で、正真正銘恥ずかしがっているのだと理解出来た。あー、うん、今のは完全に口がすべってたよなぁ。恥ずかしいよなぁ。俺まで顔が熱くなってくるから思い返すのはやめておこう。結論、由比ヶ浜はビッチではなかった。
「ヒッキーの、馬鹿……」
「いや自業自得だろ」
「……ふぅ」
と、そこでそれまで黙っていた最後の一人、雪ノ下雪乃が耳にかかった髪をかきあげながら顔を上げる。今まで集中して解答を書いていたペンを持つ手には、その代わりとでも言うように携帯電話が握られていた。そうしてそっと耳元に当て、彼女は――。
「目の腐った男性が女子高生にセクハラを。えぇ、場所は……」
「おいやめろ。社会的に俺を殺す気か」
「あら、殺すまでもなく比企谷くんは社会的に死んでるも同然よ?」
「残念だがこれでもぎりぎり生きている範疇だ」
「返しがネガティブだ!?」
由比ヶ浜のツッコミが冴え渡る。お前、ネガティブなんて言葉知ってたんだな。なんて思いながら見てみれば、はぁと盛大にため息をつかれた。ため息をつきたいのはこっちだよ本当。人生というのは辛いもので、マジ生きてるだけでしんどいし死にたくなるしそれでも仕事はしなければならない。人生の3Sである。しんどい、死にたい、仕事。なにそれブラック企業すぎる。
「というかあなた達、勉強はどうしたの?」
「雪ノ下。お前は俺を嘗めすぎだ。そんなものとっくの昔に見切りをつけた」
「あたしも全然分かんない!」
「由比ヶ浜さんはともかくあなたはもっと努力をなさい……」
ナチュラルに諦められる由比ヶ浜に同情の念を禁じ得ないが、まぁこいつの頭は一体何が詰まっているんだ夢と希望かというレベルなのでしょうがない。ちなみにこれはどこぞの誰かさんから聞いた話なのだが、俺の頭の回転の早さはかの氷の女王様に勝るとも劣らないという。ただそれが妙に捻くれていて思考回路にバグがあるため無駄にしているのだとか。余計なお世話だ。
「……うわ」
「あ? なんだその声。俺の顔見て気分悪くしたんなら謝る」
「違うし。……ちょっと、変なメールが来ただけだから、なんでもない」
その顔はどう見ても何でもないようには思えないが、どれほど酷い内容のメールなのだろうか。あれか、普段はあまり喋らない男子となんとなく会話しちゃってメアド交換しちゃってマジでメール送ってきて困惑してんの? はは、相手俺か? やばい黒歴史掘り起こしすぎて死ぬ。
「比企谷くん」
「なんだよ」
「そういう卑猥なメールは色々と学校で問題になるからやめなさい」
「いや俺じゃないから。そもそもそんなメール送らないから」
純粋無垢な俺は本当に純粋な内容しか送らない。そうかとかああとか分かったとか了解とか。世間ではそれらを塩対応というらしいが、なんとも甘い。しょっぱくない。本当の塩対応とは我が妹のように塩振り撒いてくることである。今も鮮明に思い出せる塩分MAXコーヒーはなかなかやばかった。
「さっきのは由比ヶ浜さんの自爆としても、それらは確実なセクハラになるわ」
「ゆきのんあたしのフォローになってないよ……」
「だから俺じゃない。大体、由比ヶ浜に送る内容の大体は十文字以下だ」
「まさか写真を……恐ろしいわね、この男」
「俺はお前の想像が恐ろしいよ」
この比企谷八幡、今まで女子にキモイと言われることはあれど、本気で変態的な行動をしたことは無い。特に中学三年生辺りからは一切なく、むしろ女子と話すだけで心臓が高鳴り息をするのが苦しくなって狂いそうになるほど無垢だった。真実はただ単にトラウマスイッチ(自主制作)が入っていただけである。人生初の恋人を自ら切り捨てるのは結構やばかったという事だ。
「や、ヒッキーじゃないよ、これ。だってうちのクラスで最近あるチェーンメールだし」
「そう、なら違うようね。よかったわ」
「ちょっと、俺もそのクラスの一員なんですけど」
どうも、2年F組比企谷八幡です。思わず脳内で自己紹介をしてしまうくらいには傷付いた。言ってしまえばそれほど傷付いていない。そもそも、自分と関わってる他人以外は大抵どうでもいいのが人間というものだ。クラスで浮いてるのは百も承知だし、何を今更という感じである。
「つーか、なんだそれ。マジで初耳なんだが」
「や、まぁでも、こういうのときどきあるんだよね。あんまり気にしないことにしてる」
「それがいい。もしくは特定して潰すくらいか」
「発想がアレだよヒッキー……」
「そうでもないわ」
さらりと髪を撫でながら腕を組み、静かに雪ノ下は言った。
「実際その手の輩には有効的な方法よ」
「でも、特定とかその、無理じゃない?」
「佐川さんや下田さんくらいのものなら一晩も要らないわ」
「ゆきのんカッコイイ……」
「そこの男くらい徹底していたら難しいかもしれないけれどね」
そう言ってちらっと視線が向けられる。そうだろうか。雪ノ下なら俺がどれだけ上手く隠しても三日くらいで暴かれそうな気がしてならない。そもそもの前提として俺がチェーンメールを送る必要性が皆無なのだが。
「なんでヒッキーなの?」
「リスクリターンの計算と自己保身だけは上手いのよ。……肝心な時に限って自分を切り捨てるくせにね」
「それ褒めてんのか、貶してんのか」
「どちらもよ」
雪ノ下が笑って、俺は盛大に息を吐いた。しかしながら彼女の弁には少し誤りがある。自分を切り捨てるくせに上手いのではない。上手いからこそ自分を躊躇いなく切り捨てられるのだ。でなければ比企谷八幡はただの馬鹿であり、どうしようもない自己犠牲精神の持ち主になっている。誰も自分が傷付きたくないし、でも他人を傷付けるのもどうかと躊躇う。だからこそ容赦なく捨てられる己の方を捨てたのだ。
「そんなことよりさ、勉強教えてよゆきのん」
「学ぶのはあなた自身よ由比ヶ浜さん」
「諦めろ由比ヶ浜」
「ヒッキー……」
さて、話は変わるがこういう時、彼女にやる気を出させる魔法の言葉を知っているだろうか。誰もが言えて誰もが言えない、恐怖のスイッチが入る言葉だ。
「――雪ノ下は上手く教えられる自信が無いんだろ、察してやれ」
「……ふぅん」
ぴくりと、こめかみが反応する。
「言ってくれるわね。良いでしょう。その安い挑発にあえて乗ってあげるわ、比企谷くん」
「あぁ、そうか、ならさっさと由比ヶ浜に……」
「ただしあなた、次の中間試験の数学で20位以内を取らなければ――分かっているわね?」
「……は?」
由比ヶ浜に綺麗なパスをしてやろうと考えていたら思いっきりボールを叩きつけられた気分だ。あぁ、うん。たしかに今のは言った俺が悪いけれど、でも俺よりか由比ヶ浜の方が絶対勉強するべきだろう。多分。
「由比ヶ浜さん」
「は、はいっ!?」
由比ヶ浜がビビっている。実際今の雪ノ下は何か得体の知れないオーラを放っていた。
「あなたも、本気でやるわよ」
「……は、はい」
そうして俺達は、決して軽い気持ちで雪ノ下を挑発するべきではないと心に刻む事となる。由比ヶ浜は初めて、俺は都合にして四度目くらいだろうか。刻みすぎだろ少しは学習しろよ。