やはり俺の女性関係は色々とまちがっている。   作:四季妄

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リ・ファースト・ネーム

これは俺だけではなく、殆どの人間に言えることだろう。何か変化があった翌日、もっと言ってしまえば恥ずかしいことがあった次の日。その関係者たちと顔を合わせるのが気まずかったり、嫌で嫌で仕方が無いということはある筈だ。そんな訳で学校に来た俺は、昼休みにベストプレイスに行くのがなんとなく(・・・・・)躊躇われて、屋上へと足を運んでいた。ついでに言ってしまえば目的の人物も居れば良い。そう考えながらがちゃりと開けたそこには、ごうごうと少し強めの風が吹き抜ける景色が広がるばかりで。

 

「……誰も居ないか」

「居るんだけど?」

 

斜め後ろ上方から降ってきた声にビクつきながら、すっと振り向いて確かめる。やはりというか運良くというか、何はともあれ川崎沙希はそこにいた。やる気が無さそうにだらんと力を抜いて給水塔にもたれながら、紙パックのジュースを握りつつ飲んでいる。と、そこで自分も昼食を食べていないことに今更気付いてしまう。

 

「川崎か」

「見りゃわかるでしょ。他の誰に見えんの」

「……なぁ、物は試しなんだが」

 

さて、ここで一人の男の話をしよう。悲しみと苦しみを合わせて煮詰めてぐつぐつのシチューにしたようなどうしようもないほど救えない馬鹿な男の話である。そいつは昔から一人で居ることが多かった。気付けば自然と一人だった。他の誰かと一緒に過ごすことのない毎日。今思えばあの頃からプロボッチの片鱗を見せていた。

 

「なに?」

「あー、いや、あの、なんつうの?」

「……はっきり喋れば?」

「あ、あぁ、悪い。だから、な」

 

そいつ()は人と関わるのが苦手だった。人と話すのが苦手だった。人に合わせるのが苦手だった。構成する何もかもの要素が一人であることを想定されているかのように、ぼっちの中のぼっちを地で行っていた。昔から「いれて」の一言が言えない子。それ即ち比企谷八幡である。やべ、実名言っちゃったよ。

 

「……飯、一緒して良いか?」

「…………別に、好きにすれば」

 

え、なに今の間。ちょっと怖いんだけど。ぶっきらぼうに答えた川崎だが、しかし驚くことに俺が近付いても嫌悪の反応を見せない。それどころか普通に座る場所を空けてくれた。なんだか良い人過ぎて中学の頃の自分なら一も二もなく惚れて告白して振られるまである。振られちゃうのかよ。

 

「……、」

「……、」

 

菓子パンの袋を開けてかぶりつく。もぐもぐと食む咀嚼音と、ちゅーちゅーとストローで啜る音が場の雰囲気を作り出した。要するに無言、無言、無言。言葉など要らない訳ではない。言葉が無いのだ。人間とは悲しい生き物で、こういう状況になると非常に気まずく感じてしまう。あれ、昨日から俺の周り気まず過ぎ……?

 

「……川崎、は」

「ん……?」

「あ、いや、部活とか、してたかと思ってな」

「……してないよ」

 

このように、少し前より明らかに弱くなってしまった俺では、ぼっちの意地を張り続けることもできない。前ならば何が何でも沈黙の中でやり過ごそうとしていた。無理に繋げた関係に、何もないと分かっている。今でもそう思っているし、間違いだと疑ってもいない。そんな自分が必死でこうしているのは、結局そうじゃなく繋がった奴等のためなのだ。

 

「じゃあ、バイトとか、か」

「――うん。まぁ、少し、ね」

 

目をそらしながら川崎が言い淀んだ。分かりやすい隙だ。雪ノ下(・・・)が見れば躊躇なく攻め込むだろう。あいつは容赦というものはしない。彼女の強さが今は羨ましかった。俺は少し悩んでから、やっとのことで口を開く。

 

「……なぁ、それは」

「ごちそうさま。じゃ、あたし行くから」

「…………あぁ」

 

嫌な予感を感じ取ったのだろう。さっさと会話を切り上げて立ち去るというのは、川崎にとってこれ以上に無いくらい最良の選択肢に違いない。ぼっちというのは人より人の作る雰囲気に鈍感でありながら、自らに迫る危険には人並み以上に敏感だ。そうでなければどこかで折れている。ここまで来れているというのなら、つまりはそういう事だろう。俺の見立てに狂いはない。川崎沙希は、生粋のぼっちだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

扉が重い。部室の扉がとても重い。重すぎてマジ開かずに帰っちゃうレベル。廊下に立ち尽くして息を吐きながら、何度目かにならない決意を固める。それが崩れ去るのは直後だ。いやいや、無理だろこれ。この中に雪ノ下(・・・)が居るんだぜ。むしろ心の中でこれだけ雪ノ下(・・・)って呼んでるから現実でも雪ノ下で良くね。なんて思っていた時だった。

 

「何をしているのかしら」

「うぉっ」

 

がらりと目の前の扉が開いて、雪ノ下が顔を見せる。っべー、マジビビったわ。やーほんと雪ノ下サンばり半端ないっすね。そんな下らない考えを見抜いたのか、ジト目でこちらを睨んできた。体の芯から凍える気分とはこういうものか。予期せぬ嬉しくもない新体験に戦慄していると、ふぅと雪ノ下が息を吐く。

 

「遅かったのね。もうあなた以外は集まっているわ」

「あ、あぁ。悪い。ちょっと、な……」

「ちょっと、何かしら」

「……なんでもねぇよ。遅れて悪かった、雪ノ下(・・・)

 

自然と、その呼び名が口にされていた。まるで何を思うこともなくするりと出てきた事実に驚きながら、内心ではグッジョブ俺と親指を立てる。これで指摘されても気付かなかった、間違えたという大義名分が手に入ったのだ。完璧だな、やはり雪ノ下は雪ノ下が一番雪ノ下らしい。すたすたと彼女の横を通って部室に足を踏み入れ――、

 

「……ヘタレ」

 

ぴたりと、止まる。

 

「っ……」

 

別に良い、ヘタレでも良い。俺自身の評価など最初から落ちるところまで落ちている。最早これ以上は余程の事でもない限り受け入れる所存だ。だから気にしなければいい。そうだと胸を張ればいい。つまらん意地などとっくのとうに捨て去った。けれど、でも、なんとも言えない気持ちが、察して(分かって)しまった。

 

「……ゆ」

 

下手に付き合いが長かったのもある。知らぬ間にどちらも相手を探っていたからというのもあるだろう。だが一番は、妙なところで合っているからこそこうなってしまうのだ。立場も、考え方も、在り方も、やり方も、環境も。何もかもが決定的に違うのに、どこか重なる部分が散りばめられていた。

 

「雪ノし――っ、あぁッ」

 

がしがしと頭をかく。頬が熱い。背中に嫌な汗がじとりと吹き出てくる。ポケットに突っ込んだままの空いた片手も同じだ。面倒臭い、本当に、あんなこと言わなければ良かった。言わなければ、言わなければ。でも――

 

「……ゆ、雪乃。遅れて、悪かった」

「――っ、え、えぇ。全くね」

 

――でも、こいつにこうして受け入れられて、悪い気はしない。

 

「またヒッキーとゆきのんがイチャイチャしてる……」

「仲良いよね、あの二人」

「やー、小町としてはこれだけでここに来た甲斐がありましたよー。お兄ちゃんファイトっ!」

 

え? なんでこいつら居んの? あ、いや、由比ヶ浜は部員だから当たり前として、見知った顔が二人追加されている。大天使もとい戸塚もまだ良い。戸塚は彩加で最高だからな、仕方ない。とつかわいい。だが小町。俺の妹。我が同胞。お前はたしかもなにも俺がタイムトラベルとかしてない限り中学生だろ。

 

「では、揃ったことだし、始めましょうか」

 

と、いつも通りの雰囲気に戻った雪ノ下違う違ういや合ってるけど違う雪乃(・・)がふわっと髪を撫でながら気を引き締めるように言った。次いでちらりとこちらを見ながら。

 

「……良いかしら? その、は、八幡?」

 

耳を疑った。

 

「――ッ」

「お、お前、何言って」

「いえ、黙りなさい。その、忘れて、お願いだから」

 

真っ赤な顔で俯く雪ノ下を見ながら、そう言えばそうだと頭が回り始める。俺だけというのは、些か不平等だ。

 

「……忘れろ、つってもな」

 

恥ずかしい気持ちは平等に、なんて。

 

「……俺は頑張ってお前の名前呼んだんだがな」

「……っ!」

「そうか、そうか。あぁ、残念だ」

「くっ……!」

 

あ、とそこでふと気付いた。なんか偶然にも雪ノ下の上に立てているのだ。それでいて圧倒的にこちらが主導権を握っている。こんな経験は初めてだ。

 

「〜〜っ、は、八幡。こ、これで良いでしょう?」

「ぁ、あ、あぁ、おう」

「……あ、あなたも呼びなさいよ」

「う、わ、分かってる、ゆ、雪乃」

 

なんというか、これは、予想以上に。

 

「むぅ……順番的にあたしの方がゆきのんより先なんだけど……」

「うわぁ……、雰囲気が凄いなぁ、比企谷くんと雪ノ下さん」

「はっ!? こ、これはお兄ちゃんのお嫁さん候補案件では――!?」

 

お互いが恥ずかしくなって、どうしようもねぇよ。


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