やはり俺の女性関係は色々とまちがっている。   作:四季妄

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川崎沙希という人物。

最終手段の前に一つ、由比ヶ浜立案の作戦を実行することになった。その名も『女の子が変わる理由? やっぱり恋っしょ! JK力アップだし!』である。俺の中の第六感的な何かがボイス(鈴鹿〇前)ェ……と囁いている。しかし気にしてはならない。負けだ、何かは分からないが。

 

「……で、葉山か」

「やー、なんてーの? 隼人君なら何とかなるかなーって。ほかの男子は、まぁさいちゃんはモテるけどちょっと違うし、中二は中二だし」

「おい、俺のこと忘れんなよ」

「ヒッキーはちょっと磨けば光り……ひか、光る、かなぁ……?」

 

やめろ、首を傾げるな。せめて光る鉱石でないのなら磨けば光る原石でもいい。それすらも否定されたら最早路傍の石である。なんだそれ超似合ってんな。俺ってば本当路傍の石とか道端の雑草とかコンクリート脇の苔くらい存在感薄いし。

 

「磨く……あなたの目って磨けるの?」

「いや普通に考えて無理だろ」

「そうよね。結論として由比ヶ浜さんの言い分は間違っていないわ」

「おい……」

 

女子二人から磨いても光らない石ころ判定を下される。男としてこれほどプライドを傷付けられたことは人生で両手両足の指を使っても足りない。大体一日に一回は大なり小なりプライドが傷付いているくらいだ。やべぇな、毎日がズタボロじゃねえか。

 

「バイトかなんか? あんまり根詰めない方がいいよ?」

「お気遣いどーも。じゃ、帰るから」

 

そんなこんなでふと葉山の方を見てみれば、当たり前のように袖にされていた。なんとなく予想していた通りである。というよりも確信に近い。川崎沙希は葉山隼人に靡かない。もっと言えばそこらの男というものに靡かない可能性すら考えられる。当然だ、葉山で駄目ならリア充(笑)なんぞ以ての外、戸塚も靡くという点では難しく、俺や材木座に至っては「戦闘力たったの5……ゴミめ」だろう。

 

「あのさ……そんなに強がらなくても、いいんじゃないか?」

「……あ、そういうのいらないんで」

 

まぁこうなるよな、と自転車を押しながら去り行く川崎を眺めた。葉山はその場で数秒立ち尽くした後、くるりとこちらを向いて照れ笑いを浮かべながら帰ってくる。

 

「なんか、俺、ふられちゃったみたい」

「……おう、ご愁傷さま。なんか、悪かったな……」

「いや、いいよ、そこまで謝らなくても」

 

流石にクソイケメンガチリア充葉山さんと言えど俺の良心が責めるのを躊躇わせた。もしも俺なら自宅へ直行して、枕に顔を埋めながら「うおぉぉぉ――ッ!?」と叫んでいる。ふぶぉっと吹き出した材木座は知らない。お前は空気を読め。読めないからこそ材木座なのだが。

 

「これも失敗、ね。……今夜、もう一軒の方に行ってみましょう」

「だな……」

 

当たっていれば、良いのだが。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

エンジェル・ラダー天使の階。そこは予想以上に高校生である俺たちにとって場違いな雰囲気の場所で、一般人である人間には到底縁の無いものだった。一目で分かる高級感、うっと声を漏らすほどのアウェー感、キョドりそうになるくらいの不安感。結論、ぼっちにはハードルが高いようだ。当初は全員で来る予定が、衣装の関係で奉仕部員以外はアウト。女子二人を侍らせて冴えない男のご登場となった。着慣れないジャケットが妙に心地悪い。

 

「……由比ヶ浜」

「な、なに? ヒッキー」

 

話し掛ければ彼女もまた動揺していた。あぁ、なんだかとてつもなく安心する。今だけはこいつが鎮静剤であり清涼剤と言えよう。メントール由比ヶ浜爆誕の瞬間であった。なんてどうでもいい事を考えるくらいには落ち着いたところで。

 

「頼むからいつも通りのお前らしさを出すなよ……」

「い、いやいや、馬鹿じゃないのヒッキー。いつも通りとか、そういうの無理だってこれ」

「二人共遊んでないで」

 

ふと、右肘に雪乃の手がそっと添えられる。細く形のいい指がきゅっと絡み、ほんの僅か心臓が跳ねた。肉体的接触には未だ慣れない。誰かと近い距離で長く過ごしてこなかった代償だ。それらをどうにか抑え込んで、小さく雪乃へ話し掛けた。

 

「……エスコートは任せていいか?」

「あら、男としてのプライドが無いのかしら」

「ねぇよ。んなもん、うちの猫に食わせた」

「あなたのプライドを食べた猫が可哀想ね……」

 

いつも通りの会話でやっと平常心だ。平常心平常心、と強く念じる時に限って焦りが強くなる。変わった環境の中でも変わらない対応というのは、何とも己の心にゆとりをもたらしてくれた。雪乃に指示された由比ヶ浜は逆の左手側を掴み、そのまま歩き始める。開け放たれた木製のドアをくぐると、ギャルソンらしき男性が脇にやって来てすっと頭を下げた。

 

「……、」

「きょろきょろしない。胸を張りなさい」

「っ……あ、あぁ」

 

ぼそっと雪乃に呟かれる。こういう所で格好が付かないのは俺自身の意識の低さからだろう。葉山なら完璧にやってのけるに違いない。昼間の公開処刑もどきのせいでやけに葉山が頭に残っていた。

 

「……ぉ」

 

と、通されたバーカウンターで見知った顔を見付けた。きゅっきゅっとグラスを磨く女性のバーテンダー。すらりと背は長く、顔立ちは整っており、長い髪を纏め上げている。いつもの雰囲気など感じられない。殆ど別人に思われるが、それにしては類似点がやけに多い。つまるところ、当たりだった。

 

「川崎」

「……申し訳ございません。どちら様でしたでしょうか」

 

声をかければ、少し困ったような表情でそう返される。

 

「同じクラスの知り合いなのに顔も覚えられてなかったの、あなた」

「や、今日は服とか違うし、仕方ないんじゃない?」

 

言いながら雪乃と由比ヶ浜が座る。二人の間には空いた席が一つ。ナチュラルに嵌められた気分になりながら、そっとそちらへ腰かける。これオセロならひっくり返ってるよ。はさみ将棋でも取られてる。

 

「捜したわ、川崎沙希さん」

「雪ノ下……」

 

一言で彼女の顔色が変わった。そこから読み取れるものに好意的な解釈のできる要素はない。あるのは親の仇にでも向けるような敵意ばかりだ。雪ノ下雪乃は完璧で正しく美しいが、その性格と考え方故に敵を作りやすい。有名人なのだから、純粋に快く思わない人間も出てくる。

 

「ど、どもー……」

「由比ヶ浜か……、一瞬分からなかったよ。じゃあ、彼も総武の人?」

「つい先日、昼飯を一緒に食べたんだが」

「……比企谷? へぇ、馬子にも衣装、じゃない?」

 

どうしよう、俺に対するコメントだけ辛辣すぎる。雪乃は精神的圧力、由比ヶ浜は普通に驚き、俺へは直接的な罵倒。なんか、こう、泣きそうなんだが。

 

「……そっか、ばれちゃったか。……なにか飲む?」

「私はペリエを」

「あ、あたしも同じのをっ!」

「なら俺はMAXコー」

「彼には辛口のジンジャーエールを」

 

頼もうとしたところで思いっきり遮られた。いや確かに雰囲気的にミスマッチなのは分かっている。けれども時にはこういう場所で飲むMAXコーヒーも良いと思うのだ。

 

「……MAXコーヒーがある訳ないじゃない」

「嘘だろ、マジで? 千葉県なのに?」

「……まぁ、あるんだけどね」

 

ぼそっと川崎が呟く。あぁ、これだからそりの合わない奴らを近付けると良い事がない。特に雪乃相手なら尚更なのだ。真っ向から叩き潰しにいってしまう。巻き添えを喰らうのは勘弁願いたい。

 

「で、何しに来たの。まさかそれ(・・)とデートってことはないでしょ」

「言われてるわよあなた」

「態々教えてくれてどうもお前」

「夫婦漫才だ……」

 

いや使い方間違えてますよ由比ヶ浜さん。夫婦漫才っていうのは夫婦で漫才をするから夫婦漫才であってだな、俺と雪乃は別に夫婦でもなければカップルですら無いんだが。

 

「お前、最近家帰んの遅いんだろ、弟が心配してたぞ」

「……あぁ、どうりで。そういうことね、大志が何言ったのか知んないけど、あたしから言っとくから気にしないでいいよ。……だからもう関わんないでね。大志にも、あたしにも」

 

スバズバと、容赦なく突き返し跳ね返す。他人を拒絶することに躊躇いがない。今の俺には無い強みにたじろいでいると、ふぅっと小さく息が吐かれた。隣に座る氷の女王が臨戦態勢に入った音だ。

 

「止める理由ならあるわ」

 

ちらりと、腕の時計を確認しながら一言。

 

「十時四十分。シンデレラなら一時間と少し猶予があったけれど、あなたの魔法はここで終わりよ」

「魔法が解けたなら、後はハッピーエンドなんじゃないの?」

「どうかしらね。あなたに待っているのはバッドエンドかもしれないわ、人魚姫さん」

 

洒落た言い回しは、しかし滲み出る敵意と鋭さを隠し切れていない。ばちばちと火花が飛び散る幻覚すら見え始めた。こいつとは合わない、絶対に仲良くできないと思う人間はどうしても居るが、それにしても喧嘩腰過ぎる二人である。矛を収める様子はなく、ただ嵐が過ぎるのを待つしかなかった。

 

「やめる気は無いの?」

「ん? ないよ。やめるにしても、他のところでまた働けばいいし」

 

川崎はしれっとそう言いながら、クロスで酒瓶を綺麗に磨く。雪乃は彼女の態度に苛立ったのか、ペリエを軽く煽った。空気が不味い。ギスギスとしたその中で、恐々と声を出したのは由比ヶ浜だ。

 

「あ、あのさ……川崎さん、なんでこんな時間までバイトしてんの? や、あたしもバイトとかたまにするんだけど、流石に年誤魔化してまではやらないっていうか」

「……別に、お金が必要なだけだよ」

「いや、それは分かるけどよ……」

「分かるわけないじゃん」

 

声音だけで素早く感じ取る。顔をうかがい見れば、川崎の表情は硬いものへと変化していた。しくじったな、これは。

 

「あんなふざけた進路を書くような奴には分かんないよ」

「……まぁ、たしかにふざけた内容だけどな」

「だから分かんないっての。あんたには……いや、雪ノ下も由比ヶ浜にも分からないよ。別に遊ぶ金欲しさでやってる訳じゃない。そこらの馬鹿と一緒にしないで」

 

泣きそうでありながら本気の怒りが込められていて、瞳は必死に邪魔をするなと吠えていた。目は口ほどに物を言う。俺の根底が腐っていることも、雪ノ下雪乃が冷徹な性格であることも、由比ヶ浜結衣が優しい女の子であることも、目を見ればなんとなくは感じ取れる。理解されることを諦め、それでもなお理解されることを期待している。……どこかの馬鹿のように、甘くも希望を捨て切れていない。

 

「で、でも、話さないと何も分かんないし……その、もしかしたら力になれるかもしんないじゃん? 話すだけで、気が楽になることも……」

「言ったところで分かんないよ。力になるとか、気が楽になるとか、馬鹿馬鹿しい。ならあんたら、あたしのためにお金用意出来んの? うちの親が用意出来ないものをあんたらが肩代わりしてくれるわけ?」

「そ、れは……」

 

困ったように顔を俯かせて、由比ヶ浜は悔しそうに口を閉じた。俺はそれをじっと見ていながら、心に釘を打ち込んでいる。中途半端に諦めた人とは、こうも痛々しく見えるものか。どうりでこの数ヶ月、小町が優しかった訳だ。こんな奴に正面切って叱責できる人間は、隣のこいつくらいなものだろう。

 

「そのあたりでやめなさい。それ以上吠えるなら……」

「っ……ねぇ、あんたの父親さ、県議会議員なんでしょ? そんな余裕ある奴にあたしのこと、分かる筈、無いじゃん……」

 

あ、駄目だ、川崎、それは。

 

「――」

「おい、雪乃」

「……ぁ、え、えぇ、ごめんなさい」

 

かしゃんと、横倒しになったシャンパングラスが割れていた。知らないというのは怖い。彼女の中で相当に不釣り合いな立場を貰っている俺でさえ踏み込めないそこに、川崎は思いっきり突っ込んだ。

 

「ちょっと、今ゆきのんの家の事は――」

「由比ヶ浜」

「っ……ヒッ、キー?」

 

ここで俺はどんな反応をすれば良いのだろう。正義感溢れる主人公宜しく立ち上がって反論するのか。それとも皮肉に嫌味を混ぜ合わせた最高(最低)の言葉をぶつけてやるか。どちらも違っている。比企谷八幡の思考回路は、こういう最悪の事態にこそ猛烈な回転数を叩き出す。そうして、急激に冷め始めるのだ。

 

「今日はもう帰ろう。……これ以上は俺らも無理がある」

「あなた……いえ、そう、ね。今日は帰るわ」

「ゆきのん……」

 

今まで問題を正面から解決しようとしていた事自体が似合わなかった。正攻法こそが一番遠回りであり、確率が低くなるのが捻くれ者の運命である。目の前のことに囚われず、現状確かな情報から根本を叩き出す。やり方の是非は…………少し、自重するくらいで。

 

「川崎、明日の朝、五時半に通り沿いのマック。大丈夫か?」

「……はぁ、なんで?」

「大志のことで少し、な」

「――何それ」

 

冗談なら殺す、冗談じゃなくても殺す、とでも言わんばかりの視線だった。

 

「それはまた明日話す。じゃあな」

 

 

 

 

 

 

っべー……怖かった。マジ怖かったわあいつ。なんなの、鬼か悪魔か取り憑いてんじゃねぇの。


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