やはり俺の女性関係は色々とまちがっている。 作:四季妄
「……、」
「ゆきのん超可愛い……写メりたい……」
「あぁ、うん。すれば良いんじゃねえの?」
もふもふと猫を撫で回す雪乃を見て呟き、由比ヶ浜はそのままパシャパシャと携帯で写真を撮り始めた。撮られている本人が一切気づいていないのは、果たして言った方が良いのかどうか。ため息を一つ吐いて、足元に寄ってきたサブレを構ってやる。
「お前は優しいなぁ……人間の女の子だったら恋してるわ」
惨めにも勘違いして恋心を燻らせて特攻して振られる。結局は何が何でも振られる。今までの人生経験上、俺の告白が成功した試しはたったの一度しかない。かなりの回数やらかしたというのに、上手くいったのがそれだけでは自信も無くした。捻くれた。だからこそぼっちになった。実際はそれ以前から生粋のぼっちだったけどね!
「……ね、ヒッキー」
「あ? なんだよ」
と、握った携帯をポケットにしまいながら近付いてきた由比ヶ浜は、たたっと地面を踏んで隣に立つ。身動ぎすれば肩が触れ合うくらいの近さだ。なんだよこいつビッチかよ近ぇよ……と鬱陶しく思いながら視線を向けていれば、そうっと見上げた由比ヶ浜と目が合った。
「ゆきのんって、強いよね」
「……そうだな」
雪ノ下雪乃は強い。一目見れば誰にも理解できる。彼女はどこまでも正しくて、どこまでも強くあれて、どこまでも勝てる人間だ。そんな奴を見て弱いだとか守ろうだとか考えるのは傲慢だろう。自分より弱いから守ってあげないと、なんて勝手に人のことを下に見る。優しさは嫌いだ。どんな人間であれ優しいと、何が本当の優しさなのか分からなくなりそうで。
「あたし、カッコイイと思う。ゆきのんの、その、なんていうか……振る舞いとか、そういうの」
必死に言葉を探ったのだろう。あたふたとしながら紡がれた言葉は、たしかに同意できるものだった。ぼうっと雪乃の背中を見ながら、あぁとだけ答える。
「あたし、やっぱり人に合わせちゃうし。……自分から何かしないと変わんないって、知った筈なんだけどなぁ……」
「……別に、気にすることないだろ」
そうだ、本当に、気にすることなどない。本来なら俺の方から動くべきだったのを、偶々彼女の方が動いてくれただけなのだ。今更由比ヶ浜が変わっていようとも変わりなくとも、気にはしないというのに。
「気にするよ。……もう、あんな思いしたくないし」
「……しねぇよ。もう」
「本当に?」
間髪入れず、由比ヶ浜はそう返してきた。ばっとそちらを振り向けば、じぃっと見上げるような目が小さく揺れている。ふざけているわけではない。冗談の類でもない。真剣な問いかけを前に、思わず何故という疑問を浮かべる。そもそも、俺をそうして引っ張りあげてくれたのは、誰でもなく――。
「あぁ、しない。もう二度と、な」
「……それなら、良いんだよ。うん。良いん、だけど、ね……」
歯切れが悪い。何をそこまで躊躇う必要がある。俺としては全くもって分からない。あの日二度目を、再スタートを押してくれたからこそ、こうして比企谷八幡はいつも通りの自然体で居られている。小町との会話も着々と増えていて、以前のような気まずさはなくなった。
「無意識、っていうのかな」
「なにがだ」
「……ヒッキーは、さ。一番大切な所で、自分を勘定に入れないから」
何を、言っているのだろうか、こいつは。
「そんなことないぞ。むしろ俺ってば自己保身っつーか自分の身は自分で守るっつーか、絶対に保険とかかけるタイプだし?」
「ヒッキー」
誤魔化しはいらない。そんな意味の込められた一言に、無理矢理皮肉げに吊り上げていた頬の力を抜く。不気味に引き攣りながら元に戻ると、何とも言えない空気が漂っていることに気付いた。周りはお祭り騒ぎ。誰もここだけ異質なことなど感じ取っていない。当事者である俺達以外は。
「…………大丈夫だ」
「……」
「俺は。――俺はもう、大丈夫だ」
そうだ、
「だから、由比ヶ浜。心配しなくてもいい」
「……そっか」
「あぁ、そうだ」
故にこそ、もう十分に学び尽くした。大体あの人の言う通りだったのだ。誰かと居ることを知った俺に、一人であることなんて出来やしなかった。必死に以前の様子を装って、自分らしく生き続けて、周囲の人に迷惑すらかけて。結局は必死に足掻いてもがいて苦しんで、どうにもならなくなる。
「じゃあ、いい。――うん」
「……おう」
俺から孤独を捨てたら、一体何が残るというのだろう。とは言え絶賛学校のクラスではぼっち継続中なのでどうということは無い。俺から孤独を捨てれば、残るのは孤独だ。いや捨てきれてないんだけど。
「ところで話は変わるけどさ」
「あ?」
「ヒッキーってゆきのんの事好きなの?」
「――」
マジで話が変わりすぎじゃね。
「……そりゃあ、まぁ、嫌いな奴と態々一緒には居ねぇだろ」
「そういうんじゃなくてさ」
きゅっと、弱く何かを掴む音が聞こえた。ほんの少し俯いた由比ヶ浜の顔は、垂れてきた髪の毛に遮られてよく見えない。だが、何を言いたいのかは薄々理解していた。好きという意味。好意というもの。そんな時に思い浮かべる顔はいつも同じで。――あいつ以上に未練があるのだと、思い知らされる。
「まぁ、なに、好き、と言えばそうなんだが」
「じゃあ」
「……違うんだよ、どうしても」
どうしても重ねてしまう。どうしても結び付けようとする。どうしても忘れられない。あの時から、あの瞬間から、特別な存在はただ一人になってしまった。
「違うって……なにそれ」
「……お前らには言ってない。小町なら、何処かから仕入れてそうだな……」
「ちょ、それ、どういう――」
「いや、悪い。なんでもない」
そこで話を切り上げた。折角の雰囲気を散々なまでにぶち壊しておいて今更だが、これ以上は流石に駄目だとぼっちセンサーが告げている。言わば生きる上での直感だ。
「なぁ、結構な時間経ってるぞ」
「あら、そう」
「……えっと、あの、雪乃さん?」
「もう少し」
いっそ嫌いだと、二度と顔も見たくないと言ってくれれば楽だった。関わるな話しかけるな見るな聞くな視界に入るなと徹底的なまでにこっ酷く嫌われたなら、割り切ってスッキリ出来ていた筈だ。
「…………名残惜しいけれど、これくらいにしておくわ」
「これでまだ名残惜しいのか」
「当然でしょう。あなたは猫を飼っているのに何も知らないのね」
「いや、今回ばかりは訳が分かんねぇよ……」
それを、どうして。
『まだ、比企谷のこと――』
どうして、どうして、どうして――。
「っ……」
「……八幡? 具合でも悪いのかしら?」
「ねぇヒッキーさっきの……ってどしたの?」
「……あぁ、大丈夫だ。何でもねぇよ」
知らず握り締めた拳が皮膚に食い込み、じくりと痛みを感じた。どうでもないように喋れているのが奇跡と言ってもいい。由比ヶ浜結衣は交友関係にあった。雪ノ下雪乃は信頼関係にあった。そんなものとは桁違いのそれは、俗に言う恋人関係なのだ。
「本当に、何でもない」
もう大丈夫に見えるのは、隠されたそれらが見えないからだ。年上の先輩にあたるあの人も、年下の後輩にあたるあいつも、同い年の元カノにあたる彼女も、二人は知らない。
「……あぁ、くそ」
大丈夫だ、大丈夫だ、俺は、もう――