やはり俺の女性関係は色々とまちがっている。   作:四季妄

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猫派と犬派と無派閥ぼっち

『ふぅん。そうなんだ、そんなことしちゃうんだ』

 

その目が俺をじっと見つめて来る。一体どんな感情が向けられているのかさっぱり理解できない。恐怖が体を微かに震わせた。下手すれば心すら根元から折れてしまうくらいに、途轍もない重圧をかけられている。人として次元が違うのだと、再認識した。

 

『君はまるでピエロだね』

『……なにが、ですか』

『ん? そのまままの意味だけどー?』

 

なんでも見透かしているように振舞って。何も見透かされないように仮面を付けて。吐き気を覚えるほどの違和感は今でも覚えている。理想と現実が合わさった不気味な完成度。それは決して、本物の人物とは言えない。

 

『そうだねぇ、今回ばかりは少し、頭に来てるとか言ったら、どうする?』

『別に、勝手にすれば良いじゃないですか』

『……面白いねぇ、君は。まぁ、それとこれとは別だけど』

 

強がりだった。隙を見せないためだけに作ったハリボテの嘘偽り。嘘や欺瞞を嫌いながら、けれど必要であればそんな信念すら捨てて行動する。よく言えば柔軟な対応、悪く言えば芯がブレてる糞野郎。己の中でそう結論が出たのなら、良い方と悪い方のどちらを取るかは分かりきったことだろう。

 

『無理だよ』

 

比企谷八幡は、自己評価が低いどころか腐った人間だ。

 

『無理だよ、君は。一人でなんて、そういう人間じゃないんだから』

 

けれどもある一転において、他者を軽く凌ぐほど高い自己評価を持っている。

 

『……それだけですか? じゃ、俺はこれで』

 

それこそがぼっち(一人)であること。他人との関わりを断ち切った空間に身を置くこと。過去の俺にはそういった状況で自分なりに動きやすく過ごすことに自信があった。当たり前だ、何年間孤独な少年時代を送ってきたと思っている。今更、どうということはないと。

 

『比企谷くん』

『うるせぇよ』

 

思い上がっていた。当たり前のことを当たり前に出来ると信じて疑わなかった。疑うという考えすら出ていなかった。当たり前のことを当たり前のように出来ないからこうだというのを忘れていた。

 

『あんたと俺はただの他人だ。所詮どんなこと言われようが、その程度なんだよ』

 

誰かと別れを切り出す時に、胸へ飛来するのは締め付けるような痛みだ。辛くて、泣きたくて、悲しくて、でもそれらを出してしまってはいけないから必死に閉じ込める。誤魔化して誤魔化して誤魔化して、比企谷八幡はそこまで来ていた。

 

『んじゃ、本当にこれで。――雪ノ下さん』

 

今となっては懐かしい、過去の記憶。

 

『……馬鹿だね、笑えないピエロなんていらないのに』

 

いらないならそれでいい。あんたもあいつも他の奴等も、全員が俺を要らないと言うならば。それこそが比企谷八幡の願いだと、我ながら過去最高の捻くれっぷりを発揮していた時期でもある。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

東京わんにゃんショー。それは動物好きがこぞって集まる我らが千葉のイベントである。東京なのに千葉とはこれ如何に、なんてのは某夢の国が千葉にある時点からそうだろう。つまり東京=千葉であり千葉=日本の首都である。やだ、千葉最強。

 

「あ、ちょ、こら、サブレ。ってヒッキーにめっちゃ懐いてる……!?」

「ゆ、由比ヶ浜さん? その、リード、長くないかしら? いえ長いわ。長いのよ。だからちょっとやめていえ別に苦手という訳ではないのだけれどね?」

「言い訳しなくても知ってるから。ほら、うん、お前は飼い主と違って賢いなぁ……えと、サプリ?」

「それどういう意味だし! あとサブレ!」

 

そんな場所で偶然会したのは総武高等学校奉仕部部員一同計三名。少ねぇ……と思うかもしれないが、これが通常営業の体制なので間違いない。川崎の件は色々と追加されていただけだ。ちなみに俺は小町と仲良く一緒に来た筈なのだが、いつの間にやら姿を消している。と、そこで俺の携帯が震えた。

 

「もしもし」

『あ、お兄ちゃん? やー小町ちょっと急用入っちゃってさー、先帰ってるからね』

「あ? なら俺も」

『お兄ちゃんは楽しんできてね! 雪乃さんとか結衣さんとかと!』

「ならそうするけど……ん? 俺お前にこいつらと居るの教え――」

 

そこでプツリと通話が切れる。大体状況は分かった。犯人はまたもやヤスではなく小町。ちくしょう、嵌めやがったな……っ! と携帯を握りしめながら怒りの炎を猛らせていると、背後から冷えた声がかけられる。

 

「は、八幡? その、ちゃんと抑えているかしら?」

 

冷えているからとはいえ、震えていてはその声音も普通の怯える女の子だ。雪ノ下雪乃としては圧倒的に似合わないが、素直じゃないこいつの珍しい態度は見逃せない。折角なので、少しちょっかいをかけてみるとする。

 

「……別に大丈夫だからな。なんならお前も触るか」

「いえ、遠慮するわ」

「だと思ったよ。まぁ、怖いだろうしな……」

 

仕方ないか、という風に言えば由比ヶ浜があっと声を漏らし、ぴくっと雪ノ下のこめかみが動いた。目敏くそれに気付きながら、何でもないように振舞ってサブレを撫でる。よしよし、お前は良い子だな。うちの猫とは大違いだ。犬の恩返し。思えば紆余曲折の末ではあるが、こうしてこいつらと縁を結ばせたのはこいつが要因だった。そう考えると、まぁ、悪くはない。のほほんとした思考回路に耽るのは、背中に当たる誰かさんの吹雪で凍えないようにするためである。

 

「――良いでしょう、そこまで言われては引き下がれないというものよ」

「無理しなくても良いぞ」

「無理とは誰も言ってないじゃない。――私だって、何時までも苦手なことを克服できないわけではないの」

 

さっと膝を曲げて、雪乃が隣に屈み込む。それからそうっとサブレに触れようと手を伸ばして、不意に視線が交差した。

 

「……っ」

 

びくっ、と雪乃の肩が跳ねる。なんだろう、やけに今のこいつが可愛く思えるのは気のせいか。あれか、ギャップ萌えとかそういうのだな。成る程、つまり普段冷静沈着な俺もおどおどしていたら萌えるのか。……ねぇな、むしろ気持ち悪くて引かれる。

 

「…………だ、大丈夫、よね?」

「おい無理してんじゃねえか」

「幻聴よ、あなた遂に耳も腐り始めひゃっ」

 

ひゃっ。ひゃっ、だと。あの雪ノ下雪乃がひゃっ、なんて声を漏らしただと。俺と由比ヶ浜は硬直し、瞬時にその原因に思い当たる。少し下を見てみればはっはっと舌を出すサブレと、驚いて盛大に手を引っ込めている雪乃。

 

「……お前、そんな反応するんだな」

「五月蝿い、黙りなさい。酸素の無駄よ」

「おい、この地球上にどれだけ酸素があると思ってんの?」

「あ、それ知ってる、三十五億ってやつでしょ?」

「違うんですけど……」

「あれ?」

 

それ男は何人いるのか云々。あと五千万。完全に検討外れな返しに首をかしげる由比ヶ浜をよそに、未だびくついて逃げ腰になっている彼女の手を掴む。

 

「ちょ、なにをするのかしら、八幡?」

「ほれ」

「あ、や、やめなさいちょっとやめ――」

 

さっきの罵倒の仕返しである。ちょいっと引っ張ってサブレの方へと手を持っていく。まぁ、賢いこいつなら大丈夫だろう。というか俺に懐いている辺りから大抵の人間に敵意を向けない気すら感じた。基本動物に避けられるからなぁ、俺。

 

「……ぁ」

「まぁ、なに。大丈夫だろ」

「…………えぇ、そう、ね」

 

さわさわと、雪乃がサブレを撫でる。多少強引だったが、嫌いなものを克服するとはそういうものだ。うちの妹とか本当容赦ない。ある日突然朝飯に出てきて理由を聞いたら「お兄ちゃんそれ嫌いでしょ? だから入れた」とか言ってくるし。……いや意味分かんねぇよ。と、ぎこちなさが取れてきたところで雪乃の手をそっと離す。

 

「ぁ……」

「……あ、いや、悪い。つい掴んで、な」

「……いえ、あなたが謝ることではないでしょう」

 

すくっと雪乃が立ち上がる。さらりと髪を手ではらって、その後に服装をさっと直した。俺もそれにつられるように立ち上がって、ぱんぱんと手を叩く。

 

「あ、ヒッキーもゆきのんも一緒に回るでしょ?」

「まぁ、妹から言われたしな」

「シスコンね。まぁ、一緒でも構わないわ」

「うるせぇ。……じゃ、行くか」

「うん、そうしよっか」

「えぇ、そうね」

 

奉仕部。部員数総勢三名。そこはまだ、ぬるい。


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