やはり俺の女性関係は色々とまちがっている。   作:四季妄

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血の繋がった彼女

職場見学の同行者が葉山隼人と戸塚彩加になった。加えて葉山に皆がついて来るため自然とクラスの大半が一緒の職場見学となった。このことにさして怒る訳では無いが、少しばかり不服に思うのは仕方ないだろう。戸塚はいい。天使だし、可愛いし、純粋だし、可愛いし、天使だし。戸塚はいい。戸塚はいいぞ。とつかわいい。獣はいてもなんとやら。ただし葉山(リア充)、テメーはダメだ。

 

「そう嫌な顔をするなよ、比企(タニ)

「いや、マジでなんなんだお前。俺はたしかに解決方法を教えたけど、態々ここに来いとは言ってないんだが」

「まぁまぁ、比企谷くん。葉山くんも名前間違えてるよ」

「悪い悪い」

 

何が悪いだ、お前の場合わざとだろうがという突っ込みは言っても無駄な気がしたので心に留めておく。ことの発端はつい先日、俺のクラスで回っているというチェーンメール問題を解決するためにこいつが奉仕部を訪れたのだ。いきなりイケメンが何事かと思っちゃったわ。そんなこんなで我ら奉仕部員はチェーンメールの解決にあたった訳なのだが。

 

「……お前も大変だな」

「そうか? 俺はむしろ君の方が大変だと思うけどな」

「実感が無いんだよ。長い事会ってねぇし」

「そう思っていられるのも今のうちだろうね……」

 

原因がなんというか、この葉山隼人自身が築いたグループなのだからなんとも言い難い。葉山を中心として回っていたがために起こった不幸な出来事だ。今回の職場見学は三人一班、対して葉山グループは四人である。誰か一人ハブられるのは自明の理。チェーンメールなんてものを使ってあれこれやらかした奴はさぞ良い性格をしているだろう。とは言え、それもこのように解決した事だ。

 

「? 二人で何話してるの?」

「いや、なんでもないよ」

「そうだぞ戸塚。本当何でもないから」

「そう? ……なんか仲良くなって無い?」

 

葉山自身が抜けて、他三人を一つの班に纏める。無論葉山はそれでことが落ち着くのならという姿勢だし、至極まっとう且つ誰も傷付かないやり口だった。俺が偶然考え付いたにしてはなかなかのものだろう。雪ノ下にも合格点を貰えたのだ。てかなんでお前が採点してんの?

 

「ま、とにかくよろしくな」

「うん、よろしく」

「……あぁ、よろしく、な」

 

嫌々と軽い挨拶をしながらため息をつく。テストが間近に迫っていた、職場見学のグループ分けで憂鬱な気分だった、葉山の話をまともに聞く気がなかった等、理由は多くあれ彼の忠告を俺は綺麗にスルーした。故にこそまだ知らない。既に歯車は動き出していたということを。平凡で平和な日常を謳歌していた自分への鉄槌は、遠からず下されることを。

 

――雪ノ下陽乃との遭逢が刻一刻と迫っていることを。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

ペンを動かす手を止めて時計を見れば、いつの間にやら日を跨いでいた。確かに試験勉強は大切だが、熱中すぎるのもどうなんだろうな、なんて思いながら部屋から出てリビングへ向かう。少し眠気がある、コーヒーでも飲んで吹き飛ばそう。ちなみにカフェインの効果が出るのは飲んでしばらく経ってからっぽいので、眠い今に飲んでもあまり効果が無い。まぁ気分的にマシにはなる筈だ。

 

「て、お前なんでまだ居んだよ……」

 

いつもなら部屋に入っているだろう時間帯に、色々と際どい服装をした妹がソファーで寝ていた。着なくなった俺のTシャツに、それ以外は多分下着のみ。色々と女性に夢を持つ童貞が見たら殺されそうな光景だった。だからというか何というか、無駄に理想を高くするのはやめた。女の人だって人間である。完璧ではない。それこそ雪ノ下だってだらしの無い部分が……ある……の、だろう、か。全くもって想像出来なかった。

 

「うぅん……? お兄ちゃ……ん……」

「おう」

 

ぴたっと、うっすら目を開けながら体を起こした小町の動きが急に止まる。じいっと俺を見ること二秒。がばっと跳ね起きてカーテンの外を見ること三秒。かっと目を見開いて部屋にかけられた時計を見ること五秒。総じてしっかり十秒かけた後、がくりと小町が崩れ落ちた。

 

「しまったぁ! 寝過ごしたぁ! 一時間だけのつもりが五時間も寝るなんてっ!」

「あー、あるある。……いやよく考えたら寝すぎだろお前。なに、帰ってからずっと寝てたのかよ」

 

お兄ちゃん勉強するのに必死で気付かなかったよ。なんせ今回は雪ノ下プロデュースゼロ(点)から始める高校数学だ。いやそんな酷くないけど、ギリギリ(・・・・)赤点なレベルだけど。とにもかくにも順位を上げなきゃ話にならない。軽い気持ちであいつに喧嘩を売るんじゃなかった。

 

「むっ、失礼な。ちゃんとシャワー浴びてから寝たよ」

「そうか、すまん。……ん、待て俺今なんで誤ったんだ……?」

「それよりなんで起こしてくれなかったの」

 

一瞬混乱しそうになったところへ、唐突に小町からそんな声が飛んでくる。随分と身勝手に思うが、大体世の妹なんてこんなもんだろう。我儘で横暴で、そのくせ親の愛情はしっかりと受けて、いつかはお兄ちゃんと結婚する。いや、ねぇわ。

 

「あー、悪い。試験勉強に手一杯でな」

「うわぁ……お兄ちゃん、絶対将来社畜になるよ」

「ばっかお前、俺はなんなら毎日定時退社するからな」

 

サービス残業とかありえない。本当に社会ってやつは辛く厳しいものなのだろう。体験するまでもなく、話を聞くだけで嫌になるのは当たり前だ。親父の背中を見ていると尚更サラリーマンって大変だなぁと思わせられる。頑張れ親父、負けるな親父、主に毛根。

 

「……ん? ふんふん。ほほぅ?」

 

と、小町が何やら怪しい顔をしていた。じろじろとこっちを見ながら擦り寄ってきて、身じろぎ一つで触れるほどの距離でスンスンと鼻を鳴らす。

 

「お兄ちゃんから女の匂いが――」

「いやそのネタもう良いから」

「むぅ、小町的にその反応はポイント低い」

 

大体制服から着替えてるし風呂も入ったのに匂いが残っている訳もない。というか匂いで判断できたら最早小町は人間じゃない。犬かお前は。

 

「……マジで冗談だよね?」

「んー? どうだろうねー?」

 

にこにこと笑いながら小町は答える。やだ、小町……恐ろしい子! と内心不安になりながら戦慄していると、とてとてっと小町がリビングから廊下へと向かっていた。もうそろそろ寝るのだろうか、起きたばかりだと言うのに。まぁ、寝る子は育つって言うしなぁ、寝る分だけ小町の女性的なものも育つと思うようん、なんて頷いておく。

 

「お兄ちゃん、待ってて。小町も一緒に勉強するから」

 

あ、違うのね。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

「なんだよ」

「変わったね」

 

ふと、小町がそんなことを言った。

 

「……だから、なにがだよ」

「んふふー、照れてる照れてる」

「う…………、うぜぇ……」

 

なんとなくイラッと来たので溜め息を一つ吐いた後にこつんとシャーペンでおでこを突いておく。勿論蓋の方なので悪しからず。だかそれでも痛さを与えるには十分だった。さすさすと額を擦りながら小町は唇を尖らせる。

 

「むー……。今のは小町悪くないと思う」

「勉強しなくていいのか、受験生」

「いやするけど。……でも、ね」

 

かたりと握っていたペンを机の上に起きながら、ゆるりと小町がこちらを向いた。自然と俺もちらりと目をやれば、いつもの巫山戯た態度はどこへやら。優しく微笑む妹の姿に、思わず困惑してしまう。

 

「……おい、小町?」

「お兄ちゃん」

「だから、なんだよ」

「やっぱりまだ、諦めてないじゃん」

「――」

 

言葉が上手く出なかった。いつもなら変な方向に回る思考回路も口もぴたりと固まる。ぱきんと、無理矢理止めたシャーペンの芯が折れてどこかへ飛んでいく。さながらそれは、今の俺の冷静さのようにも思えた。どうしてこう、妹には隠し事ができないのか。

 

「……なんで、だ?」

「分かるよ。だって小町、お兄ちゃんの妹だよ?」

 

その一言に全てが込められていて、その一言で十分なくらいだった。それはこの世界で唯一、正真正銘こいつだけが持つ肩書きだ。比企谷八幡の妹。俺の妹。十数年を同じ屋根の下で過ごしてきた家族。ならばこそ、なのだろう。

 

「……そう、か。お前、妹だもんな……」

「うん。だから、分かるよ。……分かるんだよ、お兄ちゃん」

「……分かる、のか」

「そう、辛いのも、苦しいのも、嬉しいのも、幸せなのも、分かるから」

 

こてんと、肩に頭が乗っかってくる。静かに目を閉じて緩く口の箸を吊り上げた表情は、中学生がしていいものじゃないだろう。これじゃあまるで妹ではなく母親だ。お前ちょっと生まれる年を間違えてないか? なんて言える雰囲気でもない。力を抜きながら、小町の言葉に耳を傾けた。

 

「嬉しいよ、小町。お兄ちゃんがまた、そんな顔見せてくれて」

「……そんな顔ってなんだよ」

「知らないだろうけどね。お兄ちゃん、()()()()()ちょっとだけいい顔するんだよ。目は腐ってるけど」

「ねぇ、それ最後の台詞いらなくない?」

 

だからいつも一言余計なんだよ、お前は。兄妹揃って面倒臭い部分は同じなのだろう。それさえ無ければ本当に可愛い妹だというのに。……それがあってもいい妹ではあるんだけどな。なんというか、マジで兄貴としての色々なものを捨てている気がする。

 

「だから、ね。お兄ちゃん」

 

ぎゅっと、弱々しく袖を掴みながら。

 

「もう、諦めないでね」

「……あぁ」

 

それに対する答えは決まっている。大丈夫、大丈夫だ。次こそは次こそはと繰り返した、その果てに辿り着いた次こそはだ。故にもう次はない、そう思っていい。ここで終わらせる、片付ける、もう終わらせない、片付けさせない。ずっと、ずっと。

 

「しっかし兄妹って大変だよ、本当。最近仲良くなった川崎大志くんって子もお姉さんのことで悩んでてね」

「小町、その大志クンとやらとはどういう関係だ? 仲が良いとはどういう事だ?」

「え、なにお兄ちゃん目が怖いんだけど……」

 

川崎という名前に少し引っ掛かりを覚えながら、妹に近付く男には容赦せんと覚悟を決める。そんな馬鹿げた話をしながら、夜は更けていった。


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